次の日、ブレイズウッドにはヴィクトリア家政の面々が顔を揃えていた。
「スズツキさん……無事でよかったですぅ!」
「おうふっ……!?」
「怖かったですわね。よしよし……。」
スズツキが外に出てくると、カリンが真っ先に飛び込み、リナは彼の頭を抱き寄せる。
ちなみに一足遅れたエレンは、ただ不機嫌そうに後ろで尻尾を揺らしていた。
彼らを横目に、ライカンはリンへ頭を下げる。
「プロキシ様、ありがとうございました。我々だけでは到底探し出すことが出来なかったでしょう。」
「いいのいいの。ドローンでスズツキ君をたまたま見つけてさ、バイクで連れて行かれるところを見ちゃったんだよね。それに、私は発見しただけで、助けてくれたのはみんなだから。」
リンは背後の面々を手で指し示す。
そこにはシーザーやルーシー達の姿が。
「昨日のオオカミさんか。おたくの連れが無事で良かったよ。」
「心からお礼を申し上げます。我々に返せることがあればよろしいのですが……。」
「いいや、ウチはプロキシの言う通りに動いただけさ。それより、アンタはプロキシとは知り合いなのか?」
シーザーの質問に、ライカンはすぐにリンへ視線を送った。
裏の顔までは口外しないでほしいと。
対してリンはその意図を汲み取る。
「まあ、そんなとこ。ハウスキーパーみたいな仕事をしてるんだよね。スゴイよー。ライカンさんに頼めば、ウチがモデルルームみたいになっちゃったんだから。」
「へぇ、いいねぇ。いつかオレらの部屋も頼もうかな。」
「ご注文とあらば、何なりと。」
それからは適当に会話を済ませると、シーザー達はレースの準備のために踵を返していった。
残されたリンはライカンへ小さな声で聞く。
「で?本当は観光なんかじゃないんでしょ?やっぱりレースに出ちゃう感じ?」
「……流石はプロキシ様です。では貴女様は、プロキシとしての依頼でしょうか?」
「正解……と、言いたいんだけど、あくまでもそれはついでなんだよね。アレ、覚えてる?『パールマン』って。」
リンの言葉にライカンは息を飲む。
パールマンとはヴィジョン事件の被告人であり、バレエツインズの混乱に乗じて逃亡した男だ。
今回の護衛任務とは無関係。
だが、ヴィクトリア家政として見過ごせる存在ではない。
「……我々としても重要な人物です。」
「実はね、シーザー達が拾ったんだって。郊外に墜落した飛行船の中からパールマンを。あ、ちゃんと身柄は確認したよ。」
「なるほど……つまり、依頼の報酬が彼と?」
「そそ、で、なんだけど……。」
リンは意地悪い笑みを浮かべる。
「私達と手を組まない?こっちを勝たせてもらえば、引き渡しも楽に進むと思うんだよね。もちろん身柄はそっちにも渡す。ライカンさんにとっても悪い話じゃないでしょ?」
「ぬっ……。」
ライカンは頭の中で天秤にかけた。
確かに悪い話ではない。
依頼は優勝ではなく、ルシアーナの護衛だ。
レースが終わるまでに彼女が元気に立っていればいい。
しかしだからといって、依頼主のモンテフィーノ家を欺くようなことはヴィクトリア家政の流儀に反するだろう。
僅かに思案するライカンだったが、結局、リンの提案には乗らなかった。
「申し訳ありません。残念ながら、その話には乗れそうにありません。」
「ありゃ……まあ、そうだよね。じゃ、お互い頑張ろ?」
「ええ、もちろんです。」
ライカンは踵を返そうとしたが、何かを思い出したようにリンの方へ振り返る。
「プロキシ様。」
「ん?」
「我々は貴女様の味方にはなれませんが、逆に完全な敵とも言えません。」
「ふーん……そっちもレース以外にワケアリってことね。」
「ご想像にお任せ致します。では、我々はこれで。」
ライカンはぺこりと頭を下げると、付近に停めてあった大型バイクに跨った。
彼が先に出ると、エレンのリバーストライクと、リナのオフロードバギーが後に続く。
一行が丘の向こうに消えると、リンは建物へ足を向けた。
すると、近くの物影で人影が動き出す。
その頭頂部には、ピッケルハウベの鋭い突起が伸びていた。
⬛︎
スズツキ達は企業の拠点に戻ると、装備を整えて、今度はまた別の場所へと出発した。
これからツール・ド・インフェルノのルートの下見をするのだ。
とは言っても、サーキット場のようにしっかりとした道路が伸びているわけではない。
旧油田地帯の荒野に、レースのチェックポイントが点在しているだけだ。
踏み固められた道の跡を一行は進んでいく。
周囲にはポンプジャックが点在していたが、どれも錆び付いたまま動いていない。
「誰もいませんね……こんなに設備があるってのに。」
「そりゃそうでしょ。だってこの先は……。」
エレンはヘルメットのバイザーを上げる。
すると彼女の視界に藍色の巨大なドームが映り込んだ。
「ホロウだし。」
「災害でみんな逃げちゃったんですかね。」
「町がホロウに呑まれるなんて珍しくないでしょ。コースに使うってのは前代未聞だけど。」
「毎秒ごとに空間が組み替えられていく……レースには最適の場所ですよ。」
「まったくだね。」
スズツキ達を乗せた3台は、眼前の共生ホロウの中へと突入していく。
たちまち周囲のエーテル値が急激に上がっていった。
「全員、離れないでください。今回はキャロット頼りなので。」
先導するライカンに続いて、エレンのトライクとリナのバギーが後を追う。
今回はパエトーンという有能プロキシはいない。
よって普段よりも緊張感は高めだった。
スズツキは胸に抱えたライフルを強く握り込む。
しかし幸いというか、このホロウは小規模であるゆえに、エーテリアスの数は少なかった。
基本的にやり過ごすことを最優先とし、コースを疾走していく。
そして、あっさりとゴール地点まで辿り着いてしまった。
「どうやらここがゴールのようです。」
「うわ……スゴ……。」
目の前に現れたのは岩に囲まれた炎の湖だった。
名前を『シンダーグロウ・レイク』という。
湖岸からは距離があるにも関わらず、その熱波が肌を通して伝わってくる。
「本番ではゴールをした上で、この湖に爆薬を投げ込むそうです。伝説を元にした恒例行事であるとか。」
「爆薬ね……なんか郊外らしいというか……。」
ライカンの説明にエレンはあくびで応える。
「それにしても、意外と早く着きましたわね。」
「ええ、ですが、本番はここに競走と妨害の要素が入ります。コースも入り組んだ複雑なものに変化する可能性も否めません。」
リナやライカン達が地図と睨めっこをしている間、スズツキは独り探検をしていた。
湖の縁に沿って歩いていく。
すると、湖のほとりにとある設備を見つけた。
「これは……パイプライン?」
鉄の巨大なパイプが湖を横断するように伸び、それは途中で寸断されている。
その太さからして、相当量の石油を送り続けていたのだろう。
「なぁんか、ゴールにしては地味な場所……。」
「知らないのか、ここを。」
「わっ……!?」
スズツキは飛び上がりそうになった。
慌てて後ろを向くと、そこには見知らぬ男がバイクにもたれていた。
黒いライダースーツにサングラス姿で、首元には特徴的な赤いマフラーがたなびいている。
「ど、どちら様……ですか?」
「俺か?俺は『ライト』だ。ただの走り屋さ。」
「あ……どうも、スズツキです。」
お互いに軽く会釈をする。
少なくとも、今すぐ襲いかかってくる相手ではなさそうだ。
スズツキは好奇心から続けて口を開く。
「えと……ここは何か有名な場所なんですか?」
「聖地だ。初代覇者の伝説の場所さ。」
「伝説?」
「アレが見えるか?」
ライトが指をさした方向にスズツキは顔を向ける。
すると、湖の周辺にエーテルの結晶が生えていることに気付いた。
そのどれもが人の背丈を優に超えるほど巨大だった。
「マグマの横に結晶がありますね。」
「正確にはマグマじゃない。火のついた石油とガスだ。あれがエーテルを焼いているおかげで、地層への侵食を抑えられている。が、あの結晶はいずれここを覆い尽くす。」
スズツキは学校の化学の授業を思い出す。
エーテルは何にでも侵食し、対象の物質を変質させていく。
それは人間も石油も例外ではない。
「……つまり、地下の石油がダメになる?」
「そう、だから初代覇者は自ら爆薬を持って湖に飛び込み、エーテル結晶を吹き飛ばした。」
「なるほど……彼は
スズツキがそう言うと、ライトはサングラスを光らせる。
「ああ、覇者の器たり得る人間だった。そして、覇者という存在はそういう人物が担うべきだ。どこぞの馬の骨とも分からんような企業ではなく、ウチの大将のような人格者がな。」
「……っ。」
スズツキはピクリと肩を強張らせる。
しかし、隣から敵意は向けられてこなかった。
「だが、少なくともアンタらは『敵』じゃないようだ。『ライバル』ってところか。」
「ど、どういうことです?」
「アンタがそれなら、上も同じだろう。お嬢にも良い報告が出来そうだ。」
ライトはバイクに跨ると、エンジンをかける。
爆音にかき消されないように、スズツキは声を張り上げる。
「貴方もレースに出るんですか!」
「逆にアンタみたいなのが出るのか?」
「手加減はしませんから!」
「こっちの台詞だ。そこの2人にもよろしく。」
ライトはグリップを捻ると、エンジンを唸らせながらバイクを発進させた。
砂埃を巻き上げながら、その場で向きを変えると、あっという間にどこかへと行ってしまう。
残されたスズツキはポツリと呟く。
「……カッコ良い。」
「アレが?イタいだけでしょ。」
「カリン、ちょっと分からないかもです。」
「っっっ!?」
またもやスズツキは飛び上がりそうになった。
当たり前のように後ろに立っていたエレンとカリン。
2人の手にはそれぞれ薙刀と電鋸が握られている。
「ち、ちなみにいつから?」
恐る恐るといった風に聞くと、返ってきたのはカリンの満面の笑顔とエレンの不敵な笑みだった。
「もちろん、最初からです!」
「オトコだったんですね、キリッ。」
「あー!あー!僕は何も言ってませんよー!」
恥ずかしさからスズツキは逃げ出そうとしたが、敢えなくエレンの尻尾に捕まってしまう。
久々に黒歴史が増えた彼だった。
⬛︎
それから2日後、郊外にはいつにもなく人が集まっていた。
ここはツールド・インフェルノのスタート地点。
家屋を流用して組み上げられた観客席には立場を問わず様々な人間が並んでおり、レースのスタートを嬉々として待っている。
そしてピットではそれぞれのチームがマシンの準備を進めていた。
カリュドーンの子からはシーザーとルーシー、ライト……あとこちらへブンブンと手を振ってくるボンプが1体。
ヴィクトリア家政もといモンテフィーノ・グループからはスズツキたち5人が。
そして最後の勢力、トライアンフからは3人のメンバーが出ていた。
「へぇ……あの人がトライアンフの頭……。」
「現覇者の『ポンペイ』ですね。」
諸々の準備が終わって暇になったスズツキとエレンは、敵情視察と称して、トライアンフ側のピットをこっそり覗いていた。
視界に映るのは老齢ながらも筋骨隆々な壮年の男性。
見ているだけでも、その貫禄が伝わってくるようだった。
「で、隣にいるのが……。」
「2番手のルシウスって人みたいです。あと1人が……。」
周りを見渡すと、何やらカリュドーン側のピットで騒いでいる大柄な人物を見つけた。
相手にしているのは一昨日にホロウ内で顔を合わせたライト。
彼は生返事を繰り返しながら、その人物を適当にあしらっている。
「あー、何だったか……そうだ。ロームリだな。」
「ちーがーう!『ベルラム』だ!」
「ベルラム……いいぜ。覚えておく。」
「バカにしてんのか!それ聞いたの3回目だぞ!」
ライトの態度にプンスカと怒るシリオンの男。
その巨躯は茶色の体毛で覆われている。
「猿のシリオン?」
「正確にはオランウータンらしいです。名前はベルラム、トライアンフの幹部ですね。」
「ふーん……まあ、アイツはいいか……。」
エレンは興味を無くしたように視線を外すと、再びトライアンフ側のピットへ目を向ける。
それもポンペイではなく、ルシウスへ。
彼女は目を細めた。
「先輩?」
「なぁーんか、嫌なヤツ。」
「野生の勘ですか?」
「うん。」
「なら、警戒しておきましょう。」
その時、2人の背後からライカンが近付いてきた。
彼もツナギからライダースーツへと着替えを済ませていた。
「スズツキ、こちらの『仕込み』は終わりました。そちらの方は?」
「はい、先ほど3機全てを射出しました。現在、コース上空を旋回中。今のところ、不審物は見つかっていません。」
「結構、では火打石を受け取ってきてもらえないでしょうか?私はマシンの最終チェックを行うので。エレンもトライクの確認を。」
「はい。」
「はーい。」
エレンはライカンに続き、スズツキは会場の関係者エリアへと足を踏み入れる。
そこでは火打石こと、シンダーグロウ・レイクに投げ入れるキューブ状の爆薬が並んでいた。
1位となった陣営が湖に投げ込み、周辺のエーテル結晶の破壊を行うのだ。
例の伝説に倣った儀式的な意味合いもあるらしい。
部屋には他の陣営も火打石を取りに来ていた。
もちろんカリュドーンの子も。
「おっ、スズツキか?」
「あ……シーザーさん。」
「おう、ここは関係者専用だぞ?」
シーザーはスズツキを不思議そうに見てきた。
するとシーザーの背後からルーシーが現れる。
「シーザー、コイツはモンテフィーノグループのレーサー……つまり実家の回し者ですわ。」
「えっ、そうだったのか!?」
「そうですわよ!というか、明らかに怪しかったですわ!」
驚くシーザーにルーシーは溜め息を吐く。
だがすぐに表情を険しくすると、スズツキの方へツカツカと近付いてきた。
「貴方、スズツキと言いましたわね。私の父にどんな意図があるかは大方想像が付きますわ。けれど、ぽっと出の都会人がレースに勝てると思って?せいぜいが完走で精一杯ですわ。」
「そ、それは……それはもちろん勝つでしょうよ。仲間はみんな速いですから、そっちをあっという間に置いていっちゃうかも。マシンだって全部一級品ですし。」
一度は怯むスズツキだったが、本来の任務を悟られないためにもルーシーへ食ってかかった。
慣れない言葉の投げ合いに、口元をヒクつかせながらも。
この場合、エレンやリンならどう返すだろうかと考えながら。
「はっ……新品のオモチャを貰って良かったですわね。」
「……スクラップのツギハギよりは性能は高いですよ。」
その時、空気が変わった。
どうやら匙加減をミスったらしい。
走り屋にとって命でもあるバイクを侮辱されたことに、ルーシーは顔を赤くしていた。
「ほう……私のクルーザーがスクラップと?」
「あぁ……いや……今のは言葉の綾というか……。」
「私のバイクを馬鹿にした人間は久しぶりですわ。ええ、もちろん今までの人間は完膚なきまでにボコボコにして参りましたとも。どうやら、貴方も同じ道を辿りたいようですわね。」
「おいルーシー、それくらいにして……。」
シーザーが肩に手を置くが、ルーシーはそれを振り払う。
そしてスズツキへびしりと指を突きつけてきた。
「貴方、私と勝負なさい。私のチームがレースに勝ったら何でも言うことを聞いてもらいますわ。そうですわね……取り敢えず私専属の下僕にでもしましょうか。」
「え”っ。」
「あら……まさか、あんな挑発的な言葉を吐いておいて、勝負事には乗れないとでも?」
「えっと……その……。」
スズツキ達の目的は勝つことではない。
だからこの勝負事も圧倒的にスズツキが不利だ。
まずそもそもバイクのハンドルすら握っていないのだから。
固まるスズツキを前に、ルーシーは得意げに顔を寄せてくる。
「例のシャワールームでの件、私は忘れていませんでしてよ。依頼人である父に報告すれば、貴方たちにどんな被害が及ぶのやら……。」
「うぐ……僕が勝てば、忘れてもらえると?」
「もちろん。その程度でよろしいなら、忘れて差し上げますわ。ただし、そちらが負ければ……分かっていますわね?」
スズツキは渋々と頷く。
するとルーシーは係員のボンプから火打石を2つ手に取り、片方を押し付けてきた。
キューブの表面には陣営を示す刻印と、大会運営側の封印処置が施されている。
「これ、落とさないように気をつけてくださいまし。まあ、実際に使うことは万にひとつも無いでしょうが。」
「……どうも。」
ルーシーは踵を返すと、さっさと部屋を後にしていく。
シーザーも軽く手を振ると、その後に続いていった。
「はぁ……どうしよ……。」
面倒なことがまた増えてしまったスズツキだった。
⬛︎
「ボス、こちらの敷設作業は終わりました。空間の変化を考慮して、3箇所に。」
[誰かに見られてはいないな?]
「はい、問題ありません。」
[起爆装置は?]
「ボスのバイクに。」
[……確認した。お前は顔が割れている。手筈通りあとは部下に任せて現場を離れろ。]
「モンテフィーノグループの連中は?」
[今はカリュドーンを潰すことが優先だ。万が一何かあっても、企業の相手は企業にしてもらう。それだけだ。]
「了解……あと、くれぐれも使うタイミングには気をつけてください。このエーテル爆薬、ストリートの粗悪品とは訳が違いますよ。下手をすれば自分が巻き込まれる。」
[分かっている。わざわざ大枚叩いて山獅子組から買ったんだ。自爆なんてオチは御免だよ。]
「では、ご健闘を。」
[合流地点で会おう、モルス。]
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