ヴィクトリア家政の女装メイド   作:ゆうぐれ

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レミエール餅すり抜けたのだ!なのにシグリッドも残ってるのだ!こうなりゃブラックポリクローム投入まで秒読みなのだ!



48 ゴールの先で

再び時間は遡って5分ほど前。

 

シンダーグロウ・レイクへの道を2台のバイクが突っ走っていた。

 

双方共にアクセルを全開にしており、スピードメーターを振り切らんばかりにエンジンを高速でブン回す。

 

曲がりくねったコースでもスピードは落とさず、車体そのものを傾けて曲がっていく。

 

再び直線に戻ると、シーザーはハンドルのグリップを捻り、シフトペダルをすくい上げる。

 

バイク後部のマフラーからパンッ!っと破裂音が漏れ、小さく炎が漏れ出した。

 

ちなみにシーザーの後ろにリンことイアスの姿は無い。

 

デッドウェイトとなる上に、ゴールは目前だからとライトのバイクに移乗している。

 

「ぬぐ……や、やるな!おっさん!」

 

「ふん!こっちのセリフだ!」

 

シーザーは極度の緊張とアドレナリンによって顔に疲労感が出ていた。

 

視界もいつの間にか周辺視野が暗く沈み、真正面の一本道だけが鮮明に見える。

 

だがポンペイは未だ余裕を保っていた。

 

流石は老いて尚衰えぬ現覇者といったところだろうか。

 

「覇者になるのは……オレ様だ……!!」

 

「やってみろ!小娘!」

 

2台のバイクはほとんど差をつけないまま並走していた。

 

双方共にギアは最大まで上がっており、タコメーターはレッドゾーンへ張り付いている。

 

エンジンから聞いたことのないほどの悲鳴が上がり、バイク全体が振動する。

 

だがここでポンペイは口角を上げた。

 

「ここまでは敵ながらあっぱれ、よくやったと褒めてやる……だが、これはどうかな?」

 

ポンペイはハンドル付近に備え付けたボタンのカバーを外した。

 

シーザーは彼のバイクに細長いボトルがついていることに気付く。

 

話には聞いたことのある競技用チューニング技術。

 

しかし内燃機関の衰退と度重なる災害により忘れ去られた——正確には運用ノウハウと部品維持が途絶えていたもの。

 

「……それNOSかよ!?」

 

「正解だ。」

 

ポンペイはボタンを押し込んだ。

 

直後、プシュっと、軽い圧縮音が響いたかと思えば、一瞬だけエンジンが息を呑むように音を沈ませ、次の瞬間には爆発的な咆哮を上げた。

 

そして既に高い速度にも関わらず、更に加速し始めた。

 

ゆっくりと、しかし確実にポンペイはシーザーのバイクを引き剥がしていく。

 

「くそっ……負けて、たまるか!」

 

シーザーも何とか追い縋ろうとするも、もはやバイクに余力は残っていない。

 

また追い越せるだけの距離も残っていない。

 

最後の数百メートル。

 

その間をポンペイのバイクは加速し続けた。

 

そして——。

 

「ゴール!!」

 

耐侵食装備を着たフラッグガールが大きく旗を振り、大会のスタッフたちが歓声を上げる。

 

ゴールライン付近に構えられたカメラには、最初にポンペイがラインを越える姿が映し出されていた。

 

その僅か1秒後にシーザーが滑り込む。

 

よって僅差とはいえ、勝者はトライアンフとなった。

 

遅れてゴールしたライトやベルラム達も状況を察する。

 

そしてそれぞれ自陣営の勝利に喜び、敗退に肩を落とした。

 

「ああ……くそ……。」

 

シーザーはバイクに跨ったまま、失意に項垂れていた。

 

するとそこへポンペイがゆっくりと近付いてくる。

 

シーザーが顔を上げると、彼は手を差し出してきた。

 

「アレを使わざるを得なかったのは久々だ。良い勝負が出来た。」

 

「まったく……メカニックとしても覇者ってか。ズルいぜ。」

 

「こちとら何十年も走り屋をやってるんだ。脳筋だけじゃ生き残れんよ。」

 

シーザーとポンペイは双方満足気に硬い握手を交わす。

 

「次こそはオレ様が投げ入れる番だからな。」

 

「挑戦を待っている。儂に引退の予定はまだ無いからな。」

 

そう言うとポンペイは踵を返した。

 

懐から取り出したのはキューブ状の爆薬である火打石。

 

その場にいた全員に見守られながらポンペイは湖岸に立つと、火打石を湖へ投げ入れた。

 

次の瞬間、ボコンと、何かが爆発したような音が伝わってくる。

 

「……む。」

 

しかし今まで何度も火打石を使ったことのあるポンペイはすぐに違和感を覚えた。

 

本来なら大規模な爆発が起き、地中のガスと連鎖反応を起こして、周囲のエーテル結晶をまとめて吹き飛ばす筈だった。

 

だが遥か眼下の湖面は何も変わらない。

 

かと思えば、途端に異様な光景が広がり始めた。

 

「ぬっ……エーテル結晶が……!」

 

シンダーグロウ・レイクの縁に沿って生えていたエーテル結晶。

 

それらがまるでビデオの早送りのように、パキパキと急速に成長を始めたのだ。

 

異変に気付いたシーザーとリンも湖を覗き込む。

 

「プロキシ、こりゃどうなってるんだ!?」

 

[えっ……どういうこと……?]

 

「何がだ?」

 

[エーテル活性反応が出てる……それも凄まじいスピードだよ!こんなの自然には起きない!]

 

「おいおい、嘘だろ……。」

 

エーテルの急激な活性はその場にも影響を及ぼし始めていた。

 

今まで元気だったはずのスタッフの1人が急にふらりと倒れてしまう。

 

ベルラムが慌てて駆け寄ると、そのスタッフの腕にエーテル結晶らしきものが張り付いていた。

 

侵食症状の第二段階だった。

 

本来なら、侵食はもっと緩やかに進む。

 

少なくともこの程度の小規模ホロウなら、耐侵食装備を着た人間が1時間足らずでこうはならない。

 

「おいおい……ボス、マズいですよ!ホロウのエーテル濃度までが上がってる!」

 

「ベルラム、お前は症状が出てる連中を優先して外に連れ出せ!急ぐんだ!」

 

「う、うっす!」

 

ポンペイの指示に従って、ベルラムは重症者を集めると離脱の準備を始める。

 

一方、リンはイアスのセンサーを介して湖面を眺めていた。

 

そこへシーザーが隣に来る。

 

「プロキシ!体調を崩した連中は避難した!そっちはどうだ?何か分かったか?」

 

[えっと……こうなった理由は分からない……けれど、このままの侵食スピードで行くと、あと1時間くらいで湖が完全に覆われる。]

 

「なら爆弾でまたふっとばせばいい話だろ?火打石はもう1つあるぜ!」

 

[結晶の量が違いすぎるよ。爆薬を大量に使わないと、これ全部は破壊出来ない。あと……。]

 

「な、何だよ?」

 

リンはシーザーに向き直ると、深刻そうな面持ちで言葉を続ける。

 

[このままエーテル濃度が飽和レベルまで上がり続けると、ホロウは子(・)供(・)を(・)産(・)む(・)。自分のすぐ近くにね。]

 

「……っ。」

 

シーザーは顔を青くした。

 

この共生ホロウの近隣にはカリュドーンの子が拠点としているブレイズウッドが位置している。

 

またトライアンフがシマとしている数々の町も。

 

どの方向に新たなホロウが生まれても、必ず誰かの住処を呑み込む。

 

「くそったれ……!」

 

シーザーは自分の無力さに歯噛みした。

 

他の誰もが絶望的な状況に打ちひしがれる。

 

しかし唯一、例外の人物がいた。

 

彼は独り隅で不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

⬛︎

 

同時刻、異変は少し離れた位置でも起きていた。

 

孤立していたルーシーを救出したヴィクトリア家政。

 

比較的安全とされていたルートを進み、シンダーグロウ・レイクに向かっていた。

 

しかし彼らを待ち受けていたのは、そこらを跋扈する大量のエーテリアスだった。

 

「ボス、また新手です!前方に10体ほど……ふぎゅ。」

 

「ちょっと、もう少し後ろに下がってくれます?」

 

「……て、敵がおおしゅぎます。」

 

ルーシーの座布団をこなしながらスズツキはドローンからの報告を続ける。

 

現時点で迂回は3回目だった。

 

「ふむ……これ以上の回り道はキャロットの外に出てしまいます。一度どこかに身を隠しましょう。」

 

近場にあった大岩の影に一行は車両を停めた。

 

水分補給を済ませると、ライカンは深く考え込む。

 

「おかしいですね……あの誘引装置だけでここまでエーテリアスが集まるものなのでしょうか……。」

 

「他にも装置が仕掛けてあったというのは?私たちが気付いていないだけで。」

 

リナの言葉におずおずとカリンが横から入り込む。

 

「え、えと……それは違うと思います。あの、これ……。」

 

「カリンちゃん、何か見つけたの?」

 

カリンが差し出したものをエレンは受け取る。

 

それはバギーに積まれたセンサー群から得られたデータだった。

 

端末には、ここ半時間で急激にエーテル値が上がっていることが示されている。

 

画面を眺めながら、ライカンは目を細めた。

 

「つまり……エーテリアスがここに集まってきたわけではなく、新しく生まれたと?」

 

「マジ?こんな大量に?あり得なくない?」

 

不可解な状況に頭を抱えるライカン達だったが、それを他所にルーシーは岩の外を双眼鏡で眺めていた。

 

そこへスズツキが近付く。

 

「何か見えました?」

 

スズツキの言葉に対して、ルーシーはただ双眼鏡を渡すと、ある一点を指差した。

 

その方向をスズツキは覗き込む。

 

すると、大きなシルエットが遠くに見えた。

 

「でっか……。」

 

「前までこのホロウにあんなのはいませんでしたわ。大きくても中級クラスだったのに。」

 

双眼鏡越しに見えたのは、白っぽい身体と頭部についた2本の大きな角が特徴の個体。

 

大きさは以前に戦闘したデッドエンドブッチャーに相当するだろう。

 

するとその時、大型エーテリアスの一つ眼がギョロリと動き、スズツキと目が合う。

 

「……これは逃げるべきですね。」

 

「は?」

 

「敵に気付かれちゃいました!」

 

次に見えたのはこちらへ一目散に駆けてくる敵の姿。

 

スズツキ達は慌てて車両に飛び乗り、逃走を開始した。

 

エレンは二重の意味でイラつきながら口を開く。

 

「ねえ、なに面倒なことしでかしちゃってるワケ?」

 

「私じゃねーですわ!見つかったのは下僕ですの!」

 

「下僕って……ああもう!」

 

背後に大型エーテリアスが迫ってくる。

 

一行は追手が動きにくい岩場へと逃げ込んだ。

 

しかし敵も中々諦めず、岩を削り、サボテンを弾き飛ばしながら追跡を続けてくる。

 

だがある時、ドガン!と、大きな破裂音が響き渡った。

 

「っ……な、何が……!」

 

「あっ、あれを!」

 

スズツキの頭上、崖の上で爆発が発生していた。

 

岸壁から岩が剥離し、バラバラと落ちてくる。

 

しかし一行には当たらず、それらは全て敵のエーテリアスに直撃した。

 

動きが鈍ったところへ更に岩がのしかかっていく。

 

停まって確認する頃には、敵は完全に岩に埋もれていた。

 

「何だったんだ……。」

 

「さあね……ん?」

 

その時、エレンは鼻を鳴らした。

 

かと思えば、車体横のラックから薙刀を手に取り、そのままリバーストライクを急発進させた。

 

ライカンやリナ達を置いて、エレンは岩場の上を目指す。

 

坂を登り切った時、そこには1人の人物がいた。

 

相手はバイクに乗ろうとしており、エレンに気付くと動きを止める。

 

「今すぐ降りて。ゆっくりとね。」

 

エレンはリバーストライクから降りると、薙刀の先端を突き付ける。

 

対して相手は言われた通りにバイクから離れると、こちらを向いた。

 

黄色い毛並みの長い尻尾が揺れる。

 

「……あっ。」

 

スズツキは目を見開く。

 

見えてきた相手の姿は、非常に印象深いものだった。

 

 

 

 

 

 

 

⬛︎

 

シンダーグロウ・レイクはその姿を大きく様変わりさせていた。

 

肥大化したエーテル結晶が湖面の過半数を覆い、炎の輝きが見えなくなってきている。

 

大会のスタッフと観客は既に大半が退避を済ませており、現場には一部が残っているだけだった。

 

何か出来るわけでもなかったが。

 

「プロキシ……オレらはこのまま見てるだけしか出来ないのか?」

 

[残念ながらね……けれど、こうして見ているだけでもデータが得られる。このデータを元に、今後のホロウの動きを予測出来れば、近隣住民の避難誘導にも繋がる。]

 

「そうか……分かった。滞在時間にはまだ余裕がある。こっちでエーテリアスはシバいとくからよ、観測は頼んだぜ。」

 

[うん、任せて!]

 

エーテリアスは湖の周囲にも多数出現していた。

 

即席で組み上げたバリケード越しに走り屋たちが銃を撃ち、近付いてきたエーテリアスをシーザーらが斬り伏せる。

 

その中には老齢にも関わらず、剣を振りかざすポンペイの姿もあった。

 

「おっさん!無理すんなよ!」

 

「余計なお世話だ!くそ……どうしてこんなことに……!」

 

歯噛みするポンペイだったが、そこへ偵察に出ていたルシウスが戻ってきた。

 

「親分、大変です!」

 

「どうした?」

 

「北西からエーテリアスの大群が迫ってきています!とにかく大量に!このままでは退路が絶たれる!早く逃げないと!」

 

「ぬぅ……。」

 

その時、横合いからシーザーが割り込んでくる。

 

「待ってくれ!まだプロキシが観測データを取ってる!」

 

「だが俺たちが死んだらどうしようもないだろ!?アンタだって!郊外全体で混乱が加速する!」

 

「けど、それでも……くそっ、もうおいでなすった!」

 

会話は中断される。

 

バリケードから離れた位置にエーテリアスの集団が現れていた。

 

シーザー達はそれぞれの得物を構え直す。

 

しかし次の瞬間、エーテリアス達の動きが鈍った。

 

響き渡る乾いた破裂音、眩く光る電撃の青白いスパーク、放物線を描いて宙を舞う敵個体。

 

あっという間に敵はバタバタと倒れていく。

 

「な、何だ?」

 

シーザーの視界からエーテリアスが居なくなると、その遺骸を踏み付けて1台のバイクが現れた。

 

続いてリバーストライクとバギーも。

 

サイドカーには馴染みの顔があった。

 

「お嬢!」

 

「ルーシー!遅かったじゃねえか!」

 

シーザーとライトは仲間の無事に安堵した。

 

しかし一方でルーシーを始めとしたスズツキ達の面々は険しい顔をしていた。

 

一行は車両を停めると、それぞれ降車してくる。

 

シーザーはルーシーがスズツキの膝に座っていたことに気付くが、今はそれどころではなさそうだからと、思考の外へ投げる。

 

「シーザー、少し遅れましたわ。でもあいにくと再会を喜んでるヒマは無くてよ。」

 

「どうかしたのか?」

 

「ええ、少しばかり……。」

 

ルーシーの周りを囲うように立っていたライカン達が動き出す。

 

ライカンは僅かに腰を落とし、リナは浮遊ボンプの2体を頭上に占位させ、エレンとカリンは薙刀と電鋸を握り直す。

 

そしてスズツキは一歩前に出ると、腰のホルスターからリボルバーを引き抜いた。

 

銃口を向けた先にいたのはポンペイとルシウス。

 

引き金に指はかかっている。

 

「これはどういうことだ?」

 

ポンペイは眉を顰めると、ルシウスの前に立つ。

 

彼の言葉に対して、ルーシーが応えた。

 

「勘違いしないでくださいまし。覇者ポンペイ、貴方に敵意はありませんの。問題はその後ろのキザな男でしてよ。」

 

「ルシウスが何をしたというのだ。」

 

「数々の妨害工作を仕掛け、火打石にも細工をした……その犯人ですわ。」

 

ルーシーの糾弾にポンペイやシーザー達はただ疑問符を浮かべるばかりだった。

 

そして当の本人も困惑したように前へ出てくる。

 

「ちょっと待ってくれ。俺が犯人?まず妨害って何のことだよ?というか、犯人探しをしている場合か?」

 

「そうだぜルーシー。ムカつく気持ちは分かるが、今は早くここを出て、町のみんなを逃さないと。」

 

シーザーの諫言をルーシーは手で制する。

 

「なら、彼女に説明してもらった方が早いですわね。」

 

ルーシーは近くの岩陰に向かって手招きをする。

 

次の瞬間、ルシウスの表情が大きく揺れた。

 

「……っ!?」

 

「あら、やはりお知り合いだったようですわね。」

 

「貴様……プルクラ……!」

 

打って変わって狼狽え始めたルシウスを前に、猫系シリオンの女傭兵——プルクラはおどけるように両手を上げた。

 

「来ちゃった。文無しで放り出されて、少し腹立ってたし。」

 

「お前……!」

 

「予想外だったよ。まさかアンタの企みがここまでスゴいなんて。私たちに敷設させた罠は単にレースで1位になるためじゃなくて……『あの火打石』を使わせることが目的だったんだ。」

 

ルシウスへ懐疑の目が一斉に向く。

 

ポンペイも信じられないといった風に後ろを向くと、彼から一歩引いた。

 

「ルシウス、罠とはどういうことだ。」

 

「お、親分、俺には何を言ってるか分からねえよ。」

 

しらを切るルシウスだったが、そこへライカンが口を開く。

 

手にはスズツキが操作していたドローンの端末があった。

 

「失礼ながら、罠に関してはこちらに映像が。」

 

画面にはドローンによる録画映像が映っていた。

 

コース上に仕掛けられた爆弾やルーシーがトラップに引っかかるところなど。

 

それを見たポンペイの目付きが険しくなる。

 

「これは……本当なのか?」

 

「違う!全てこの女の嘘ですよ!」

 

「ふーん、ならバイクの収納ボックスを漁ってみな。きっと面白いものが見つかるよ。」

 

プルクラの発言にルシウスは顔を青くさせる。

 

すぐにスズツキが銃口を向け直した。

 

「変なことはしない方が身のためですよ。」

 

「ぐっ……。」

 

ルシウスが黙り込むと、プルクラは視線をポンペイへと向ける。

 

彼は無言のままルシウスのバイクへと近付いた。

 

そしてシート付近の収納スペースを開けると、すぐにあるものが目に付いた。

 

「……起爆装置。それも軍用か。」

 

ポンペイが手に取ったのは連続で握り込むことで信号を送るクリック式の起爆装置。

 

少なくともレースにおいては絶対に必要のないものだった。

 

「ルシウス、この惨状もお前なのか。あの火打石は何とすり替えた……!」

 

落胆と怒りが混ざったような、複雑な表情をしながらポンペイは語尾を強める。

 

対して遂に観念したのか、ルシウスは口を開いた。

 

「……エーテル重合触媒。遊離状態のエーテル粒子を結晶化させる代物ですよ。」

 

「貴様……シンダーグロウ・レイクが無くなれば、どれだけの人間が路頭に迷うことになると思ってる!社会がひとつ消し飛ぶんだぞ!」

 

「ええ、だからそこをエーテル産業で埋めるんですよ。都市には開拓先を探している企業がわんさかといる。競合の石油産業が潰れれば、渡りに船だ。」

 

「なるほど、儂の目はとんだ節穴だったようだ……はした金ごときで企業に魂まで売り渡していたとはな……!」

 

「はした金?違いますよ。連中が郊外へ進出した後、この一帯を任される契約です。いつまでもバイクを乗り回してるより、よほど将来性がある。」

 

「ほざけ……!」

 

ポンペイはルシウスに詰め寄ると、間近から睨み付ける。

 

「この報いは必ず受けてもらう。それまで貴様は殺さん。」

 

「ええ……なら良かった。」

 

ここでルシウスはニタリと笑みを浮かべた。

 

直後、周囲でパパパン!!と、軽い破裂音が響き渡ると同時に、白い煙が立ち込めていく。

 

「まだ敵が居る……!?」

 

スズツキは足元に発煙筒が転がっていることに気付いた。

 

それを拾うと、遠くへ放り投げる。

 

するとその場の煙幕が僅かに晴れた。

 

そしてうっすらと見えてきたのは、バイクに跨るルシウスの姿。

 

彼の前には犬系のシリオン——攫われた際にプルクラと行動していた男がいた。

 

「待て!」

 

スズツキはリボルバーの照準を合わせようとする。

 

しかし射線上に別の人影らしきものが入ってくると、引き金から指を離した。

 

周りがよく見えない現状では誤射のリスクが高い。

 

そうこうしているうちにルシウスの乗ったバイクは発進した。

 

「どちらにせよ終わりだ!石油もバイクもアンタらも!古いものは全部消えてなくなるんだよ!」

 

「くっ……!」

 

次に煙幕が晴れた時、既にルシウスの姿は遠方に消えていた。

 

そして問題はまだ終わっていない。

 

湖の方からイアスがぴょんぴょんと駆けてくる。

 

[みんな、大丈夫!?]

 

「こっちは問題ねえ……それよりプロキシ、観測データは?十分に集まったのか?」

 

シーザーの足元で、イアスはゆっくりと頷く。

 

[……こっちはいつでもいいよ。あとは逃げるだけ。]

 

「やはり見捨てるしかないのか……ここを。」

 

[うん……残念ながらね。私たちには十分な量の爆薬も、その代わりになるものも何もないんだし……。]

 

誰もが状況の打開に見切りをつけ、ホロウ脱出への準備を始める。

 

スズツキもエレンに続いて自身の車両へ戻ろうとする。

 

だが、ふとあるものが目に入ってきた。

 

地面に転がっていたルシウスの起爆装置。

 

それを手に取ると、同時に今日の出来事を思い出す。

 

ジャミングによって起爆を回避したことを。

 

「……爆発していない!」

 

スズツキはすぐにプルクラの元へ駆け寄った。

 

「あ、あの!」

 

「ん?何?」

 

「爆弾を仕掛けた位置って覚えてますか?」

 

「まあ……うん、ホロウの中だから正確な位置までは分からないけど、少なくとも基準にしたランドマークは覚えてるね。けど何をするつもり?」

 

「その爆弾を使うんですよ!不発のまま残ってる!でしょ?」

 

スズツキの言葉にライカンやシーザー達は僅かな硬直を経て、ふむと頷き、手を叩いた。

 

プルクラだけは面倒そうにゲンナリとしていたが。

 

「えぇ……いやまあ、確かに崩落を起こす量が3箇所分あるから十分以上ではあるけど……。」

 

「敵の爆薬を転用する、ですか。良い考えですね。」

 

「その手があったか!スズツキやるじゃねえか!」

 

スズツキはシーザーに肩を組まれると、豊満な胸部装甲が盛大に顔面へ押し当てられた。

 

「ふ……ふぐ……り、リンしゃん……ば、場所の見た目から現在位置を割り出せましゅか?」

 

[もちろん!それくらい朝飯前だよ!]

 

「なら善は急げだ!湖が結晶で覆われる前に爆薬を取りに行くぞ!」

 

話が決まると、全員は即座に動き出した。

 

プルクラは爆弾の敷設場所をリンに伝えると、彼女はその情報を元に爆弾がホロウのどの位置にあるかを調べていく。

 

スズツキ達はそれぞれの車両に乗り込み、先にエンジンを温める。

 

タイムリミット付きのレース——ツール・ド・インフェルノの第二幕が始まろうとしていた。

 




同業の作品群はレミエールとかロスカリファ書いてるのに、未だツール・ド・インフェルノまでしか進んでない作品があるってマ?

と言うわけで、ようやっと次で終わりです。


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