ヴィクトリア家政の女装メイド   作:ゆうぐれ

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祝・50話目到達!

なんやかんやでようやっとここまで来ました。今後ともぼちぼちやっていくので、よろしくお願いします。


六章幕間
50 下僕メイドと女王様と覇者代理


ツール・ド・インフェルノが様々なトラブルを経ながらも終息すると、郊外には再び穏やかな時間が流れ始めていた。

 

岩と砂ばかりの殺風景な土地ではあるが、都市の喧騒とは無縁だ。

 

そしてブレイズウッドにも、いつもの日常が戻っていた。

 

ただし、町の一角だけは以前と少し様子が違っていた。

 

「下僕、コーヒーをエスプレッソで淹れてくださる?」

 

「はい、お嬢様。」

 

「付け合わせも忘れないように。」

 

「承知しました。ハバネロ味のポテトチップスでよろしいでしょうか。」

 

「だぁれがコーラの付け合わせと言いましたの?そこはビスコッティでしょうに……まったく、これだから庶民は……。」

 

「ビス何とかでしたら先ほどバーニス様が全て平らげてしまいました。何なら僕も少しいただきました。美味しかったです。あ、他に煎餅ならありますよ。」

 

「ぬあぁ!バーニスぅ!また私のを食いやがったですわ!」

 

ソファーの上で憤慨しているのは郊外の走り屋『カリュドーンの子』のメインメンバーであり、実質的な参謀役に収まっている金髪の少女。

 

名前をルシアーナ・オクシスィース・テオドロ・デ・モンテフィーノ——通称ルーシーという。

 

そして彼女の目の前にパック式のアイスコーヒーと羊羹を置くスズツキ。

 

今はライダースーツではなく、ヴィクトリア家政のメイド姿となっていた。

 

「合成ブレンド豆です。どうぞ、ごゆっくり。」

 

「ふむ、これがエスプレッソと……どうやら貴方にはコーヒーについて一から全て教える必要がありますわね?」

 

「仕方ないのですお嬢様。ブルーマウンテンの豆は既にパイパー様が瓶ごと持っていってしまいました。何やらニトロフューエルとのブレンドを試すとおっしゃっていましたが……。」

 

「パイパー……それをこのパックのでやってほしかったですわぁ……!」

 

「ええ、同じことを伝えたのですが——たけぇ方が気分も上がるじゃん?——とのことです。」

 

「少し似ているのが腹立ちますわ……まったく、2人の給金から天引きですわね。」

 

ルーシーはプンスカと手元の書類をメモ代わりに金額を書いていく。

 

お菓子とコーヒー豆だけで、ゼロがいくつも並んでいることに目を見開くスズツキだったが、赤い瞳が向けられてくると、慌てて居住まいを整える。

 

「で、ではまた何かあればお申し付けを……。」

 

「待ちなさい。下がっていいなんて一言も言ってないですわ。」

 

ビシリと、ルーシーは手に持ったペンで目の前の床を指してくる。

 

スズツキは彼女と床の間で視線を行き来させると、恐る恐る口を開く。

 

「えと……まさか四つん這いで犬の真似をしろと?」

 

「そうそう、首輪をつけて無様にワンワン鳴いて……って違いますわ!まあ、面白そうではありますけど……とにかく、そこに立てと言っているのです。」

 

「は、はい……。」

 

スズツキは大人しく言う通りにすると、ルーシーは書類とペンを置き、脚を組み直す。

 

女王様のようないで立ちにスズツキは緊張感を覚えた。

 

「で、わたくしはヴィクトリア家政の奉仕を依頼したのだけれど、どうして下僕——貴方だけしか来ていないのかしら。」

 

「それは……えっと、我々は現在手が離せない状況なのです。特にパールマン関連で。」

 

「あら、報酬も正規料金で支払ったのに?」

 

「それに関しては既に全額返金済みです。完全なサービスは提供出来ませんので。」

 

「でしょうね。」

 

ルーシーはアイスコーヒーを口に含むと、味が気に入らなかったのか顔を顰めた。

 

そして今度は羊羹に楊枝を刺して齧り始める。

 

「まったく……コーヒーのひとつも淹れられないのかしら。」

 

「粉末コーヒーなら出来ます。」

 

「シバきますわよ?」

 

「あとはコーヒーマシンとか。」

 

「次にその単語を言ったら、お父様にあること無いこと言いつけますわ。」

 

ルーシーの声のトーンが下がり、双眸から光が消えかける。

 

先日に続いて、またもや地雷を踏みかけたことにスズツキは冷や汗をかくと、すぐに口を閉じた。

 

「こ、これは失礼いたしました。お詫び申し上げます。」

 

「では、その詫びとやらでひとつ教えてくださる?」

 

「……可能な範囲であれば。」

 

ルーシーは組んだ脚をほどくと、小悪魔的な笑みを浮かべた。

 

「あのパールマンという男についてですわ。」

 

「えと……彼は元ヴィジョン社長で、現在は逃亡犯ですね。」

 

「誰がメディアの文面を読み上げろと言いましたの。ちゃんと質問に答えなさい?」

 

「申し訳ありません、お嬢様。僕はそれ以上のことは何も知りません。」

 

「そうかしら……?」

 

ルーシーは腰を上げ、スズツキの周りをゆっくりと歩く。

 

彼女が視線を合わせてくると、スズツキは全力で目を逸らした。

 

「貴方の組織がただの家政サービスではないことは分かっていますわ。わたくしの護衛として父が委託するくらいですもの。そんな貴方たちが目の色を変えてパールマンに食い付いた……彼には重大な何かがあると思わなくて?」

 

「お嬢様、僕は現時点において貴女様に仕える存在です。しかし、機密事項を話すことは不可能です。」

 

「ふむ、礼を言いますわ。自ら秘密だと話すなんて、まだまだ甘ちゃんですわね。」

 

遅れてスズツキは自らの失言に気付いた。

 

だが考える暇すら与えないように、ルーシーは続けて口を開く。

 

「あと、勘違いしないでほしいですわ。貴方は依頼だからわたくしに仕えているのではなく、最初から既に下僕だからわたくしに仕えている……そこを履き違えないように。」

 

「で、でもあれは……!」

 

「無効だと?残念、郊外で約束は絶対ですわ。だから貴方はわたくしの下僕。つまり主人の言うことは絶対。お分かり?」

 

ルーシーのおよそ同年代とは思えない凄みのある瞳がスズツキを見つめてきた。

 

ジェーンやプルクラを彷彿とさせるような捕食者のそれに、ただ縮み込むことしか出来ない。

 

スズツキの沈黙を是と判断したのか、ルーシーは機嫌良く言葉を続ける。

 

「では、もう一度聞きますわ。パールマンとは何者ですの?」

 

ルーシーの質問にスズツキは口を真一文字に結ぶ。

 

しかしすぐにその唇が緩むと、彼は声を絞り出した。

 

「それは……それは、言えません。」

 

「あら……あらあらあら。」

 

「むぶっ……!?」

 

直後、ルーシーの手がスズツキの顔を鷲掴みにした。

 

「どうやら主人の命令を聞けない悪い犬が居るようですわねぇ……これは強めの躾が必要かしら?」

 

威圧するルーシーだったが、意外にも返ってきたのは屈服でも服従でもなかった。

 

彼女を見つめるのは怯えを含みつつも、敵意のこもった双眸。

 

更にはルーシーの手が振り払われる。

 

「ぼ、僕は貴女に仕える立場でしょう。しかし……仲間を裏切るような命令は受けることは出来ません。」

 

「あら……。」

 

ルーシーの冷たい視線がスズツキを射抜く。

 

一日千秋とも思えるような、短くも長い時間が過ぎていく。

 

先に動いたのはルーシーだった。

 

「ふん……合格ですわ。」

 

そう言うと、ルーシーは踵を返してソファーへ腰を下ろす。

 

スズツキは一拍遅れて反応した。

 

「えっ……今なんと?合格?」

 

「そう言いましたわ。コーヒーを淹れることの出来ないポンコツでも、保身のために情報を売るマヌケではなさそうとね。」

 

「た、試したんですか?」

 

「ええ、それ以外に何かあると思って?」

 

「そう……ですか。」

 

今までの展開が試験の一環であったことにスズツキは安堵する。

 

だが試験と言えど、ルーシーは単にふざけているようには見えなかった。

 

「……何ですの、その顔は。」

 

「いえ、本当に僕が喋ったらどうするつもりだったのかな、と。」

 

「決まっていますわ。」

 

ルーシーは羊羹を全て口に放り込むと、アイスコーヒーで流し込む。

 

「下僕からペットに降格した上で、そこで四つん這いにさせていましたわ。」

 

「……笑えないですよ。もうパールマンのことはいいんですか?」

 

「都市のいざこざなんて知ったこっちゃないですわ。それに、世の中には知らない方が幸せなこともありますの。どうせその類なのでしょう?単に金や権利に留まらないものとか……。」

 

「ノーコメントで。」

 

「あらそう。」

 

すっかり興味を失ったようにルーシーは席を立つと、隣の自室へと足を運んだ。

 

ドアを開ける前にスズツキの方へ振り返ってくる。

 

「下僕、出発の準備をなさい。」

 

「どこか出かけるのですか?」

 

「ええ、元はそのために貴方たちを呼んだんですの。下僕だけしか来なかったことは予想外でしたが……まあ、最低基準はパスしているようなので、よしとしましょう。」

 

ルーシーは懐からディニー札を取り出すと、スズツキへ押し付けてくる。

 

「貴方が乗ってきたSUVで行きますわ。ガソリンを満タンにしておくように。」

 

「承知しました。」

 

ルーシーはすぐに扉の向こうへ消える。

 

最後に見えた彼女の顔は、いつにもなく緊張しているように思えた。

 

 

 

 

 

 

⬛︎

 

ガソリンスタンドでの給油を済ませたスズツキは、拠点のガレージにいた。

 

依頼主を乗せるための高級車こと社用車だったが、ここに来るまでに砂によって白いボディに汚れが目立っていた。

 

暇だからとホースで水をかけていると、バイクの爆音が近付いてくる。

 

振り返ると見知った顔がそこにあった。

 

「あっ!スズツキちゃんだ!しかもメイドさん!可愛い〜!」

 

「おふっ……!?」

 

スズツキの身体に2本の腕が巻き付き、ギュッと強く抱き締められる。

 

顔を上げると、目を輝かせたバーニスの姿があった。

 

正面はもちろん、全身の各所に柔らかさを感じたが、それよりも彼女から発せられる臭いに顔をしかめた。

 

ガソリン特有の甘ったるい刺激臭に、油と煤の重たい臭気を混ぜたようなそれ。

 

「うっ……バーニスさん、何か燃やしてきたんですか?」

 

「うん!朝のナパームは格別だね!」

 

「お、お勤めご苦労様です……。」

 

抱擁が解かれると、バーニスの背後から別の人物が現れる。

 

その顔を前に、思わずスズツキは身体を強張らせた。

 

「また会ったね。可愛いお嬢さん。いや、今はメイドさんか。」

 

「……ど、ども。」

 

現れたのは猫シリオンの傭兵、プルクラだった。

 

今は口元のマスクを外しており、猫らしい尖った鼻が見える。

 

さりげなくスズツキはバーニスの背中に半身を隠した。

 

「あらら……そんなに私が怖い?傷つくなぁ、もう敵じゃないってのに。」

 

プルクラの長い指がスズツキの頬を撫でる。

 

「な、なんでバーニスさんと一緒にいるんですか?」

 

「そりゃあもちろん……。」

 

「プルにゃんはね!私たちの仲間になったんだよ!」

 

バーニスが元気一杯にそう割り込むと、すぐにプルクラが訂正を入れてくる。

 

「バーニス!だからまだ決まったわけじゃないって言ってるだろ!お試し期間だから!」

 

「えー?ほとんど同じじゃーん?」

 

「違うから!周りにも変に言いふらしてくれちゃってさぁ……!」

 

ぶつくさと言いながらも、プルクラの尻尾は垂直に立ったまま動きを止めていた。

 

犬と猫の尻尾による感情表現は真逆と聞いたことがある。

 

ライカンのパターンと見比べていると、いつの間にか目の前にプルクラの顔があった。

 

「私の尻尾に何かついてるかい?」

 

「あ……いえ、なんか前より様変わりしているなぁ……と。」

 

「ホント調子狂うよ。軽い気持ちで受けるんじゃなかったね。」

 

「でも、前より今の方が良いと思いますよ。」

 

「冗談でしょ?」

 

「いえ、尻尾が随分とリラックスしているようでしたので。」

 

スズツキの発言に、プルクラは慌てて尻尾を隠した。

 

「……アンタ、そういうの良くないと思うよ。」

 

「いやはや、身近に尻尾を見る機会が多いものでして……。」

 

「まったく……認めたくはないものね。ただ、それでもお試し中だから。特に、アイツがどんな奴なのか分かってないし。」

 

プルクラが指をさした先に、こちらへ向かってくる車列が見えた。

 

カリュドーンの子のコンボイだ。

 

パイパーの運転するトラック『アイアンタスク』が先導役として、トレーラー群を町の中へ引き連れていく。

 

車列の左右を走っていた2台のバイク、シーザーとライトは車列から離れるとガレージに入ってきた。

 

「ふぅ……みんな、よくやったな!覇者代理の初仕事はこれで全て終わりだ!」

 

「しかしまさか野盗が白昼堂々と襲ってくるとはな。俺たちも舐められたもんだ。」

 

「だがブッ飛ばしてやった!これで連中も懲りただろ!」

 

バイクを停めると、シーザーは剣先についた機械油を拭き取り、ライトはガントレットを腕から外す。

 

おそらくバーニスが燃やした相手というのは、その野盗なのだろう。

 

スズツキは戦闘が日常であるかのような、あまりにも慣れた様子の彼女たちの姿に、内心末恐ろしさを感じた。

 

するとその時、バイクから降りてきたシーザーと目が合う。

 

「腹が減ったぜ!まずは腹拵えだ……な……!?」

 

シーザーの両目が大きく見開かれる。

 

そして顔を真っ赤にしたかと思えば、明らかに挙動がおかしくなり始めた。

 

「すっ、スズっ……スズツキ!?ど、どうしてここに……!?」

 

「えと、お嬢様……ルーシーさんに呼び出されたので。」

 

「そ、そうか……ルーシーにか……じゃ、じゃあな!ゆっくりしていってくれ!」

 

油をさしていないロボットみたいな動きをしながら、シーザーはその場を去っていく。

 

スズツキを含めたその場の全員が彼女を不思議そうに見ていた。

 

「……何かあったんですか?」

 

「さあな、大将も仕事が溜まって疲れたんだろ。」

 

「シーザーちゃん、いきなり大変になったからねー!」

 

スズツキはライトやプルクラに視線を向けるが、彼らもただ肩をすくめるだけだった。

 

「じゃ、お嬢様の相手は大変だろうけど頑張って。」

 

「あ、はい。お疲れ様でした。」

 

プルクラ達もバイクを停めると、拠点の中へ入っていく。

 

独り残されたスズツキだったが、そう時間が経たない内に、ガレージの扉が再び開いた。

 

そちらを見ると、思わず衝撃から固まってしまった。

 

「……何ですの。何か言いたいことでも?」

 

そこに立っていたのは正装姿のルーシー。

 

赤系のテーラードジャケットに白シャツ、黒スカートといった普段のパンクな格好とは真反対だった。

 

またいつものピッケルハウべは被っておらず、代わりに小さなバッグを手に握っている。

 

もちろん全ての物品が、その布地からして高級品であることは確かだった。

 

呆気に取られたスズツキは数秒の硬直を経て、ようやく再起動を済ませる。

 

「あ……いや、お嬢様ってお嬢様なんだなぁと。」

 

「ブッ飛ばしますわよ?」

 

「非常にお似合いです。閃光手榴弾並みに眩しいですよ。」

 

「ビミョーな賞賛ですこと。というかフラッシュバンなら見えてないのでは?」

 

「そういえば確かに……なら太陽で。」

 

「いきなりインフレしましたわね……まあ、わたくしには適切な表現でしょう。今なら言い直すチャンスを与えますわよ?」

 

「太陽のように眩しいです。お似合いですよ、お嬢様。」

 

「ふむ……及第点にしてあげますわ。」

 

そう言いながらもルーシーはどこか機嫌良さげだった。

 

スズツキは太陽が放射線や電磁波を撒き散らすところも含めての表現だったが、流石にそれを言う気にはなれなかった。

 

ただ黙ってドアを開けると、ルーシーが乗り込むのを待つ。

 

しかし彼女はスズツキの横を通り過ぎると、そのまま自ら助手席へ乗り込んだ。

 

「こっちの方が話しやすいですわ。ほら、早く乗りなさい。」

 

「あ、はい。」

 

スズツキは急いで運転席へ乗り込む。

 

エンジンをかけようとした時、まだ目的地を聞いていないことに気付いた。

 

「ちなみに、どこへ向かうのですか?」

 

「見て分かるでしょう?私の実家、正確にはモンテフィーノ家の本邸ですわ。」

 

「では、ご実家への帰省ということですね。」

 

「帰省なんてもんじゃないですわ。」

 

ルーシーは忌々しそうに口元を歪める。

 

「抗議しにいきますの。あのクソ親父に。」

 

「やはり郊外進出云々の話ですか。」

 

「いいえ……『お見合い』ですの。」

 

「へぇ。」

 

スズツキはエンジンのスタートボタンを押し込む。

 

車内にエンジンの重低音が静かに響くと、スズツキはもう一度ルーシーの方を向いた。

 

「え"っ!?お見合い!?」

 

「馬鹿っ!声がデカいですの!」

 

「おぶっ!?」

 

またもやスズツキは口を掴まれた。

 

その状態のままルーシーは言葉を続ける。

 

「仲間にバレたら面倒なことになりますの。だから他言無用、さっさと行ってさっさと帰ってきますの。お分かり?」

 

スズツキはコクコクと頷く。

 

「貴方がやるべきことはわたくしを送り迎えすること。そして、わたくしの隣に立っていること。見合いの話をつっぱねて、ついでに利権の話を2つ3つ話している間は。こちらもお分かり?」

 

再びスズツキは頷く。

 

「よろしい。では下僕、行きなさい。」

 

「ぷはっ……は、発車しまーす!」

 

スズツキはアクセルを踏み込んだ。

 

低く唸るV8エンジンの音を響かせながら、白いSUVはガレージを抜けていく。

 

どこか不安感を覚えながらもスズツキはハンドルを握り直すと、運転に集中することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

⬛︎

 

ガレージに繋がるドアの前で、シーザーは固まっていた。

 

正装姿のルーシーを見つけて、ふとついて行った先で聞こえてきた単語——『お見合い』。

 

呆然と立ち尽くしていると、そこへパイパーが通りかかる。

 

彼女はシーザーのらしからぬ姿に首を傾げた。

 

「お?どうしたシーザー。何かあったんかい?」

 

「なぁ、パイパー……お見合いって何だったっけ?」

 

「えっ……。」

 

パイパーは予想外の話題に困惑するが、すぐに先日のことを思い出す。

 

きっとシーザーはまだバグが残っているのだろうと。

 

子供の純粋な疑問に答えるように、パイパーは微笑ましく思いながら口を開いた。

 

「お見合いってのはなぁ……男と女が結婚するために、親とかを通じて顔を合わせることだな。」

 

「けっ、結婚!?結婚するのか!いきなり!?」

 

途端にシーザーは顔を真っ赤にする。

 

彼女の食い付きっぷりにパイパーは思わず身を引いた。

 

「あ、うん……昔からあるマッチングシステムだなぁ。最近も一部は残ってるのかねぇ。」

 

「たっ、例えば……ルーシー……とか?」

 

「ん?ルーシー?まあ、アイツは実家が実家だからなぁ……ひとりっ子だし、後継ぎの問題とか大変そうだよなぁ……。」

 

「後継ぎって……子供……!?」

 

「最終的にはな。まだ先の話だろうけど。」

 

「そ、そうか……子供を作るのか……。」

 

今度はシーザーの顔が青くなっていく。

 

呆然としたり熱くなったり肩を落としたり、信号機みたいだと呑気に考えるパイパーだったが、一方のシーザーにとってはかなり深刻だった。

 

「パイパー……ま、前にダチから観せてもらった映画なんだけどよ……。」

 

「はいはい、友達ね。」

 

「ほ、本当に借りただけだからな!」

 

「分かってるでい。」

 

バレバレの予防線を張ったシーザーは、打って変わってボソボソと話し始める。

 

「その……主人公の仲良くしてるやつが、そのお見合い?みたいなので別のやつと結婚するって内容だったわけよ。」

 

「あぁ……それで自分の想いにようやく気付いた主人公が、お見合い現場に乱入して告白して、無事ハッピーエンド的な?」

 

「なっ……す、すげえな!?どうして分かったんだ!?」

 

「そりゃあ人生経験ってやつよ。」

 

パイパーの余裕ぶった発言に、シーザーはキラキラと目を輝かせる。

 

「そ、それでだ!パイパーは主人公のことをどう思う?すげー奴か、ヤバい奴か。」

 

「どう思うって……まあ、男なら負けると分かっていても戦わなくてはならない時があるって言うしねぇ……彼は失敗を恐れない勇気の持ち主だったんじゃないのかぃ?」

 

「そうか……そうだよな……。」

 

シーザーはブツブツと自分を言い聞かせるように何かを呟く。

 

それをパイパーは怪訝に思うと、ここで先ほどのシーザーの発言が頭をよぎる。

 

ルーシーとお見合いについて。

 

そして先ほど、アイアンタスクのキャビンから見えた、郊外に似つかわしくない高級車とそこに佇む1人のメイド。

 

仲間たちと親しくしていたことから、誰なのかは言うまでもない。

 

パイパーの中でひとつの仮説が持ち上がった。

 

しかし同時に、それは有り得ない、またはそう判断するには性急に過ぎると判定が出た。

 

「ちょっと待ってくれぃシーザー。多分、お前さんが考えてることは……。」

 

「ありがとな!パイパー!ちょっと行ってくるぜ!」

 

「あっ、おい……って。」

 

パイパーが止める暇もなく、シーザーはガレージに入ると、自前のバイクに乗って走り出してしまう。

 

後を追って表に出ても、その姿は既に小さくなっていた。

 

「ありゃあ……きっとスズツキ姫を取り合う気だなぁ……こりゃ大変なことになるかも……。」

 

パイパーは溜め息を吐く。

 

だが最後に見えたシーザーの顔は憑き物が落ちたかのような、ここ1週間の間で最も晴れやかな表情をしていた。

 

「ま、いいか……きっと彼がなんとかしてくれるでぃ。」

 

懐に下げた缶、ニトロフューエルのコーヒーブレンド版を口に運びながら、パイパーはその場を後にした。

 

「……まず。」

 

 

 

 

 

 

⬛︎

 

「……以上が、我々がパールマンの聴取を経て入手した情報です。」

 

「なるほど、市長閣下は既にこれを?」

 

「はい、我々の主人を除いてこれを知る者は宗一郎様と雅様に……雅様?」

 

「ん?雅?居ないのか?」

 

「あら、姿が見えませんわね。」

 

「カリン、聞こえますか。念のために邸内の警備システムの確認を。最後に雅様を映した場面を探し出してください。」

 

「エレン、起きてくださる?敷地内の警戒を。」

 

「ふあぁ……ねむ……さっき雅サマが出てったけど、なんかあったの?」

 

「……エレン、今なんと?」

 

[あ、あのぅ……雅様の姿が監視カメラに映っていました。10分前の庭園です。壁を乗り越えていくところが……。]

 

「おやおや、我が娘は一体何をしているのやら……仕方ない。ライカン君、我々だけで話を続けるとしよう。」

 

「承知しました。」

 




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