なんか全体的におもしれーキャラが多いですね。ロスカリファ編は。
結局、ルーシーのお見合い騒動は頓挫という形で収束した。
彼女には既に恋人がおり、相手は同性の少女。
それもヴィットリオが以前ツール・ド・インフェルノにおいて、ルーシー護衛のために派遣したチームの1人だ。
ならば身元はシロであるため、追加の捜査も必要ない。
よってヴィットリオは快く娘を送り返せる……はずだった。
「……おや。」
「ん。」
ヴィットリオの背後に立つ使用人——アンドレアは端末を取り出すと眉をひそめた。
そして画面を主人へと見せる。
「どうやら招かれざる客人のようですね。」
「……このタイミングでか。」
「お早い避難を。」
ピリリと空気が張り詰める。
アンドレアは玄関に繋がる分厚い扉を閉じると、そのままロックをかけた。
そして慣れた動きで壁の隠しコンソールを操作し、棚の裏のロッカーを開く。
彼が取り出したのは、大きな銃口を備えたマットな質感の銃——ベネリショットガンだった。
「い、いきなりなんですの!?」
「ルシアーナ様、侵入者です。セーフルームに案内します。あと……。」
アンドレアの視線がスズツキに向けられる。
次の瞬間、2挺目のショットガンが放られてきた。
スズツキは慌ててそれを受け取る。
「お嬢様の護衛……いえ、恋人でしたら、それくらいは扱えますよね?」
「は、はい!」
「よろしい。ではご主人様、行きましょう。既に賊は屋敷周辺にまで入り込んできています。」
訳も分からないままルーシーとスズツキ達は移動を始める。
チャージングハンドルを少し引くと、12ゲージの緑色の実包が顔を出した。
そのままボルトを引き切って薬室に初弾を送り込む。
「お嬢様、先に行ってください。」
「ああもう……こんな時に限って……!」
アンドレアを先頭にスズツキが殿を務めながら一行は屋内を進んでいく。
屋敷はとても個人のものとは思えないほどに広く、もしはぐれようものなら即座に迷子になりそうなくらいだった。
そして目的の位置へ辿り着いたらしい。
やはりこちらも隠し扉になっているようで、ヴィットリオがコンソールに手を触れると、壁の一部が動き出す。
だが、その時だった。
どこからか聞こえてきたのはバイクの爆音。
方向は今まで通ってきた廊下からだった。
「早く中に!ここは僕が……!」
スズツキは壁際に身を寄せると、ショットガンを両手で構える。
ライカンが用意してくれた特注のライフルやショットガンと違って、それは一般のものであるためか、スズツキにとって慣れない重さをしていた。
緊張も相まって腕が震える。
そして遂に照門と照星の先に侵入者らしきものが現れた。
大型のバイクとそれに跨る2つの人影。
「……来た!」
その時、分厚い隠し扉がゆっくりと開き始めた。
奥にセーフルームの入り口が現れる。
視線を僅かにそちらへ向けた途端、既に敵はこちらへと疾走してきていた。
エンジンの轟音が鳴り響く。
「お嬢様!早く入って!」
「ちょっと、下僕!?」
「いいから!」
スズツキはルーシーをセーフルームに押し込むと、躊躇わずショットガンの引き金に指を添えた。
そして力いっぱい引き絞った。
狙ったのは侵入者のバイクの前輪。
耳をつんざく破裂音と共にスラッグ弾が撃ち出される。
ボルトが後退し、撃ち殻が吐き出されると、続いて発砲する。
たちまち侵入者のバイクはもんどり打って転倒……はしなかった。
何かに防がれたのか、火花が散って両サイドの壁に穴を空ける。
「なっ……この……!」
続く発砲も全て防がれてしまう。
ショットガンの弾倉が空になると、腰に差したリボルバーを引き抜こうとしたが、既にその時には侵入者はすぐそこに迫っていた。
しかしここで既視感を覚えた。
その侵入者の姿に。
「シーザーさんと……雅様?」
次の瞬間、バイクは急に向きを変えると、派手に横へ滑りながら急ブレーキをかけてきた。
そしてスズツキの目の前ギリギリで停車してくる。
すると、乗っていた人物たち——シーザーと雅の顔が見えた。
「ようスズツキ!大丈夫か?」
「よし、乗れ。行くぞ。」
「え……あっ、ちょっと!?」
唖然とするスズツキを雅はひょいと持ち上げると、そのまま肩に担いだ。
バイクはタイヤを滑らせながら発進し、元の道を戻り始める。
ルーシーが次に顔を出した時、既にバイクは突き当たりを曲がるところだった。
見覚えのあり過ぎるバイクと横顔を目にして、ルーシーはわなわなと拳を握り込む。
「な……なぁ……あ、あの猪……!」
「……ルシアーナ?」
怪訝に思うヴィットリオを他所にルーシーは駆け出した。
声を張り上げながら、顔を真っ赤にして。
「シィーザァーー!!お待ちなさぁーい!!その男はわたくしのですわあぁ!!」
ルーシーが爆走していき、その場にヴィットリオとアンドレアが取り残される。
2人はお互いに顔を合わせると、アンドレアは肩をすくめ、ヴィットリオはやれやれと首を振った。
「一体どういうことなのでしょうか?」
「分かるはずもあるまい。何故こんな場所に『虚狩り』と『覇者代理』が居たのかなんぞ。」
「取り敢えず警報は切ります。それと星見家に連絡を。」
「カリュドーンの子にもだ。意味が分からん。」
「承知しました。」
ヴィットリオは自室に戻ろうとしたが、ふとあることを思い出す。
「……男?」
「どうかしましたか?」
「アンドレア、あとひとつ調べてくれ……ルシアーナについていたあのメイドについてだ。」
「はい、直ちに。」
突然のハプニングの連鎖に、頭が痛くなりそうなヴィットリオだった。
⬛︎
本邸から離れた位置に広がる農園地帯。
収穫を終えたばかりで茶色い土だけが広がっているジャガイモ畑に雅とシーザー、ルーシー、そしてスズツキの姿はあった。
傍らには土に足を取られて横転したシーザーのバイクと、ルーシーが倉庫からかっぱらってきた大型トラクターがエンジンの余熱を燻らせている。
全員が土と泥に顔や身体を汚していた。
睨み合いの状況が続く中、ルーシーはバット代わりに拾った棒切れを真っ直ぐに突きつける。
「シーザー!これはどういうことですの!しっかりとした説明を求めますわ!」
「そんなの、その見合いってのを止めるために決まってるだろ!」
「……ぬ、そうだったのか。」
得意げに胸を張るシーザーと、意外そうに目を見張る雅。
2人の背後でスズツキがこっそりと距離を取ろうとするが、雅の手がノールックで彼の腕を掴む。
その状況はあたかも姫を捕らえた悪役2人に立ち向かう勇者のような構図だった。
性別が反転してはいたが。
「なっ……お見合いのことをどこで聞いたのかしら!?」
「そりゃあ、お前が話してるところをちょっとな。」
「はあぁ……あの時ですわね……。」
ルーシーは犯人であろうスズツキに鋭い視線を向ける。
対してスズツキは肩を震わせると、シーザーに半身を隠した。
すぐに彼女の機械の腕がスズツキの肩を抱き寄せる。
その光景を前に、ルーシーはこめかみをヒクつかせながら言葉を続けた。
「心配しなくても見合いなら無くなりましたわ。もちろん頓挫という形で。」
「えっ……そ、そうなのか?そうか……良かったな。」
シーザーは困惑した様子ながらも、ホッと胸を撫で下ろした。
「じゃあ、あとは帰るだけだな。」
「ええ、そうですわね。では、その下僕を返してもらっても?」
ルーシーの要請にシーザーは動かない。
スズツキがそっと抜け出そうとしても、シーザーの義手はびくともしなかった。
「シーザー?もう一度言いますわよ?下僕を、返しなさい。」
「それは……その……なんかヤダ……。」
「はっ?」
「いや……なんつーか……せっかく助けに来たのに、そのまま返すのは……と。」
「意味が分かりませんわ。まず貴女にはもう関係のないことではなくて?」
「……ヤダ。」
まるで玩具を前にして駄々をこねる子供のように、シーザーはスズツキを両手で抱えた。
そしてルーシーから隠すように身体ごとそっぽを向ける。
「子供じゃありませんのよ?早く返しなさい!それはわたくしの下僕ですの!」
「や、ヤダ!なんかお前に渡すのはやめとく!」
「少し待ってほしい。まず彼は我々六課の預かりだ。返してもらうとすれば私だろう。」
「えっ、ちょっと!?話が見えてこな……いでででで!」
シーザーに抱えられながら雅とルーシーに引っ張られるスズツキ。
このまま裂きイカのように等分されるかと思われたが、その時、すぐそこからエンジン音が迫ってきた。
ルーシー以下3人は手を止めると、音の方向を見る。
そちらにはアンドレアの運転するコンバインに乗ったヴィットリオの姿があった。
彼は正装姿のまま、畑の土に降りてくる。
「なんだ?あのおっさん?」
「む……見た顔だな。」
「お、お父様……これはその……。」
弁解しようとするルーシーをヴィットリオは手で制する。
そして雅とシーザーに一礼した。
「お初にお目にかかる。虚狩りの星見雅、郊外の覇者キング・シーザー。私はここの主人をやらせてもらっている者だ。我が娘が迷惑をかけているようで申し訳ない。」
「なっ……お父様!それは違いますわ!コイツらはわたくしの下僕を奪ったのです!」
「お、お見合いなんかさせねえからな!」
「私にとってもよろしくない話だ。」
ルーシーとシーザー、雅の手はスズツキを掴んだままだった。
ヴィットリオはそれぞれの主張と現状のズレに首を傾げる。
お見合いを決裂させるなら何故ルーシーや自分に抗議しないのかと。
しかしふとスズツキと目が合った時、その疑問は解決された。
「なるほど……ルシアーナ、私を謀るとはな。」
「なっ、何のことですの?」
「恋人の偽装工作……それも女に見せかけた男とは。」
ルーシーとスズツキの顔がサッと青ざめる。
しかし怒号や叱責が飛んでくることはなかった。
「まあそれはいいとしてだ……ルシアーナ、このメイドはお前に仕えているのか?」
「ええ、勝負をして、わたくしが勝ちましたの。それで下僕となったのですわ。」
「ほう、勝負と……だが、それでは弱いな。どこに行くかは彼の自由だ。」
「なっ……勝負は勝負ですわ!逃げるなんて恥でしてよ!」
「郊外の常識が都市の人間に通じるわけがなかろう。それより、個人的な契約をすればいい。何の対価も無しに人生を要求するのは暴君が過ぎるからな。」
その手があったかと、ルーシーはハッとした。
そして自信あり気にシーザーへと近付いていく。
正確にはシーザーに抱えられたスズツキへと。
「下僕、貴方を雇用しますわ。一生、私に付き従いなさい。」
「でも、その……僕はヴィクトリア家政に所属していまして……。」
「契約金として3億ディニー支払いますわ。」
「えっ……さんおく?」
スズツキは目を点にした。
ちなみにその額は都民の平均生涯収入より多い。
彼が再起動する前にシーザーが割り込んでくる。
「お、おいおい!何言ってやがる!金で釣ろうってのか!?」
「シーザー、人聞きの悪いことを言わないでくださる?正しくは雇用ですわ。」
「スズツキがお前に着いていくってことは……ん?ウチに入るってことか?」
「まあ、そういうことになりますわね。」
「へぇ……そうか……。」
シーザーの声色から段々と棘が無くなっていく。
そして彼女の視線がスズツキへと向けられた。
「えと……あの……?」
「そうかそうか!スズツキが仲間になるのか!そりゃいいな!」
「さ、そうと決まれば帰りますわよ。契約書を作る必要がありますわ。」
「いや、僕はまだ何も言って……ちょっ!?」
シーザーの肩に担がれていくスズツキだったが、そこへ待ったをかける者がいた。
「では、私はそれよりも上の条件を提示しよう。4億だ。」
「は?」
「あぁもう……コイツがいましたわ……。」
シーザーとルーシーの前に立ち塞がる雅。
彼女は担ぎ上げられたスズツキの足を掴む。
「これで晴れて私の元に来るのだな。歓迎するぞ。」
「スズツキならやらねえからな。というか、お前の探してるヤツってスズツキだったのかよ。」
「残念、もう下僕はわたくしのものですの。諦めることですわね。」
獣のように威嚇するシーザーと冷たい視線を向けるルーシー、凛としたまま動じない様子の雅。
担がれているスズツキは自分の背後から凄まじい覇気が発せられていることに身慄いした。
「あ、あの……皆さん仲良く……。」
「貴方は黙ってなさい。」
「……ハイ。」
双方が黙り込み、静かな時間が過ぎていく。
まさに一触即発の事態だったが、ここで遠方から爆音が響き渡ってきた。
雅の耳がピクリと動き、視線が空へ向けられる。
「……何だあの機体は?」
「ん?」
シーザーもつられるように顔を上げる。
蒼穹には小さな黒い影が浮かんでいた。
Hを横に向けたようなシルエット。
それは降下してきているのか、徐々に大きくなっていく。
左右に大きなプロペラを備えた大型のティルトローターだった。
「時間切れのようだな。」
「……どういうことですの?」
ルーシーが眉をひそめるが、ヴィットリオは何も答えない。
ティルトローターは農園上空で大きく旋回すると、少し離れた倉庫の付近に着陸した。
まもなく農道の向こうから複数の人影が現れた。
先頭を歩くのは、白い体毛を持つ大柄な狼のシリオン。
その隣には長い銀髪を揺らす女性。
更に少し遅れて、サメの尻尾を持った少女と、小柄な少女が続く。
最後尾には和装姿の壮年の男性——雅の父である宗一郎の姿があった。
「ボス!リナさん!」
スズツキが声を上げる。
その瞬間だった。
雅とシーザー、ルーシーの視線が、一斉にスズツキへ向いた。
つい先ほどまで巨額の金を提示されても混乱するばかりだった少年が、迎えの姿を見た途端に、心底安堵したような顔をしていた。
誰も何も言わない。
しかしシーザーの手が、何故かほんの少し強くスズツキを掴んだ。
「いたたたたっ!?なんで強くするんですか!?」
やがて一行が畑まで辿り着く。
ライカンが現状を見渡し、無言で額に手を当てた。
エレンは半目になる。
カリンは口元を押さえて固まった。
そしてリナだけが、いつもと変わらぬ柔らかな笑みを浮かべていた。
「あらまあ……。」
彼女の視線が土に汚れたスズツキへ向く。
シーザーの肩に担がれているため、リナから見えるのは彼の腰から下だけだった。
「スズツキちゃん、ずいぶん大変なことになっているわね?」
「リナさぁん……。」
もぞもぞと尻が動き、助けを求めるような声が漏れてきた。
するとリナは躊躇いもなく3人の間へ入っていく。
「シーザー様、彼を返してもらっても?」
柔らかな声音だった。
それなのに何故か、シーザー達は揃って僅かに身体を強張らせた。
渋々といった風にシーザーはスズツキを渡す。
「……ほらよ。」
「感謝しますわ。」
回収されたスズツキはリナに抱えられたまま、ライカン達の元へ戻っていく。
少し離れた場所からその様子を眺めていたヴィットリオは、無言のまま目を細める。
所属先のヴィクトリア家政。
自分の娘。
そして覇者代理と虚狩り。
どうやら彼を取り巻く人間関係は広いらしい。
「……アンドレア。」
「はい。」
「調査を急がせろ。見合いは一旦凍結だ。」
「承知しました。」
⬛︎
それからしばらくして、屋敷にはカリュドーンの子の車列が到着した。
バーニスやライト、パイパーはもちろんのこと、今回は彼らとは別の姿もあった。
筋骨隆々の身体にライダースーツをまとった猪のシリオンの男。
カリュドーンの先代大将である『ビッグダディ』だ。
ここは屋敷の中の一室。
蓄えた白い髭と尖ったサングラスが特徴の彼は、ソファーに腰掛けながら頭を下げる。
「ウチのガキが迷惑をかけた。すまなかった。」
その隣では宗一郎が同じく頭を下げる。
「いやはや、本当に申し訳ない。まさか娘がこんなことをしでかすとは。」
2人の謝罪を受けたヴィットリオはただ頷くと顔を上げるように言う。
彼の顔に苛立ちはなく、むしろ機嫌は良さそうだった。
「侵入の件はこれで終わりだ。それより、あのメイドについてどう思う?」
「メイド?」
「あぁ……雅のお気に入りの……。」
3人が顔を向けた先には今回の騒動の中心人物たちが食卓を囲んでいた。
何故か給仕をする側である筈のエレンとカリンもそこに混ざっている。
そしてその周囲を忙しなく動き回る小柄な影が1つ。
お茶会の面々は彼女を……正確には彼を巡って、互いを牽制し合っているように見えた。
「パイパーから話は聞いていたが……あれで坊主なのか……しかしまあ、孫の顔を見られるのもそう遠くないかもしれん。」
「雅も苦戦することになりそうですな。または我々全員が親類になるか……。」
「ふむ……それは興味深い……。」
3人の大物たちは品定めをするような目付きで遠方のメイドを眺める。
もちろん当人はそんなことを知る由もない。
「下僕、コーヒーのお代わりを頼みますわ。」
「おーい、コーラくれよー。切れちった。」
「スズツキ、ここのメロンは美味いぞ。食べてみろ。」
「ひぃん……いっぺんに言わないでください……というか先輩とカリンちゃんも手伝ってよぉ……!」
「ヤダ、それよりハンバーグおかわり。肉は食べとかないと。」
「スズツキさんもどうですか?これ美味しいですよ!」
もはやこの場の誰もが見合いのことなんて覚えていない。
こうしておてんば娘の見合い騒動は終わりを告げた。
……新たな生贄の献上によって。
次回はようやく遂に雅本編です。少し長めになる予定なので、執筆のために更新を止めます。
よろしければ高評価や感想などをお願いします。作者のモチベが爆上がりするので。