ヴィクトリア家政の女装メイド   作:ゆうぐれ

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第七章 星流れ、神鳴の弄るが如く
53 暗雲の下で


ザーザーと雨が降っていた。

 

夜の空を暗雲が埋め尽くし、煌々と輝く新エリー都に大量の水滴を浴びせてくる。

 

静かなプレハブの中、雨が天井に当たる音とテレビの音声だけが響く。

 

2階の事務所の窓から外を見れば、露出した土の地面のあちこちに大きな水たまりが出来ていた。

 

遠くに見える縦坑からは何本もの排水ホースが伸びており、地下に溜まった雨水をポンプが絶え間なく吐き出している。

 

[——週明けまでは広い梅雨空となりそうです。梅雨前線の活動は今後も活発な状態が続くと予想されており、強い雨や風に注意を……。]

 

垂れ流していた気象予報番組の内容が耳に入ってくる。

 

それに彼女——白祇重工現社長ことクレタは深い溜め息を吐いた。

 

「はあぁ……ベン、こりゃまだ足止めを食らいそうだな。」

 

クレタの言葉に背後で巨大な背中が動き出す。

 

大きな体躯が特徴のクマのシリオン、会計係のベンはキーボードから手を離すと、目元を指で摘んだ。

 

四角い黒縁の眼鏡が、いかつい見た目に驚くほど合っていない。

 

「ポツポツ降られるよりは、こうして大雨警報が出るくらいには一気に降ってくれた方がいい。規定に沿って社員を退避させることが出来る。」

 

「ま、違ぇねえ……追加の排水ポンプは大丈夫なのか?止まったら水没確定だぞ。」

 

「予備電源としてハンスとギローイを待機させているから大丈夫だ。見張りにも社員3人とボンプ3体をローテでつけてる……ん、噂をすれば交代の時間だな。」

 

ベンが腕時計を眺めた時、窓の外からヘッドライトの光が照らしてきた。

 

外を見下ろすと、1台の白いバンが敷地内に入ってきていた。

 

しかし駐車スペースを無視して、プレハブの前に停まってくる。

 

クレタは目を細めた。

 

「……ベン、社用車の中にロゴ無しの真っ白なバンはあったか?」

 

「無いね。個人の車の駐車場なら裏手だ。」

 

「ったく……また嫌がらせか……?」

 

机に置いてあったグレースの工具箱を漁り、大型のレンチを取り出す。

 

ベンも隠し持つようにハンマーを握った。

 

カンカンと、誰かが外の階段を上がってくる音が聞こえてくる。

 

そして軽くドアがノックされた。

 

「空いてるぜ。」

 

クレタはレンチを両手で握り、ドア付近の壁に張り付く。

 

すると、ドア越しに覚えのある声が響いた。

 

「あっ、クレタ?僕だよ。」

 

「……ん?」

 

クレタは一度固まると、弾かれたようにノブを掴み、ドアを開ける。

 

目に入ってきたのはしばらくぶりのメイド服。

 

降りしきる雨の中、傘をさしたスズツキは軽く手を降ってきた。

 

「や、クレタ、元気してた?」

 

「スズツキ……まったく、ここは一般人立ち入り禁止だぞ?」

 

「あはは、ごめんごめん。」

 

拍子抜けしたように肩の力を抜き、フイとそっぽを向くクレタだったが、その声色が明らかに変化したのをベンは見逃さなかった。

 

だからこそ邪魔はしまいと、彼は軽く手を降りつつ、モニターの影に大きな身体を潜めた。

 

「……で?急にどうした?何か進展でもあったのか?」

 

「そんなとこ。入ってもいい?」

 

「おう、麦茶でいいな?」

 

「ありがと。」

 

2人は適当な椅子に座る。

 

クレタがお茶と金つばを置くと、スズツキは早速話を切り出した。

 

「ねえ、パールマンって覚えてる?」

 

「ライバル企業の元社長だな。確か捕まった後に逃げてなかったか?」

 

「うん……確かに逃げられたけど、また確保した。」

 

「あぁ……。」

 

クレタは眼前のメイドが家政サービスの皮を被った何かしらの組織に所属していたことを思い出す。

 

知らぬが仏と喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。

 

「いい、それ以上は話すな。それより、ウチに何をしてほしいんだ?」

 

「えっ、いいの?その……結構重要なことなんだけど……。」

 

「お前はウチに損害を出させようとしているのか?」

 

「いやいや、そんなことは決して。」

 

「なら結構。ほら、早く言わねえとアタシからの対価が釣り上がっていくぞ。」

 

クレタはニカリと笑みを浮かべる。

 

それにスズツキも口角を上げると、肩から力を抜いた。

 

「じゃあお言葉に甘えて……実は、白祇重工の取引記録を確認させてほしい。電子データから紙のアナログなヤツまで。特に、ヴィジョンとの取引については。」

 

「こりゃまた社内機密を突いてきたな……またウチで何か情報を探しているのか?親父に関連することか?」

 

「……うん、もしかするとホルスさんが関わっていたことの黒幕かもしれない。」

 

スズツキはチラリと視線を移す。

 

その先にあったのは点けっぱなしのテレビ。

 

今は天気予報が終わり、臨時放送の選挙特番が流れていた。

 

その内容は、現職の任期満了により行われることとなったヤヌス区次期総監の選挙について。

 

画面には立候補した候補者たちが紹介されていた。

 

そして、最後に大きな見出しや派手な効果音と共に、最有力候補者の顔が映る。

 

オールバックのくすんだ金髪と筋骨隆々の広い肩幅が特徴の男。

 

その大柄な身体は治安局の制服を纏っていた。

 

治安局現副総監——名前を『ジャスティン・ブリンガー』という。

 

クレタは息を飲んだ。

 

「……嘘だろ?」

 

対してスズツキは何も言わず、ただクレタを見つめ返してくる。

 

その双眸は、嘘や冗談を言っているようには思えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

⬛︎

 

次の日、スズツキ達の姿は星見邸の中にあった。

 

窓越しに曇天の覗く応接間の中。

 

畳の上の座卓に沿って正座をする彼らだったが、そこへ幾つかの人影が現れる。

 

新エリー都の最高戦力として名高い対ホロウ六課のメンバー達だった。

 

すぐに腰を上げようとしたが、雅はそれを手で制してくる。

 

「いい。今は主従ではなく、同じ敵に向かう仲間だ。それよりパールマンの供述に関しては?何か追加の情報は出たのか?」

 

「はい、ここ1年以内の白祇重工、ヴィジョン間の取引記録を漁ったところ、彼の主張通り、意図的に封印されたと思われる書類が複数見つかりました。」

 

雅達が腰を下ろすと、ライカンは書類封筒を差し出した。

 

ずしりとした重みを持つそれを雅は手に取り——すぐに隣の柳に手渡す。

 

「……課長?」

 

「速読はお前の得意とするところだろう。適材適所だ。」

 

「でも課長、ヒマな時も読んでなくないっすか?」

 

悠真のツッコミにすかさず柳が眼鏡を光らせる。

 

彼がそっぽを向いて口笛を吹き始めると、柳は書類に目を通し始めた。

 

パラ、パラと紙を捲る音だけが室内に響く。

 

数分も経たない内に柳は書類を下ろした。

 

「……これが事実なら、都市がまたひっくり返りますね。」

 

書類から読み取れることは、治安局とヴィジョンの明らかな癒着だった。

 

というより、ブリンガーがヤヌス区治安局の副総監という立場を利用して、ヴィジョンを支援していたと言った方が正しいだろうか。

 

治安局による抜き打ち捜査の詳細が記された書類。

 

地下工事の認可を特例扱いで通した内部文書。

 

ブリンガーからダミー会社を経由した、ヴィジョン周辺への送金記録。

 

更にはパールマンと会合するブリンガーの隠し撮り写真など。

 

ヴィジョンの不祥事が露呈した時は、買収されていた一部の治安官が逮捕されただけであった。

 

しかしこれらの証拠によって、少なくとも治安局上層部のブリンガーが、ヴィジョンの犯罪を継続的に援助していた可能性が極めて高くなった。

 

隣から柳の手元を覗き込んでいた蒼角が呟く。

 

「はるまさ、このおじさんが悪い人なの?」

 

「らしいねぇ、僕も信じられないや。」

 

「なら早く捕まえに行こ!今日のおしごとは簡単だね!」

 

「よし!そうと決まれば早速……とは行きませんよね、月城さん?」

 

柳は首を横に振った。

 

「大々的に動けば、すぐに事件が明るみになります。世論も燃え上がるでしょう。」

 

「あぁ……やっぱりそうなりますよね……。」

 

ゲンナリとしたように肩を落とす悠真。

 

そのやりとりを見てか、カリンはスズツキの袖を引く。

 

「あの、どういうことですか?悪い人なら早く捕まえればいいんじゃ……。」

 

「だよね、何でだろ?」

 

スズツキの疑問に隣のエレンが答えた。

 

「下手にブリンガーを逮捕すると、これから捜査しますって敵に宣言するようなもんじゃん。証拠隠滅されたら堪ったもんじゃないし、六課にも政治的な圧力だってかかる。」

 

「あと、ブリンガー氏は都民から人気を得ていますわ。選挙においても最有力候補者……そんな人物を捕まえれば、政治弾圧や陰謀と捉えられる可能性もありますわね。メディアにとっても、そちらの方が分かりやすいでしょう。」

 

リナの補足を聞いて、カリンは合点がいったように手を叩き、スズツキは悠真と同じようにゲンナリと肩を落とす。

 

「じゃあ、どうするんですか?世間にバレないようにコッソリと逮捕するとか?」

 

「不可能だ。お前たちが一時的に拘束することは可能かもしれないが、それは逮捕ではなく拉致監禁になるだろう。我々がかの者を逮捕するにも、様々な手続きを挟む必要がある。とても隠し通せるとは思えない。」

 

雅はライカンへと視線を合わせる。

 

「やはり、逮捕は最後になるだろうな。今後の筋書きとしては、先に証拠を全て洗い出した上で身柄を押さえる……といったところか。」

 

「今はそれが最善でしょう。」

 

「あい分かった。捜査に関しては六課のみで動けるものに限定する。だが、あまりそちらの助けにはなれないかもしれん。」

 

「承知しております。我々もその上で動いておりますので。」

 

その時、部屋の縁側の障子が開く。

 

現れたのは茶菓子を乗せたお盆を手にしたスーツ姿のボンプ、バトラーだった。

 

すると更に後ろから別のボンプが続き、湯呑みを置いた盆をよたよたと運んでくる。

 

その覚えのあるフォルムを前に雅の目が光った。

 

「む……。」

 

[お、お久しぶりでーす……っとと!?]

 

オレンジのスカーフを巻いたボンプ——イアスは畳縁に足を引っ掛けた。

 

すんでのところでスズツキが盆を手に取り、イアスの頭をエレンの尻尾が支える。

 

「……あちっ。」

 

[えへへ、ごめんごめん。あ、サメ肌……。]

 

「さわんな。」

 

尻尾に弾かれて、イアスは座卓の正面に躍り出る。

 

次にイアスのセンサーを介してリンの視界に映ったのは、まじまじと見つめてくる雅だった。

 

「お前は……確か零号ホロウで……。」

 

「ええ、ニネヴェ追撃においてナビボンプとして徴発した独立調査員ですね。どうして民間人をこの場に?」

 

柳は懐疑的な視線をライカンへと向ける。

 

その鋭さにイアスは怯えた——という建前でスズツキの膝に飛び込んだ。

 

スズツキの腹にしがみ付くイアスもといリンと、即座に彼女を剥がそうとするエレンとカリン。

 

それを他所にライカンは口を開く。

 

「この方は我々が懇意にしているプロキシ様です。実績と人柄、身辺的にも信頼に足る方かと。」

 

「やはり違法プロキシでしたか……今は追及しません。この場に連れてきた理由は?」

 

「連絡方法についてです。通常の手段では内容を暗号化していても、貴方がた六課が動いていることを悟られる可能性があります。」

 

「まさか、伝書鳩ならぬ伝書ボンプと?」

 

「似たようなものです。プロキシ様を貴方がたに同伴させてもらいたいのです。」

 

[え”っ。]

 

ライカンの発言を聞いて、イアスの動きが止まる。

 

その隙にスズツキから剥がされると、再び座卓の正面へと置き直された。

 

「プロキシ様は独自の通信手段を用いておられます。そちらに同伴させてもらえば情報の伝達を早めることが出来るかと。」

 

「なるほど……六課が直にそちらと連絡を取るよりも、プロキシを経由することで怪しまれるリスクは下がりますね……。」

 

思案する柳だったが、そこへイアスがぴょんぴょんと跳ねて割り込んでくる。

 

[ちょっと待って!ライカンさん、私そんなこと聞いてないよー!]

 

「はて、二つ返事で依頼を承諾してくださったのはプロキシ様でしたが……。」

 

[で、でもそれだとスズツキ君と離れ離れになっちゃうじゃん!]

 

「はいはい、今回は大人しく虚狩りサマのトランシーバーとして頑張りなって。こっちはこっちでちゃんとやっとくから。」

 

エレンはニタリと不敵な笑みを浮かべると、サメの尻尾をスズツキの腰に巻き付ける。

 

反対ではカリンがさりげなくスズツキに寄りかかっていた。

 

既に前金を受け取った上で秘密の会合にも出てしまったリンは今さら引き下がれない。

 

渋々ライカンの指示に従おうとしたが、ここで雅から待ったがかかった。

 

ミルク饅頭を頬張っていた彼女は、口の中身を緑茶で流し込むと言葉を続ける。

 

「んぐ……お前たちを信用していないわけではないが、その者は本当に信頼に足る人物なのか?ボンプを介して話すプロキシなんぞ聞いたこともない。」

 

「ええ、お気持ちは分かります。しかしこの方はヴィジョンを始めとして、幾多もの依頼と事案を我々と共にしてきました。事実、プロキシ様の活躍が無ければ、ここまで円滑に事を進めることは難しかったでしょう。」

 

[いやぁ、褒めても何も出ないよ?]

 

「アンタは黙ってて。」

 

エレンの一喝でイアスは黙り込む。

 

雅はライカンの隻眼を見つめると、手元の湯呑みに視線を戻した。

 

「父上の信頼する人物がそこまで断言するのなら信じてもいいかもしれん……が、危険に晒されるのは私個人に限らず、私の部下も含まれる。よって保険は必要だろう。」

 

「……と言いますと?」

 

「そうだな……。」

 

雅は湯呑みを置くと腰を上げた。

 

そして座卓の反対側まで歩くと——後ろからスズツキの腋に手を入れて、ひょいと持ち上げた。

 

「ふえっ!?」

 

すぐさまエレンの手がスズツキの足首を掴む。

 

「……雅サマ、コレはどーゆーことでしょーか。」

 

「目付け役が必要だ。仲が深いというならば、プロキシとやらが不審な行動をすればすぐに分かるだろう。」

 

「なら、私が行きますケド?」

 

「そちらは今後、主に実地において動くことになるだろう。腕っぷしの強い人員を引き抜くわけにはいかない。もちろんスズツキが弱いのではなく、あくまでも相対的なものだ。」

 

「あの変態ボンプが心配ならトラッカーでも付けたらどーですか?」

 

一歩も引かないエレンだったが、直後に強い悪寒を覚えた。

 

視界の端に見えるのはニッコニコのリナの顔。

 

手前ではカリンがガクガクと震えている。

 

「……綺麗な状態で返してよ。」

 

「善処する。」

 

「えっ、本気ですか?」

 

困惑した様子のスズツキだったが、ライカンの小さな頷きを見て、諦めたように大人しく雅に引きずられていった。

 

それから2つのチームは軽い確認を済ませると、それぞれその場を後にした。

 

ブリンガー逮捕に向けた証拠集めのために。

 

 

 

 

 

 

 

⬛︎

 

ここは都心部の一角。

 

月を覆う暗雲の下、摩天楼の光は一層鮮やかに輝いていた。

 

しかし分厚い雲と轟く雷鳴のおかげか、いつもは騒がしい通りも嘘のように静まり返っていた。

 

そこへスピーカーを介したテレビの音だけが響き渡る。

 

[——我々人類は戦ってきました。脅威であるはずのエーテルをも食らい、社会が歪に変容していくのを甘受しながらも……11年前の災厄を経ても尚、明日の希望を信じて……!]

 

ビルに立てかけられた巨大なスクリーンに映るのは演説台に立つブリンガーの姿。

 

同じものがセンターコンソールに備え付けられた画面にも映っている。

 

その演説を眺めながら、ブリンガーは運転席のシートへ深く身を沈めた。

 

彼の表情は画面の中とは同一人物とは思えないほどに、鬱屈とした沈んだものだった。

 

「はあぁ……。」

 

ブリンガーは魂まで抜けてしまいそうな深い溜息を吐く。

 

だがその時、サイドミラーに赤いスーツ姿の人物が見えると慌てて居住まいを正した。

 

助手席のドアが開き、1人の女性が入ってくる。

 

「さっきの演説、中々に良かったじゃない。直に会場でやれば良かったのに。」

 

「今の治安局はテロを……いや、失敗を恐れているんだ。どこも厳戒態勢でピリピリしてる。元はと言えばお前のせいなんだがな……サラ。」

 

「あら、それはお互い様でしょう?」

 

長い黒髪を揺らしながらその女性——サラは不敵な笑みを浮かべる。

 

「というより、その失敗は実行役の貴方のミスではなくて?」

 

「下の連中がしくじっただけだ。俺は十分以上の支援を行った。あれ以上に手を出すと、都市においての活動基盤すら危うくなる。」

 

「ヴィジョンは隠れ蓑としての機能を失い、資金調達の為の山獅子組は壊滅、サンプルの回収も失敗、郊外での勢力拡大も潰えた……これでもまだ下請けのせいかしら?」

 

「……まさか俺を消そうって言うのか。あのお飾り社長のように。」

 

ブリンガーは横目でサラを睨み付ける。

 

組んだ腕の右手が、上着の内側のホルスターに伸びていた。

 

しかしサラはただ手元のバッグから1つの封筒を取り出す。

 

「そう熱くならないで。私は手を貸しに来ただけよ。」

 

「自殺処理のか?パールマンがまだ生きていることは俺も知っている。既に誰かによって郊外から回収されたこともな!俺は風前の灯だ!」

 

ブリンガーは遂に拳銃を抜くと、銃口をサラへと向ける。

 

それでも彼女は少し眉を顰めるだけだった。

 

「早合点が過ぎるわ。既に証拠隠滅は進んでる。」

 

「だが全てを消す前に連中は俺に辿り着くだろうな。あとは俺そのものが証拠だ。」

 

「けれどまだ治安局は貴方に手錠をかけていない。時間は残っているわ。その間に証拠の抹消と計画の再進行を行えばいい……単純な話でしょう?」

 

「何を……サンプルはH.A.N.D.の手の中だぞ?」

 

「代わりを使うのよ。」

 

サラの言葉にブリンガーは半信半疑ながらも封筒を手に取る。

 

中に入っていたのは1枚の四角い物体——フロッピーディスクとそれを読み込むアダプターだった。

 

「……古典映画で見たことがある。」

 

「古い媒体も捨てたものじゃないわよ。」

 

ブリンガーはアダプターを介して携帯端末でデータを読み込む。

 

そして中に入っていた書類を読むと、大きく目を見開いた。

 

「これは……これは本当に信頼出来る情報なのか?聞いたこともないぞ。」

 

「確かなツテから手に入れたものよ。」

 

「だが、俺に何をしろと……。」

 

「また連絡するわ。詳しくはそこで話す。」

 

サラはドアに手をかけようとした。

 

しかし思い出したようにブリンガーの方へ振り返ってくる。

 

「忘れていたわ。まだ他にデータが入っているでしょう?」

 

「あぁ、確かに……誰だコイツらは?メイドか?」

 

「もしもの時は、囮に使えるかもしれないわね。」

 

サラは車から降りると、どこかへと歩いていく。

 

その姿はあっという間に闇の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

⬛︎

 

[——今入ってきました。速報です。ヤヌス区次期総監選挙に出馬しているジャスティン・ブリンガー氏が、何者かに拉致された可能性が高いことが治安局への取材で分かりました。現場には衝突事故を起こしたとみられるブリンガー氏の車が残されており、治安局は誘拐事件として捜査を進めています。この件について官房長官の……。]

 




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