最初は小さなアラート音だった。
外部からの通信を受けた際の、ごく普通の。
HIAの施設の正面、治安局の指揮車両の中にいた朱鳶は、それを本部からの定期報告だろうと、手元のタブレットに目を落とす。
だが次の瞬間、今度は外からけたたましい警報音が鳴り響いた。
驚いたように朱鳶は顔を上げる。
耳に残るような高音、繰り返されるリズム、車両越しにも聞こえてくるほどの大音量。
今までにも現場において何度も聞いてきたものだった。
「……火災、どこから!?」
「わ、分かりません!少なくとも我々では……!」
その時、女性オペレーターの声を遮るように通信機から切迫した声が響く。
[こちら警備室!建物全体で火災報知器が作動しました!原因は不明!]
一瞬、報告の意味が分からなかった。
僅かな間を置いて、朱鳶は大きく目を見開き、サッと顔を青くする。
最悪のシナリオが見えたからだ。
「いや、まさか……!?」
「あの……班長?」
オペレーターの声で我に返ると、朱鳶は弾かれたように指揮車両を飛び出した。
やはりというか、サイレンの発生源は目の前にそびえるHIAの施設からだった。
嫌な汗が流れる。
それでも治安官としての知識と経験が、次に取るべき行動をすぐに示してくれた。
「……消防を!消防庁に応援要請を!早く!副総監と虚狩りが中にまだいる!」
「は、はぃ!」
朱鳶は治安局の多目的運搬車からガスマスクを拝借すると、建物に向かって駆け出す。
しかしあろうことか、目の前でシャッターが閉まり始めてしまう。
本来なら火災時の避難経路である出入口を閉鎖することはない。
にも関わらず、ピシャリとシャッターが降りてしまった。
「くそっ……!」
朱鳶は力無くシャッターに拳を打ち付ける。
そして思い出したように、胸元の通信機を手に取った。
「制御室!聞こえる!?状況は!?」
[シミュレーター室と分断されました!どこかから煙が漂ってきて……ゲホッ、ですがシミュレーターに異常はありま……のバイタルも正常で……!]
「今すぐ六課全員のベイルアウトを!建物からも避難させて!」
[……だ、ダメです!ホスト権限を奪われ……きませ……!]
通信が激しい雑音に掻き消される。
とても自然に起こることではない。
「ジャミングまで……ハメられた!」
朱鳶は拳を握り締める。
そこへセスと青衣が駆け寄ってきた。
「朱鳶班長!これは!?」
「朱鳶、何が起こっている?火事なのか?」
2人の言葉に、朱鳶は一度息を吐く。
あくまでも冷静さを失わないように。
尊敬する人物と親しい友人、仲間が危険に晒されている今でも、今だからこそ。
「建物内部と連絡が取れません。先輩、通信障害の原因究明をお願いします。」
「うむ、承知した。」
「セス君、資機材班に切断機を準備させて。消防を待たずに我々で突入します。」
「は、はい!」
2人がそれぞれ駆け出すと、朱鳶はガスマスクを装着する。
シャッターの隙間からは僅かに白煙が漏れ出ていた。
⬛︎
弾倉をポーチから取り出し、拳銃へと差し込む。
スライドストップレバーを押すと、スライドが前進する。
ピストルグリップを握った右手を、左手で覆うように軽く添える。
両腕をまっすぐ伸ばし、照門と照星を敵のボットに合わせる。
あとは引き金にかけた人さし指を引き絞った。
パン!と破裂音が響き、前方で敵が倒れ伏す。
命中に喜ぶ暇もなく、次の目標へと発砲を続ける。
ここはオフィス街の中心に位置するビルの裏口。
視界に映るのは、まるでゾンビのごとく迫ってくる敵の大群だった。
悠真と殿を務めていたスズツキは息を呑む。
頼りになるエレンもライカンも今はいない。
決して雅たちが弱いわけではないが、仲間という安心感で言えば劣るだろう。
「……っ。」
敵の一波を何とかしのぐと、次の攻勢が来る前に拳銃の再装填を済ませておこうとする。
しかし緊張と焦りからか、弾倉の端がグリップの底部に当たって上手く刺さらない。
悠真は弓を引いたまま、横目でそれを見る。
「ほら、落ち着いて、深呼吸。射手に焦りは禁物だよ?」
弓にかけられた指が離れると、レストに乗った矢が勢いよく射出される。
銃声よりも遥かに静かな、弦の弾ける音と共に矢はボットに向かっていき、見事に頭を撃ち抜く。
それも拳銃の有効射程よりも遥かに遠い位置にいる敵個体だった。
「すげ……あ、はい!」
「課長も酷だよねぇ。新人君をこんな任務に連れ出すなんてさ。」
「だ、大丈夫です。今までも任務はこなして来ましたから。足手まといにはならないかと。」
「おー、頼もしいじゃん。ああ、つまり君がいればこっちは堂々とサボれるわけだ。このまま早くベテランになってね。」
悠真は話しながら次の矢を番えて放ち、またもや敵に命中させる。
すると、すぐ後ろから柳の声が聞こえた。
「ふふ、それなら浅羽隊員はスズツキ隊員と入れ違いでリストラですね。」
「や、ヤダなぁ月城さん!僕を路頭に迷わせる気ですか?」
「大丈夫ですよ。失業保険なら9ヶ月は付きますから。」
「笑えませんって……それで、入り口の突破は?」
「プロキシさんが済ませてくれました。行きましょう。」
3人はビルの中へと退避していく。
雅たちと合流すると階段を登り、上階へと上がっていく。
目的のブリンガーの反応はすぐそこ……の筈だったが、一行の前に現れたのはまたもや別の空間だった。
空中にこじ開けられたドアのような穴。
向こう側に見えるのは工事現場のようだった。
「次のステージ……ですか。何か、敵に誘導されていませんか?」
「ふむ……だが、それでも行くしかないだろう。戻ったとしても手の打ちようがない。」
雅は臆することなく空間の境目へ足を踏み入れる。
柳の懸念に不安を覚えながらも、スズツキは彼女の後に続いた。
資材の積まれた敷地に、作りかけの建物が建っている。
「……む。」
するとやはりというか、遠方に敵のボットが生成され始める。
雅はすぐに無尾を構えた。
「プロキシ、ブリンガーの位置は分かっているか?」
[うん、ちょうど敵の向こう側からだね。]
「案内を頼んだ。行くぞ。」
まるでボットが波のように、一斉に迫ってくる。
これにまずはスズツキが手榴弾を取り出し、それを雅が投擲した。
綺麗な放物線を描いて、敵集団の真ん中へと落ちる。
爆音と共に破片が撒き散らされ、たちまち数十体のボットが無力化される。
突破口が形成されると、一行は駆け出した。
残敵を排除しながら順調にルートを進んでいき、目標のブリンガーは目前。
しかし、異変はそこで発生した。
「……あれ、雅様はどこに?」
スズツキは周囲を見渡す。
しかし彼女はどこにも見当たらない。
「課長、道はこっちですよー!はぐれてませんかー!?」
「ボスー!いないのー?」
悠真と蒼角が声を張り上げるが、工事現場に虚しく響くばかりで返事は無い。
雅の耳なら即座に聞き取って、10秒以内に現れる筈だが、1分経っても姿は見えなかった。
「機器の故障でしょうか……プロキシさん、課長のデータはありますか?外から強制的に接続を切られたとかは……?」
[ううん、こっちで見る限り、雅さんは今もシミュレーターの中にダイブしたままになってる。私たちと同じ空間のどこかにいることは確かなんだけど……。]
柳たちが話しているのを他所に、スズツキは周囲を探していく。
どうせメロンらしきものでも見つけたのだろうと。
そして前方のビニール管に動く影を見つけた。
2つの長い耳がひょこひょこと動いていた。
「あぁ……もう、雅様、勝手に先へ行かないでくださいよ。」
スズツキは資材の裏側を覗き込む。
そして絶句した。
「え……イアス……じゃないよね……?」
そこにいたのは1体のボンプだった。
黒いボディに赤い目。
H.A.N.D.のマークがついたベルトを腰に巻いており、頭の耳はウサギではなく狐のものが伸びている。
どちらも星見雅の特徴に合致していた。
[……む。]
唖然とするスズツキに、ボンプの視線が向く。
そして覚えのある——しかし、どこか電子音のような声で話し始めた。
[スズツキか。いささか大変なことになった……ンナ。]
「え……ええ……そのようですね……。」
[ああ、一度ならず、またもや無尾をなくすとは、不覚の限りだ……ンナナ。]
そう言うと、そのボンプ——雅ボンプは小さな身体を傾けて、下を見ながら歩き出す。
スズツキは膝を曲げて屈むと、背後から雅ボンプの胴を掴んで持ち上げた。
「み、雅様……ですよね?」
[何を言っている……ん?お前、私を持っているのか?お前が大きく見える……ンナ。]
スズツキはただ無言で歩き出すと、近場に停まっていたトラックのサイドミラーの前に立つ。
すると雅ボンプは数秒の硬直の後、手足をちょこちょこと動かし、ようやく驚いたようにボディを震わせた。
[ンナ……これは、どういうことだ?]
「こっちの台詞ですよ。なんでボンプなんかに……?」
その瞬間だった。
背後——スズツキが来た方向から悠真と蒼角、リンの大きな声が響き渡ってきた。
「何が……!?」
[早く行くぞ。敵かもしれンナ。]
雅ボンプはスズツキの腕から飛び降りるが、短い脚に慣れていないようで、すぐに転倒してしまった。
スズツキは再び彼女を抱き上げると、そのまま柳たちの元へと急ぐ。
そして戻った先で見えたものが——。
「月城さん……ぶふっ……どうしてこんなことに……!」
「ナギねえ、すごく可愛い!」
[ど、どうなっちゃってるの?]
予想に反して、目に入ってきたのは必死に笑いをこらえる悠真と目を輝かせる蒼角、困惑した様子のイアスだった。
彼らの前にいたのは桜色のボンプ。
黒縁のメガネをかけており、腰や肩には装具を纏っている。
誰を模したボンプなのかは言うまでもない。
[柳……まさかお前なのか?]
[あっ、課長……課長!?貴女まで?]
「うっそでしょ!?課長までボンプになってるじゃん!」
スズツキに抱えられた雅ボンプを前に、悠真はケタケタと笑い続ける。
しかし直後、バグのように彼の周囲が一部黒くなったかと思えば、一瞬でその場から全身が消えてしまった。
代わりに丸々としたフォルムの物体が生成され、地面に落ちる。
[……いてっ!?]
コロコロと転がってスズツキの足元に当たる。
それはゆっくりと起き上がってきた。
[あ、あれ……新人君、なんかデカくなった……ンナ?]
「ぼ、ボンプになってますよ!?」
[ンナ”ッ!?]
悠真は近くに水たまりを見つけると、そこを覗き込む。
すると見えたのは黄色いハチマキを巻いた真っ白なボンプだった。
[ンナアアアアアアア??!?]
「わぁ、ハルマサまでボンプになっちゃった!」
混乱する悠真を他所にスズツキはイアスの元へ駆け寄る。
「リンさん!何か攻撃を受けていませんか!?」
[待って……あっ、個人のアバター設定が変えられてる!?しかもシミュレーター専用のじゃなくて、別のゲームから移植したやつだし!]
異変は止まらない。
更には背後で人影が——ちょうど蒼角がいた辺りから無くなった。
代わりに足元に転がっていたのは青色のボディと2本の鬼の角が特徴のボンプ。
もう驚いているヒマは無い。
「り、リンさん!」
[分かってる!プロテクトをかけるから!]
緊迫した時間が流れていく。
いつボンプになるのかと、ヒヤヒヤすること数十秒。
結局、その場にH.A.N.D.又はメイドボンプが生成されることはなかった。
だが安堵する暇もなく、新たな敵ボットがあちこちに召喚され始めた。
[マズい!敵はご立腹みたいだよ!]
「逃げましょう!道は!?」
[こっち!]
スズツキは雅ボンプを抱えながらイアスの後について行こうとする。
しかし足元に他の影が見えないことに気付くと、その場でUターンした。
[おーい、新人くーん……待ってンナァ……!]
[ふっ……くっ……この短い手足には慣れませンナね。]
[うわーん!動けないンナよー!]
3体のボンプが地面でもがいていた。
スズツキは両腕に柳と蒼角ボンプを抱え、悠真ボンプを腹にしがみつかせると、雅ボンプを頭に乗せる。
そして一心不乱に逃げ出した。
「お、重い……。」
[頑張れ新人君!もっと速く走ってンナ!]
[スズツキ、右に新手ンナ。左にも。]
[このまま真っ直ぐ走って!あの穴に!]
イアスの指さす先、骨組みだけのビル。
そこに、またもや通り道が空いていた。
スズツキは最後の力を振り絞って足を動かす。
背後からはボットの集団が迫ってくる。
「うおぁぁぁ!!」
ボットの先頭がスズツキの背中を捉えようとした時、穴はすぐそこだった。
スズツキは必死の思いでそこに飛び込む。
そしてスズツキ達だけが穴を通り、ボットは全て弾かれた。
あれだけの騒がしい足音が不自然なまでに消え、周囲が静寂に包まれる。
スズツキの荒い息遣いだけが室内に響いていた。
「あぁ……はぁ……ぜ、全員いますか?」
[え、ええ……スズツキ隊員、よくやりましたね。]
[うむ、まさか助けられるとは。礼を言うンナ。]
「どうも……。」
イアスを含めた5体のボンプに囲まれながら、スズツキは身体を起こす。
薄暗い室内を見回せば、どうやらここは物流倉庫のようで、ダンボールの詰まった棚が並んでいる。
そして奥に1つの人影を見つけた。
銃を向けようとするが、雅ボンプが腕を押さえてくる。
[待て……あれは目標だ。]
「っ……。」
懐中電灯を取り出し、正面を照らす。
すると見えてきたのは床に横たわる1人の男だった。
ガタイのいい大柄な身体を治安局の制服が覆っている。
「ブリンガー……!」
[間違いありません。早く確保しましょう。]
スズツキ達は罠を警戒しながら、ゆっくりとブリンガーへと近付いていく。
だが次の瞬間、ブリンガーの姿が歪んだ。
[……あれぇ?]
[ん?どこいったンナ?]
いつの間にかブリンガーの姿が消えていた。
いくら倉庫の中を探しても、彼は見当たらない。
「まさか……偽物だった?」
[最初からデコイを追わされていたンナと?]
誰もが首を傾げる中、ポツリとイアスが呟く。
[……やられた。]
「やられたって……何がです?」
[ログアウトの権限が無い。多分、アバターをいじくられた時に奪われたんだ。]
「えっ……。」
空気が固まった。
硬直するスズツキに代わって柳ボンプが口を開く。
[それはつまり……出られないということですンナ?]
[ここからはね。でも最初のスポーン地点に戻れば、緊急用の脱出装置があるから大丈夫。あれは意識の接続を維持するシステムと一体だから、脱出装置だけを無効にはできないみたい。]
[まあ、今の僕たちだけでアレを突破出来るかって話だけどねぇ……?]
悠真ボンプが腕を向けた先には通ってきた空間の穴があった。
向こう側ではこちらを監視するように敵のボットが徘徊している。
[もしかすると、敵の目的はブリンガーの処理じゃなくて……またはついでだったのかも。]
[……どういうことです?]
柳ボンプの問いにイアスは言葉を続ける。
[アンタたち六課……いや、雅さんだよ。ブリンガーを餌に雅さんを封じ込めること……それが敵の目的だった。]
[きっとすぐに治安局が助け出してくれます。それより、プロキシさんを介して家政側に救援を求めるのは?]
[そうだね。こっちで電話を……。]
だがそこで雅ボンプが話に割って入った。
[待て。敵の目的が私の拘束なら、相手にとっては今が証拠隠滅の好機ンナ。ここで家政が我々の救援に動けば敵の思うつぼだろう。]
[それは、確かに……ンナ……。]
柳ボンプは肩を落とすように、小さな背中を丸めた。
もはや助けを待つしかないのかと、沈黙がその場を支配する。
しかしそこへ更に雅の声が響いた。
[つまり現状で我々がやるべきは、仮想空間からの脱出ということだな。プロキシ、その最初の地点に戻ればいいのか?]
[う、うん……そうだけど……。]
[ならばあの人形さえどうにかすればいいンナ。それと、家政側にはこう報告を頼む。我々は敵の術中にハマったが、救援はいらんとな。そちらはそちらで動いてくれとも、ンナ。]
[分かった。]
雅の一声により、スズツキ達は動き出す。
救出作戦が脱出劇へと変わった瞬間だった。
⬛︎
同時刻——新エリー都内の某所。
黒雲の漂う空の下、とあるスクラップ工場では何人もの人間が動いていた。
バン!ゴン!と鉄屑が押し潰される音が響く。
しかし建物の中を覗いてみれば、大きなプレス機にかけられているのは廃車ではなく、家具や機材といった小物類が大半だった。
それも廃品ではなく、まだ使えそうな真新しいものばかり。
中には1台数十万はしそうな大型のデスクトップPCが躊躇いもなく捨てられていく。
そしてあっという間に鉄とプラスチックのゴミへと早変わりした。
それを工場内の事務室から眺めていた人物——周りが作業服だらけの中で唯一スーツを纏い、目元に金色のマスクをした男は懐から端末を手に取った。
そしてしばらく画面を眺めると、机のトランシーバーを握る。
「監督官、処分のペースを上げてください。特に情報端末類は最優先で片っ端からプレス機に入れましょう。足りなければその場で叩き壊しても構いません。」
[えっ……し、しかしまだ研究データの移送が……。]
「ご心配には及びません。今しがた我が同胞が『代替品』を手に入れたとのことです。同時に彼がその身をもって脅威を押さえ込んでいます。その行為を無駄にしないためにも急ぎましょう。」
[はっ!承知しました!]
通信が切れると、部屋の外では破壊音がより一層激しくなった。
男は懐中時計を取り出す。
「サラ教務長の言うリミットまではあと1時間……余裕ですね。」
独りほくそ笑む男だったが、その時、頭上の電灯が消えた。
「ん……何やつ!?」
男はトランシーバーを手に取ったが、次に聞こえたのは誰かの悲鳴だった。
同時に部屋の外が騒がしくなる。
しかし僅かに怒声が聞こえただけで、すぐに静かになってしまった。
「誰か?誰か聞こえますか?信徒たちよ、返事をしてください。」
「誠に申し訳ありませんが、応答は二度と無いでしょう。」
「……っ!?」
突然の声に男は咄嗟に後ろを振り向く。
直後、彼の視界に映ったのはこちらへ叩き込まれる巨大な義足だった。
強い衝撃と共に宙を舞い、机を破砕しながら壁に激突する。
「ガハッ!?」
「失礼、少々手荒に行かせてもらいました。なにぶん、こちらにも余裕が無いものでして。」
薄暗い空間に佇むのは、見上げるような白い巨躯。
犬系のシリオンのようで、背後では大きな尻尾が垂れている。
そして真っ赤な隻眼が男を睨み付けてきていた。
「き、貴様……何者……!」
「ただのしがない執事であります。それより、幾つか貴方にお聞きしたいことがありまして……。」
「ふん……それはお断りだ!」
「ぬっ!?」
男は奥歯に仕込んだカプセルを噛み砕いた。
中身を全て飲み込むと、不敵な笑みを浮かべる。
そして1分と経たないうちに、笑顔のまま、その双眸から光だけが失われていった。
「始まりの……主の……ために……。」
カクンと、男の首が傾く。
それを見て相手のシリオン——ライカンは屈むと男の首元に指先を当てた。
そして男のマスクを外すと、瞼を閉じさせる。
「躊躇いもなく自決を選ぶとは……やはり敵はカルト……讃頌会なのでしょうか。」
ライカンはジッと金色のマスクを眺める。
すると、インカムにエレンからの通信が入った。
テンションが低めなのか、普段よりも更に気怠げな様子だった。
[ボス、カリンちゃんがなんか見つけた。地図っぽいよ。]
「そちらへ向かいます。他に端末のデータは?」
[PCで壊されてないのもあったけど、ロックがかかってる。こっちじゃムリ。]
「分かりました。引き続き捜索を。」
[はーい……。]
通信が切れると、ライカンはふとインカムに手を当てようとする。
しかし今は例のメイドはいないことに気付き、腕を下ろした。
「……いけませんね。」
自嘲するように軽く笑うと、ライカンはその場を後にした。
よろしければ高評価や感想などをお願いします。作者のモチベが爆上がりするので。