脱出のための1つ目の方策——それは単純な逃走だった。
こっそりと相手の封鎖を突破し、スポーン地点に辿り着くというもの。
しかし結果は惨々たる有様だった。
「は、早く!倉庫の中に逃げて!」
[何で私たちの位置が分かるのー!?]
スズツキは倉庫の空間に繋がる穴の前に立ち、拳銃を連続して発砲する。
雅や柳ボンプが走ってくる背後にはボットの大群が迫ってきていた。
リロードの暇も無いと、スズツキはズボンの内側から予備の銃、ライノ・リボルバーを引き抜く。
[スズツキ、あとはお前だけだ。]
「はい!」
破裂音が響くたびにレンコン型のシリンダーが回転し、撃針の前に次の弾が来る。
しかしすぐに1周して、初弾の撃ち殻が回ってきてしまった。
カチリと、撃鉄が落ちる音だけが響き、スズツキの顔が凍る。
「……あっ。」
捌き切れなかったボットがパイプを振りかざしながら目の前に迫る。
だがその時、雅たち六課ボンプがスズツキの背中にしがみつき、一斉に引っ張った。
「うわっ!?」
スズツキの目前をパイプが通り過ぎていく。
そして倒れ込みながら穴を通って、敵のボットだけは弾かれた。
地面にへたり込みながら、スズツキは安堵の息を吐いた。
その周りを六課ボンプ達が取り囲む。
「た、助かりました……ありがとうございます……。」
[スズツキおねえちゃん、大丈夫?怪我してない?]
[大事は無さそうだな。それより、まさかここまで早く察知されるとは。]
[ええ、やはり監視されていると考えた方がいいでしょう。]
[ちょ……新人君……尻……お尻で潰してる……マジどいて……!]
「あっ、す、すみません!」
悠真ボンプから腰を上げたスズツキは、拳銃の再装填を行う。
しかし懐のポーチにはもうほとんど替えのマガジンが無かった。
リボルバーの方は予備であるため、そもそもの携行弾数が少ない。
「……隠密だからって軽装にし過ぎたか。」
中途半端に弾の残ったマガジンから実包を抜き取り、残弾を1本にまとめていく。
そこへイアスが近付いてきた。
[スズツキ君、残弾は?もうあんまりない?]
「ええ、今のでかなり使っちゃいました。ホロウでは未だに剣と弓が現役な理由がよく分かりますね。」
[なら、もう正面から戦うのは無理って感じか……抜け道とかあればいいんだけど。]
「他の出口というのは?裏口とか。」
[いや、それは無理かも。普通なら個人で自由に出られる仕組みだし。]
「そうですか……。」
代案も無く黙り込むスズツキとイアスだったが、その時、ガンガンと壁を叩く音が聞こえてきた。
そちらへ顔を向けると、何やら六課ボンプたちが倉庫のシャッター付近に集まっている。
「何をしているんですか?」
[この下から僅かに外の光が漏れてきている。倉庫の外に出られないものかと思ってな。]
雅ボンプの言葉にすぐさまイアスが反応した。
[あっ、ちょっと待ってて!この倉庫がマップの一部なのか、倉庫だけがマップなのか調べてみる!]
それから数分後、リンの解析によって、倉庫の『外』があることが分かった。
どうやらここはマップの一部ではあるが、外に出られないようにロックされているらしい。
[あと少し……出来た!]
イアスの目元の画面がハッキングの完了を知らせる。
すると眼前のシャッターが独りでに開き始めた。
外に出ると、今度は街の外縁部に位置するストリートの街並みが見えてくる。
おそらくデモや暴動鎮圧を想定した治安局のシミュレーションマップだろうか。
足元に転がるゴミひとつまで丁寧に再現された空間を歩いていく。
「敵は……いませんね。」
[うん、多分相手にとっても想定外だったんじゃない?こっちに私みたいな天才プロキシがいるなんてさ!あっ、ちょっ、ごめんって、分かったから、フェ……!?]
「リンさん?」
何やらその場でフリーズしたイアスだったが、スズツキはそんなイアスを抱えて周囲を探索する。
しかし封鎖されたバリケード——つまりステージの端についただけで、やはり出口のようなものは見当たらない。
雅ボンプは短い腕を組んで考え込む。
[ふむ……やはりあの敵を突破するしかないのか……。]
[けど課長、さっきもそれやって無理だったじゃないですか。新人君しか戦えないんですし。大人しく救助を待った方がいいと思いますけどねぇ?]
[確かにな……。]
状況は完全に行き詰っていた。
一行はせめて武器の代わりになりそうな物が落ちていないか、街中のあちこちを探す。
しかし良くて包丁程度で、銃のひとつも無かった。
「はぁ……本当に何もないのかな……。」
スズツキはステージの端に沿って歩いていた。
どこも不自然に壁が建てられていたが、ある時、一部それが途切れていた。
中を覗いてみると、迷路のように様々な遮蔽物が置かれた空間があった。
咄嗟に既視感を覚える。
「……サバゲー?いや、実戦の訓練場?」
探索してみると、内部は左右対称的な配置で物や壁が置かれていた。
ここでもしやとスズツキは駆け出す。
ステージの端っこ、FPSで言うところのリスポーン地点。
「もしかして……あっ!」
フェンスを抜けた先にあったものを前に、スズツキは目を見開く。
それらは壁にびっしりと並べられた黒い物体。
拳銃や小銃、短機関銃、狙撃銃——様々な種類の銃、それもどっさりと。
「……ふへ。」
気付けばスズツキの頬は緩んでいた。
試しに目の前の消音式5型短機関銃へ手を伸ばす。
指先が触れると、硬い感触を覚えると共に、カチと小さく金属音が鳴った。
⬛︎
「……ん?」
ギシ、と何かが軋む音がした。
ブリンガーは後ろを向く。
ここはシミュレーションルームの中。
シートに横たわったスズツキの指先、正確には右手の人さし指が動いていた。
痙攣でもしているのか、何度も指が曲がっている。
「……無駄な足掻きを。」
ブリンガーはすぐに視線を手元へと戻す。
火災報知器のベルが鳴っているのが壁越しに聞こえてくる。
先程まで隣の制御室に職員がいたようだが、遂に退避したようで反応はない。
その証拠に閉鎖されたドアの下からは僅かに白煙が漏れてきていた。
だがブリンガーは気にせずそれを吸い込み……派手にむせた。
「ぶっ……エホッ!?ゴホッ!?え、エアロゾルじゃないだと……くそっ、燻し過ぎだ!」
懐からトランシーバーを取り出し、特定の周波数に合わせる。
「おい、応答しろ。どういうことだ?本物の煙がこっちに来ている!」
[————サンプルは?]
スピーカーから冷徹な声が響く。
ブリンガーは怒りを抑えて口を開いた。
「今、終わった。そちらに送っている。」
テーブルには1台のパソコンがあった。
隣の装置を介してケーブルが繋がっており、どこかへとデータを送信している。
そして作業の完了度合いが100%になった。
[……確認したわ。ご苦労様。]
「今すぐ煙を止めさせろ。俺を燻製にする気か?」
[言われなくても……それより、もっと他の心配をする必要がありそうね。]
その時、壁越しに複数の足音が聞こえてきた。
同時に何かを切断するような機械音と金属音も。
おそらく隣の制御室へ救助隊が突入を試みているのだろう。
「もう来たか……流石は有望な若手班長だ。さて、もう数日ほど昼寝と行こうか。」
[いいえ、違うわ。中の方よ。]
「……何?」
パソコンの画面にとある映像が映し出される。
それは例の仮想世界をリアルタイムで映したものだった。
動画の中では、波のように迫るボットの大群が次々と打ち倒されていた。
そして鳴り響く銃声。
ブリンガーは目を見開く。
「くそっ……連中はボンプもどきにしたんじゃなかったのか?」
[六課は、ね。どうやら坊やが孤軍奮闘してるみたい。]
「なっ……!?」
次にカメラが切り替わると、そこに映っていたのは1人の人間と5体のボンプ。
先頭を走りながら銃を乱射するスズツキと、背中に大量の銃を抱えて後を追う六課ボンプ及びイアスだった。
⬛︎
「う、うおおぉぉぉ!!」
ドドドドドド!!!と、連続した銃声が工事現場に響き渡っていた。
マズルフラッシュを発しているのは古風なウッドストックのカラシニコフ小銃。
スズツキは必死に銃口の跳ね上がりを抑えながら、薙ぐように敵集団へ弾をばら撒いていく。
敵を掃討したところで弾が切れる。
しかしスズツキはマガジンを交換せず、銃を捨てると、身体にかけていた5型短機関銃に持ち替えた。
「よ、よし……クリア!行きましょう!」
スズツキが合図し、六課ボンプとイアスたちは物陰から駆け出す。
工事現場のエリアを抜けると、やはりというか敵の集団が待ち構えていた。
窓の外を雅ボンプが見下ろす。
[む……敵は簡単には通してくれなさそうだな。]
「リンさん、最短ルートは?」
[こっち!]
階下に降りようとすると、ビルの入り口に敵が殺到してきた。
階段の踊り場にスズツキが陣取り、柳と悠真ボンプは1階のホールを見下ろす位置に立つ。
[今です!]
[食らえっ!]
2人はボンプの短い手で手榴弾のピンを抜くと、眼下へ落とした。
続けて2個も3個も。
それらは空中でレバーが外れ、敵集団の中に落ちる。
直後、爆音や爆風と共に大量の破片が飛散し、次々と敵を切り裂いていく。
残った敵にはスズツキがトドメを刺した。
またもや弾が切れるとイアスが背負っていたウージー・マシンピストルへと持ち替える。
「やはり、敵の数は無限ではなさそうですね。」
[うん、元はただの訓練シミュレーターだし、機材側の負担もあるからね。銃の方は?まだ数に余裕ありそう?]
「ええ、半分は残ってます。それに『切り札』も。」
スズツキはちらりと蒼角ボンプを見る。
その背中には大きな物体が背負われていた。
「早く行きましょう。敵がまたスポーンする前に。」
[うん、そうだね。]
イアスの案内のもと、一行は街の中を進んでいく。
特に敵の集団が数を活かせないような狭い空間をぬうように。
「ああもう……キリがない……!」
[こっちだよ!私たちなら通れる!]
雪崩のように狭い路地へ流れ込んでくる敵だったが、イアスの誘導で更に奥へと誘い込む。
小柄なスズツキとボンプたちはそのまま路地を通り抜けられたが、敵のボットは詰まってしまった。
敵が動けない隙をついて、スズツキ達は一気に先へ進む。
そして大きな交差点を抜け、最初のスポーン地点に繋がる空間の穴が見えてきた。
[見えたぞ。あの穴だな。]
[やった!やっと出口だぁ!]
ボットが追いつくよりも早くスズツキ達は市街地からスポーン地点へと滑り込む。
もうここまで来れば敵は追ってこられない。
その筈だった。
「……危ない!」
[きゃっ!?]
スズツキは柳ボンプを押し退けると、イサカ・ショットガンを構える。
そしていつの間に現れていたボットへと散弾を叩き込んだ。
気付けばスポーン地点の中に敵が生成されていた。
[……どうしても私たちを出させたくないんだね。]
「リンさんは早く脱出装置を!」
[すぐやる!]
イアスがスポーン地点の奥に行き、手動操作の非常脱出装置に取り付いた。
その間、時間を稼ぐべくスズツキは発砲とコッキングを繰り返す。
床にショットシェルが数個落ちると、すぐに銃そのものを敵に投げつけた。
「雅様!」
[これか?]
「大きい方!」
[こっちだな。]
雅ボンプが差し出したのはペネチェグ軽機関銃。
ライフル弾を束ねた弾帯が下部の弾薬箱にぎっしりと詰まっている。
「ぐっ……おもっ……!」
スズツキは必死に腰だめで構えながら、弾をばら撒いていく。
ガガガガガ!!!っと、弾幕の濃さは小銃や短機関銃の比ではない。
ある程度のところまで引くと、機関銃のバイポットを立てて、伏射の姿勢になる。
「悠真さん!『アレ』を組み立ててください!」
[分かった!蒼角ちゃん!出番だよー!]
[はーい!]
蒼角ボンプが背中の大きな物体を下ろす。
それを悠真ボンプが持っていた三脚台と弾薬箱を組み合わせていく。
その間にもスズツキは敵に弾幕を浴びせ続けていた。
幸いにもスポーン地点は細長い作りになっており、敵は数の多さを活かせない。
ただ一列になって向かってくるだけだ。
しかしあれだけの数が狭い空間に全て集中しているだけあって、列が途切れることはない。
「ぐうぅ……!」
銃の機関部から空薬莢が吐き出され、空の金属弾帯が伸びていく。
絶え間ない発砲に銃身が加熱し、白く煙が立ち昇る。
そして遂に弾が無くなった。
すぐさま腰の自動拳銃とリボルバーを引き抜いて立ち上がる。
「ヤバい……ヤバいっ……!!」
軽機関銃でも抑えるのが精一杯だったところへ豆鉄砲が効くはずもない。
すぐに双方とも弾を撃ち尽くしてしまう。
だがその瞬間、背後からガッチャンと、重いコッキング音が聞こえた。
同時に雅の張り上げた声も。
[スズツキ!横へ避けろ!]
「……っ!?」
言われた通りにスズツキは壁に張り付いた。
直後、今までのどの銃よりもけたたましい爆音が連続して響き渡った。
ドカドカドカ!!!と、耳をつんざく破裂音と共にボットの集団が消し飛んでいく。
ただ身体に穴が空くのではなく、着弾点を削り取り、胴体や手足を泣き別れにする。
もしボットが本物の人間だった場合は、悲惨どころの話では済まなかっただろう。
敵の勢いが弱まると、射撃が止まる。
[スズツキ隊員!早くこちらへ!]
「は、はい!」
スズツキは急いで後ろへと下がる。
視界に映ったのは三脚に載せられた重火器とそこに取り付いた六課ボンプ達。
50口径弾を連射するブローニング重機関銃だった。
バタフライトリガーに悠真ボンプが手をかけ、蒼角ボンプがキャリングハンドルを、雅と柳ボンプが三脚を押さえている。
スズツキが彼らの背後に退避すると、射撃が再開された。
「リンさん!脱出までは!?」
[えっと……来た!あと40秒!]
「了解!」
その時、視界の端に強制ログアウトまでの残り時間が表示される。
だが安堵したのも束の間、重機関銃の弾薬箱に弾帯はもう残っていなかった。
すぐに銃声が途絶えてしまう。
もちろん敵が殺到するまでは30秒もかからない。
[スズツキ、これが最後だ。]
雅ボンプはスズツキを見上げると、1挺のピストル——ガバメント拳銃を差し出す。
スズツキはそれを受け取り、両手で構えた。
[お前ならやれる。信じているぞ。]
「……はい!」
いつもやっている通りに、ライカンから教わったように、ただ基本に忠実に。
狙うは敵の上半身。
ゆっくり照準を敵に合わせると、人さし指を引き絞る。
破裂音と共に先頭の1体がぐらりとバランスを崩し、後続を巻き込んで転倒した。
続けて引き金を引く。
スライドが後退し、撃ち殻を排出する。
転倒から起き上がろうとした敵と、仲間の亡骸を乗り越えようとする敵を撃ち抜く。
とにかく距離を詰めさせないように。
極力時間を稼ぐために。
そしてスライドが後退したまま動きを止めた。
ボットの集団が迫ってくる。
スズツキは六課ボンプたちを背に鈍器となった銃を構えるが、その時、視界が白ずんでいった。
[脱出!]
イアスがそう叫んだ次の瞬間、周囲の空間もボットも消え去っていく。
最後に見えたのはサムズアップをする雅ボンプの姿だった。
⬛︎
次に目が覚めた時、最初に感じたのが頭の重みだった。
身体を起こし、ヘルメットを外す。
何やら外が騒がしかった。
すると部屋の扉が開き、朱鳶が入ってくる。
「スズツキ君!」
「あ……朱鳶さ……むぶっ。」
「無事だったのね……良かった。」
気付けば視界が真っ暗になっていた。
何かの柔らかさを覚えたが、それを確認する前に抱擁が解かれる。
「皆さんは……あっ。」
「あら、雅もおはよう。」
「……む。」
隣のシートで雅がむくりと起き上がる。
そしてにぎにぎと自分の手を触って確認していた。
「朱鳶、私は今も私の姿をしているか?身長が小さくになってはいないな?」
「?そうだと思うけれど……。」
「そうか。」
雅に続いて柳と悠真、蒼角も意識を取り戻していく。
H.A.N.D.仕様のイアスも目元の画面に2つの丸目が表示された。
「ふぅ……何とか脱出しましたね……。」
「いやぁ……もうボンプになるのはゴメンっすよ……。」
シミュレーターの余韻に頭を振る柳だったが、そこで1つのシートが空であることに気付く。
「……朱鳶班長、ブリンガー氏はどこに?」
柳の質問に朱鳶はどこか安心したように答える。
「副総監でしたら我々が突入した時点で、既に自力でVRから脱出していました。こちらで保護を済ませています。」
「ああ、駄目です。彼は……!」
その時、雅の手が柳の肩を掴む。
「柳、秘匿性を保て……今回の罠とブリンガーを結びつける証拠はない。」
対して柳は言いかけた言葉を飲み込んだ。
「……何でもありません。無事であるのなら良かったです。」
「ええ、それで、念のために検査を……。」
「いえ、時間が惜しいので遠慮させてもらいます……課長。」
「ああ。」
雅は
一瞬だけ、その眉が動いた。
だが何も言わず手に取り、腰へ差す。
「すまないが、我々にはやることがある。これで失礼させてもらおう。」
「報告書は後で共有します。では。」
六課が部屋を出ていくと、スズツキとイアスも後に続く。
しかし朱鳶は彼を止めた。
「待って、スズツキ君……何があったの?」
「あ、えっと……それは……。」
スズツキは雅たちの方を向く。
すると雅は短く答えた。
「所定の座標にブリンガーはいなかった。そして我々は幽閉されかけた。ただそれだけだ。スズツキ、行くぞ。」
「朱鳶さん、失礼します。」
ペコリとスズツキは会釈すると、雅たちに着いて行く。
その場には唖然とした朱鳶だけが残された。
よろしければ高評価や感想などをお願いします。作者のモチベが爆上がりするので。