通りを歩く青春真っ盛りの少年少女にオススメのイケてる街は?と聞けば、大半が『ルミナスクエア』と答えるだろう。
ネット映えするような洗練された店が並び、ゲームセンターや映画館など娯楽施設も多岐に渡っている。
川越しに望む摩天楼の景色も美しい。
学生たちにとっては気軽な遊び場と言える。
では質問する相手を飲酒可能な年齢層にまで上げた場合はどうなるか。
すると回答はガラリと変わる。
必ずしも全員ではないが、過半数はこう答える。
『リバーブ・アリーナ』と。
旧エリー都道路公団が当時の中心街から開発中の副都心区画——現新エリー都に向けて掘っていた地下トンネルを流用した歓楽街だ。
酒を提供するバーやクラブはもちろん、格闘技や賭博など、いわゆる大人な店が軒を連ねている。
更に奥地へ進めば、簡素な住居もあり、まるでトンネル全体が一つの町のようになっている。
ただ治安局の目が届きにくいグレーな場所とも言える。
だからこそ、今の状況において非常に都合が良かった。
「よっしゃあ!そのままやったれ!」
「行けー!ぶちのめせー!」
「俺の小遣いがかかってるんだー!頼むー!」
人々の喧騒と熱気で満ちた空間。
ギラギラとした眩しい照明の下にフェンスで覆われた大きなリングがあった。
周りをたくさんの群衆が取り囲んでいる。
その内側に立つのは旧式の軍用ロボット——正確には意思を持った知能構造体である多目的複合型歩行兵器。
対するのはボクシンググローブをはめたクマのシリオンの男だった。
互いに拳を構え、隙をついては強烈なパンチを叩き込んでいく。
その度に観客がざわめき、興奮しきった怒声が空間を飛び交う。
アルコールとタバコ、汗、体臭などが入り混じった臭いが充満しており、気休めの換気扇は処理速度が全く追いついていない。
そんな退廃的な空間の一角、観客席のひとつにライカンは腰を下ろしていた。
もちろんこの場に執事服は明らかに浮くため、今は適当な服をまとっている。
「……相変わらず酷いところだ。」
ライカンは闘技場の売店で買った瓶ビールを直に傾ける。
そして味付けの濃いポテトフライを口へ放り込んだ。
いつも整えている白い毛並みはうっすらと煤けていたが、彼が気にする様子はない。
普段の整然とした執事とは真反対のいで立ち。
通常時が血統書付きの猟犬なら、今はそこらの野良犬といった有様だろうか。
しかし妙なまでに様になっており、違和感なくリバーブ・アリーナに溶け込んでいた。
ライカンは闘技場の殴り合いを見ていると、視界の外から声をかけられる。
「お待たせしました。」
「おや……。」
横目で見ると、ラフな服装にキャップ帽を被った1人の女性が立っていた。
つばの下には楕円の眼鏡が光っている。
ライカンはすぐに視線を正面のリングへと戻し、ビールを口に運ぶ。
対してその女性——柳も視線を合わさずにライカンの隣へ腰掛けた。
「月城様、ご足労をおかけしました。」
「いえ、最適な場所選びかと……それより首尾の方は?」
「こちらを……敵拠点の配置図の写しです。パールマンの情報にあった拠点を調べた際に見つけました。」
ライカンはポテトの入った容器を渡す。
中にはポテトに紛れて小さな袋があった。
柳はポテトを摘みながら、さりげなく小袋を回収する。
「お返しに……と言いたいところですが、我々は敵の罠を突破しただけでした。成果らしいものは何も……。」
「相手の思惑通りにはならなかった。それだけでも十分な成果です。」
「そう言ってもらえると幸いです……先手は取られましたが、次はこちらのターンです。今後、我々は手持ちの証拠で逮捕に動きます。」
「……身柄の確保は確実に可能ですか?」
「はい、提供された情報だけでも十分過ぎます。選挙中であろうと令状も通るかと。」
「承知しました。」
柳がポテトを返すと、ライカンはそれを傾けて、バラバラと中身を口へ放り込んでいく。
豪快に咀嚼し、ビールの残りで流し込む。
そして袖で口元を拭った。
「……こちらは引き続き、敵主要拠点の制圧に動きます。何かあればプロキシ様に連絡を。」
「それについてですが……私の上司をそちらに付けるというのは?こちらの逮捕に力は必要ありません。最大戦力をただ遊ばせておくのは勿体ないかと思いまして。」
席を立とうとしていたライカンは柳の申し出に固まると、再び腰を下ろす。
そしてすぐに彼女の意図を察した。
「……こちらの仲間を預けたままにしても構いませんが?」
「いえ、外回りの人手は少しでも多い方がいいです。それに珍しく彼女がやる気なので。」
「分かりました。謹んでお預かりさせてもらいます。ちなみに今はどこに……?」
「すぐに分かるかと。」
柳は携帯端末を取り出すと、サムズアップのスタンプだけをメールで送る。
そしてそのまま腰を上げた。
挨拶もせず、まるで最初から赤の他人だったように。
「……さて。」
その時、正面のリングで決着がついた。
ロボットから放たれた必殺のアッパーに、クマのシリオンが遂に倒れたのだ。
たちまちその場が歓声と悲鳴で満たされる。
賭けのチケットが紙吹雪のように宙を舞い、その中で勝者のロボットが高々と腕を掲げている。
気付けば、席からライカンの姿は消えていた。
代わりにその場にはクマのシリオンに賭けたチケットだけが残されていた。
ちなみに彼が外のバンに戻ると、サメと狐がメイドを取り合ってたそうな。
⬛︎
ヴィクトリア家政の拠点には珍しく客人の姿があった。
ソファーに凛として座っているのは虚狩りこと星見雅。
だが今の彼女はH.A.N.D.の制服ではなく、緑を基調とした和装の私服を着ていた。
その服装をエレンはしげしげと眺める。
「へぇ……アンタってやっぱお嬢様なんだね。」
「エレン?」
すぐにリナが横合いから咎めようとするが、雅がそれを手で制する。
「いい、今の私はH.A.N.D.の職員でも虚狩りでもない。ただの星見雅という協力者だ。」
「その名字だけでもヤバいけどね。」
「では雅だな。ただの雅だ。」
その時、着替えを終えたライカンとスズツキがリビングに出てきた。
普段通りの姿に、エレンはどこか安心したように息を吐いた。
「……やっぱりボスはこっちの方がいいかな。」
「やさぐれたボスってのもアリでしたけどねー。」
スズツキがそう言うと、何故かリナがくすくすと笑った。
彼女の反応を前に、ライカンは誤魔化すように咳払いをする。
「んん”っ……どうか誤解の無いように。あくまでもあれは潜入用の姿です。」
「あらあら、そうね。そうかもしれませんわね。」
「で、では、作戦の説明を始めるとしましょう。カリン、回収した地図を持ってきてくれませんか?」
「はい!」
一行はブリーフィングルームに移動すると、テーブルに地図を広げる。
そこに描かれていたのは敵拠点の位置だった。
ライカンがコンソールを操作すると、地図を3D化したホログラムが浮かび上がる。
そして都市のあちこちに拠点が赤くマークされた。
その数の多さにスズツキは目を見開く。
「こ、こんなに……ですか?」
「はい、しかし大半は賃貸式の簡易倉庫です。おそらくは拠点というよりも物資の集積場でしょう。これを除いた場合は……。」
ライカンの操作によってホロの中から赤い点が半分ほど消えた。
残っているものも、ほとんどが都市外縁か地方に集まっている。
「ふむ……思ったよりも都市部には浸透していないのだな。」
「ええ、それと雅様に見てもらいたいものが。」
「なんだ?」
今度は地図の上にたくさんの写真が表示される。
それらは何かのポスターや経典のように見えた。
だがその一角に書かれた『
思わず雅は眉をひそめた。
「これは……まさか、我が先祖が打ち滅ぼしたものと考えていたが。」
「正当な後継組織なのか、はたまた名前を借りただけの模倣組織かは分かりません。しかし少なくとも、今まで噂されていた組織が現実に存在することは確かなようです。」
「うぅむ……ではブリンガーも信徒かもしれんな。」
「パールマンのようにただの飾りという可能性もありますが、あのカリスマ性と人気は本人の実力でしょう。厄介な相手ではあります。」
「だが政治の分かる人間でもある。素人のように大胆な動きはすまい。彼については柳たちからの吉報を待つことにしよう。それでどこを攻める?しらみ潰しは時間が足りんぞ。」
「承知しております。」
ライカンはリナへと視線を向ける。
すると彼女が前に出てきて口を開いた。
「先程、ご主人様から資料を受け取りました。各区のパワーグリッドが市政に上げたここ1年間の電力消費量ですわ。地図に映しますと……あら?」
「リナさん、その穴はメンテナンスハッチの取っ手です。コネクタはこっち。」
スズツキがUSBを挿すと、地図から写真が消え、代わりに建物ごとの電力使用量を表す棒グラフがホロに映る。
そして讃頌会の拠点に限って表示させると、場所ごとにかなりの差があることが分かった。
「沿岸部は少ないが、山間部は多いな。それも如実な差がある。だが何かの保存施設であって、人が詰めていない可能性は?」
「それも考慮した上で、月ごとの使用量をまとめましたわ。」
立体の棒グラフが消え、代わりに山間部拠点と沿岸部拠点の電力消費量が1ヶ月ごとに並べられる。
するとこちらも意外な結果が出た。
「真夏や真冬の時期であっても極端に消費量が少ない拠点が沿岸には多いな。」
「考えられるのは、都心に近い沿岸部は信徒の一時的な出先で、山間部は大々的な倉庫や本部として機能しているものかと。事実、山間拠点の書類上の登録はどれも法人名義であるのに対して、沿岸部は個人のものばかりです。」
「なるほどな……ちなみにだが、この山の先には何がある?」
雅の質問にスズツキがホロを動かして、地図の先を見せる。
都心部とはまた違う街が山を挟んだ先に広がっていた。
「『衛非地区』ですわ。あいにくと回収した地図にそこまでは載っていませんでしたが。」
「では、攻めるのはここというわけだな。」
雅が指を差したのは最も電力消費量の多い施設。
都心外縁から衛非地区に繋がるバイパス路のすぐ隣に建っている。
ライカンはコクリと頷いた。
「そういうことになります。限られた情報からの推測にはなりますが。」
「だが大電力を消費する何かがあることは確かだ。敵陣地に斬り込みとは、腕が鳴る。」
「頼もしい限りです。しかし、今から動けば治安局の目に留まる可能性があります。現地の警備状況も確認したいところですので、突入は明朝の夜明け前に決行します。」
「確かにこの時間帯では人目も多かろう。承知した。」
「それまではお休みください。」
「うむ、腹が減っては戦も出来んな。そうさせてもらうとしよう。」
雅の発言に遅れてライカンがびくりと反応する。
同時にスズツキとエレン、カリンも。
「ええ、ええ、では夜食は私が作らせていただきます。」
「ら、ライカンさん!私も手伝います!」
「僕はお風呂の準備をしますね!先輩、行きましょ!」
「リナ、雅サマのことよろしくー。」
足早に部屋を出ていくライカンとカリン。
そして2人の後をスズツキとエレンが追う。
その場には雅とリナだけが残された。
「ふむ、どんなものが出てくるか楽しみだな。」
「必ずやご期待に添えるものかと。準備が整うまでにお部屋の案内をさせてもらいます。」
「ああ。」
リナと雅は宿泊用の個室へと足を向ける。
その様子を遠巻きに眺めながらライカン達は深く安堵の息を吐いた。
⬛︎
深夜の空は荒れに荒れていた。
月明かりを遮る真っ黒な雲からは大粒の雨が降りしきり、更には稲妻を落としている。
時折り鳴り響く雷鳴と、部屋を照らす閃電のおかげか、ライカンは眠れないでいた。
あと数時間の仮眠の後、自分たちは敵拠点を偵察し、夜明けと同時に殴り込みをかける。
現場でのパフォーマンスを上げるためにも、今は少しでも寝るべきだった。
しかしそう考えるほど目が冴えてしまう。
結局、彼はベッドから起き上がった。
「眠れん……こんな時に限ってか……。」
外を歩こうかと近くにかけてあった上着に手を伸ばそうとするが、外の様子を思い出す。
代わりに何か温かいものでも飲もうかと、ライカンは部屋を出た。
するとリビングに繋がるドアの下から、僅かに光が漏れていた。
誰かいるのだろうかと、そっと中を覗く。
ダウンライトが点けられたリビングの中、ソファーに誰かの後頭部が見えた。
奥のテレビには夜のニュースが映っている。
「……スズツキ、起きているのですか?」
「あ……ボス、えっと……。」
ソファーから立とうとするスズツキだったが、すぐに腰を下ろして右往左往する。
怪訝に思ったライカンが覗き込むと、彼の太ももの上には先客がいた。
スズツキの腹の側に身体を向けながら、スヤスヤと寝息を立てている。
サメの尻尾も微動だにしていない。
「なるほど……良い枕ですね。」
「あ、あはは……雷で眠れずにいたら先輩も来ちゃって……。」
「私もです。ホットミルクでも作りましょう。飲みますか?」
「じゃあ、お願いします。」
ライカンはキッチンに行き、手早く2人分のホットミルクを作る。
マグカップをスズツキに渡すと、隣のソファーにその巨体を下ろした。
「ん……ボスが作ると何でも美味しくなりますね。」
「ただミルクを温めただけですよ。」
「それをボスがやるから美味しくなるのでは?愛情とか入っています?」
「ふっ……かもしれませんね。」
「おぉ、すごく甘くなった気がしますよ。」
その瞬間、和やかな雰囲気に反して窓の外が眩く光った。
僅かな差で轟音が鳴り響く。
スズツキはびくりと肩を震わせた。
一方のライカンも表情は涼しくとも、数秒前まで左右に揺れていた尻尾は毛を逆立てさせながら真っ直ぐに伸びていた。
「……なんか、不吉ですね。」
「気のせいです。雨もこれだけ強いと長くは続きません。予報でも夜明けまでには収まるかと。」
「ですよね。梅雨なんていつもこんなもんですし。」
会話が途切れた途端、雨とテレビの音だけが部屋に響く。
ゆったりとした空間の中、ライカンは僅かに眠気を覚えた。
しかしあることを思い出し、再び目が冴えてしまう。
「そうでした。スズツキに伝えておくことが。」
「えっ、な、何ですか……?」
「あのロボット……火力支援ユニットの件です。覚えていますか?」
ライカンの言葉をスズツキは遅れて理解した。
途端に目を輝かせ始めるが、眼下で眠るエレンの存在を思い出し、どうにか興奮を抑える。
「それって、鍾馗の修理が終わったってことですか……!?」
「正確にはほとんど改造だそうです。担当も富嶽、東亜からスリーゲートに変わりました。やはりパーツの供給が難しいとのことで。」
「なるほど……そ、それでいつ受領なんですか?」
「少なくとも今の件が終わってからですね。再び融合体のような危険な存在が出てきた場合に備える必要があります。」
「サクリファイスってやつですか……讃頌会は何をしたいんでしょう?」
「少なくともロクなものじゃないことは確かです。それより、もう寝ましょう。準備を考えると、あと2時間しかありません。」
「はい。」
ライカンはマグカップの中身を飲み干し、席を立つ。
スズツキもテレビの電源を消そうとしたが、その時、意外な人物が画面に映った。
「……ボス。」
「ん?これは……。」
夜のニュース番組が急遽予定を変更した。
その内容はブリンガー副総監の緊急会見というもの。
ニュースキャスターから中継映像へと切り替わる。
会場に沢山のフラッシュが焚かれる中、ブリンガー本人がマイクの前に立っていた。
記者がしきりに質問を投げかけていたが、彼がマイクの位置を調整すると、それだけで全員が示し合わせたように黙り込んだ。
ブリンガーはゆっくりと口を開く。
[市民の皆様。私は今、こうして再び皆様の前に立てることを、心より嬉しく思います。御存知の通り、私は先日、何者かによる卑劣な襲撃を受け、一時は命を危ぶまれる状況に置かれました。しかし、私は生きている。こうして皆様の前に立っている!]
テレビ越しにも伝わってきそうなほどの迫力と覇気。
相手が容疑者であると分かっていても、思わず圧倒されてしまう。
[そして、このような暴挙によって我々の正義が挫かれることはないと、ここに断言するものであります!]
ブリンガーの視線が次に会場の周囲へ向けられた。
周りを見渡しながら彼は言葉を続ける。
[治安官の諸君!我々は都市の番人として、幾度となく人々の生活と安全を守ってきた!だが、奴らは我々の寛容を弱さと履き違え、法を嘲笑い、あまつさえ我々にまでその魔手を伸ばしてきている!もはや看過することはできない!]
「……はっ、どの口が言ってんだか。」
スズツキの視界の端でサメの尻尾が持ち上がる。
同時にふとあるものが窓の外に見えた。
赤と青の光が眼下の道路を走っている。
サイレンの甲高い音も聞こえてきた。
[我々は決断した!今こそ法の威信を取り戻し、悪逆非道の輩に正義の鉄槌を下す時であると!新エリー都の平和を脅かす者に、安息の地など存在しない!]
ここで違和感に気付く。
いつまで経っても窓の外に赤と青の光が見え続けている。
サイレンの音も通り過ぎていかない。
それどころか数が増えているような気がした。
「騒がしいですね?」
「事件でもあったのでしょう。」
ライカンはソファーから腰を上げると、窓に近付く。
そして絶句した。
「ボス?」
「何か見えました?」
エレンとスズツキも窓の外を覗く。
そして同じく言葉を失った。
視界に映ったのは道路を埋め尽くさんばかりの治安局の車両。
それも普段は見ることの無いような車両があった。
赤と青のパトカーではない、真っ黒な装甲車やバンが封鎖線を超えて中に入ってくる。
降りてきたのは軍隊さながらの重装備をまとった隊員。
治安局に所属する機動隊の中でも選りすぐりの特殊強襲部隊だった。
[このジャスティン・ブリンガーは、治安局の総力をもって、卑劣な犯罪者どもを必ずや法の裁きにかけることを、ここに宣言する!正義は決して屈しない!新エリー都の明日は必ずや守られるのである!]
ブリンガーが言い切ると、会場から拍手喝采が沸き起こる。
次の瞬間、テレビが消え、天井の電灯も全て落ちた。
よろしければ高評価や感想などをお願いします。作者のモチベが爆上がりするので。