わァ……あ……終わっちゃった……ヤマトが終わっちゃったよ……庵野版の√2199までお預けですな……。
新エリー都の空は黒く染まっていた。
どうどうと雨が降り、ガラガラと雷鳴が鳴り響く。
そんな中、煌々と照る街の灯りだったが、とある区画だけは闇に包まれていた。
代わりに赤と青からなる警告灯と車のヘッドライトだけが暗闇の中に浮かんでいる。
そして次の瞬間、バッ!っと投光器が一斉に点灯され、1つの雑居ビルが四方から照らされた。
[指揮所より本部、各突入小隊、現着を確認。また、対象区画への送電の遮断が完了した。しかし当該建物には独立電源がある模様——。]
[全小隊は一般市民の退避が終わるまで待機。なお、対象組織は重火器で武装している可能性が高い。窓及び屋上からの狙撃に警戒せよ。]
[こちらルミナ3号、想定より雨が激しい。市民の避難を車両にて行う。]
[爆連が戻りました。建物周囲と入り口付近に危険物はありません。マル対の姿も確認は——。]
次の瞬間、カッッッ!!っと、一筋の雷光が辺り一面を照らした。
ほぼ同時に耳をつんざく轟音が鳴り響き、無線の音を掻き消す。
思わず肩が跳ね上がった。
「もう……こんな日に仕事とか最悪……。」
コンクリートが打ちっぱなしの床に、無線機と有線で繋がったヘッドセットを置く。
彼女はフードを下ろした。
おかっぱ状に切り揃えた桃色の髪が揺れる。
「にしても、ちょっとヤバすぎでしょ……。」
窓から見下ろした先、2つほど道路を挟んだ位置に雑居ビルが建っている。
何の変哲も無いありふれた形のそれ。
しかし、周囲には何十台もの治安局の車両が集まっていた。
その前線を固めているのはテロを始めとした重大事件に投入されるような特殊強襲部隊。
更には複数のヘリコプターがビルの周囲を旋回しており、サーチライトで屋上を照らしている。
まさに治安局の総力を挙げた包囲線が敷かれていた。
今までにも大規模出動はあったにせよ、大半がホロウ災害による避難誘導のためだ。
人間に対しての出動としては類を見ない規模だろう。
「メイド君、一体君は何をしたのさ……?」
彼女——レインは思わずそう呟く。
しかし自分の役目を思い出すと、懐から筒状の物体を取り出した。
本来はライフルのレールに乗せて使うサーマルスコープ。
レンズ部分にメッシュカバーが取り付けられたそれを、レインは望遠鏡のように覗き込んだ。
白黒の世界で沢山の治安官が動いているところがよく見える。
その数を数えていると、ある時、遠方に車列が映った。
それは治安局の封鎖線を通ってビルの方へと近付いてくる。
「……うっそ。」
車両のシルエットは治安局のパトカーや遊撃車よりも遥かに角ばっていて、大柄だった。
すぐに目からスコープを外して、肉眼で観察する。
詳細な部分までは見えずとも、少なくともその車が濃緑色であることは分かった。
「軍まで投入するなんて……まさか戦争でもする気?」
それら車列は問題のビルには近付かず、また別のビルへと入っていく。
レインはすぐにポケットの端末——プリペイド携帯を取り出した。
⬛︎
ヴィクトリア家政の拠点は非常事態体制へと切り替わっていた。
電力供給源が非常電源に変わり、窓の防爆シャッターが閉まっていく。
赤色灯に照らされた室内で、スズツキは大量の装備を身につけていた。
基本装備の26型拳銃をエプロンの下の胸部ホルスターに、ライノ・リボルバーを太もものホルスターへとそれぞれしまう。
更にはソードオフ仕様の87式ポンプアクション式ショットガンを腰の大きなホルスターに入れる。
「ああ……くそ……。」
自分たちはグレーであっても、歴とした正義の味方と信じていた。
しかし今は治安局に囲まれており、ニュースには副総監の拉致を行った大規模犯罪者集団と報じられている。
いつもとはまた違う緊張感や焦燥感に心が締め付けられた。
震える手でサプレッサーK98kを、今回はグレネードランチャーを備えたそれを握る。
擲弾を詰めたベルトを肩にかけ、その他の装備も身につけると、フルアーマースズツキが完成した。
「すみません、遅れまし……た……。」
リビングに戻ると、そこには重苦しい空気が流れていた。
ソファーに座る雅の前に、ボンプのバトラーを含めた家政の全員が立っている。
「やはり、我々なのだな。治安局が包囲しているのは。」
「はい……またもやブリンガーに先手を取られました……不甲斐ないばかりです……。」
目を伏せるライカンだったが、雅は淡々と言葉を続ける。
「外部に連絡することは?」
「通信妨害を受けています。緊急用の有線電話を用いてご主人様への連絡も可能ですが……今回のような場合ですと、しない方が賢明かと。」
「分かっている。主人がお前たちと繋がっていることを世間に露呈させないためであろう。それで、逃げるにしてもどうするか……大人しく白旗を上げるか、包囲を強行突破と行くか……。」
「現状、我々の最優先事項はご主人様と雅様の地位が穢されないことにあります。よって、拠点の放棄と封鎖線の突破を提案します。」
「では、どう逃げる?」
「まずは地下道を通って治安局の封鎖線を突破します。雅様は封鎖線を抜けた後、六課にお戻り下さい。我々はリバーブ・アリーナに潜ります。長くは保たないかもしれませんが、次の拠点に移るまでの一息はつけるでしょう。」
「承知した。」
その瞬間、スズツキが会話に割って入った。
信じられないといった様子で。
「ボス、放棄って……こ、ここにはまた戻って来るんですよね?」
スズツキの問いにライカンはただ首を振った。
リナが壁際にスズツキを連れていく。
「スズツキちゃん、私達は決して表には出ない非公式の存在。それも違法な手段や装備を用いて目的を実行するグレーな組織ですわ。」
「ご、ご主人様に頼んで治安局に説明するってのは……。」
「ダメよ。ご主人様が深く関わっていると知れば、あの方の政治生命に致命的な傷が加わりますわ。それに私達も後ろ盾を失い、今度こそただの犯罪者に成り下がります。」
「……分かりました。」
「大丈夫、拠点なら他にいくつもありますわ。軽い引越しのようなものです。」
スズツキが頷くと、リナの手が軽く頭を撫でてくる。
それから一行は拠点を放棄する準備を始めた。
ライカンとリナが情報端末の機密データの抹消を行い、カリンとエレンがデータ処理の終わった端末そのものを薙刀と電鋸で破壊していく。
足元ではバトラーが必要最低限のものをリュックに詰めている。
スズツキは呆然とその様子を眺めながら雅の隣に立っていた。
「スズツキ、大丈夫か?」
「あ……はい。」
「心を強く持て。窮地にこそ、その人間の真性が発揮される。」
「……雅様は強いですね。こんな時まで冷静で。」
「冷静でない者から死んでいった。それがホロウというものだ。」
その時、外からスピーカーを使った治安局による降伏勧告が聞こえてきた。
大人しく武装解除し、建物の外に出てこいというもの。
雅の赤い瞳がスズツキを向く。
「今なら間に合うのではないか?」
「それは……笑えない冗談です。」
「だがお前の歳ならまだやり直しが効くやもしれんぞ。しばらくは塀の中かもしれんが。」
「もう……かなり、日常からは遠いところまで来てしまいました。戻れないし、戻りませんよ。いわゆる、えっと……一蓮托生?ってやつです。」
スズツキは精一杯、口角を引き上げようとする。
外から見れば不自然なもので、強がりであることは明白だった。
銃に添えられた手も震えていたが、雅は視線を外し、自身の懐に手を入れる。
そして1つの端末を取り出した。
「そこまでの覚悟がお前にあるのなら、私もそれに応えるべきだろう。」
「それは……?」
「衛星通信機とやらだ。父上からもしもの時に使えと言われた。多少の妨害を受けても星見家の本邸とは繋がるようになっているらしい。」
「えっ……それなら雅様が持っているべきなのでは?」
「いい、操作が分からん。」
「は、はあ……というか、衛星通信ってことは……。」
スズツキは通信機を受け取ると、手探りで電源を入れてみる。
すると悪天候のためか快調ではなくとも、電波のマークがついた。
それを前に、スズツキは急いでライカンの元へ行く。
「ボス!これ、使えますよ!」
「それは……衛星通信機ですか?どうしてそんなものを?」
「雅様が持っていたものです。これで助けを呼べますよ。」
期待の目を向けるスズツキだったが、ライカンはそれをすぐに返してくる。
「残念ですが、今の我々の目的は逃げることです。応援を呼んで治安局と戦うことではありません。」
「分かっています。けど、治安局から逃げるために拠点を飛び回るのも危ないと思うんです。」
「……何か考えが?」
「はい!治安局の目の届かないところまで逃げるというのは?」
「ふむ……。」
新エリー都はあくまでも都市ひとつ分の広さしかない。
よって逃げる場所もそれ相応に限られてくる。
そんな中、治安局の捜査がほとんど及ばない場所と言えばひとつだろう。
「郊外……ですか。しかしどう車を調達しますか?ここにあるものはもちろん、公共交通機関も使えません。ガレージのある拠点も徒歩では遠いです。」
「ええ、だからこの通信機を使って迎えに来てもらうんです。郊外から。」
「……なるほど、良い案です。」
ライカンはスズツキの言わんとすることに遅れて合点が行った。
確かに有望な運び屋が郊外には存在する。
しかし同時にある種の懸念事項が浮かび上がった。
「ですが、相手に借りを作ることになりますが……。」
「えと……依頼料についてはご主人様の負担になるかもです……。」
「いえ、そういうわけではないのですが……まあ、その際はまた出張奉仕に
ライカンはくるりと向きを変えて、リビングへと足を向ける。
「そうと決まれば、早く脱出の準備をしなければ。」
「あとは何をするんですか?」
「我々の証拠を徹底的に消します。スズツキも手伝ってください。」
「は、はい。」
スズツキはライカンの後を追う。
嫌な予感がしたが、状況が追及を許さなかった。
⬛︎
部屋の最奥の壁が旋回し、分厚い鉄の扉が現れる。
その先は小部屋に繋がっており、中にはハッチが1つだけあった。
開けてみると、深い縦穴に梯子が伸びている。
「雅様、足元にお気を付けください。」
「ああ、すまないな。」
雅とリナ達が先行している間、エレンはハッチの前で待っていた。
その時、彼女の鼻がピクリと反応する。
甘ったるいような、刺激的な匂い。
匂いが近付いてくると、鉄扉の向こう側にライカンとスズツキが現れた。
ライカンが何かの液体を地面に撒き、スズツキは手に金属製のタンクを持っている。
「スズツキ、それもください。全て使ってしまいましょう。」
「……はい。」
タンクの中身をライカンはリビングから隠し部屋の前へ一直線に撒いていく。
まるで導火線を描くように。
更に匂いが強くなり、思わずエレンは顔をしかめた。
「ボス、雅サマはもう降りてるよ。」
「ええ、我々も行きましょう。スズツキ、私が扉を閉じるので、先に火を投げてもらっても?」
だがスズツキは項垂れたまま反応しない。
ライカンがそちらを向こうとするが、エレンが割って入った。
彼の手からマッチ箱を取る。
「いくよ。」
エレンは1本のマッチ棒を擦って火をつけると、躊躇いもなく地面に張られた液体——ガソリンに向けて放り投げた。
たちまち炎が立ち昇った。
ガソリンに沿って瞬時に火が伸びていき、リビングが一気に燃え上がる。
寝泊まりをしたベッドも、みんなでティータイムをしたテーブルも、何度かダークマターが生成されたキッチンも。
ついさっきまでエレンに膝枕をしていたソファーでさえ。
全てが炭へと変わっていく。
炎と煙が隠し部屋にも迫ってくる前に、ライカンは扉を引き、ズシンと隙間なく閉じた。
「では、行きましょう。」
「ボスは先に行ってて。すぐ追いつくから。」
「何を……いえ、承知しました。」
ハッチの中にライカンの巨体が消えると、エレンはスズツキの肩に手を置いた。
「まあ、分かるよ。ショックだとは思うけどさ……でも、みんな生きてるからいいじゃん。次の拠点だって、ちゃんと豪華なやつだろうから大丈夫だよ。」
「はい……。」
「……ああもう。繊細め。」
次の瞬間、スズツキは頭を抱えられたかと思えば、エレンの胸元に押し付けられた。
彼女の匂いと柔らかさが顔一杯に広がる。
遅れてスズツキが状況を理解すると、エレンは抱擁を離した。
「目ぇ覚めた?」
「え……あ……はい……。」
「元気になったでしょ?ほら、行くよ。」
感情の乱高下に目を白黒させながらも、スズツキはハシゴを降りる。
そして地下道に着地すると、ライカン達を追って一本道を走っていく。
次に外の光が見えたのは数百メートルほど進んだあたりだった。
「すみません、遅れました。」
「ちょうど雅様が上ったところです。さあ早く。地下道もいつ見つかるか分かりません。」
「はい。」
ライカンに背中を押されて梯子を上ると、次に出たのは古びた下水道の中だった。
使われていないのか、雨天にも関わらず水がほとんど流れていない。
更に壁の梯子を上ると、とある民家の庭のマンホールに出た。
雨は弱まっており、小さな雨粒が髪と頬を濡らしてくる。
地下道で通ってきた方向を向くと、視線の先に2つのビルがあった。
奥の方の雑居ビルが轟々と燃えている。
ビルの中腹から激しく出火しており、既に周辺からは消防車のけたまましいサイレンが聞こえてきていた。
思わず見つめていると、気付けば隣にカリンが立っていた。
「え、えと……立地的に延焼はしにくいってリナさんは言ってました……だからその……心配はしなくていいって……。」
「うん、ごめん……ありがとう、カリンちゃん。」
スズツキは鼻を啜り、嗚咽を押し殺す。
幸いにも目元を拭わずとも、雨が偽装の役割を果たしてくれた。
肩にかけていたライフルを握り直す。
「……このツケは必ず返さないとね。」
「はい!」
それから全員が庭に上がってきた。
早速、移動を始めようとする。
スズツキは偽装のためにライフルを細長いバッグに入れようとした。
その瞬間だった。
バゴン!!!と、鉄が打ち砕けるような音が鳴り響いた。
「……え?」
視界の端でライカンがのけぞっていた。
いや、正確には後ろへ倒れ込んでいた、倒れ込まされていた。
——その足元で、義足の膝の関節部から下がドサリと地面に落ちる。
直後、遅れてタァァァン!っと、空気を揺さぶるような破裂音が響き渡った。
「ら、ライカンさん!?」
「カリンちゃん、待って!」
倒れたライカンにカリンが駆け寄ろうとするが、すぐさまエレンが引き止め、民家の陰に彼女を押し倒す。
「ライカンさんを助けないと!」
「脚を撃たれただけ!それよりスズツキ!煙幕!」
「待て、私が行こう。弾丸ごとき、造作もない。」
雅は無尾を抜こうとしたが、その手をスズツキは掴んだ。
「だ、ダメです!貴女が治安局にバレたら、取り返しがつかなくなる!今は抑えてください!」
「今はただの雅だ。」
「普通の人間はライフル弾を斬れません!」
「……承知した。」
スズツキは発煙手榴弾のピンを抜き、ライカンの周りに投げ込む。
そして白煙が行き渡ると、彼の元へ駆け寄った。
「ボス!」
「だ、大丈夫です。背中を打っただけですから……それより雅様を早く治安局の目の届かない場所に……。」
「馬鹿なことっ……言わないでください……!」
スズツキはライカンの身体を引っ張るが、彼の巨体はビクともしない。
すると、どこからかパトカーのサイレンがいくつも近付いてきた。
空からはヘリの爆音も聞こえてくる。
「無駄です。治安局も迫ってきています。任務の遂行を……。」
「アンタを置いて行ってどーするんですか!逃げますよ!」
だがどうしてもライカンの身体は動かない。
スズツキは何かないかと辺りを見回す。
すると、今まで通ってきたマンホールが目に入ってきた。
⬛︎
足元に冷たい雨水が流れている。
周囲は暗く、懐中電灯無しではとても前に進めない。
スズツキ達は使われていない下水道の中を進んでいた。
動けないライカンは雅とカリンの2人が俵を担ぐように運んでいる。
先を走るスズツキの肩をエレンが叩く。
「ねえ、ホントにこっちで合ってるの?」
「バトラーはそう言ってます。大丈夫ですよ。」
[ンナナ。]
足元でボンプのバトラーが任せろとばかりに意気込んだ。
先導役をパエトーンに奪われたおかげで、今まで出番が無くなっていた彼は意気揚々と先に進む。
だがある時、その小さな身体が動きを止める。
[……ンナ?]
「どうかしたの?」
曲がり角の先をそっと覗き込む。
すると、通路の奥に懐中電灯の光が揺れていた。
「嘘……先回りされてる……!」
[ンナ、ンナナッ!]
別の方向へ足を進めるが、徐々に遠くから木霊する足音が増えていく。
治安局の手がすぐそこにまで迫っていた。
「バトラー、近くに出口はないの?」
[ナ、ンナンナ!]
あそこだとバトラーが短い腕で指し示す。
確かにそちらから外の光が漏れてきていた。
しかし近付くにつれて、光の中にいくつもの格子があることに気付く。
「ああもう、こんな時に限って……!」
外に繋がる排水口はあったが、太い鉄格子がはめられていた。
赤く錆びているとはいえ、そう簡単には壊せない。
全員の視線が雅へと向く。
しかし、彼女が反応する前に担がれたライカンが口を開いた。
「お待ちください……雅様なら鉄の切断など容易でしょう。しかし、だからこそ雅様が疑われるきっかけになるかもしれません。」
「だが……。」
「雅様、ご理解ください。貴女様に嫌疑がかかれば、六課も含めて公的に動けなくなります。カリン、鋸は使えますね?」
「は、はい!」
カリンはライカンを下ろすと、電鋸を起動させ、回転する刃を鉄格子へと押し付ける。
火花が散り、凄まじい音が鳴り響く。
途端に周囲から聞こえてくる足音が増えた。
また足音がこちらへと近付いてきている。
スズツキはライフルを握り込んだ。
「……バトラー、スキャンした下水道の地図をくれる?」
[ンナナ。]
バトラーに端末を渡すと、下水道のマップがダウンロードされていく。
それを待っている間、スズツキはライフルに初弾を装填し、ベルトから引き抜いた擲弾をアンダーバレルグレネードランチャーへと差し込んだ。
顔を上げると、こちらを向くライカンと目が合った。
「スズツキ……。」
「このままだと全員お縄です。僕が囮になって時間を稼ぎます。」
スズツキの発言に真っ先にエレンと雅が反応する。
「は……はっ?何言ってんの?無理にカッコつけなくていいから。」
「馬鹿を言うな。冗談にしては笑えんぞ。」
「けど、すぐそこに敵が来ています!」
その時、遂に治安局の捜索部隊が曲がり角の向こう側に現れた。
懐中電灯の光がスズツキ達の足元を照らす。
ライカンの大きな手が伸び、スズツキの頭を抱き寄せた。
もう猶予は残っていない。
ライカンは歯を食い縛りながらも、喉から声を絞り出す。
「貴方の奉仕に……感謝します……!」
「はい、すぐ追い付くので。」
「ちょっ……!?」
スズツキは背を向けて駆け出した。
咄嗟にエレンが手を伸ばすが、僅かに届かない。
そのままスズツキは来た道を戻り、別の分かれ道へ滑り込んだ。
そして角からライフルを突き出し、治安官のいる方向へ、しかし人に照準は合わせずに発砲した。
バババッ!!と、放たれた弾丸は下水道の壁を穿ち、跳弾が水面に波紋を広げる。
「撃ってきたぞ!」
「敵は武装している!」
治安局側の足が止まる。
スズツキは壁に張り付くと、来た方向を向く。
角には身を乗り出そうとするエレンと、それを止めるリナの姿があった。
更には鉄格子が外されたようで、カリンが顔を覗かせてくる。
「……頼んだよ。」
スズツキは軽く手を振ると、再び銃を構えた。
そしてこっちだと言わんばかりに派手に弾をばら撒き、エレン達とは反対方向へ走り始める。
他の追撃部隊と鉢合わせをすると、ライフル以外にも拳銃やショットガンを撃って、複数の銃声を演出した。
あたかも複数人が銃を撃っているかのように。
すると治安局側の動きが次第にスズツキ側へ吸い寄せられ始める。
「いいぞ……ついてこい……ついてこい……!」
スズツキは走りながらガスマスクを顔につける。
前方から足音が迫ってくると、そちらへ催涙弾を打ち込んだ。
相手が足を止めた隙に別方向へと走る。
だがいつまで経っても逃げられるわけではない。
次第に包囲が狭まってきていた。
「はぁ……ふぅ……はぁ……。」
壁に寄り掛かりながら、擲弾の撃ち殻を排出し、ライフルのマガジンを交換する。
そしてショットガンには赤い実包ではなく、低致死性のゴム弾を装填した。
もう逃げるだけでは済まなくなってきたのだ。
「大人しく手を上げて……うわっ!?」
「何か投げてきたぞ!ガスだ!」
律儀に降伏勧告を促してくる治安官たちに色付きの発煙筒を投げ込み、進路を塞がれそうになると、牽制射撃をしながら横道に逸れる。
気付けばダウンロードした地図の端まで来ていた。
水路から滝のように下方の水槽へ水が流れ落ち、壁の大きな配管に流れている。
その配管を抜ければ、近くの池に出るだろう。
しかし遂に治安局に追い付かれてしまった。
「いたぞ!こっちだ!」
「やばっ……!?」
1人の治安官が拳銃を向けてくる。
スズツキは遅れてショットガンを構えた。
お互いに目が合う。
「……子供?」
相手の動きが止まった隙にスズツキは脚を狙って引き金を引く。
弱装仕様のゴム弾とはいえ、命中すれば非常に痛い。
治安官が呻き声を上げ、銃を落とすと、スズツキはすぐさま逃げ出した。
しかし更に他の銃口が彼を向いていた。
次の瞬間、純粋に無力化させる意図でもって弾丸が放たれる。
そして——。
「……うっ!?」
スズツキは腹に鋭い痛みを感じた。
ふらりとバランスを崩し、今度は軽い浮遊感を覚える。
眼下に見えるのは雨水の溜まった水槽。
直後、大きな水しぶきが立ち昇った。
沈んでいくスズツキだったが、激痛に耐えながら手足を動かす。
むしろアドレナリンが痛みを軽減させていった。
「ま……だ……まだ……!」
配管の中に入ると、顔だけ水面に出しながら先へと進んでいく。
真っ暗な空間の中、ただ前方の僅かな明かりを目指して。
外に出ると、そこは貯水池の一角だった。
治安局の姿も見えない。
「あ……やったぁ……やった……。」
スズツキは岸に上がったが、そこが限界だった。
ばたりと草の上に倒れ込む。
雨に打たれながら空を見上げる。
疲れからなのか、非常に眠気を感じた。
逃げなくてはと思っても、それに抗えない。
「ちょっと……休憩……。」
瞼を閉じようとした時、視界の端に赤と青の光がチカチカと瞬いた。
眩しさに再び瞼を上げる。
すると誰かがこちらを見下ろしているのが視界に映った。
顔はよく見えなかったが、背後で細長い尻尾が揺れていることは分かる。
その思考を最後に、スズツキの意識は落ちていった。
⬛︎
「11号、どうして狙撃をやめさせたのですか?相手は子供といえど、銃器で武装していました。」
「ええ……でも彼らは例外よ。」
「まさか知り合いだと?」
「共に戦った戦友よ。素性はよく知らないけど、少なくとも治安局副総監を拉致するような極悪人ではないわ。」
「はぁ……貴女が嘘を言う人間ではないことは分かっています。ですが、我々に下された命令は治安局への支援です。任務記録を見られたら一発でバレますよ?」
「煙幕が張られていて見えなかった。」
「その為のサーマルスコープとエーテルサイトなのでは?」
「……滝湯谷の黒鉢赤辛鶏ラーメン。」
「黒鉢豚骨ラーメンチャーシュー増しで手を打ちましょう。」
「分かったわ。PXのスナックも追加するわね。」
「ふふ、シードも抱き込むつもりですね。さて……隊長と大佐にどう言い訳しましょうか。」
ハイ、今までに無いくらいにシリアス回でしたね。ちなみにいつもは1章につき6話程度ですが、今回はまだ続きます。
よろしければ高評価や感想などをお願いします。作者のモチベが爆上がりするので。