今回の話は様々なボツ作品を切り貼りした影響でいつもより長めとなっています。
07 サメ、パシリの家に凸る
電気のついていない薄暗い部屋の中、カーテンの隙間から一筋の陽光が漏れていた。
サイドテーブルに置かれた携帯情報端末がアラームの電子音を響かせると、ベッドの上で1匹のサメがモゾモゾと動き出す。
ゆらゆらと尾びれが空中で揺れ、大きく口を開けた頭部がゆっくりと持ち上がる。
すると口内の上下に並んだ白い歯の間からエレンの眠たげな顔が現れた。
「ねっむ……。」
サメの着ぐるみのようなパジャマを身に纏っている彼女は端末に表示された時刻を見て渋々と起き上がる。
メールへ任務の通知が来ていないことを確認し、適当に洗顔や歯磨きを済ませていく。
チョコ味のドーナツ形シリアルに牛乳を注いだだけの簡易的な朝ごはんも終えると、パジャマ姿のまま再びベッドへダイブした。
「暇だなぁ……。」
今日はいつもとは違って、学校も裏稼業も休みだ。
冷蔵庫に食材は十分に詰まっており、特段何か欲しいものがあるわけでもないため、外へ出る理由は見当たらない。
このままゆっくりしていようかと、ただスマホを眺めてゴロゴロとする。
が、ここで視界の端に見慣れないものを発見した。
「……あっ。」
テーブルの上に放られていたのはパッケージに入った1つの
前にスズツキと行った例のビデオ屋で借りたものだ。
エレンは少しの熟考の後、それを手に取ってテレビの前に行く。
この映画なら今の自分でも楽しめるかもしれないと。
スマホを惰性で眺めているよりかはマシかと。
もしかしたら彼との話題作りになるかもと考えて。
「げっ……しまった……。」
しかし致命的なミスがあった。
エレンはテレビを乗せた台座の前に座り込むが、あったのは32インチのモニターを支えるY字の足とそこから垂直に伸びる支柱のみ。
そもそもこの家にはビデオを再生するためのビデオデッキが無かったのだ。
「はぁ……もう、無駄金じゃん……。」
初歩的な失敗にため息を吐きながらベッドに腰を下ろす。
こうなったら友人を誘って遊びに行こうかとチャットアプリを開く。
だがその時、ルビーの上の欄に表示されたスズツキの名前が目に入ってきた。
「……パシリの契約、延長してたよね。」
『のり塩味のポテチと青い方のコーラ買ってきて』と素早く文を打ち込むが、送信のボタンは押さずに一旦消す。
今度は『今ヒマ?』と打つが、これもすぐに削除。
そして『ちょっと買い物に付き合え』と書くと、数秒間眺めたのちに文の全てを選択し、丸ごとカットしてしまう。
結局、同じようなことを何回か繰り返したものの、メールは送らなかった。
「うーん……。」
やはりやめようかと意見が傾きかけた時、彼は今何をしているのだろうと考える。
そしてふと例の『女』のことを思い出した。
「パエトーン……!」
途端に危機感と闘争心が沸々と湧き上がってくる。
何ひとつとして根拠は無かったが、スズツキの身が危険に晒されていると思った。
いや、そう思い込ませた。
「そう、アイツを保護するため。未成年を付け狙う犯罪者から守るため。これは先輩として当たり前のこと。」
エレンは電話のアイコンをタップし、続いて数少ない連絡先の中からスズツキの電話番号を選択した。
「遅い……。」
しかしスズツキは中々出ない。
1コール、2コール、3コール。
すっかりお馴染みとなった彼の声は聞こえず、ただルルルル、と着呼側に繋がっていることを示すリングバックトーンの音が続く。
10秒ほど経った時、ようやくそれが途絶えた。
[もしもし、先輩?]
「あ……今何してる?」
[?特には何も。家でゴロゴロしてます。]
「他に誰かいる?1人?」
[はい、基本僕だけですね。]
「ふーん……じゃ今からそっち行くから。」
[えっ……何て……。]
ブツリと電話を切り、今度はメイド長の方へかけ直す。
こちらはすぐに出てくれた。
[あら、エレン、どうかしたの?]
「アイツの現在位置を教えて。観測衛星の監視記録が残ってるでしょ。」
[本人に聞けば良いのではなくて?]
「今電話したけど出なかったの。」
[あら……でも交換局によれば1分程度の会話があったみたいだけど?]
「い、いいから教えてってば。必要なことなの!」
[もう、今回だけよ?本来そういうことは自分でやるべきことなんだから。]
まるであらかじめ準備していたのかと思うくらいに速攻でメールの通知が来る。
それを開くと、衛星写真と共にスズツキの現住所が画面に表示された。
電車で行けばすぐの距離だ。
「ありがと、リナ!」
[ふふ、頑張ってね。]
エレンはサメのパジャマを脱ぎ捨てると、すぐさま適当に選んだ私服へと着替える。
そしてその他諸々の準備を済ませ、家を飛び出していった。
⬛︎
あれから1時間弱ほど。
来客を知らせるインターホンの電子音が鳴り、壁に備え付けられた画面に人の影が映る。
自室のチリ箱の中身をキッチンの集積用ゴミ箱へ捨てていたスズツキは急いで玄関へと向かった。
「……本当に来たんですね。」
「何?来ちゃ駄目だった?」
「いえ、今しがた人様に見せられる程度に
ドアを開けるとそこに立っていたのはいつもの学生服やメイド服とは違って、黒いパーカーに短パンというプライベート仕様のエレンだった。
取り敢えずリビングに招き入れると麦茶を出す。
「それで?この突撃訪問の目的は?」
「これを見に来た。」
エレンがテーブルの上に出してきたのは『Random Play』で借りてきた例のビデオテープ。
対してスズツキは首を傾げた。
「?家で見れば良いのでは……。」
「ビデオデッキが無い。」
「ブッ……再生出来ないのにビデオだけ借りたんですか。」
「あ?借りはまだひとつ残ってること、忘れないでよね。」
単純過ぎるミスに吹き出すスズツキだったが、エレンからのギロリとした視線を受けてすぐに両手を上げる。
「わ、分かってます。金がかからないで済むように全力で媚びを売らせてもらいますよ。じゃ、早速行きましょうか。」
「どこに?」
「そりゃ僕の部屋です。ビデオデッキはそこにしかないので。」
「……なるほど。」
リビングを出ると、2階に繋がった階段を登る。
ここでエレンは何気にスゴいことを、いわゆる『おうちデート』とやらをやってのけたのではないかと思った。
あの女でも成功してはいないだろう。
「ねえ、ちなみにだけどさ、この家に誰か呼んだりしたことある?」
「クラスメイトと、アキラさんだけですね。」
優越感に浸っていたエレンは、スズツキが発した後半の言葉にピクリと反応する。
「アキラって……ビデオ屋の?」
「ええ、ビデオデッキを選ぶのと設置を手伝ってもらいました。配線とか機種とかちんぷんかんぷんだったので。」
「あの妹は居なかったよね?」
「はい、そうですけど……?」
「ボンプは?ついてきてないよね?」
「アキラさん1人でしたね。」
「分かった。」
エレンはひとまず胸を撫で下ろした。
監視カメラや盗聴器の存在を疑っていたのだが、それは無いと考えて良いかもしれない。
しかし一応室内の各所に目を配りながら廊下を進んでいく。
そして目的の部屋に到着するとスズツキに続いて中に入った。
内装は彼の見た目に反して漫画やビデオ、プラモデルと趣味で満ち満ちていた。
「ふーん、如何にもオタクの部屋って感じ。」
「それは僕にとって褒め言葉ですね。」
「……別に貶してなんかいないよ。」
「冗談です。」
エレンが室内に足を踏み入れてまず感じたのは、スズツキの体臭を更に濃くしたような特有の空気の匂い。
華奢で色白、男の娘である彼なだけあって、顔を顰めるようなことはなかった。
むしろ自ら鼻一杯に吸い込んでみる。
本当に異性なのか疑いたくなるくらいだ。
「ねえ、何か香水でもつけてる?」
「っ……臭いますかね?」
「いや別に。個人の匂いがするだけ。」
「そ、そうですか……。」
何故かほっと安堵の息を吐くスズツキ。
よく見れば空気清浄機が動いており、窓も開けられていることに気付く。
そんなに体臭を気にするタイプだったのだろうか。
「ま、いいや。早く観よ。」
エレンは他人の身体のことについては深く触れまいとテレビ下に据え付けられた機器について話題を移す。
持ってきたVHSを入れ、電源を点けると、液晶にメニュー画面が表示された。
「流しますよ。」
「うん。」
椅子代わりのベッドに腰を下ろし、始まったサメ映画を鑑賞する。
……が、結論から言うと余り面白くなかった。
B級であるため、低クオリティなのはしょうがないことではあるが、ストーリーのグタグタ感は欠伸を誘発させるものだった。
退屈の余りポケットから端末を出そうとしたところでリモコンを引っ掴み、テレビに向かって停止ボタンを押し込む。
「つまらない。」
「これは何というか……ハズレの方でしたね。」
「ねえ、代わりにもっと面白いのはないの?」
「えっと、僕が持ってるのは……。」
スズツキは本棚の中からビデオの束をごっそりと抜き出してくると、それらをベッドの上に並べた。
「何々……『超時空機動戦艦、大銀河零号:新星篇』、『新装甲機兵エバーズ』、『スペース・アナコンダ』……。」
目に入ってきたのは如何にも興味が無さそうなものばかり。
SFとアクション以外はほとんど見当たらない。
「もっと他に無いの?」
「他と言ってもウチには……。」
「えー……ん?」
「あっ、ちょっ……!」
だがその時、エレンはビデオが並べてあった棚の一部から見覚えのある背表紙が飛び出していることに気付く。
スズツキも同じ方向へ視線を向け、慌てて彼女を制止しようと手を伸ばすも、僅かに間に合わなかった。
「『シャイニング・イット』……良いもの持ってんじゃん。」
エレンが手に取ったのはビニールのパッケージに包まれたままの未開封ホラービデオ。
映画を余り見たことの無かった彼女ですら名前を知っている有名な大ヒットシリーズ、その記念すべき第一作品だ。
それが収録されたVHSを前にしてスズツキの顔がどんどん青くなっていき、首をふるふると横に振る。
態度を豹変させた彼を見て、エレンはしめたと心の中でほくそ笑んだ。
口角が吊り上がらないように注意しながら、念の為の確認をしておく。
「まさかとは思うけど、ホラー苦手?」
「ちょっと……いや、普通に無理です。それも友達に貰ったやつですけど、見ての通り放置したまんまですし……。」
「うん、これにする。」
「……えっ。」
包装を破り、ケースの中から取り出したVHSをビデオデッキへと挿入するエレン。
そして背後で逃げ出そうとしていたスズツキの腕をガシリと掴んだ。
「まっ……待ってください!ホントに無理ですって!」
「そんな怖くないから。エーテリアスと戦えるならこれも観ることが出来るって。」
「あれは対抗手段があるから大丈夫なだけで……!」
「じゃラーメン奢るかこれ見るかで借りは解消ってことなら?」
「それならお金を払った方がいいです!」
力では絶対に叶わないと分かっているにも関わらず、ジタバタと全力で逃げようとするスズツキ。
対してエレンはこのままでは面白く無いと、奥の手を出すことにした。
「全部見たら尻尾触っていいよ。」
「なっ……。」
あれだけ必死に抵抗していたスズツキの動きが途端にピタリと止まる。
そして少しばかり頭を抱えて唸ると、エレンの方へ向き直ってきた。
「……に、二言はありませんよね?」
「ないない。けど、本当に全部観た場合のみだから。1回でも寝たり目を背けたりしたらアウトってことで。」
「やってやろうじゃないですか……ただちょっと準備させてください。」
「逃げないでよ?」
「逃げませんよ。トイレです。」
数分後、スズツキはコップと炭酸入り清涼飲料水、スナック菓子を両手に抱えた状態で部屋に戻ってきた。
エレンは雰囲気作りにと部屋の電気を消し、カーテンも全て閉じる。
テレビの音量も普段より大きめにすると、リモコンの再生ボタンを押し込んだ。
擬似的な暗闇の中、恐怖との長い長い戦いが今始まった。
⬛︎
『キャーーーー!!!』
映画が始まって早20分。
ストーリーの導入が終わり、奇怪な現象が登場人物へ降りかかり始めたところで、最初のホラーシーンが出てきた。
暗い廊下でメインヒロインの女性が振り返ると、そこには怖い幽霊が佇んでいるという比較的典型的な、しかしいざ観ると普通に怖い場面だ。
「いあっ……あっ……!」
スズツキは声にならない悲鳴を上げ、その恐怖から涙目になってしまう。
一方、エレンはというと、いつも通りの済ました顔をしながらポップコーンを口に運び、サイダーをコップに注いでいた。
というより彼女はテレビの方をあまり見ていなかった。
「……やばすぎ。」
エレンの視線が向いているのは斜め下。
隣でプルプルと小動物のように縮こまっているスズツキだった。
『何だこの可愛い生物は』と。
それが彼女の思考の大半を占めており、彼の怯えた泣き顔に可愛さを感じると共に少しだけ嗜虐心が満たされていた。
何か良くないものが心中で芽生えていく。
「せ、せんぱい……。」
スズツキの弱々しい声で我に返ると、既に1つ目のホラーシーンは登場人物の1人を犠牲に終わりを迎えていた。
エレンは慌てて顔をそらし、口端に垂れていた涎を拭う。
「……何?」
「あの……手、握っていいですか……?」
上目遣いも相まってノックアウトレベルだった。
ただ怖がっているところをちょっと揶揄うだけの筈が、予想外の収穫が採れたことにエレンは動揺してしまう。
表情のニヤケを隠すようにそっぽを向いたまま、何も言わずにそっと手をスズツキの横に置いた。
「うぅ……。」
躊躇いも無く、すぐに小柄で温かい手が握り込んでくる。
本人にとっては普通にしているつもりなのかもしれないが、実際は絶対に離さんとばかりに固く握られていた。
エレンは伝わってくる体温と、異性特有の脂肪が少なめな角ばった手の感触に全神経を集中させながら、彼の姿を脳に保管し続けた。
もちろん映画なんてほとんど観ていない。
ただ早くホラーシーンをもっと寄越せと願うのみだった。
「ひあっ!?」
「……ふふ。」
「せ、せんぱ……。」
「何?もうギブアップ?」
「う……ま、まだです……。」
ニタリと悪い笑みを浮かべながら見下ろせば、スズツキは涙に潤んだ目をぐしぐしと擦り、再びテレビの液晶へと目を向ける。
それからも何回かホラーシーンが繰り返され、ようやく敵の出て来ない幕間に入った。
ひとまず怖い場面は無いだろうと胸を撫で下ろすスズツキ。
一方、エレンは悪戯心が芽生えていた。
少し身を屈めると隣のスズツキへ顔を近付けていく。
そして耳元で口を開いた。
「……わっ!!」
「………………!!!!!」
声にならない叫びとはこのことを言うのだろうか。
軽いイタズラのつもりではあったが、効果は抜群だったらしい。
顔がこちらを向き、大粒の涙を蓄えた、彼の怒ったような双眸と目が合う。
「せんぱい……!」
「ぷっ……悪かったって……。」
「むぅ……!」
悔しかったのか、今まで握られていた手が離される。
名残惜しさを感じたが、意外とすぐにその感触は戻ってきた。
『いやぁぁぁーーーーーー!!!!』
「ひいぃ!」
おそらくは映画1番の見せどころと思われるシーンの最中。
今度は手首と手が同時に掴まれた。
「あれ?いらないんじゃなかったの?」
「うっ、うるひゃいです……!」
「必死だね。」
エレンは端末を取り出し、時折りスズツキの顔をカメラに納めていく。
これもまた弄る材料になるだろうと笑みを浮かべていると、遂に物語がクライマックスを迎える。
主人公のみが生き残り、普段の生活に戻ったところで映画は終わった。
……かに見えた。
「ふぅ……やっと終わりっ……!!!?」
「わっ。」
何と最後の最後に化け物が演出として飛び出してきたのだ。
ストーリーとは関係のない、視聴者を驚かせる為の仕掛け。
スズツキはもちろん、エレンまで見事に引っかかってしまった。
「うん、人気なだけあってやっぱり……スズツキ?」
「…………。」
バタンと軽い音が聞こえてくる。
後ろを向くと、見事に気絶したスズツキの姿があった。
⬛︎
「…………あれ?」
瞼を開けると、そこにあったのは見慣れた天井だった。
次に今までの記憶が蘇り、気絶してしまったことも思い出す。
スズツキは試みが失敗したことを理解した。
「はぁ…………ん?」
ため息を吐いていると、自身の頭が何に乗せられているのか疑問に思った。
枕にしては固く、本や箱にしては柔らかいそれ。
手で触ってみるとザラザラとしていて、長さがあることが分かった。
「すぅ……すぅ……。」
横を向いてみると目に入ってきたのはすぐそこで寝息を立てているエレンの背中。
パーカーの下から生えている尻尾がこちらまで伸びており、それが枕の役割を果たしていた。
「先輩……!」
スズツキは現状を理解すると、身体を起こした。
「これ、触っていいってことですよね……?」
好奇心には抗えず、そのままサメ肌を触ってみる。
ザラザラとした、反対に撫でるとツルツルとしたそれは生物特有の有機的な柔らかさを持っていた。
背びれや尾びれなど他の部位にも手を伸ばしてみる。
「へぇ……やっぱり人間とは違うんだ……。」
「ひゃっ……!?」
観察を続けていると、尻尾の一部、サメで言うところの下腹部に触れたところでエレンの甲高い声が聞こえてきた。
続けて触れば同じような声が漏れ、今まで沈黙していた尻尾が急に動き出す。
尾びれが浮き上がり、べちんと軽く頬を叩かれてしまった。
「うべっ……!?」
「ほんっと馬鹿、変態、デリカシー皆無。」
「す、すびばせん……。」
「もう……。」
エレンは腰を上げるとドアの前に立った。
「まあ、今日は中々に面白かった。ありがと。」
「ま、待ってください。もう帰るんですか?」
「そりゃもう遅いし……あ、もしかして1人になるのが怖くなった?」
「いや……そんなわけ……。」
図星だった。
カーテンの隙間からは赤い光が差し込んできており、あと1時間もすれば空は真っ暗になるだろう。
タイミングよく親も今晩は帰って来ない。
スズツキはどうにか引き留められないかと部屋を見渡し、ビデオデッキの上に置いてあったゲーム機を視界に捉えた。
「そっ、そうだ!次はゲームで勝負しましょう!」
「怖いなら素直に言えば?帰らないでって。」
「か、勝ったら何かしますから!」
「はいはい……しょうがないんだから……。」
スズツキの必死な表情を前に、エレンはやれやれと言いながらも嬉しそうな笑みを溢しながら再びベッドへと腰を下ろした。
彼がゲーム機を引っ張り出すまで待っていると、ふとあることが思考の中に浮き上がってきた。
エレンは自然とそれを聞いてみる。
「アンタさ、あの女はこの家には来てないって言ってたけど、映画自体を一緒に観たこととかも……無いよね?」
「えっ、いやまあ、ビデオ屋で何回かは……。」
「へぇ……ふぅーーーん。」
途端にぶすーっと不機嫌な表情になるエレン。
尻尾も今まで高い位置でゆらゆらと嬉しそうに揺れていたのが、ピタリとその動きを止めた。
一方、スズツキはそれに気付かないまま言葉を続ける。
「ただその……ホラーを観たのは先輩とが初めてですね。僕、さっきみたいにどうしても泣いちゃうから恥ずかしくて……。」
「……ったのは?」
「えっ?」
「最後に異性と手を握ったのは?」
「フォークダンスをカウントに入れるのなら比較的最近です。」
「……そ。」
エレンは心のどこかでホッと安堵の息を吐いた。
無意識のうちに渦巻いていたコールタールのような、嫉妬を含んだドス黒い感情が引いていく。
更に数秒もすれば完全に元に戻っていた。
「えっと、それがどうかしましたか?」
「なんでも。それよりマリオットカートしよ。」
「……良いんですか?僕にマリカを挑むと後悔しますよ?」
「大丈夫、その時はクラッシュブラザーズでボコボコにする。オンラインガチ勢を舐めないで。」
「勝ったらまた尻尾触らせてください。」
「負けたら夕飯奢ってよね。出前のピザが良いかな。」
コントローラーを握り、テレビの前に並んで座る2人。
それからは画面上での熱い戦いが始まった。
3時間後、スズツキは爆死した。
⬛︎
『畜生、まさか全敗するなんて……あむっ。』
『んぐ……もう……ほら、少しだけだよ。指の油を拭いてからにしてよね。』
『まじすか!?やった!』
『んっ……手付きがやらしい……///』
[以上が全ての盗聴記録です。]
「……フェアリー、脳が破壊されそう。」
[だから言ったのです。早く直接誘うべきだと。]
「うぅ……しょうがないじゃん!情報を洗い出すのに忙しかったんだし、ビデオ屋の経営と依頼もあったんだから……!」
[貴女のその行動力には感服します。ですがその意欲をデートの誘いに向けてくれると尚よろしいかと。]
「悪かったね!ヘタレで!」
[では今後どうするおつもりで?今までの調査で『ヴィクトリア家政』の概要や構成はおおよそ掴めました。拠点も市内だけで既に11箇所発見しています。殴り込みでもかけますか?]
「そうしちゃおうかな……正確には売り込みだけどね。じゃあさ、次にスズツキ君が呼び出されるのはいつだと思う?」
[先日、『ヴィジョン・コーポレーション』の筆頭株主がヴィクトリア家政に接触していました。組織へ何らかの依頼が舞い込む可能性は非常に高いかと。]
「へぇ……前に情報屋さんが言ってたやつだよね。例の旧エリー都再開発プロジェクト。ホロウ内で発破を手伝わせる気かな?」
[いいえ、そちらではなく……。]
「知ってる。『要警戒エーテリアス』だよね。まさに私の力が役立つ場面だよ。スズツキ君を完璧にサポートして、彼に感謝されて、そこから更に仲良くなって……ぐへへ……。」
[マスター、貴女は年頃の女性であることをもっと自覚してください。相手に引かれますよ?]
「はいはい分かってますよーだ……ふぁ……じゃ、引き続き監視をお願いね……夜更かしは美容に悪いから……。」
[はい、おやすみなさい。マスター。]
「おやすみ、フェアリー……あ、そういえばだけど、電力会社への侵入は出来た?」
[問題ありません。今月の電気使用量を先月の請求料を元にした値へと改竄済みです。費用はかなり抑えられるかと。]
「痕跡は?」
[残っていません。万が一、いえ、京が一に間違っていることに気付かれてもあちら側のミスとして処理されるでしょう。]
「ありがと。まあ、今だけだから。」
[はい、是非ともそうして下さい。何度も使える手ではないので。]
帰りの電車内)
エレン(やっぱりあれは早く手に入れないとマズい。また他の雌に気付かれると絶対面倒なことになる……うん、次からはもっと攻めよう。リナに薬を頼んでみるのもアリかも……。)
『Random Play』2階)
アキラ(今月の電気代……あれ?フェアリーがフル稼働してた割には低いぞ?まあ、十中八九何かしたんだろうけど……お兄ちゃんは何も見なかったことにします。もやし生活は嫌だし。)
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