魔法少女規格交流編   作:三色団子13

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前日譚 その12

 

 鉛色の雲に覆われた空の下、巨大な鉄の船が海洋を突き進んでいた。波飛沫が立ち昇る中、まるで揺れを感じていないかのように、甲板に一人の少女が立っている。若草色の長髪が風で暴れるよう靡く。しかし少女は、ソレを気に留めずに独り重たい空を静かに眺めている。

 

 少女、沼野緑(ぬまのみどり)は一昨日、告げられた事実に、いまだに心の整理をつけられぬままでいた。それは、自身にとって恩人と言え、魔法少女として生きる指針である恩師のような人である青川のぞみが、人類の敵になったという知らせだ。

 

 緑としても情報の精査はした。そして、カルミア・マイヤーズから告げられた真実は事実であり、『魔法少女』として生きる事を決めた緑に、人類滅亡という未曾有の事態に、静観を決め込むなどという選択肢はない。だからこそ緑は、この連合軍の護衛船に乗っている。残り数日で彼女は、この空を越えて宇宙へと行く。人類の敵、ペイルライダー、恩人である青川のぞみとの戦いに向けて。

 

「……のぞみ先輩」

 

 呟くように声が無意識に漏れた。灰色の空は今の自身の気持ちを表しているようだった。ふと、緑は指先を胸部の球体へと触れさせる。それは緑が魔法少女になる為のモノ、彼女の胸部には球形のコアが取り付けられている。1年前に、カルミアの策略によって連合軍が壊滅の危機に瀕した際、自身も瀕死の重傷を負い死にかけていたが、魔法少女として戦う為に、コアを自らの心臓として取り付けたのだ。

 

 そうして、起こったのは『奇跡』だった。連合軍にぶつけられた大群となった魔獣の侵攻を、一人でどうにかしてしまう程の奇跡を起こしたのだ。そして、カルミアとの対決を持って勝利し、緑は多くの命を救ってみせたが、連合軍は彼女を危険な存在として捕え投獄させた。しかし、それは無理もないだろう。下手をすれば世界が、根本からひっくり返る可能性のある力を得た。一個人が得ていい力とは言えない。即刻に処刑となっていても不思議ではなかった。

 

 だが、緑は今日まで生かされ。そして、今、自身が魔法少女としての道を歩むきっかけをくれた人を殺さなければならない任務に就こうとしている。そうしなければ、多くの命が失われる。それは、緑にとって看過できないのだ。──魔法少女とは、希望なのだ。その希望の象徴とも言える存在が、絶望を前に何もしないなどあり得ない。それが、戦いたくない相手だろうと。逃げることも出来ただろうが、沼野緑は、此処にいる。

 

「……はぁ」

 

 しかし、それでも重たいため息が止まることなく漏れる。頭では分かっても、心はどうすることもできない。そもそも、こんな事態など、誰が想像できるというのか。幾度目かのため息の後、緑は、自分に近づいてくる気配を察知して振り返る。

 

「あまり長いこと潮風に当たるのは良くないわよ」

「…………師匠」

 

 思いがけない人物からの声かけに、緑は後退りするが背後の手すりがそれをさせてくれなかった。目の前に現れたのはリズエアだった。

 

「久しぶりね」

「……」

 

 緑にとって数年ぶりの再会だった。自身に魔術と戦闘技術、それ以外にも多くの事を教えてくれた2人目の師と呼べる人物である。幼い頃に出会い、一方的に師と仰ぎ師事していた。家族も帰る家も何もかも失った緑にとって、十年以上一緒に生活を共にしていた師匠というよりも家族と言える人だ。

 

 リズエアは緑に、魔法少女として生きていくことを認めてくれなかった。自分自身、適性がなかったこともあったが、それでも認められたいと思っていた人からの諦めろという言葉を、年若い緑には受け入れられず、喧嘩別れしてしまった。

 

 それもあって会いたくなかった。そもそも、二度と会えないのが決まっていたというのに……。

 

 だから、どうしたらいいのか分からずに、リズエアに視線を向けたまま、固まってしまう。

 

「身体は大丈夫なの?」

「……だ、大丈夫です」

「ごはんは?」

「……食べて、ますよ」

「少し背が伸びたかしら?」

「……ええ、ちょっとだけ」

「髪はちゃんと手入れしなさい」

「……あの」

「それと、寝る時お腹を出す癖は直ってるの?」

「……いや、師匠?」

「……………………皆を救ったと聞いたわ」

「!」

 

 リズエアは言って緑の両頬を優しく両の手で触れる。

 

「色々、言いたいことが山程ある。……それでも、これだけは先に言うわ。よく頑張ったわ緑。貴方を……私は誇りに思う」

「……し、師匠……わ、私は」

 

 緑の視界が溢れる涙で歪む。色々言いたいのは緑もだった。本当はすぐにでも謝りたくて仕方がなかった。自分の為を思って言ってれていたのも分かっていた。分かっていて分かりたくなくて、離れてしまった。ずっと後悔していた。だから怒られても仕方ないと。だけど、リズエアは真っ先に言ってくれた。「頑張った」と「誇り」だと。

 

「心配したのよ緑……生きてくれて……本当によかった」

「あ……ああッ!! ……ごめ゛んなさい!! ごめん、なざいッ! あ゛い゛……会゛いだがっだよ゛ォ゛師゛匠゛ーッ!!」

 

 限界がきて緑はリズエアの胸に飛び込むと、堰を切ったように泣き出した。リズエアは、それを受け止め、しばらくの間、年相応に泣きじゃくる緑の頭を撫で続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません師匠、服が」

「気にすることなんてないわ。もう大丈夫かしら?」

「はい……わっ!?」

 

 気恥ずかしさから視線を横にズラした緑の視界が青い布に覆われる。驚いて布を掴むと、それを確認した。

 

「あ……マフラー」

「うん、やっぱり緑にはマフラーがよく似合うわ」

「師匠」

「サイズもいい感じね? 久々に編んだからどうかしら?」

「えへへ、最高ですッ!!」

 

 カルミアや魔獣との戦闘で失くしてしまった。幼少期にリズエアからもらった大切な物だった。それが、再びリズエアから緑の首に巻かれる。前のと同じ薄い青緑色のシンプルなマフラーだった。

 

「……貴方にとって、これから行われる戦いは辛いものになる。でも貴方は戦う事を決めた……なら、私から言うことはない。魔法少女として、一人の兵士として……緑、貴方の力を貸してほしい。私と戦ってほしい」

「! ……師匠」

「カッコ悪いわよね。勝てないからって弟子に助けを求める師なんて」

「そんなことありません!! 師匠は何時だってカッコよくて私が憧れた先輩たちのような凄い魔法少女ですッ!! ……だから、私に戦わせてください!! 師匠やみんなとッッ!!」

「……。なら──沼野緑、貴方に命じます。世界を救いなさい!! その奇跡をもって救ってみなさいッ!!」

「はい!!」

 

 

 

 灰色の空に、力ある声が響き渡る。奇跡の魔法少女の瞳に光が灯る。

 

 

 ペイルライダー殲滅作戦まで、──残り七日。

 

 

 




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