「もっとや!! もっとスピード出さんかい!!」
現在、アマノイワトまで戦闘機を使って高速で移動を行なっている二人は焦っていた。司令部の通信から聞こえてくる惨状は、誰しもが耳を塞ぎたくなるようなものだった。一瞬にして多くの命が消えたのだ。冷静でいる方が無理と言えた。
『最前線まであと四百八十ニ秒』
「遅すぎるわ!! もっと根性みせぇ!!」
無人機からの返答にリカの平手が飛び、根性論が展開されるが、無理なものは無理であった。
「一分もかからず、最前線の部隊は壊滅している……このままではアマノイワトから抜け出したペイルライダーが作戦域から離脱してしまう」
『前方より高エネルギーを感知、回避します』
「な、なんや!?」
「ッ!?」
一秒前までに戦闘機がいた場所に黒い閃光が駆け抜けていく。その光景に二人は戦慄する。視認すらできない距離から此方に攻撃をしてきたのだ。無人機のレーダーが察知していなかったら、既に二人は死んでいた可能性もあった。
『断続的なエネルギーを感知、回避行動を継続します』
「ルージュッ!! 捕まっとれよぉ!!」
警告から数秒も経たずに、第二、第三、第四、と地平線の先から死の矢が射られた。無人機は、捕まっている二人をまるで気にすることなく正確に矢を避けていく。だが、その数は一秒ごとに数を増やしていった。そして、回避から五十ニ秒経過で限界が来た。
『──回避困難と判断。よって搭乗者両名の緊急射出を実行します。お二人とも幸運を』
「なんやて!?」
「教官!!」
両翼に取り付けられていた射出装置が作動し、パージされたブースターが点火して、二人が空へと飛び出していった。リカが背後に視線を向けた瞬間には戦闘機は、黒い閃光に機体を貫かれて轟音と共に爆ぜた。
「ルージュ!! ──走れ!!」
「はい!!」
戦闘機を破壊した後、二人を狙ってさらに数が増える。矢のように迫ってきていた矢は、地上に降り立った二人にまるで雨のように降り注ぎ、容赦なくその生命を狙ってきていた。
「この程度でウチら殺れる思うなや!!」
──駆ける。リカが、地面を蹴り上げて前に飛ぶように突き進んでいく。その背後を矢が落ちていった。しかし、前線にいるペイルライダーは学習するように徐々にリカの動きに合わせて矢を飛ばしてきていた。現にリカは、数秒後には回避の為にジグザグに移動するのを余儀なくされる。
「くっそ!! (明らかに学習してきとる!! 死の概念である奴は相手を殺せるように進化しよるんや!!)」
このままいけば、何処かで詰む。焦りがリカの思考に雑念を生ませる。そして、それは、この場合において致命的といえた。
「くっ!!」
リカの進路上の地面に矢が飛んできた。それによって地面が爆ぜて、リカを叩きつける。咄嗟に横に飛ぶが、そこへ狙いすました用に、黒色の閃光が飛んできた。既に回避は不可能と言える。眼前に迫る死が、リカを襲う。しかし、彼女は不敵な笑みを浮かべた。
「──
「──ッ!! ルージュ! 助かった!!」
────不可避の一撃は、遥か後方で着弾した。
「流石! ローズ家当主様やな!!」
「教官、私は元当主です」
「そういうなや、おかげで命拾いしたんや!!」
「教官!! ここからは私が先導します。私が触れられる位置に常に居てください!!」
言うやいなやルージュはリカと共に遥か先に瞬間移動して見せた。ペイルライダーの閃光はルージュたちを捉えることが出来ずに全て後ろの方に落ちていく。
ルージュ・ローズは時空間魔術のスペシャリストである名家、ローズ家の長女であり、ホワイト・ローズの実の姉だ。彼女はホワイトよりも魔術に長けた者ではなかった。それは彼女の魂に刻まれた術式の刻印は零だからだ。
聖遺物の模倣である魔術は、生来、生まれた瞬間にその才能は決まる。精神体とされる魂に刻まれる術式は最大で六つまで、そして、後天的に術式を肉体に直接刻む事で得られる術式は六つ、つまり人一人が持てる最大数は十二個である。ならば誰しもが魔術師になれるのだろうか? ──答えは、否だ。
後天的に肉体に術式を刻むことは、自殺と何なら変わらない行為だからだ。故に、行った者の九割は刻む途中で絶命する。耐えられた者は運が良かっただけで、その術式が、偶々自身の精神体でたる魂に合った為に起こった奇跡である。
つまり、ルージュはその奇跡を六回起こしたのだ。いくら魔術師としての血筋が強くとも、刻印を刻む行為は普通ならばしない。それが可能だったのは、彼女の肉体が常人の三倍も強かったからだ。
カルミアが言うにはルージュは人を超えた者、超人と呼ばれる人類の進化の行き着いた先が彼女であるらしい。そして、沼野緑や他のカルミアの私設部隊全員が超人である。人体の五感が発達しており、まるで漫画のヒーローような超人的な能力を有している。
そして、ルージュはとりわけ触覚が鋭敏であり、失われた脚の代わりの義足や腰に取り付けられたアームデバイスを、自分の肉体と遜色なく操れるのも、彼女の超人てしての能力ゆえだ。
この生来の肉体強度をもって、彼女は六回の奇跡を起こしてみせた。そして、手に入れたのがローズ家の悲願とも言える時間停止の魔術、いや魔法の行使だ。聖遺物の模倣から脱却する事を目標に掲げる魔術師にとって、ルージュ・ローズは完成された存在であった。
──事故によって両足を失うまでは。仲間の裏切りで脚を失い。カルミアによって新しい脚を得て。そして、現在、彼女は沼野緑に取り付けられたボルテックスコアの共振効果によって、喪ったはずの魔術を行使する。
「───『時よ止まれ』ッ!!」
静止された白黒の世界で、ルージュだけが自由であった。