色を失い空気中の塵すら静止した時の中を、ルージュはリカを抱えて移動していた。彼女の術式によって起動されたこの停止時間は、ルージュの体感時間で七秒ほど、五体満足であった頃よりも二秒も上回っている。これは偏に、両足を失ってしまった後にも彼女が肉体と精神の鍛錬を欠かさなかった為だ。
『楔』の刻印はこの世界に自らの肉体をもって打ち込める楔そのものだ。それによってルージュの身体に突き刺さった鎖は、それが世界の動きを止める為のものである。同時に肉体への負担は著しい。そのため、時間停止の使用後には二秒間の間隔を必要としている。つまり連続での使用はできないということだ。
「……(姿すら見えていないというのに)」
眼前に広がる光景にルージュは血の気が引いていた。時間停止にあってもこちらの動きを予測し、進路を的確に塞ぐようにエネルギー弾は遥か先から向かってきていた。
「(もし、この魔術が使えていないと思うとゾッとするわね)」
胸元で緑色の粒子を吐き出す自身のコアと、その上に被さるように取り付けられたボルテックスコアをみた。自身が魔術師として魔術を行使できるのはこれのおかげだ。ルージュは自分たちの作戦が成功することを祈っているであろう緑に深く感謝した。
「……必ず成功させるわ。待ってなさい緑!」
──七秒経過。白黒の世界が一瞬で色を取り戻し、全てが動き出す。着弾するエネルギー弾がルージュ達がとっていた進路の後方を吹き飛ばす。そして、次が来る前に再び、七秒間の時間が止まった。
「……(いける……このままいけば奴の所まで!!)」
そして、四度目の時止めを実行しようとしたルージュは刹那の時、思考が止まった。
迫りくるエネルギーは地平線全てを蹂躙するように隙間なく空間を埋めて迫ってきていたからだ。──避けられない。ルージュが出した答えだった。
「ルージュ! 止まるんやない!! 進めぇッ!!」
ルージュはリカの声に頭より先に身体を前に進めていた。視界には黒い壁、自身を容易く死に追いやるには十分だった。
「出し惜しみなんてせんッ!!」
リカが跳躍し着地点に向かって振りかぶると地面を殴りつけた。ガイアハートに取り付けられたミストモデルの補助魔力管が中身をリカに注ぎ込み、爆発的な魔力が生まれる。
同時に、二人が立っていた地面が隆起する。ガイアハートに刻まれた術式が起動し、大地そのものを操作してみせたのだ。黒の壁が南極の大地にぶつかって消滅する。圧倒的な大陸の大地が物量で押し勝った。
リカは更に地形を変えて、自分たちの進路を創り出していく。そうやって二人は更に駆ける。時間を止め、大地を操作して道を作りながら、着実に二人は目的地まで近づいていった。
そして、二人の前に目標であるペイルライダーの姿が見えた。
「……ッ!!」
二人も前線の状況は理解したいたが、理解していたよりも遥かに現実は目を覆いたくなる程の惨状と化していた。前線を維持していた部隊は壊滅状態だった。その殆どが人の形をしていない。
生き残りもナユタの巫女が張っている結界の要となっている巫女たちだけだ。それでもその大半が結界を張った時の姿勢のまま絶命している。そして、二人の現着を確認した生き残りの巫女たちが黒い渦に飲まれて爆ぜた。
ペイルライダーを抑え込んでいた結界が崩壊する。溢れ出る死を内包した魔力の渦が嵐のように吹き荒れる。空が、大地が死んでいく。肉体を枯らし心を蝕み生命を刈り取る死神が放たれたのだ。
青白く、ズル剥けた皮膚が垂れ下がり、馬のような形をした身体があった。その上に人の髑髏が鎮座している。その眼窩からは絶えず黒い泥が溢れて、流れ落ちた泥は地面を殺す。
怒りに満ちていた二人の感情が一気に冷静さを取り戻す。これは感情に飲まれていい相手では決してない。寧ろ、感情を削ぎ落とす必要すらある。──恐怖に飲まれることは死を意味すると本能と理性で改めて理解したからだ。
────そして、最後の疾走が始まった。
佇んでいた髑髏が向かってくる二人を、視認した。