白薔薇
ホワイト・ローズは数秒ごとに送られてくる計画の進捗報告と他方面へと呼び掛けた協力要請の芳しくない返答に呆れ果てて、頭を抱えていた。
連合国軍日本支部の長、ホワイト・ローズ総督であり、ドイツが誇る名門魔術師ローズ家の魔術師、次女ではあるが当主の座につき、時空間魔術のスペシャリストとして名を馳せている。そんな連合国軍の総督と言う立場と名門魔術師の家系の現当主の二足の草鞋履く者、──それが、彼女。
何故、彼女は頭を抱えているのか? それは、現在、連合国軍は混沌の極みへと陥っているからだ。
一週間前に行われた人類対魔獣。その最後の決戦へと赴いた連合国軍の切り札とも言うべき魔法少女、青川のぞみの戦死。そして、出現した異形の怪物。連合国軍は、それを『ペイルライダー』呼称し、人類の新たなる脅威として、様々な準備を進めている最中であった。魔獣という脅威をなんとか取り除いた矢先に、今度は新たな脅威が生まれるという事態。しかも、その危険度は魔獣を遥かに凌駕するもの。
国連軍は、何としてでもペイルライダーを打ち倒さねばならない。青川のぞみを触媒に現界した神話級の怪物、死を概念に持ち、重篤な汚染と呪いを振りまく概念的存在。彼女専用の魔法少女規格であり、魔法少女モデル、ヘブンズハートアズールの基本構造として組み込まれたる死の概念武装であるアルスフィオン。あれが人類の生存圏へと入れば数千万規人模の死は避けては通れない。
人類に忍び寄る滅亡の二文字は、既にその首に手をかけられているような状況だ。
「アライアンスもユニオンも不干渉を決め込むなんて……あいつら人類滅亡の危機を理解していないの?」
数時間前に監視を厳命していた隊員二人のうち一人が死んだ。もう一人はナユタ・アマネによって救助されている。魔法少女の防護機構であるバリアコーティングを一撃で撃ち抜くような化け物。それに死の汚染の影響もある。生き残った隊員と遺体にも軽度の汚染侵食があり、現在は隔離病棟で治療と汚染処理を受けている。
「浄化能力のあるモデルは限られている。正面から対峙できる部隊の編成が急務。しかし、現状は圧倒的に数が足りない」
頭の中で様々なプランを立ててみるものの、どれもこれも、前提として人も時間も、何もかも足りない。そもそも、あの怪物を相手にできる魔法少女が兵器が軍に存在するのか、聖遺物での封印も効果がないとくれば、最早お手上げといえる。ナユタ・アマネを、単独で討伐に駆り出すのは危険が過ぎる。アマネが敗北するとは思っていないが、万が一のことがあっては今後の連合国軍の立場はかなり悪くなる。
残された時間は一週間とない。これは、アマネから報告を受けていたアマノイワトでの封印の現界による滅亡へのタイムリミットだ。
「苦労しているようね? ホワイト総督」
「リズエア博士!!」
ホワイトが執務室の机に身を乗り出すように立ち上がる。扉を開けて入ってきた人物、リーズ・エア・トゥルースこと、リズエア博士。あの青川のぞみと共に数多の戦場を駆け抜け、多くの魔獣を葬った生きる伝説とも言える四騎士、その一人だ。
昔、幼少期に夢物語の様に聞かされた四騎士の話は、今でも彼女の心を踊らせるのだ。今では軍部の研究開発の責任者となり戦いから一線を引いていて、総督であるホワイトの指揮下にいるが、今でも青川のぞみと同じく、ホワイトが心から尊敬する人物である。故に彼女が総督という立場を忘れて舞い上がるのも仕方ない事なのだ。
「アライアンスとユニオンはどうかしら?」
「不参加です。再度、協力を呼びかけていますが……厳しいでしょう」
「……そう、でもそう気落ちすることはないわ。ナユタは兎も角、ドイツの複数の部隊から作戦に参加すると通達があったわ」
「本当ですか!?」
──ドイツ。ホワイトが生まれ育った故郷、欧州でも屈強な魔法少女部隊がいる強国だ。今回の作戦に参加してくれるのは非常にありがたかった。ローズ家が他の家とは交流が殆ど無いため、申請しても首を立てには振ってくれないだろうとホワイトは考えいたが、先にリズエアが呼びかけてくれていたようだ。
そうとなればと、彼女の頭の中で実行不能と切り捨てた作戦がいくつか再び浮かび上がる。早速、新たな計画案を作ろうとデスクの端末を起動させて書類データを作成する。
「それと、私も前線にでるわ」
「……はい?」
ホワイトは自身の耳を疑った。聞き間違いかと思いリズエアに視線を向けてみるが、本人は真剣な眼差しで此方に視線を向けている。
ホワイトも、リズエアが前線に出るのは正直に言えば心強かった。伝説の四騎士の一人が、戦場に赴くとなれば部隊の士気は高くなる。しかし、それだけで済めば良かったがリズエアは更にと口を開く。
「もう一つ、海底牢獄にいるカルミア・マイヤーズに面会をしたい」
「だ、駄目です!! あいつは危険すぎます!」
「……ミストモデルに使用されているOSのロックを解除できるのは彼女だけよ。現行の第2世代モデルにはペイルライダーが振りまく死の汚染を中和できるだけの除染機構は搭載できない。搭載できたとしても、それだけでOSのマギデータを圧迫して基礎の術式すら組み込めない。そうなれば魔法少女達を丸裸で戦場のど真ん中に放置する事と変わらないわ」
「──うっ、ですが」
ホワイトは引き留めようと説得の言葉を考えるも、絶対に折れることはないだろういうリズエアの頑固さを理解している。彼女の青紫色の瞳には出会った時から変わらない強い意志が宿っている。
「…………」
「……はぁ、分かりました。──で・す・が! 護衛はつけてください。今までに看守一名と尋問官の二名が、カルミアとの会話によってテロ行為や情報漏洩を企てようとした事がありますので」
「カルミアは、昔から人を引き付ける力を持っていた。それこそ意のままにする事だって彼女にとっては簡単な事でしょうね」
「分かっているのでしたら、細心の注意を」
「ええ、勿論」
言ってリズエアは足早に執務室から退出する。直ぐにでもカルミアの面会を取り付けるのだろう。
「はぁ……、あの人は行動力がありすぎる」
元々、様々な戦場を渡り歩いてきた歴戦の戦士だ。研究者としておくのは、寧ろ勿体ないくらいの人物なのだ。ホワイトは上等な椅子に座り直してから、別の携帯用端末を使って、リズエアの護衛に付かせる人物をピックアップする。
「……やはりナユタから人員を割きましょう。うちでは洗脳の危険性がある」
今回のペイルライダー討伐作戦においてナユタは積極的に人員を派遣してくれている。カルミア・マイヤーズの様な魔性を秘めた存在に精神を折られるような者はナユタという組織にはいないだろう。
そもそも、そういった心の弱い手合は、あの組織では生きてはいけない。ホワイトは、それをナユタの巫女や神官と関わることで理解していた。
あの組織は、絶対的な縦社会を構築した上で相当な実力主義。彼らは戦場で死ぬ事を恐れることはなく。その意志を上位の者へと捧げる事で死の恐怖を感じることの無い様に教育を受けている。
そうした倫理観を無視して身内で蠱毒を行い周囲の事などお構いなしに、人類守護の名目で闘ってばかりの狂人連中が大半を占めている。故に敵対者が馬鹿げた数いる。
年がら年中、あらゆる呪詛師に呪われていて、近年では血を受け継がせる事が不可能となる種絶の呪いまで受けている始末だ。そうして行く内にナユタの人間の大半が離反している。しかし、それでもナユタは常にあらゆる組織の上にいる。それは何故か───。
「──ナユタ・アマネの存在があってよねぇ」
ナユタの異端児、最強の巫女。ホワイトは、初めてアマネと邂逅した時の、あの燃え盛る憤怒の瞳と目があった時、心の底から恐怖を感じた。そう、アレと敵対するのだけは絶対にあってはならない。味方にして置いておくのが一番良い。ナユタ・アマネが居るからこそ、ナユタは全ての組織のトップでいるのだ。
「……今、動かせそうなのは……しるす……シルス?」
デスクから投射される空間ディスプレイのデータからまだ年若い神官の少年の顔が表示される。ホワイトは、それを物珍しそうに眺める。ナユタは基本実力主義だ。ならばこの少年は有能なナユタの神官と言えるが、ホワイトは首を傾げた。
ナユタ・シルスと表記されたプロフィールには簡単な身体データくらいしか表記されておらず、これまでの経歴などは一切が不明となっている。
そこでホワイトは、この少年をナユタが創り出した人造人間辺りと予想する。それならば過去の経歴など無くて問題はない。
「結構な数の神官は過去の経歴ないものねぇ」
げんなりとして、指を動かして他の項目を確かめていくと、現在はナユタ・ハレルという巫女と行動を共にしていることが分かった。
ハレルという少女の方は、先程のシルスと違ってある程度プロフィールが記載されている。それを、サッと読み込み、ホワイトは、この二人にリズエアの護衛に付けることを決めて、ナユタにメールを送る。
そして、メールが転送された事を確認すると、ホワイトはリズエアが言っていたドイツの部隊員の資料を空間ディスプレイへとデータ広げる。個々人の人物像把握すると、人員を適切に配置していく作業に入った。
今だに感じる濃密な死の気配、ホワイトはそれに臆することなく。自分自身に与えられた責務を果たすべく持てる全てをもって、体を、脳を働かせる。時間は限られている。諦めることも許されない。
「必ず勝つわ……必ず……」
秒針は止まることなく進み続ける。行き着く先は、────
────今は誰も、その結果は分からない。