一心同体
「さぁ、反撃ですッ!!」
ハレルとシルスは、二人で一人の存在である。これは、文字通りであり、二人は肉体と精神を分け合っている。
この世界に来て、瀕死の重傷を負ったシルスを死なせない為に、ハレルは自身の肉体と精神を分け、同化する事でシルスをこの世界に留めている。現在では紆余曲折あって分離させてはいるものの、未だ二人の精神は繋がっている。それはつまり、どちらかが死ぬという事は、もう一方も死ぬ危険性がある。なら常に一体化した方が安全なのだが、そうもいかない。
ある敵との戦いで死力を尽くして戦った結界、常に同化しているのは、シルスにとって非常に危険な作用を及ぼす可能性がある為だ。故に、この同化状態での長期戦は現状できない。
「シルス、分かっていると思いますが速攻で行きます」
「(ああ、だが気をつけてくれ。正直かなりやるぞ)」
「ええ、それは見れば分かりますよ。正面切って立っているだけでもかなりキツイです」
ハレルは、愛理を中心に渦巻く魔力の奔流を見て、内心焦りを感じていた。外にいるカルミアが合流する前に境界線に道筋を作り、シルスが穴を開けたことで、何とか侵入できたが既に穴は消えている。考えるに、結界の維持を別に移したか、自らが請け負ったか。しかし、自身に引き継いだとして、この魔力の密度は異常と言えた。術式本体の元来の魔力量か、それとも、呪物による底上げによるものなのか。
どのみち、真っ向勝負は本音を言えば避けたいところだ。
ただでさえ此方には時間制限もある。ハレルは先程から俯いている愛理の出方を伺う前に、宣言通りの速攻、電撃戦を仕掛けて一気に終わらせる為に駆ける。
コア内のマギデータから二振りの短剣を取り出して、逆手に握り締めると駆け出した。シルスからバックアップを常に受けている今のハレルは、刀身に『崩壊』の術式を付与している。
愛理でも簡単には動かせなかった机の山を短刀の斬り上げで縦に引き裂き分解させると、そのままの勢いで、愛理の身体に目掛けて短剣を振り抜く。しかし、それを愛理は握っていた包丁で迎え討つ形で上から叩き折ってみせた。『崩壊』が付与されているとは言え、その術式効果を発動するには、対象物を切りつける必要がある。その為、軌道を見切り刀身を折られれば『崩壊』は発動しない。
「……ッ!!」
「キャア!?」
ハレルは短剣が折られると同時に、愛理に蹴りを叩き込んだ。勿論、魔法少女モデルを身に纏うハレルの蹴りを受ければ、普通の人間なら潰れたトマトとなって壁のシミになるだろう。
モデルに搭載された基本機能、
あっさりと食らった愛理に、二人が疑問に思うが追撃を優先して、追いかける様に廊下に躍り出た。廊下には、木片やガラスが散乱しており、その中に大の字になって倒れている愛理がいた。
「(……死んだふりか?)」
「………………ねぇ?」
底冷えする程の殺意が膨れ上がり、ハレル達を突き刺す。
「…………何でしょうか?」
「……貴方、誰? ……というかシルスのなに?」
「…………ハレルといいます。ナユタ・ハレル……シルスとは、まぁ言ってしまえば相棒、戦友とかそういうのですかね?」
「(いや、律儀に答えるのかよ)」
「戦友? ……私は奥さんですけどォ──ー!?」
「……シルス?」
「(まて、俺は寧ろ被害者だぞ)」
「許さない許さない許さない許さない許さない!! 死んで! 今直ぐに! 刹那でェ!!」
金切り声を上げて絶叫する愛理は、渦巻く魔力を操り無数の包丁を生成させると容赦無くハレルに向けて射出する。校舎の壁を貫通さて破壊していく様は、ミサイルのようであった。
無論、そんなものに当たるわけにはいかない。魔力の流れを読んでいたハレルは強化された足で、包丁が飛んでくる前に窓を突き破って刃の嵐から逃れる。
「凄まじいですねぇ……速攻を、と言いましたが、あの溢れ出る魔力がまるで鎧のようになっていて生半可な武装や術式では貫通出来ず、無駄に消耗するだけですね」
「(ならどうする?)」
「このままだと中途半端になるなら……文字通り一撃必殺ですよ。シルス合わせてください!」
「(ああ!)」
怒りと嫉妬、それらが感情の赴くままに放たれ、発露の発生の原因である泥棒猫を徹底的に切り刻むべく。破壊の轟音が暗闇の空間を蹂躙していく。創り出された校舎は尽く吹き飛び、飛び散った瓦礫が砕かれては、周囲を砂埃で埋めていく。
「ねぇ! なんでどうして!? なんで当たらないの!!」
感情的になってしまった事で錯乱してしまった愛理は、無闇矢鱈に包丁を飛ばす。彼女の感情に応える様に破壊力は上がっていくが力任せで倒せる程、あの二人は甘くはない。
故に、いとも容易く懐に入りこまれる。
「術式起動、『造物』『同化』──アクセス、『夢幻』──耐えられるなら耐えてみてください」
「え? な、なにッ!?」
ハレルの胸元に取り付けられたコアから膨大なエネルギーの奔流が溢れ出した。それは一瞬で愛理を、眼前にある空間ごと飲み込んでいった。それによって空間に亀裂が刻まれていく。それは、すなわち結界を維持する事が出来なくなったということでもある。
「(相変わらず凄まじい威力だ)」
「夢幻の領域に存在するエネルギーそのものを押し付けましたので……かなりキツイはずです」
「(ハレル、動けるか?)」
「これくらいどうという事はありませんよ……ゲートはちゃんと閉じれましたか?」
「(ああ、大丈夫だ。それより早いとこ出よう)」
「そうですね。ここも長くはありません」
崩壊が始まり空間が崩れて行く中、ハレル達は、亀裂から射し込む光に向かって飛んでいく。暫く光の中を進んで行けば、視界の先にリズエアとカルミアの姿を確認した。
「良かった。二人とも無事ね!」
「ふん、あの程度の呪物でどうこうなる奴らではあるまい」
ハレルが振り返れば、崩壊の周りには中にいた時のような亀裂が生まれていた。どうやら、ここから出てきたのだろう。地面に降り立つとハレルは『同化』の術者を解き、二人は分裂する。
「リズエアさん、すみません。護衛任務なのに」
「いいのよ。こんな状況だもの、それに私も術者、そう簡単にやられる様なヘマはしないわ」
駆け寄ったシルスは頭を下げた。リズエアは気にしなくていいとシルスに頭を上げさせる。そんな二人の横で、ハレルとつまらなそうにしているカルミアは、床に突き刺さったままの呪物を見つめていた。
「助かりました。貴方のおかげで突入までの時間を予想よりも短縮できました」
「……貴様ら呪物の核は潰したんだろう?」
「…………同化の併用でエネルギーを打ち出した時に消失を確認しましたが、中にいた怪異は存在していますよ。まぁ、暫くは、まともに動けないでしょうが」
ハレルが答えるとカルミアは黙ってしまう。どうしたものかと考えていると、背後で叫び声が上がる。
「────シルスッ!?」
「ッ……がぁッ!?」
「酷い……酷いよッ!! ……シルス……私の事、見捨てるなんて……さあァ!!」
ハレルが振り返ると、ボロボロと崩れる寸前の姿の愛理が、シルスに組み付いており、シルスの腹部にに包丁を突き刺したていた。濃藍色の服を滲ませるように血が流れていく。それを目にしてハレルは行動に移そうとしたが、その前にシルスがハレルに視線を向ける。その目は何もするなと言っている様だった。
それに気づきハレルは足を止めた。
「痛いよね? ……私も同じ……それ以上痛かったんだよ?」
「……ああ、ハレルと同化してなくてよかったよ。結構、きつい」
「─────えっ」
突き刺さった包丁持つ愛理の両手を、シルスは上から握りしめる。まるで万力のような力で握りしめられた愛理は、咄嗟に手を引くが微動だにしない。シルスの手で手にしている凶器と共に動けなくされたのだ。何処にそんな力があるのかと困惑し、シルスを見る。
そこには、此方を憐れむような表情を浮かべたシルスの顔があった。
──────何故?
敵意でも怒りでも憎しみでもなく。そもそも、殺意だって向けられても仕方ない筈だろう。しかし、それなのに痛みに苦しむ様な素振りも見せずに、何故、この少年は自分を見て、そんな顔をするのか、何故、悲しそうな今にも泣き出してしまいそうな、そんな表情を愛理にはそれが理解できなかった。
だからこそ、無意識に口が動いた。
「なんで……なんで……そんな顔するの? どうして怒らないの?」
「……愛理、君は俺だ。何もかも失って、理不尽に自分の感情を周りにぶつけてた時の馬鹿だった頃の俺、本当は助けて欲しくて仕方ないのに、泣きたくて仕方ないのに、どうしていいのか分からなくなって暴れてた……あの頃のダメな俺だ。あの結界内の机……アレは愛理のだろう?」
「…………」
「……俺も周りに酷いことしてたから、報復にされた事あるよ……辛いよな……苦しいよな」
愛理は、シルスの言葉をだた聞いていた。結界内にあった物は基本、術者である愛理の記憶を元に作られた物だ。愛理自身も、何故あれを結界の起点、核としてたのかは分からなかった。
「…………シルス」
「……愛理、もう誰かを傷つけるのは止めよう」
「……無理だよ。だって……愛理……呪いだよ?」
「彼女の言う通りです。シルス」
「ハレル?」
「……彼女は呪物そのもの、その存在自体が生きる者を呪う性質を待つのです。たとえ一時的に衝動を抑えたとしても、呪物として生まれ持った性質は変えられません。それを理解しているからこそ……無理なのです。シルス、私としては彼女は祓うべきです」
「…………」
シルスは、ハレルの説明を聞いて、愛理の方を向く。目の前の少女は俯いていた。
「…………だったら、今後暴れたくなったら俺だけにぶつければいい」
「「はっ???」」
その場にいるシルス以外の全員がシルスを見た。こいつは何を言ってるんだと。
「簡単な話だ。誰かを呪ってしまうなら俺を呪えばいい。俺は死ぬつもりない」
「いやいやいや!! 何を言ってんですかっ!? そもそも、あなたが、狙われると私も命が危険なんですけど!?」
「……それは出来る限り自分でなんとかする」
「あーもう!! なんですかそれ!? ……むむむ……はぁー……ええ、ええ! いいですよ分かりました分かりました! 勝手に頑張られると困るので私もなんとかします!!」
「悪いな……ハレル、迷惑かける」
「まったく……巫女使いの粗い神官など前代未聞ですよぉ」
「……なにそれ」
二人の会話を聞いていた愛理が、その場にへたり込む。よく見ればシルスを突き刺していた凶器も崩れるように、空中に消えていった。
「愛理、俺を、俺達を信じてくれ。呪物だの怪異だの関係ない。きっと一緒にやっていける」
「……一緒に?」
「ああ、俺にハレル、それに色んな人達がいる」
「…………私、シルスの事殺そうとしたよ? 寂しいからって本気で」
「おう、中々怖かった」
「また殺そうとしちゃうかも……」
「殺されないから大丈夫だ。ハレルも……その助けてくれるからな!」
シルスは背後から感じる相棒の鋭い視線をあえて無視したまま愛理を見つめる。
「みんな傷つけるかもしれないよ?」
「絶対、そんな事はさせないさ」
「……あ、甘えるかも?」
「殺されるくらいなら、そっちの方がマシだな」
カラカラと笑みを浮かべて愛理の疑問に答えていく。
「迷惑一杯かけちゃうよ……それに面倒くさいって思うかも……」
「それくらいどうってことないさ。俺なんてハレルやアカネさん……ハレルのお姉さんに迷惑かけっぱなしだぞ? 面倒くさいのも人間、誰だってそういう事あるさ……いや、愛理は少し違うだろうけど、それでも大差ないだろ?」
「……あ、愛理……愛理……は」
「ほら」
「……あ」
シルスは幼子の様に視線を彷徨わせる愛理の眼前に手を差し出した。出来る限り、安心出来るように笑顔で、それがどういう意味かを、愛理は直ぐに理解した。
「…………シルスは、優しいね」
それに愛理は恐る恐ると手を伸ばしていく。そして、手が触れ合うという直前、まるで待ったをかけるように、その場に声が響く。
「──これはこれは、素敵なシーン、感動的ですね? まぁ無意味でありますが」
「な、お前ッ!?」
「きゃあ!?」
瞬間、愛理とシルスを巨大な手が伸びて握り締めた。二人は、碌な抵抗も出来ずに宙に持ち上げられる。シルスは、伸びてきた腕の先にいる人物を睨みつける。そこには先程、首を絞めて意識を落とした軍人の男が、張り付けた様な不気味な笑み浮かべて佇んでいた。
「おっと、少しでも動けば神官殿の首が落ちますよ」
「ッ!!」
「そうそう、素直が一番ですよ。そこの御二方も動かない様に」
シルスを助けようと動こうとしたハレル達に男は静止するように命令する。
「はっ……随分体がスリムになったな、あんた」
「ははは、ええ。怪我の功名とでも言えばよいのですかな? 貴方に意識を奪われた事で、肉体の主導権を奪えました」
「そのまま寝てれば良いものを」
「冷たいじゃないですか神官殿、私としてもここに貴方と巫女様がいる時点で見逃すという選択肢はないのですよ」
「……うっ、シルス……」
「おい、その子は離せよ」
愛理は力なく頭を垂れている。先ほどの戦闘で既にかなりの深手を負っている。このままにしておけば、死ぬ可能性があった。
「離せ? ……これは、これは、何を言うかと思えば神官殿。これを善良な人間とでもお思いで? これは、呪物ですぞ? 生あるものを憎み。憎悪のままに喰らう。我々が創り出した人工聖遺物、それがコレです。貴殿が、ナユタの人間であるならば、破壊するなり消すなりするべきと声を上げるものかと思いましたがねぇ」
「知ったことかよ。クソ野郎」
「はは、自身の命に手をかけられていると言うのに、随分と肝が据わっておられる。いや、そもそもそれ程に軽い命ですかな? ナユタの神官は」
ミシミシと、骨が軋む。肉体が外からの圧力に悲鳴を上げている。軍服の男が言うように、少し前までの暴れ牛の如き、理性のない獣とは違う。吐いた言葉通り、シルスの命は今、眼前の男に握られている。まさに自在に操れる嵐そのもの、魔術の素人であるシルスからも、男から立ち昇る圧力は先程の愛理よりも数段上だと感じ取れた。あのハレルやリズエアでさえ、其の場から動けないでいる状態だ。
「お前に俺は殺せねぇよ」
「はっ、何を──」
「人質取ってる時点で、自分は逆立ちしたってハレルに勝てないって言ってる様なものだろ。結局、こんな力を得たって、お前は誰にも勝てないんだよ。根性なしやろう」
「……私がナユタの巫女に怖気ついている、か……そう見えるか?」
「ああああッ!!?」
「シルスッ!!」
男の雰囲気が一気に変質したのを感じとれた。そして、一気にシルスの身体が押しつぶされる。
ハレルにリズエアも男に向かっていくが、一手遅い。男に一撃を入れる前にシルスが潰れるのが速い。次にくる凄惨な光景に誰もが絶望に顔を歪める中、一人、
「面白いものを見せた礼だ。ナユタ・シルス」
「ッ──な、なにッ!?」
男の伸びた巨腕に包丁が突き刺さる。それは、呪物、愛理の結界の外側の核であり、結界術発動の要だ。それを、カルミアは投擲して男に刺したのだ。
「……シルスを“返して”」
愛理の近くに刺さった包丁。それを、愛理は崩れる手で掴み取る。そして、術式が起動された。
シルスを取り込んだ時のように闇が全てを飲み込む様に展開される。愛理を中心に軍服の男とシルスが闇へと飲み込まれ消えた。残ったのは同じくハレル達だけだ。
「さぁ、