刃渡り2億センチ(中)
「ハハハ、血の臭いがするから来てみれば小娘とはの」
「誰……貴方」
夕陽が射し込む校舎の室内には不釣り合いな2人の人物が佇んでいた。1人は着物に派手やかな装飾を身に着けた金色の髪を束ねた女性、鋭い目つきが印象的だった。相貌が夕日に照らされてなのか不気味な影を作っており、赤い口紅が酷く際立って見えた。
そんな女性に対峙するのは、普通なら何の違和感もないであろう女子制服を身にまとった少女だ。しかし、その姿がこの教室という空間には不釣り合いだった。彼女は女性の口紅よりも更に赤く、濃い色を全身に浴びるように塗りたくられていた。
────鮮血、それも生き物1つ2つから出てくるような量ではない。大量に浴びたばかりのそれに、目の前の女性は喜色を含んだ笑みを浮かべた。そして、少女の存在を確かめ肯定するように、その手が少女の朱に濡れた髪を、するりと梳かす。払われた血の隙間から、少女の地毛である茶髪が見えた。
「質問に答えてやろう小娘、妾は……あーこの国だとたしか玉藻の前とかだったかの? 妲己は大陸のほうだったっけかの? ……まぁよい、いまだと白面の「それ以上いけない」うむ、著作権は大事じゃの……さて茶番はこのくらいにして……シンプルにいこう。キュウビじゃ コンゴトモ ヨロシクのう?」
「かなり俗物的だね……日本の三大妖怪……」
「怪異は時代とともに移ろい、時代に合わせて其の有り様を変えるものじゃ。固定概念などというものは我らからすればないもひとしいのよ。ほっほ」
「羨ましいわ」
「くくく、常に変化を求められるソナタら人類は、生きるだけでも大変じゃものな……しかし、我らはソナタらから生まれ、ソナタらが変えていくのじゃ。こっちもこっちで気を使っておるのよ」
「知ったことじゃないわよ」
その返答に何が可笑しいのか、キュウビはケラケラとまるで童のように笑う。異様な空間、強大な怪異を名乗る女性に血まみれの女子高校生という構図が、この場の空気をおどろおどろしいものに変えていた。
「うんうん、それも人間様じゃの?」
「…………」
ニタニタと、弧を描く様に歪んだ笑みを浮かべて顔を近づける。淡い輝きを放つ真紅の瞳に、少女の姿が映る。
「さて、小娘よ。お主の問いに答えたのじゃ。妾の質問に答えるが良い。何故、この様な惨状に至ったのか?」
キュウビの視線が周りに注がれる。見るも無惨な死体の山が積み重なり、教室の床に血溜まりを作っていた。全てバラバラにされており、最早どれが誰の一部なのかわからない。積み上げられた屍の山には包丁が数本突き立っている。
そんな場でキュウビは幸福そうな表情だった。
「まぁ、聞く必要もないがの?」
「……」
少女は無感情なまま死体を見つめている。心底どうでも良さそうな表情だった。
「……別に散々酷い目に合わされてきたからやり返しただけだよ」
「そうかそうか。それ故に人を捨てたか」
「どういう事?」
「人が人をやめる方法は色々あるが、中でも飛び切り簡単な方法があるのじゃ……憎しみよ。憎しみは簡単に人を鬼にするのじゃ」
「鬼……」
「そうじゃ、血濡れの鬼じゃ! 人殺しの赤鬼じゃ!!」
愉快、愉快、とキュウビが嗤う。少女は床に置いていた凶器を素早く手に取ると、一切の躊躇いなどなく。その首に刺した。ゾブリと肉に突き刺さる感触が、少女の掌に伝わる。口からゴボリと血の塊が溢れて、血の池に落ちると溶けた。確実に殺したと言える手応えだった。
「くくく、数人殺せば感覚も掴めるというものじゃの?」
「…………は?」
目を見開く。キュウビは、首に突き刺さった包丁など気にも止めずに、ニッコリと笑みを浮かべていた。
「あ、貴方なんなの?」
「……既に言っただろうがよ、糞餓鬼。九つの尾を持つ強大な妖かし、そうテメェらに定めさせてやったんだろうがよ」
それまでの雰囲気を一変させると、キュウビは少女に刺された包丁を掴むと一気に引き抜く。そして、呆気に取られている少女に突き刺した。
「あがっ!?」
「……………………安心すると良いぞ? 法などという無価値なもので貴様を殺されるなど勿体ないからの? 妾が大事に大事に使ってやろう」
少女の身体が包丁に吸い込まれていく。何の抵抗も出来ずに少女は消えていった。
「……さぁて、また一つコレクションが増えた増えた。いつか奴らに使える日が来るのが待ち遠しいのう」
懐に凶器をしまい込み。キュウビはその場を後にする。その顔は恐ろしい程に狂気的な笑みを浮かべていた。
────────
──────
────
──
──温かい。いつも寒くて、
優しい温もりを不思議に思った愛理は、閉じていた目をゆっくりと開けた。──人。ついさっき知り合って間もない男の子。化け物の自分と手を取り合って生きていこうなどと言っていた。どうしようとないお人好し。しかし、愛理にはどうしようもない程に、その言葉に救われた。救われてしまった。そんな、自分を抱き締めてくれている。
「……シルス?」
「良かった。まだ意識あるんだな」
愛理は、身体を動かそうとしても指一つ動かせそうにない。それも仕方ない事だろうと思えた。壊れる身体に、無理矢理に魔力を注いでしまったのだ。今、こうして意識があるだけ奇跡に近い。しかし、何故、こうして自我が残っているのだろうか。
「……アイツはどうなったの?」
「結界の境界線が不安定になってるのか、どっかに飛ばされたよ。たぶん結界内にはいるだろうけどな」
「……そっか、シルス。愛理どうなったの?」
視線を下げて愛理を見た。その顔には悲痛な物が混じっている。何かを言おうとして口籠るのを、何度か繰り返す。それに、遠慮はいらないと愛理が訴えると、シルスは口を開いた。
「肉体が崩壊してる。あの後、崩れる愛理を俺は咄嗟に掴みに行ったんだ。そして、完全に消える前に俺の疑似の規格コアに入れた。魔力の塊みたいになってたおかげで出来たみたいだな」
「あーつまり私抱き締めてもらってるんじゃないんだ……」
「いや、落ち込むとこそこか?」
「重要だよ乙女には」
シルスの胸部にある疑似コアは、ハレルとの繋がりを維持する為に、アカネに取り付けられたものだ。これのおかげでシルスはナユタの魔術を行使可能としている。
「俺はハレルから常にバックアップを受けてる。ハレルが使った『同化』を術として使用できる……まぁ、許可制だけどな。こっちに引きずり込まれる時に、ハレルがロックを解いてくれたおかげで愛理も助けられた」
「……シルスってあの子の事好きなの?」
「…………今、聞く必要あるか? それ」
「ひじょーに重大かつ重要だよ!! どうなの!!」
「好きだよ。突然知らない土地にやって来て右も左も分からない死にかけになってた見ず知らずの他人を、文字通りに自分の命をかけて助けてくれたんだからな」
「…………」
愛理は真剣な顔で答えたシルスを見て、「ああ、敵わないな」と、すんなりと受け容れられてしまった。同時にこんなにも強く想われている
「……ほんと、優しいね。シルスもハレルも」
「……愛理」
「シルス……あいつここに来るよ」
愛理が警告を告げる。それに反応して振り返れば血の滲んだ軍服を来た男が、シルス達の前に現れた。
「やれやれ、危うく殺されかけてましたよ」
「いい加減、倒されてくれてもいいんじゃないか? その顔見るのも飽きてきたぞ」
「変わらず口だけは達者な様ですなぁ神官殿、さて? 貴方だけでこの私に勝てるとお思いで?」
「おお、勝つぜ。当たり前だろ」
「巫女様達の助力無しで何処までやれるのか見物ですねッ!!」
言うやいなや、軍服の男がシルスに向かって行く。弾丸すら超える速度の突撃、当たれば死は避けられないだろう。しかし、シルスは向かってくる男の側面を脚で叩きつける。それによって男は簡単にシルスの後方へと押し流される。
「なに!?」
「バカの一つ覚えなんだよッ!!」
疑似コアから魔力が噴き出す。
「ッ!!」
「強化した程度ではどうにもなりませんよ!! 神官殿ッ!!」
殴りつけた瞬間、まるで鉄の塊を殴ったような感触が返ってきた。呪物を取り込んだことで怪異と化した男にはやはり有効打にならない。しかし、相手の一撃は致命的だ。体制を立て直した男の腕の振りが来るのを地面に伏せることで回避する。降りぬかれた先の暗闇が一瞬だけ白い亀裂を刻まれる。大きく回避していなければ、今頃腕の一本は飛ばされたことだろう。
そのまま地面についた手を起点に体を捻り、男の振りぬいて隙のできた脚に当てて転ばす。いくら体が強靭で鉄の様になっていようが、力の流れに逆らうことはそう容易いことではない。普段の男であれば、技をもって対処していただろうが、怪異の力に溺れ、それに固執している今なら、この戦い方も十分に通用していた。
「ならこいつを食らいやがれ!!」
「ぐがああ!?」
シルスは立ち上がり、腰に装備していた警棒を掴み、倒れた男の体に叩きつける。瞬間、魔獣や既存の獣を相手にするために
「こんな小細工ごときッ!!」
「ゴフっ!!」
「シルス!?」
電撃を食らったままの状態で、男は無理矢理に拳を叩きこむ、警棒を咄嗟に盾にしたが警棒が砕け散ると、そのままシルスは後方に吹き飛ぶ。飛ばされたが、直ぐに地面を転がるようにして威力を逃がし、受け身を取りながらなんとか態勢を保つ。
そこに男の拳が迫る。シルスは、それもギリギリで背後に倒れるようにして避ける。拳圧がシルスの額を裂く。しかし、それに動じることなく。両足の筋肉だけで体を支える荒業で、倒れた姿勢のまま、腰のホルスターから拳銃を取り出すと、即座に全弾を男の腕に撃ち込む。ほぼ一点に絞った銃撃は、男の強靭な腕を貫通して見せた。
「グオッ!!」
「まだだッッ!!」
強化された肉体と、脳内のアドレナリンがシルスの肉体を突き動かす。限界を超えた集中力、肉体は0.1秒の誤差なく。しかし、それよりも速く。拳銃の排莢と装填を済ませていた。更に六発の弾丸が男の腕を捉えた。計十二発の弾丸によって男の腕が千切れる。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! 貴様ァ!! よくもよくもよくも!!」
千切れた腕を抑えて男が後ずさる。勿論、既に次点は装填している。シルスが発砲するのと男が腕を再生させるのは同時だった。
「くそ! やっぱりずるだろそれ!!」
「うおおおお!!」
再生された腕がシルスに迫る。────全弾発砲。しかし、迫りくる腕に弾かれる。回避を試みようとしたが、それを予想していたのか。男は腕を分裂させ、シルスの逃げ道を数で埋め尽くす。まるで、植物の蔓のように伸びた腕がシルスを襲う。身を縮めて最小限の面積で、腕の波状攻撃から致命傷を避ける。
「ぐうううううううう!!」
「このまま肉塊にしてくれましょうぞ!! 神官殿ッッ!!」
しかし、男の腕がシルスを押し潰していく。なんとか潰されないように耐える。疑似コアのマギデータから防弾用のシールドを数枚展開する。
なんとか腕の圧迫から身を守り持ちこたえさせた。しかし、どう見ても時間の問題だ。あと数十秒もすれば、シールドと共に圧死するだろう。
「く、くそっ!!」
「…………」
両手、両足で何とか踏ん張って見せるが、徐々に押されていく。シルスの表所が苦悶に歪む。────その時、コアが輝いた。
「シルス……愛理のこと信じて欲しい」
「ぐ……あ、愛理?」
「シルスの中にある私の呪物、その核……これをシルスが完全に取り込むの」
「と、取り込むだって?」
「そう、でもそれをすれば……シルスは」
「わかった。どうすればいい?」
「……怖くないの? 呪物を取り込むって事は、人を辞めるのと同じで、もしかするとシルスもバケモノになるかもしれないんだよ?」
「その呪物が仮に奴みたいな、知らないモノだったら断ってたさ。それに、そうならない可能性があるんじゃないか? ──だから、愛理を信じる」
────信じる。そう言った彼の顔は笑っていた。
「(ああ、本当に敵わないなぁ)」
彼の中にある自身の核をマギデータから取り出してコアから取り出す。ヒビ割れた包丁がシルスの眼前に浮かび上がる。
「シルス、ありがとう。信じてくれて……愛理も……愛理も信じるよ。シルスの事、だから勝とう。勝って、そしたら愛理に教えて欲しい。シルスの事、シルスの大事な人達の事……たくさんっ!!」
「ああ!! 勿論だ!! 俺に力を貸してくれッ! ──愛理ッ!!」
────二人を中心に渦が生まれる。本来ならば何処までも深い深い闇の筈だった。だがそれは、深緑に輝き、蒼穹に似た蒼き光を伴って、世界を、暗闇を明るく照らす。
疑似コアから螺旋が流れ出る。マギデータの中から最適な術式が、シルスの身体を走る。『造物』。『同化』。『結界』。神秘が世界を塗り変える。そして、最後にもう一つの術式が、二人を包む。──『
此処に、一つの奇跡が誕生する。
「なんだ!! 何が起こっている!?」
軍服の男は狼狽えていた。ようやく決着が決まろうとしていた矢先に、腕の中から途方もない魔力の奔流が溢れてきているのだ。驚くなと言う方が無理だろう。
それを、なんとか押さえつけ、そのまま握り潰そうと力を最大限込めるがビクともしない。寧ろ、徐々に隙間が生まれていく。そして、そこから、光が突き抜けた。柱となって暗闇の中を照らして行く。少し前の愛理が放っていた。魔力の光とはまた別種の力。それが、今出て来ようとしているのだ。
それに危機感を抱いたのは、当然と言えた。このままアレを解放してはいけない。男の中で警鐘が鳴らされる。
「やらなければ、今ッ! ここでッ!! 確実に仕留めなければならないッ!!」
怪異となった軍服の男は、遂に全力で力を込めた。筋肉が膨張して服が破れる。男からも尋常でない魔力が注がれ、シルス達を押し潰そうとする。
しかし、再度、男は驚愕に顔を歪めるだろう。なんせ男が力を込めた次の瞬間には腕が、バラバラになっていたのだから。
「何なんだ? ……貴様らは、一体何なのだッ──!!」
「なにって?」
2人の声が重なる。
「ただの人間だよ」「ただの怪異だよ♡」
光の中から出てきたシルス。その手には一振りの短剣が握られていた。赤い布を巻き付け、青い結晶を柄部分に嵌め込んだ。ソレに男は言いようのない恐怖を覚える。
いつの間にか、愛理がしていた様な赤いマフラーを巻いたシルスが、改めて軍服の男に向き直す。
「さぁ、決着つけようぜッ!!」