竜も鳴かずは撃たれまい TS少女と鳥の空戦記録 作:上殻 点景
【隠岐基地・翼納庫】
天井には真新しい部分、外壁は一部が布で修復され、コンクリートに残った足跡は少ない。
応急的にだが本来の形を取り戻しつつある翼納庫。
普通なら作業員の作業音が聞こえるのだが、
今日聞こえたのは、歓声であった。
首をかしげる俺、特に変わらないトリノ大尉。
「いや、何事だよ」
「島の近くでドンパチやってりゃ、嫌でも気づく」
聞いた話だと、敵は基地からでも目視できる距離だったらしい。
基地の大鳥は出払っており、
残された隊員達は高射砲に祈るか、
死なないようにお教を唱えるかの二択。
そんな中、俺達の活躍はとても助かったという話。
「やるじゃねーか」
「いや、俺は信じてたぜ」
「俺だって、エース様をだな」
因みに上記の3人は、昨日までトリノ大尉の悪口を言っていた。
(助かった途端にコレかよ、現金な奴らだ)
まさに、掌平返しである。
「でも、嬢ちゃんもよくやるぜ」
「大鳥の診断の為に乗ってたんだろ」
「兵士じゃないのにあの機動によく耐えれたな」
完全にオマケだが、こうして褒められるのも悪くはない。
歓声の中にゲロの匂いが、とか聞こえるのは気のせいだろう。
(まさか、動きに耐えれず吐いたとはいえねぇ)
俺が墓まで持っていく決心をして、
周囲はワイワイと賑わっている中、
水を差す言葉が一つ。
「今度の道具は民間人ですか、大尉どの」
細目少尉の発言だ。
「おい、細目ッ」
「なんや、パーマ」
「言い過ぎだ」
「事実をいっとるさかい」
「不調を消すためか知らんけどな。
あんたほどの男が、民間人使って、
2人乗りとかいうセコイ手使って勝利?」
空での2人乗りは一般的ではない。
魔力の暴発が起きる可能性がある以上、その用途は緊急時、非常時に限られる。
例としては2つ、
1つ目は大鳥の検診。
2つ目は──救急活動。
「もう少しやり方ってもんがあるやろ」
細目少尉の表情は苦悶だ。
「なんか言ったらどうなんや、大尉どの」
確かに、俺達は後ろめたい事はしている。
しかし、行った戦闘に敵の躊躇は存在しなかった。
あるのは確実に殺すという殺意。
地上から見えた軌道は複雑で、
聞いた話だって激戦なハズだ。
(それぐらい分かるだろ.....ッ)
否、
細目少尉はそれを分かっている。
分かっている上で敢えて言っている。
トリノ大尉に『空を諦めさす』ために。
『(もう無茶なことせずに、休んでください)』
そう一言、空の生き方しか知らない男に言えたらどれだけ楽か。
この時の、少尉の苦悶が何よりも“それ”を物語っている。
だが、トリノ大尉の回答は
「......そうだ」
「俺はワザと2人乗りをした」
「もちろん、敵が躊躇することを念頭に入れてだ」
泥を被ってでも飛び続ける、それが彼の回答だった。
周囲がざわつく。
「聞きたいことは、それだけか」
「それで、ええんかッ......あんたはッ」
「ああ」
トリノ大尉は1人去る。
「おっさんッ」
「追うな、レコ助」
「でも、オル爺ッ」
「今追うとあやつの苦労が無駄になる」
トリノ・アグレッサー大尉。
先の戦争で。大鳥を5機以上撃墜し『エース』の名を持つ男。
だが、その名を得たとき、12機の編隊は彼1機しか残っていなかった。
静寂な翼納庫で、誰かが呟いた言葉は、やけに耳に残った。
「皆殺しのトリノ」
アメリアの空には味方を使い捨て、自分だけが生き残る疫病神がいる。
彼の去った基地には、そんな噂だけが残った。
◇◆◇
【隠岐基地・臨時食事場所】
かつて整備された運送路だったモノに雨が降り付け、瓦礫が詰まった排水溝には水が溜まる。外部に設置されたテント内部には雨水が浸水し、敷物には巨大な染みができていた。
トリノ大尉はコップに手をかける。
「なんで、ここにきた」
「オル爺にここにいるって聞いてな」
机には汁だけが残るランチプレートと、乱雑に置かれたドッグタグ。
「こんなところで食っても不味くなるだけだぞ」
「生憎、どこで食べても冷めてる仕様でな」
俺は弁当を取り出す。
弁当は基地の料理で構成されているが、兵士の食事と分けるため朝に作り置きされている。
そのため中身は3食ほぼ変わらず、夜には冷たい飯が食えるクソ仕様だ。
「もぐもぐ」
フォークを出して、おっさんを見ながら食べていると、
中身がないコップを置いた、トリノ大尉が口を開く。
「レコ、あのだ」
「なんだ、おっさん」
後悔、コップの底に映った顔は暗い。
「──降りても構わんぞ」
言葉が関を切ったのか、会話が始まる。
「今回実感しただろ、空は危険だ」
「まあ、確かに死にかけたしな」
「そんな場所に行かせるとは、俺もどうかしてたかもしれん」
目線をずらすトリノ大尉。
俺は関係なくもぐもぐする。
「で、俺がいなくなって、おっさんはどうすんだ」
「俺は......勝手に飛ぶ」
「一人で戦えんのかよ」
「それは......」
沈黙、つまりそういうことだ。
(なら、答えはでてんじゃねーか、アホおっさんが)
俺の目を受けてか、
言葉を濁すためか、
ドンッと机が揺れる。
「いいか、俺はお前を“道具”として扱っちまう。
今回の俺はおもちゃを手に入れてはしゃぎまわってたガキだ。
指摘されるまで、そんなことにすら気づかず、俺は戦っていた......」
おっさんは縋るように、祈るように、願うがごとく呟く。
「だから、お前も......」
「ええいッ、さっきからジメジメじめじめと──」
フォークを止め、細腕に力を込める。
「面倒だッ」
机を無理やりひっくり返す。
半回転、乗ってたモノも同じく回る。
弁当箱も、コップも、ドックタグも、全てが全てひっくり返る。
「自分で考えろって言ったのはおっさんだ。
あんたが道具扱いするとかはどうでもいい。
俺は、俺の意思で、俺の為に、おっさんの背中に乗る」
机に“ガンッ”と片足かけ、
からだは正面腕組キメ顔で、
ふりかぶった指は大きく振り下ろす。
指先は、もちろん、尻もちついてるおっさんだ。
「だから、さっさと引退しやがれ、老害野郎ッ」
眼をぱちぱち、
唖然を少々、そんな顔のおっさん。
3秒ほどの沈黙の後、声は大きく響く。
「......っふっふふふ、ははははっははッ」
「なーにが、おかしい」
「いや“ここまで”とは見切れなくてだな」
無骨な手で髪をわしゃわしゃされる。
立ち上がらずに撫でられるのは腹が立つ。
なんなら、白髪が鼻にかかってくすぐったい。
だが、“そう”言われると動けなくなる。
「俺の技を全て盗むと来たか、上等だ。
なら、先に引退する覚悟をしとくんだな。
明日から擦り切れるまで使ってやるから覚悟しろ。
──せいぜい、頑張れ
言ったおっさんは、満足そうな笑みを浮かべていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
土日は投稿しないといったな、アレは嘘だ(金曜日分です)。
誤字脱字報告があると作者が喜びます。