竜も鳴かずは撃たれまい TS少女と鳥の空戦記録 作:上殻 点景
そんなことわざが日本にはある。
由来は、北の遠方、ソブエトから、
正確には、
「あれは、雪の降る寒い時期だった──」
そんな、一節から、話は始まる。
【ウーラジアストック港・港南側/外れ [11:30]】
「雪の、ゆの字もない道だな」
ファインダーにうつるは灰色のコンクリート。
切り取られた風景に、情緒の欠片もない。
白髪少女はカメラを首にもどす。
(雪っていわれてもなあ)
ソブエトで雪が降ることは珍しくなった。
侵攻する兵士達に防寒具の配布はなく、ジャケットを着ているのは一部の飛行士のみ。
「それでも少し、肌寒いか」
カツカツ。灰色なコンクリートの上を歩く。
(ここは静かだけど......)
右側を見る。
ざばざばと波の音、
がやがやという人の声、
壁を隔てるだけでずいぶん違う。
建物一つ向こう側は、盛況のようだ。
「そろそろ、昼飯時かね」
首にかけているカメラを直し、路地に向かう。
アメリアの兵士達もよく使う、抜け道。
大人2人でも通れる抜け道だ。
(ありゃりゃ、山程、一斗缶が積まれてやがる)
そんな路地を覆うような缶の山。
大人二人は通れそうな路地が、子供ですら狭く感じる。
「次回からは道も考える必要があ、うぐっ」
腹部に缶はあたる。
ぐりぐりと圧迫感、
絶妙な塩梅と感触だ。
そんな思いをしながら、抜けた先、
(今度は人で塞がれんのかよ)
喧騒。しかも路地の出口でだ。
「またですか......」
「今回だけだから、頼むよ」
頼み込む眼鏡の男。
聞き手の兵士は呆れている。
「その今回は既に3度目なんですが」
「ならば3度目の今回で、どうかな」
「屁理屈こねても、駄目なものはダメです」
兵士に引っ張られる、男。
「いいから帰りますよ」
「いやだぁ、僕は帰らない」
「ちょっ、暴れないでください」
ジタバタ。動き回る男はバランスを崩し、
倒れる方向は、俺の方。
結果は見るも明らか。
「うぎゃっ!」
見事にぶつかるのであった。
「(くっせえ、薬品系の香りが強すぎる......)」
覆いかぶされて思ったこと、その一。
次点で、重なるコートがクソ重い。
「いやぁ、大丈夫かい」
「少女を押し倒すのは犯罪だぞ」
「これは、意外とお手厳しいんだね」
目線は、男の顔───いやその上、
頭上の缶はぐらぐらと揺れていた。
「まっずっ」
頬は引きつる。
「あー、大丈夫だよ」
ぐらぐら。
ぐらんぐらん。
ぐわん──ピタっ。
不自然なほど、急に、缶は制止する。
(あと3mm、いや1mmでも缶が動いてたら落下して......)
そう思う程、ギリギリのバランスである。
「ふー、死ぬかと、思ったぜ」
「いやー、ホントに危ない所だった」
覆いかぶさる男は呟く。
「いや、いつまで上に被さってんだよ」
「おっとこれは───ごばぁ」
だらだらと零れるは鮮血。
じわーと服が赤に染まる。
空白の思考はゆっくりと赤に染まる。
「ひ、ひぇっ」
「むっ、おっと服を汚して申し訳ない」
何、平然といっているんだ、コイツは。
すまないのはお前の体だろ。
どう見ても一大事。
(すぐに、医者を───)
「っ、そ、その」
「落ち着いてくれ、ただの吐血だよ」
「いや、でもなあっ」
「大丈夫、すぐに止まるから」
ほらね。と言うと、
男は何てことの無いかのように立つのであった。
◇◆◇
【ウーラジアストック港・堤防 [13:00]】
海風を浴びる、少女と男。
かーかーと鳴く海鳥が欲しいところだ。
「詫びは、食い逃した昼飯でいいぞ」
「奇遇だね、僕も昼飯は食い逃がしたんだ」
(どっかの誰かが服を汚さなければ問題なかったんだよな)
俺はジト目の一択。
眼鏡をかけた男は笑う。
「で、あんたは?」
「僕? 僕はただの研究員だよ」
「研究員の仕事は他人の邪魔か?」
「ちょっと大鳥装備の疲労を調べにきててね───だらぁ」
吐血。またもや、研究員の口から血がたれる。
「またかよ」
「まただね」
「いや、呑気か。ホントにソレ、大丈夫なのかよ?」
「大丈夫、今はキャリーバックも持ってきてるからね」
なるほど。会話すらままならないと。
「必要なのは憲兵でもなく、医者か」
「実は、憲兵とも医者とも顔見知りでね」
「そいつは話が早いな」
「で、体のどこが悪いんだい」
「ええい、悪いのはオメーの頭だっ」
──ははは、こう見えても頭はいいんだ。
なんたって僕は研究員だからね。
男はそう笑った。
「もういいや、めんどくせぇ」
視線を戻し、手元のカメラを弄る。
まずは、先ほど巻き忘れたフィルムを、
「あれ、動かない? もしかして壊れた......」
カラカラ。部品は空回る。
◆
【ウーラジアストック港・堤防 [13:10]】
──そのカメラ、貸してくれないか。
研究員は、そう言った。
「いや、更に壊されても困るし」
「でも、僕の責任もあるし」
「いや、それでも」
「でも、僕は」
そういう、善意の問答を数十回、
研究員の吐血を二回ほどはさみ、
仕方なしにカメラを渡す。
「ええっと、これがこうで」
「ホントに、大丈夫か」
(なーんか、不安な手つきだな)
思案する研究員は、
どことなく工具を出して、
なんとなくでカメラが分解する。
外された、部品は────
「───へっ?」
この無言は彼の手際を評したモノではない。
ただ、状況を、飲み込めなかったからである。
「部品《パーツ》が、空に浮いてる......」
「あ、うん、ごめん。嫌いだった?」
「い、いや、不思議だって思ってな」
くるくる。振れた部品は、宙を回る。
気ままに回った後、ゆっくりと回転をやめる。
「浮いてるとは違うような」
「ああ、これは固定していてね」
「それは“そういう魔法”ってことか?」
極めた風魔法は何でもできるらしいが、これもその一種だろうか。
「いいや、違うよ──これは技術なんだ」
研究員は悲しそうにつぶやく。
「ただ空気中の魔力を固めただけ、それを精密に行っているに過ぎない」
「それは......凄いことなんじゃないのか」
いや、俺の中で魔力は固まるという認識はないぞ。
「あっ、いや、えーと、そうだね......」
研究員は、
少し考えた後、
宙に浮くカメラを指す。
「例えば、世界には【撮影魔法】というのがあるんだけど───」
魔法については、基地の誰かが話してくれたような......覚えていないな。
でも、アメリアの人間ってカメラで写真を撮ってる気がするんだが。
「なのに、何故カメラを使って写真を撮ると思う」
「そりゃ、そっちの方が画質がいいからみたいな」
「いや、魔法の方が、画像も、速度も優れている」
「なら、魔力の消費が多いとか」
「実はそんなこともないらしい、引用だけど」
「ならば、どうして?」
「答えは、法律に、僕たちの使用権が、簒奪されているから」
研究員は、悲しげに言うのであった。
「権利? 魔法は自由に使えるもんだろ」
「それは属性魔法は、という話だね」
えーと、属性魔法ってのは、アレだ。
火、水、風......なんかの魔法だった気もする。
「でも、一人ぐらい破っても、バレなくない?」
「間違いなく破ってもバレないだろうね」
「ならば別に───」
「───破った人間は問答無用で死ぬから」
「へっ?」
「ちなみに死に方はいろいろだよ。心臓が止まったり、雷が落ちたり」
「いや、そ、そうじゃなくて」
「法を破っただけで死ぬ? 冗談だろ」
「ほら、この世には絶対的なルールがあるだろ」
「なわけ──いや、魔法か」
「そう“魔法による法”なんだ」
「人間は生まれた瞬間から魔法に縛られる。
一部の魔法以外使えないという、魔法にね。
この法律を敬意と憎しみを込めて“魔法法”と呼ぶ」
直接読むと、まほうほう、か面白いな。
いや、面白くないだろ。
何考えてんだ俺。
「そんな事して、何の得になんだよ」
「元は、秘伝が盗まれない為に竜から託されてね」
昔に、善意の為に求められた魔法なんだ。
「そして、託された人間はこうも思った。
この法律を使えば安全に魔法を広めるのではないか。
今よりも万人に魔法を使ってもらえるのではないか」
「崇高な理念だな」
「崇高だよ。昔は今よりも魔法の事故が多かったからね」
未熟なモノが、高度な魔法の暴発なんてざらにあったんだよ、と。
だからこそ、魔法が悪とされていた時代もあった、と。
「彼はゆっくりと魔法を集め、法律で縛り、魔法を伝授していった」
「だが、別の人間は思った」
「これは万の武力にも匹敵するものだと」
「この魔法を得ることは、魔法を統べると同じことだと」
うーわ、でましたよ。悪の親玉的発想。
「いや、個人でそんなことをしても潰されるだけだろ」
「そうだね。ならば国の規模でそれをおこなえば?」
「そんなこと......」
「そんなことをした国があるのさ」
──ちょうど君がいる国だね。
「......ソブエト」
「そう、この国には万を超える魔法の法律がある」
研究員は哀愁をこめて言う。
「これが今日まで生き延びた超大国の姿さ」
◇◆◇
「じゃあ、なんで
質問はシンプルだ。
(そんな凄いものがあるなら、戦争なんかしなくてもいいだろ)
「それはこの国が貧しいから」
「凄い魔法があっても貧しいのか?」
「魔法を使う権利があっても、誰もが魔法を使えるワケじゃない」
魔法の能力、は生まれた時によって決まる。
例えば俺の様に全く魔力を持たない人間だって存在する。
「なら有能な魔法使いが、無能な人間を助ければいいじゃん」
「昔のソブエトはそう考えていたんだけどね」
研究員は頭を搔く。
「ある日、彼らは気付いたんだよ」
「───自国の無能を助けるより、他国の無能を殺して奪った方が早い、と」
「いや、それは......」
言葉に詰まる。
合理的ではある。
だが論理的ではない。
その考え方には致命的な欠点が存在する。
(他を奪いつくした後、その国には何が残る?)
「考えてることは分かるよ」
「なら、なんで、そんな事をソブエトは......」
「なぜって? 彼らは国を富ます方法をそれしか知らないからだよ」
研究員は、なんてことないように言う。
「まっ、今回は、彼らの魔法も、ウチの科学の前には苦戦を強いられているみたいだけどね」
カメラが投げられる。
「ほら、治ったよ」
もうこんな時間だね。そう去っていく研究員を見て、ふと思う。
そんな魔法があるのなら、どうして彼らは使わないのか?
何故、こうも真っ当に挑み。我々に負けているのか。
それとも、何か使えない理由があるのか。
眺める海は、不気味である。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
リアルが忙しかったといい訳をしておきます。
誤字脱字報告があると作者が喜びます。