竜も鳴かずは撃たれまい TS少女と鳥の空戦記録 作:上殻 点景
【ウーラジアストック・街外れ/酒場 [21:00]】
天井の羽根は止まっていた。あれほど集中していた熱気も、負け続ける俺たちに嫌気がさしたのか、談笑交じりの冷静さを取り戻していた。
無一文になった俺たちは、
お金を借りて、再戦、敗北、2連敗。
目の前の老人は未だに連戦連勝を名乗っていた。
白髪少女はうなだれ、
研究員は時計を確認。
「これを最後の勝負にしませんか」
「勝ちを諦めるのかな?」
対面の老人は余裕だ。
「まさか、そんなことは」
「ならどうしたいのかね」
「ただ、お願いしたいだけですよ」
「そう──“奪ったモノ全部”賭けてもらいたい、だけですよ」
研究員の口調は、笑っているが、
眼鏡の奥の視線は、笑ってはいない。
「ええが、なら“こんなモン”では釣り合わんぞ」
皺の帯びた老人が、弾き飛ばしたのは、硬貨。
大鷲の書かれた硬貨は宙を舞った後、
ころころと聴衆の中へ消える。
「僕の命とかはどうでしょう」
「駄目駄目じゃ。話にもならん」
もう一つ、硬貨が飛ばされる。
「この店の酒とかは」
「すでに賭けた馬鹿がおったぞ」
「そこの少女の体っ」
「冗談には付き合えんな」
研究員は、なら、と言った後、一言。
「───アメリアの勝利で」
声はよく聞こえた。
当然。誰一人が口が開けないから。
(っ......老人から出ていい威圧感じゃないだろ)
腕が、足が、手が──体が震えた。
つられて椅子も、机も震えている。
「それは大きく出たな、若者」
「お眼鏡に適ったようで結構ですな」
眼光は値踏みするようなモノではない。
もっと根源的に恐怖を感じさせるモノ。
「儂の前でそんな発言をしたヤツはおらんかったからな」
「それは随分閉鎖的な場所ですな」
研究員はあっさりと答え、配られたカードを俺にわたす。
「(こんな状況でやるのかよ)」
「(まあまあ、老害の癇癪ですよ)」
「(癇癪で済ますには殺意が乗りすぎてるけどな)」
軽口を叩くこと数回。
気は少しだけ楽になり、
手元を見る余裕が出てくる。
「(にしても微妙なカード達だな)」
「(いやいや、まだわかりませんよ)」
数字もまばら、記号もまばら、役すら出来ていない手札。
(勝つには何もかもが足りない手な気がするが)
「カードを2枚───」
「───僕たちが先に替えても?」
研究員は些細な事に待ったをかける。
(どっちが交換しても変わんないだろ)
だが、老人にとっては違ったようだ。
「なにゆえにだ、若者」
とんとん。研究員は机をたたく。
「実は考えてましてね。
なんであなたがここまで強いのか、
正確には“どんな魔法”を使って、強いのかを」
思い出すは、老人が地元の人間であるということ。
もしソブエトの人間であるのなら、俺たちのような魔法の誓約はないということを。
「ほぉう」
「まあ、この人目。使える魔法は1つが限度ですかな」
「かもしれんな」
「それに老体に無理はできないでしょう」
老人は微笑む。
「なら、なにかと思うのかね」
「結論は透視魔法ですな」
思い当たる魔法は、5種類ほど、と前置き。
「最初に考えたのは、盗聴系の魔法。
だから、少女と思考を混ぜて挑戦した」
「次に疑ったのは、偽造や複製の魔法。
だけど、あなたは定期的に勝負に降りている」
「ブラフかもしれんじゃろ」
「まさか無駄な事はしない主義の方でしょうに」
「よくご存じですな」
「という訳で、答え合わせしませんか」
「まあ待て」
老人は懐からモノを取り出す。
「上乗せじゃ」
置かれたのは硬貨。だが描かれているのは大鷲ではない。杖と鎌が描かれた、ソブエトの硬貨だ。
「まずは領土、
我が国は不毛な土地であった」
「次に国民、
賢者はおらず貧者だけがいた」
「そして権力、
支配されるだけの場所であった」
そして4枚目の硬貨が置かれる。
「最後は何をのせるんですかな」
「もちろん──我が国の勝利じゃよ」
老人は笑う。
研究員は頬をかく。
「それは困ったなあ。僕にはこれ以上賭けれるモノがない」
「なら、少女でも賭けてくれればよい」
「では、そうしましょうか」
軽口は淡々と。
空気はずっしりと。
(なんで、そんな気軽に喋れるんだよ)
机がミシミシという程に、周囲が沈黙するほどに、威圧感に似たなにかに空間は支配されている。
研究員はカードを捲る。
「エースの4ペア」
出来る手としては最善に近い一手。
先に入れ替えておかなければ成しえなかった一手だ。
「中々にいい手が───」
「───その手でいいのかね?」
だが、老人は笑っていた。
「と言いますと」
「別に札を変えても構わんと言っておる」
傲慢。圧倒的に全てを見下したような発言。
だが事実。老人は連戦連勝。実力は確かなモノ。
不安からかカードを変えたくなる衝動に駆られる。
「いえ、このままで大丈夫です」
「いいのかね、折角の機会じゃぞ」
「僕は策略家ではないんでね」
「結構な策を巡らしておるように見えるが」
「なーに、研究者としての仕事の一環ですよ」
笑いながら、研究者はカードから手を離した。
これ以上変更する気はない、行動をもって意味とした。
(ホントにコレで勝てんのか......相手は連戦連勝だぞ)
嫌な予感ほど当たる。
老人の反応は落胆だ。
「若い研究者よ」
「なんでしょうか」
「これは先駆者からの忠告じゃ」
「──“ありえない”からと言って口に出さぬのは良くないぞ」
研究員は目を細める。
「そんな事ありましたか」
「魔法の予想は5つ、提示は4つじゃ」
「ええ、残り一つはあまりにも馬鹿らしかったので外しました」
老人はカードを捲る。
「それはな.....自惚れ、じゃよ」
公開されたのは、10、J、Q、K、そして、JOKER。
「ろ、ロイヤルストレートフラッシュ......」
ポーカー最強の一手。
俺でも知っている、絶対の一撃だ。
(まてまて、どんな確率だ。1%切ってんだぞ)
「主らが、カードを取らねば、この結果は無かったじゃろうな」
「い、いや、そんなの分かる訳がねえだろっ」
驚きのあまりか、思わず口を荒げてしまう。
「分かるからこそ、口を挟ませたのじゃよ」
「んな、馬鹿な......」
「そうじゃろ、そこの若者よ」
横を見る。
そこには血だまり。
椅子から血液が滴っている。
研究員の吐血は、先ほどよりも多い。
「正解は“未来予知”か......」
「かもしれん、とだけ言っておくかの」
そう言うと老人は、腕を広げ、全てに手をかける。
「という訳で、全部貰っていくとする」
硬貨がじゃりんじゃりんと落ちて、奪われる時、
──待った、と小さく呟かれた。
発言の主は血だまりの中だ。
「勝負はついたはずじゃが」
「勝負は僕の負けですな」
寄りかかりながらも、若者は老人に向かい合う。
「なに敗者に語る資格はないぞ」
「では研究者なので聞かせていただきます」
「──で、それは何枚目のジョーカーですかな?」
キラリ。机の血が光る。
目線の先には、積みあがった山。
山には、もう1枚の
誰にも悟られぬよう息を潜めていた。
「おいおい、ポーカーのジョーカーは1枚だろ」
「じゃあなんで、2枚目のジョーカーが場に出てんだよッ」
「知らねえよ。トランプだって開けたばかりの新品だよッ」
騒乱。賭博場は物音に包まれる。
「この、餓鬼......」
「どうしました、勝負はあなた勝ちですよ」
研究者はニヤリと笑う。
「──ただ、お帰りは身一つでお願いしますな」
適用されるは、ルールの一つ。
イカサマした者は、全裸に処す。
それは例え、老人であっても、適用内だ。
「小癪な......」
老人は俺を見る。
「今回は少女に免じて許してやる。
だが、次に下手な小細工をしてみろ。
本当に全てを失うことになるぞ、アメリアよ」
気付けば、老人の姿はなくなっていた。
残されたのは、喧騒鳴りやまぬ賭博場のみ。
放置された机の上には、1枚のジョーカーと、血に染まったカードだけだった。
◇◆◇
【ウーラジアストック・街外れ/酒場 [22:00]】
「で、俺のカメラは」
「悪いがコレは返せねえ」
「はっ、どうしてだよっ」
「だって、嬢ちゃん──働いてないだろ」
言われてみれば、大半は賭け事やってた気もする。
「いや、それは、不可抗力というか」
開始10分で賭けに巻き込まれたのだ。
普通に働く方が無理である。
「それぐらいは寛容しろよ」
「駄目だ駄目だ、一度決めたことは絶対だ」
「うるせーっ、善処しやがれ、おたんこなすっ」
「なーに、言ったな、嬢ちゃんッ」
揉め合うこと、数分。
部下たちに諌められ、冷静になる2人。
「じゃあ、どうすりゃ返してくれんだよ」
「そりゃ、もちろん一択だ」
「──ここまで来たら体しかないだろ」
周囲に部下達が群がる。
「へっへ、兄貴は体をお望みだ」
「へっへ、明日から覚悟するんだな」
「へっへ、今日は夜道に気をつけるんだな」
◇◆◇
【翌日】
照りつける太陽は、体の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせる。
蒸し暑い空気が肌にまとわりつき、静かに流れる汗が額から首筋を伝っていく。
服は濡れ、ぴっちりと肉体に纏わりつき、
筋肉ムキムキな肉体があらわとなる。
「いや、何やってんの」
「バカヤロー、市内整備に決まってんだろォ」
「道にある瓦礫の撤去も俺達の仕事の一つだ」
「で、俺は何やらされてんの」
「そりゃァ、写真撮影に決まってんだろォ」
「俺たちの雄姿をしかとそのカメラに収めてくれよ」
現在、街西側の瓦礫を撤去中である。
「よしいくぞォ、次の瓦礫だァ」
「「「了解です、兄貴ィ」」」
「もう、勝手にしろよ......」
呟くはソブエトの空。
澄み渡る空は、さんさんに。
吸う空気は、ちょっぴり苦かった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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