竜も鳴かずは撃たれまい TS少女と鳥の空戦記録   作:上殻 点景

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記録㉟ 努力の対価は賞賛ではない

【ウーラジアストック・西/大通り[10:30]】

 

気持ちがいい。

白髪を右と左に揺らすは、夏の微風。

風速にして2mにも満たない風がゆらゆらと頬をなでる。

 

一方で、

 

砲塔ハッチを掴む手は、赤く、鉄臭くなっていた。

 

「いい風がふくなぁ」

「わかってきたか、嬢ちゃん」

 

背中合わせになるのは、ひげのおっさん。

野戦服の大きな背中は、少女にとっては、十分な背もたれであった。

 

呑気なそよ風をうけて、あくびの───

 

「うわっと、と」

 

急停止。ガクンと前に揺れて、ゴツンと背が当たる。

 

「痛っ、なんだよっ」

「進路上への飛び出しだッ」

 

視線を下げれば、老人。

地面に手をつき、わなわなと震える老人。

服はボロボロで、白髪はボサボサの老人だ。

 

(どっかで見たことあるような)

 

記憶を辿る。

 

ポーカーで連勝していた老人───いや、覇気が違う。

少なくともあんなみずぼらしい姿ではなかったはずだ。

 

「じいさん、轢かれてえのか!!」

「うるさい、儂の勝手じゃろッ」

 

「老人が命を粗末にするもんじゃねぇ」

「ならデカい鉄塊を町中で走らすなッ」

 

「こっちは街の整備中なんだよ」

「瓦礫を横に退けるだけでか?」

 

老人とおっさんは睨み合う。

口論に口論。2人は慌ただしく罵りあい、

更に、更にと騒ぎを聞きつけた兵士がわらわらと。

 

「いいのか、自宅のおっかあも泣いてるぞ」

「うるせー、儂より年上はこの街にはいねーよ!」

 

「なら、お前のお孫さんが、」

「煽ってんのかッ、こちとら万年独身じゃーっ!!」

 

べちょ。

 

(嫌な音が、聞こえた気が......)

 

「うおぉ、あの爺、クソ投げてきましたよォ」

「うお、クサ」

「兄貴、クサ」

 

おっさんに直撃した糞。

野戦服の真ん中に当たったそれは、

なんともいえない臭いをかもし出していた。

 

「お、俺の洗ったばかりの野戦服が」

 

わなわなと震えるおっさん。

怒りに狂う部下の兵士たち。

 

「許せねェ、兄貴の敵は俺が」

「いいやァ、俺にここはやらせろォ」

「ヤツの服も糞まみれにしてやるぜェ」

「2日洗濯しても全く落ちねェほどになァ」

 

「いや、あのなぁ」

 

(面倒ごとに首突っ込みたくねェ.......)

 

しかし、このままでは爺のリンチになりそうだ。

 

「あー、そうだな───俺がどうにかしてくる」

 

口から出たのはそんな言葉。

 

(あれ、俺なんでそんなことを言ってんだ?)

 

気付けば戦車から飛び降り、荒くれどもを乗り越えて、老人前に。

 

「なんじゃ、糞を投げてほしいのか」

「んなわけ、ほら手を貸してやるよ」

 

思ったよりも簡単に差しのべられた、小さな手。

老人は意にも返さず手を払いのける。

 

「こ、この程度、自分で立てるわッ」

 

無理矢理、立ち上がろうとする老人。

 

「無茶すんな、腰抜けてるだろ」

「黙っとけい、よ、余裕じゃッ」

 

頑張るが、立ち上がれない老人。

 

仕方なく、助けようと、近くに───

 

「うお、くせえぇぇッッ」

 

────顔面に糞を食らった。

 

「正気か、こんな美少女に糞なげるなんて、正気か爺ィ」

 

強烈な臭い。

顔になんかついてる。

絶対、黒いものがついてる。

 

「うるせー、真の美少女はなぁ、自分を美少女なんていわねんだ、かませガキめ」

「爺をいたわる少女の方が貴重に決まってんだろォ」

 

「どーしてくれるんだ、コレ借りた野戦服だぞォ」

「なら誠心誠意洗って返せばいいだけだろーが」

 

「なんで俺が洗うんだ呆け爺がァ」

「今時の若いもんは、これだから」

 

「それ言っときゃ許されるワケねーからなァ」

 

「────って、逃げんな糞爺がァ」

 

おかしい、さっきまで老人は痛みで転がっていたハズだ。

 

「痛みなんぞ、魔法でちょちょいのちょいよ」

「いや待てや、糞爺っ」

 

すでに老人は豆粒ほどの距離に、逃げていた。

 

◇◆◇

【ウーラジアストック・外れ/老人の家/前[11:00]】

 

糞爺を古びた家まで追い詰める。

 

「よ、ようやく、追い詰めたぞっ、糞爺」

「い、家まで追いかけてくるとは、小娘」

 

「詫びをさせるま────」「────これでも使ってろ」

 

顔に羊用紙が貼りつけられる。

 

「何すんだ糞爺っ」

「これで十分じゃろ」

 

熱い。羊用紙が燃えるように熱い。

 

思わず剥ぎ取り、破こうとするが、すでに燃えカス。

 

「なにが、十分っ────あれ、臭くない?」

「【洗浄魔法】の巻物じゃ」

 

すんすん。鼻を動かしても匂わない。

 

先まで感じていた不快感も無くなっていた。

 

「ほら帰れ。問題は解決したじゃろ」

「嫌だ断る。おっさん達の分もよこせ」

 

「それは強情じゃろ」

「妥当だろ、普通に考えて」

 

別に俺の為だけに追ってきたわけではないのだ。

 

「これ結構高くて」

「だからどうした、糞爺」

 

「儂を追い詰めた報酬的な」

「このまま突き出してもいいんだぞ」

 

「小娘の実力で儂にかなうとでも」

「少女にセクハラしようとした変態としてだ」

 

「いや、それは......ちょっと無理があるじゃろ」

「か弱き少女と、糞投げの爺、世はどっちを信用するかだな」

 

無言。老人は少し考えた後、ドアを開ける。

 

「ちょっと待つんじゃ......」

 

ドアが数分開いた後、

老人は中から顔を出し、一言。

 

「茶の一つぐらいは出してやる」

 

「見つかりませんでしたって大人しく言えよ」

 

「失礼なッ、整理をしとっただけじゃ!!」

「あー、悪かった、悪かった」

 

諫めながら、家に入る少女であった。

 

◇◆◇

【ウーラジアストック・外れ/老人の家[11:30]】

 

家の中は、乱雑で汚かった。

 

歩く空間はあるが、足には書類が当たり

 

「魔法の模様?」

「うかつに触るなッ」

 

「ただの紙切れだろ」

「魔法が使える紙切れじゃ」

 

「魔法って許可いるって聞いたし」

「その魔法紙には許可がついとるじゃろッ」

 

老人は紙の端を指さす。

 

朱で刻まれた印が一つ。

 

「見ろ、きちんと魔法印が入っとる」

 

魔法印。

 

責任や権威の証明に使われる印。印には、機関や国の象徴が用いられ、ソブエトでは杖と鎌の刻印である。魔力で刻まれている為、物理的に消すことは不可能であり、安全性は高いとされる。

 

「発動は一回のみの、使い捨てじゃよ」

 

話半分に飲み物が目の前に出される。

 

淹れたての紅茶は甘ったるかったが、おいしかった。

 

 

紅茶は一杯。

 

「小娘、ソブエトの人間ではないのかッ」

「どう見てもアメリア軍と一緒にいただろ」

「てっきり、また鉄塊で遊んでおる子供じゃと」

 

嘆くように言う老人。

 

「儂としたことが......魔法印を確かめればよかったのう」

「そんなことで分かるモンなのか?」

「分かるんじゃよ」

 

捲られるボロボロの袖。

 

老人の腕には、杖と鎌の印が刻まれていた。

 

「魔法印、体にも刻むのかよ」

「儂からしたら何故刻まんのかが不思議じゃ」

 

悪趣味な入れ墨に見えたことは秘密だ。

 

 

紅茶は二杯。

 

「じいさん、なんかの学者か?」

「魔法の研究をしていた、ただの爺じゃ」

 

「部屋の汚さにも納得だな」

「燃えないゴミが転がっているにすぎん」

 

魔法の紙が無造作に投げられる。

 

「大事な魔法の紙じゃないの」

「こんなもんなくても生活は出来る」

 

(あったら便利だと思うしなぁ......てか)

 

「さっき使ってなかったか」

「別に使わんとは言っておらんッ」

 

老人は急に怒る。

 

「はいはい、分かった、分かった」

 

呆れる俺。

 

話は別の話題に。

 

紅茶は三杯。

 

「小娘、魔法使いに憧れておるのか」

「憧れてはねェよ。普通に魔法を使いたいだけだ」

 

延々と魔法の話をされる。

 

「ちなみにじゃ。魔法使いとして名誉はなんだと思う」

「そりゃいっぱい魔法が使えることじゃないの?」

 

「いいや───竜から魔法を授かることじゃよ」

 

「古来にはな、こんな魔法を授かったヤツが居てな」

「(コレ、話長くなるパターンだ......)」

 

延々と歴史の話をされる。

 

 

紅茶はお腹いっぱい。

 

「じゃあ、じいさんも竜から魔法を授かることを目指してんのか」

「あ、いや、そうじゃな」

 

老人はバツが悪そうに話す。

 

「儂は......この糞しか出せん魔法を授かった」

 

踏みつけられるは【糞】と書かれた魔法紙。

 

丁寧に書かれた魔法陣は、乱雑にくしゃくしゃになっていく。

 

「ほ、ほら結構凄いと思うぞ」

 

糞を出せるだけで凄いというモノだ。

 

「投げたら臭いし」

「ただそれだけじゃ」

 

「実は無限に出せたり」

「魔力がある限りじゃよッ」

 

「農家とかに感謝されたり」

「感謝を───される訳がないじゃろッ」

 

老人は机を叩く。

 

「奴らはな、奴らは、この魔法を()()のように使っておるんじゃぞ」

 

切り抜かれた新聞が、落ちる。

 

───糞尿生成魔法を国に贈呈。現在、共用するために魔法紙の作成が急がれる。

 

「10年、10年じゃ、この魔法を簡易化するのに捧げてきた」

「一人家に篭もり、庭で実験を重ねてきたこの魔法を」

「ようやく国に認められ大衆に広められた魔法を」

 

ある日、老人は気になりました。

自分が苦労して改良した魔法は、民の為になっているのか。

 

好奇心、賞賛半分を胸に秘めて、

 

村に存在する農家を訪ねました。

 

────あの糞魔法ね。

 

────臭くて、使いにくいし、嫌がらせ見たいな魔法だよ。

 

────国はもっと便利な魔法を使わしてくれればいいのにって思ってるよ。

 

────魔法使いの爺さん、もっと便利な魔法を知らない?

 

 

「使いにくい? 便利な魔法? ふざけるなッ! その魔法を簡略化するために何年費やしたと思っておるッ!!」

 

「何の努力も分からぬ、凡人共がッ」

「じゃあ、言えばいいじゃん。俺が頑張って作ったって」

「言ってどうする。儂が、さらに惨めになるだけじゃろッ」

 

老人は震えるように嘆く。

 

「他の連中はそんなことはしなかったッ。

そんなことをせずとも彼らの魔法は賞賛された。

儂には、儂には、何が足らなかったというんじゃッ!!」

 

椅子は倒れ、机は揺れる。

 

「勉強をやり直した

研究も一から始めた。

全ては、よりよい魔法を得るために」

 

縋るように老いた手は机にのせられた。

 

「だが、竜は何も授けてはくれんかった」

 

───もう貴方に渡す物はないと言ってな。

 

「残されたのは、このシワだらけの体のみじゃ」

 

老人は何も言わなくなり、

俺は静かに家を後にした。

 

◇◆◇

【ウーラジアストック・西/大通り[13:00]】

 

再び戦車で、風を感じる。

 

しんみりした風だ。

 

「なあさ、ひげのおっさん」

「なんだ、嬢ちゃん」

 

老人の事を話す。

 

「かわいそうな話だと思ったか」

「かなり思った」

 

ひげのおっさんは腕を組む。

 

視線は俺ではなく、周りに向いている。

 

「だがよーく見てみろ。そんな奴らはどこにでもいる」

 

「例えばあそこの子供達は身寄りがねぇ。

暮らしていた倉庫は軍に摘発されたそうだ」

 

「道で横たわる青年を見てみろ。

戦争のせいで密輸が出来なくなったそうだ」

 

「戦争で目につきやすくなっただけだ。

本来は関りの無い連中と、偶然知り合った。

その程度話って済ます方が、気が楽ってもんだ」

 

ヒゲのおっさんは、わざとらしいほど大ぶりな動作をする。

 

(必死に笑顔させようとしてるみたいだな......)

 

「ふふふっ」

「なんかおかしかったか?」

「いや、街について意外と詳しいんだなっと思って」

「飛び出してくんのが、爺だけだと思ったら大間違いだ」

 

おっさんは言い切ると、大きく息を吸う。

 

しんみりとした空気は、すでに────

 

[────小隊に告ぐ]

[街の外れより、大虫の侵入あり]

[騎兵部隊は直ちに大虫の対処に当たれ、以上]

 

警報。高音が鳴りひびく。

 

方角は街の西側。

 

俺たちが一番近い場所だ。

 

「ブラザーども聞いたかッ」

「「「へいッ」」」

 

「15分だ。15分で現場に向かうぞッ」

「「「へいッ!」」」

 

「箒を捨てろ、銃を運び出せ───戦場が俺たちを待っている」

 

「「「へいッ、兄貴ッ!!」」」

 

小隊は指示に従い、本来の役割を取り戻す。

 

戦車──陸の王者は動き始める。




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