竜も鳴かずは撃たれまい TS少女と鳥の空戦記録 作:上殻 点景
【ウーラジオストック港・翼納庫/予備 [16:00]】
翼納庫の地面には、昆虫の死骸。
死骸の周りに戯れるは、様々な猫たち。
大きな猫ははたらくが、小さな猫は寝ている。
ぐーすか寝ている子猫は、ひと仕事終えた様子。
そんな蟻の世界を覆い隠すように、大きな影は動く。
服装は、油まみれと、羽まみれの兵士の影。
おっさんこと───トリノ大尉である。
「やっぱり、ままならんか」
かつんかつん。歩いてくる影が一つ。
「俺に何の用だ、研究員さんよ」
「すいませんね、大鳥の調整中に」
「落ちたのは知ってるだろ、いらんお世話だ」
厚底眼鏡をかけた研究員。
かつて大鳥の研究だのと、妙に関わってきた嫌な思い出。
あのときは病院送りになったせいで、記憶が定かでは無いが。
(笑みもあいまってうさんくささが増しているな)
「あー、その件なのですが、貴方の大鳥をこちらで保護しましてね」
研究者の服装を見る。
ネイビーブラックな装備。
船乗りが好きそうな厚底の軍靴。
「海軍で、か」
「いやいや、困ったときの相互協力ですよ」
うさんくさい手が差し出される。
「貴方の大鳥はお返しします」
「見返りに何を要求するつもりだ」
「なーに、散歩に付き合ってもらうだけですよ」
はっはっは。眼鏡の研究員は笑う。
笑い声は、薄暗い翼納庫で盛大に反響するのであった。
◇◆◇
【ウーラジアストック・西/大通り[16:30]】
2人は歩く。
瓦礫まみれの大通り。
その一角だけは妙に綺麗であった。
「こいつは、大虫の死骸か」
「ええ、昨日大群で入り込んできた敵です」
陸軍の兵士が慌ただしくしていたのはそれが理由か。
しかし警備が抜かれたとなると、空軍にもお叱りが来そうだな。
「近場の死体にして欲しかったものだぜ」
「こいつが一番よく原型が残っていたもので」
大虫の死骸を見る。
(特徴的な大顎......クワガタ型の大虫か......)
頭部には、腹部まで突き抜けるような、貫通痕。
「頭を一発か、いい腕だな」
「僕もそう思いますよ」
周囲には、切り落とされた戦車装甲。
甲殻を抜くために至近距離から撃ち込んだ弊害か。
(そんな度胸があるヤツが、陸軍にいたとはな)
腰抜けだと思っていたのは、撤回する必要があるな。
「で、俺に何を見せたい」
「あ、話が早いですね」
ここです、ここと、指をさす、研究員。
「甲殻の裏で分かりにくいですが」
「ソブエトの魔法印か」
大虫の肉体に刻まれた、魔法印。
刻印は黒く焦げており、独特の匂いもする。
「───焼けているな、オーバーフローか」
魔力の焼け付き。
魔力を長時間流すか、膨大な量を流したときに起こる現象。
基本的に補助装置や魔力変換機管などの魔力を通す導管で起こりやすい。
異常が少しずつ起こり、最終的な被害につながるため、大鳥が急に墜落って事もあり得る現象だ。
「見たことがおありで」
「昔、仕留めた大鳥に似たような焦げ方があった」
「ほう、それはどこで?」
「いや、あれは、ドイチュの魔法印だったか」
「なら、やはり、と言ったところでしょうな」
「納得できる要素はあったか」
「僕には十分ありましたよ」
研究員は大きく手を広げる。
「ドイチュがなぜあれほどの短期間で、大虫を使役し、戦争が出来たのか」
「奴らに熱心な信者と、法外な金があったからだろ」
「いいえ、それだけじゃあ、ないんですよ」
「我々でも悩んでいる大虫の使役。
本来は、卵から調教するという大変なモノです。
ですが、そんな過程を馬鹿にするような魔法があった」
「赤子をあやす魔法か」
「【洗脳魔法】ですよ」
「噂の方がマシに聞こえるぜ」
「魔法法にも載ってる正式なものですよ」
「嘘つけ。何処の国にも記されてねーよ」
「いえいえ、記されていましたよ」
「──ドイチュの魔法法に」
「亡国の魔法がなぜ出てくる?」
「いやー、実は盗まれた物がありまして。
首都から盗むとは、なかなかの手腕ですよ。
我々がありがたーく奪う予定だったんですけど」
研究員はしゃべり続ける。
「洗脳魔法の欠点は2つ。
格下生物でなければ効かないこと、
そして洗脳するためには魔力を使い続けること」
「興味ないな」
「僕は結構好きな話ですけど」
トリノ大尉は、ため息一つ。
真剣な目で研究員に尋ねる。
「興味ある事は一つ、どこに奪われた?」
「もちろん我々の敵、ソブエトです」
なら聞く必要はなかったな、と、
大尉の足は来た道に、
「我々の───仲間になるってのはどうです」
「俺達は───アメリアの軍人で、仲間だろ」
「おおっと、今はそうでしたね」
「胡散臭い話は勝手にやってろ」
大尉の姿は一人、夕暮れ道を歩く。
◇◆◇
【ウーラジオストック港・翼納庫/予備 [17:00]】
「レコ、こんなところで寝ると風邪ひくぞ」
「おっさん、帰ってきていたのかよ」
少女の白髪には、敷き藁がくっついている。
一本や二本でないあたり、かなりの時間転がっていたようだ。
「うれしそうな顔しやがって、いいことでもあったのか」
「わかるか? 見ろよコレ」
少女の懐からだされるのは、様々な模様が描かれた紙。
「魔法の紙か」
「そうそう」
「結構値が張るもんだぞ、どうした」
「へっへっへ、実はご褒美というか、プレゼントでだ」
「盗んだか」
「馬鹿やろっ、貰ったんだよっ」
かんかん。地団駄を踏む少女。
「自慢するのは構わんが、どうするんだ?」
「そりゃもちろん、明日から一流の魔法使いとして」
「いや、使うのにも魔力がいるが」
「ま、魔法石とかじゃ」
「魔方陣ぐらいは灯ると思うぞ」
「やだー、それってつまり」
「控えめに言って“猫に小判”だ」
少女の顔は何とも言えないモノに。
「うぎゃーっ、寝るっ」
「上着はかけとけよ」
「もちろん、わかってるっ」
少女に背を向け、トリノ大尉は、運び込まれる自分の大鳥を待つのであった。
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