竜も鳴かずは撃たれまい TS少女と鳥の空戦記録 作:上殻 点景
[司令官]─────────
諸君、時間だ。
[Briefing]────────
ダリネレチンスクに大規模な陣地の構築が確認された。
陣地周辺は泥に覆われており、戦車による地上戦は困難だと判断した。
そこでアメリア軍は、陸上戦艦による艦砲射撃による破壊作戦を決行する。
大亀は大規模な魔力を持つため、陸上戦艦の魔法障壁は強固なものとなっている。
しかし、敵はソブエト、魔法大国だ。
そのため、諸君らの任務は、作戦終了までの制空権の維持となる。健闘を祈る。
─────────────
【ソブエト南部・ダリネレチンスク/上空 [12:40]】
ただただ蒼い空を、大鳥は飛んでいました。
空はどこまでも続くような蒼穹で、全てを包み込むような大きさでした。
けれど太陽はいつも通りに、さんさんと地面を照らしていました。
大地には、高い針葉樹林の木々が生い茂っており、少し向こうには山脈の入り口があります。
風は冷たく、吐く息は白く、そんな世界を────大鳥は飛びます。
「今日、寒い」
大鳥からはそんな声が聞こえました。
正確には、大鳥に乗っている2人の内の1人、少女。
ぶかぶかな薄緑色のフライトジャケットを着て、腕には高度をしめす万能時計をつけています。厚手袋をした両手は、これでもかと前にいる操縦者にくっついていました。
「いつも通りだろ、レコ」
少女の名前を呼ぶ操縦者。トリノ大尉は何でもない様に答えます。
少女が万能時計を確認すると、いつもより3度ほど低く、
(やっぱり寒いじゃねーか)
そんな思考がよぎるのでした。
「おっさん、体感温度大丈夫かよ」
「オメーとは体のつくりが違うんだよ」
「そういう問題か」
「寒いなら大鳥の魔法障壁でも薄くしてろ」
「余計寒くならない?」
「馬鹿、大鳥の魔力がその分、生体維持に回るんだよ」
「ほえー、そうなのか」
そんな談笑と共に大鳥は飛んでいます。
「ところで、なんか匂わない?」
「今更、体臭についての苦情か?」
「そうじゃなくてっ」
すんすん。少女は帽子の下から鼻を動かします。
「やっぱり焦げ臭い匂いがする」
「戦場の匂いだろ、向こうではドンパチやってんだ」
確かに。少女は納得します。
(でも、何時もよりも匂いが濃い気がする)
納得はしますが、疑問も残ります。
「でも、うん────黒点?」
「レコ、なんか見えたのか」
澄んだ空に、妙な黒点。
(ゴーグルに付いたゴミか?)
少女はゴーグルをふき取るが、黒点は消えず。
「アレ、落ちない」
「目にでもゴミが入ったか?」
それもそうかと思い、目を閉じて、見開く────、
黒点は、より鮮明に、輪郭はより太く、絶望の姿を纏ってやって来る。
「へっ?」
真横をすり抜ける────尻尾、
太陽に照らされるは、魔力を纏った、新緑の鱗。
圧倒的な格差を、後追いしてきた風と共にぶつけられる。
「ははッ、人生で二度目かよッ」
竜が来た────空の絶対王者が“敵”として来た。
(お、俺は生き残れるのか……)
事実は脳内を焼き、握る拳に力が入る。
「おっさんっ!」
「言われなくても分かってらァッ!!」
急旋回、
ぐるりるぐ。回転する視界、
目じりの隅では燃えゆく味方。
「冗談だろっ、接敵から5秒もたってねえぞっ」
「叫ぶのは後だ、レコッ」
背中から迫るは、緑竜。
小型に見えるが中身は竜。
「おっさん、足にヤベーもんついてるわ」
緑竜の足にはゴツイ機関銃が、一つ。
竜を駆る兵士は味方2機を落としてなお、悠然とこちらを見る。
「レコ、悪いが命の保証はなしだ」
「元から保証切れだろ、おっさん」
俺達、大鳥は針路を下方修正。
生き残るのこるために、樹木生い茂る森林地帯に突っ込む。
◇◆◇
【ソブエト南部・ダリネレチンスク/森林地帯 [12:45]】
超低高度。木々の隙間を縫うような飛行。
山脈に生える樹木の匂いを肌と、鼻で感じ、額から飛び出る汗で水をやる。
(戦闘よりも、こっちで死ねるっ)
本来はおっさんが最も嫌う飛行。
なにせ、命の保証がない飛行だ。
命は戦場に賭けても、飛び方に使うものではない。
だが、そうでもしなければ────俺達はとっくに落ちていらのも事実。
「しつけ―、ヤローだッ」
「おっさん、振りきれてねぇっ」
「元から振りきろうなんて期待はしてねえよッ」
右、左、右。木々を使ったフェイントは意味をなさず、
一直線にこちらに迫って来る緑竜。
数度、追い越すほどの、猛スピード。
再度、追いつくほどの、旋回性能。
全てにおいて俺達を上回っていた。
「馬鹿げてやがる」
「現実だぜ、おっさん」
森を抜け、進入するは谷。
谷スレスレを曲線を描き、砂煙を巻き上げ、猛進。
「オーバースピードだろっ」
「曲げるんだよッ」
上空一回転、後ろを取る。
「貰っ────硬すぎんだろッ」
撃ち込まれた12.7mmの銃弾は谷底へ落ちる。
竜の障壁。圧倒的な硬度を誇る障壁は貫けない。
「おっさん! 銃口が!!」
「クソッタレッ、ふざけんなッ」
くるりと回る竜に取り付けられた、銃口。
標的は、もちろん俺達。
「まだ、障壁を────っ」
紙切れの如く貫かれる、俺達の障壁。
羽毛は飛び散り、銃は罅割れ、そして赤い血、
竜から放たれた30mmの銃弾は全てを叩き潰していった。
◇◆◇
【ソブエト南部・ダリネレチンスク/森林地帯 [12:45]】
谷を落下する大鳥を無理やり制動し、俺達は何とか飛んでいる。
敵は撃墜確認の為か、上空を飛び、30秒もせずに俺達を見つけるだろう。
「おい、おっさんっ」
「大丈夫に決まってんだろ」
トリノ大尉は笑った声で返答する。
「レコ、脱出装置の使い方は覚えてるな」
「そ、そりゃ、おっさんが教えてくれたから」
「ならば心配することはねーな」
おっさんは満足そうに笑う。
「これから先、俺は世界初の竜殺しになって来る」
「だが戦うにはちょっとばかし、大鳥が重い」
「────ちょうど、子供一人分ぐらいな」
おっさんは俺に手をかけようとする。
「レコ、悪いが「残念だが、おっさん」────なっ」
意図を組む、大鳥。
おっさんの体は宙に投げ出される。
「その竜殺しの称号は俺が貰ってくる」
「おい、何をッ、レコォッ」
ぶちっ。おっさんと俺をつなぐ、魔力変換機管が切れる。
体に伝わっていた魔力が抜け、ゆっくりと体が冷えていく。
(ああ、やっちまったな)
悲しみはあるが、後悔はない。
「おっさんはベットで寝て待ってなっ」
最後に見れたのは、おっさんの唖然とした顔。
個人的には笑顔で別れたかったが、コレもコレでありだ。
「悪いな、こんなことに付き合わせて」
大鳥、もとい老練な大鷲は、無言をもって返答とする。
背中からはこちらを発見した敵、新緑の竜。
谷の風を切り、水しぶきを上げ、爆速で迫って来る。
「おいおい、元気が良すぎだろ」
少女は笑顔で大鳥を飛ばす。
◇◆◇
【ソブエト南部・ダリネレチンスク/森林地帯 [12:45]】
策があるわけではない。
大鳥は既に銃弾を受けており気力で飛んでいる状態。
俺もアドレナリンで誤魔化しているが、腹部がやけに痛い。
「銃すらねェし」
懐には、売るための金目の物が少々。
予備の銃弾はあれども肝心な銃はない。
『いい加減諦めやがれ』
「うるせぇ、黙ってろっ」
魔力が濃いのか、敵兵士の罵倒が聞こえてくる始末。
そっちが追ってこなければ、逃げる必要はないのだが、と言いたいが我慢。
「せっかくの初飛行が台無しだぜ」
緑竜はギュルギュルとこちらに迫る。
10秒もすれば撃ち落とされるのが関の山。
「そもそも、大鳥の魔力だけで飛んでるし」
(長時間の飛行なんぞどのみち、無理────ならば、)
「飛ぶ、か」
大鳥に頼むは、空への上昇。
入り組んだ谷を捨て、大空で決めるしかない。
「無茶させるぞっ」
『自ら死にに行ったか、馬鹿め』
竜も、谷から飛び出し後に続く。
馬鹿みたいな加速力、
魔力の出し惜しみは無く、
命のリミットは3秒ほど削られる。
「頑張ってくれぇっ」
300m。周囲が青一色になる。
『無駄な努力なんだよォ』
「知るか、ボケェっ」
600m。呼吸がかなり苦しくなる。
『じゃあな、逃げ足だけの』
「んなわけェ」
1000m。高度は十分だ。
相手は舐めプか知らんが、ケツに張り付いたまま。
(いける、いけるっ! 今だけが一度きりの命の切り時っ!!)
「風魔法を切れェ! 大鳥っ!!」
一瞬の浮遊感。
刹那。重力が俺達を捕らえ、大地に引きずり落とそうとする。
俺達は“それ”に逆らわない。
『自爆特攻かッ』
「ご名答ォっ」
数秒かからず衝突。閃光、轟音、火花が飛び散る。
『馬鹿がァ、その程度じゃ竜の障壁は割れねぇよッ』
向けられるは銃口、
放たれるは30mmの銃弾、
紙切れの如く全てを切り裂く、殺意
『死ね死ね死ね死ね』
だが、飛び散るは羽毛、のみ。
老練の大鷲は自らを盾に、銃弾を防ぐ。
「悪いなっ、最後まで酷使するぞっ!!」
『だから、無駄な抵抗なんだよォ』
既に切れたおっさんとの魔力菅。
先は大鳥の心臓に。
血の一滴と共に送られるは、極彩色の魔力。
「一度きりの発動だ────」
竜の障壁に叩きつけるは、魔法の紙。
「────食らっとけっ! 【魔法】発動っ!!」
『無駄な─────くっさ、なんだこの匂いは』
周囲に漂うは、気絶しそうな刺激臭。
糞爺から貰った人生の成果。
【糞魔法】の発動だ。
「匂いまで、障壁じゃァ、防げねェよなっ」
『こけおどしで、俺が落ちるとでもッ』
「おめえじゃねーよ」
狙いは操縦者ではない。
人間ならこの程度の匂い我慢すれば耐えれるだろう。
それは人間がその程度の嗅覚しか持っていないからである。
では、人間以上の嗅覚を持つものは?
「特にその馬鹿みたいな鼻をつけた、竜とかはよォっ」
竜は─────既に気絶していた。
それに気づかなかったのは操縦者の落ち度か、神の幸運か。
「一緒に地面にキスをしようぜ」
『おい、馬鹿、止めろ、考え─────』
その日、山脈の森林地帯には巨大な陥没穴ができた。
[Message]──────────
諸君、この通信が届いているか。
本作戦は我々の完敗だ。
竜による陸上戦艦強襲により、我々の作戦は失敗に終わった。また同時刻、ウーラジアストックも竜の襲撃を受け、ソブエトにおけるアメリアの基地機能は失われたにも等しい。
撤退の判断は部隊の指揮官に委ねる。竜を従えたソブエトの進撃速度は驚異的で、占領地域の奪取は時間の問題だ。日本、いやニホン州も......。
だが、それでも我々は諦めない。必ず生きて帰ってくれ。
◇◆◇
【録音結晶】
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