竜も鳴かずは撃たれまい TS少女と鳥の空戦記録 作:上殻 点景
これは記録だ。世にも出回ることはない、とある記者が残した記録である。
記録者:流星のラジオガール。
────
【隠岐/港・南側 [10:30]】
海から吹く風を、一人のお姉さんが浴びていました。
空には四割ほど雲が覆っており、突然の雨がふってもおかしくない天気です。
波が打ち付ける港には、誰もいませんでした。
足音を立てれば、きっと波にかき消されてしまうでしょう。
海風は吹き、ギシギシと看板を揺らします。
看板に知るされた地名は────隠岐。
そんな場所を一人のお姉さんは、じっと立っていました。
「嬢さん、何をしてるんだ」
つば付きの帽子をかぶった、髭の生えた爺がたずねます。
手にはビール瓶を持ち、シュワシュワとしたものを昼間から飲んでしました。
「戦争について取材をしようと思ってたんですけど」
嬢さんこと、流星のラジオガールこと、シル──さんは答えます。
「隠岐基地に用か?」
「はい。でも先ほど、美人過ぎて追い出されてしまって」
シルさんは私の顔はなんて罪深い、みたいな態度をとります。
「不法侵入をして追い出されていたじゃろ」
「うぐっ」
「基地の人間とのレースはなかなかに愉快だったぞ」
「うぐぐぐ」
「もちろん賭けは元締めの儂の総取りじゃったが」
「えぇ」
いや見てたんかい、というツッコミを入れる事すらできず唖然とするシルさん。
呑気な爺は、儲けた代わりに話ぐらいは聞いてやろう、とか言い出します。
◇◆◇
【隠岐/港・南側 [10:35]】
爺の名は、オールド・ヒューマン。
嘘くさい名前ですが、呪い魔法の対策で偽名を使っている事などよくある話。
「アンタもこんな時期に......よく来たな」
「えっと、実はウーラジアストックにいまして」
「あの陥落した港にいたのか」
「運よく補給艦にのせてもらってたおかげで難は逃れたんですけど」
シルさんはうつむいて答えます。
彼女にとって火の海になったウーラジアをみるというのは、初めての経験でした。
あくまで文字しか見ていない戦争、それがここまで悲惨な物だとは思っていなかったのです。
「それで、なんでこんな所に?」
「ここに戦争を知っている生き字引がいると聞いたので」
故に、少しでも情報を発進できる記者になりたい。
アルバイトですが、そんな思いが芽生え、この隠岐まで来たと言うことです。
「おいおい、どこのどいつじゃそんな事を言ったのは」
「偶然、補給艦に乗っていた方です」
「思い当たる節が3人ほどあるな」
オル爺は頭を抑えます。
旧友か、馬鹿共か誰かは知りませんが偉い迷惑と言った顔です。
「まあいい、儂が探していた生き字引じゃよ」
「えっ、なっ、まじか」
思ったより簡単にあえてびっくりしてしまうシルさん。
きっと合うだけも大変だろと思い、一週間後に取った帰りのチケットが無駄になった瞬間でした。
「お嬢さん、素が出とるぞ」
「あっ、いや、あの」
「喋りやすい方でいい」
「ならばこのままでいきましょうッ」
良いと言われたら、たとえ目上の人でも敬語を使わなくなる。
それがシルさんクオリティです。
◇◆◇
【隠岐/港・南側 [10:40]】
海風に吹かれる二人。
お互い海の方向を見ながら会話を続けます。
「まず、何を聞きたい」
「ウーラジアストックを襲った竜についてです」
「んなもん、知らん」
思わずすっこけそうになる、シルさん。
いきなり否定されてしまい前途多難です。
「えーと、なら竜についての情報とかを」
しかたないのでわらにでもすがる思いで聞きます。
こちらに対しては、オル爺の反応は先とは違いました。
「知ってどうする」
「知ってみんなに伝えようかと」
「伝えたところで、皆も、アンタも困るだけじゃぞ」
「えっと、そうですかね......?」
いまいちピンと来ていないシルさん。
日頃から好き勝手に生きている彼女にとって、困ることはありません。
「もし火事場泥棒気分ならこれ以上の質問はなしじゃ」
「それ以外の回答なら取材を続けてくれる、と」
「まあ、そうじゃが」
ならば、と手を胸に当て、堂々と発言するシルさん。
「────私はお金持ちになりたいので取材を続けますッ」
思ったより俗物的な理由です。
違う理由とはいえ、大分斜め上な回答をしてきます。
「話を聞いとったか」
「聞いてましたとも、聞いてたからこそ、こう思ったのです」
「────まだ誰も知らない情報なら、高く売れるとッ」
「嬢さん、あんた強い人だな……」
オル爺はひきつった笑いを浮かべます。
竜の情報を知れば“命”を狙われるかもしれないのに、命より夢を優先する彼女は、オル爺にとって輝かしく思えました。
しかし、違う理由ならと言ったのもオル爺自身。
「まあ、知ってることだけなら話そう」
しかたなし、そんな顔をしてオル爺は話を始めるのでした。
◇◆◇
【隠岐/港・南側 [10:45]】
「ソブエトの竜の研究は昔からされていた」
話の切り口はオル爺の言葉から始まります。
「えっ、竜の研究って禁止されて……」
「どこも似たような事をやっとる」
「んな全く知らなかった」
大体、軍事機密じゃからの、とオル爺は救いの手を入れます。
「大抵、竜に滅ぼされるんじゃがな」
「でも、今回はそうではなかったと」
「そういう事じゃ」
オル爺はひげを動かして、楽しそうに質問をします。
「
「竜が強すぎる的なですか?」
「それも一つ」
オル爺は指を二本立てます。
「
「竜って人間に従うんですか?」
「不可能だ。生物としての格が違いすぎる」
「ではこの話は前提条件から間違ってませんか?」
確かに。とオル爺は頷いた。
「だからこそ、ソブエト研究者はこう考えた────“人を竜にすればいいのだと”」
「はっ?」
唖然とするシルさん。
「いやいや、人は人でしょ」
「正確には竜もどきじゃがな」
「それでもありえないでしょッ」
オル爺は脚を見せながら言う。
「昔から、空の魔力に当たりすぎたモノは体に異常ができてな」
脚には“黒い出来物”。脚の動きを阻むように生えていた。
「目が上手く見えなくなったり、腕が動かなくなったりと、飛行士の寿命は短い」
だがよく見ればソレは“鱗”のようにも見えた。
「だがそれは魔力による病気ではなく、一つの進化ではないか、と研究者が提唱した」
「飛べば飛ぶほど、飛ぶのに適した体────つまり竜へと変化した、と?」
「まあそんな感じじゃ」
オル爺は、脚をズボンで隠す。
「丁度そのころ、一つの部隊が結成された。
空を飛びつづけ、ソブエトを守る特殊部隊。
補給基地は、空を飛ぶエイにあり、常に戦える部隊」
空飛ぶエイ? 特殊部隊? 急な情報でシルさんの頭はちんぷんかんぷんです。
オル爺は思い出すように、気にせず話を続けます。
「充実した部隊じゃった。もちろん医療設備も。
兵士が何人も来て、動けなくなり辞めていく。
奴らは軍からの手厚い退職金があると喜んでいた」
「でも、それって」
「もちろん、次に出会ったのは墓の前じゃった」
「特殊部隊は建前で、実際は竜化の実験だったと」
「大いに失敗した実験じゃったがな」
オル爺は唾を吐くような顔で言います。
「失敗した理由は、竜化した人間は狂暴すぎて手が付けれない事。
部隊解散の報告を受けようやく悪夢から解放されると思った時」
「────最悪のタイミングで、一人の研究者がやってきた」
ちょうどドイチュが滅んだ年な、とオル爺は付け足します。
「そいつは賢い上に、優れた魔法を持っていた」
「亡国の魔法使いがですか」
「名を【洗脳魔法】ここからソブエトの歴史が変わった」
オル爺の目は真剣になる。
「そんなにヤバいんですか、その魔法」
「当然、魔法の力で戦車が一桁以上増えた」
「数百台とかじゃなくて、一桁増えるほどですか」
呆然とするシルさん。
オル爺の話はまだまだ続く。
「じゃがな、本当に大変なのはこれからじゃ」
「────奴は、この魔法は頓挫していた竜化実験にも使えるとほざきおった」
「周囲は聞く耳を持たんかったが、
竜化実験の研究者達だけは奴を崇拝した。
いや、後には退けんくなっていただけかもしれんな」
「そうやって、二度目の竜化実験が始まった」
「洗脳魔法は成体になるほど効き目は薄い。だからこそ、簡単な洗脳を素体の兵士におこなった」
シルさんはようやく頭が理解においつきます。
「命令に従えとかですか?」
「そんな複雑なものではない」
「愛する者を忘れるなという簡単な洗脳じゃ」
「それでなにか変わるんですか?」
シルさんは疑問を投げます。
“愛する者”が脳裏に刻まれた程度でなにが変わるというのか。
「愛する者の記憶に引っ張られて、従来の性格や記憶が残る」
「ええっと、つまり」
「これまで暴れていた竜が話を聞くようになった、という話じゃ」
それでもまだ疑問が尽きないシルさん。
「でもそれって」
「ああ、実戦運用は無理な実験じゃ」
オル爺は鼻で笑いながら話す。
「飛行士の夫婦なぞ数は少なければ、竜もある程度しか命令を聞かん」
「でも、ソブエトは大量の竜を引き連れて攻めてきた」
「つまるところ────竜化実験は終わってはいなかったんじゃろ」
儂はこれ以上は知らんと言って、オル爺は話を切った。
海風が強く吹く。二人の頬に当たる風は冷え切っていた。
「本当にどうにもならん国じゃろ」
オル爺の呟きは、そんな風に乗っていくのであった。
◇◆◇
【隠岐/港・南側 [10:50]】
「ちなみに嬢さんはこれからどうするつもりじゃ?」
「ええっとぉ」
記録用の水晶を大事にしまいながら、シルさんは慌てます。
予定という予定は考えていないので、本当にどうしようと考えます。
「ここはもうじき火の海になる」
「ええーと、でも次の船は来週の便で」
「うーむ、まあまあ死ぬかもしれんな、それは」
オル爺は少し考えた後、にかっと笑います。
「嬢さん、飛んだ経験はあるか」
「いやないですけど」
即答するシルさん。
楽しそうなオル爺。
「なら素晴らしい経験になるぞ」
島のどこかからピーと大鳥の鳴き声が聞こえた気がします。
「────えっ、でも私、魔力持ってんですけど」
大鳥の二人乗りは禁止ですし、魔力の混合によって墜落の危険性があります。
それは詳しくないシルさんでも知っているような、常識でした。
「なーに、少しぐらい飛んでも落ちんじゃろ」
「えぇ」
「魔力持ってなくて飛んでいった少女もおる」
「それは問題でしょッ」
「しかも二人乗りで」
「誰か止めましょうよ、それは……」
そんなツッコミを入れる昼の午後。
ふと、港でであった少女を思い出す、シルさん。
あの不思議な少女は果たして、あの地獄から生きて帰れたのでしょうか。
そんな疑問が、頬をつく風とともに、よぎりました。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字報告があると作者が喜びます。