竜も鳴かずは撃たれまい TS少女と鳥の空戦記録 作:上殻 点景
[司令官]
諸君、聞きたまえ。
[Briefing]────────
ソブエト連邦所属の大鳥が領域を侵犯。
数度にわたる偵察により、こちらの基地情報は知られている。
侵犯したソブエト機の狙いは 西ノ島にある対空砲陣地だと予想される。
敵航空部隊を撃墜し、対空砲陣地が破壊されることを阻止せよ。
────────────
大鳥は飛び立つ。
翼格納から皆が飛びだすのは、もはや見慣れた光景になっていた。
「おっさんは飛ばねーのか?」
最近、何かと俺を見てくるトリノ大尉。
彼は騒ぎの後3日ほど謹慎となり、気づけば以前の苛烈さは消えていた。
「いや、飛ぶ」
おっさんは慣れた手つきで操縦席を調べる。
(だが妙だぜ。いつもの2倍もかかってやがる)
よく見れば大鳥の背中に、複座の操縦席。
「珍しい座席だな、おっさん」
「おかげでチェックに手間取る始末だ」
おっさんの大鳥である、大鷲。
歴戦の大鷲も慣れないのか、体を少しもぞもぞと動かしている。
おっさんは、それに気づかずチェックを進める。
(見てられねーな)
「ちょっと右にズレてんぞ」
「座席の調整は夜に済ましたが」
「目腐ってんのか、どう見ても10mmぐらいズレてんだろ」
前世から養ったチャリ屋の勘。
大鳥に近づいて、複座の固定具を調整する。
固定具は金属のベルト式だ。
触れる手は、ぬめる。
鼻をつく匂いは、柑橘油の香り。
値段は高いが質が良い大鳥用の油。
(大鳥特有の獣臭さが全くしねーし、大したもんだぜ)
「手入れスキルだけは文句がいえねぇな」
ベルトを調整し、
変化した重心も補正する。
しかし応急感が溢れる複座だ。
(この大きさで大人が座れんのか)
まあ、後ろには荷物でも載せるといった感じか。
「ほら、調整できたぜ」
オル爺に聞いた感じでやったが意外と上手くできた気がする。
よく見れば、大鷲も違和感が消えて満足そうだ。
「おっさん、どうした」
「......あの爺の目は確かということか」
何かブツブツ言っているが、俺の整備技術に感動したと言うことでいいのだろうか。
「ガキ.......いや、」
───スカイ・レコード。
おっさんは俺の名を呼ぶ。
(久しぶりに名を呼ばれたな)
いつもはみんな俺の身長と恰好を馬鹿にして“レコ助”と呼ぶが、
おっさんの眼は馬鹿にしているモノではない。
ナニカを決心した眼である。
「いや、きゅ、急に改まるなよ、怖いだろ」
トリノ大尉は俺の前に、整然として立つ。
「俺は空を飛ばなくてはならん。だが俺の眼は腐りすぎた」
「な、何が言いたいんだ......」
大きな深呼吸が聞こえ、言葉は紡がれる。
「新しい眼が必要だ───乗れ」
渡されるは、フライトジャケット。
無理やり丈を縫われた、
ふかふかのフードが付いた、
ぶかぶかの緑のジャケットだ。
ワッペンには【PACAF(太平洋空軍)】
「───ほへっ?」
ぷつっと、暫しの間、頭が真っ白になった。
◇◆◇
【隠岐基地・仮設食事場所】
時刻は3日前の夜に遡る。
食事場所という名の野外のテントには2人。
おっさんと太っちょ爺。
つまり。トリノ大尉とオル爺だ。
「人を乗せろだとッ───酔ってんのかジジイッ」
トリノ大尉のコップが叩きつけられる。
「まったく、若者は声がでけぇなぁ」
オル爺はジョッキ片手に、やれやれといった感じだ。
「眼の代わりを用意するのは俺でも考えたさッ」
大尉の激昂は収まらない。
「ジジイ、何故大鳥の二人乗りが禁止されているかは知っているだろッ」
「魔力が混合して事故を起こすからじゃろ」
魔力の混合。
3種類以上の魔力が混ざり合うと、魔力の波形が不安定になり、魔法が上手く使えなくなるという現象。
どの程度の近距離で、どの程度の魔力量で、起こるのかは厳密には分かっておらず、“魔力は波である派”の研究対象になっている。
「そりゃあ、相方が魔力を持っていればの話だ」
「馬鹿が、ただの人間が空に耐えれるわけがないだろッ」
「大鳥には自動で操縦者を守る魔法があるじゃろ」
「あんなもん最低限にすぎんッ」
「だが──その最低限で耐えたヤツがいるとすれば?」
オル爺はジョッキを傾ける。
「そんなヤツ、軍では聞いたことがないが」
「当然、軍人じゃないからの」
「ジジイッ」
戦争での民間人の介入はご法度だ。
これは国際法で定められた規定だ。
「国際戦争法第15条の項7───大鳥に異常がある場合、獣医の随伴は認められる」
「緊急での話だろ」
「別に緊急時とは書いておらん」
国際戦争法はの18世紀に設立されたモノであり、時代の移り変わりについて行けない条文も多く残っていた。
今回の様に、見方や解釈によって条文の内容が変わる、いわば形骸しつつある法であった。
「......解釈ギリギリだな」
「だが筋は通っておるじゃろ」
トリノ大尉は額に手を当てた状態で、オル爺を見る。
「もしもだ......魔力を持たず、飛べる民間人がいたとして───」
問う質問は一つ。
「そいつは空で戦えるのか?」
返すオル爺の言葉は簡潔。
「それなら問題ない」
ジョッキを置いて答える。
「すでに勝手に空を飛んで、 爆弾虫を落とすぐらいのじゃじゃ馬じゃ」
「大丈夫なのか、それ......」
トリノ大尉は別の意味で頭を抑えることになった。
◇◆◇
時間は、再び現在に戻る。
俺の頭が回り始めるまで3分間。
気付けば手にかかる重量は増えていた。
「あと、これも持っとけ」
「えっと、これはゴーグルと帽子?」
黒の飛行機帽、
ゴーグルは防寒用にしっかりとした作りだ。
帽子のたれにはゴーグルのバンドが引っ掛かっている。
「複座は応急的なものだ。基本は俺の背中にでも掴まっとけ」
ボルトとナットで無理に接合された複座。
誰が作ったのかは知らないが、古臭い応急的な作りを感じる。
えっと、あの
言葉に詰まる。
喉で止まった感情は限界である。
どうした
「いいのか......」
「“何が”だ」
握る力は強くなる。
「俺は兵士でもないし、魔力だって持ってない」
ゴーグルには水滴が落ちる。
「そんな俺が──空を飛んでもいいのかッ」
涙、鼻水を垂らして聞いた問いに。
「知るか───お前が飛ぶ理由はお前が見つけやがれ」
返された回答は解答ではなかった。
代わりにトリノ大尉は俺に差し出す。
「最終確認だ。こいつを受け取れば逃げることは出来んぞ」
目の前には、万物時計。
択は『受け取る』か『受け取らない』か。
受け取れば2度と平穏な暮らしには戻ってこれない、そんな確証がある。
(今の暮らしが嫌いな訳では無い)
皆の帰りを待ち、鳥と戯れ、清掃をする。
前世と同じぐらいは充実した生活だ。
(だが、それで......)
「一歩を、一歩を踏み出せ、か」
あの日、肩にかかった熱は、ほんのりと体に伝わる。
俺は......万物時計を受け取る。
少女は決断した。
歴史にも載らない時刻、
ちっぽけな辺境の基地にて、
ちっぽけな前世を引きずった少女は、
「スカイ・レコード──お前は、今この瞬間からパイロットだ」
飛行士になった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字報告があると作者が喜びます。
以下を修正
・ローシア連邦→ソブエト連邦
・主人公をあだ名をレコ助に。
・細目少尉の喋り方をエセ方言に。
他になんかガバってたらお手数ですが報告を貰えると嬉しいです。