「貴方方ですか、ジガルデが一目置いているトレーナー方というのは」
威厳がまるで感じられないジガルデを前にしている自分達を見つめるように、影から実体がないような現実味がない、というよりもまるで空気のような足取りで現れた男……服はボロボロで背が少し曲がっており、普段は常時左目を閉じている等、全体的に年老いた世捨て人のような雰囲気だがそれを見てレイブンは言葉を失った、それはアンも同様だった。
「初めまして、私はF。それ以上でもそれ以下でもない、唯の……Fです」
「F……さん?」
「ただのFで結構です、お嬢さん」
「そうは、いかないのです。呼び捨ては、ダメなのです」
「……素敵なお嬢さんだ、さぞかしお母様やお父様のご教育が良いのでしょうな」
アンは戸惑いながらもその名を呼ぶが、Fはアンの言葉を受けて少しだけ顔を柔らかくしたような……何も変わっていない、ただ風を受けて筋肉が動いただけのようにも見えるような……そんな微細な変化しか見せない。
「其方はジガルデ、秩序を司るポケモンとの事です―――が、貴方には語るまでも無いようですね。ジガルデを見ても全く驚きもしなければ寧ろ知っているような瞳をしている」
「まあ知ってるから」
特大のやべぇのを、と言いたいのを抑えているとFはゆっくりと語り出す。
「ご存じの通りでしょうが、今のミアレの秩序は大きく乱れています。街に溢れ出したメガ結晶、メガエネルギーなる未知なる存在……そして、それらによって暴走するメガシンカポケモン達……その乱れは、何れこのカロス全てを飲み込み、何れ世界そのものに致命的な一打を与えるかもしれない……貴方方にはあるのですか、ミアレに迫る歪みを正す覚悟が!!」
強い言葉、その言葉には彼自身が纏う存在感の重力の欠如とは裏腹に、異様に重い重い言葉が詰まっていた。此方の覚悟、スタンス、行動を問いかけて来るようなそれに対してどのように返してやろうかと思っていたらキョウヤとセイカが自分達より前に応える。
「なんか分からないけど……俺達にとって、もうミアレは故郷だ!!!故郷に何か大変な事が近づいているなら全力でそこにいる人たちを助けるし、困ってるポケモンが居るなら全力で助ける!!」
「秩序が何だか分からないけど……私達は、私達がしたい事をする!!偽善だって言われたってもう良いの、何もせずに真実から目を背けて何も分からない理想だけを追いかけたくなんてない!!」
「……とても、良い言葉です。ジガルデもだからこそ貴方達を見ていた、暴走メガシンカと対峙している姿を。そしてその実力を把握したうえで今君らを候補者とした」
「候補者……って事は選ばれている……?」
Fは頷いたが、最も、とレイブンを見た。
「ジガルデに相応しいという意味合いでは最も相応しい方は居るでしょうが、そのジガルデは選ぶことはないでしょう。彼は相応しいのではなく適しているだけ」
「悪かったな適してるだけで」
「正確に言うなれば縄張り、自らの領域を守る為の者は選びたいという類の物でしょうが……」
その視線を受けるレイブンを思わずキョウヤとセイカはその瞳を向けてしまった。ジガルデの事も知っていて実力もある、色んな意味でその理由が知りたくなってきた二人だが、Fは話を続ける。
「候補者として選ばれた、そう貴方方はジガルデに相応しいポケモントレーナーにならなければならない。その意味を考えた上でその道を歩みなさい」
「ゼドァッ!!!」
そう叫ぶと目にも止まらない早さで去っていくジガルデ、確りポロックだけは無くなっているが。そんなジガルデは置いておくようにFはゆっくりとホテルZを見上げ、何やら言いたい事がありそうな顔をしながらも瞳を閉じる。
「此方のオーナー……3000歳の男の罪を問いただすのはまた別の機会としましょう」
「えっ3000歳って……」
「AZさん、の事なのか……?」
「それでは、失礼いたします」
「待てよ」
立ち去ろうとするFをレイブンが呼び止める。
「好き勝手に宣って、言いたい事が済んだらはいさよならか?こっちの質問に一つぐらい応えてくれてもいいんじゃねぇのか」
「……何にお答えすれば?」
「たった一つシンプルな事だ―――アンタは、今どの視点でミアレを見てる」
「……第三者、というのは身勝手が過ぎるでしょうね……強いて言うならばジガルデの味方……でしょうな、敢ていうのであればというのが付きますが。それでは失礼いたします」
今度こそ消えます、というように去っていくその背中を見送る。ジガルデの味方……最低でも此方が道を誤るが無ければ敵になる事があり得ないと分かっただけでも大きな収穫だろう……。
「レ、レイブンさんあのFって人を知ってるんです、よね……?」
「正確に言えばあの人の過去を知ってる、だがあの様子からすると俺達の知ってる奴さんとは随分とかけ離れてる……別人と考えるのが妥当だな」
「アンも、驚いたのです……」
あの人物が誰なのかはアンも知っている、それはチャンピオンとしての娘だからなのか、それとも……ジガルデの出現、Fの言葉、様々な事が入り乱れる中でレイブンは肩を鳴らしながらも、空を見上げる。曇天の空は地下にいるような分厚い雲に覆われている、それはこれからのミアレの生末を暗に示しているかのようにも見える。
「お前らも大変なのに目を付けられてるな、俺程じゃないけど」
「「ジガルデ以上の何かに目を付けられてるんですか!?」」
「まあうん、聞いてくれるな」