Tiny Dungeon Another Story   作:のこのこ大王

3 / 52
第2章 三世界の王女達と実戦訓練

 

 全階級合同実戦試験の次の日。

 俺達の教室で正式にフィーネの転入挨拶が行われた。

 

セオラ「もう皆さん、ご存知かとは思いますが

    昨日から転入されたフィーネ=ゴアさんです。

    今日から、このクラスとなります。」

 

フィーネ「フィーネ=ゴア。

     見ての通り魔族よ。

     よろしく」

 

 まるで興味が無いといった感じで簡素な自己紹介をしていた。

 

セオラ「隠しておいても無駄でしょうから、先に言っておきます。

    彼女は学園長マリア=ゴア様のご息女。

    つまり魔界の王女という立場のお方です。

    ですが彼女も学園長も、そういう扱いを望んではおりません。

    あくまで皆さんと同じ、一生徒として接してあげて下さい。」

 

フィーネ「立場や称号なんて下らない。

     そんなもの、いちいち気にしてないわ」

 

セオラ「では、皆さん。

    魔王血族の本家にして『漆黒(しっこく)の悪魔(あくま)』の

    二つ名を持っている彼女に万が一にも

    ちょっかいをかけるつもりでしたら

    そうですわね・・・遺書あたりを持参しておくのが

    後腐れが無くて良いのではないでしょうか」

 

フィーネ「そうね。

     そうして貰えると、遠慮なく消し炭に出来るから助かるわ」

 

 色々と物騒なやりとりに教室の隅に居るヴァイスが

 不機嫌そうなのがわかる。

 あれだけの実力差を見せ付けられてしまっては

 もうどうしようもないだろう。

 

和也「あれ? あいつの取り巻きって少なくなってないか?」

 

 いつもヴァイスの周りの席には奴の取り巻きが座っている。

 今日は、やたらと空席が目立つ。

 

亜梨沙「・・・ああ、あれですか。

    色々あって停学処分を受けたらしいですよ」

 

和也「・・・そうか」

 

 ヴァイスの取り巻きは、奴の庇護下で好き放題していた。

 この前も神族の一般人の少女をイジメていたりしていたことを考えると

 まあそういった処分も当然だろう。

 その件だけで言えば、出来ればヴァイスの奴も停学だったら

 反省の一つも・・・しないか。

 

 後から聞いた話によると、どうやらギル=グレフが

 この停学に関わっていたらしい。

 同族を庇うよりも同族の恥を処分する方を選ぶのは

 やはり根本的な考え方は魔族的である。

 

セオラ「・・・というわけで、席は好きな場所で構いませんわ。

    もっとも、もう決めているでしょうけども。」

 

 一通りの話が終わったらしく、フィーネは

 ゆっくりとこちらに歩いてくる。

 そして俺の隣まで来ると教室内の全生徒達に向かって笑顔を向ける。

 先ほどまでの無表情とは違い、年頃の少女が見せる可憐な笑顔に

 生徒達も見とれていた。

 

フィーネ「私は、藤堂 和也が持つ魔法よ。

     和也の邪魔になるものは、たとえ和也が望まなくても排除する。

     そして私は、和也の持つ最強の魔法として

     彼を最強の戦士にしてみせる。

     人族だ魔族だなんて下らない種族論は

     関係ないし興味すらない。

     和也に向ける敵意は全て、私に対しての挑戦状として

     受け取らせてもらうわ」

 

生徒達「な・・・なんだってぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 フィーネの宣言が終了して数秒後、教室が一気に騒がしくなる。

 誰がこんなことになると思っていただろう。

 ヴァイスなんかは、驚きの表情で口をあけたままだ。

 

和也「おい、フィーネ・・・」

 

フィーネ「もちろん本気よ。

     あの日、あなたは私の全てを救ってくれた。

     そして私は、あなたの魔法になった。

     だから遠慮せず使ってね、フィーネ=ゴアという魔法を。」

 

 彼女の笑顔が眩しかった。

 そして改めて思った。

 あの時の選択は間違っていなかったと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第2章 三世界の王女達と実戦訓練

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝の講義中―――

 

和也「・・・」

 

フィーネ「うふふっ♪」

 

 朝の実習中―――

 

和也「・・・」

 

フィーネ「えへへっ♪」

 

 昼休み―――

 

和也「・・・」

 

フィーネ「すりすりっ♪」 

 

 今日のフィーネは、ずっとべったりとくっついて離れない。

 

リピス「・・・いやまあ、話には聞いていたんだが」

 

メリィ「これはまた・・・」

 

 いつものように昼食を取るため食堂に向かったのだが、これである。

 

亜梨沙「・・・妹、絶対に負けません」

 

 そんなフィーネに謎の対抗心を燃やす亜梨沙は反対側の腕を取っている。

 そして両手が塞がれた状況で食事など出来るわけも無く・・・

 

フィーネ「はい、あ~ん」

 

亜梨沙「はい、こっちもあ~んです」

 

和也「いや、自分で食べられるから」

 

 2人して同時に唐揚げと卵焼きを口元に持ってくる。

 

フィーネ「でも、両手が塞がってるから無理だよね?」

 

亜梨沙「さあ、大人しく食べてください」

 

リピス「うむ、では私はご飯を食わせてやろう」

 

メリィ「では、私はスープに致します」

 

和也「何で参加してくるんだよ」

 

リピス&メリィ「面白そうだから」

 

 ニヤニヤと笑いながら参戦してくる竜族2人。

 周囲の視線が、より一層怖いものになってくる。

 特に男連中の嫉妬の視線は、もはや呪詛のようなものだ。

 

和也「も・・・!?」

 

 もういい加減にしろと言うはずだったが開いた口に

 すかさず唐揚げを器用に押し込むフィーネ。

 

フィーネ「~♪」

 

 ご機嫌で次の唐揚げを準備するフィーネ。

 唐揚げそのものは美味しいんだが・・・

 

亜梨沙「次は、こっちです」

 

 無理やり卵焼きを口に入れてくる亜梨沙。

 

リピス「おかずばかりでも困るだろう。

    さあ、主食だぞ~ぅ」

 

 こちらも遠慮なく押し込んでくるリピス。

 

メリィ「さあ、口の中のものを流し込みましょう」

 

 楽しそうにスープの飲ませてくるメイド。

 もうなんだこれ。

 

リピス「それにしても、そんな楽しそうなフィーネを見るのは初めてだな」

 

 昼食後、終始俺から離れないフィーネを見ていたリピスが口を開いた。

 

和也「ん? 知り合いだったのか?」

 

リピス「ああ、四界の会合の時などに何度か会っている。」

 

フィーネ「私は暇だし、話相手になってもらってたのよ。」

 

リピス「いや、私も歳の近い友人が出来て助かっているよ。」

 

メリィ「リピス様、それはフィーネ様に対して失礼に当たるかと」

 

リピス「ん?何がだ」

 

メリィ「フィーネ様はまだお生まれになられて十数年ですが

    リピス様は既に百年以上ふげぅ!!」

 

 リピスの放った容赦の無い裏拳によって、膝から崩れ落ちるメリィさん。

 

リピス「主人の年齢をバラそうとするなんて

    とんでもないメイドだな、まったく。」

 

 竜族は他の種族に比べて子供が極端に生まれにくい種族であると同時に

 非常に長寿でもある。

 また一定のところで身体の成長が止まるので

 見た目も身体能力等も基本的に死ぬまで若いままを維持しており

 見た目では判別出来ないのが竜族の特徴でもある。

 そのため低出産率でも何とか種族として生存出来ているという

 側面もあるが、他の種族の女性からは強烈な嫉妬と憧れを持たれている。

 

 そして竜族の特徴で有名なもうひとつが『生まれてくる子供は

 必ず女の子である』という点だ。

 竜族の女性が産む子供は必ず女の子しか生まれない。

 なので基本的に他種族の男性との間に子供を作らなければならないのだが

 種族差別的な要素が未だ色濃いため

 どうしても恋愛に発展する確率が低い。

 そこに子供の生まれ難さが合わさり、種族的に数が少ないのが現状だ。

 しかし人族との間であればこの生まれ難さが解消されるどころか

 人間の一般女性と同じぐらいの確率に跳ね上がるため

 はるか昔から人族とは友好関係が続いている。

 

 竜族の中に男性も居るのだが、それには理由がある。

 竜族は、生涯を添い遂げる相手に『竜の祝福』というものを

 与えることが出来る。

 これを受けると受けた男性は種族が竜族に変換される。

 どういう原理か未だに不明ではあるが、この奇跡によって種族の中に

 男性を作ることも出来る。

 しかし先ほど説明したように、種族の壁というものは非常に高い。

 そのため竜族は、一夫多妻制などの政策を取っている。 

 

 

亜梨沙「でも、竜族ってホント羨ましいです。

    死ぬまで若いままとか、どれだけチートなんですか」

 

フィーネ「そこは羨ましいけど、リピスみたいに

     中途半端で成長が止まっちゃうのもねぇ」

 

 自然と視線がリピスの胸に集まる。

 

リピス「ほぅ・・・。

    宣戦布告を受け取っても構わないかね?」

 

和也「どうして俺を見ながら言うんだよ!」

 

リピス「それに私はまだ、成長は止まっていないっ!!」

 

 結局、昼休み終了を告げる鐘の音が鳴るまで

 ドタバタした状態が続いた。

 

 放課後、みんなで帰ろうかと言う話になった時だった。

 突然教室にやってきた学園長が放った一言からが

 スタートだった気がする。

 

 教室―――

 

マリア「お前、今日は私と同じ部屋だからな。」

 

フィーネ「和也のところがいい。

     離れたくなぃ~!」

 

マリア「寮の部屋はまだ整ってないからなぁ。

    久々に一緒の部屋なんだ。

    たっぷり私に甘えるがいい」

 

フィーネ「そんなのど~でもいいわよ!

     てか、引っ張らないで~!

     か~ず~やぁ~!!」

 

和也「・・・」

 

 そしてズルズルと引き摺られていくフィーネ。

 急な転校のために寮の準備が間に合わなかったそうだ。

 明日には寮に入れるみたいだが、今日のところは学園長と同じ部屋らしく

 強制連行されていった。

 

 廊下―――

 

亜梨沙「残念ながら、今日は掃除当番です。

    リピスを待たせても悪いので、先に帰ってて下さい」

 

和也「そうか、じゃあ先に行ってるぞ」

 

 校舎入口―――

 

メリィ「リピス様からの伝言です。

    『リピス、かずやに一刻も早く会いたいんだけどぉ~

     ど~してもぉ~先に処理しなきゃ駄目な~書類があるからぁ~

     先に帰ってくださぃ~しくしく』

     とのことですので、申し訳ございませんが

     リピス様は来ることが出来ません」

 

和也「自分の主人で遊んで、愉しそうですね・・・」

 

 という感じで、校内の広場でどうしようか思考中だ。

 

 しかし一人になってみて改めて思う。

 人族に対しての視線がいつも以上に厳しい。

 最近余計な目立ち方をした反動だろうか

 いつも以上に下校する生徒達から睨まれてばかりだ。

 まあ積極的に絡んでこないだけマシだと諦めよう。

 

エリナ「あれ? 和也?」

 

 ふと後ろから声をかけられ振り返ると、そこには神族王女姉妹が居た。

 あの一件で友人になって以来、どうもよく会う気がする。

 

和也「お、今帰りか?」

 

エリナ「これから街に寄って行くつもり。

    和也は1人なの?」

 

和也「ああ、いつも一緒な連中は全員予定があるそうで

   結局俺一人になったところだよ。」

 

エリナ「ふむふむ。

    つまり今は暇ってことだよね?」

 

 ニヤっとした顔で近づいてくるエリナに

 つい警戒して後退ってしまう。

 

エリナ「そんなに警戒しなくても~。

    ちょっと買い物に付き合ってよ」

 

 一瞬の隙をついて、さっと近づくと腕を絡めてくる。

 この王女様は、本当に男の弱点を突くのが上手い。

 

和也「まあ、もうそれは構わないんだが

   後ろのもう一人の王女様が置いてけぼりだぞ」

 

 状況についていけずにポカンとしているセリナ王女。

 

エリナ「ああ、そうか。」

 

 セリナ王女に近づいて何やら耳打ちを始めるエリナ。

 ニヤニヤとしながら話をしているあたりが何やら不安である。

 そしてしばらくして内緒話(本人を目の前にしてどうかと思うが)が

 終了する。

 

セリナ「あ、あの・・・!」

 

 遠慮がちにこちらに声をかけてくるセリナ王女。

 

エリナ「セリナちゃん! ファイトだよ!」

 

 謎の応援を開始するエリナ。

 

セリナ「お、お、お友達からで・・・お願いしますっ!!」

 

 そう言い切ると、真っ赤な顔をしながらこちらに手を差し出してくる。

 一体何だというのだろう・・・。

 

セリナ「あ・・・あれ?

    何か、違いました・・・か?」

 

 差し出した手をじっと見つめて固まっている俺に

 遠慮がちに聞いてくるセリナ王女。

 

エリナ「ちょっと和也。

    せっかくセリナちゃんが頑張ってるんだから

    答えてあげてよっ!」

 

 何故か怒られてしまった。

 

和也「えっと・・・。

   つまりどういうこと?」

 

セリナ「お・・・お友達・・・」

 

 ああ、そういうことか。

 ようやく状況を把握した俺は、差し出された手を握り返す。

 

和也「人族だけど・・・その・・・こちらこそ、よろしく。」

 

 こうしてセリナ王女とも友人となったわけだが・・・。

 考えてみれば、リピスにしろフィーネにしろ周りは王女だらけだ。

 これって実は凄いことなんじゃないだろうか。

 

和也「セリナ王女まで・・・か。」

 

セリナ「王女なんて言わずに、エリナちゃんと同じで

    ・・・名前で呼んで下さい。」

 

 思わず呟いた一言だったが、それにセリナ王女が反応する。

 

エリナ「おお、セリナちゃん大胆」

 

 確かに、双子で呼び方が違うというのも変な話だし

 あまりこういうことに抵抗しても無意味だろう。

 

和也「わかったよ、セリナ」

 

セリナ「はい。よろしくお願いしますね」

 

エリナ「よ~し。

    じゃあ予定通り、街に出よう!」

 

 何の予定通りなのだろうか。

 当然のように強引に連れて行かれることになった。

 

エリナ「まずは、あそこだよねっ!!」

 

 そう言うと小走りに、亜梨沙も通っているスイーツ屋へと

 向かっていった。

 女の子の甘いもの好きは、種族なんて関係ないのだと再認識してしまう。

 

セリナ「もう、エリナちゃんったら。」

 

 ため息をつきながらも、どこか楽しげに言うセリナ。

 

和也「エリナは元気だなぁ。

   セリナも行かないのか?」

 

セリナ「え? あ、はい。

    じゃあ行きましょうか。」

 

和也「え、俺もか?」

 

 結局俺も店に入ることなる。

 その後も、様々な店に付き合うことになった。

 エリナにからかわれ、セリナの言動に照れながらも楽しい時間となった。

 フォースに来て以来、亜梨沙や最近ではリピス等とも

 出かけることはあるが、それ以外の相手と遊ぶなんて考えもしなかった。

 

エリナ「いや~、今日は遊んだよね~。」

 

セリナ「私も久しぶりに遊びまわった気がします。」

 

 2人とも疲れながらも表情は笑顔のままだ。

 俺も久しぶりに本気で楽しんだ気がする。

 

オリビア「あら、みんなお帰りなさい」

 

 寮の前まで帰ってくると、玄関を掃除していたオリビアさんに出会った。

 

エリナ&セリナ「ただいま、お母さん」

 

オリビア「2人とも随分楽しそうね。

     何かいい事でもあったのかしら」

 

エリナ「今日は帰りに遊んできたからね」

 

セリナ「いつもより多く寄り道した気がします」

 

オリビア「そう、今日は和也君も一緒だったの?

     珍しいわね、男の子と一緒なんて。」

 

 仲良く会話を続ける3人。

 え~と・・・あれ?

 何か重要なことを言わなかったか?

 

オリビア「和也君、2人と仲良くしてくれてありがとう」

 

和也「え・・・ええ」

 

エリナ「ん?どしたの?」

 

和也「今、お母さんとか言わなかったか?」

 

エリナ「ああ、もしかして知らなかった?」

 

セリナ「私達のお母さんなんです」

 

和也「つまり・・・神界女王?」

 

オリビア「実は、そうなんですよ♪」

 

 衝撃の事実をあっさりと、しかも可愛らしく話すオリビアさん。

 寮内の、特に神族の娘達が彼女に対して妙に礼儀正しかったのは

 それが理由か。

 

和也「どうして女王様が管理人なんて・・・」

 

オリビア「娘2人が揃って学校の寮に入るってなったら寂しいじゃない。

     だから一緒についていこうって思ったらマリアちゃんがね

     『ちょうど女子寮に管理人が居ないんだよ』って言ってたから

     やることにしたの。

     娘の世話も出来るし、家事もたくさんやることがあって楽しいし

     こんなに素敵な場所って他にないじゃない♪」

 

 楽しそうに経緯説明をするオリビアさん。

 いや、そんな理由ってどうよ。

 

エリナ「あ~、まあこういう人だと思って諦めて」

 

セリナ「お母さん、家事全般が大好きなんですよ」

 

 俺の唖然とした顔を見て、そう話す双子姉妹。

 学園長といい、管理人といい、どうしてこう自由人が多いのだろう。

 

オリビア「ああ、神界はカイン君達が頑張ってくれてるから

     問題ないですよ」

 

 俺の心の声が届いたのか、そんなことを話すオリビアさん。

 任せられる人材が居るから問題ないって話でも無い様な気もするが・・・

 

オリビア「さあ、2人とも。

     今日あった楽しい出来事をお母さんにも教えて頂戴ね」

 

エリナ「ちょっとお母さん、押さなくても・・・」

 

オリビア「じゃあ和也君、またね♪」

 

 軽くウインクすると2人の背中を押して寮の奥へと消えていった。

 こうして見ると双子王女の、ちょっと歳の離れた

 お姉さんにしか見えない見た目だな。

 しかし考えて見れば実は、学園都市って凄い所なんじゃないか?と

 思ってしまう。

 こうも身近に王族関係が大量に居ると、もう・・・なんだろうね。

 

 夕食を終え、みんなが夜の自由時間を満喫しているころ

 俺は、いつもの丘で剣の素振りを繰り返していた。

 強襲型魔法剣『紅』で100回、黒閃刀『鬼影』で100回。

 それを1セットとして3セット繰り返すのが夜の日課だ。

 魔法の無い俺が、魔法が主体の戦いにおいて勝つためには

 純粋な技術を上げるしか道は無い。

 人より力強く正確な一撃を。

 人より素早く鋭い動きを。

 常にそれを意識しなければ、俺はこの世界で戦士としては

 生きていけないだろう。

 それにこの学園は、世界中から才能のある者達が集まっている場所だ。

 そんな場所でやっていくためには、当然の努力と言えるだろう。

 まあ、もう日課になっているからそんなに苦でも無いのだが・・・。

 

 そんなことを考えながら素振りをしていると

 目の前から見知った顔が現れた。

 

リピス「毎日頑張ってるじゃないか」

 

和也「リピスか。

   どうしたんだ、こんな時間に」

 

リピス「少し夜風に当たりたくなってな。

    散歩がてら見に来てしまった」

 

 夜に俺が、ここで剣を振っているのは女子寮で知らぬ者は居ない。

 夜になるとコソコソ(していたつもりはないが)外に出かける人族が

 不審だったらしく、毎晩後ろから複数の女子生徒に尾行されていた。

 もちろんあんな素人の尾行には即気づいたが

 別に何かあるわけでもないし放置していた。

 一週間ほどで、毎晩自主練習をしているだけだと

 納得して貰えたみたいで尾行は居なくなった。

 そしてその話は女子寮中に伝わり、最終的に亜梨沙から

 俺に帰ってきたという経緯がある。

 

和也「今まで見に来たことなんてなかったのに。

   ・・・何かあったのか?」

 

リピス「・・・いや。

    たまには気分転換したくなることもあるだけの話だよ」

 

和也「そうか。

   まあ、俺じゃ頼りないが話し相手ぐらいにはなるぞ」

 

リピス「本当に頼りないな。

    まあ、そこまで気を使って貰わなくても構わないよ」

 

 苦笑しながら答えるリピス。

 物珍しさから過度に心配してしまったようだ。

 

 そこで会話が止まってしまう。

 テンポ良く剣を振る風斬り音だけが響いていた。

 それからしばらくして、ふとリピスが声を掛けてきた。

 

リピス「・・・そういえば聞きたかったことがあるんだが」

 

和也「ん?なんだ?」

 

リピス「和也は、どうしてこの学園に来たんだ?

    こう言っては何だが、人族は世界的にあまり良い印象はない。

    この学園であっても差別の対象にされかねない存在だ」

 

 彼女の言う意見は、もっともだ。

 人族は人族の大陸以外では、本当に扱いがひどい。

 なので結果的に人族は閉鎖的な種族になっている。

 よほどの理由でも無いかぎり、外に出たがらないだろう。

 

和也「う~ん・・・。

   どうしてと言われてもなぁ。」

 

リピス「・・・話にくいことなら聞かないが」

 

和也「いや、別に構わないんだが。

   ・・・そうだなぁ。

   『力』が欲しいんだよ。」

 

 着飾ったことも言っても意味が無いので、俺はありのままを話す。

 

リピス「『力』?

    それはどうしてだ?」

 

 俺が『力』なんて言うのが予想外だったのか

 早い反応で先を促すリピス。

 

和也「俺はな、もう何も失いたくないんだよ。」

 

 俺は、素振りを止めてリピスを正面から見据える。

 

和也「昔、両親・友人とかそういった何もかもを奪われた。

   俺に『力』が無かったからだ。

   そして俺は、とある事件で、また『力』が無くて

   今度は俺自身が死にそうになった。

   『想い』だけでは届かなかった。

   だから、がむしゃらに『力』を得ようとした俺は

   ある人に出会って教えられた。

   『力』だけでも駄目なのだと。

   だから俺は、ここに居る。

   『力』だけでなく『想い』だけでない、本当の『力』を得るために。

   そして今度こそ、自分が守りたいと思うものを守れるように」

 

リピス「・・・そうか。

    和也も和也で、色々あったんだな」

 

 俺の話を聞いた後、しばらく考えるように瞳を閉じていたが

 ゆっくり開くと、そう感想を述べた。

 そしてそこで会話が、また止まった。

 ただ星空の下で2人、佇んでいた。

 

和也「・・・そういや、初めて会った日も

   確かこんな感じだったよな。」

 

 長い沈黙の後に、ふと彼女との出会いを思い出して口にする。

 

リピス「・・・そうだったな。

    こんな綺麗な星空の夜だったな」

 

 俺とリピスが出会ったは、2階級に上がった直後のこと。

 あの時も俺は自主練習のために、この丘に来たのだが

 その時、先客でその場に居たのがリピスだった。

 夜の丘で、一人で泣いていた彼女を放置出来ずに声をかけたことが

 彼女との始まり。

 結局あの時に泣いていた理由は、今も解らないが

 ただあの時に出会って居なかったら、今の関係は無かっただろう。

 

リピス「・・・あの時の和也の飛びっぷりは見事だったな」

 

 急にニヤニヤした顔になったかと思うと彼女は

 思い出したくない過去を語り出した。

 

和也「あれは・・・ひどかった・・・」

 

 リピスを探しに来たメリィさんに、リピスに手を出そうとした変態だと

 勘違いされてスーパーメイドキック(とび蹴り)という竜族の

 本気蹴りを叩き込まれて、俺は大きく飛んでいった。

 その後、何とか生還した俺の事情説明を無視して

 リピスの泣きはらした顔に気づいたメリィさんが

 俺が泣かせたと勘違いをして

 スーパーメイドスピンキック(回転とび蹴り)を俺に叩き込んで

 意識的にも物理的にも、はるか彼方へと飛んでいったことがあった。

 ちなみに全てが誤解だったとわかった時の彼女の謝罪は

 

メリィ「ごめ~んねっ♪ d(>▽・)ー☆」

 

 という、謝罪とは何なのかという哲学にまで発展しかねないものだった。

 

リピス「・・・夜風も冷たくなってきたみたいだし

    私は、そろそろ帰るとするよ」

 

和也「そうか。

   気をつけてな」

 

リピス「私を誰だと思ってるんだ」

 

 苦笑しながらそう答えた彼女は、寮の方角へと歩いていった。

 

 きっと彼女も立場や嫌な記憶と戦ってるんだろう。

 そしてそこから前へ進む努力もしているはずだ。

 だが、まだ俺ではそれを手助け・・・彼女に本当の意味での信頼を

 勝ち得ていないのだろう。

 それが俺でなくても別に構わない。

 ただ心の底から、彼女にも笑って過ごせる日々が来て欲しい。

 彼女の後ろ姿を見送りながら、そう思うのだった。

 

 

 次の日―――

 

 朝の実戦訓練の授業で闘技場に向かった俺達は、驚きの光景を目にした。

 

亜梨沙「何ですか、この人数は・・・」

 

 思わす亜梨沙が呟いた。

 目の前には、いつものクラスの人間だけじゃない。

 2階級の生徒全てが集合していた。

 

?「あー、あー、入ってますわね」

 

 聞き覚えのある声が闘技場内に響き渡る。

 

セオラ「生徒の皆さん、静粛に」

 

 観客席から出てきた先生の一言で、騒然としていた会場が静まる。

 

セオラ「本日予定しておりました皆さんの実戦訓練の時間なのですが

    担当教師の都合で急遽人数が足りなくなってしまいました。」

 

 その一言で会場が、ざわつく。

 実戦訓練の時間は各クラスで場所を順番に使いまわすのが本来の使い方で

 その際に担当教師が監督役として事故等が起きないように監視している。

 足りないということは実戦訓練が出来ないということ。

 実戦は誰もが一番気合の入る授業時間であり

 それを削られるとなったら不満が出るのも仕方が無い。

 

セオラ「皆さん、落ち着いてください。

    誰も中止にするとは言っておりませんわよ」

 

 そう言うと何やら大きな紙を取り出す。

 

セオラ「教師が足りないのであれば、一斉にやってしまえば

    問題ありませんわ。

    という訳で、こちらがランダムであなた方の対戦相手を

    決定させて頂きました。

    日頃戦うことの無い相手との戦闘になる方も居るでしょう。

    来るべき闘技大会のためにも今回は

    擬似的な闘技大会形式にしてみましたわ」

 

 先生の説明の後、数秒間会場は完全に静まり返っていたが・・・。

 

会場の生徒達「うおおおぉぉぉぉーーーーーー!!!」

 

 一気に歓声が沸いた。

 日頃の実戦訓練は体力強化のトレーニングや、仲の良い連中で組む関係上

 同じ相手との訓練ばかりとなってしまっており

 『つまらない』という声もあった。

 せっかく才能ある連中が集まっているのだ。

 どうせなら色んな奴と戦闘訓練をした方が良いに決まっている。

 俺も普段は、亜梨沙と訓練しかしていないので

 こういうのはむしろ歓迎だ。

 

セオラ「さあ、名前を呼ばれた生徒は出てきなさい」

 

 こうしていつもと違う授業が始まった。

 他人の戦いを見るのも勉強になる。

 次々と名前が呼ばれては戦いが始まる。

 普段は戦う機会があまり無い他クラスとの試合に

 みんな気合が入っていた。

 そして見慣れた奴らの試合も次々と始まっていく。

 

 

 ・・・・・・・。

 ・・・・・。

 ・・・。

 

 

 ガシャン!と機械音が響く。

 排莢された薬莢が、カランと音を立てて地面に落ちる。

 

神族生徒「くっ! くそっ!!」

 

 神族の生徒は、全力でウォーターシールドを張る。

 翼を広げ、弾装まで使用した、まさに正真正銘の全力だ。

 

ヴァイス「止めれるものなら止めてみろっ!

     ドラゴン・フレイムゥゥ!!」

 

 ヴァイス自慢の炎竜がシールドごと神族生徒を飲み込む。

 

神族生徒「ぎゃぁぁぁぁーーーーーー!!」

 

 圧倒的な魔力差によって強引に防御魔法ごと相手を燃やしたヴァイス。

 

ヴァイス「ふははは! 所詮神族なんぞ、敵では無いのだよっ!」

 

 気絶している神族の男がつけていた判定ネックレスが反応している。

 圧倒的な力の差を見せ付けたヴァイスの高笑いが響く。

 終始相手に攻めさせなかった一方的とも言える試合だった。

 

セオラ「さあ、次の試合に行きますわよ」

 

 その次の試合はフィーネの名前が呼ばれる。

 

フィーネ「じゃあ、スグ戻ってくるからね」

 

 ずっと俺の隣に居たフィーネが、名残惜しそうにそう言うと

 試合場所へと歩いていく。

 好意を持たれることは嬉しいのだが、ここまで純粋に他種族の

 しかも美少女にぶつけられると、どうしていいか解らずに照れてしまう。

 

亜梨沙「なに鼻の下を伸ばしてるんですか」

 

 後ろから声をかけてきた亜梨沙にジト目で睨まれる。

 

和也「べ、別にそう言うわけじゃ・・・」

 

亜梨沙「妹のことなんて気にせずに、ど~ぞお好きに」

 

 ムスッとした顔で拗ねる亜梨沙。

 しかし、それでも腕を組んで離れないあたりが

 乙女心というやつなのだろうか。

 

フィーネ「ただいま~♪」

 

 亜梨沙にフォローを入れようとした瞬間に

 反対側の腕に抱きついてくるフィーネ。

 ああ・・・周囲の視線が・・・厳しいです。

 

和也「って、もう帰ってきたのか!」

 

 思わず試合場所を見ると、気絶した魔族の男が

 運び出されている所だった。

 これはもう試合ではなく一方的な虐殺と呼べるのではないだろうか。

 試合を見ていた連中は、何が起きたんだといった表情で固まっていた。

 

?「か~ずやっ!」

 

 聞き覚えのある声と共に、誰かが背中に飛びついてくる。

 振り返るとやはりというか、エリナとその後ろにセリナが居た。

 

エリナ「和也、おはよ!」

 

セリナ「和也くん、おはようございます」

 

和也「2人とも、おはよう。

   とりあえず何でエリナは抱きついてくるんだよ」

 

エリナ「だって楽しそうだったから・・・つい?」

 

和也「何で勢いでしかも疑問系・・・」

 

 更に追加された神族王女達のおかげで、周囲の特に男達の視線は

 もはや俺を呪い殺そうとする、まさに呪術のそれだ。

 口々に囁かれる言葉も呪詛と化している。

 

リピス「何をしているんだ、お前達は・・・」

 

 苦笑しながらリピスまでやってくる。

 

エリナ「お~、竜族の王女だ~」

 

セリナ「こら、セリナちゃん。

    リピス様に対して、失礼ですよ。」

 

リピス「別に構わないさ。

    そういえば神界の双子王女様と、会うのは初めてだったな」

 

フィーネ「私も初めてかも。」

 

エリナ「じゃあ自己紹介から、はじめよ~う!」

 

 何故かテンションが高いエリナ主導で自己紹介を

 それぞれすることになった。

 そして歳も近いんだし、呼び捨てで行こう!友達になろう!と

 トントン拍子で話が進んでいく。

 

亜梨沙「それにしても三界の王女が全員集合とか、珍しいですね」

 

エリナ「そうだよね~。

    ありそうで無かったもんね~。」

 

セリナ「今日は、たくさんお友達が増えて嬉しいです♪」

 

リピス「確かに話す機会が無かったからな。」

 

フィーネ「まあ、これからよろしくね」

 

 周囲は試合なんてそっちのけで、こちらをチラチラ見ている。

 各種族にとって王族は敬畏の対象で、本来なら直接見ることすらない

 雲の上の存在だ。

 その王族の王女様、しかも三世界の王女が全員集まっている今の状況は

 特殊といえるだろう。

 

 周囲のことなんて誰も気にしてないという感じで、王女様方や亜梨沙は

 色々と雑談をしていた。

 しかし問題点が、ひとつだけあった。

 

 何故、俺は取り囲まれているのか・・・!!

 左腕には亜梨沙、右腕にはフィーネ、背中にはエリナがくっつき

 その後ろにセリナ、正面にはリピスが立っている。

 先ほどから、本当に男性陣だけでなく女性陣の視線も怖いです。

 

魔族男生徒「何で、あいつばっかりモテるんだよっ!?」

 

神族男生徒「セリナ様が、人族なんかと・・・!!」

 

魔族女生徒「フィーネお姉さまが・・・!!」

 

神族女生徒「エリナ様が、あんな男にっ!!」

 

 同性にも人気があるなんて、さすがだと思うが

 それにしても女子にまで嫉妬されるとか、もうどうしたらいいんだよ。

 そもそも女子寮というアウェーで孤軍奮闘しているだけなのに

 更に敵が増えるというのか・・・。

 

 こっちの話題なんて関係なく試合は次々と進んでいく。

 

セオラ「では、次の試合は―――」

 

 呼ばれた2つの名前に周囲が、ざわつく。

 次の対戦は、セリナ 対 エリナという姉妹対決になった。

 なかなか見ることがない対戦カードに、皆がお祭り状態だ。

 

エリナ「え~、セリナちゃんか。

    仕方ないなぁ~」

 

セリナ「じゃあ、少し行ってきますね」

 

 エリナはめんどくさそうに、セリナはいつも通りに試合場所へと

 向かっていく。

 

リピス「確かに興味の湧く試合だな」

 

フィーネ「『白銀(はくぎん)の女神(めがみ)』と

     『エレメンタルマスター』の試合。

     かなり期待出来そうな内容だわ。」

 

 セリナは、その容姿と変幻自在の攻撃で相手を圧倒する姿から

 『白銀の女神』

 エリナは、4属性全てを使用した圧倒的火力による攻撃から

 『エレメンタルマスター』

 2人共に、二つ名を持っており神界での人気は圧倒的だ。

 他の生徒の試合なんて完全に興味が無かった2人が、興味を示すほどだ。

 俺個人も非常に興味のある内容に

 みんなで試合が見える位置まで移動する。

 

 セリナとエリナは、ある程度距離を取った位置で構える。

 

セオラ「それでは、はじめ!」

 

 先生の開始宣言と同時に周囲のギャラリーから歓声があがる。

 まだ何もしていないのに騒がしいかぎりだ。

 

 まず動いたのはエリナだ。

 

エリナ「まずは、準備運動・・・いっくよ~!」

 

 エリナの周囲に炎で出来た矢が出現する。

 その瞬間にまた周囲が、どよめいた。

 通常ファイアアローを同時展開する場合は威力が落ちるため

 小さい矢になりがちだ。

 それなりに魔力のある者でも5~6本ぐらいが限界か。

 六翼で魔王の血族でもあるヴァイスですら通常の威力を保ったままなら

 弾装を使っても15本ぐらいが限界だ。

 しかし目の前の天才は、それをはるかに超えていた。

 翼の枚数だけならヴァイスと同じで

 奴と違い血族としての魔力増幅能力もない彼女が

 ヴァイスを超える魔力を行使していることに驚かされる。

 魔法に関しての知識や技術が、先天的な能力差を覆している瞬間だった。

 

エリナ「ファイアアロー、1から10は速度重視で正面!

    11から20は左右から追尾弾で発射!!」

 

 ファイアアローが20本同時に発射される。

 それぞれに役割を持たせて、しかも10本が魔力操作による誘導弾。

 まさに天才の名に相応しい見事な魔力生成・収束と魔法制御力だ。

 

 対してセリナも負けていない。

 正面からの速い速度の10連の炎矢を剣状の儀式兵装で素早く切り払う。

 続いて誘導弾を焦らず後ろに下がりながら引き寄せて

 1つ1つ確実に切り払っていく。

 セリナの切り払いは、俺がやるような魔力の結合部分を斬るのではなく

 魔力を干渉させて消滅させている。

 その正確な魔力制御と判断力に、周囲は次第に言葉を失っていく。

 全てを切り払った直後のセリナに向かって

 いつの間にか魔力チャージしていたエリナが

 チャージした魔力を全て注ぎ込んだファイアアローを1本撃ち込む。

 放ったと同時に、もうセリナの前まで飛んでいる炎矢。

 恐ろしいほどの速度で、隙を狙った回避不能に見える一撃。

 

 セリナにあと数十センチのところで炎矢は停止したかと思うと

 一瞬で凍ってしまった。

 

セリナ「・・・アイスシールド」

 

 氷属性の防御魔法により、高速矢が空中で氷塊になり停止する。

 

セリナ「ブレイク!」

 

 セリナの言葉と共に氷塊と化していた矢が砕ける。

 砕けた氷は薄っすらと水分を空中に撒く形となり

 一瞬だけ白い霧の壁のようになる。

 その直後だった。

 

 その壁をセリナ側から貫く閃光。

 先ほどのエリナが放った高速矢並みの速さで一瞬にしてエリナに迫る。

 セリナの儀式兵装は、いつの間にか弓形態になっていた。 

 

エリナ「ウインドシールド!」

 

 目の前まで迫った魔力矢を風の防御魔法で受け止める。

 魔力が干渉し、発光現象が起きる。

 しかし徐々にエリナ側に押し込まれる魔力矢。

 だが・・・

 

エリナ「風よ!」

 

 エリナの声と共に矢の向きが、わずかにズレて彼女の左側を通過する。

 そして驚くことにそのまま曲がり続けて彼女の後ろを通って

 右側から前に出る。

 彼女の前まで移動してきた矢が空中で静止すると

 矢の前の魔方陣が出現した。

 

エリナ「風の通り道を確保!

    さあ・・・いっけー!」

 

 空中で静止していた魔力矢が目の前の魔方陣に突っ込むと

 魔方陣の魔力を吸収するかのように矢のサイズが大きくなり

 物凄い勢いでセリナに向かって飛んでいく。

 その強力な一撃を、槍形態となった儀式兵装で薙ぎ払う。

 激しい光と共に魔力干渉で相殺するセリナ。

 

亜梨沙「なんて無茶苦茶な制御ですか・・・信じられません。」

 

 亜梨沙は驚いた顔で、その光景を見ていた。

 

リピス「風の防御魔法である程度干渉して

    扱いやすい威力に落としたのか」

 

フィーネ「それだけじゃないわ。

     相手の魔力に自身の魔力を足して制御するとか

     聞いたことが無いわよ」

 

リピス「セリナにしたって魔力干渉で相殺なんて普通は無理だ。

    大抵やろうとしても、魔力が多すぎるか少なすぎて暴発する。

    毎回全ての魔法に対して、あんなに綺麗な相殺が出来る制御力は

    驚異的だな。」

 

 リピスもフィーネも、2人の王女の戦いを見て関心しながらも

 実力を計っているようだ。

 

 エリナの儀式兵装は、杖状のもので魔術師系が好む魔法制御に特化した

 武器形態だ。

 セリナの儀式兵装は、剣・槍・弓と形状が変化していたことを考えると

 状況に応じて変化させることが出来るタイプなのだろう。

 形状が変化する儀式兵装は、かなり珍しい。

 使いこなせなければ意味がないし、そもそも普通は使いやすい形状を

 多用してしまって、どうしても一つの形状で落ち着いてしまうからだ。

 

エリナ「今日も、いつも通りかな~」

 

セリナ「エリナちゃんは、相変わらず強引なんだから」

 

 周囲のことはそっちのけで、マイペースに戦いを続ける王女姉妹。

 2人にとっては、これはあくまで準備運動だが

 俺も見入ってしまうほど高レベルの戦いだ。

 

エリナ「さて、じゃあ第2弾! いってみよ~!」

 

 今度はエリナが杖を振ると、地面から槍状の形をした土の塊が

 空に向けて飛び出した。

 そして一定の高さまであがると、そのままセリナに向けて落下していく。

 しかしセリナは軽くステップを踏むだけで全て避けてしまう。

 集弾性が悪く、殆どがセリナの周りに落下しただけで

 セリナ自身には向かっていかなかったからだ。

 

エリナ「さあ、閉じよ!」

 

 エリナが杖をかざした瞬間だった。

 周りに刺さっていた土の槍が、一瞬にしてセリナの四方を取り囲むように

 巨大な土壁となってセリナを囲んだ。

 先ほどの魔法は、これの布石だったのか。

 

エリナ「ブレイク!」

 

 エリナの声と共に土壁が一斉に爆発した。

 

リピス「アースジャベリンを囮に、アースウォールを四方に展開して

    逃げ道を塞いでから

    わざと魔力バランスを崩壊させての大爆発による魔力ダメージか。

    防御魔法すら攻撃に使うとは・・・今度やってみようかな。」

 

 土属性使いのリピスは今の魔法が気に入ったのか

 自分ならどう使うかを考え始める。

 

フィーネ「でも・・・残念ながら外れたわね。」

 

 冷静にそう呟くフィーネ。

 セリナが土壁に囲まれる瞬間は、誰もが確認していた。

 しかし―――

 

亜梨沙「後ろに回りこみましたね。」

 

 亜梨沙も気づいていたようだった。

 俺も僅かに確認できた。

 土壁に閉じ込められる瞬間のセリナが一瞬「ゆがんだ」のだ。

 

リピス「あの一瞬で、水魔法の幻影を使用して逃げるとは

    ・・・さすがだな。」

 

 そう、アースウォールに囲まれたのは魔法で作ったセリナの幻影だ。

 本人は幻影を囮に土壁の外に逃れており、爆風に紛れてエリナの後ろに

 回り込んでいた。

 

 爆風で辺りが見えなくなっている間に、何かと何かがぶつかる音が響く。

 

和也「・・・おいおい、あいつ本当に魔術師かよ」

 

 風が吹いて煙が消える。

 すると剣形態で攻撃するセリナに対して、杖の先に炎の刀身をつけて

 大剣と化した杖で応戦するエリナの姿があった。

 視界の悪い間に接近戦に持ち込んだセリナが

 相手の守りにくい場所を正確に狙う連撃で

 追い詰めているようにも見えるがエリナは

 その全てを受け止め、回避し、時には自分から攻撃までしていた。

 

亜梨沙「あの動きには型のようなものが見えます。

    何かの流派の剣術を学んでいるようですね。」

 

 エリナの剣術は、構え方や太刀筋にセリナと同じような鋭さがある。

 恐らく同じ師についているのだろう。

 そもそも魔術師は魔法戦を中心とした遠距離に特化しており

 接近戦なんて出来ない。

 魔力を溜めている間に斬られて終了だ。

 エリナのような接近用の魔法もあるのだが

 やはり接近本職の戦士系には厳しく、あくまでけん制としての

 使い道しかない。

 しかし彼女はセリナの素早く正確な連撃を全て防ぎきっている。

 あれだけ戦えるなら戦士としても、かなりの実力があると言えるだろう。

 

 だが、相手はセリナだ。

 セリナはどうしても大振りになってしまう大剣の隙を執拗に攻める。

 ついにエリナがバランスを崩した瞬間を狙って

 低い姿勢からの横薙ぎを繰り出す。

 決まるかと思われた一撃だったが、直前で透明な何かに当たって止まる。

 

和也「・・・風の防御魔法か」

 

 ウインドシールドを張っていたエリナは、そのまま後ろに軽く跳ぶ。

 その瞬間に叫んだ。

 

エリナ「ブレイク!」

 

 ウインドシールドを魔力暴走させたのだが、少し使い方が違った。

 圧縮した風だけを自分に向けて放出したのだ。

 その暴風を利用して軽い跳躍が

 一瞬にして後方への大きな跳躍へと変化する。

 

 一気に距離を取ったエリナに、セリナは

 いつの間にか弓形態になっている儀式兵装から魔力矢を発射する。

 エリナは着地すると同時に大剣と化している杖を横薙ぎする。

 横薙ぎと同時に炎の刀身部分が切り離されて飛んでいく。

 さながら強襲型魔法剣『紅』と同じような使い方だ。

 そして魔力矢と炎の刀身部分が空中でぶつかり爆発してお互いに消える。

 

セオラ「・・・そこまで! 時間切れです!」

 

 先生の合図の数秒後に、盛大に湧き上がる歓声。

 今回は時間が無いため、通常より短い時間に設定されているとはいえ

 気づけば・・・というほど早く時間が過ぎていた。

 

エリナ「あ~、疲れた~」

 

セリナ「もう、真面目にやらないからでしょ」

 

 2人で話ながら、俺達の前までやってきた王女姉妹。

 

エリナ「和也、聞いてよ。

    接近戦とか苦手なのに、セリナちゃん容赦無いんだよ!」

 

セリナ「練習なんだから仕方ないでしょ、エリナちゃん」

 

和也「あれだけ戦えて接近戦苦手って、嫌味にしか聞こえんのだが・・・」

 

エリナ「え~。

    和也までセリナちゃんの味方するんだぁ~」

 

 味方だと思っていた俺の言葉に拗ねるエリナ。

 魔術師であれだけ戦えれば十分なんだが・・・。

 

セオラ「さあ、皆さん。

    時間がありませんから、どんどん行きますわよ。」

 

 そんな先生の声と共に、実戦訓練は順調に進んでいく。

 そして数試合進んだころだった。

 

セオラ「では、次の試合です。

    風間 亜梨沙! 我らがリピス様!

    前に出て下さい!」

 

 周囲が、にわかにざわつく。

 

亜梨沙「む、リピス・・・ですか」

 

リピス「亜梨沙か・・・面白い」

 

 2人ともお互いの試合は何度も観戦しているものの、直接戦うのは

 実は、初めてである。

 

神族A「竜族の王女の相手が人族か。

   これは一方的だな」

 

神族B「はは、人族もこうなると哀れだな。」

 

 亜梨沙と俺は、あまり全体の場で注目されることはないため実力は

 あまり知られてない。

 人族は悪だという風潮が自然と

 『人族はたいしたことない=人族は弱い』という感じになっている。

 これには俺が儀式兵装を持っていないという話もあって

 余計にそう思われている。

 

リピス「セオラ『先生』。

    私は今、一介の生徒だ。

    敬語や特別扱いをしないでくれと頼んだはずだが?」

 

セオラ「リピス様は、我らが主! 我らが頂点!

    リピス様に敬意を払わないなんて万死に値しますわ!

    そう、それは竜族の総意!!

    リピス様バンザーイ! リピス様バンザーイ!

    リピス様バンザーイ!」

 

 何故かリピスを称えるバンザイコールが起きた。

 そしてこのバンザーイに、2階級の竜族達も当たり前のように

 加わっている。

 こうなると彼らが満足して終わるまで誰も止められない。

 リピスも苦笑いしながら終わるのを待っているだけだ。

 

 そして数分後。

 

セオラ「はぁ・・・。

    久しぶりに満足するまで叫びましたわ~」

 

 他の竜族達も謎の拍手喝采をしている。

 魔族・神族達は、やっと終わったかという感じの疲れた顔をしていた。

 竜族は他種族と違い、王に対して絶対の忠誠を持っている。

 現在竜族を率いているリピスは竜界では

 まさに国民的アイドルのような扱いだ。

 リピスが、カラスが白いと言えばその日のうちに竜族の資料に

 カラスは白いと記載されるだろう。

 他種族のように利権争いだとか、そういう下らない内輪揉めは

 一切起きないのでその点は、実に羨ましい。

 ただリピスの決定が善悪関係なく施行されるという点においては

 非常に危ういと言える。

 

亜梨沙「で・・・いつになったら始まるんですか」

 

リピス「・・・色々すまないな」

 

 リピスが申し訳なさそうにしている。

 これもこれで非常に珍しい光景だ。

 立場的なこともあり、あまり直接的な謝罪をしないからだ。

 

セオラ「ああ、私としたことが!

    リピス様、お待たせして大変申し訳ございません!」

 

 大きく頭を下げて謝罪する先生。

 

リピス「・・・もういいから、始めてくれ」

 

セオラ「はい!

    では・・・開始して下さい!」

 

 何やらグダグダな感じで始まった亜梨沙とリピスの試合。

 

フィーネ「ねぇ和也。

     やっぱりリピスって強いの?」

 

和也「見てるのが嫌になるぐらいにな。

   でも本気で戦うことはしないだろうし、様子見で終わると思うが」

 

エリナ「リピスは、強いよね。

    前に戦ったことがあるけど、あれやばかったもん」

 

 やはり周囲の観戦している生徒達の興味も、リピスの実力だ。

 この組み合わせでは、さすがに亜梨沙に興味を持つような奴は

 居ないだろう。

 

 試合は、亜梨沙が刀を構えて様子見をしている。

 リピスは儀式兵装のトンファーを両手に持って余裕の表情だ。

 亜梨沙が中段の構えから下段の構えに、ゆっくりと切り替える。

 

和也「ああ、仕掛ける気だな」

 

 俺の声を聞いて3人の王女がリピスを注目する。

 しかし―――

 

 バチッ!

 短い音が響く。

 驚きの表情を見せる3人の王女。

 リピスは一瞬だけ驚いた顔をしたが、スグにニヤっと笑みを浮かべる。

 観戦している連中は、何が起こったのかと唖然としている。

 

リピス「・・・さすがだな。

    その速度は立派な武器だ」

 

亜梨沙「・・・金麟にアースシールドの魔力乗っけるとか

    どれだけチートなんですか。」

 

 いつの間にか上段の構えになっている亜梨沙は、ムスッとした顔だ。

 

フィーネ「・・・加速魔法」

 

和也「亜梨沙の得意魔法さ。

   あいつは加速魔法を瞬時にかけることが出来る。

   だからその速度を利用した手数で攻める攻撃が得意だ。

   対してリピスは本来、防具等を媒介にするアースシールドを

   金麟(きんりん)に乗っけて金麟そのものを強化することが

   出来るから、恐ろしいほどに硬い。」

 

 竜族には『気麟(きりん)』という特殊能力が生まれつき存在する。

 これは簡単に言えば防御魔法と同等の力を有している。

 常に全身を覆っており魔法・物理問わず有効な防御シールドであるため

 人族以下の魔法適合率で、攻撃魔法は使用出来ず、防御魔法や補助魔法も

 初級程度しか使えないという竜族にとって

 無くてはならないものである。

 そして気麟は攻防一体であり、気麟を纏ったままの拳や蹴りで

 相手の攻撃・防御魔法を砕いたり剣や槍等と撃ち合えたり出来る

 まさに全身鎧のようなものである。

 

 この気麟は意思によってコントロール出来るため

 全身でなく一箇所に集めて強度を増すこともできる。

 またこの気麟を一定方向に撃ち出すことで上位の攻撃魔法に匹敵する

 火力を生み出す攻撃が可能。

 その攻撃を『竜の息吹(ドラゴン・ブレス)』と呼ぶ。

 竜の息吹は撃つとしばらく気麟を使用不能になるが

 この一撃は、遠距離からでも中級防御魔法ぐらいなら簡単に貫く

 凶悪な威力で攻撃魔法の使えない彼らにとって

 まさに切り札たる一撃である。

 

 そして竜族は他種族より圧倒的に身体能力が高く、他種族からすれば常に

 加速・力強化・防御強化の各種補助魔法をかけているような能力なので

 魔法がほとんど使えなくても竜族は他種族と同等に戦ってきた。

 特に攻撃力は凄まじく、竜族のパンチ一発で岩が簡単に

 砕けるほどである。

 そのため竜族の一撃は防御魔法や強化魔法無しで受け止めるのは無謀だ。

 

 さらにリピスは『金竜(きんりゅう)』と呼ばれる特別な竜だ。

 『気麟』より数段能力の高い『金麟』という能力を持っている。

 一般の竜族よりはるかに高い身体能力と金麟による防御力。

 そこに僅かではあるが魔法という要素が加わることで

 彼女は大戦争で数々の戦果を上げた一人だ。 

 身近すぎて忘れがちだが、リピスは

 『金色(こんじき)の竜牙(りゅうが)』という二つ名を持つ

 有名な戦士である。

 

エリナ「金麟に魔法を乗せるなんて、ど~やるんだろ。

    興味あるな~。 どういう原理なんだろうな~。」

 

 エリナは、もう学者のように自分の興味に全力だ。

 対してフィーネとセリナの目は真剣になっていく。

 

 先ほどの音は、亜梨沙がリピスに攻撃をした際に金麟に弾かれた音だ。

 亜梨沙は加速魔法を利用して一瞬で距離を詰めて攻撃し

 それを弾かれたので元の位置に下がったというのが

 さっきの一瞬で起こった出来事だ。

 

亜梨沙「・・・行きます。

    スピードアップ・ファースト

    パワー・ウインド」

 

 加速魔法に攻撃強化魔法を付与して再度攻撃を仕掛ける亜梨沙。

 

リピス「舐められたものだな」

 

 加速中の亜梨沙の攻撃を全て金麟ではなく普通に回避するリピス。

 そしてそのままカウンターの右拳による一撃を放つ。

 

亜梨沙「舐めてるのはどっちですか」

 

 その右拳の一撃を受け止める振りをして・・・。

 風間流『旋風』を放つ亜梨沙。

 リピスの側面を捉えるが・・・。

 

 バチッ!

 また金麟に阻まれてしまい失敗する。

 その隙を逃さずリピスが蹴りを放つ。

 半身引いて蹴りを回避すると、そのままの勢いを利用して

 回し蹴りを放つがまた金麟に阻まれ

 思わず後ろに下がって距離を取る亜梨沙。

 

亜梨沙「・・・硬い」

 

 思わず舌打ちをする亜梨沙。

 自身が非力であるがゆえに手数と速度で戦ってきた。

 その自分と一番相性が悪いのがリピスのような防御の硬い相手だ。

 

リピス「逃げてばかりでは勝てないぞ~」

 

 リピスは余裕の笑みで亜梨沙を挑発する。

 

フィーネ「これは亜梨沙が不利だわ」

 

セリナ「相性の問題も大きいですね」

 

 いくら速度があっても防御が抜けなければ意味が無い。

 これをどう攻略するかがポイントだ。

 

 しかもリピスが使っているのが土属性というのも

 更にやっかいだと言える。

 土属性は他属性と違い、魔法を相殺・無効化してしまうという

 特性がある。

 

 他属性同士は、力比べのように互いの領域同士が衝突して

 より力が強い方が勝つという判りやすさがあるが

 土属性は相殺を主目的とした魔法制御のため

 相手の魔法に触れると干渉して霧散させようとする。

 

 相殺なんて強いじゃないかと思うかもしれないが、大きな欠点もある。

 それは、相殺の効率だ。

 一瞬で相殺するには大量の魔力と天才的な魔法制御の技量が

 必要になってくる。

 一応、アースシールドを防具等に付与すれば、魔法による直撃を受けても

 ある程度相殺されてダメージを軽減することも可能だが

 やはりダメージが残ってしまう。

 そのため、昔は基本的に『魔法は回避するもの』

 という状態だったらしいが防御魔法の研究の結果

 土属性魔法は大地等を媒介にして土壁を作るアースウォールなどで

 物理的に魔法を防御するのが主流となった歴史がある。

 

 直接防御魔法を展開出来る即応性が高い他属性と比べると

 劣るかもしれないが、その欠点が気にならないほどの長所が存在する。

 それは、このアースシールドによる武具への付与という点だ。

 

 魔法への干渉による相殺効果は、相手の魔法に触れることであるため

 武器に付与すれば相手の防御魔法を相殺しようとするため

 相手の防御魔法への事実上の弱体効果となり

 防具に付与して相手の攻撃を防げば

 相手の武器に付与された攻撃強化魔法や

 相手の蹴り等の身体なら身体強化の補助魔法を相殺しようとする。

 結果として相手の攻撃を弱体化したり補助魔法へ干渉して

 無効化しようとすることになるため

 対戦相手としては、常に魔法の維持や安定した威力の確保のために

 通常よりも魔法制御への集中力や、魔力消費を強要される形となる。

 防御魔法ですら攻撃として使用出来るということこそ

 応用力を求められる属性の醍醐味とも言えるだろう。

 

亜梨沙「これならどうですか。

    スピードアップ・セカンド!」

 

 悪い流れを変えるためか、積極的に攻撃を仕掛ける亜梨沙。

 加速魔法のランクを上げて瞬時にリピスの後ろに回り込む。

 そして後ろから一撃を振りかぶる。

 

リピス「だから、舐めているのはそっちなんだよ亜梨沙」

 

亜梨沙「!?」

 

 目の前からリピスが消えたと思ったら亜梨沙の後ろに回りこんでいた。

 リピスの左トンファーが振り下ろされる。

 踏み込む位置をズラして避ける亜梨沙。

 続けざまに右トンファーのアッパーが放たれる。

 体勢を捻って何とか回避して距離を取ろうとするが

 リピスが不気味に追いすがる。

 正直ビックリな光景である。

 加速魔法の中級レベルを使用している亜梨沙に

 いくら身体能力が高いとはいえ

 加速魔法が使えないリピスがついていけているのだ。

 さすが竜族、さすが金竜というところか。

 

亜梨沙「・・・くっ!」

 

リピス「さあ、どうした亜梨沙。

    まさかこのまま終わりじゃないだろうな」

 

 至近距離から離れることが出来ずに回避が続く亜梨沙に追いすがって

 距離を取らせないように接近し続けるリピス。

 どうしても刀が振りにくくなってしまい

 そうなると金麟を抜くような一撃が撃てず

 結果として一方的になってしまっている。

 それに気麟とは常に全身を覆う鎧であり、攻防一体と呼ばれているように

 拳や蹴りにも気麟が全て付いた状態での攻撃だ。

 ただでさえ重い一撃を誇る竜族の攻撃に気麟が

 常に追加されていることになる。

 これこそが竜族であり、魔法適応が種族的に低いにも関わらず

 他種族と対等以上に戦ってこれた要因でもある。

 

 更にリピスはアースシールドに大量の魔力を込めているようで

 接触していないにも関わらず、リピスに至近距離に迫られるだけで

 相殺干渉が発生しその効果に亜梨沙の付与魔法は影響を受け

 ジリジリと魔力を削られているようだ。

 

 初めこそ亜梨沙に罵声を浴びせていた連中達も居たが

 この高速戦闘を見て静まり返っている。

 

 今、加速魔法が切れれば一気に勝負を決められかねない状況なため

 亜梨沙は攻撃付与魔法を一度切って、加速魔法の制御と

 リピスから距離を取ることに専念することを選ぶ。

 結果的に攻撃手数が減少してしまい、一方的にリピスが亜梨沙を

 追い立てている状況になる。

 

 このままリピスの猛攻が続くかと思ったが、スグに亜梨沙が動いた。

 体勢が崩れた瞬間を狙ったリピスの一撃を受け止めようとする。

 今、防御魔法を使用していない亜梨沙では受け止めることは不可能だ。

 だが受け止めるのではなく、その威力をそのまま利用して

 ダメージを受けずに大きく後ろに吹き飛んで距離を取って着地する。

 このあたりは風間流の技術であり、この『受け』の技術が

 風間流のカウンター技の基礎となっている。

 あの若さで流派を名乗ることを許された彼女だからこそ

 今のような完璧なコントロールが可能なのである。

 

 ようやく距離が取れた亜梨沙は、刀を構え直す。

 リピスは、相変わらず余裕そうに低い姿勢で構える。

 

亜梨沙「・・・ストレスが溜まる一方です」

 

 ストレートな物言いにリピスが、思わず苦笑している。

 

亜梨沙「でも、兄の前でこのまま何も出来ずに時間切れは

    私のプライドが許せません。」

 

リピス「・・・ほう。

    ではどうするんだ?」

 

亜梨沙「少しだけ、やる気を出します」

 

 刀を上段の大振り右半開の構えを取る。

 

和也「亜梨沙の奴・・・ようやく、やる気になったか」

 

 構えを見て俺はそう呟いた。

 

フィーネ「・・・やる気ってことは

     今までのは、本気じゃなかったの?」

 

和也「ああ、そうだよ。

   あいつの速さは、まだこんなもんじゃない。」

 

 俺が笑みを浮かべながらそう言うとフィーネだけでなく

 セリナとエリナまで真剣に亜梨沙に視線を送る。

 

亜梨沙「スピードアップ・セカンド

    パワー・ウインド」

 

 強化魔法をかけた後、動かなくなる亜梨沙。

 リピスも空気が変わったことに気づいて目つきが鋭くなる。

 そして、それは一瞬にして起こった。

 

亜梨沙「風間流・三光(さんこう)」

 

 その呟きと共に亜梨沙が動く。

 そして―――

 

 大きな金属音が響いた。

 何かが地面を滑る音に土煙が上がる。

 

 リピスが居た場所には亜梨沙が刀を振り下ろした状態で立っており

 そのはるか前方に、トンファーで防御の構えをしているリピスが居た。

 リピスは亜梨沙の一撃を受け止めきれずに後ろに弾かれたのだ。

 土煙は、リピスが足を踏ん張って地面を擦った際に上がったものである。

 

リピス「・・・いや、今のは正直驚いた。

    まさか金麟を抜いてもなお、この威力とはな」

 

 そのリピスの呟きの数秒後―――

 

セオラ「・・・そこまで! 時間切れです!」

 

 先生の声が響いた。

 魔族と神族が唖然としている中、竜族達は歓声を上げて拍手をしていた。 

 

亜梨沙「ホント、うざいほどに硬かったです」

 

リピス「そっちこそ、面倒な速さだったじゃないか」

 

 互いに嫌味を言いながら、こちらに帰ってくる。

 

フィーネ「亜梨沙があそこまで強いとは思わなかったわ」

 

エリナ「あの速さは凄いよね」

 

セリナ「2人とも、凄かったです」

 

 王女様達の中で、亜梨沙の評価が急上昇しているようだ。

 

亜梨沙「まあ人族ですし、評価が低いのはいつものことです。

    なので別に気にしてません。」

 

リピス「そういうな。

    特に最後のは凄かった。」

 

 亜梨沙は、どうしても自分を卑下する癖がある。

 なのでこうして周りから褒められる機会は良い事だと思える。

 それに自慢の妹が褒められるのは俺も嬉しかったりする。

 

 亜梨沙も俺が知る天才の1人だ。

 風間流は、人族の中でも最強と呼ばれる武術である。

 彼女はこの若さで師範代を任され、風間流を名乗ることを許されている。

 基礎で最低でも10年かかると言われている風間流の中でも

 流派の名乗りを許されるには

 風間の当主であり風間流現継承者でもある彼女の祖父の許可が必要だ。

 

 あのクソ爺(当主様)は非常に厳しく、師範代の任命も10人ほどしか

 認めておらず、名乗りを許されているのだって

 数十万人居る門下生のうちで、たったの20人ほどしか居ないので

 教える側も大変みたいだ。

 亜梨沙の親父さんが、よく愚痴を言っていたのを覚えている。

 

 名乗りを許された者は、最強と呼ばれた風間の名を背負うことが

 義務となる。

 ちなみに俺は、クソ爺(当主様)に会うと必ず訓練という名の

 シゴキが待っているので、いつも全力で逃げている。

 

 話がそれたが、亜梨沙は同年代の人族の中でも特別で

 他流試合では負けたことが無いどころか、常に相手を圧倒し続けている。

 学園フォースでも、未だに負けたことはない。

 亜梨沙が本気で挑めば、スグに学園上位に名前があがるだろう。

 

リピス「なんだあれは。

    刀が3本あったぞ」

 

セリナ「私も3本あるように見えました。」

 

フィーネ「私もよ。

     あれってどうなってるの?」

 

亜梨沙「あれは単なる3連撃です。

    速度が速いから、3本あるように見えるだけです」

 

 淡々と説明する亜梨沙。

 しかし王女達は、簡単に納得できないようだ。

 

リピス「簡単に3連撃というが、あれは本当に3本の刀に

    同時攻撃された感じだぞ。

    見た目どころか、受け止めた衝撃まで連撃では無く

    同時の感覚だった。」

 

セリナ「しかも3連撃を全て同じ場所に集中させて

    威力を底上げしてましたよね」

 

エリナ「物凄い集中力と魔法制御力だよね」

 

フィーネ「そして攻撃全てが全力だったのも凄いわ。

     連撃だと、どうしても強弱が出ちゃうのに

     全て一撃必殺だったように見えたわ。」

 

 友人達が凄いと賛辞を送る。

 学園に来てからそういうことに慣れていない亜梨沙は

 さすがに顔を真っ赤にして照れている。

 

 『三光』は亜梨沙が特に力を入れて学んでいた技で

 超高速の3連撃による攻撃だが、その速さゆえに3連撃ではなく

 3人による同時攻撃と同じようになる。

 しかも3連撃全てが一撃必殺を信条とした全力の一振りである。

 いきなり3人同時攻撃なんてされれば普通の人間では

 対処出来ないだろう。

 また攻撃すべてを一箇所に集めて火力を倍増することも可能なので

 亜梨沙の手数重視が進化した先にあったとも言える技である。

 

 それからも次々と試合が進んでいく。

 エリナはリピスを捕まえて、先ほどのシールドの原理を解析しようと

 質問攻めにしている。

 フィーネとセリナは、亜梨沙の試合の話で盛り上がっているようだ。

 

 別に見て欲しい訳ではなかったので、こっそりとその場を離れて

 試合場所に向かった。

 そしてちょうど次の対戦発表をしようとしたセオラ先生が

 もう既に指定場所で立つ2人を見て呆れたような笑みを浮かべた。

 

和也「試験の時に会って以来、何となく

   こうなるんじゃないかと思ってたよ・・・ギル=グレフ」

 

ギル「そいつは奇遇だねぇ。

   俺も同じことを考えていた所だよ」

 

セオラ「では、はじめ!」 

 

 お互いに剣を構えて距離を取る。

 ギルの儀式兵装は双剣だ。

 不敵な笑みを浮かべながら二刀を上段と中段に構える。

 

魔族女生徒達「きゃ~~!!

       ギルく~~ん!!」

 

魔族男生徒達「人族なんて、さっさと倒してしまえよギル!」

 

 魔族からの人族への罵声と同族への歓声が響く。

 神族からは失笑が聞こえてくる。

 まあ想像通りの展開だ。

 俺はきっと、ギル=グレフの引き立て役なのだろう。

 そんなことを考えていると、いきなり聞き覚えのある声が響いた。

 

フィーネ「先に言っておくわ。

     私、フィーネ=ゴアは『藤堂 和也』が持つ魔法よ。

     和也の障害になるものは全て、私が排除する。

     だから今、和也に敵意を向けている連中は

     この私が相手になってあげるわ。

     さあ、灰になりたい奴から出てきなさいっ!」

 

 こっそり移動したはずだったが彼女には気づかれていたようだ。

 高々と振り上げた黒い儀式兵装を持ったフィーネが、そう宣言する。

 一瞬周囲が僅かにざわついたが、すぐに静まり返る。

 彼女が発している殺気が冗談の類ではないことを理解したのだろう。

 殆どが不満そうな顔か、唖然とした顔のどちらかになっている。 

 

セオラ「・・・生徒、フィーネ。

    気持ちはわからなくもありませんが、少し落ち着きなさい。」

 

 微妙な空気をかき消すように先生が話し出す。

 

セオラ「それに生徒の皆さん。

    ここは学園フォースであり中立地帯です。

    種族がどうとか、そういう下らないやり取りをする場所では

    ありません。

    そういう話は、どうぞ皆さんの国に帰ってからに

    なさって下さいな」

 

フィーネ「・・・ごめんなさい。

     どうやら強く言い過ぎたようだわ。」

 

 そう言って彼女は軽く謝罪を述べた。

 そうなると周囲の連中は、更にバツの悪そうな顔になる。

 完全に自分達が悪者扱いになってしまったからだ。

 

 暗に「これ以上やるなら退学処分も辞さない」と発言する竜族教師。

 何かあれば全力で相手をすると言う『漆黒の悪魔』フィーネ。

 それが人族を庇うためだというのだから、周囲の連中が

 面白くないのもわからなくはない。

 特にヴァイスの奴なんかは、その不満を隠そうともしていない。

 

 次に誰が動くのか。

 そう思っていると授業終了を告げる鐘の音が鳴る。

 

セオラ「・・・では時間ですので

    中途半端ではありますが、これで終了とします。」

 

 全員で終了の挨拶を済ませると、この何とも言えない空気を変えるためか

 誰もが何事も無かったようにそれぞれ校舎へと帰っていく。

 

和也「先生!」

 

 帰ろうとする先生を呼び止める。

 

セオラ「どうしましたか?」

 

和也「さっきは、ありがとうございます。」

 

セオラ「・・・何の話でしょうか。

    私は、感謝されるような特別なことをした覚えはありませんわよ。」

 

 軽く笑みを浮かべると彼女はそのまま歩いていった。

 彼女の人気は、こういう所にもあるのだろう。 

 

 そしてその日の昼休み。

 中庭の木陰で昼食を取っていたのだが、どうにも視線が気になる。

 周囲の生徒達が、しきりにこちらを見ているからだ。

 

フィーネ「わかってはいたけど、やっぱり下らない連中が多いわ」

 

セリナ「種族差別は確かに問題ですよね。

    もう戦争中じゃないんですから」

 

エリナ「・・・ははは。

    色々と・・・耳が痛い・・・」

 

リピス「でもまあ、戦争当時と比べれば格段にマシだ」

 

メリィ「確かに、戦争中は見つけ次第ぶっ殺せ!って感じでしたから」

 

亜梨沙「まあ人族は、戦争責任を押し付けられてますからね。

    まだこうして学園に通えるだけマシだと思ってますが」

 

 原因は、こうして魔族・神族・竜族の王女達が集まっているからだ。

 普段は見ることも出来ない雲の上の存在である王族が

 一堂に会しているのだから仕方が無い。

 それに亜梨沙も含めて全員が美少女というのも大きい。

 これだけの美少女達の中に混ざっている俺への不満を

 言っているのだろうか、こっちを見ている男軍団が

 何やら声を張り上げていた・・・。

 

 

 

 ―――同時刻

 華やかな王女様軍団の昼食風景を眺めながら食事をする男達が居た。

 

魔族男生徒A「・・・フィーネ様、やっぱ可愛いよなぁ~」

 

神族男生徒A「俺はセリナ王女だなぁ。

      あのお淑やかで女の子らしい感じがたまらん・・・!!」

 

魔族男生徒B「いやいや、エリナ王女だろ。

      あの元気っ娘な性格に、あのスタイル・・・完璧すぎる」

 

神族男生徒B「・・・俺は、リピス様だな」

 

魔族男生徒A「ロリコンだな」

 

神族男生徒A「ロリコンが居るな」

 

魔族男生徒B「ロリコン乙」

 

神族男生徒B「・・・ロリコン上等!!」

 

ギル「いやいや、妹ちゃんだって俺は全然アリだと思うぞ」

 

思春期真っ盛りな男達「・・・うむ、たしかに」

 

 男生徒達だけのグループが、好みの女性について熱く語り合っていた。

 彼らの場合は、むしろ美少女だったら誰でもいいというような感じでも

 あるが・・・。

 

ギル「それにしても、羨ましいかぎりだねぇ」

 

魔族男生徒A「いや、お前がそれを言うのかっ!?」

 

神族男生徒A「お前、普段あんな感じだぞっ!!」

 

魔族男生徒B「いつもなら種族や階級問わず

      色んな女の子達と一緒じゃないか」

 

神族男生徒B「リア充爆発しろ」

 

 彼、ギル=グレフは学園内でも人気がある生徒だ。

 その性格ゆえか種族や階級を問わず、数多くの友人が居る。

 特に女生徒の人気が高く、常に周りには女生徒が居ると言っても

 差支えが無いほどだ。

 しかし彼は男友達関係も大事にしており

 こうしてたまに男だけの集まりにも参加している。

 

ギル「おいおい、それひどくないか?」

 

 苦笑しながらも、そう答えるギル。

 

魔族男生徒B「いや、この想いはきっとモテない全男生徒の総意だ」

 

神族男生徒A「ああそうだ。

      それに関してだけは、種族など関係なしだ」

 

 ギルが知らずに世界に貢献していることが、1つある。

 彼と友人である以上、他の友人・・・つまりは他種族と接する機会が

 どうしても多くなってしまう。

 その結果、種族間の差別意識を持っている者でも

 その意識が徐々に低下してくるため彼の周りに居る者達は

 種族に関係なく相手そのものを見る傾向が強くなっている。

 

ギル「しかし、気になるねぇ・・・藤堂 和也」

 

魔族男生徒C「藤堂 和也は爆発すればいいんだっ!!」

 

神族男生徒C「そうだっ!!

      リア充爆発しろっ!!」

 

 ついには、会話に参加していなかった連中まで騒ぎ始める。

 

ギル「ははは、お前らは賑やかだな」

 

 笑いながらも視線は、ずっと和也に向けられていた。

 魔族・神族・竜族の三界の王女達から信頼される人族の剣士。

 聞けば儀式兵装を持っていない落ちこぼれらしいが

 それが本当なのかどうか。

 だから今回の対戦を非常に楽しみにしていたのだが・・・・。

 

ギル「やっぱり・・・気になるねぇ」

 

 一体何が、王女達を引き付けたのか。

 

ギル「今度の闘技大会が楽しみだ」

 

 残っていた飲み物を一気に飲み干すと、ギルは立ち上がる。

 その視線の先には、闘技大会で使用される闘技場が映っていた。

 

 

 ・・・・・・・・・。

 ・・・・・・。

 ・・・。

 

 

 午後は魔法学と戦略理論の講座だ。

 魔法学に関しては、実際に使用出来ない俺には無意味かもしれないが

 知識としてあるだけで実際に役立つこともあるので手が抜けない。

 また戦略理論も重要な座学だ。

 たとえ戦術すら覆すほどの強者でも、戦略までは基本的に覆せない。

 戦場で1人強い奴が居たところで大勢に影響を与えるようなことはない。

 まあ大戦争で二つ名のついた有名人は

 戦況すら変えるほどの活躍をしているが

 あくまで彼らも単独行動ではなく、部隊単位で行動している。

 戦争では単独で出来ることは限られてくる。

 

 そういった意味で戦争として捉えるのであれば

 組織としての強さの方が重要だ。

 その統率力の高さも武器である神族は、むしろ大規模戦ほど強くなるため

 会戦初期に一番勢力を伸ばしたというのも理解出来る。

 

 また実技には及ばないものの、立派に単位の1つだ。

 年末になると毎年のように単位が足りない者達が補習などで走り回るのが

 学園フォースの風物詩になっている。

 去年、走り回る必要はなかったものの魔法が使えないため

 魔法実習の単位が取れない俺は、座学系の単位を全て取得して

 ようやくギリギリ進級試験を受けることが出来た。

 それを考えると今年も座学は一切落とすことが出来ない。

 

 教室内をそっと盗み見る。

 

 戦闘があまり得意でない文官系の連中や取得単位が危ない奴らは

 真面目に授業を受けている。

 逆に戦闘が得意な連中は居眠りをしたり、教科書を壁にして

 違うことをしていたりと真面目に受けてない奴らがほとんどだ。

 

 この中の何人が進級出来るのだろうか。

 そんなことを考えながらも俺は、ノートを書く作業に戻った。

 

 

 その日の夜。

 いつもの場所で日課の素振りをしていた。

 

和也「・・・ちょっと勿体無かったなぁ」

 

 そんな言葉が口から自然とこぼれる。

 ギル=グレフとの戦いだ。

 学園でも実力者の1人として名前のあがる魔族でクラスメイト。

 基本的に人族は他種族に嫌われているため

 練習相手になってもらえない。

 そのため亜梨沙との練習ばかりになってしまう。

 たま~に竜族の娘達が練習相手になってくれたりもするのだが

 あくまでたまにである。

 なので奴との対戦は、ある意味期待していたのだが・・・。

 

 そんなことを考えていると、後ろから足音が聞こえてくる。

 誰か来たのかと思って振り返る。

 

和也「・・・ッ!!?」

 

 後ろに居たのは人の型をした『何か』だった。

 頭のような部分に目は無く、口らしき部分には

 鋭い牙のようなものが生えている。

 むき出しの筋肉のようなものが全身を覆っていて

 まるで生まれたばかりの肉塊のようだ。

 3mほどの大きな巨体を引き摺るように

 ゆっくりとこちらに向かってくる。

 

 本能的に咄嗟に魔法剣・紅を構える。

 こちらに顔を向けた化け物は、右腕をあげてこちらに向ける。

 すると右腕が波打つようにグニョグニョをうねりながら姿を変える。

 そして右腕は魔導砲のようになる。

 

 魔導砲とは、旧文明の遺産である。

 魔力をチャージして撃ち出す古代兵器であり

 純粋な魔力の塊を撃ち出すため下手な魔法より強力で

 小さなものでも中級防御魔法を貫く威力があり

 大きいものだと城壁すら破壊するぐらいの威力を有している。

 

 こちらに向けたままの化け物の右腕が発光する。

 俺は咄嗟に回避行動を取る。

 

化け物「グルァァァ!!」

 

 雄たけびと共に魔導砲のようなものから魔法が発射される。

 

和也「何っ!?」

 

 魔導砲が撃ち出す魔力弾ではなく、飛んできたのは

 ファイア・アローだった。

 しかも1発や2発ではない。

 数十発の炎矢が連続で発射される。

 

 早急に回避行動を取っていたおかげで、初弾の数十発は回避出来たものの

 止まることを知らない壊れた機械のように、ファイア・アローを

 吐き出し続ける化け物の右腕。

 森の方へ逃げることも考えたが、それをすれば

 森ごと焼かれる危険性がある。

 かといって、見晴らしの良いこの丘では回避し続けるにも限界があった。

 徐々に追い詰められてしまうことに舌打ちをしながらも

 逆転の一手を打つことにした。

 

和也「・・・魔眼・発動!」

 

 俺の魔眼は、一般的に言われているような魔眼とは違う。

 昔に出会った、特殊な魔眼を使える人に直接指導してもらえる機会があり

 その時以来、こちらも努力を続けてきた。

 元々才能もあったらしいが現在、普通の魔眼よりも

 数倍優れたものに進化している。

 そしてこの魔眼は魔法が使えない俺にとって

 唯一魔法に対抗出来る切り札となりえる強力なカードだ。

 普段は切り札として使うことは滅多にないが

 今は命のやり取りをしている本物の殺し合いだ。

 出し惜しみをして死んでしまっては、話にもならない。

 

 魔眼の力を通常の生活レベルではなく、戦闘レベルにまで引き上げる。

 普段からここまで引き上げておけば、昔にあったエリナの流れ弾なども

 簡単に回避出来ただろうが、開放レベルをあげると

 それだけ精神力を消耗してしまう。

 これは俺の完全に力不足のせいではあるのだが、そういった理由もあり

 普段は抑えているのだが、今はそうも言っていられない。

 

 魔眼の力を上げた状態で化け物を見る。

 

和也「何なんだよ・・・こいつ」

 

 思わず足が止まりそうになるが、無理やり動かして走り出す。

 魔法の流れが捉えることが出来るようになり、大量に迫る炎矢の雨を

 最小限の動きで回避出来るようになったため

 余裕を持って回避していく。

 そして回避行動を取りながら相手を改めて確認する。

 

 魔眼の力によって初めてこの化け物が何者の正体が少しだけわかった。

 身体の中心に魔力コアがあり、肉体を構成しているのは

 土や岩を魔力で変化させたもので

 どちらかと言えばゴーレムに近い存在だ。

 

 ただ、ゴーレムとの違いは岩などをそのまま使用するわけでなく

 魔力で再構成しているという点が大きい。

 このため通常の岩などよりもはるかに硬く、防御力に優れる。

 また魔法に対してもそれなりの抵抗性もあるように見える。

 

 そして一番は、魔法を使うという点だ。

 魔法は儀式兵装無しでの使用は出来ない。

 古代兵器には魔法という概念がない。

 何故なら古代兵器で発動する攻撃は全て『純粋な魔力塊』だからである。

 今のこいつのように明確な魔法を使用することは出来ない。

 仮にあの腕が儀式兵装だったとしてもおかしい。

 何故なら儀式兵装があっても魔法を発動するのはそれを操る者だ。

 術者が、ファイア・アローならファイア・アローを

 『イメージ』する必要があるからだ。

 それだけの知能を持ち合わせているとも思えない。

 ではあの腕は何なのか?

 そもそもこいつは何なのか?

 

 だが、今はそんなことは関係ない。

 とりあえず目の前のこいつを何とかするのが先決だ。

 

 炎矢の雨の切れ間を見つけて一気に距離を詰める。

 すると奴の左腕が、グニョグニョと動き出すと剣状の腕に変化した。

 突っ込んでくる俺に向かって剣状と化した左腕を水平に薙いでくる。

 その攻撃をスライディングで避けながら

 そのまま奴の股下をすり抜ける。

 スグに起き上がると、そのまま奴に向かって振り向きざまに

 剣を上段から振り下ろす。

 ・・・手に硬い衝撃が伝わってくる。

 

和也「浅い・・・!!」

 

 思わず舌打ちをする。

 右肩付近を狙った一撃だった。

 魔力結合を狙えば簡単に斬れるはずだったが

 僅かに狙いがズレてしまう。

 そうなると硬い肉体の前に、どうしても刃が完全には通らず

 魔力核までは、届かない。

 

 痛みなどまるで感じていないかのように、振り返りざまに

 そのまま剣と化した左腕を振り下ろしてくる。

 すかさず右側に避け、そのまま『旋風』を化け物の右わき腹に叩き込む。

 

和也「うぉぉぉぉ!!」

 

 右わき腹に斬りこんだ刃を、そのまま先ほど傷をつけた右肩へと

 斬り上げる。

 この一撃で相手の右肩から右腕を巻き込んでわき腹までを

 完全に斬り飛ばした。

 すると相手の魔力核の一部が外に露出する。

 

 そのまま後ろに剣を投げ飛ばしてしまいそうになるほどの勢いを

 上半身と腕の力でなんとか止める。

 そしてそのまま剣を核に向けて振り下ろす。

 

 ガキィッ!!

 

 化け物は身体を捻りながら剣状の左腕でこの一撃を受け止める。 

 続けて、化け物が蹴りのモーションに入る。

 咄嗟に右膝を相手の蹴りに合わせるが、予想以上の威力で

 後ろに大きく吹き飛ばされる。

 

 苦痛に顔を歪めながらも身体を回転させながら着地をする。

 着地しながら更に身体を回転させ、その遠心力を利用しながら

 剣を横薙ぎする。

 すると刀身だけが化け物に飛んで行き、露出していた核に突き刺さる。

 

和也「ブレイク!」

 

 俺がそう声をあげると刀身は魔力暴走を起こして爆発する。

 

化け物「グアァァァァ!!!!」

 

 断末魔を上げる化け物。

 魔力核の一部が破損し、そこから魔力が漏れていき

 傷口を再生しようと集まっていた結合の弱い部分から

 順番に身体が崩壊していく。

 

 俺は魔法剣・紅を見つめる。

 

和也「これをくれたあの人には、本当に感謝しきれないな」

 

 そもそも魔法剣は数が非常に少ない。

 それは核となる魔力石が、かなり特殊な上に

 現在でも解析不可能な古代技術が使用されているからだ。

 強襲型最大の利点である刀身を飛ばすという行為は

 この核となっている魔力石の制御によるものらしく

 この『紅』に使われているものは、更に貴重なものだそうだ。

 先ほどのように飛ばした刀身を魔力暴走させて爆発させるなんてことは

 他の強襲型の名を持つ魔法剣では出来ないらしい。

 それは魔法で出来ている刀身は

 『魔法石が術者として魔法を行使している』という状態だからだ。

 術者が制御を崩すことで爆発させることの出来る技を

 意思を持たない魔力石にやれというのが不可能である。

 もし無理やり制御が崩れるように仕向ければ

 内臓されている魔力全てが爆発しかねない。

 

 ところがこの『紅』に関してだけは違う。

 使い手の意思を反映するかのように、剣の出力を変更できるので

 剣のサイズを細身の剣から大剣クラスまで調整が可能で

 先ほどのように飛ばした刀身の魔力爆発も出来てしまう。

 更に通常の魔法剣は、専用の装置でしか魔力の補充が出来ないため

 一度魔力を切らせてしまうと大変だが、この『紅』は

 何と太陽の光に当てているだけで勝手に魔力が補充されてしまう等

 全ての点において、他の魔法剣を圧倒するスペックになっている。

 

 まだ人界に居たころに、この『紅』を魔法関係の道具を扱う店の

 おっさんに見てもらったことがあるが、見たこともない量の大金を

 積まれて「売って欲しい」と頼み込まれたこともあったぐらいだ。

 

 俺は魔法剣をしまうと化け物の方を見る。

 まるで初めからそこに居なかったかのように

 何の痕跡も残さずに消滅してしまっていた。

 

和也「・・・アレは、一体何だったんだ?」

 

 周囲の荒れ具合を見れば、先ほどの戦闘が夢ではないことは一目瞭然だ。

 正直、あんな化け物が居るなんて聞いたこともない。

 結局あの化け物は何だったのか。

 そして何故いきなり襲ってきたのか。

 どうしてこんな場所に居たのか。

 色々と湧き上がる疑問に答えてくれる者が居るわけでもなく

 俺は、そのまま寮へ引き返すことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

第2章 三世界の王女達と実戦訓練 ~完~

 

 





まずは、最後まで読んで頂きありがとうございます。

今回の話は、どうだったでしょうか?
本作の主人公は自身を凡人だと評価していますが
実は、かなりの強キャラ設定となっております。
また登場キャラ達も上位レベルばかりが揃っていますので
強キャラ達による高レベルのバトルを展開していければいいなと
思っております。

まだまだ序盤です。
今後の話も頑張っていきますので
よろしくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。