敵の神はヒーローに   作:Negima -{}@{}@{}-

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敵の神

ある雑居ビルの裏手にある隠し階段を降った先。

光の差し込まない暗い部屋の中央で大の大人に囲まれ、無表情で座っている身長5歳ほどの少年がいた。

少年とは言ったが、その容姿は折れそうなほど細い手足に黒く伸びた髪、異常なほどに白く血色の悪い肌。

そして、その足には何十メートルにもわたる長い長い鎖が繋がっている。

その鎖の先は何にも繋がっていない。

意味をなさないその鎖だが、少年はそこに縛りつれられたようだった。

 

彼は2つの個性を持つことから「双黒」と呼ばれ、犯罪者ーー敵(ヴィラン)達から崇められていた。

誰とも群れずに活動する敵ですら足繁くここに通うとなれば、この異常さが伝わるだろう。

崇められている本人は変わらず無表情で敵達の話に耳を傾け、言葉を交わしている。

 

これはそんな彼…双葉叉黒(ふたばさく)がヒーローになるまでの物語。

 

 

 

 

 

 

「だれか、くる」

 

ふと叉黒がそう呟いたその瞬間。

叉黒の中で不変だった地下室の屋根が崩落し、3人のヒーロー達が姿を現した。

 

「ヒーロー!?」

「…っ!双黒様をお守りするぞ!」

「応!双黒様に〝個性〟は使わせねぇ」

 

その時、たまたま叉黒に会いに来ていた三人の敵達が即座にヒーロー達を相手取る。

ヒーロー達が三人で協力して各個撃破しようとしている様をやはり感情の無い目で見つめる彼は、ふと、空いた穴から空を仰いだ。

その青さに何か懐かしいものを感じて手を伸ばして掴もうとしてみても、手は空を切るばかり。

その何かは分からなかった。

 

しばらくして目線をヒーローの方に戻してみると、長い黒髪に無精髭、全身真っ黒な服に、マフラーのような布を首に巻くヒーローと目が合った。

いや、目が合ったというのは語弊がある。

目が合ったように感じたという方が適切だろう。

そのヒーローはゴーグルをしている為目線の先を読むことが出来ない。

でも何故だろうか。

目があったと、そう感じた瞬間にそのヒーローのことは信用できると思った。

なにか自分と似たものをそのヒーローに感じて同族意識ができただけなのだろうが、他人に対してそんな事を覚えたのが久方ぶりだった叉黒には雷に打たれたかのような衝撃だった。

 

タイミングが良いか悪いか、叉黒がそのヒーローを見つめている時彼の背後から敵の1人が〝個性〟でピアノ線を生成して、奇襲をかけた。

 

「イレイザー!」

「っ!」

 

ヒーローたちの焦った声が響く。

 

ーーたすけなきゃ。

根拠はなかった。

ただ、そう思って動かした体は突発的な行動にも関わらず緻密に制御され、〝個性〟によって足に巻きついていた鎖が敵に伸びていき、拘束する。

一瞬何が起こったのか分からなかった敵たちは足を止め、その隙を逃さずにヒーローたちは一気に3人を捕縛したのだった。

 

 

 

「…協力、感謝する。お前が通報にあった敵の神・双黒か?」

「うん」

「話を聞きたい。着いてきてもらえるか?」

「わかっ、た」

 

ヒーローの要請に了解した叉黒は〝個性〟で鎖を破壊し、天使が通ったような静寂の中、音も立てずにヒーローたちの元に飛んでいく。

驚くヒーロー達を気にも止めず、ヒーロー…イレイザーヘッドの横に降り立つ。

まるで羽でも生えているかのように淀みのないその動作に、みな人が数瞬動きを止める。

叉黒に服の裾を引かれたことで、一足先に復活したイレイザーヘッドは驚きから帰ってきていない他のヒーローたち…プレゼントマイクとミッドナイトを放置して、叉黒と共に近くの警察署に足を運ぶ。

それに気がついた2人は急いでイレイザーヘッドを追いかけ、しばらく、4人で警察署に着いた。

 

 

 

イレイザーヘッドは署についてすぐこのような報告をしていた。

相手はネズミ…もとい「国立雄英高等学校」校長で〝ハイスペック〟という〝個性〟を持つ、人間よりも賢いネズミの根津。

 

「で、その件の彼は隣の部屋で事情聴取をされているのかい?」

「ええ。最も、ここまでの道中では質問に対して躊躇わず答えていましたし、大人を怖がる素振りもないので、早く終わると思いますよ。」

 

その言葉通り、叉黒は5分後には事情聴取を終わらせ、無罪という判決が下った。

親に捨てられ、敵に拾われ、祀られ、崇められたという経緯と人に対して個性を使用したのが先の一件が初めてという証言からの判断だ。

 

ここで問題になってくるのが叉黒の今後の事だ。

親も親族も不明で、拾ってくれたという敵に託す訳には行かない。

敵の中で育ってきた為、加減や常識が一般とズレている危険性を加味すると孤児院には送れない。

かと言って里親になってくれるような人も可能性は少ない。

 

「適任者となると、ヒーローが警察の者となるのだが…」

 

警察はそのように言ったが、それは暗にヒーローで対処してくれと言っているようなものだ。

警察側が引き取るつもりなら、今この時にも引き取り手が決まっているだろうが、そうでないことを見るとそういうことなのだろう。

それは叉黒も分かっているらしく、警察には目もくれず黙ってヒーロー達を見つめている。

 

「君に希望はあるのかい?」

「ぼくは…」

 

根津の言葉に俯き、考え込んだ叉黒は意を決して顔を上げる。

その目には二・三分の期待とそれを覆い隠すほどの不安が広がっていた。

 

「……この人が、いい。」

「俺か。」

 

急に指名されたイレイザーヘッドの心中は不思議と落ち着いていた。

理由はなかったが、指名される予感はあったし、それを受け入れる覚悟もあった。

 

「俺の本名は相澤消太。ヒーロー名はイレイザーヘッド。これからよろしくな。」

「「いいの(かい)?」」

 

根津と叉黒からの質問に少し微笑んで頷く彼はどこか満足気に見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おじゃま、します」

 

相澤の家に入って先ず叉黒はこう言った。

その言葉に相澤は驚きを隠せないでいる。

敵の中で育ってきたにしては礼儀正しく、どころか5歳ほどであろう身長からすると、同年代の子供たちより断然社会を知っているようだ。

 

「今日からここは叉黒の家でもあるんだ。これからはただいまって言えよ。」

「…ただいま。」

「ああ、おかえり。」

 

言いなれない言葉にこそばゆい思いをしている叉黒を微笑ましく思いながら、相澤はリビングに入っていく。

そのまま、いつもの容量で捕縛布をしまい、手を洗い、嗽をする。

後ろを着いてきながら同じように手洗い嗽をした叉黒が段々と可愛く思えてくるのだから、不思議だ。

合理的にが口癖の相澤がこんなことを思うと知ったら、どこぞのうるさい同僚はとても驚くのだろう。

そんなことを考えながら、ベッドに腰掛けた。

この家には2人分の椅子もテーブルも食器もない。

ベッドだけは相澤がいつも寝袋で寝ていることを考えれば問題なかったが、これからこの部屋に叉黒の物がどんどん増えていくと思うと…。

 

ひとまずは自分がベッドで叉黒には椅子に座ってもらおうと思った相澤だったが、相澤が腰かけた横に隙間を開けずに座ってきた叉黒に何も言えなくなってしまった。

ちょこん、という効果音がつきそうな行動をする叉黒になんとも言えぬ気持ちになったのだ。

 

「まずは自己紹介からだな。俺は相澤消太。職業はヒーローと教師。個性は抹消。目で見た相手の個性発動を阻害できる。」

 

目で次はお前だと言ってくる相澤をしばらく見つめていた叉黒はふっと目線を外してぽつぽつと話し始めた。

 

「ふたば、さく。10さい。こせい……いろいろ?」

「いろいろ…?」

 

的を得ない叉黒の個性の説明に相澤は首を傾げた。

あの時、叉黒は確実に個性の使い方をわかっていたし、事情聴取でも個性を人に使ったのは初めてと証言した。

それはつまり、少なくとも自分の個性で何が出来るのかその本質と応用を理解しているものだと思っていた。

確かに常識的に考えればそうだろう。

一般家庭なら、親が個性について教えてくれる環境なら、確かに子供は自分の個性の大まかな本質を理解し、応用して利用する。

しかし、叉黒の個性の知識は敵達と『先生』からのものだけに偏っている。

 

「『せんせい』は、〝ぐらびてぃ〟と、〝こせいむこうか〟って、いってた。」

「先生?」

「たすけてくれた、ひと。」

「そうか。……重力操作と個性無効化の複数個性持ちか。」

 

そのまま考え込んでしまう相澤を見つめる叉黒は頭の中で『せんせい』に出会った時のことを考えていた。

頭を撫でられ、その温もりに涙し、認められたことに歓喜したあの日。

『せんせい』曰く、黒い個性が責めぎ合って弄ることが出来ない素晴らしい器。

言葉の意味は理解できなかったが、素晴らしいと言われた以上は褒められている…認められている。

あのころは、その言葉に縋って生きていた。

ただ只管嬉しかったのだ。

 

「……10歳?……10歳!?」

 

思考の海に沈んでいた叉黒の意識は相澤の驚愕した声で現実に引き上げられた。

 

「?…10さいだよ。」

 

叉黒はさも当然のように表情ひとつ動かさずに首をこてんと傾げる。

相澤はそんな叉黒に違和感を覚えた。

いや、覚えていた自分を自覚したと言った方が正しいだろう。

個性の知識の無さの割に個性は精密に制御できている。

幼い体には似合わないしっかりとした礼儀作法。

敵の中で生きていたとは思えない道徳心。

その全てがちぐはぐで、それ故にある一つの可能性を導いていた。

 

「叉黒は両親と過ごしていたのか?」

「……うん。おとうさんも、おかあさんも、ぼくがひとじちになるって、すてた。でも、このこせい、ふたりのだから、ありがと、っておもってる。」

 

 

 

叉黒が相澤の家族になったあの日から5年の月日が流れた。

始めの頃は叉黒を1人で家に置いておけなかった相澤が職場に叉黒を連れていっていた。

ヒーローやその卵の中で生活するうちにある時から叉黒もヒーローを目指し始めた。

そして、中学に通う決心をした叉黒は同学年の子供たちに追いつくために血の滲むような努力をした。

それは勉強然り、個性制御然り、身体制御然りだ。

中学に入学してから3年間は雄英高校に向けた受験勉強をした。

そして、ヒーローになりたいと言った叉黒は今日、相澤の母校であり仕事場の雄英高校の入試に挑戦する。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…。」

 

宛てがわれた演習場の入口の前で1つ深呼吸をする。

顔には出ていなかったが、叉黒は周りの緊張につられて力んでいた体から適度に力を抜いた。

筆記試験は文系科目が足を引っ張って合格ラインからそんなに余裕が無いであろう事は分かっている。

そもそものスタートラインが遅れているのだから偏差値79の入試で合格ラインに乗っていることは誇っていいことだが、彼はそれでは満足していなかった。

それは一重に親であり、師匠でもある相澤に成長を見せるためだった。

苗字こそ双葉で通しているが、叉黒の中で相澤のことを誇りを持って家族と思っている。

誰よりも何よりも大切な人のために。

 

「はい、スタート。」

 

プレゼントマイクの唐突な声に反応したのは叉黒だけだった。

雄英高校ならこれぐらいしてくると思っていた為驚くことは無かったからだ。

 

叉黒は〝個性〟を使って体を浮かせた。

次の瞬間、目にも止まらぬ早さで演習場を見渡せる高さまで上昇し、仮想敵の場所を大雑把に確認した。

そして真下にいる仮想敵目掛けて、直滑降に落ちていく。

そのスピードは自由落下とは比べ物にならないほど。

 

真っ直ぐ伸ばした叉黒の手と仮想敵が触れるその瞬間。

叉黒の体がふわっと浮き上がり、衝撃もなく叉黒が仮想敵に触れる。

 

「〝圧力〟!」(プレッシャー)

 

叉黒の触れた仮想敵は過剰な重力に押し潰されてスクラップと成り果てた。

機能は勿論停止しているが、叉黒はそれを確認するよりも早く先程把握した別の仮想敵に向かって飛んで行く。

そこからはただの作業だった。

飛んで急行し、指一本でも触れれば仮想敵はスクラップとなる。

いちいちポイントの計算をしていられないほどのスピード感で壊して行ったが、多分100ポイントは稼いだであろうと言うた頃で久しぶりに地に足をつけた。

 

「…これ以上は皆に悪いかな。」

 

やろうと思えば叉黒1人でもっと多くの敵を倒すことは可能だった。

しかし、それでは他の受験者に申し訳ない。

運も実力のうちだと言えば反論は来ないだろうが、ここから先は困っている人の手助けに専念することにした。

まあ、叉黒が多くを破壊してしまったため、そもそもの仮想敵の絶対数が少ないので一体に受験者2,3人程で対峙していることが多く、困る人がほとんど居なかったのだが。

 

試験時間も残り僅かとなったところで街の中央に巨大な仮想敵が現れた。

倒してもポイントの入らない0ポイント敵だ。

 

「きゃー!」

「逃げろー!」

 

そう叫んで逃げていく受験者達の流れに逆らって叉黒は0ポイント敵に近づいていく。

あと少しでたどり着けるというところで後ろから腕を掴まれた。

 

「ちょっと、あんた、あんな大きいの、1人で相手したら怪我するって!」

 

後ろを振り返ると、そこには耳がイヤホンプラグのようになった女の子がいた。

この子はいいヒーローになる、叉黒はそう思った。

彼女は敵対する事を反対しているのでもなければ、無駄だとも言っていない。

ただ、一人で対処するのは困難だと言っているだけだ。

他の受験者は放っておこうとしているが、仮にも相手は敵だ。

ヒーローが逃げていい理由なんてない。

意識的か無意識的かは分からないが、それをよくわかっている。

叉黒の口元に爽やかな笑みが浮かぶ。

 

「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫、あの程度ならいくら居たところで僕の敵じゃないよ。」

「そこまで言うならいいけど……じゃあ、私は他の怪我した受験生の救出に行くからあいつ任せてもいい?」

「ん、いいよ、任せて。」

 

チラリと0ポイント敵の足元を見るとまだ逃げれていない受験者や瓦礫に足を取られている受験者などが残っている。

この状態でスクラップにするとその人たちに怪我をさせる可能性がある。

 

「これ、演算大変なんだよなぁ」

 

そうボヤきながらも、体を浮かせて仮想敵の頭部にあるセンサーに触る。

 

「〝圧縮〟!」(コンプレッション)

 

叉黒が触った場所中心に胴体が集められ、押し固められていく。

最終的には綺麗な50cm四方の立方体にまで小さくなった。

そうなった0ポイント敵は制御する部分が無くなり、動かせる四肢すらなくなったことで、動きを止めた。

 

地上に降りると、周りには怪我をした受験者とその人たちを助けようとしている受験者がいた。

重そうな瓦礫を重力操作で退かして救助したところでブザーがなり、入試は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「叉黒、結果来てたぞ。」

「ありがとう、義父さん。」

 

相澤から合否通知を受け取った叉黒だったが、特に心配してはいなかった。

別に相澤が合格していると言った訳では無いのだが、明らかに心配していない態度からすると受かっているのだろう。

その他にもあの場において自分より多くの点をたたき出した人がいないことは知っていた。

最初に目に映った仮想敵とほぼ同数の仮想敵を倒していたのだから。

さすがにフィールド設置されており、人を感知すると動き出すようにプログラムされているロボットを後出しで最初よりも多く投入することはないだろうという予想である。

 

『私が投影された!』

 

合否通知の封筒から出てきた手のひらサイズの投影機。

そこから浮かび上がったのは筋骨隆々な逞しい身体、力強く跳ね上がった二つの前髪、威風堂々とした佇まい、アメコミヒーローのような画風、誰もが知るNO.1ヒーロー〝平和の象徴〟オールマイトだった。

顔には出なかったが、叉黒も驚いた。

 

『初めまして双葉叉黒少年!私はオールマイトだ!何故、私が投影されたのかって?ハハハ!それは私がこの春から雄英に教師として勤めるからさ!さあ早速、君の合否を発表しよう!』

 

一瞬の間の後に焦らすようなドラムロールが鳴る。

 

『おめでとう、合格だ!筆記試験も素晴らしいが、何より実技が113ポイント!今年の合格者の中でトップの成績だ!それにしても、物理と数学は満点!どうしたらこんな点取れるんだ?』

 

物理も数学も個性を使う上で知らなければならないものだった。

相手を怪我させるヒーローにならない為に。

 

『それから、先の実技入試!受験生に与えられるポイントは、説明にあった仮想敵ポイントだけにあらず!実は審査制の救助活動ポイントも存在していた!

 

ヴィランポイント 113点、

レスキューポイント 43点、

 

合計156点!雄英始まって以来の最高得点だ!文句なしの合格だよ。双葉少年!

実技入試は、圧倒的一位!筆記は国語と英語が足を引っ張ったかな、合格者の真ん中ぐらいとはいえ、総合は2位!おめでとう、双葉少年!ここが、君のヒーローアカデミアだ!雄英で待っているぞ!』

 

映像を見終わって1番初めに感じたのは嬉しさではなく安堵だった。

 

義父さんや山田さん、香山さん、根津さんといったあの時叉黒に光を与えたヒーローたちはその後も叉黒を支えてくれた。

そんな彼らが期待していたのだ。

裏切ることは出来ないし、何よりそれで喜んで貰えるなら、少しでも恩返しができるのなら叉黒自身も嬉しい。

昔は動かなかった表情が安堵の笑みを浮かべる。

 

「叉黒、おめでとう。入学手続きをしたら送られてくるが、担任は俺になった。苗字を双葉にした以上、学校内ではお前のことを一人の生徒として扱う。ヒーローに相応しくないと判断したら、お前でも問答無用で除籍させる。」

 

贔屓目なしでイレイザーヘッドに見てもらえる。

日本一イレイザーヘッドに憧れていると自他ともに認める叉黒からすれば、それは喜びこそすれ不安に思うようなことではなかった。

 

「これからよろしくお願いします。イレイザーヘッド……いえ、相澤先生。」

「ああ。」

 

 

 

 

 

 

 

桜舞い散るなか、叉黒は新たな制服に身を包み、雄英高校の校門をくぐり抜けた。

アルファベットのHを表しているらしい校舎に着き、叉黒はA組であることに深く笑みを浮かべた。

各教室にバリアフリーが施されているらしく、無駄に大きい扉がいくつも並んでいる廊下を歩き、A組の教室にたどり着く。

 

 扉の前で立ち止まり、一呼吸おいてから扉を開くと、数人の視線が叉黒の方に向いた。

ふと懐かしい感覚に駆られながら、クラスメイトに挨拶をして指定された自分の席に座る。

暫くは各々が好きなことをしながら、徐々に増えていくクラスメイトを見ていたが、2人の男子が言い争いを始めた。

 

「机に脚をかけるな!雄英の先輩方や机の製作者に悪いと思わないのか!」

「思わねーよ端役が! てめーどこ中だ!」

 

言い争いの最中に登校してきた緑頭の男子が入口で固まっている。

 

「ボ……俺は私立聡明中出身、飯田天哉だ」

「聡明〜? くそエリートじゃねえか! ぶっ殺しがいがありそうだな」

「君はヒドイな! 本当にヒーロー志望か!」

 

視線を感じたのだろうか、飯田の視線が入口の緑頭の男子に向く。

 

「君は実技試験の……」

「あ、えっと……僕は緑谷出久。よろしく」

「丁寧にどうも。……君はあの実技試験の構造に気づいていたのか?」

「? レスキューポイントのこと? いや、気づいてないよ」

「ム! ならなぜあんなことを!?」

「だって危ないでしょ。あのままだったらあの女の子がつぶされてたかもしれないし……噂をすれば来たね」

 

なんの話しをしているのか分からないが、レスキューポイントと潰されるということから0ポイント敵を倒しでもしたのだろう。

自分が出来ることが他の人は普通できないことだと思わない叉黒は深く考えていなかった。

それよりも、彼らの後ろにチラチラと見えている寝袋の方が気になっているほどだ。

緑谷の後ろから顔をのぞかせた麗日と名乗る女子との会話に花を咲かせる彼らに近づいていく。

こちらを向いていた緑谷が怪訝そうな顔でこちらを見てくるが、チラりと目を合わせて通り過ぎ、廊下に出る。

そして呆れたような苦笑をうかべた。

 

「おはようございます。全員揃っていますよ。」

「そうか……じゃあこれ着て外に出ろ。」

 

もそもそと寝袋から出てきた相澤は体育着を掲げる。

しかし、叉黒以外の人は相澤の不審者然とした雰囲気に固まっている。

 

「……ど、どなたでしょうか?」

 

真面目な飯田らしく丁寧な言葉遣いと下手な態度で相澤に質問をする。

そんなクラスメイトを横目に叉黒は体育着を持って更衣室に行った。

背後の教室から驚きの声が聞こえたが我関せずといった風だ。

クラスメイトに興味が無いという訳ではなく、こうなる事は分かっていたということだ。

 

「そこの、君!えっと、黒髪の……先生に話しかけてた!」

 

後ろから走って……来るのは校則違反なので、早歩きで追ってきた緑のモジャモジャ頭の男子に呼び止められた。

 

「僕?」

「そう、えっと…」

「叉黒…双葉叉黒。君は?」

「あっ、先に名乗るべきだったね。僕は緑谷出久。」

 

お互い名乗り終わったところで叉黒が目線で緑谷を促す。

その意図はしっかり伝わったようで、緑谷は軽く頷いて本題に入った。

 

「さっき、相澤先生のこと一目で担任って判断してたよね?それで、なんで分かったのか考えたんだけど、双葉くんは相澤先生がヒーローだって知ってたんだろうなって思ったんだ。」

 

今度は緑谷から目線で合っているかを確認されたので、同じく軽く頷いておく。

 

「双葉くんが知ってる限りでいいから、相澤先生のこと教えて欲しいなって思ったんだけど……」

 

最後に詰まるあたり、自己肯定感が低いのだろう。

自分みたいだ、とそう思った叉黒だが、その根本は180度とまではいかないが、90度違う方向性である。

それでも、出会ってまもないのにアイコンタクトだけで軽い意思疎通が取れるのを考えても、2人は相性がいいのかもしれない。

 

「いいよ。相澤先生はイレイザーヘッドっていうアングラ系のヒーロー。個性は視認した人の個性を消す〝抹消〟。メディア露出を嫌っているから、知らない人の方が多いと思う。」

「イレイザーヘッド…確かプレゼントマイクが親友って明言したヒーローだよね。そっか、なるほど、ありがとう!」

「気にしなくていいよ、緑谷くん。」

 

ちょうど更衣室に着き、各々で着替えてグラウンドに出た。

 

 

 

 

「これから、君たちには個性把握テストをしてもらう」

 

 相澤の突然の申し出に、麗日が悲鳴を上げる。

 

「入学式は!? ガイダンスは!?」

「ヒーローを目指すならそんな行事出てる暇はない」

 

確かにそうなのだろうが、入学式を楽しみにしていた叉黒は多少ガッカリした。

 

「雄英は自由な校風が売り文句、それは先生側もまた然り」

 

さらに相澤は続ける。

曰く、個性把握テストとはこれまで禁止されていた体力テストでの個性の使用を認めた、むしろ推奨したものらしい。

実際にデモンストレーションとして選ばれた総合1位の爆豪勝己と言う男子は、67メートルだったソフトボール投げの記録を705メートルまで伸ばした。

 

「まず自分の『最大限』を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段。」

 

個性に依存する可能性もあるヒーローと言う職業において、限界を把握することは確かに大切だ。

それを個性に頼らない戦い方をしている相澤が言うのは不思議に感じられるが。

 

「なんだこれ!!すげー面白そう!」

「705メートルってマジかよ!」

「”個性”思いっきり使えるんだ!!さすがヒーロー科!!」

「・・・・・・。面白そう・・・か。」

 

興奮しきっていた生徒たちに向けられたそのつぶやきのような小さな声は、なぜだか耳に良く聞こえた。

叉黒はクラスメイトが不味いことを言ったと思った。

 

「ヒーローになる為の3年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?」

 

決して大きな声ではないのに、なぜかみんなの顔に冷や汗が流れるほど恐怖を感じさせる相澤の声。

 

 「よし。トータル成績最下位の者は見込み無しと判断し除籍処分としよう。」

 「っはあああ!?」

 

相澤の言葉にクラスメイト達は驚きの声を上げた。

倍率300倍、偏差値70越えという過酷な入試を乗り越えて入学した初日に除籍処分なんて納得できるものはいなかった。

しかし、叉黒に言わせれば当たり前どころか優しい判断だ。

練習は本番のように、本番は練習のように。

この言葉のとおり、普段のうちから緊張感を持って、全ての物を自分のステップアップのために利用してやろうという意思がなければ、敵との戦いに苦戦を強いられるだろう。

叉黒を祀り、守ろうとしていた敵達の中にはビッグネームもいた。

彼らの強さには並大抵の強さでは拮抗すらできず、嬲られる。

身をもって知っているからこそだ。

 

「それで、何の種目から始めるんですか?」

 

そんなに大きくない叉黒の声は不思議とよく通った。

 

「双葉くんは驚かないの?」

 

みんなを代表して緑谷が質問する。

でも、驚いていない人は叉黒以外にも何人かいる。

爆豪や轟は最下位になるつもりは無いから、八百万は嘘だと思っているのだろう。

でも、叉黒の考え方は少し違う。

 

「じゃあ、緑谷くんが最下位を除籍処分するって言ったとして、生徒たちが…オールマイトとエンデヴァーとホークスだったとしたら、本当に最下位を除籍処分にする?」

「え、えっと、しないかな。……あっ!そういうことか!」

 

自分の考えが正しく伝わったことを感じた叉黒はにこりと笑って話を終える。

緑谷もありがとう、とだけ言って会話を終える。

周りで聞いていた人達は殆どが首を傾げていて、話の意図がわかっていないらしかった。

 

「2人とも、すまないがどういう事か教えてくれるだろうか。」

「?今言った通りだよ。あっ、裏を返せば最下位じゃなくても除籍になるよってこと。」

「!?」

 

叉黒のマイペースがこんな所で誤解を産んでしまったらしい。

しかし、他者とのコミュニケーションはヒーローとしては必要なことだ。

相澤の言葉を借りるのなら、いつまでも苦手だからできないは許されない。

緑谷や同じ中学出身の彼のような人がいないと的を得ないのではいけない。

 

「勝手に話を進めちゃってごめんね。双葉くんは全員がヒーローとしての素質があって、相澤先生に認められるような成績なら最下位でも除籍処分にはならないんじゃないかって言ってるんだ。逆に、最下位じゃなくてもヒーローとしてふさわしくない行動をしたり、例えば狡したりしたら除籍処分になるってこと。」

「なるほど、確かにそれなら納得できるな。」

 

そこからはすいすいと体力測定が進んでいった。

 

第1種目:50メートル走

「次…緑谷と双葉」

 

叉黒の番がやってきた。

叉黒は出席番号で爆豪と緑谷の間に位置している。

 

「えっと、よろしくね。」

「うん、よろしく。」

 

2人がスタートラインで構えたのを見て、相澤は合図を出した。

 

「よーい…ドン」

 

緑谷は自分の横を風が通り抜けたような感覚になった。

もちろんそれは錯覚で、叉黒がものすごい速さで飛んでいっただけだ。

 

「2.55秒」

 

クラス1位の記録を叩き出した叉黒は喜び、顔を綻ばせた。

そのまま、訓練の時の癖で相澤に反省点などを報告しようとした時は目線で止められたが、嬉しいことには変わりない。

 

叉黒にとって速さは強さだ。

速ければ多くに触れられる。

触れられれば拘束も破壊も好きにできる。

 

速さとそれに耐えられるよう鍛えた身体は並の高校生が相手にできるようなものではなかった。

 

 

 

第2種目:握力

 

「どこまでやっていいんだろう?」

 

握力測定器が壊れないように気をつけて重力をかけていく。

 

ミシッ

 

手持ちからそんな音が聞こえ慌てて力を弛めた。

少しだけ上の部分が凹んだが、計測はしっかりできたようだ。

 

右:980kg

左:980kg

 

 

 

第3種目:立ち幅跳び

 

「えっと……いつまでもできます。もういいですか?」

 

流石にこの競技は重力を操れるものが有利だった。

麗日とともに記録∞で1位となった。

 

 

 

第4種目:反復横跳び

 

動いている瞬間は上に飛び上がらないだけの最低限の重力だけで止まって、蹴る瞬間は足だけ重力を調整する。

自分に対しての重力操作であればさほどの演算をしなくても感覚で行える。

 

結果はクラス内3位

ちなみに、1位は峰田と言う生徒で、2位は爆豪という生徒、3回差で4位は八百万という生徒だった。

 

 

第5種目:ボール投げ

 

投げるまでは腕とボールを軽くすることで、速く振り、投げる瞬間の指先だけ調整してボールの進行方向への力を増大させる。

 

記録は719m。

1位は麗日の∞。ここまでパッとした記録のなかった緑谷は人差し指を壊すことで大記録を出した。

 

あれは…個性が噛み合っていない。

あれは彼の個性じゃない。

なんとなくそう思う叉黒は少し首を傾げるのだった。

 

 

第6種目:持久走

 

浮いて高スピードで周回。

1位となった。

2位はバイクを作った八百万。

 

 

第7種目:上体起こし

 

これもやっていることは反復横跳びと似ている。

上体を起こす時と倒す時に重力を操作する。

単純だからこそ一定以上の成果が出る。

 

結果は4位。

 

 

第8種目:長座体前屈

 

特に個性は使えないので普通に。

記録は12位。

 

 

 

 

 

 

 

 

全種目が終了し、クラスメイト全員で担任の元に集まった。叉黒によって最下位の除籍が半分嘘であるとわかっていると言っても、やはり自分の成績は気になるようで、クラスメイト達は、今から発表される個性把握テストの順位をソワソワとしながら待っていた。

 

「んじゃ、パパッと結果発表。トータルは単純に各種目の評点を合計した数だ。口頭で説明すんのは時間の無駄なので一括表示する」

 

担任の持っている端末で今回のテストの結果を表示した。全員が固唾を飲んで、表示される順位を静かに見守っていた。

 

最下位────緑谷出久

 

個性把握テストで最下位を取ったのは緑谷だった。緑谷は、悔しそうに顔を歪め、個性使用の反動で青紫色に腫れ上がっている人差し指を握りながら下を向いていた。

 

「わかっていると思うが、一応除籍はウソな。君らの最大限を引き出す、合理的虚偽だったわけだ。だからといって結果の振るわなかったものは気を抜くなよ。今の時点でライバルとの間に差があることを自覚しておけ。」

 

 

 

 

 

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