りくわん さんがん めいかいしん
これは、鬼神(きしん)を祝う、お祭りの歌です。
おにがみとは、鬼どもの神のこと。鬼どもとは、オーガやゴブリンです。
りくわんとは、6本の腕のこと。
さんがんとは、3つの眼のこと。
めいかいしんとは、冥界の神のこと。
鬼神は、オーガやゴブリンのご先祖さま。
その姿は六腕三眼(りくわんさんがん)、赤く大きな猿のごとし。
そして死後の世界、冥界を統べる神でもいらっしゃる。
鬼神を祝うオーガの祭りは、いまではすっかり少なくなってしまいました。オーガの数が減ってしまいましたからね。だからみなさんは御存知ないかもしれない。しかし、とても陽気なお祭りなのだ。参加した人は、「にぎやかで楽しい祭りだなあ」と感じることうけあい。
ただし、大変に危険なお祭りでもある。興奮したオーガの男は、なんら理由もなく、近くにいる人間をぶん殴る傾向にありますのでね。
六腕三眼、鬼の神(りくわんさんがん、おにのかみ)。
これは、オーガの神である、鬼神(きしん)のお話。
鬼神がお生まれになり、『力』を授かり、六腕三眼の神となる。ついには冥界の王となるまでのお話です。
──ああ、身がまえることはありません。
鬼神は気さくな神さま。その人生は、面白おかしい冒険譚(ぼうけんたん)。
酒でも呑みながら、楽しく聞いて頂ければ結構。
これは、いまの世よりもずうっと前のお話。
千年よりも、もっと前。
神竜(じんりゅう)がまだ生きておったころ。
まだ『鬼神』の御名(みな)も、この世になかったころの話・・・
『力』のルーン(前) 旅人あらわる
◆ 1、赤い大地の息子ども ◆
その昔、この世には、人間の居らぬ土地というものが、そこらじゅうにあった。
そこらじゅうに怪物が居り、神が居った。
神竜(じんりゅう)も、まだ地上に寝そべっておった。山よりも高いところにある眼を半分閉じ、地平線より遠くまで届く図体をだらりと伸ばして、寝そべっておったのです。こんな光景を見たものは、いまの世にはとんと居らぬ。しかし、そのころにはそんな光景がふつうに見れたのである。
さて、そんな人間の居らぬ土地のうちの、ひとつ。
『赤い所』と呼ばれる、荒野があった。
名のとおりの、赤い土。視界を遮る、険しい岩山。
人間は居らず、獣も居らず、草木も一本も生えておらぬ。
そんな荒くれた土地を、二柱の神が支配していらっしゃった。
赤い大地の神と、暗い霊峰の女神。
二柱の神は夫婦であった。この土地を統べ、たくさん子をなした。
子は、みな男であった。みな赤く大きな図体をし、猿のように長い腕をしておった。額のかどにはそれぞれツノが生えておった。
赤く大きな図体なのは、父たる赤い大地の神の肌色に似たため。
ツノが生えておるのは、母たる暗い霊峰の女神の形に似たためであった。
兄弟の生まれた『赤い所』には人間は居らなかった。だから、兄弟は人間を見たことがなかった。人間がどういうものか、知らぬままに兄弟は育った。
見るものといえば、父たる赤い大地と、母たる暗い霊峰の女神、それに兄弟たる互いの顔だけ。
他に誰も居らぬので、毎日兄弟で相撲をした。だいたい毎日ケンカもした。
一日相撲をしては、その勝ち負けでケンカをする。
翌日になればまた相撲をして、その勝ち負けでケンカをする。
そういうことをくり返しておった。
兄弟は生まれたときからでっかかったが、相撲とケンカにより、さらに大きく、強くなっていった。
父たる赤い大地の神は子に興味がなく、母たる暗い霊峰の女神も子育てしなかった。兄弟に名前すらつけなんだのである。それだから、兄弟はただ毎日毎日相撲を取ったりけんかをしたりして過ごした。
◆ 2、旅人あらわる ◆
長いあいだ、兄弟の暮らす『赤い所』には、だーれもやって来んかった。
獣も居らず、草木も生えぬ土地である。迷ったのでない限り、人間がやってくるような土地ではない。
そして、たまに誰かが迷い込んで来たならば、父たる赤い大地の神が怒って火を吐き、殺してしまった。赤い大地の神は、人間が嫌いなのである。
そして、ごくごく稀に誰かがその火をよけたとしても、兄弟の母たる暗い霊峰の女神が崩れ落ち、押し潰して殺してしまった。暗い霊峰の女神も、人間が嫌いなのである。
二柱の神は、人間が入ってきたらすぐに殺してしもうた。話も聞かぬ。逃がしもせぬ。問答無用、人間の姿を見るやいなや、即座に殺してしもうた。
それで、人間がこの土地に姿を見せることはなかった。
二柱の神は、どうしてこんなに人間が嫌いであったのか? それはわからない。たいへんに古い神様ですし、いまではもう、話もできない所に居られる。もしも、話ができるところに居られたとしましょう。そうであれば、我々はみんな生きてはおらぬ。二柱とも、人間が大嫌いですからね。質問なんぞする暇もないのだ。そういうわけだから、この二柱のお考えは、もう誰にもわからぬ。
ま、とにかく、兄弟の暮らす『赤い所』では、人間なぞ、とんと見ることはなかったのである。
ところがある日、ヒョロヒョロした旅人がやってきた。
「やあ」
ヒョロヒョロした旅人は、兄弟に挨拶をしてきおった。
「旅人か。これは珍しい」兄弟は驚いた。「よくぞ生きて居れたものだ」
「なんてことはなかったさ」
ヒョロヒョロした旅人はにっこり笑った。
だが、兄弟にとっては、『なんてことはない』などという事態ではない。
なんせ生まれて初めて自分たち以外の生きものを見たのである。
「一大事件だ」兄弟は騒ぎ立てた。「なんらかの、前触れであろう。俺たちの上に、なにか偉大なことが起こるにちがいない」
ヒョロヒョロした旅人はにこにこして兄弟を見ておる。
「それにしても・・・」兄弟は旅人を見た。「あんたは、ずいぶん小さいな」
兄弟にくらべると、旅人はとても小さかった。
兄弟の半分も背丈がない。肩幅は兄弟の4分の1もなく、腕の太さにいたっては、兄弟の8分の1もなかった。顔なんぞも、兄弟の顔のでかさは旅人の3倍はあろうかというほどである。
「人間は、みんな、私ぐらいさ」
ヒョロヒョロした旅人はそう答えた。
「ほんとうか?」兄弟はびっくりした。「人間は、小さいのだな」
「ああ、ほんとうさ。君たちが、人間の倍も大きいのさ」
「こいつは物知りなやつだ」兄弟は感心した。「もっと、いろいろ訊いてみてよいか?」
「かまわんよ。訊いてくれたまえ」
「それでは・・・」兄弟は訊いてみた。「どうやって来たのだ?」
「歩いてきたのさ」
「信じられん!」兄弟は驚いた。「あんた、ただ者ではないな」
「なに、私はただの旅人さ」
ヒョロヒョロした旅人は、ひょうひょうとしておる。
「たまげたやつ。ここは、ただの田舎ではないというのに。
──我らの父上に、火を吐かれなかったのか?」
「避(よ)けて歩いたのでね」旅人は答えた。
「たまげたやつ。父上の吐く火は、ただの火ではないというのに。
──我らの母上に、押し潰されんかったのか?」
「避(よ)けて歩いたのでね」旅人は答えた。
「まったくもって、たまげたやつ!」兄弟は驚いた。「父上の火は、この世に溶かせぬものはない。母上の押し潰すのにいたっては、髪の毛一本も逃がしはせぬ。それを、どちらも、避けただと!」
「私は、危難をかわすのは得意でね」
ヒョロヒョロした旅人は、まったくもって、ひょうひょうとしておる。
「むむ・・・」兄弟はうーんとうなった。「到底、信じられんが」
兄弟は人間を知らぬ。だから、人間の能力も知らなかった。
ここまでたどり着いた者が「避けた」と言うなら、それはそうなのであろう。人間にはそういう能力があるんかもしれん。そう考えてしもうた。
兄弟は人間を知らぬ。だから、『嘘』だとか『ごまかす』だとかいったことも知らぬ。思いつきもしない。それで、旅人の言い分を信じてしもうた。いつの世にも、素直な者は簡単に引っ掛けられてしまうのです。
「いやはや、あんたは、天地に2人とは居らんやつだ」
「光栄だね」旅人はにっこり笑って、付け加えた。「だが、みな、この世に2人とは居らぬものさ」
「そうかのう?」兄弟は首をひねった。「それで、あんた。こんなところに何の用があって来たのだ?」
「うむ。大きな赤い兄弟たちよ。訊ねたいことがある」
「なんだ? 小さなヒョロヒョロした旅人よ。」
「君たちの中で、いちばん力が強いのは、どいつかな?」
「いちばん大きな兄者だ」兄弟は答えた。「しかし、いまは、さんぽに出かけておる」
兄弟の中でいちばん最初に生まれた兄が、いちばん大きく、相撲もけんかもいちばん強かった。だが、その兄者は、よくフラフラとどこかへ出かけてしまう性質。「さんぽに行く」と言い、しばらくどこかへ消える。そして、ひょっこりもどってくる。そういう兄者であった。
このときも、いちばん大きな兄者は「さんぽに行く」と出かけ、まだ戻ってはおらなんだ。
「おや、それは残念だ」
ヒョロヒョロした旅人はそう言うた。だが、相変わらずひょうひょうとしておる。本当に残念だと感じておるのやら、わからぬ。何も感じておらぬようでもある。つかみ所のない男である。
「まあ、よろしい。手始めは、君たちでもかまわん。
私と相撲をしないかね?」
「・・・なんだと?」
兄弟はちと頭に来た。
兄弟とくらべて、旅人は半分もないのだ。腕の太さにいたっては八分の一もない。ヒョロヒョロしておる。
到底、相撲を申し込む男子には見えぬ。
だというのに、兄弟のことを恐れる様子もなく、『君たちでもかまわん』などと偉そうな口まで叩きおる。
こうなれば兄弟ども、沸騰する。
二柱の乱暴な神の、息子どもである。旅人がヒョロヒョロしておるので、これまでは控えておった。しかし、相手がけんかを売ってくるというのなら、もはや沸騰である。
「身の程知らずなやつ!」
「大口を叩くやつ!」
「イライラするやつ!」
いきり立つ兄弟を、二番目に生まれた次男がとりまとめた。
「ここは俺に任せろ」そして旅人にこう言い渡した。「よかろう。相撲をしてやる。だが、死んでも知らんぞ」
すると、旅人は薄ら笑いを浮かべて、こう言った。
「強がりは、勝ってからにしたまえ」
こうして、ヒョロヒョロした旅人と兄弟は、相撲を取ることとなった。
まずは、次男が向かい立つ。この場に居らんいちばん大きな兄者を除けば、次男はまず最強の力士であった。
「始めるぞ」
「いつでも来たまえ」
旅人はひょうひょうとしておる。
王者のごとき余裕。次男、頭に来た。
「ぬう!」
次男、組みついた。次男の赤く大きな手。旅人の頭に。大きな手が、旅人の上半身もすっぽり覆い隠す。旅人の頭はもはや見えぬ。まるで小動物をオオワシが掴むがごとし。もはや相撲という光景ではない。
「どうだ。降参せよ」
「いいや、降参せぬ」
「死んでも知らんぞ。降参せんか」
「死んだりしないさ。降参はせぬ」
「ぬう」
次男、動きが止まった。投げようとする。だが動かぬ。反対に投げようとする。だが旅人、びくともせぬ。
小さな手が、赤い大きな指にかかった。
「エイヤ」
旅人、気合いを発す。
すると、なんとしたことか。
赤く大きな図体が、ぽーんと空へ舞い上がった。
青い空をバックにくるくると大の字になって回り、どっかそのへんの赤い土の上にずでんどうと、突き刺さるがごとくにして落っこちた。
見ていた弟ども、一瞬、口も利けぬ。
「私の勝ちだね」旅人が笑った。
「あにはからんや」
弟どもはぶったまげた。
旅人をがっしり捕まえていたはずの次男。赤く大きなワシがネズミを掴んだがごとき光景。それが、一瞬のうちに空高く舞い上がり、地面に突き刺ったのは、次男のほうであった。
もう一度言うが、小さくヒョロヒョロした旅人が投げられたのではない。
赤く大きな次男のほうが、ぽーんと投げ捨てられたのである。
「二番目の兄者が、ぶん投げられおった!」
「さあ、心配はいらんとわかっただろう」旅人は笑った。「相撲をつづけようではないか」
弟どもは、順番に旅人と相撲を取った。
そして、順番にみーんなぶん投げられ、くるくると回って、ずでんどうと落っこちた。
「とうてい、かなわぬ」
弟どもはみな目を回し、赤い土の上に倒れた。
「まったくたまげたやつだ。勝てる気がせぬ。
これでは、いちばん大きな兄者ですら、勝てるかわからぬ・・・」
そこに、いちばん大きな兄者が帰ってきた。
◆ 3、いちばん大きな兄者 ◆
「なんと。これは奇妙だ」
さんぽから帰ってきた、赤く大きな猿のような若者。
あたりを見回し、すっかり驚いてしもうた。
弟どもが、赤い大地にごろごろと転がっておる。
「もうむりだ」
「こうさんだ」
「あんたは強すぎる」
口々にそんなことを言い、あるいは「うーんうーん」と唸って、転がっておる。
そんな、死屍累々とでもいったありさまの、弟どもの上。
ヒョロヒョロした男が、岩にでも腰掛けるようにして、座っておる。
実に小さく、ヒョロヒョロとした男である。
背丈は弟どもの半分もなく、腕の太さにいたっては8分の1もない。
まるで、岩の上にネズミが座るがごとし。
──そんな光景を、さんぽから戻った赤く大きな猿のような若者は、見たのであった。
「これはどうしたわけだ?」
「おお、いちばん大きな兄者」
次男がそう答え、弟どもの山の中から、這い出してきた。
「兄者。俺たちは、相撲をしたのだ」
「相撲?」
「この小さなヒョロヒョロした旅人どのと、相撲をした」
「・・・それで?」
「それで、私が勝ったのさ」旅人が後を引き継いで言った。
「あんたが勝っただって?」
いちばん大きな兄者はとても驚いた。
「あんたはそんなに小さいのに、私の弟どもに、相撲で勝ったというのか」
「そうなのだ。いちばん大きな兄者。みんなして、旅人どのに、負けてしもうたのだ」
弟どもは一斉に説明し始めた。
「押しても引いても、びくともせぬ」
「手を掛けられたかと思うと、ぽーんと、空までぶっ飛んでおる」
「気がつくと、地面に転がっておって」
「こうして、上に座られておって」
「とうてい、かなわぬ」
いちばん大きな兄者はすっかりたまげてしもうた。
「なんと! ますます、奇妙なことだ」
さてこの、いちばん大きな兄者。
まずは、弟どもの誰とくらべても、頭半分ほどでかい。頭半分と言うても、ふつうの頭ではない。この兄弟、旅人の3倍はあろうかという、岩のような頭をしておるのだ。
そして、弟どもの誰とくらべても、抜きんでてごつい。それはもう大変にごっついのだ。兄弟はほとんど見分けがつかぬけれども、この兄者だけは見分けがつくぐらいだ。
いちばん大きな兄者が立っておるだけで、ヒョロヒョロした旅人などはその影の中にすっぽり入ってしまい、どこに居るのかわからなくなるほど。そのぐらい、でかい、ごっつい、生きもの。それが、いちばん大きな兄者なのでした。
いちばん大きな兄者を巌(いわお)とするなら、弟どもはその周囲にある岩ぐらい。ヒョロヒョロした旅人なんぞは、雑草のごとし。
その雑草が、岩を投げ飛ばしたというのだ。巌のごとき兄者に、信じることができましょうか。これはなかなか難しいでしょう。
「いちばん大きな兄者というのは、君だね?」
「・・・いかにも」と、いちばん大きな兄者は答えた。
「そうかそうか。君がそうか」旅人はうんうんとうなずいた。「さあ、それでは、私と相撲をしよう」
「相撲か・・・」
ところがいちばん大きな兄者、旅人をじーっと見つめて、返事をにごす。
「どうした? 相撲をしようじゃないか」
「うーん・・・」
「相撲はきらいかね?」
「いや。相撲は好きだ」
「では、私と相撲を取ろうじゃないか」
「いや。相撲は取らぬ」
ついに、いちばん大きな兄者はそう答えた。
「おや? 君の兄弟は、みな勇敢に挑んできたというのに。
君は、臆病なのかね?」
「いや。臆病でそう言ったのではない」
「ではなぜだね?」
「なぜといって、あんたは私よりもずっと小さく、弱そうに見えるからだ」
「それなら、当然、君が勝つではないかね?
それとも、君は自分の力に自信がないのかね?」
「それは力とは言うまい。
自分より小さく、弱いものを投げ飛ばすのは」
「ほう?」
旅人は、弟どもの身体の上から立ち上がり、地面に降りた。
兄者も、どっかと座った。それで、2人の目は同じ高さになった。
旅人、てくてく歩いて、兄者のところへやって来る。
「小さく弱いものをいじめるのは、力ではないと言ったね?」
「うむ。そう言うた」
「それでは、力とはいったい、何かね?」
「そうだな・・・」
いちばん大きな兄者は、腕を組み、しばらく考えた。
沈黙し、旅人がそこに居らぬかのように瞑目(めいもく)した。
しばらくして、カッと目を見開いて、こう言うた。
「力とは、ひっくり返すはたらきだ」
「ほう?」
「力は、目には見えぬはたらき。
物事がひっくり返ったときにだけ、そこに力があったことがわかる。
そういうものであろう。力とは」
「それでは、物事がひっくり返るとは、どういう事態かね?」
「それはだな・・・」
いちばん大きな兄者は、腕を組み、しばらく考えた。
しばらくして、カッと目を見開いて、こう言うた。
「それは、あんたが弟どもを投げ飛ばしたような事態だな」
「ほう?」
「大きくて重たいものは、小さくて軽いものより強い。これが世の当然だ。
だが、ときに、小さなものが大きなものを転がしてしまう。
あんたがやったようにな。
そうした事態こそ、物事がひっくり返るということであろう」
「ほほう!」
旅人は微笑んだ。
「でかいだけの猿かと思ったら、なかなかどうして!」
「私たち兄弟は、猿ではない」
「おや、これは失礼。赤く大きな猿のような姿だもんだから。
では、君はいったい、何者かね?」
「わからぬ」
いちばん大きな兄者は、むすっとした。
「わからんのかね?
君たちは、赤い大地の神と暗い霊峰の女神の息子ではないのかね?」
「それは、生まれであろう。
生まれは、兄弟みな同じ。私が誰かという、見分けにならぬ」
「見分けがつかぬ?
君は『いちばん大きな兄者』と呼ばれ、見分けやすいじゃないかね?」
「それは、弟どもとくらべてのこと。
弟どもが居らねば、何の話やらわからぬようになってしまう」
「ふむ。
では、自分が何者かわからぬと。それで、なにか不都合があるかね?」
「ある。
イライラする」
「自分が何者であるかわからんと、イライラするかね?」
「ああ。イライラすることだ」
「さんぽをしておったのは、そのせいかね?」
「そうだ」
「さんぽをして、わかったかね?」
「いいや」兄者はうつむいた。「いつまで経っても、わからぬのだ」
こうして話し込む、旅人といちばん大きな兄者。
弟どもも立ち上がって、2人のまわりに集まってきた。
「いちばん大きな兄者は、あれこれとよくものを考えるのだ」
「相撲も強いが、口ゲンカもなかなか強いぞ」
「口ゲンカは好かぬ」兄者はぶすっとした。「殴ったほうが早い」
旅人は笑った。
「それなのに、私の話には付き合ってくれるんだね?」
「これは口ゲンカではないだろう。
あれこれとものを考え、互いに話を聞いておるのだから」
「実に面白い奴だ!」
旅人はすっかり兄者のことを気に入った様子であった。
「そんな君には、私の知る技、『力』のルーン、を授けたいと思う。
受け取ってくれるかね?」
「ルーンだと?」
◆ 4、『力』のルーン ◆
「君は、ルーンについて知っているかね?」旅人は訊いた。
「いや」いちばん大きな兄者は素直に答えた。「知らぬ」
「ルーンとは、この世のありとあらゆるはたらきを表わす、文字のことだ。
この世のひとつのはたらきに、ひとつのルーンが対応する。
ひとつのはたらきには、ひとつっきりだ。ふやすことはできぬ。
目に見えず、手にも触れぬが、教えたり、贈ったりはできる。
ルーンは、そのようなものさ」
「よくわからんな」兄者は言った。
「持てばわかるさ」
「持つと、どうなるのだ?」
「ふつうの人間にはとうていできぬことができるようになる」
「あんたが弟どもを投げ飛ばしたようにか?」
「そう。もっと偉大なことだって」
「たとえば?」
旅人はにっこり笑った。「持てばわかるさ」
「なんだかものすごいもののようだな。その、ルーンというのは。
人にくれてやってよいのか?」
兄者が言うと、旅人は笑って、ひらひらと手を振った。
「『力』のルーンは、私が、知恵なき大蛇から奪ったもの。
しかし、私には似合わぬルーンだ。渡す相手を探していたのさ」
「知恵なき大蛇?」
「神竜(じんりゅう)と呼ばれる、とても大きく、とても愚かな蛇だよ。
知恵はないが、ルーンをたくさん持っておって、たいへんに厄介な相手さ。
神々ですら、手が出せぬ」
「じんりゅう・・・」
神竜とは、偉大なる災いの竜のこと。
いまはもう、目に見える場所には居らぬ。もう悪さをすることもない。これは、まったく幸いなこと。
ですが、旅人といちばん大きな兄者が出会ったこの頃、神竜はまだ地上に寝そべっておったのです(このお話の初めにも、ちょっと言いましたね)。
この神竜、やがて大変な災いをもたらすことになる。そのことはのちにお話しいたしましょう。しかし、このときはまだ、神竜は地上に寝そべっておるだけ。ものすごく交通の邪魔ではあったが、大した災いはもたらしておらなんだ。
だから、赤く大きな猿のごとき兄弟、神竜のことなんぞちっとも知らなんだのです。
「なんでまた、そんな恐ろしい、神竜などという奴に挑んだのだ?」
「挑んだわけではないさ。好きで近づいたわけでもない。
ま、なりゆきでね。
一方的にやられるのもシャクなので、ルーンを奪ってやったというわけだ」
「そんな苦労をしたのに、私にくれるのか」
「私は戦士じゃない。
『力』があっても、使いこなせん。宝の持ち腐れだ」
「だからといって、私にくれんでもよかろうに」
旅人は笑った。
「見た目はごついのに、踏ん切りがにぶいな! 君は」
「見た目と性格はべつだ」
「いやいや・・・まあまあ。
私は、冒険譚(ぼうけんたん)ってものが、大好きでね。
人が冒険し、危機を生き延び、成功して、ひとかどの人物になる。そんな話がね。
君なら、面白い冒険をしそうだと思ったのさ」
「ふむ・・・」
いちばん大きな兄者は、旅人の話をゆっくり噛み砕いてみた。
「『力』のルーンとやら。
せっかく手に入れたのだ。ふさわしい相手に託したい。
面白い冒険をしてくれそうな奴がいい。
そういうことか」
「そういうことさ」
「私が、『力』のルーンにふさわしいと?」
「ああ、君こそ『力』のルーンにふさわしいね!」
「ならばよし!」
ついに、いちばん大きな兄者は立ち上がった。
兄者の心の大きさ、風格といったものが、突如として現れた。ああでもないこうでもないと理屈をこねておるときは、てんで見えなかった、その大きさ。
兄者、何倍も大きく、ぱんぱんに膨らんで見えた。
「そこまで見込んでくれたのだ。期待に応えよう。
『力』のルーンにふさわしい男になってやるぞ!」
「では。
君に、私の知る技、『力』のルーン、を授ける」
旅人は、目に見えぬものを差し出すしぐさをした。うやうやしいしぐさ。
いちばん大きな兄者も、思わず、拝領するしぐさをした。
すると兄者。
いままでに感じたことのない気持ち、すがすがしい充実した気持ち、になった。
「・・・これはなんだ。
いままでに感じたことのない気持ち、すがすがしい充実した気持ちだ」
「私の知る技、『力』のルーン、だよ」
「そうか」
兄者は目に見えない何かをぐっと握り締めた。
「ありがとう。旅人よ。
こうしてルーンを授かったからには、あんたが楽しめるような、大きな冒険をしてみせよう」
「好きにするがいい。君は愉快な奴だ」
「それで、何か礼ができればよいのだが・・・。
なにしろ我ら兄弟は、名すら持たぬ、ハダカん坊。
礼になるような宝など、なんも持ってはおらんのだ」
「宝なら、私はいくらでも持っている。そんなものはいらないよ。
そんなものより、冒険の話のほうがいい」
「冒険の話か・・・」
「いつか君が、王になったとき。
そのとき私を呼んでくれ。
そして、君の冒険の話を聞かせてほしい」
「そんなものでよいなら、喜んで。
私は、いつか王となろう。
そしてあなたを呼び、冒険の話をしよう。
約束だ」
「では、そのときが来たら、私の名を呼んでくれ」
「名は」
「レガー」
旅人は名乗り、いとまを告げて立ち去った。