六腕三眼、鬼の神   作:min(みならい)

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♪おにがみ おにがみ
 りくわん さんがん めいかいしん

 これは、鬼神(きしん)を祝う、お祭りの歌です。
 おにがみとは、鬼どもの神のこと。鬼どもとは、オーガやゴブリンです。
 りくわんとは、6本の腕のこと。
 さんがんとは、3つの眼のこと。
 めいかいしんとは、冥界の神のこと。

 鬼神は、オーガやゴブリンのご先祖さま。
 その姿は六腕三眼(りくわんさんがん)、赤く大きな猿のごとし。
 そして死後の世界、冥界を統べる神でもいらっしゃる。
 
 鬼神を祝うオーガの祭りは、いまではすっかり少なくなってしまいました。オーガの数が減ってしまいましたからね。だからみなさんは御存知ないかもしれない。しかし、とても陽気なお祭りなのだ。参加した人は、「にぎやかで楽しい祭りだなあ」と感じることうけあい。
 ただし、大変に危険なお祭りでもある。興奮したオーガの男は、なんら理由もなく、近くにいる人間をぶん殴る傾向にありますのでね。

 六腕三眼、鬼の神(りくわんさんがん、おにのかみ)。
 これは、オーガの神である、鬼神(きしん)のお話。
 鬼神がお生まれになり、『力』を授かり、六腕三眼の神となる。ついには冥界の王となるまでのお話です。

 ──ああ、身がまえることはありません。
 鬼神は気さくな神さま。その人生は、面白おかしい冒険譚(ぼうけんたん)。
 酒でも呑みながら、楽しく聞いて頂ければ結構。

 これは、いまの世よりもずうっと前のお話。 
 千年よりも、もっと前。
 神竜(じんりゅう)がまだ生きておったころ。
 まだ『鬼神』の御名(みな)も、この世になかったころの話・・・


1章 力のルーン
『力』のルーン(前) 旅人あらわる


◆ 1、赤い大地の息子ども ◆

 

 その昔、この世には、人間の居らぬ土地というものが、そこらじゅうにあった。

 そこらじゅうに怪物が居り、神が居った。

 神竜(じんりゅう)も、まだ地上に寝そべっておった。山よりも高いところにある眼を半分閉じ、地平線より遠くまで届く図体をだらりと伸ばして、寝そべっておったのです。こんな光景を見たものは、いまの世にはとんと居らぬ。しかし、そのころにはそんな光景がふつうに見れたのである。

 さて、そんな人間の居らぬ土地のうちの、ひとつ。

『赤い所』と呼ばれる、荒野があった。

 名のとおりの、赤い土。視界を遮る、険しい岩山。

 人間は居らず、獣も居らず、草木も一本も生えておらぬ。

 そんな荒くれた土地を、二柱の神が支配していらっしゃった。

 赤い大地の神と、暗い霊峰の女神。

 二柱の神は夫婦であった。この土地を統べ、たくさん子をなした。

 子は、みな男であった。みな赤く大きな図体をし、猿のように長い腕をしておった。額のかどにはそれぞれツノが生えておった。

 赤く大きな図体なのは、父たる赤い大地の神の肌色に似たため。

 ツノが生えておるのは、母たる暗い霊峰の女神の形に似たためであった。

 兄弟の生まれた『赤い所』には人間は居らなかった。だから、兄弟は人間を見たことがなかった。人間がどういうものか、知らぬままに兄弟は育った。

 見るものといえば、父たる赤い大地と、母たる暗い霊峰の女神、それに兄弟たる互いの顔だけ。

 他に誰も居らぬので、毎日兄弟で相撲をした。だいたい毎日ケンカもした。

 一日相撲をしては、その勝ち負けでケンカをする。

 翌日になればまた相撲をして、その勝ち負けでケンカをする。

 そういうことをくり返しておった。

 兄弟は生まれたときからでっかかったが、相撲とケンカにより、さらに大きく、強くなっていった。

 父たる赤い大地の神は子に興味がなく、母たる暗い霊峰の女神も子育てしなかった。兄弟に名前すらつけなんだのである。それだから、兄弟はただ毎日毎日相撲を取ったりけんかをしたりして過ごした。

 

◆ 2、旅人あらわる ◆

 

 長いあいだ、兄弟の暮らす『赤い所』には、だーれもやって来んかった。

 獣も居らず、草木も生えぬ土地である。迷ったのでない限り、人間がやってくるような土地ではない。

 そして、たまに誰かが迷い込んで来たならば、父たる赤い大地の神が怒って火を吐き、殺してしまった。赤い大地の神は、人間が嫌いなのである。

 そして、ごくごく稀に誰かがその火をよけたとしても、兄弟の母たる暗い霊峰の女神が崩れ落ち、押し潰して殺してしまった。暗い霊峰の女神も、人間が嫌いなのである。

 二柱の神は、人間が入ってきたらすぐに殺してしもうた。話も聞かぬ。逃がしもせぬ。問答無用、人間の姿を見るやいなや、即座に殺してしもうた。

 それで、人間がこの土地に姿を見せることはなかった。

 

 二柱の神は、どうしてこんなに人間が嫌いであったのか? それはわからない。たいへんに古い神様ですし、いまではもう、話もできない所に居られる。もしも、話ができるところに居られたとしましょう。そうであれば、我々はみんな生きてはおらぬ。二柱とも、人間が大嫌いですからね。質問なんぞする暇もないのだ。そういうわけだから、この二柱のお考えは、もう誰にもわからぬ。

 ま、とにかく、兄弟の暮らす『赤い所』では、人間なぞ、とんと見ることはなかったのである。

 

 ところがある日、ヒョロヒョロした旅人がやってきた。

「やあ」

 ヒョロヒョロした旅人は、兄弟に挨拶をしてきおった。

「旅人か。これは珍しい」兄弟は驚いた。「よくぞ生きて居れたものだ」

「なんてことはなかったさ」

 ヒョロヒョロした旅人はにっこり笑った。

 だが、兄弟にとっては、『なんてことはない』などという事態ではない。

 なんせ生まれて初めて自分たち以外の生きものを見たのである。

「一大事件だ」兄弟は騒ぎ立てた。「なんらかの、前触れであろう。俺たちの上に、なにか偉大なことが起こるにちがいない」

 ヒョロヒョロした旅人はにこにこして兄弟を見ておる。

「それにしても・・・」兄弟は旅人を見た。「あんたは、ずいぶん小さいな」

 兄弟にくらべると、旅人はとても小さかった。

 兄弟の半分も背丈がない。肩幅は兄弟の4分の1もなく、腕の太さにいたっては、兄弟の8分の1もなかった。顔なんぞも、兄弟の顔のでかさは旅人の3倍はあろうかというほどである。

「人間は、みんな、私ぐらいさ」

 ヒョロヒョロした旅人はそう答えた。

「ほんとうか?」兄弟はびっくりした。「人間は、小さいのだな」

「ああ、ほんとうさ。君たちが、人間の倍も大きいのさ」

「こいつは物知りなやつだ」兄弟は感心した。「もっと、いろいろ訊いてみてよいか?」

「かまわんよ。訊いてくれたまえ」

「それでは・・・」兄弟は訊いてみた。「どうやって来たのだ?」

「歩いてきたのさ」

「信じられん!」兄弟は驚いた。「あんた、ただ者ではないな」

「なに、私はただの旅人さ」

 ヒョロヒョロした旅人は、ひょうひょうとしておる。

「たまげたやつ。ここは、ただの田舎ではないというのに。

 ──我らの父上に、火を吐かれなかったのか?」

「避(よ)けて歩いたのでね」旅人は答えた。

「たまげたやつ。父上の吐く火は、ただの火ではないというのに。

 ──我らの母上に、押し潰されんかったのか?」

「避(よ)けて歩いたのでね」旅人は答えた。

「まったくもって、たまげたやつ!」兄弟は驚いた。「父上の火は、この世に溶かせぬものはない。母上の押し潰すのにいたっては、髪の毛一本も逃がしはせぬ。それを、どちらも、避けただと!」

「私は、危難をかわすのは得意でね」

 ヒョロヒョロした旅人は、まったくもって、ひょうひょうとしておる。

「むむ・・・」兄弟はうーんとうなった。「到底、信じられんが」

 

 兄弟は人間を知らぬ。だから、人間の能力も知らなかった。

 ここまでたどり着いた者が「避けた」と言うなら、それはそうなのであろう。人間にはそういう能力があるんかもしれん。そう考えてしもうた。

 兄弟は人間を知らぬ。だから、『嘘』だとか『ごまかす』だとかいったことも知らぬ。思いつきもしない。それで、旅人の言い分を信じてしもうた。いつの世にも、素直な者は簡単に引っ掛けられてしまうのです。

 

「いやはや、あんたは、天地に2人とは居らんやつだ」

「光栄だね」旅人はにっこり笑って、付け加えた。「だが、みな、この世に2人とは居らぬものさ」

「そうかのう?」兄弟は首をひねった。「それで、あんた。こんなところに何の用があって来たのだ?」

「うむ。大きな赤い兄弟たちよ。訊ねたいことがある」

「なんだ? 小さなヒョロヒョロした旅人よ。」

「君たちの中で、いちばん力が強いのは、どいつかな?」

「いちばん大きな兄者だ」兄弟は答えた。「しかし、いまは、さんぽに出かけておる」

 

 兄弟の中でいちばん最初に生まれた兄が、いちばん大きく、相撲もけんかもいちばん強かった。だが、その兄者は、よくフラフラとどこかへ出かけてしまう性質。「さんぽに行く」と言い、しばらくどこかへ消える。そして、ひょっこりもどってくる。そういう兄者であった。

 このときも、いちばん大きな兄者は「さんぽに行く」と出かけ、まだ戻ってはおらなんだ。

 

「おや、それは残念だ」

 ヒョロヒョロした旅人はそう言うた。だが、相変わらずひょうひょうとしておる。本当に残念だと感じておるのやら、わからぬ。何も感じておらぬようでもある。つかみ所のない男である。

「まあ、よろしい。手始めは、君たちでもかまわん。

 私と相撲をしないかね?」

「・・・なんだと?」

 兄弟はちと頭に来た。

 兄弟とくらべて、旅人は半分もないのだ。腕の太さにいたっては八分の一もない。ヒョロヒョロしておる。

 到底、相撲を申し込む男子には見えぬ。

 だというのに、兄弟のことを恐れる様子もなく、『君たちでもかまわん』などと偉そうな口まで叩きおる。

 こうなれば兄弟ども、沸騰する。

 二柱の乱暴な神の、息子どもである。旅人がヒョロヒョロしておるので、これまでは控えておった。しかし、相手がけんかを売ってくるというのなら、もはや沸騰である。

「身の程知らずなやつ!」

「大口を叩くやつ!」

「イライラするやつ!」

 いきり立つ兄弟を、二番目に生まれた次男がとりまとめた。

「ここは俺に任せろ」そして旅人にこう言い渡した。「よかろう。相撲をしてやる。だが、死んでも知らんぞ」

 すると、旅人は薄ら笑いを浮かべて、こう言った。

「強がりは、勝ってからにしたまえ」

 

 こうして、ヒョロヒョロした旅人と兄弟は、相撲を取ることとなった。

 まずは、次男が向かい立つ。この場に居らんいちばん大きな兄者を除けば、次男はまず最強の力士であった。

「始めるぞ」

「いつでも来たまえ」

 旅人はひょうひょうとしておる。

 王者のごとき余裕。次男、頭に来た。

「ぬう!」

 次男、組みついた。次男の赤く大きな手。旅人の頭に。大きな手が、旅人の上半身もすっぽり覆い隠す。旅人の頭はもはや見えぬ。まるで小動物をオオワシが掴むがごとし。もはや相撲という光景ではない。

「どうだ。降参せよ」

「いいや、降参せぬ」

「死んでも知らんぞ。降参せんか」

「死んだりしないさ。降参はせぬ」

「ぬう」

 次男、動きが止まった。投げようとする。だが動かぬ。反対に投げようとする。だが旅人、びくともせぬ。

 小さな手が、赤い大きな指にかかった。

「エイヤ」

 旅人、気合いを発す。

 すると、なんとしたことか。

 赤く大きな図体が、ぽーんと空へ舞い上がった。

 青い空をバックにくるくると大の字になって回り、どっかそのへんの赤い土の上にずでんどうと、突き刺さるがごとくにして落っこちた。

 見ていた弟ども、一瞬、口も利けぬ。

「私の勝ちだね」旅人が笑った。

「あにはからんや」

 弟どもはぶったまげた。

 旅人をがっしり捕まえていたはずの次男。赤く大きなワシがネズミを掴んだがごとき光景。それが、一瞬のうちに空高く舞い上がり、地面に突き刺ったのは、次男のほうであった。

 もう一度言うが、小さくヒョロヒョロした旅人が投げられたのではない。

 赤く大きな次男のほうが、ぽーんと投げ捨てられたのである。

「二番目の兄者が、ぶん投げられおった!」

「さあ、心配はいらんとわかっただろう」旅人は笑った。「相撲をつづけようではないか」

 

 弟どもは、順番に旅人と相撲を取った。

 そして、順番にみーんなぶん投げられ、くるくると回って、ずでんどうと落っこちた。

「とうてい、かなわぬ」

 弟どもはみな目を回し、赤い土の上に倒れた。

「まったくたまげたやつだ。勝てる気がせぬ。

 これでは、いちばん大きな兄者ですら、勝てるかわからぬ・・・」

 

 そこに、いちばん大きな兄者が帰ってきた。

 

◆ 3、いちばん大きな兄者 ◆

 

「なんと。これは奇妙だ」

 さんぽから帰ってきた、赤く大きな猿のような若者。

 あたりを見回し、すっかり驚いてしもうた。

 

 弟どもが、赤い大地にごろごろと転がっておる。

「もうむりだ」

「こうさんだ」

「あんたは強すぎる」

 口々にそんなことを言い、あるいは「うーんうーん」と唸って、転がっておる。

 そんな、死屍累々とでもいったありさまの、弟どもの上。

 ヒョロヒョロした男が、岩にでも腰掛けるようにして、座っておる。

 実に小さく、ヒョロヒョロとした男である。

 背丈は弟どもの半分もなく、腕の太さにいたっては8分の1もない。

 まるで、岩の上にネズミが座るがごとし。

 ──そんな光景を、さんぽから戻った赤く大きな猿のような若者は、見たのであった。

 

「これはどうしたわけだ?」

「おお、いちばん大きな兄者」

 次男がそう答え、弟どもの山の中から、這い出してきた。

「兄者。俺たちは、相撲をしたのだ」

「相撲?」

「この小さなヒョロヒョロした旅人どのと、相撲をした」

「・・・それで?」

「それで、私が勝ったのさ」旅人が後を引き継いで言った。

「あんたが勝っただって?」

 いちばん大きな兄者はとても驚いた。

「あんたはそんなに小さいのに、私の弟どもに、相撲で勝ったというのか」

「そうなのだ。いちばん大きな兄者。みんなして、旅人どのに、負けてしもうたのだ」

 弟どもは一斉に説明し始めた。

「押しても引いても、びくともせぬ」

「手を掛けられたかと思うと、ぽーんと、空までぶっ飛んでおる」

「気がつくと、地面に転がっておって」

「こうして、上に座られておって」

「とうてい、かなわぬ」

 いちばん大きな兄者はすっかりたまげてしもうた。

「なんと! ますます、奇妙なことだ」

 

 さてこの、いちばん大きな兄者。

 まずは、弟どもの誰とくらべても、頭半分ほどでかい。頭半分と言うても、ふつうの頭ではない。この兄弟、旅人の3倍はあろうかという、岩のような頭をしておるのだ。

 そして、弟どもの誰とくらべても、抜きんでてごつい。それはもう大変にごっついのだ。兄弟はほとんど見分けがつかぬけれども、この兄者だけは見分けがつくぐらいだ。

 いちばん大きな兄者が立っておるだけで、ヒョロヒョロした旅人などはその影の中にすっぽり入ってしまい、どこに居るのかわからなくなるほど。そのぐらい、でかい、ごっつい、生きもの。それが、いちばん大きな兄者なのでした。

 いちばん大きな兄者を巌(いわお)とするなら、弟どもはその周囲にある岩ぐらい。ヒョロヒョロした旅人なんぞは、雑草のごとし。

 その雑草が、岩を投げ飛ばしたというのだ。巌のごとき兄者に、信じることができましょうか。これはなかなか難しいでしょう。

 

「いちばん大きな兄者というのは、君だね?」

「・・・いかにも」と、いちばん大きな兄者は答えた。

「そうかそうか。君がそうか」旅人はうんうんとうなずいた。「さあ、それでは、私と相撲をしよう」

「相撲か・・・」

 ところがいちばん大きな兄者、旅人をじーっと見つめて、返事をにごす。

「どうした? 相撲をしようじゃないか」

「うーん・・・」

「相撲はきらいかね?」

「いや。相撲は好きだ」

「では、私と相撲を取ろうじゃないか」

「いや。相撲は取らぬ」

 ついに、いちばん大きな兄者はそう答えた。

「おや? 君の兄弟は、みな勇敢に挑んできたというのに。

 君は、臆病なのかね?」

「いや。臆病でそう言ったのではない」

「ではなぜだね?」

「なぜといって、あんたは私よりもずっと小さく、弱そうに見えるからだ」

「それなら、当然、君が勝つではないかね?

 それとも、君は自分の力に自信がないのかね?」

「それは力とは言うまい。

 自分より小さく、弱いものを投げ飛ばすのは」

「ほう?」

 旅人は、弟どもの身体の上から立ち上がり、地面に降りた。

 兄者も、どっかと座った。それで、2人の目は同じ高さになった。

 旅人、てくてく歩いて、兄者のところへやって来る。

「小さく弱いものをいじめるのは、力ではないと言ったね?」

「うむ。そう言うた」

「それでは、力とはいったい、何かね?」

「そうだな・・・」

 いちばん大きな兄者は、腕を組み、しばらく考えた。

 沈黙し、旅人がそこに居らぬかのように瞑目(めいもく)した。

 しばらくして、カッと目を見開いて、こう言うた。

「力とは、ひっくり返すはたらきだ」

「ほう?」

「力は、目には見えぬはたらき。

 物事がひっくり返ったときにだけ、そこに力があったことがわかる。

 そういうものであろう。力とは」

「それでは、物事がひっくり返るとは、どういう事態かね?」

「それはだな・・・」

 いちばん大きな兄者は、腕を組み、しばらく考えた。

 しばらくして、カッと目を見開いて、こう言うた。

「それは、あんたが弟どもを投げ飛ばしたような事態だな」

「ほう?」

「大きくて重たいものは、小さくて軽いものより強い。これが世の当然だ。

 だが、ときに、小さなものが大きなものを転がしてしまう。

 あんたがやったようにな。

 そうした事態こそ、物事がひっくり返るということであろう」

「ほほう!」

 旅人は微笑んだ。

「でかいだけの猿かと思ったら、なかなかどうして!」

「私たち兄弟は、猿ではない」

「おや、これは失礼。赤く大きな猿のような姿だもんだから。

 では、君はいったい、何者かね?」

「わからぬ」

 いちばん大きな兄者は、むすっとした。

「わからんのかね?

 君たちは、赤い大地の神と暗い霊峰の女神の息子ではないのかね?」

「それは、生まれであろう。

 生まれは、兄弟みな同じ。私が誰かという、見分けにならぬ」

「見分けがつかぬ?

 君は『いちばん大きな兄者』と呼ばれ、見分けやすいじゃないかね?」

「それは、弟どもとくらべてのこと。

 弟どもが居らねば、何の話やらわからぬようになってしまう」

「ふむ。

 では、自分が何者かわからぬと。それで、なにか不都合があるかね?」

「ある。

 イライラする」

「自分が何者であるかわからんと、イライラするかね?」

「ああ。イライラすることだ」

「さんぽをしておったのは、そのせいかね?」

「そうだ」

「さんぽをして、わかったかね?」

「いいや」兄者はうつむいた。「いつまで経っても、わからぬのだ」

 

 こうして話し込む、旅人といちばん大きな兄者。

 弟どもも立ち上がって、2人のまわりに集まってきた。

「いちばん大きな兄者は、あれこれとよくものを考えるのだ」

「相撲も強いが、口ゲンカもなかなか強いぞ」

「口ゲンカは好かぬ」兄者はぶすっとした。「殴ったほうが早い」

 旅人は笑った。

「それなのに、私の話には付き合ってくれるんだね?」

「これは口ゲンカではないだろう。

 あれこれとものを考え、互いに話を聞いておるのだから」

「実に面白い奴だ!」

 旅人はすっかり兄者のことを気に入った様子であった。

「そんな君には、私の知る技、『力』のルーン、を授けたいと思う。

 受け取ってくれるかね?」

「ルーンだと?」

 

◆ 4、『力』のルーン ◆

 

「君は、ルーンについて知っているかね?」旅人は訊いた。

「いや」いちばん大きな兄者は素直に答えた。「知らぬ」

「ルーンとは、この世のありとあらゆるはたらきを表わす、文字のことだ。

 この世のひとつのはたらきに、ひとつのルーンが対応する。

 ひとつのはたらきには、ひとつっきりだ。ふやすことはできぬ。

 目に見えず、手にも触れぬが、教えたり、贈ったりはできる。

 ルーンは、そのようなものさ」

「よくわからんな」兄者は言った。

「持てばわかるさ」

「持つと、どうなるのだ?」

「ふつうの人間にはとうていできぬことができるようになる」

「あんたが弟どもを投げ飛ばしたようにか?」

「そう。もっと偉大なことだって」

「たとえば?」

 旅人はにっこり笑った。「持てばわかるさ」

「なんだかものすごいもののようだな。その、ルーンというのは。

 人にくれてやってよいのか?」

 兄者が言うと、旅人は笑って、ひらひらと手を振った。

「『力』のルーンは、私が、知恵なき大蛇から奪ったもの。

 しかし、私には似合わぬルーンだ。渡す相手を探していたのさ」

「知恵なき大蛇?」

「神竜(じんりゅう)と呼ばれる、とても大きく、とても愚かな蛇だよ。

 知恵はないが、ルーンをたくさん持っておって、たいへんに厄介な相手さ。

 神々ですら、手が出せぬ」

「じんりゅう・・・」

 

 神竜とは、偉大なる災いの竜のこと。

 いまはもう、目に見える場所には居らぬ。もう悪さをすることもない。これは、まったく幸いなこと。

 ですが、旅人といちばん大きな兄者が出会ったこの頃、神竜はまだ地上に寝そべっておったのです(このお話の初めにも、ちょっと言いましたね)。

 この神竜、やがて大変な災いをもたらすことになる。そのことはのちにお話しいたしましょう。しかし、このときはまだ、神竜は地上に寝そべっておるだけ。ものすごく交通の邪魔ではあったが、大した災いはもたらしておらなんだ。

 だから、赤く大きな猿のごとき兄弟、神竜のことなんぞちっとも知らなんだのです。

 

「なんでまた、そんな恐ろしい、神竜などという奴に挑んだのだ?」

「挑んだわけではないさ。好きで近づいたわけでもない。

 ま、なりゆきでね。

 一方的にやられるのもシャクなので、ルーンを奪ってやったというわけだ」

「そんな苦労をしたのに、私にくれるのか」

「私は戦士じゃない。

 『力』があっても、使いこなせん。宝の持ち腐れだ」

「だからといって、私にくれんでもよかろうに」

 旅人は笑った。

「見た目はごついのに、踏ん切りがにぶいな! 君は」

「見た目と性格はべつだ」

「いやいや・・・まあまあ。

 私は、冒険譚(ぼうけんたん)ってものが、大好きでね。

 人が冒険し、危機を生き延び、成功して、ひとかどの人物になる。そんな話がね。

 君なら、面白い冒険をしそうだと思ったのさ」

「ふむ・・・」

 いちばん大きな兄者は、旅人の話をゆっくり噛み砕いてみた。

「『力』のルーンとやら。

 せっかく手に入れたのだ。ふさわしい相手に託したい。

 面白い冒険をしてくれそうな奴がいい。

 そういうことか」

「そういうことさ」

「私が、『力』のルーンにふさわしいと?」

「ああ、君こそ『力』のルーンにふさわしいね!」

「ならばよし!」

 ついに、いちばん大きな兄者は立ち上がった。

 兄者の心の大きさ、風格といったものが、突如として現れた。ああでもないこうでもないと理屈をこねておるときは、てんで見えなかった、その大きさ。

 兄者、何倍も大きく、ぱんぱんに膨らんで見えた。

「そこまで見込んでくれたのだ。期待に応えよう。

 『力』のルーンにふさわしい男になってやるぞ!」

「では。

 君に、私の知る技、『力』のルーン、を授ける」

 

 旅人は、目に見えぬものを差し出すしぐさをした。うやうやしいしぐさ。

 いちばん大きな兄者も、思わず、拝領するしぐさをした。

 すると兄者。

 いままでに感じたことのない気持ち、すがすがしい充実した気持ち、になった。

 

「・・・これはなんだ。

 いままでに感じたことのない気持ち、すがすがしい充実した気持ちだ」

「私の知る技、『力』のルーン、だよ」

「そうか」

 兄者は目に見えない何かをぐっと握り締めた。

「ありがとう。旅人よ。

 こうしてルーンを授かったからには、あんたが楽しめるような、大きな冒険をしてみせよう」

「好きにするがいい。君は愉快な奴だ」

「それで、何か礼ができればよいのだが・・・。

 なにしろ我ら兄弟は、名すら持たぬ、ハダカん坊。

 礼になるような宝など、なんも持ってはおらんのだ」

「宝なら、私はいくらでも持っている。そんなものはいらないよ。

 そんなものより、冒険の話のほうがいい」

「冒険の話か・・・」

「いつか君が、王になったとき。

 そのとき私を呼んでくれ。

 そして、君の冒険の話を聞かせてほしい」

「そんなものでよいなら、喜んで。

 私は、いつか王となろう。

 そしてあなたを呼び、冒険の話をしよう。

 約束だ」

「では、そのときが来たら、私の名を呼んでくれ」

「名は」

「レガー」

 旅人は名乗り、いとまを告げて立ち去った。

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