◆ 3、名づけ ◆
赤猿と、目がひとつしかない巨人の娘。
つつがなく結婚。子供もばんばんできた。
赤くて大きな猿のような男ばっかり、次から次へと。どいつもこいつも父親似。額の左右にツノが生え、人間の赤ちゃんより遥かにでかい。
あ、ただし、赤ん坊は6本腕ではないのですよ。みな2本腕だ。また、目はひとつではない。ふたつあった。どいつもこいつも頑丈で、母の乳をがぶがぶ呑み、どんどんでかくなる。
赤猿も目がひとつしかない妻も、元気な息子どもに囲まれ、とても幸せであった。
「巨人の王よ、こうしてみれば、これが私の種族の姿のようですな」
赤猿、息子どもを眺めて言う。
赤猿には長男と次男がぶら下がっておる。赤猿の六腕を木の枝に見立てて、木登りみたいなことをしておるのだ。巨人の王は大きすぎてあぶないので、うつ伏せになっておられる。そのとてつもなく広い背中に三男がのびのびと寝転がって、いびきをかいておる。
「そうですな、陛下」
巨人の王はうやうやしく言った。
結婚して以来、赤猿のことを『陛下』とうやうやしく呼ぶのである。
赤猿はくすぐったがったが、巨人の王は絶対にこれをやめんかった。ただ、陛下と呼ぶ以外は、ぞんざいであった。
「陛下。そろそろ、種族の呼び名を決めてはどうじゃ」
陛下とか言うときながら、続く言葉がぞんざい。
赤猿も全然気にしとらん。
「種族の呼び名ですと?」
「そうじゃ。陛下と陛下の息子どもの呼び名じゃ」
「私の・・・」
「なんとなれば、あなたは新たな種族の父祖なのじゃからして。
父祖を含めた子々孫々の名を、決める必要があるわけじゃ」
「なるほど。言われてみれば。しかし、考えておりませんでした」
「とっとと決めるがよい、陛下」ぞんざい。
さて、みなさん。赤猿自身にも名がないのに「種族の名前をつけよ」というのか? ヘンな話では? と思われたかもしれない。
これはですね。
巨人には、個人の名という概念がなかったのです。
神々も巨人も、寿命というものがない。しかも、めったなことでは死にゃせぬ。『巨人の王』はずーっと昔から王さまで、代替わりなんぞしたことがない。
じゃによって、名前を持つ必要がなかった。『初代キョジーン』とか『第2代ムコ=アカザール』なんて名はいらんかったというわけなのじゃ。
しかし、種族の名は必要じゃ。さっさと名乗らねば、他人にあだ名を付けられてしまう。『軍神リッキーのヨロイ』みたいに。さすがにそこは巨人の王、抜かりはないということじゃ。
「むずかしいな」赤猿はため息をついた。「思いつきそうにない」
「さあらば、王妃殿下に諮る(はかる)がよい」
「ではそうしましょう」
赤猿は三男を巨人の王の背中からつまみ上げ、長男と次男を左右の手にぶら下げたまま、歩きだした。目がひとつしかない妻の居る赤子の部屋へ向かうのであった。巨人の王はそれを見送り、そろりそろりと起き上がって、工房へもどった。
赤子の部屋。
子を産んだばかりの、目がひとつしかない妻。赤子を抱いて、ゆらゆらと揺すっておった。
「おまえ。起きておったか」
「あなた。私は大丈夫ですわ。いつもどおりということです」
「まったく、たよりになる母親だわい」
目がひとつしかない妻はじつに安産で、お産があぶなくなったことは一度もないのである。
赤猿はこれなら大丈夫と見て、種族の名のことを持ち出した。
「・・・というわけでな。私はどうもよい名が思いつかん。おまえに考えてもらいたい」
「では、よい名がございます」
「ほう。どんな名だ?」
「鬼」
「おに?」
「いまだこの世に居らなかった者、という意味ですわ」
「鬼か・・・」
オニ、オニ、オニ・・・
呟きながら、赤猿は部屋の中をウロウロした。
「鬼、鬼・・・」
「おに、おに」
歩けるようになった長男どもが、真似をしてよちよちついてくる。
赤猿、長男を振り向き「鬼、鬼」
長男、赤猿を見上げて「おに、おに」。きゃっきゃと笑う。
そうして練り歩くうち、「おに」の音がしみこみ、すっきりと感じられてきた。
「鬼! うむ! よい名だ! 息子どもにとても似合うように思う」
「ではそう名乗らせませ」
赤子を撫でながら、目がひとつしかない王妃はさらに言うた。
「あなたも、『巨人の王の王』では不便ですわ」
「・・・うむ。まあなんだ、お弟子さんたちも、誰も私を呼んでくれなくなったのだ。
呼びにくいから呼ばんのではと思うのだが」
「そうでしょう」
「といって、無下(むげ)にすると、義父上が傷つきそうだしのう」
「心配ありませんわ。私にお任せください」
「おお。そうか。ではたのむ」
「はい」
目がひとつしかない王妃は背筋を伸ばし、こう言うた。
「きしん」
「きしん?」
「鬼どもの神、鬼神ですわ」
◆ 4、新たな神 ◆
「神だって?」赤猿は飛び上がった。「いや、いや! 私は神などではない」
目がひとつしかない妻は首をかしげた。
『言いたいことがあるなら言うてみよ』のポーズである。
このポーズになった妻に言い勝ったこと、一度もなし。
しかし、無謀にも、ごねる。
「私はだな。ただの、赤い大地の神と、暗い霊峰の女神の息子なのだ」
「いいえ。あなたはもう、子供ではありません」
「・・・うん、それはそうだが。
でもあれだ、私なんぞは、冒険を求める放浪(ほうろう)の者にすぎぬ」
「いいえ。あなたはもう、放浪者ではありません」
「・・・うん、それもそうだが。しかし・・・しかし・・・うーむ・・・」
目がひとつしかない妻はゆっくり待ってから、告げた。
「あなたは、この世でただひとり、巨人の王を倒された御方。
あなたは、この世に生まれた新たな種族の、父祖たる御方。
あなたはこの子らの、たった1人のあこがれ」
「子らのあこがれ・・・」
「あなたは、この子らの神。
鬼どもの神、鬼神。それが、これからのあなたです。
名にふさわしくあらせませ」
「この子らの神か。私の父や母のような荒神(こうじん)では、なく」
目がひとつしかない妻はなにも言わず、拝礼した。
「きしん」長男が唱えて、見上げてきた。「きしん」
「鬼神か」
「きしん」長男はにっこり笑う。
「鬼神・・・」
胸の奥に、何か、沸き上がって来おる。
なにか、新しいもの。
温かく、しっかりとしたもの。
「私はやろう」
それで、こう言うた。
「初めは、神なんてとてもそんな! と、思うたが。
いや、私はやろう。
鬼どもの神、鬼神となろう。
この子らのためにやるのだ。
『おまえらの源(みなもと)、ここにあり』とな」
目がひとつしかない妻はなにも言わず、微笑んだ。
「・・・ただし」
六つの拳を合わせて唱える。
そのようにするとき、六つの拳はぴたりと六角を描くのであった。
「いつか、私たちの息子の中に、私を倒すほどの者が出てきたとき。
そのとき、私は『鬼神』を譲ろう。
巨人の王が、私にしてくれたように。
これが公平というものではなかろうか」
「あなた、それはまことに公平なお考えでございます」
『鬼神』は、こうしてこの世に生まれた。
この誓い。
『鬼神に勝った者が次の鬼神となる』との誓言(せいごん)。
鬼どもはみなこの言葉を知っておる。そして、どいつもこいつも、絶対に鬼神をぶん殴ってやるのだと考えておるという。
初代鬼神、巨人の王を殴り倒すような無双の力士。殴り勝つなど不可能ではないか。一発当てることすら、至難のわざであろう。だが、鬼どもはあきらめぬ。父祖たる鬼神をぶん殴り、新たな鬼神となってやる──これが、鬼どもの夢。これが、神の言葉に報いる道と、鬼どもはみな、固く信じておるのである。
「義父上。名が決まりましたぞ。『鬼』というのです」
巨人の王の工房へ向かい、報告する。
ハンマーをがんがん振るっておった巨人の王。
手を止め、向き直り、にっこりとうなずいた。
「おお、よい名じゃ。どんな意味じゃ?」
「ふっふっふ。それはですな。
『この世にまたと居らん者なり』という意味なんですぞ!」
微妙にまちがった説明をしておるところ。
目がひとつしかない王妃もやって来た。子を産んですぐなのに、けろっとした顔である。
「おお、王妃殿下。歩いて大丈夫なのか?」ぞんざい。
「はい、父上。私は大丈夫ですわ。
それでです。
巨人の王の王陛下にも、名をお贈りいたしました」
「ふむ?」
「鬼神」
「鬼神? 神さまか?」
「はい。鬼どもの神、鬼神ですわ」
「陛下じゃなくなるのか・・・」巨人の王はがっかりした。
「いいえ」目がひとつしかない王妃は笑った。「鬼どもの神が、巨人の王もやってくれるのです」
「それならめでたいことじゃ!」巨人の王は喜んだ。
「どうです義父上。私が鬼神だ。かっこいいでしょう」
「キシンか。よいのう。音もキョジンと似ておって、仲も良さそうじゃ」
目がひとつしかない娘は微笑んだ。「では、私はこれで」
「うむ。よい名を考えたな」
目がひとつしかない王妃、退出。
鬼神、巨人の王、しばらく無言で確認する。
王妃、完全に退出。確認。まちがいなし。
「・・・鬼神か」と巨人の王。
「大それた名で、ちょっと恥ずかしかったが」と鬼神。「とてもよい名だ。大満足ですぞ」
「・・・うむ。ま、そなたは神々の息子じゃからして、神さまとなるほうが自然じゃわな」
「なんだ。引っ掛かるような言い方ですな」
「いや! ちがうちがう! そうではないのじゃ。
娘には敵わんのうと思うたまでじゃ」
「とおっしゃると?」
「じつは、わしは『新巨人』とか『超巨人』とか考えておったのじゃ。
そこへ来ると、娘は『神』じゃからのう」
「義父上、名付けのセンスはないな」鬼神は心密かに考えた。「私より悪いかもしれんぞ。妻に任せて、正解だったわい」
そんな評価をされておるとも知らず、巨人の王。まだ娘が戻ってこないか気にしつつ。
「・・・ここだけの話じゃが。
娘はちょっと、センスがごっついのじゃ」
「センスがごっつい」
「あそこに金床(かなとこ)があるじゃろ」
巨人の王が指したところに、ピシッと完璧に角の立った金床がある。
サイズは鬼神サイズ。人間用とくらべればバカでかい。巨人の王の使うておるのにくらべれば、全然小さい。まあ、巨人の王の金床は人間の家ぐらいありますからね。
「あれは金床なのか? やけに四角四面ですな。指が切れそうだ」
「そうじゃ。あぶなくて使えんので、金床のごとき置物となっておる。
──娘の作じゃ」
「ほう・・・」
「そんなに尖らせんでええぞとは、言うたんじゃがのう。
とても嬉しそうな顔で作業しておったので、止めれなんだ」
「ははあ」
「娘はのう。なんでか、センスがごっついのじゃ。
料理はうまいんじゃが」
「うむ。うまい」優しい気持ちになる味である。「ここへ来て、すっかり太ってしもうた」
「たぶん『鬼』というのも、娘の好みじゃな。字も四角いしのう」
「いやいや、よい名ですぞ。これは本心からだ。
しっくり来るのだ。もうこれ以外は考えられぬ。
断固、一生涯、この名で行きますぞ」
『新巨人』とか呼ばれたくない鬼神はあわてて妻を褒めた(ほめた)。
「ならばよいが」
巨人の王はハンマーを振るいだした。
「しかし義父上。センスがごっついと知って『名を考えてもらえ』と勧めたのですか」
「うむ」
「なんでです?」
「なんでといって、」
巨人の王はハンマーを止めた。
「おまえさんも、ごっついからじゃ」
「それもそうだ」鬼神は額を叩いた。「しっくり来るのも、当然だわい」
2人はわっはっはと笑い合った。
これは、いまの世よりもずうっと前のお話。
千年よりも、もっと前。
神竜(じんりゅう)がまだ生きておったころ。
『鬼神(きしん)』の御名(みな)が、この世に誕生するまでのお話でした。
(1章 力のルーン 終わり)