六腕三眼、鬼の神   作:min(みならい)

11 / 93
新たな神(後) 鬼神

◆ 3、名づけ ◆

 

 赤猿と、目がひとつしかない巨人の娘。

 つつがなく結婚。子供もばんばんできた。

 赤くて大きな猿のような男ばっかり、次から次へと。どいつもこいつも父親似。額の左右にツノが生え、人間の赤ちゃんより遥かにでかい。

 あ、ただし、赤ん坊は6本腕ではないのですよ。みな2本腕だ。また、目はひとつではない。ふたつあった。どいつもこいつも頑丈で、母の乳をがぶがぶ呑み、どんどんでかくなる。

 赤猿も目がひとつしかない妻も、元気な息子どもに囲まれ、とても幸せであった。

 

「巨人の王よ、こうしてみれば、これが私の種族の姿のようですな」

 赤猿、息子どもを眺めて言う。

 赤猿には長男と次男がぶら下がっておる。赤猿の六腕を木の枝に見立てて、木登りみたいなことをしておるのだ。巨人の王は大きすぎてあぶないので、うつ伏せになっておられる。そのとてつもなく広い背中に三男がのびのびと寝転がって、いびきをかいておる。

「そうですな、陛下」

 巨人の王はうやうやしく言った。

 結婚して以来、赤猿のことを『陛下』とうやうやしく呼ぶのである。

 赤猿はくすぐったがったが、巨人の王は絶対にこれをやめんかった。ただ、陛下と呼ぶ以外は、ぞんざいであった。

「陛下。そろそろ、種族の呼び名を決めてはどうじゃ」

 陛下とか言うときながら、続く言葉がぞんざい。 

 赤猿も全然気にしとらん。

「種族の呼び名ですと?」

「そうじゃ。陛下と陛下の息子どもの呼び名じゃ」

「私の・・・」

「なんとなれば、あなたは新たな種族の父祖なのじゃからして。

 父祖を含めた子々孫々の名を、決める必要があるわけじゃ」

「なるほど。言われてみれば。しかし、考えておりませんでした」

「とっとと決めるがよい、陛下」ぞんざい。

 

 さて、みなさん。赤猿自身にも名がないのに「種族の名前をつけよ」というのか? ヘンな話では? と思われたかもしれない。

 これはですね。

 巨人には、個人の名という概念がなかったのです。

 神々も巨人も、寿命というものがない。しかも、めったなことでは死にゃせぬ。『巨人の王』はずーっと昔から王さまで、代替わりなんぞしたことがない。

 じゃによって、名前を持つ必要がなかった。『初代キョジーン』とか『第2代ムコ=アカザール』なんて名はいらんかったというわけなのじゃ。

 しかし、種族の名は必要じゃ。さっさと名乗らねば、他人にあだ名を付けられてしまう。『軍神リッキーのヨロイ』みたいに。さすがにそこは巨人の王、抜かりはないということじゃ。

 

「むずかしいな」赤猿はため息をついた。「思いつきそうにない」

「さあらば、王妃殿下に諮る(はかる)がよい」

「ではそうしましょう」

 赤猿は三男を巨人の王の背中からつまみ上げ、長男と次男を左右の手にぶら下げたまま、歩きだした。目がひとつしかない妻の居る赤子の部屋へ向かうのであった。巨人の王はそれを見送り、そろりそろりと起き上がって、工房へもどった。

 赤子の部屋。

 子を産んだばかりの、目がひとつしかない妻。赤子を抱いて、ゆらゆらと揺すっておった。

「おまえ。起きておったか」

「あなた。私は大丈夫ですわ。いつもどおりということです」

「まったく、たよりになる母親だわい」

 目がひとつしかない妻はじつに安産で、お産があぶなくなったことは一度もないのである。

 赤猿はこれなら大丈夫と見て、種族の名のことを持ち出した。

「・・・というわけでな。私はどうもよい名が思いつかん。おまえに考えてもらいたい」

「では、よい名がございます」

「ほう。どんな名だ?」

「鬼」

「おに?」

「いまだこの世に居らなかった者、という意味ですわ」

「鬼か・・・」

 オニ、オニ、オニ・・・

 呟きながら、赤猿は部屋の中をウロウロした。

「鬼、鬼・・・」

「おに、おに」

 歩けるようになった長男どもが、真似をしてよちよちついてくる。

 赤猿、長男を振り向き「鬼、鬼」

 長男、赤猿を見上げて「おに、おに」。きゃっきゃと笑う。

 そうして練り歩くうち、「おに」の音がしみこみ、すっきりと感じられてきた。

「鬼! うむ! よい名だ! 息子どもにとても似合うように思う」

「ではそう名乗らせませ」

 赤子を撫でながら、目がひとつしかない王妃はさらに言うた。

「あなたも、『巨人の王の王』では不便ですわ」

「・・・うむ。まあなんだ、お弟子さんたちも、誰も私を呼んでくれなくなったのだ。

 呼びにくいから呼ばんのではと思うのだが」

「そうでしょう」

「といって、無下(むげ)にすると、義父上が傷つきそうだしのう」

「心配ありませんわ。私にお任せください」

「おお。そうか。ではたのむ」

「はい」

 目がひとつしかない王妃は背筋を伸ばし、こう言うた。

「きしん」

「きしん?」

「鬼どもの神、鬼神ですわ」

 

◆ 4、新たな神 ◆

 

「神だって?」赤猿は飛び上がった。「いや、いや! 私は神などではない」

 目がひとつしかない妻は首をかしげた。

 『言いたいことがあるなら言うてみよ』のポーズである。

 このポーズになった妻に言い勝ったこと、一度もなし。

 しかし、無謀にも、ごねる。

「私はだな。ただの、赤い大地の神と、暗い霊峰の女神の息子なのだ」

「いいえ。あなたはもう、子供ではありません」

「・・・うん、それはそうだが。

 でもあれだ、私なんぞは、冒険を求める放浪(ほうろう)の者にすぎぬ」

「いいえ。あなたはもう、放浪者ではありません」

「・・・うん、それもそうだが。しかし・・・しかし・・・うーむ・・・」

 目がひとつしかない妻はゆっくり待ってから、告げた。

「あなたは、この世でただひとり、巨人の王を倒された御方。

 あなたは、この世に生まれた新たな種族の、父祖たる御方。

 あなたはこの子らの、たった1人のあこがれ」

「子らのあこがれ・・・」

「あなたは、この子らの神。

 鬼どもの神、鬼神。それが、これからのあなたです。

 名にふさわしくあらせませ」

「この子らの神か。私の父や母のような荒神(こうじん)では、なく」

 目がひとつしかない妻はなにも言わず、拝礼した。

「きしん」長男が唱えて、見上げてきた。「きしん」

「鬼神か」

「きしん」長男はにっこり笑う。

「鬼神・・・」

 

 胸の奥に、何か、沸き上がって来おる。

 なにか、新しいもの。

 温かく、しっかりとしたもの。

 

「私はやろう」

 それで、こう言うた。

「初めは、神なんてとてもそんな! と、思うたが。

 いや、私はやろう。

 鬼どもの神、鬼神となろう。

 この子らのためにやるのだ。

 『おまえらの源(みなもと)、ここにあり』とな」

 目がひとつしかない妻はなにも言わず、微笑んだ。

「・・・ただし」

 六つの拳を合わせて唱える。

 そのようにするとき、六つの拳はぴたりと六角を描くのであった。

「いつか、私たちの息子の中に、私を倒すほどの者が出てきたとき。

 そのとき、私は『鬼神』を譲ろう。

 巨人の王が、私にしてくれたように。

 これが公平というものではなかろうか」

「あなた、それはまことに公平なお考えでございます」

 

 『鬼神』は、こうしてこの世に生まれた。

 

 この誓い。

 『鬼神に勝った者が次の鬼神となる』との誓言(せいごん)。

 鬼どもはみなこの言葉を知っておる。そして、どいつもこいつも、絶対に鬼神をぶん殴ってやるのだと考えておるという。

 初代鬼神、巨人の王を殴り倒すような無双の力士。殴り勝つなど不可能ではないか。一発当てることすら、至難のわざであろう。だが、鬼どもはあきらめぬ。父祖たる鬼神をぶん殴り、新たな鬼神となってやる──これが、鬼どもの夢。これが、神の言葉に報いる道と、鬼どもはみな、固く信じておるのである。

 

「義父上。名が決まりましたぞ。『鬼』というのです」

 巨人の王の工房へ向かい、報告する。

 ハンマーをがんがん振るっておった巨人の王。

 手を止め、向き直り、にっこりとうなずいた。

「おお、よい名じゃ。どんな意味じゃ?」

「ふっふっふ。それはですな。

 『この世にまたと居らん者なり』という意味なんですぞ!」

 微妙にまちがった説明をしておるところ。

 目がひとつしかない王妃もやって来た。子を産んですぐなのに、けろっとした顔である。

「おお、王妃殿下。歩いて大丈夫なのか?」ぞんざい。

「はい、父上。私は大丈夫ですわ。

 それでです。

 巨人の王の王陛下にも、名をお贈りいたしました」

「ふむ?」

「鬼神」

「鬼神? 神さまか?」

「はい。鬼どもの神、鬼神ですわ」

「陛下じゃなくなるのか・・・」巨人の王はがっかりした。

「いいえ」目がひとつしかない王妃は笑った。「鬼どもの神が、巨人の王もやってくれるのです」

「それならめでたいことじゃ!」巨人の王は喜んだ。

「どうです義父上。私が鬼神だ。かっこいいでしょう」

「キシンか。よいのう。音もキョジンと似ておって、仲も良さそうじゃ」

 目がひとつしかない娘は微笑んだ。「では、私はこれで」

「うむ。よい名を考えたな」

 目がひとつしかない王妃、退出。

 鬼神、巨人の王、しばらく無言で確認する。

 王妃、完全に退出。確認。まちがいなし。

「・・・鬼神か」と巨人の王。

「大それた名で、ちょっと恥ずかしかったが」と鬼神。「とてもよい名だ。大満足ですぞ」

「・・・うむ。ま、そなたは神々の息子じゃからして、神さまとなるほうが自然じゃわな」

「なんだ。引っ掛かるような言い方ですな」

「いや! ちがうちがう! そうではないのじゃ。

 娘には敵わんのうと思うたまでじゃ」

「とおっしゃると?」

「じつは、わしは『新巨人』とか『超巨人』とか考えておったのじゃ。

 そこへ来ると、娘は『神』じゃからのう」

「義父上、名付けのセンスはないな」鬼神は心密かに考えた。「私より悪いかもしれんぞ。妻に任せて、正解だったわい」

 そんな評価をされておるとも知らず、巨人の王。まだ娘が戻ってこないか気にしつつ。

「・・・ここだけの話じゃが。

 娘はちょっと、センスがごっついのじゃ」

「センスがごっつい」

「あそこに金床(かなとこ)があるじゃろ」

 巨人の王が指したところに、ピシッと完璧に角の立った金床がある。

 サイズは鬼神サイズ。人間用とくらべればバカでかい。巨人の王の使うておるのにくらべれば、全然小さい。まあ、巨人の王の金床は人間の家ぐらいありますからね。

「あれは金床なのか? やけに四角四面ですな。指が切れそうだ」

「そうじゃ。あぶなくて使えんので、金床のごとき置物となっておる。

 ──娘の作じゃ」

「ほう・・・」

「そんなに尖らせんでええぞとは、言うたんじゃがのう。

 とても嬉しそうな顔で作業しておったので、止めれなんだ」

「ははあ」

「娘はのう。なんでか、センスがごっついのじゃ。

 料理はうまいんじゃが」

「うむ。うまい」優しい気持ちになる味である。「ここへ来て、すっかり太ってしもうた」

「たぶん『鬼』というのも、娘の好みじゃな。字も四角いしのう」

「いやいや、よい名ですぞ。これは本心からだ。

 しっくり来るのだ。もうこれ以外は考えられぬ。

 断固、一生涯、この名で行きますぞ」

 『新巨人』とか呼ばれたくない鬼神はあわてて妻を褒めた(ほめた)。

「ならばよいが」

 巨人の王はハンマーを振るいだした。

「しかし義父上。センスがごっついと知って『名を考えてもらえ』と勧めたのですか」

「うむ」

「なんでです?」

「なんでといって、」

 巨人の王はハンマーを止めた。

「おまえさんも、ごっついからじゃ」

「それもそうだ」鬼神は額を叩いた。「しっくり来るのも、当然だわい」

 2人はわっはっはと笑い合った。

 




 これは、いまの世よりもずうっと前のお話。 
 千年よりも、もっと前。
 神竜(じんりゅう)がまだ生きておったころ。
 『鬼神(きしん)』の御名(みな)が、この世に誕生するまでのお話でした。

(1章 力のルーン 終わり)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。