六腕三眼、鬼の神(りくわんさんがん、おにのかみ)。
これは、オーガの神である、鬼神(きしん)のお話です。
1章は、赤く大きな猿のごとき若者の、けんかけんかの旅のお話。
旅人レガーから『力』のルーンを授かった赤猿。旅をし、けんかをし、旅をする。
ついには巨人の王にけんかで勝ち、「巨人の王の王」と呼ばれる御身分(ごみぶん)に!
2章は、王様となった赤猿と、空飛ぶ生きもののお話です。
空飛ぶ生きもの。どんな生きものか?
まず、かしこい生きものだ。話すとイラッと来るところもあるが、そばに居れば(おれば)とても助かる。
次に、かっこいい生きものだ。センスはあんまり良くないが、空を飛んでおるときは本当にかっこいい。
なによりも、私たちを乗せて飛んでくれるのだ。これがもう、ほんとに素晴らしい。
空を飛ぶ。じつに気持ちのいいことだ。
空飛ぶ生きもの。どうやって生まれ、どんな風に赤猿たちと付き合うたのか。
それを、この章ではお話ししましょう・・・。
大きな扉の国(1) 赤猿、服を着る
◆ 1、赤猿、さんぽする ◆
「困った」
赤く大きな猿のごとき若者、さんぽをする。
「困ったのう」
ぶつぶつ、ひとりごとを言いながら。
「国王の仕事なんぞ、全然、わからぬ・・・」
この、赤く大きな猿のごとき若者。たいへんごっつい、六腕の力士である。
怪力無双。けんかして、負け、ほとんどなし。
それでいて、よくものを考える。
で、ものを考え出すと、うろうろする。さんぽをする、というのが、クセであった。
「そもそもにしてだ。国王とは、なんぞ?
けんかならばわかる。弟どもとさんざんやったからな。
いまは『力』のルーンもあるのだから、どんな強い敵だって、困りはせぬ。
だが、国王は、わからん」
赤猿。
もとい、巨人の国の、国王陛下。
うろうろと、さんぽ。しかし、答えは出ぬ。
やがて結論した。
「だめだ。だめなもんは、だめだ。
やったことのないことは、考えたって、できん」
立ち止まった。
目の前には、広大なくぼみの地が広がっておる。
巨人の王がぶっ倒れてできた、もんのすごくでっかいくぼみ。輝かしい勝利の記念。
「あのときはうれしかったのう。巨人の王に勝った、あのときは・・・」
赤猿は思い出す。
「あ、そうか。身近に、王さまが居ったわい」
「義父上。いま、よろしいか」
赤猿。
家にとって返し、山の下にある、巨人の王の工房へと入った。
「なんじゃ? 陛下」
へんじをしたのは、巨人の王。
もんのすごくでっかい、目がひとつしかない、巨人である。
愛用のハンマーを握ってなんか考えておったが、めんどくさそうに振り向いた。
口では陛下とか言うといて、めんどくさそうなこの態度。ぞんざいな御方である。
「めんどくさそうな顔をせんでください。大切な話なのだ」
「しとらん」巨人の王はめんどくさそうに言うた。「とっとと言え。なんじゃ」
「国王とは、なんぞや?」
「は?」
「国王とは、どんな仕事をするもんなのか? それが、私にはわからんのだ」
「ほほう」巨人の王はちょっとうれしそうにした。「なんじゃ。ようやく仕事をする気になったか」
「そうです。しかし、やったことがないもんで、わからんのだ」
「まずもって、王と言うても、いろいろじゃ。
強い王、弱い王。かしこいの、ばかなの。民を生き生きと伸ばすの、萎ます(しぼます)の。
──おまえさんは、どうなりたいのだ」
「ひとまず、義父上でも目指しますかな」
「ひとまずじゃと! ばかにするな!」
巨人の王はちょっとキレた。
「そもそもにしてじゃ。わしゃ、王さま見習いなんぞ、取らんぞ」
「そこをなんとか」
「わしがどういう王であったかを、わしに訊くんじゃない。
なんでといって、自分の姿は自分では見えぬのじゃからな。
王妃殿下にはかられるがよかろう。なんと言うても、わしの娘じゃ。かしこいし」
「なるほどそうだ。お邪魔しましたな」
赤猿はスタスタ歩いて工房から出ていった。
「なんじゃまったく!」巨人の王はちょっと怒ってから、机に向かった。「さてと。ええと、空飛ぶからくりじゃったな」
「おまえ。いま、かまわんか?」
赤猿。
工房から、夫婦の新居へ移動。
「なんです? あなた」
目がひとつしかない妻。赤子をあやしながら振り向く。
赤猿の妻。すなわち、王妃殿下である。
「私は、立派な国王陛下を目指そうと思うのだ。
そのために、まずは義父上を見習おうと思うのだが・・・」
「まあ。立派なことですわ。先代の娘として、あなたの妻として、うれしく思います」
「よかった。それでなんだが、義父上はどんな王さまだったのだ?」
「そうですね・・・」
目がひとつしかない王妃、考える。
「先代は、ものを造るのが上手でした。神々からも一目おかれていましたわ。
また、とても強かったので、戦を仕掛けられることもありませんでした。
お弟子さんもよく育て、世界に羽ばたかせました。
欠点は、そそっかしく、怒りっぽいところでしょうか。
また、いいものができると、誰にでもタダであげようとするのも、あまりよくないことでした」
「ふむ・・・」
赤猿、考えた。「なかなか、難しいな。私は、ものは造れんし。弟子も居らんし」
そしてこう言った。
「おまえ。私は、まず自分にできそうなところからやろうと思うのだが。
それは『誰にも負けぬほど強い』というところだ。
これは私にとって、自信のあるところだ」
「それがよろしいですわ。何事も、できることからこなすことは。
それでは、私も自分の得意なことで、あなたを支えたいと思います」
「なんだ? 料理か?」
目がひとつしかない妻、料理の腕、抜群である。
派手な料理は一切せんが、とにかく、気持ちがほっとする。
食えば幸せになり、健康になり、どんどん肥えてゆく。赤猿もだいぶ太った。
「私は、国王陛下のための、服を造りたいと思います」
「ふく?」
赤猿、ちょっと戸惑う。
「いや、私は、服はあんまり・・・」
この野人(やじん)。生まれてこの方、服というもの、着たことがないのである。
目がひとつしかない妻もそれは知っておる。だが、今日は引き下がらんかった。
「国王陛下がはだかでは、しめしがつきません。さあ、寸法を取りましょう。さあ、さあ」
赤猿、しょうがなく、寸法取りに応じる。
すると!
妻と接近し、いちゃいちゃし、寸法を取っておったら、すっかり楽しくなった!
「服も、いいかもな」
戸惑い、どっかいった。赤猿、野人を卒業である。
◆ 2、赤猿、服を着る ◆
目がひとつしかない妻。服造りに打ち込む。
彼女も巨人である。ものを造ることに関して、巨人という種族、妥協を許さぬ。
ちくちくちくちく、かきーんごきーん、とんてんかん、ぐつぐつぐつ、しゃぁ、しゃぁ・・・。
妻の作業室から、日夜、不穏な音が聞こえてきおった。
「なんでか、とんかちの音がするのう」
赤猿が不思議がっておると、子供が近付いてきた。「とんかち!」
「おう、三男よ。そうだ。とんかちの音がするのだ」
それは赤猿の三男坊であった。この子、まだ小さいが、ものすごくかしこい。人がものを造るところを、じーーーーーーっ・・・と見て、ぱっとマネをする。この子は巨人の血を引いたんだろうなあと、赤猿は思うておった。
「ははうえぇー」作業室へ入ろうとする。
「坊や。だめですよ」室内から声だけがした。「これは秘密の贈り物なのです」
「見せてぇー」
「うーん」目がひとつしかない母、考える。「父上に秘密にできるなら」
「できるぅ!」
三男は母の作業室に入れてもろうた。
「あなたはだめですよ」
「うむ」
赤猿は不思議がりつつ、出来上がりを楽しみにするしかなかった。
「なんで、とんかちの音がするんかのう?」
やがて。
「あなた。いえ、国王陛下。服の用意ができましたわ」
目がひとつしかない妻、大きな衣装入れを、誇らしげに持ってきた。
「おお!」赤猿、よろこぶ。「ずっと気になっとったのだ。いったい、どんな服なのだ?」
「はい。いまから着せて差し上げますので、どうぞこちらへ」
「どきどきするのう・・・」
赤猿は、服のいらん男である。
人間なら凍え死ぬほど冷たい夜でも、へいき。ごろんと土に転がって、平気で寝れる。
そんなだから、服というもの、べつに、いらん。なくても困らん。
しかし!
妻が自分のためだけに造ってくれたこれは、もう、どきどきである。
試着用の椅子に座って、言われる通り、腕を左右にばっと広げた。
六腕力士(りくわんりきし)の腕。
赤くごっつい、筋肉たっぷりの6本腕である。
「いつ見ても素敵ですわ」妻は赤猿の肩を撫でた。
「そうかのう? うへへ」赤猿、でれでれする。
「そうですわ。包んでしまうのは、もったいないというところです。
ですが、私も真剣に造りましたので、ぜひ、試して頂きたいのです」
「わしも手伝うたんじゃぞー」三男が横から出てきた。
「よしよし。ご苦労さんだったのう」赤猿、息子の頭を撫でる。
ちなみに、長男と次男は表で暴れておる。最近、相撲(すもう)をやるようになった。四男以降はまだ赤子である。
「それではあなた、私が『もういいですよ』というまで、目を閉じていてくださいませ」
「うむ? よし、わかった」
がしゃーんがしゃーん。金属を打ち合わせる音がする。
「はて? なんで金属の音がするんかのう?」
「お楽しみですわ。──あ、いけません。動かないでくださいませ。危険ですわ」
「はて? 服とは、そんな危険なもんかのう?」
「お楽しみですわ。──あ、いけませんよ、坊や。危ないから、離れていなさい」
「はーい。とげとげ、きけんじゃあー!」
三男がきゃっきゃ言いながら離れていく足音がした。
「はて? とげとげとは?」
「お楽しみですわ」
がしゃーんがしゃーん。金属を打ち合わせる音がする。
それはまぎれもなく、いま赤猿が着せられておる服(?)の、立てる音であった。だって、衝撃が伝わってくるもん。
ズボンらしきものをはかされ、立たされ、きゅっと帯を締められる感触がした。
「いいですわ。さあ、目を開けてください」
赤猿、目を開ける。
正面に、目がひとつしかない妻。大きな鏡を抱えておる。
鏡に、赤猿の姿が映っておった。
生まれて初めて服を着た、自分の姿が。
「うお! むっちゃとげとげしておる!」
赤猿、仰天。
勢いよく腕を上げ、袖を見てしもうた。
ぶおん! 服が風を着る音がした。
がしゃがしゃがしゃーん! 勢いよく金属を打ち合わせる音がした。
なんと!
動いたときの、心地良さ!
すうー、ぴたっと肌に寄り添う、何とも言えぬフィット感!
「すごい着心地だ!」
がしゃーんがしゃーん。金属音を鳴らしながら、赤猿は身体をねじり、服をあらためた。
「お気に召しましたか?」
「よくわからん!」赤猿、興奮しておる。「すごいぞ!」
それは、赤くトゲトゲしき服であった。
ものすごく、見た目がごっつい。ものすごく、表面が硬い。
そして強烈にトゲトゲしい。ギラリと輝く鋭いトゲが、ずらっと牙を剥いておる。
赤猿は思い出した。「そういえば、私の妻。センスがごっついのだった!」
赤猿。ばっと六腕を広げて、力士のかまえをしてみた。
どこも突っ張らぬ。それでいて、腰回りはきゅっと締まっており、ばたつかぬ。
腕を伸ばし、曲げ、クロスし、チョップし、パンチしても、どこも突っ張らん。余ったりもせん。
動きの邪魔にならん。どころか、裸よりも動きやすい!
「すごい! まさに、神わざだ!」
「まあ」目がひとつしかない妻、赤くなってよろこぶ。「そんなに」
赤猿には、服はわからぬ。
だが、この評価はまったく的確であったと、私は自信を持ってみなさんに申し上げるものです。これはですね、誓ってもいいが、このとき赤猿が着たような服は、いまの世に至るまで、他に一着たりとも存在しないのですよ。本当に、神わざの服だったのだ。
赤猿、かまえたり動いたりしておるうちに、少し落ち着いてきた。
鏡をじっくり眺めた。
「うーむ! まるで、赤いドラゴンか、赤い岩山のようだ!」
「うふふ」
赤猿はふと、鏡のとなりに立つ妻を見た。目がひとつしかない妻、ニコニコしておる。
彼女と鏡の中の自分が、並んで立っておるように見える。
「おお・・・! それに、なんか、おまえの立ち姿と、私の姿が、とても似合っておる」
「そうでしょう。じつは、今日のこの服は、あなたの服に合わせたのですわ」
「なんと・・・」
2人が並んだ見た目は、さしずめ夫婦岩(めおといわ)といったところである。
赤猿のほうがトゲトゲしく鮮やかで、しかもごっつくて強そうで、うかつに手を出してはいかんという雰囲気が、ビシバシと伝わってくる。妻になんかしようもんなら、死なすぞ。と、服が言うておる。
「服というものは、すごいな!」赤猿は感心した。「見ただけで、いろんなことがわかるぞ」
「それは、あなたがかしこい人だからですわ」
「なんと? いやあ、私はかしこくないぞ。文字だって読めんし・・・」
「いいえ。あなたはかしこい御方です。なんでといって、」
「ははうえー。おなかすいたー」
三男がわがままを言い出した。
「坊や、お待ちなさい。いまは父上が服を楽しんでおられるのですから」
「いやじゃー。はらへったぁー!」
「人が楽しんでいるときには、静かに見守ることをしなくてはいけません。
それがちゃんとできたら、おいしいごはんを出してあげます」
「わしゃ、スープがいい」
「わかりました。父上が楽しんでいるあいだ、静かに見守ることが条件です」
「はーい・・・」
赤猿は息子を観察。少し待たせたほうが教育になるなと判断した。
「ところで、この生地、とても固いな。叩くと、カンコン言いおる」
カン、コン。赤猿が胸のところを叩くと、いい音がした。服の立てる音ではない。
「特別な薬品で固めたのですわ。あなたに似合うように」
「そうか。がしゃーんがしゃーんと音がするのは、薬品で固めたためか」
赤猿はいっちにいさんしいと運動してみた。がしゃーんがしゃーん。やはり、服の立てる音ではない。
「いい音でしょう」
「うむ。いさましい音だ。それに、糸も頑丈そうだ。まるで、太い針金」
「太い針金ですわ」
「そうか。そしてこの、ドラゴンのごとき、するどいトゲ。まるで研いだナイフのよう」
「研いだのですわ」
「といだのか」
「はい。1本1本」
肩にトゲトゲ。背中にトゲトゲ。腰にもひざにも、トゲトゲ・・・。
これ、息子を抱いたら、死ぬんじゃないか? 赤猿は心配した。
誰かを抱くようなポーズをしてみる。
すると、なんとしたことか!
抱き締めた空間の内側、1本のトゲもなし!
トゲ、すべて、身体の外に向いてギラリとおっ立ちおった! まるで、ハリネズミのごとし!
ちなみに他人から見れば、6本腕のくまが、えものを抱き絞め噛み殺しとるような感じのポーズである。
「なんとまあ。よく考えられた服よ!」
「とてもお似合いですわ、あなた」
妻がニコニコとしてあまりに可愛いので、赤猿、とてもじゃないが「トゲはいらんのじゃないか?」なんて言えんかった。
赤猿もにっこりした。そして、慎重に、妻を抱き締めてみた。
大丈夫。トゲトゲの服の内側に、妻はすっぽりと安全に守られておる。
「ありがとう。素晴らしい服だ。大切にする」
「はい」
「・・・ははうえぇ、スープ!」
赤猿親子、食堂へ。一緒に丼でスープを呑む。
そこに相撲を終えた長男と次男が戻ってきた。2人とも上半身は素っ裸。髪は濡れておる。「相撲のあとは水浴びをしなさい」と、母に言われておるのである。
「なんだ、父上!」次男がびっくりした。「なんだ、それ!」
「トゲトゲしき服」長男もびっくりした。「母上が造られたのか?」
「そうですよ。おまえたちも、スープを呑みますか?」
「呑む!」「呑む」
そこに、巨人の王の弟子がぎゃあぎゃあ泣く赤子を抱いてきた。手に負えんらしい。しょうがないので母が子守にもどった。
「眠い・・・」次男がブツブツ言うた。「暴れて、食うたら、ねむうなった」
「俺もだ。ふわあ」長男があくびをする。
「寝るがよい。よく寝てよく暴れるのが、強くなる秘訣だ」赤猿、いばる。
「わしはじじ上のところへ行くのじゃ!」
三男、お皿を放ったらかして工房へ行こうとする。
「こら待てい!」赤猿怒る。「皿を片づけよ」
「ばれた!」
「甘いわ。・・・さて、それでは私はと」
赤猿、出る前に妻の様子を見に行った。目がひとつしかない妻、赤子をあやしておる。
「これは、外に出てもいいもんかのう?」
「なにがです?」
「服を着たまま外に行ってもええもんかと思うてのう」赤猿、へんてこなことを抜かす。
「大丈夫ですわ。汚れはやすりで落とせますし、剣で斬られるぐらいなら、びくともしませんわ」
赤猿は疑問に思うた。「それは、服なのか? よろいでは?」
しかし口に出してはちがうことを言うた。
「それは頼もしいことだ。
なあ、おまえ」
「なんです? あなた」
「こう立派にしてもらったからには、私だって、国王らしいことをするぞ!
もはや、けんか旅なんぞしとる場合じゃないのだ」
「立派ですわ、あなた。
それで、何をなさるのです?」
「うん? それはだな、」
赤猿、妻を見る。
妻、ひとつしかない目で赤猿を見る。
「・・・ちょっと、さんぽにいってくる」
「いってらっしゃいませ」