◆ 1、国王陛下、さんぽする ◆
「さあ、さんぽをしますぞ」
国王陛下、さんぽをする。
「なんでじゃ」
巨人の王、不満を言う。
「なんです義父上。いきなり不満とは」
「なんで、わしまでさんぽに連れ出す。1人で行かんか」
巨人の王。
だいぶイライラしとるようである。
微振動が、鬼神の足元に伝わってくる。あとちょっとのイライラで、地震発生である。
「巨人のしるしのあるところが、巨人の国だと、宣言したのだ。
だからして、義父上には、人から見えるところに出てもらわんといかんのだ」
「なんでそんな、ひとを目印にするようなことをする」
グラグラ・・・。
まずい。地震になりそうである。
「わしは忙しいんじゃ。いま、仕掛けで難航し、集中を必要とするとこじゃというのに」
「だって、地形は目印にならんでしょうが」
「なんでじゃ」
「義父上がコケたりして、地形をつぶすからだ」鬼神、目の前に広がる、くぼみの地を示す。「こんな風に」
「おまえさんが殴るからコケたんじゃろが!」
巨人の王、ちょっとキレた。
もうだめだ。地震です。近くの森から鳥が一斉に飛び立つ。
どうも鬼神と話すと毎回こうなる。
「いや、そうなんですがね」鬼神、へりくだる。「国のため、子供のためだ。頼みますよ」
「むう・・・。国王陛下にそう言われてはのう。
しかし、なんで、さんぽ。目印なら、1日1回、工房の前に立つぐらいでよかろう」
「勘です」
「は?」
「私の、戦の勘が言うのだ。さんぽをせよと!」
「全然わからん。戦とさんぽが、どう繋がるんじゃ」
「あやしい者に気付くことが、防衛の第一歩だからですぞ」
「・・・それは、『見張り』ではないか?」
「そうです」
「なら初めから見張りと言わんか!」
「義父上があっちこっちと質問をされるから、あちこちに答えが飛ぶのだ。
私のせいじゃありませんぞ」
「質問せなんだら説明もせんじゃろが!」
「そうですな。わっはっは」
2人はしばらくスタスタと歩いた。
「・・・あいわかった」と巨人の王。
「なにがです」と鬼神。
「第一に、目印として、外界に姿を見せよ。
第二に、どうせだから見張りもやってくれと、こうじゃな?」
「いかにもさよう」
「じゃが、やはり、わからぬ」
「なにがわからんのです」
「人間が攻めてきたところで、わしとおまえが蹴散らせばすむことじゃろが。
なんで、わざわざ、見張りなんぞをする」
「それでは、ひがいが出るでしょうが」鬼神は偉そうに言うた。
「被害じゃと?」
「人が殺されたり、宝を奪われたり、家や土地がそこなわれたりといった」
「わっはっは。ばかめ!」
「ばかじゃないわ!」
「わしら巨人を殺せるような人間なんぞ、この世に居らんわい。
わしの娘、つまりおまえさんの嫁、つまるところの王妃殿下にしたってじゃ。
ハイエルフの兵士になんぼ囲まれようが、蹴散らして逃げて来るぐらいはできるのじゃ」
「義父上。私は、大切な妻にそんなことはさせませんぞ」
鬼神はあきれた。
「それに、私の息子は鬼だ。人間なんですぞ」
・・・あ、一応言うておきますが、鬼は人間の部類です。
この世界では、ハイエルフみたいな生きものをまとめて『人間』という。
2本足で立ち、手にものを持ち、言葉をしゃべる生きものは、だいたい『人間』ということです。
鬼は少々でっかいが、ま、人間です。
巨人は『神々と巨人』という部類ですので、人間とは呼ばん。まあ、巨人の王なんぞは『地形』のグループに入れた方がいいぐらいですからね。仲間外れにしようというんでは、ありませんがね。
「そうか。孫どもは、人間じゃったな」巨人の王はさびしそうにした。
「だいたいにして、我が家の庭で敵を迎え撃つなんて、そんな国、私はいやだ」
「わしだっていやじゃ」
「でしょう。
『攻撃されてから反撃すればいいや』などは、怠慢(たいまん)なのだ」
「むう」
「ばかなのだ」
「ばかじゃないわ!」
「そういうわけだ。孫のためと思って、頼みますよ」
「わかったわかった」
巨人の王はうなずいて、くぼみの地の向こうを見た。
「そうすると、空から見張れれば、効率的なわけじゃな」
「わっはっは。そりゃそうだ。
空飛ぶ生きものは、強いからのう」
鬼神。空をあおぐ。
「しかし我々は地べたを歩く生きものだ。こうして見上げるぐらいしか、
・・・ん?
義父上。なんか、あそこ、煙がかっておらんか?」
「どこじゃ」
「あっちです。森の上空、かすかに煙っておるようだが」
巨人の王、鬼神が見つけた煙のところを、ひとつしかない目で、ギロッと見る。
「む」
胸のポケットから、筒を取り出す。
その筒を、ひとつしかない目に当てて、ギロギロッと覗く。
「むむむ」
「なんです、それは」
「単眼鏡じゃ」
「たんがんきょう?」
「遠見の眼鏡じゃ」
「なんだ、めがねか」
「・・・村ができとるようじゃ」
「村ですと?」
「うむ。森の中に空間がある。
屋根が3つ見える。草木葺き(ぶき)じゃ。ハイエルフが造るシェルター(雨避け小屋)の技法と見た。
煙はそっから上がっておる。
──以上じゃ」
巨人の王、巨人的簡潔さで報告。
「つまりなんです?」
「ばかめ。ハイエルフの村じゃないか? と言うとるんじゃ」
「アロウ殿の言っていたやつか。緑・・・緑の・・・」
「緑の魔術の国じゃ」
「それだ」
「国には見えんが」
「いやわからんぞ。なんでも末端というのは小さいもんです。
ようし。ここはひとつ、私が行ってみますぞ」
鬼神。スッタラスッタラと軽い足どりで走り、またたく間にくぼみの地を走り抜けてゆく。
「小さいくせに、足の早いやつじゃ」巨人の王はそう言うて、引き返した。「娘に伝えるとするか」
◆ 2、狩人の村 ◆
「──やあ。弓を持つハイエルフどもよ。
おっと、私は怪物じゃないからな。弓を撃つのは、ちと待った」
「なんと」「怪物ではないに?」「化け猿ではないに?」
アロウ殿のときと同じようなやりとりをする鬼神。
巨人の王の推測が的中したのだ。森の中で、ハイエルフの狩人と邂逅(かいこう)したのであった。
「私は、鬼どもの神、鬼神と名乗る者。
煙が見えたので、なにかなと思い、見に来たのじゃ!」
「なんと!」「歌に聞く、六腕神さま!」「弓を向けたこと、どうか、お許しを」
「うむ! そなたらが巨人の国で悪さをせん限り、怒ったりはせぬ」
鬼神はかっこをつけてうなずいた。
巨人の王のモノマネ開始である。
「じゃけれども、その巨人の国、もう、目と鼻の先じゃ。
じゃによって、ちょっと見に来たというわけじゃ」
「なんと? それは、存じませなんだ」
「そうか」
深く暗い森の中である。
わずかに開けた真上の空以外は、なんも見えん。くぼみの地も見えんし、工房のある山も見えん。
「ならばよし。弓持つハイエルフたちよ、初めまして。今後ともよろしく」
「は、初めまして」「おそれおおい」「ありがたい」「神さまと話してしもうた」「一生の記念え」
ハイエルフども、びっくりしておる。
「して、そなたらは、なんという部族のハイエルフじゃ?」
「我らは、灰沼の氏族。見ての通り小さな氏族で、部族には属しておりませぬ」
「はいぬま?」
「灰色の沼ですえ。こことは全然ちがう森の、池とも沼ともつかん、ちっぽけですが明るく住みよい、我らの故郷です」
「かえるがたくさん居る」「かえるの女神さまがいらっしゃる」「ぐええぐええとうるさい」「でもうまい」
「ほう。楽しいところのようだな。なんでここに?」
「それは、『緑の魔術の国』に、無理やり移住させられまして」
「なんと?」
「ある日、『緑の魔術の国』が、灰沼にやって来まして。
抵抗したのですが、『まだん』とかいう呪文で叩きのめされ、若いのが3人殺された。
罪人のように引っ捕らえられ、連れて来られましたのが、ここで」
「なんじゃそれは。横暴だのう」
「まったくですえ」「私、緑、きらい」「わしも」「人を人とも思うておらぬ」「ありんこのごとき扱い」
「来て1カ月。見も知らぬ森で、食うものも獲れず・・・見てのごとく、みな、がりがりに」
「ひどいな」
「まったくですえ」「なみだ、なみだの日々」「ここは、静かすぎて」「かえるの声が恋しい」「死ぬなら、故郷で死にたい」
「このような状況でして、鬼神さまの御国にどうこうなど、我ら毛頭ございませぬ」
「そうか」
狩人ども、たしかに、がりがりに痩せて(やせて)おる。
外に居るのは男だけで、女子供は小屋に隠れておる気配。
万が一には、刺し違えてでも女子供を逃がす・・・と、男どもは決意しておるようである。
「だが、その焚き火を見るに、なんとかなりそうか?」
狩人どもの背後。
『焚き火』と言うたが、火ではない。地面に置いたでっかい木の葉っぱと石から、煙がもやもや立ち昇るのみ。そこから、肉の燻される(いぶされる)いい匂いがしてくる。
狩人どもは「あちゃーばれた」という顔をした。
「そんな顔をするな。取りはせんから」鬼神は微笑んだ。「腹は減っておらん。もう帰る」
「しかし、神さまを手ぶらで帰しては失礼ですに。おみやげと言っては、この肉ぐらいしか・・・」
「だめじゃ!」
「なんでですに?」
「食うのに困っとる者から、みやげなんぞ取り立ててみよ。わしゃ、妻に嫌われるわい」
「なんと」「鬼神さま、奥さまに、頭が上がらぬので?」「こりゃ! なにを言う」「いやしかし」
「いやいや、じつは、そうなのだ」
鬼神は笑った。
「私は婿(むこ)だし、妻はかしこいのでな」
「・・・なんと」「私も入り婿ですに。女房が恐あて」「婿ではないが、おんなが恐あて」「聞かれるえ」「うわあ、こわい」
鬼神と狩人ども、わっはっはと笑い、物品のやりとりは一切せず、別れた。
こうして鬼神、近所のちょっと偉いおっさんぐらいの扱いを受け、すっきりして、戻ってきた。
玄関で、目がひとつしかない妻と長男次男が迎えてくれた。
長男次男は、自分の身長ぐらいある太い杖を握っておる。
「あなた。ご無事でしたか」
「うむ。・・・なんで武装しとるのだ?」
「万が一のためだ」次男が言うた。
「弟がうるさいので」長男が言うた。「父上の様子だと、取り越し苦労だった」
「兄者は甘いのだ! 俺はもう、油断をせぬ!」次男は鼻息も荒い。
「ふっふっふ、頼もしいではないか」鬼神は息子を褒めた。「大丈夫だ。今日のところはな」
「・・・あなた。それは、よい情報とは言えませんね」
「だろう?」
鬼神。
目がひとつしかない妻と2人で、狩人の村のことを話し合った。
「どうも、緑の魔術の国、注意が必要だぞ」
「そうですね」
という結論になった。
「私も、これまでは趣味でうわさを集めておりましたが、本腰を入れますわ。
情報収集をします」
目がひとつしかない妻、そう言いつつ、お茶を淹れてくれる。
湯気といい香りが立ち昇る。
「そういえば、おまえ」
「なんです、あなた」
「うわさはどっから集めておるのだ? 外に行くところは、見たことがないが」
「お弟子さんが、神々にお会いして、うわさを聞いてくるのですわ」
「なんと? 神に?」
「はい。巨人のおみやげは、よろこばれますから」
「なんとまあ、神としゃべるとは、巨人はすごいのう」
目がひとつしかない妻は噴き出した。
「なんで笑うんじゃ?」
「だって、あなた」鬼神の肩を叩く。「私もいま、神さまとしゃべっていますのに」
「あ、そうか。なんだ。大したことないな」
鬼神はお茶をふうふうした。
「もう」
「神は、人間のうわさにくわしいもんなのか?」
「そうですわ。人間どもは、神さまに熱心に話をしますから」
「なんでじゃ?」
「なんでかはわかりません。ですが、人は神を恋い慕う(こいしたう)ものです」
「・・・立派だのう、他の神さまは。
私なんかこう、ただのでっかい猿みたいだのに」
「いいえ。あなたは、鬼どもの神ですわ」
「そうかな」
「そうですわ」
「そうだな。
息子どものために神になる。これは決意したことだ」
鬼神。
柔らかい椅子にもたれかかり、お茶をひとくち飲んだ。
「・・・にしても、狩人を追い払うとはなあ。ばかな国だわい」
「さあ、どうでしょう」
「だって、狩人は、知らん森では仕事がしづらいと言うておったぞ。
自国の民を苦しめるのは、自国を傷つけることだ。ばかではないか」
「おっしゃるとおりですわ。
ですが、囮(おとり)の可能性があります」
「おとり?」
「弱い立場の者を、巨人の国の近くに住ませる。そして、様子を見るのです」
「二重にひどいわ!」鬼神は憤慨(ふんがい)した。「故郷を追い立てたのが、そんな目的だとしたら」
「ですから、今日のあなたの対応は、悪くないものでした」
「ぬう! 私は、そんなつもりで!」
鬼神はお茶を呑み干した。
目がひとつしかない妻がお代わりを入れてくれた。鬼神はそれも呑み干した。
「そんな国ならば、とっとと滅んでしまえばよい」
鬼神が呪う(のろう)と、目がひとつしかない妻は予言した。
「いずれそうなりますわ。ですが、そうなり果てるまでは、油断はできないということになるでしょう」