◆ 7、国王陛下、敗北す ◆
「ハイエルフ文字とは、面白いもんだのう」
鬼神、本を眺めながらうなった。
緑の魔術の国から本を贈られて以来、嫌々ながらも勉強しとるんである。
「巨人文字はとても覚えられんが、これなら覚えれそうだわい」
「・・・」
そばに居った長男。無言で、顔を上げた。
すっ・・・と筆を取り上げ、手元の板切れに一筆したためる。
この筆は三男が造った。ハイエルフの筆をまねしたんである。板切れはただの板切れである。巨人がたまーに木工するとき出る余りにすぎぬ。これに墨汁で文字を書く。真っ黒になったら、目がひとつしかない母が回収して、かまどに放り込んでご飯を炊く。
三男は器用なので、かんなで薄く削いだペラペラの木片を使ったりもしおる。これは火がつきやすいので母には好評、丸まってしまうので父の鬼神には不評であった。
さらさら。
長男、書き終えた。
板切れ無言で突き出してきおる。
「なんじゃ?」
鬼神は突き出された板切れを見た。
すると、なんとしたことか。
巨人文字で、見事な文章が書いてある!
<俺又同感。巨人文字便利然乍難解。拝陽字冗長然乍簡易、良発明哉。>
「ぬう!」鬼神は驚いた。「おまえ、巨人文字が書けるのか!」
「若干」
「あなどれん奴!」鬼神、歯ぎしりした。「・・・ぬう! まったく、読めん!」
長男、うっすらと得意気な表情をした。
この息子、無口なのでおとなしく見える。だがその本性、けんか好きで負けず嫌いなことは次男にも劣らぬ。こやつが冷静なのは「冷静なほうが勝ちを拾える」と知っておるから。つまり、かしこいけんか好きなんである。
じつに自分そっくりだわい! と鬼神は思うておったが、みなさん御存知の通り、鬼神は冷静な男でない。
長男の『勝った』の顔に、鬼神、沸騰(ふっとう)。
自分も板切れ引っ掴んでやり返した。
<私チ、ノウ里ウ。コレヘ中マ四白イ旅ゴダ。>
こちらはハイエルフ文字混ざりである。
鬼神、頑張った。
よく書けた! 自分ではそう思っておる。だが残念。あちこち間違っておる。
「父上下手糞。誤字多過。子供哉」
長男、巨人文字的にしゃべった。
「ぬう! おまえがいま、何と言うたのかはわからぬ。
だがばかにされたことはわかるぞ!」
鬼神、長男の板をぶんどる。
「おまえの評価なんぞアテにならん! おーい、おまえ! これ! これを判定してくれ!」
2枚の板を妻のところへ持ってった。
目がひとつしかない妻、双方の書を見て「息子の勝ち」
鬼神はがっくり崩れ落ちた。
◆ 8、国王陛下、べんきょうす ◆
「なんで負けたんだろうのう」
鬼神、夜も眠らず考えた。
目がひとつしかない妻、特になんも言わぬ。ちくちく編み物をしておる。
彼女は機織り(はたおり)が得意で、編み物はひまつぶしである。本職としてなんか造り、それに疲れたら息抜きに別なもんを造る。これが巨人。とにかくなんか造っとる生きものである。とにかくなんかぶっ壊しとる鬼神とは正反対である。
「うーむ。許せん。負けたままでおることは」
鬼神。
どうすれば息子に勝てるであろうか。ちくちく編み物をする妻のそばで考えた。
自分は、なんで文字を間違ったのか。注意して書いたつもりだったのに。1字1字、注意して・・・
鬼神はふと妻の手を見る。
目がひとつしかない妻、ちくちくと編み物をするその手の動き、まるで平らな道を歩くかのよう。
見た目にとても複雑な編み物が、にゅるにゅると川のように、妻の手元から流れ出してくる。
「うーむ。まるで、手が勝手に動いとるようだのう」
「勝手に動くのですわ」
「巨人はすごいのう」
「慣れれば、誰にでもできることですわ」
「慣れ・・・」
鬼神。
しばらくして、はたと膝を打った。「そうか!」
そして筆と板切れを持ってきた。
「なあ、おまえ! すまんが、ちょっとこの私の文章、正し書きしてくれんか」
「はい」
さらさら。
× <私チ、ノウ里ウ。コレヘ中マ四白イ旅ゴダ。>
○ <私モ、ソウ思ウ。コレハ中々面白イ遊ビダ。>
じっと見ていた鬼神は叫んだ。
「やはりそうか! これでわかったぞ。おまえ、ありがとう!」
そして夫婦の部屋を飛び出し、長男を見つけて叫んだ。
「おおい! わかったぞ! 私が負けた理由が」
「父上。其理由、聞頂思」
長男、また巨人文字的にしゃべった。これが気に入ったらしい。
鬼神も聞き慣れ、なんとなく理解できるようになってきた。
「その理由、聞かせてほしいというのだな? よかろう!」
鬼神、威張る。
「よいか息子よ。書は、戦なり!」
「戦?」
「そうだ。おまえ、相撲を取るとき、動作ひとつひとつを頭で考えるか?
えーっと、まずは右腕を相手の首に回して押さえ込む。
えーっと、次は左腕を相手の右脇に差し込んで腕を殺す。・・・なーんてことを、考えておるか?」
「其訳無」
「そんなわけがないな? そういうことだ!
考えながら手を動かしたんでは、だめなのだ!
考えんでも、自然に、手が動くようにする。それが訓練だ。
そうでなくては勝負にならぬ。
文字も同じだ!
ひとつひとつの字を身体が覚え、すらすらと流れるように書けるようにならねばならんのだ。
どうだ? 書は、戦なり!」
「成程納得」
「納得したか。私も納得したのだ。
息子よ、前回は見事であった。だが次は私が勝つ! 再戦してくれ!」
「望所也。いつでも受けて立ちましょう、父上」
「私、私、私、私・・・」
それ以来、鬼神は必死になって字を書いた。
「身に着けるのだ。自然に書けるようにするのだ。勉学に、近道なしじゃ」
自分を励ましながら。
「も、も、も、も、そ、そ、そ、そ・・・」
◆ 9、エスロ博士 ◆
「う、う、う、う、思、思、思、思・・・」
字の特訓に打ち込む鬼神。
その姿を、ハイエルフの男が目撃した。
「・・・陛下は、なにをなさっておられるのですかに?」
「主人と息子どもは、『お手紙の戦い』をしております」
「お手紙の戦い」
「互いに短い手紙を書き、文字の美しさ、内容で、勝敗を決めます」
「ははあ! 歌会(うたかい)のようなものですに」
歌会とは、ハイエルフの優雅な遊びである。
集まって輪になり、それぞれ筆を取って、紙に短歌を書く。そして、その歌を順番に歌い上げる。
全員が歌ったら、主催者が優勝を決定。贈り物をするというものである。
「歌会ほど、雅びなものではありませんが。
こうして真剣勝負をし、主人も息子どもも、めきめき上達しております。
エスロ博士。あなたのおかげですわ」
「私の?」
ハイエルフの男は首をかしげる。ローブの首元で、黒い丸石の首飾りが揺れた。
「博士が差し入れてくださった本が、2人の勝負のきっかけなのです」
「おお」
このハイエルフの男。
名を、エスロという。
魔術大学に所属する、博士である。
初めての外交使節で本を贈ってきた魔術師が居りましたね。あれが、このエスロ博士であったのだ。
エスロ博士。
生命に関わる魔術が専門。見た目は若いが、すでに本を何冊も書いておられる。
巨人の王が手を叩いて興奮した(そしたら雷が落ちたんでしたね)、あの本も、このエスロ博士の著作である。
「本が刺激となり、知的勝負が始まるとは。
まこと、お贈りした甲斐があったというものですえ」
エスロ博士はにっこりした。
「こちらに新しい本もお持ちいたしました。
王妃殿下ご希望の、我が国の文化風俗のわかる流行本も探しておきましたえ」
「いつもありがとうございます。博士」
目がひとつしかない王妃。
博士にお茶を勧めて、話を始める。
「・・・それで、博士。例の秘密研究のほうは、いかがですか?」
「はい。進めております」
「私が聞いたうわさでは、博士はまた予算を減らされたと」
「あなや。王妃殿下のお耳に入るとは」
博士は人指し指で髪をかいた。
「その通りでして、とうとう助手を解雇する羽目になってしまいましたえ」
「なぜ、そんなに資金集めに苦労なさるのです?」
「私たちの資金は、部族からの寄付と、大学からの予算によっております。
私は弱小部族出身、研究内容も『秘密』ゆえ、寄付を集めるのは困難なこと。
そして、寄付額は予算の参考となりますに・・・」
「寄付の少ない研究者は、予算も少なくなると?」
「はい」
「なるほど。
ですが、やはり、わかりません」
「なにがおわかりになられませんに?」
「学長のおぼえめでたい博士ですのに、無理は利かぬのですか?」
エスロ博士は、魔術大学の学長の強い推薦によって外交使節に選ばれたという。
もともと魔術大学には外交使節の枠はなかったという。しかし、学長がエスロ博士をねじ込んだのだ。学長は建国の英雄で、この御方が強く言うたことは通るんだそうである。
目がひとつしかない王妃も、このこと、うわさで知っておったのです。
「いいえ。予算のごとき毎年の事では、多数派の意見、たいせつです。
我が国は、多数派に従うことでまとまっておりますゆえ」
「そうですか・・・」
目がひとつしかない王妃、お茶を呑む。
「ご苦労をなさいますね」
「なあに、私1人ならば、もはや予算に困ることもありませぬ。
いっそ『機密が守りやすくなった』と考え、邁進(まいしん)いたしまする」
そこに鬼神が勉強を中断してやってきた。
「やあ、博士。いつも本をありがとう。おかげで、息子と楽しんでおる」
◆ 10、博士、冷や汗をかく ◆
「これは陛下」
「いやいや、立たんでもよい。礼なんぞ、歓迎式で十分だ」
「は・・・。」
外交使節が来たら『歓迎式』というものをやる。ということに、最近はなっておる。
エスロ博士は、これに出ておる。当然である。
しかし鬼神は出とらん。緑の側が文官と魔術師ばかりだから、こちらも国王は出さんのである。
だから、『歓迎式で十分だ』とか言うても、エスロ博士は鬼神にあいさつしとらん。
しかし鬼神がいらんというのにやるわけにもいかんので、博士、しょうがなく、座る。
「あなたもどうぞ」
「うん。いただきます」
鬼神が茶を呑み、エスロ博士も茶を呑む。そこで、
「どうだ。うちに来る気になったか?」
鬼神がいらんことを言うので、エスロ博士、むせた。「げほげほ」
「あなた。それはいけませんと申したではないですか」
「なんでじゃ。博士は、寄付がもらえず、苦労しとるそうじゃないか」
「誰からお聞きになられたのです?」
「いま話しとったのが聞こえたわい。私は、耳がいいのでな」
鬼神、地獄耳。
どうやら『聞こえとるぞ』ということを告げるために来たようである。あと、サボり。
「あなた。
あなたがうかつなことをすれば、エスロ博士は、裏切り者呼ばわりされるのですよ」
「なあに、心配はいらん。他のハイエルフとは、口も利かんから」
「いばることではありませんわ」
「博士がやりたいように、パパッと進めれんもんなのか?」
「それが人間の社会というものです、あなた」
エスロ博士、冷や汗。
そこへ、今度は巨人の王がやってきた。
「お揃いじゃな。お邪魔いたしますぞ、陛下」
「おお、義父上。どうぞどうぞ。研究のほうはどうです?」
「それはもう、まことにエスロ博士のおかげをもってじゃ。よい人材を引き抜いてくれた」
エスロ博士はまた茶でむせた。
「いけませんぞ、義父上。そういうことはいかんのだ。人間の社会というものはな」
「まあ、あなたったら」
「わっはっは。いまのは冗談じゃからして、心配はいらんぞ。
エスロ博士の立場は考えておる。ちゃあんと『技術交流』という名目を立て、取り決めもしてあるのじゃ。
早速じゃが、今日も頼むぞ、エスロ博士」
「はい、工房長閣下」
巨人の王はこのところ『工房長』と名乗っておる。
鬼神が国王なのに、自分が『巨人の王』ではまずかろうという、巨人の王らしい配慮であった。
まあ態度はぞんざいなままであるが。
工房長とエスロ殿は連れ立って出てゆく。
「博士は大人気だのう。おまえにももてるし、義父上にももてるし」
「あら、珍しい」目がひとつしかない妻は笑った。「嫉妬ですか、あなた」
「ちがうわい」
鬼神も笑った。
「どうやら、緑の魔術の国、私がぶん殴って倒すというわけにもいかんようだな、と思うたのだ」
「まあ。そんなつもりでいらしたのですか」
「うむ。最後の最後には、ぶん殴れば済むだろうと思うておった」
目がひとつしかない妻は笑った。「あなたは本当に軍神でいらっしゃいますね」