◆ 6、国王陛下、スタートラインに立つ ◆
「よーし! ここが、スタートラインだ!」
鬼神。
満面の笑みで、宣言した。
どーん。木の幹を地面に突き立てる。
足元には深々と掘られた、みぞ。深さ、1尺(約30cm)はあろうか。
「掘りすぎじゃ」三男が指摘した。「スタートラインじゃと言うとる。なんで、みぞを掘る」
「わっはっは! うれしくて、力が入りすぎた!」
「はしゃぎすぎじゃ」
「ついにこの日が来たのだから」
なでなで。
赤い手で、大きな赤い荷台のごときものを、撫で回す。
成人したばっかりの、新たな空飛ぶ台である。
赤くトゲトゲしき、国王専用の!
『鬼神台』である!
「ああうれしや! 綺麗な赤だのう。トゲトゲしいのう」
「ええ出来じゃろ」と三男。「国王専用機じゃというて、母上とお弟子さんらがめっちゃ気合い入れてのう」
「うむ、じつに! かっこいい! かっこいいぞ、我が台よ」
ぶわっさ。
鬼神台、はばたきの音でもって応える。
なんか勇ましい音である。鬼神にふさわしい、気の強い男(?)のようである。
「自分のものを持つというのも、楽しいもんなのだな」
「父上。いつまでニヤニヤしとるのだ」
次男が文句を言うてきた。
「とっととレースをやろう。待ちくたびれた」
「同感」長男もうなずく。
次男と長男、この2人も、空飛ぶ台に乗っておる。
いずれも新しい世代、『成人』したての空飛ぶ台であった。
「はっはっは、すまんすまん。では息子ども。そして我が『鬼神台』よ。位置につけ!」
ぶわっさ。
鬼神専用の空飛ぶ台、はばたきの音ひとつ。
スタートラインの手前まで、ゴロンゴロンと車輪を鳴らして移動した。
「行け!」
次男も命令。
空飛ぶ台、ダッシュ! 行き過ぎた!
がこん! 鬼神が掘ったスタートみぞに、車輪落ちる!
「うおう」次男落ちる!
「わっはっは、ばかめ」鬼神笑う!
「急いた(せいた)な、弟よ」長男は冷静に命令をした。「壱号(いちごう)よ。鬼神台の右に並べ。間隔1尋(ひろ)、先端合わせ。みぞ注意」
ぶわっさ。長男の空飛ぶ台、はばたきの音が、なんか冷静である。
静かに転がり、ぴたりとスタートみぞの直前に止めた。
「見た目はそっくりだが、個性があるようだのう」
鬼神が感心すると、三男もうなずいた。
「生きものじゃからな」
3台の空飛ぶ台。
まず、鬼神専用機。鬼神台は、大きくて真っ赤である。そしてトゲトゲしておる。
長男次男の台。こちらは特に名はない。大きさは初代のエスロ台と同じ。色も同じ、温かいクリーム色。ただし、ちょっとアレンジがされておる。
フロント左右に、ツノ。鬼神台のトゲトゲと同じのが2つだけついておる。
中央には、赤く美しく堂々と、巨人文字が象嵌(ぞうがん)されておる。
『壱』が、長男専用機。
『弐』が、次男専用機である。
このトゲと赤いカラーリングで、壱と弐が鬼神台の子分であることは明白である。
また、壱と弐はクリーム色のボディであるから、エスロ台の仲間でもある。
見てすぐにわかる、仲間のしるし。
これぞ、目がひとつしかない王妃の『お化粧』であった。
「じつに、かしこい化粧だ」鬼神は感心した。「さすがは我が妻だ」
──さて、ここからは、空飛ぶ台を名前で呼びます。
『鬼神台』は正式名称ですから、これでよろしいでしょう。
長男と次男の台には正式名称はありません。しかし長男が自分の台を『壱号』と呼んでいましたので、これを使います。
『壱号(いちごう)』。長男の台。フロントに『壱』の文字がある。
『弐号(にごう)』。次男の台。フロントに『弐』。
・・・え? 三男は台に乗らんのかって?
そうなのだ。三男は「もっと研究してから自分で造るんじゃ」と言うて、自分の台は後回しにしたのだ。まあ、運動の好きな男ではないし、どっちみちレースはしなかったんじゃないか?
代わりに三男は三男で、この日のために持ってきた仕掛けが2つあったのだ。それはすぐにわかるでしょう。
「ふっふっふ。かっこよく飛んで、息子どもを置いてきぼりにしてやろうではないか!」
鬼神、そう言いながら、台に乗る。
ぶわっさ! 鬼神台が勇ましく応える。
「父上」三男が釘を差してきた。「無理はいかんぞ。その子は、初めて父上を乗せるんじゃから」
「うむ、そうだな」と鬼神。
「空を飛ぶのは、走るのより、ずーっと危険じゃ。ほんの一瞬が、大事故になるんじゃ」
「そうだな。わかった」と鬼神。
「ぶつけるなんぞ、もってのほかじゃぞ」
「しつこいわ! わかったと言うのにから」
三男は微妙にしつこいのが玉にキズである。
「ほじゃけど父上、勝負となると子供になるし・・・」
「以上じゃ! スタートをせよ!」
鬼神。三男に背中を向けた。
目上の者に『以上』と言われたら、話は終わり!
これ、巨人の礼儀。三男の身体に染みついておる。鬼神、それを利用した。
「息子ども。用意はいいか? ──私に負ける用意は!」
「こっちのセリフだ!」
台から落っこた次男。言い返して、飛び乗る。
どすん! ぎしい! 台きしむ。
「兄者ァ!」
「うるさいのう」次男は口をへの字にした。「わかったわい。すまん」
「わかっとるんなら飛び乗っ──」
「よし! 合図せよ!」鬼神、機先を制す。
「た・・・っむ。ふん!
ほじゃ、合図をするぞ。
ぱーん! と、でかい音がするからの」
弐号、飛び出した。
「おいこら、まだだ」と鬼神。
「合図かと思うたのだ」
次男、弐号を旋回させ、スタートラインに戻ってくる。
優雅な飛行である。
「妙にうまいな」鬼神は気付いた。「・・・まさか!」
「ふっふっふ」次男はにやっと笑った。「バレてしもうたのう、兄者」
「迂闊(うかつ)だのう、弟」長男も笑った。「父上、我等、秘密特訓済み。熟練十分なり」
「なんと!? 卑怯な!」
「わっはっは。戦に卑怯もくそもあるか」次男が鬼神みたいなことを言うた。
「抜け目のない奴らだ! だがそんなことで私は負けんぞ」
「もうええか?」
三男。右手の筒を空に向ける。
「3つ数えるぞ! 3、2、1、」
ぼっふぁーーーん!!!
もんのすごい音。
白煙、もうもうと立ち昇る。
ごう、ごう、ごおう!
3騎の空飛ぶ騎士ども、風を巻き起こし、白煙を渦巻いて飛び立ってゆく。
「うえっほ」三男、咳き込みながら、煙から飛び出してきた。「げっほげっほげっほ」
3騎はすでに、青空に小さなシルエット。
「気にせんと行ってしまいおった」三男ぼやく。「やれやれ・・・煙玉は、失敗じゃな、こりゃ」
三男の仕掛けその1、煙玉鉄砲。筒先で爆発。ま、失敗ということじゃ。
白いススをかぶったまま、地面に置いた大きな箱へと向かう。
発砲済みの筒を片づける。
代わりに、黒い物体を取り出す。
それは黒く平たい、奇妙な物体でああった。
竹トンボみたいな羽根が8枚ある。8枚の羽根は正八角形に配置され、それぞれが小さな丸いボールのようなもんにつながっておる。そうして、その8つのボールが、中央の平たい皿のごとき物体と接続されておる。
じつに奇妙、異質な見た目である。いったい、なんであろうか。
「飛べ、たこ!」
たこ。
奇妙異質なこの物体、名前は『たこ』であった。
底面中央のボタンを、ぽちっとな。
ぶーん・・・。
竹トンボのごとき羽根、回転。ダウンウォッシュ。三男の頭の白いスス、飛ぶ。
「げほっ」
三男が顔を背けるあいだに、たこ、浮上。
ユラユラ揺れながら、空へと上がってゆく。
三男、たこが手から離れると、また大きな箱の中から物体を取り出した。
小さな箱。レバーと、ガラスの覗き窓がついておる。
覗き窓には、地面にしゃがみ込んだ鬼の青年が映っておった。頭と背中に白いススをかぶった青年を、真上から見た映像である。
「たこ目、千里眼(せんりがん)よし」
なんと!
その覗き窓、千里眼の魔法の覗き窓であった!
たこから見下ろした地上の光景が、窓に映るんである!
三男、レバーを操作。
青空に浮かぶ『たこ』、上昇、下降、静止、のちわずかに傾き、一定方向へ飛び始めた。
「たこ足、浮遊よし。
制御、前後よし。垂直よし。左右よし。
成功じゃ! こっちはうまく行ったわい!」
三男の仕掛けその2、たこ。大成功じゃ! ま、ちゃんとやれば、ざっとこんなもんじゃ。
「さーて。父上に兄者ども、順位はどうなっておるかのう?」
たこはすいーっと青空を横切り、工房のお山のてっぺんを目掛けて上昇していった。
◆ 7、国王陛下、空を飛ぶ ◆
空飛ぶ台、3台でのレース。
スタート直後の順位は、1位が長男、2位に次男、3位は鬼神となっておった。
小型軽量の息子どもが、スタートダッシュで先んじたんである。
ドンベ(最下位)となった鬼神は・・・
「わっはっは! これは気持ちがええわい!」
めっちゃくちゃ喜んでおった。
自分が最下位なのはわかっておる。くそっと悔しがる気持ちも一瞬はあった。
が。
なめらかな飛行。
ふわーり・・・空飛ぶ台は浮かび上がる。ぐうーーーん・・・空飛ぶ台はわずかに沈み込む。
ぶわっさぶわっさ。大型の空飛ぶ台が立てる勇壮なはばたきの音。
耳いっぱいにはためく、風の音も!
びゅんびゅん流れ、飛んでゆく景色。
森は、まるで輝く緑の海のよう。ざーっと葉っぱを鳴り響かせて、長男が飛び、次男がつづき、最後にもっとも大きな鬼神が大波を蹴立てて飛び抜ける。
全身を包む、爽やかな森の、温かい空気!
「素晴らしい!」
鬼神感激。
順位のこと、頭から飛ぶ。
「空飛ぶ台よ! 素晴らしい。空は素晴らしいのう。
おまえたちは、素晴らしい生きものだ!」
ぶわっさぶわっさ。空飛ぶ台はしゃべれん。しかしなんとなく嬉しそうである。
鬼神は、輝く海のごとき下界を見渡して、満喫する。
すると。
森の中からこちらを見上げる、ハイエルフの男と目が合った。
「ん? なんで、巨人の工房のこんな近くに、狩人が?」
気になる。
しかし、もう通りすぎてしもうた。
「・・・後にするか。そうだ! まずは、息子どもを追い抜かねばな!」
前を見る。
「しかし、あやつら変な格好だのう。尻を突き出しおって」
息子ども、へんてこな姿勢で飛んでおった。
上半身を完全に前に倒し、屈み込んで台にしがみついておる。
足は前後に揃え、膝は曲げておる。
なんか一本橋渡るがごとき姿勢である。
「えらい窮屈そうな姿勢だが、なんで2人揃って、あんなことを」
ぶわっさ。空飛ぶ台がなんか言うた。
「ん? ・・・そうか、マネしてみればわかるか」
鬼神。
息子どもの姿勢をまねして、上体を前に倒した。
空飛ぶ台が一瞬つんのめるように前に沈む。鬼神は体重がもんのすごく重いから、バランスが崩れたんである。が、鬼神台は素早く体勢をもどす。ボディ下部のトゲトゲがちょっと葉っぱを切り裂いたが、問題はなし。
「おお?」
ふっ・・・と、鬼神の身体にかかる圧力が消えた。
鬼神台の速度が上がった。
「なるほど。身体を屈して風をかわし、速度を上げておるのか。
ならばこうだ!」
鬼神。
がばっと台の上に寝そべった! 台、沈む! 葉っぱ吹っ飛ぶ!
さらに速度が上がった!
「よーし! 追いつけ追い越せ!」
ぶわっさぶわっさ。
風の抵抗が最小になった鬼神台。本来の力を発揮。ぐいぐい距離を詰めてゆく。
「わっはっは! そうれ、追いつくぞう!」
鬼神が大喜びで声を上げたせいで、次男が気付く。
「ぬう! 兄者ァ! 父上が追いついてきた。例の作戦だ」
「了解」
兄弟が鬼神対策をはかる。
長男は台の上に伏せた。速度を上げ、じわじわと離れてゆく。
次男はなんと、弐号の台の上でくるっと振り向いてきおった。
「うん?」
鬼神台、弐号をパスしようと、左にかわす。
次男、弐号の左サイドを手でトンと叩く。すると弐号、そちらへスライド。鬼神台の行く手をふさいだ。
鬼神台、右に大きくかわす。
次男、弐号の右サイドをトントンと素早く叩く。弐号大きくスライド。鬼神台の行く手をふさぐ。
「なんと!? おまえ、妨害する気か?」
「そうよ」次男、得意気。「父上に勝つため、あらゆる策を練りに練った。結論がこれよ。俺が邪魔をし、兄者が勝つ!」
「手を組んだのか! そんなもん、反則だろうが!」
「うーん?」次男ニヤニヤ。「手を組んではいかんと、誰が決めたのだ?」
「ぬう・・・! しかし、これではおまえだって、勝てんじゃないか」
「父上に勝つためならば、俺はよろこんで犠牲となろう」
「言葉は潔い(いさぎよい)が、やっとることは、いんちきじゃ!
ええい、こんな勝負あってたまるか。鬼神台よ、あいつをぶっ飛ばすぞ! ぶつけよ!」
鬼神台をぺちぺち叩く。
ぶわっさ・・・。空飛ぶ台はしゃべれん。しかし『ばかを言うな・・・』と言われたようである。
鬼神台、あくまでジェントルに、弐号を抜こうとする。
弐号、あくまで卑怯に、鬼神台を妨害する。
しばらく駆け引きが続いた。
そして。
「だめだな、これは」
鬼神が見切った。
鬼神台も、がんばってはおる。だが。
「もはや、勝てぬ。
我が鬼神台は、加速では弐号に劣る。これはおそらく重量のせいだな。
ここで弐号を抜いたとしても、折り返しで、また抜き返されるであろう。
そんなこんなで弐号とやり合っとるあいだに、壱号はゴールしてしまう・・・」
ぎりぎりぎり。
鬼神。
歯噛みする。
結婚し、父親となり、国王となって、だいぶ落ち着いた鬼神であったが、しかし!
やっぱり、負けるのはイヤだ!
許せん! おのれ!
「なんとかならんか。なんとか!
もっと力は出せんのか!? もっと、力を!
・・・ん? 力?」
「ほっほう。たのしいのう」
こちら三男。
次男と鬼神の競り合い(せりあい)を、千里眼の覗き窓で見下ろしておる。
「ええのう。これは。人が競って(せって)おるのを、上から見下ろすちゅうのは。
なんか、優越感があるぞ。お弟子さんらにも言うてやろ」
などと楽しんでおるあいだも、鬼神台は弐号を抜こうとあれこれ手を尽くしてがんばっておる。
「兄者たち、小ずるいことを考えるのう。父上が怒って、むちゃをせにゃよいが」
この心配。すぐに、的中することになる。
「ようし。作戦は、成功だ!」
こちらは次男。
鬼神台の妨害がうまく行き、御機嫌。
前を見る。兄の壱号、順調にリードを広げておる。
「ふっふっふ。どうやら、勝ったようだのう」
後ろに向き直る。
「どうだ父上? もうあきらめて──ぬう!?」
鬼神台が──
「どこじゃ!?」
慌てて前を見る。居らぬ。ずっと向こうに兄者の壱号が見えるのみ。
左右を見る。居らぬ。
──居らぬ! 鬼神台が! 前後左右、どこを見ても!
「な!?」次男、慌てる。「ち、父上、どこだ?」
「わっはっは! 私はここだ」
頭上から、声がした。
次男見上げる。
「うおっ!?」
真上に真っ赤なトゲ!
次男慌てて避ける(よける)!
頭をトゲでこすられるとこであった!
巨大な鬼神台が、太陽をさえぎった。
ぶおぅんと風がひしがれ、弐号はその風に煽られる(あおられる)。
赤いトゲトゲの巨体が、前に出た。
そこから、爆発的加速をして、すっ飛んでゆく。
「ば、ばかな!」次男叫ぶ。「なぜそんなに、速く!?」
父のごっつい顔がこっちを振り向いた。
してやったりとの、満面の笑みである。
「ルーンを使ったのだ──『力』のルーンをな!」
なんと。
鬼神。
『力』のルーンで、空飛ぶ台をスピードアップしたというのである!
「ルーンだと!?
そ、そんなことができるのか?! さすが、父上・・・いやいや、待て待て!
そんなもん、反則だろうが!」
すると父はニターリと笑った。
「うーん? ルーン禁止と、誰が決めたのだ?」
「ぬ、ぬう!」
「ではさらばだ、息子よ! うわっはははは!」
◆ 8、国王陛下、つきささる ◆
「うわー! 父上なにをしとるんじゃー!」
三男が叫ぶ。
千里眼の覗き窓に、ごっつい加速で弐号を置いてきぼりにする鬼神台が映っておる。
「やめんかー! むちゃをするんじゃない! こわれるー!」
三男は叫ぶ。
しかし、むだ。
千里眼の覗き窓は、景色をこっちに送ってくるだけ。一方通行。映像のみ。
どんなに叫んだって、声は届けられん。
「うわー! 伝声機能をつけとくんじゃったぁー!」
「わははははは! これだけ力の差があれば、もはや、考えるまでもなし!」
鬼神台。
ぶっ飛ばす。
もんのすごい風である。
その風の抵抗をもねじ伏せる圧倒的な『力』が、鬼神台には加わっておった。
あっちゅう間に長男に追いつく。
「よし! 行け! 追い抜け!」
鬼神、大喜びである。
長男。鬼神の声が聞こえたか。振り向いて、ぎょっとする。
当然であろう。鬼神台はとんでもない速度で長男に迫っておるのだ。
だが長男、ぴくっと不機嫌そうに目を細めただけ。取り乱しはせぬ。すぐ前に向き直る。
負けるときも最後まで冷静なのが、この長男という男である。
折り返し地点は、もうすぐそこであった。
トンガリ岩。
三角形をしたでっかい岩が、上下逆さまに、山腹に突き刺さっておるところ。
超自然的なこの地形が、レースの折り返し地点であった。
じつはこのトンガリ岩、巨人の王がやらかした結果できたもの。
『赤く大きな猿』のうわさを聞いた巨人の王が、勢いよく立ち上がって工房の天井をぶち抜いてしもうた、あのとき。1章の『巨人の王(1)』で、お話ししましたね。あのとき、吹っ飛ばされた山頂がここに逆さまに突き刺さったわけだ。
鬼神たちがお山を散策するときの目印にもなっておる、このトンガリ岩。
大きく眼前に迫っておった。
ここで、長男の壱号、外にふくらんだ。
コース内側を大きく空けて、わざわざ大回りを始めたのである。
「ん? なんだ?」
鬼神、長男の動きの意味、わからぬ。
「負けを認めて、讓る(ゆずる)というのか?
ふふん、潔し(いさぎよし)! では行かせてもらう」
鬼神、トンガリ岩ギリギリのところへ、鬼神台を突っ込ませる。
トゲが岩に触れんかというほどの、ギリギリのライン取り。
ふくらんだ長男を、抜き去った!
そのままカーブを急角度で──
曲がれぬ!
ガタガタガタ。
鬼神台が振動を始めた。
ガタガタガタガタ、ガガガガガガ。
不吉な振動を立てながら、外へすべってゆく。
「な、なんだ? おい。ちがうぞ。曲がれ! 曲がるのだ!」
鬼神、わめく。
しかし。
曲がれぬ!
鬼神台、カーブの外へ外へと、ふくらんでゆく!
そこへ壱号、クロスして切り込んで来た!
曲がり切れずふくらんでゆく鬼神台!
インへ切り込み、肉薄する(にくはくする)壱号!
アウト・イン・アウト! 壱号がふたたびトップに!
「ぬう!?」
内側を見る鬼神!
外側を見る長男!
ニヤリ。
長男、笑いよった!
鬼神沸騰!
巨大な六腕の1本を伸ばす!
長男の首根っこ、ガッと掴む!
「何!?」
「抜かせんぞ!」
頭に血が昇った鬼神!
前後の見境なし! 自分が怪力なのをすっかり忘れ、長男をぐいっと引っ張った!
長男、空中でこける! 「ぬあー!」
「あ」鬼神、我に返る。「しもた」
だが手遅れ! もう間に合わん!
長男の身体が倒れてくる! 鬼神台のトゲの上に!
その瞬間! 壱号激しく横転! 鬼神台に体当たりしてきた!
がっちぃーん!
大小2台の空飛ぶ台、空中で一瞬ひっついて、ぱーんと左右に弾け飛んだ!
飛び散る火花! 飛ぶ長男! 飛ぶ鬼神! 大の字になってくるくると、森の中へ落っこちる!
大クラッシュである。
「うわあああーーー!!!」
上空からモニターしておった三男、飛び上がって制御箱を放り出す。
「父上のばかものー! これはおおごとじゃー!」
工房へ走る。
大きな扉をひいひい言うて引っ張り、隙間を作ってすべり込む。
「ははうえたいへんじゃー!」
「どうしたのです?」
目がひとつしかない母上。夕食の仕込みで鍋を火にかけておる。
「父上が事故ったぁー」
「父上が事故をした。どのように事故をしたのです」
「空を飛んで競争しておる最中に、いちばん上の兄者に掴みかかったんじゃ。
それでぶつかって、2人とも、吹っ飛ばされて、ほんで、ハァハァ」
「落ちた場所は?」
「トンガリ岩のへんじゃ。じゃが吹っ飛んだで、場所は・・・わからん」
「それでは、あなたは2人の落ちた場所を探しなさい。
母は火の始末をしてゆきます」
「2人を探す。そうか。たこで探せる! 了解じゃ!」
三男飛び出して行った。
目がひとつしかない母、叫ぶ。「お弟子さん! お弟子さん! かまどへ!」
「何事?」巨人の王の弟子の1人が駆けつけてきた。
「私、急用。火消したのむ」
「火消し。了解」
トンガリ岩下、森の中。苔いっぱいの地面。
赤くトゲトゲしきごっつい足が2本、生えておった。
がしっ。巨人の女、その足首をまとめて掴む。
大根抜くがごとくして、ずぼっと引っこ抜く。
出て来たのは、鬼神であった。
「あ、おまえ」
「あなた」
平坦な声。彼女の激怒のサイン。
鬼神、焦る。「あ、いや、これはその」
弐号が飛んできた。乗っておるのは次男である。
「母上! 兄者を見つけたぞ」
「無事ですか?」
「お、おう。無事だ。山のふもとまで転がり落ちて、こっぴどく目を回しておるが」
壱号と鬼神台が飛んできた。
壱号はズタボロ。ボディが破れて中のからくりが見えておる。誰も乗せず、1人で飛んでおる。
鬼神台は手すりがひしゃげた程度。長男が寝ており、三男が同乗して支えておる。
「兄者はそのまま工房へ。私が帰るまでそのままで。鬼神台や、揺らさないように頼みますよ」
「わかった」と三男。
ぶわっさ。と鬼神台。そーっと工房へ飛び去ってゆく。壱号もそのあとに続いた。
鬼神は足首掴まれ逆さにぶら下げられたまま、その姿を見送った。
「ほら、おまえ」焦った鬼神。言わんでええことを口走った。「みんな無事だ」
「無事とは言いませんわ」目がひとつしかない妻のへんじ。「このような事態のことは」
「はい・・・」
「呪文版に異常はありません。記憶のほうも、大丈夫なようですね」
数日後。
エスロ博士がそう言うて、2台のボディを撫でた。
外交使節で訪れるやいなや工房に引っ張り込まれて、鬼神台と壱号を診断させられとったんである。
「そうか。ひと安心じゃ」巨人の王がうなずいた。
「来て早々、すまんのう、博士」鬼神があやまった。
「いえ。万が一がありますからに。知っておったたら、私の方から飛んできたところですえ」
呪文の刻まれたガラス版は、空飛ぶ台の最重要パーツである。
この呪文版が割れたり、文字が削れたりすると、空飛ぶ台の御霊はどっか飛んでってしまうと考えられる。
そうなればもう飛ぶこともできんし、ぶわっさとも言わん。つまり、死ぬわけである。
「壱号はかわいそうに、トゲが突き刺さったんじゃ」
三男が博士に愚痴(ぐち)をこぼした。
「父上はむちゃくちゃをしよるし、母上だって、トゲをつけすぎじゃ」
「それはまあ・・・国王専用機じゃからの」巨人の王、言葉をにごす。
あ、これは、ちゃーんと理由があったのです。
壱号がズタボロになったことには。
あのクラッシュのとき。
本当は、鬼神台のトゲ、長男殿に突き刺さるところだったのです。
それを壱号がとっさの判断で自ら横転し、長男殿と鬼神台のあいだに自分のボディをねじ込んだ。
結果、長男殿はトゲから守られ、代わりに壱号が穴だらけとなったのでした。
これは国王陛下や工房長閣下、それに我らがエスロ博士でさえ、知らなかったことなんですけどね。
壱号の名誉のため、私が補足いたしました。
・・・え? 壱号が報われないって?
いえいえ、そんなことはないのですよ。
人間には知られずとも、空飛ぶ台の一族にはちゃーんと伝えられたんですからね。『我ら一族かくあるべし』とのお手本として、壱号は讃えられ(たたえられ)ました。それに、長男殿もずっと見舞いに来てくれましたしね。
「それで博士」
「はい、三男殿」
「修理のついでに外装を強化したいんじゃが、どう思われる? じじ上には却下されたんじゃが」
「生きものは、改造しちゃいかん」と巨人の王。
「私も、工房長閣下に同意いたしますえ」博士が答えた。
「そうか。どうせ直すなら頑丈なボディに替えたほうがと思うたんじゃ。なんでアカンのじゃ?」
すると博士は突然強烈なセリフを言った。
「それは、三男殿の腕を引っこ抜いて、代わりに巨人の腕を差すのがアカンのと同じ理由ですえ」
「・・・え?」三男は真顔になった。「そんなこと、できんじゃろ?」
「できますえ。そのほうが、頑丈になりますえ?」
「い、いやじゃ。やりとうない」
「でしょう? それが正常な感覚というものですえ。
身体は、生きものの存在そのもの。服とはちがいますに、軽々しくいじってはなりませぬ」
「そうかぁ」三男はしょんぼりした。
「博士、」鬼神が訊いた。「鬼神台はこんなに真っ赤に塗られとるが、大丈夫なのか?」
「これはお化粧ですに」
「トゲもつけられたぞ」
「トゲは・・・はい、まあ」博士、言葉をにごす。
「そうか!」三男ひらめいた。「ほじゃ、服ならええんじゃな? ヨロイなら」
「ヨロイか」博士は考えた。「そやに。脱ぎ着できるものなら。けがが治って、落ち着いてからですえ」
「わかったわい。ほじゃ、元通りに直す。んで、落ち着いたら、エス子も入れて相談しようわい」
ぶぶわわっさ。鬼神台と壱号がハモった。『了解』と言うたようである。
鬼神と三男は博士にあいさつをし、出て行った。
巨人の王と博士、それに空飛ぶ台だけとなる。
「強度が甘かったようじゃ」と巨人の王。「あの程度で大穴が空いたんでは、きたる戦に耐えれまい」
博士は『きたる戦』の一言に、表情を引き締めた。「もっと戦闘向きの子を投入なさるのでは?」
「むろん、努力はする。じゃが、出し惜しみする余裕はなかろう」
博士は反論せず、ため息をついた。
そして黒い髪をかく。
「さっきエスロ台とも会うたのですが・・・まあ大騒ぎで。まるで怒った母猫のごとし」
「ほう? あやつ、わしらの前ではおとなしいんじゃがのう」
「なんと」
「ふっふっふ。博士には本音が出るようじゃ」
さらに数日後。
鬼神台、ふわ~~~とゆっくり、工房の廊下を飛行しておった。
手すりの修理も終わって、見た目はすっかり元通りである。
その隣を、鬼神が歩いておる。なんかあったら即座に手を出して支えようとの態勢。しかし取り越し苦労であった。鬼神台は安定しており、一切異常なしである。
2人はそのまま工房の一室へ。
その部屋は、空飛ぶ台の育児室であった。
部屋の奥の高いところに、初代のエスロ台がじっとしておる。
3台の空飛ぶ台が、床をうろうろ動き回っておる。これらはいずれも次の世代の空飛ぶ台。つまり、赤ちゃん空飛ぶ台である。ボディはエスロ台と同じであるが、まだ飛ぶことができず、床をうろうろするばかり。反応もぼんやりしておる。
鬼神台がふわ~~~と飛んで入って来ると、赤ちゃん3台、一斉に振り向いて停止し、じーっと鬼神台を見つめてきた。
鬼神は赤ちゃん空飛ぶ台を避けて(よけて)歩き、エスロ台の前に来て、正座した。
「すまんかった」頭を下げる。「壱号はまだだが、鬼神台の修理は終わったんで、改めて謝りに来たのだ。すまんかった」
鬼神台も隣に来て、神妙にする。
・・・。
エスロ台、しばらく沈黙した。
それから高くなった床を降りて鬼神の隣に来て、ゴンとぶつかってくる。
「まこと、あいすまん」
エスロ台はこっちに尻を向け、ごろごろ転がってあっち行った。
ぶわっさ。鬼神台がうながしてきた。
「うむ。行くとするか、相棒」
◆ 9、あやしい狩人 ◆
「・・・居ったぞ、父上。こいつらか?」
制御箱のレバーをかちゃかちゃやっとった三男が言うた。
鬼神、三男の後ろから箱を覗き込む。
千里眼の覗き窓に、森の小道が映っておった。
ハイエルフの男が3人立っておる。弓と木の槍を持った姿。狩人風である。
「・・・わからん」鬼神は答えた。「レースの最中にちらっと見ただけだからのう。顔までは、覚えとらんわい」
鬼神と三男。
謎のハイエルフの男を探しておった。
レースの最中に、鬼神が一瞬だけ目が合うた、あのハイエルフの男である。
鬼神台に2人乗りをして、三男がたこを飛ばして探索する。鬼神はルート選定と、三男の護衛である。
鬼神台はなめらかな飛行で2人を支えた。さらには、森の中にひそむ危険な生きもの(へび、いのししなど)を素早く察知して三男を守るという、意外な特技まで見せた。
・・・え? 鬼神は守らんのかって? 鬼神はへびやいのししなんぞ障害とはせぬ。ごはんにするだけだ。
何日かこうして巡回をして、ようやくそれらしき者どもを見つけたのであった。
「声を聞いてみるか。ただし、父上」
「なんだ」
「こいつの伝声機能はまだ試作じゃ。こっちの声も、あっちに伝わってしまうんじゃ。
じゃから、一切音を立ててはいかんぞ」
「わかった」
応えた鬼神。すっと静かになる。三男が思わず振り向いたほど、突然気配が消えた。
「・・・びっくりしたぞ。父上、そんなこともできたんか」
鬼神は肩をすくめて首をかしげた。『自分でもわからんが、なんでか、できるのだ』と言うたようである。
「じゃ、繋ぐぞ」
<赤いドラゴン、白いワシ、共に姿はなしか>
ハイエルフどもの声が、切れ切れに聞こえてきた。
<大猿の縄張りのはずだが、あれ以来、大猿の姿もなしやえ>
<やはり、目が合うたので警戒されたのでは?>
<野生の勘かに>
3人は静かに笑った。
<日が落ちる。シェルターへもどろう>
ハイエルフどもは歩き始める。
最後に1人が空を見上げた。まさに覗き窓のほうを見たのだが、こっちに気付いた様子はなかった。
「・・・よし、もうええぞ。伝声は切った」
「気付かれたかと思うたわい」
「目立たん色に塗り直しといて正解じゃったわい。
それに、ただのからくりじゃから『生命探索』をやられても、引っ掛からんしのう」
『生命探索』は魔術師の基本呪文である。
エスロ博士だけでなく、魔術師なら誰だって使うらしい。それで、不意打ちを防ぐわけだ。
たこはからくりの飛行物体なので、生命探索には引っ掛からんというわけだ。
「赤いドラゴンは鬼神台、白いワシは壱号弐号っちゅうとこかのう?」
「さあな。『大猿』は私のことだろうが」
鬼神はさびしそうにした。
「トンガリ岩のほうへ出るようだな。では、こちらはトンガリ岩下の、長男広場のほうへ回るとしよう」
長男広場というのは、森の中の湿地である。土がゆるいせいか、木が生えとらん。
クラッシュした長男がそこで気絶しとったので、この名がついた。
「頂上に回った方が見張りやすいんじゃないのか」
「あいつらは上ばっかり見ておる。だから、下に回った方が見つかりにくい」
「・・・父上は、こういうときは、かしこいんじゃな」
「私は本来かしこいのだ、息子よ。国王とかは、苦手なだけだ」
3人はシェルターへもどった。これは草木で造った雨風を避けるだけの小屋である。そこで野宿のかまえ。
鬼神たちは工房へ戻って温かいベットでぐっすり寝た。有利な態勢である。
このようにして、追跡をした結果。
数日後。
3人組がシェルターを解体した。
材料だった草木で地面にほうきがけをして、自分たちの足跡を綺麗に消しよった。
これは怪しい! 今日は何かある!
気合を入れて追跡をした鬼神と三男。
夕暮れになって、ついに拠点を突き止めた。
3人が帰り着いた先。それは。
「砦じゃ・・・」
「あやつら、軍人であったか」
鬼神たちの巨人の国と、ハイエルフどもの緑の魔術の国の中間地点となる、森の中。
木々のあいだに隠れるぐらいの、背の低い、平たい建造物。
頑丈な石造りで、窓は非常に小さい。周囲に木の杭が張りめぐらされ、見張りの槍兵まで立っておる。
どう見ても、軍事拠点である。
「こんな砦、いつの間に」鬼神が首をひねった。「さんぽは毎日しとるのに、気付かんかったわい」
「父上のさんぽルートを見極めて、見つからんようにこっそり造ったっちゅうことかのう」
「ということは、」
鬼神と三男は顔を見合わせた。
「奴ら、戦をする気でおるのか?」