◆ 11、鬼神、行き来する ◆
アロウ殿のことを片付けた鬼神。
目がひとつしかない妻と、ゆっくり、お茶をする。
「緑の軍、この数日、動きがないようだのう」
「揉めているようですわ」
「もめるだと? そんな場合か。負けとるのにから」
「勝てば自分の手柄とわめき、負ければ他人の責任をあげつらう。
自決せぬ者は、そういうものです」
「じけつか」
「私たちは、自分の国の行方を決めるために戦っています。
彼らは、博打(ばくち)をしているのですわ」
「借金をして軍を出しとるとか、長男も言うとったな」
「はい。彼らの軍は借金をし、その返済のために、財宝を求めています。
兵も『死んだら外れ。五体満足でもうかったら当たり』というような博打をしている」
「死ぬかもしれんのに、金なんかのために戦えるもんかのう?」
「剣による戦では、人間はそんなに死なないのです。けがはしますが」
「そうかのう? 本気でぶん殴ったら、簡単に死にそうだが」
「あなたは例外ですわ」目がひとつしかない妻は笑った。
鬼神はお茶を呑んだ。
「太陽の女神はどう思っておられるんだろうな。私が、ハイエルフを蹴散らすのを」
「さあ。お付き合いがありませんから、わかりませんわ」
「ありゃ? お弟子さんは、お日さんのとこには行っとらんのか」
「・・・はい」
目がひとつしかない妻はひとつしかない目をそらして、お茶を呑んだ。
「お日さま姉妹は、高い所に居られますから」
「ははあ。そうすると、空飛ぶ台なら、行けるかな?」
「おやめになったほうがよろしいですわ」
「なんでじゃ」
「私たち巨人というものは、地面にくっついているのが好きなのです。地中ならなおよろしい。
空なんて、ごめんこうむりますわ」
「なんと? だが、空を飛ぶのは、すごく気持ちがええことだぞ」
「ごめんこうむりますわ」
「そうか」
鬼神はお茶を呑み、それから大事なことを思い出した。
「あ、空飛ぶ台と言えばだ。鬼神台のこと、話をしとかんといかんのだった」
くぼみの地の戦いで、鬼神は、鬼神台に助けられた。
だが、これは巨人の王との約束を破ることでもあった。
『今回の戦では空飛ぶ台は使わない』と、約束をしとったんである。
「なんでそんな約束をしたのです?」と妻。
「エスロ博士のためだ。空飛ぶ台が博士の祖国を攻撃しては、博士が傷つくだろう?」
鬼神は、妻が『そうですね』と言うと思っておった。
ところが。意外。妻、首をかしげる。
「それの何が悪いのです?」
「え」
「空飛ぶ台は、生きものではありませんか?」
「うん。そうだが」
「我が国は、自由を尊ぶ(たっとぶ)のではありませんか?」
「そうだが」
「ならば、戦うも控えるも、台たちが自由な心で決するべきではありませんか?
鬼神台はそうしたのです。おのれの自由な心で、愛する主人を守ったのですわ。
なんで、あなたが博士のことを気にするのです?」
「む・・・」
鬼神。「あれ? 奥さん怒っとるぞ?」と不思議に思う。
そして口に出してはこう言った。
「しかし、台は私の相棒だからのう。義父上との約束でもあるし」
「でしたら、父上にあやまればよいのです」
鬼神は訳がわからなくなったので、ひとまず、妻に従うことにした。
あんまり逆らうと妻が本気で怒ってしまう。そうなると説得は至難である。
どっちみち義父にはあやまるし。ついでに相談しよう。と、妥協をした。
「なんじゃ、いまごろになって」巨人の王も怒り出した。「どうでもええと思っとったじゃろ」
「そんなことはありませんぞ」
「アロウ殿より後回しにしたじゃないか」
鬼神。「なんだこの巨人めんどくさいな」と思う。さすがに口に出さんが、顔には出た。
「なんじゃその顔は」巨人の王、さらに怒る。
「いやいや。そこはほれ。あれだ」
「なんじゃ」
「アロウ殿が敵に加わったについては、急を要したのだ。確認がだ。
世界中のハイエルフがみーんな敵になった・・・とかだと、大変だからだ」
「世界中のハイエルフをみーんな蹴散らせばよかろう」
「そんなことをしたら、太陽の女神が怒るでしょうに」
「ばかめ。太陽の女神は奥ゆかしい御方じゃ。
わしは何度もハイエルフを蹴散らした。じゃが、いちども文句を言われたことはない」
「そうなのか。だが、次の1回が、ガマンの限度になるかもしれんぞ」
「そんな状況、考えるまでもないわい」
「なんでじゃ」
「なんでといってじゃ。太陽の女神が本気で怒ってみよ。どうなると思う」
「日照りにでもなるんですかな」
「いいや。日照りなんぞ、太陽の女神がちょっと高笑いした程度のこと」
「じゃあ、日触(にっしょく)かな」
「日蝕はお日さんとお月さんの姉妹げんかにすぎぬ」
「わからんわ! とっとと答えを言わんか」
「せっかちな奴め。まあええわ。ええか。お日さんが本気で怒ったならばじゃ。
この世は跡形もなく溶けておしまいになる」
「お山に隠れてもか」
「どんなに地下深く潜ろうが、むだじゃ。まったくもってじゃ。世界丸ごと溶けてしまいじゃ」
「そんなにか」
「じゃによって、そのような状況、考えるまでもない」
「理屈がおかしい気がするが・・・」鬼神は混乱した。「まあどうでもいいわい。そんなことは」
「どうでもええなら言うんじゃないわ!」
「アロウ殿のことは、妻も激怒しとったのだ。早く処分せよとな」
鬼神。
切り札を使う。『お嬢さんがそう言いました』のカード! 巨人の王を黙らせる効果!
「む・・・」効いた。
「約束を破ってすみませんでした」すかさずあやまる。「遅くなったこともあやまる」
「ふん。まったく。おまえは。どうも、不埒なところが抜けん奴じゃ」
巨人の王はまだブツブツ言うた。が、
「まあよい。ゆるす」許した。「おまえが魔弾で倒れて、孫ども、取り乱したんじゃ。手違いも、やむなしじゃ」
「うむ」
「それで、博士にはあやまったのか」
「いやそれがですな。妻が、なんであやまるのか、あやまらんでよい、あやまるな! という感じなのだ」
「なんじゃと? それはまた、なんでじゃ」
「私にはよくわからん。鬼神台は自分の自由な心に従ったのだ。自決して何が悪いと、まあそんな感じだった」
「あいわかった」
「義父上はわかったのか」
「うむ。なんとなれば、それはわしが娘に言い聞かせたことだからじゃ。
成人とは、自決を許された者じゃとな」
「じけつとはなんだ。なんか、自殺かなんかかと思うておったが」
「自決とは、自分の行く道を自分で決することじゃ。そして当然、その結末を引き受けるということじゃ」
「はあ・・・?」
「おまえがあやまっては、鬼神台の自決をさまたげる。と、娘はそう言うたんじゃろ」
「私はすっきりあやまって博士と仲直りしたいのだが」
「ばかめ。国王陛下が、気分であやまるんじゃないわ。迷惑千万(めいわくせんばん)じゃ」
「そこまでは言われんかったがのう」
「旦那だから気をつかっとるんじゃ。わしなら、『ばかめ』と言うところじゃ」
「いま言うたじゃないか」
「じゃからそう言うところじゃと言うておる」
「なんだ。くそ」
「しかしながらじゃ。わしとしては、やっぱり説明はすべきじゃと思う」
「ふむ。それはなんでです」
「博士はわしらの友人だからじゃ。
そもそもこの約束は、わしとおまえのための約束じゃない。博士に気をつかっての約束じゃ」
「そうですな」
「──と、娘に言うといてくれ」
「卑怯者め。自分の考えなら、自分で言わんか」
「ひきょうじゃないわ! わしが口を挟むと、娘がごっつい怒りよんじゃ! 恐いから嫌じゃと言うておる!」
「それを卑怯と言うとるのだ! ・・・まあええわ。言うてくるわい」
なんでこんな伝令のようなことをせねばならん。
・・・と思いつつ、鬼神、引き返す。
帰りの廊下。
鬼神台が、ひょっこり廊下に出てきた。
「おう、相棒。元気か」
ぶわっさ! 鬼神台ジャンプして隣に来る。ノーマル鬼神台状態である。
「あのヨロイは、脱いだのか」
ぶわっさぶわっさ! 鬼神台、部屋へ戻る。部屋の入り口で、こっちを振り向く。
「うん?」
ぶわっさぶわっさ! 鬼神台、部屋へ入る。部屋の入り口に顔を出し、こっちを見る。
「なんじゃ? 見ろっちゅうのか?」
鬼神、部屋をのぞいてみる。
部屋っちゅうのは、鬼神台の私室である。整備室とかではなく、国王専用機たる彼(?)の私室である。
中は巨人サイズのゆったりしまくった部屋である。家具のたぐいは一切なし。広々としておる。
壁にどーんと突き出した鉄の棒がある。
そこに、赤くトゲトゲしいヨロイが掛かっておった。
「ハンガーか?」
ぶわっさ。
鬼神台、そのハンガーに向かってゴロゴロと移動する。
ハンガーの下をくぐり抜ける。アーマーに頭を突っ込む形となる。
がしょーん!
かぶとがにアーマーが装着された。
「おお!」
ぶわっさ! 鬼神台、バックしてハンガーを逆方向に通り抜ける。
しょがーん。
かぶとがにアーマーが外れて、ハンガーに掛かった。
「ほっほう! これは面白い仕掛けだのう。三男か? 三男が考えたんだな」
ぶわっさぶわっさ。
2人はしばらくハンガーを眺め、ヨロイを着けたり外したりして遊んだ。
「・・・あ、そうだ。相棒よ。
ちょうどおまえのことで、妻と義父上のあいだを行ったり来たりしとるのだ。
ヒマなら一緒に来るがよい」
ぶわっさ!
しょがーん。
ノーマル鬼神台、鬼神の前にすっと止まる。『乗れ』ということのようである。
「おう。そう言えば、家の中で乗ったことはなかったのう。
たまにはええか。ゆっくりだぞ、ゆっくり」
ぶわっさ。
鬼神を乗せて、鬼神台はふわ~~~んと飛ぶ。眠くなるような、心地よいのろさである。
「説明をする? なんでです? なんで留学生に、戦争の経過を、国王が、説明するのです?」
目がひとつしかない妻。
鬼神台が来ると、さらに強硬になった。
もう絶対、断固、鬼神台は悪くありません! ぐらいの勢いである。
巨人がこうなった場合。変にあやまったりすると、こじれる。きっぱり説明をしてやらんといかん。
「なんでといって、私が、鬼神台に助けられたからだ。
鬼神台のじじ上みたいな博士にも、一言礼を言うのが自然であろう」
「・・・自然だとしても、外交上はよろしくありません」
「外交なんぞ知ったことではない」
「国王陛下ともあろう御方がそんなことではいけません」
「いいや。国王だからこそだ。
友である博士を大切にし、どうでもよい木っ端な奴らは無視をするのだ。
私は、そのようにすべきだと思うのだ」
「まあ」
目がひとつしかない妻、ひとつしかない目を大きく見開く。
「・・・わかりました。それでは、私もご一緒いたしますわ。
あのとき、『行きなさい』とこの子をけしかけたのは、私ですから」
「そうか。じゃあ、行くか。鬼神台に乗ってみるか?」
「いえ、遠慮しておきますわ」
「あ、この高さでも恐いのか? それはすまんかった」
目がひとつしかない妻は立ち上がり、しっかり床を踏みしめた。
そして鬼神台を撫でる。
「どんなに高い場所でも、私は平気ですわ。足が大地に着いていれば。
それより、この子はあなた専用機ですから」
行く途中、鬼神台が部屋に寄る。
がしょーん! かぶとがにアーマーを装着。アーマード鬼神台となる。
『どう?』という感じで見せてくる。
「かっこいいですわ」と目がひとつしかない王妃。「さすがは国王専用機です」
ぶわっさ!
「博士にその姿を見せたかったわけだな」
ぶわっさ!
寄り道を終え、博士の部屋に着く。
「これは陛下、殿下!」
博士は巨人のテーブルの上でなんか作業をしておった。人間の家だと、屋根の上ぐらいの高さに相当する。
そこから、エスロ台に乗って降りてくる。
「いかがなさいました?」
「博士。じつは、先の戦いで、鬼神台が戦闘に参加したのだ」
鬼神が経緯を説明する。
「──というわけで、私はこやつに助けてもろうたわけだ」
「・・・」博士は苦い表情になった。「このお話、我が国に連絡をしようと思います。かまいませんかに?」
「うむ」
と、鬼神が許可をしてしまってから、王妃が慌てて口を出した。
「博士。私たちは、鬼神台の縁者である博士に、感謝をしただけです。
緑の魔術の国に何かを伝える意図はありません。返答もいりません」
「かしこまりました。しかし、連絡せねば、私が事実を隠したと非難されますに」
ぶわっさ・・・。
博士はそのかぶとがにアーマーを撫でて、微笑んだ。部屋に引っ込む。
ぶわっさ・・・。鬼神台、居心地悪そう。
「相棒は私を助けてくれたのだ。なんも悪くないぞ」
「もちろんですわ。夫によい相棒がいて、私も安心というものです。これからも頼りにしていますよ」
ぶわっさ。鬼神台、気を取り直す。
ふわ~~~んと飛んで、食堂へ。
スープを呑んでくつろぐ鬼神夫妻の側を、鬼神台は嬉しそうにウロウロした。
◆ 12、エスロ博士、こうぎをする ◆
博士が祖国に連絡をした結果、どうなったか。
いらんと伝えたにも関わらず、返答が来た。
博士が代読する羽目になる。
「緑の魔術の国、長老会議は、抗議をする。
空飛ぶ乗り物は、我が国の技術あってのもの。
その完成を秘匿し、あまつさえ我が国攻撃に利用したこと、許しがたし。
空飛ぶ台の半分を我が国に譲渡し、金品によって賠償をせよ。
その上で、開発者エスロ博士を解放するならば、話し合いの余地が生まれるであろう」
こうなった。
場所は玉座の間。鬼神夫妻が玉座に、長男がその足元に。
アロウ殿のときとちがって、近衛はなし。次男三男は普段着で横の方に座っとる。
「事実に反すること、はなはだしい」
長男が反論した。
「第一に、空飛ぶ台は我が国で生まれたのであって、貴国の物ではない。
第二に、くぼみの地の戦いにおいて『攻撃』をしたのは、侵略者の貴国である。
第三に、エスロ博士は共同開発者である。単独のではない」
「そう伝えます」博士はメモをした。
「鬼神台には誰も命令しとらんぞ」次男が言うた。「自分で突撃したのだ」
「・・・博士、弟の発言はなかったことに」長男が否定する。
「なんでじゃ! 兄者!」
「わざわざ『生きものです』と教えんでもよかろう。緑は『乗り物』と勘違いしとるのだ」
「あ、そうか」
「くっ・・・」博士は横を向いた。「えへん。申し訳ございませぬ。聞き逃しましたえ」
「え?」次男困る。「ええと。兄者。俺、なんか言うたかのう?」
「台が出たのは命令によるものではない。その計画もなかった。と申した」長男が言い直した。「だな?」
「おう、そうだ」
「そう伝えます」博士はメモをした。
「長老会議の抗議であるから、私が返答をしよう」
鬼神が口を開いた。
「譲渡は論外。
金品による賠償も、不当な要求じゃ。
『解放』は意味がわからん。博士は自由な身分じゃ。敵国民であるから、出国は許さんというだけじゃ。
付け加えてじゃ。わしと話がしたいなら、降服を決心せよ。
国の責任者が、降服の相談に来るのであれば、いつでも会ってやろう」
「はい」博士はメモした。「そう伝えます」
茶番である。
博士に外交の権限がないから、ただの伝言ゲームになっておる。
「あの、博士」三男は傷ついた表情で言うた。「譲渡っちゅうのは・・・本気でおっしゃったんか?」
「・・・これは、私の意見ではございませぬ」
この一件、緑はずいぶんゴネた。ダラダラと交渉が続く。
そのあいだに、戦争は次の局面に移った。
◆ 13、緑の軍、ひつけして、まける ◆
「父上! 敵じゃ。お山まで喰い込まれとる」
「やっと再開か」
鬼神。
夕飯のスープをがぶりと呑み、肉と野菜で口をいっぱいにしながら、立ち上がった。
「わしがたこで誘導するけぇ、裏口に出てくれ」
「ンム」
モグモグしつつ、工房の裏口へ。
裏口。表とはちがって、小さな扉である。鬼神には狭すぎる。出るとき六腕をちょっとこすった。
出ると、そこは、洞窟である。
上り下りあり、分岐あり。天然の洞窟に見えて、じつは人工の迷路になっておる。
鬼神は真っ暗闇でもいくらか目が見えるので、スタスタと冷たい岩肌を歩いてゆく。
行き止まり。
大きな岩壁。
ゴロリと、横へどける。
『力』のルーンを使ったわけではない。この岩壁、じつは隠し扉なんである。
この裏口洞窟は、むかーしむかしに、巨人の王が造ったダンジョン。『娘とままごとで造った』そうである。
穴をすり抜ける。岩壁、勝手にゴロゴロと戻ってズシンと閉まる。上からサラサラと砂が降って、動いた痕跡を隠す。
そこはまた別の洞窟。左へ。右には洞窟が続いとるが、行ってもなんもない。目くらましの洞窟にすぎぬ。
外に出る。
夕暮れ時であった。残照がわずかに森の木々を浮かび上がらせておる。
ぶーん・・・と、たこが飛んでくる。
<父上。敵は『英雄の墓』じゃ>
鬼神、スッタラスッタラと森を走る。
つい先日、アロウ殿が死んだフリした『英雄の墓』へと向かう。
初めに、たいまつの明かりがチラチラと見えた。
ハイエルフの歩兵、8人。目がひとつしかない王妃が造った花壇を土足で踏みにじっとる。鬼神は静かにキレた。
たいまつ、2本。うち1本、花壇に投げ込まれる。
パッと明るく火が燃え上がった。
なんと、ハイエルフども。
王妃が造った花壇に枯れ木を積み上げ、油をまいて、火をつけたんである!
「奴ら、山火事にする気だ。大将に連絡せよ」
<・・・こちら大将。消火はお弟子さんを出す。父上は兵士を>
「おう、了解」
鬼神、飛び出す。
「この無法者ども! 勝てんからというて、なんと、きたないことをする!」
「ひい!? 鬼神」「うわあ」「鬼が出たあ」「お助けえ」
兵士ども、さるのごとく、森に飛び込み、逃げてゆく。
図体のでかい鬼神には分が悪いステージ。木が邪魔。
だがハイエルフのほうも闇は苦手。コケたりして3人が捕まった。
3人を引きずって放火の現場まで戻り、火の前に投げつける。
「くずども! 火を消せい! 消えんかったら、おまえらを火の中に放り込む!」
「ひい」「はい」「はい」
巨人の弟子が2人、でっかいバケツを持って駆けつけて来た。
「こいつらを頼む。逆らったら殺してよい。火が消えたら、解放してやれ」
「・・・了解」
<父上。今度は表じゃ>
「そんなことだろうと思ったわ」
鬼神、表へ。
火をつけられてから対処するんではめんどくさい。かっ飛ばす。
山の斜面を駆け上り、頂上から、跳んだ!
森の上、10尋(ひろ)よりも高く、ビョーンと飛んで!
べきべきばりばり! 木をへし折って着地。
折れた木を叩き払って走る。崖っぷちに出て、また跳んだ!
ビョーン・・・べきべきばりばり!
ビョーン・・・べきべきばりばり!
かえる跳びのごとくして、一気に山腹を下りてゆく!
どしゃあああん!!
火付けをせんとする、ハイエルフの目の前に!
岩や木を巻き込みながら、赤く大きな猿のごとき六腕神、落下!
「ぎゃっ」「なに!?」「なにごと!?」「岩が」「がけくずれ?」「・・・え? 鬼神」「鬼神」「鬼神だああ!」
ハイエルフども、大混乱。
そこを、ぱあんと平手打ち。落ちてきた木を投げつけ、一網打尽。
制圧完了! 鬼神、怒りの坂落としであった!
「おい! ばかな指揮官に伝えよ。このようなことをするなら、兵とはみなさん。火付けの罪人として処刑するとな!」
「うわあ」「ひい」「わかりましたあ」
鬼神は全員の武器を取り上げ、たいまつを踏み消して、追い散らした。
<また裏じゃ>
「やれやれ」
この夜は鬼神が敵をすべて制圧し、山火事は出さずに済んだ。
ハイエルフどもはキャンプをたたみ、後退してゆく。
たこ偵察隊長である三男が、その様子を捉えた。
「あきらめたようじゃ!」
「油断をするな」と、大将の長男。「場所を変えるだけかもしれん」
大将の読み、的中。
翌々日。
敵軍は工房のお山から四方八方へ広がり、日没と同時に、一斉に放火を始めおった。
「これは・・・」大将、ため息をつく。「父上でも、空飛ぶ台でも、全部は間に合わぬ」
「大将。よい策がございます」
「母上?」
目がひとつしかない母。
ふだんは戦に関わらん彼女、このときに限り、息子どもの側に居った。
「真の巨人が、我らの軍にはいるのですから」
大きな扉が、外に開く。
扉よりもさらにでっかい、もんのすごくでっかい巨人が、姿を現わす。
真の巨人。
背を伸ばす。するとその頭、工房のお山を遥かに越えて、そびえ立った。
目がひとつしかない厳めしい顔が、天をつく。
「おまえたち! 緑の魔術の国の、放火犯どもめ!」
空に轟く(とどろく)声で言う。
「火付けなどをするくずには、これがふさわしい扱いじゃ!」
ぐーんと両手を開く。
それを、打ち合わせる。
ばりばりばりばり!!!
空が裂けた。
真っ白な光が、つばさへびのごとく、四方八方へ乱れ飛ぶ。雷光である。
放火犯ども、耳破れ、目回し、鼻血を出してその場に倒れた。
空に暗雲渦を巻き、宵闇一気に闇へと落ちる。
ごう、ごう、ごおお!
無明の闇に、滝の雨。叩きつけ、またたくまに森の土と混じって暗黒の激流となる。
火は消え、100人の放火犯も、主犯たる指揮官も、跡形もなく消え去った。
「お疲れじゃ、じじ上」
「うむ。ずぶ濡れじゃ」
引き揚げてきた、真の巨人。
すなわち、巨人の王。
(´・ω・`)こんな顔になって言うた。
「べつだん、山が丸焼けになろうとじゃ。この工房は、なんともないが」
「いや、義父上。お手柄ですぞ」
鬼神。アーマード鬼神台と一緒に、外から戻ってきた。
「なんじゃ。おまえまで、ずぶ濡れじゃないか」
「万が一があってはと、相棒と2人で飛び出したのだ」
「なんでそんな余計なことをする」
「なんでって、罪のない者に火が及んではいかんでしょう。
例のかわいそうな氏族だとか。息子どもが付き合っとるハイエルフの娘だとか。
だが大丈夫だった。まったくお手柄ですぞ」
「わしの知ったことじゃないわ」
巨人の王。
(`・ω・´) こんな顔になって言うた。
「じゃが、手柄はもろとく」
緑はこりない。
放火、山に罠を仕掛ける、死んだ獣の死体をそこらに撒き散らす、などなど、嫌がらせを継続する。
怒った三男。がんばって対策をした。
四男五男を正式に部下とし、『たこ偵察隊』を強化。カモフラージュされとる敵キャンプの発見に務めた。
キャンプさえ発見すればこっちのもんである。近接戦で、鬼神やお弟子隊が負けるはずもない。
次々にキャンプを発見、駆逐してゆく。
困り果てた緑の軍。
魔術兵を出して、たこを撃ち落とそうとした。だがこれは鬼神たちの思うつぼであった。
飛ぶたこ。追う魔術兵。
やぶからヒョイと出てくる鬼神。「やあ」
「ひ!?」
「ようこそ、巨人の国へ」
投石。魔術兵墜落。
<たこ釣り成功じゃ!>
「魔術兵が捕虜になったと聞き、面会しに来ましたえ」
「・・・エスロ博士!」
投石で墜落した魔術兵。捕虜となる。
巨人の部屋にぽつーんと閉じ込められておったところに、エスロ博士が面会に来る。
なんと、2人は顔見知りだったんである。
エスロ博士と同じ、魔術大学の研究員だったのだ。
「大学で研究をしておられるものと思うておりましたに」とエスロ博士。
「それが・・・生活費のため、3年魔術兵に応募しまして・・・」
『3年魔術兵』とは、3年の期限つきの魔術兵である。
魔術兵は高度な訓練が必要なので、1年を通して雇用され、給金ももらえる。
ちなみに歩兵は季節雇用である。大半が農夫なので、田植えや収穫の時期には帰してやらんといかんのだ。
「・・・まさか、これほどの泥沼になるとは。たかが、山の巨人相手に」
「巨人の国をあなどってはなりませぬ」
「ああ! 歩兵は捕虜にせぬと聞いておったに、なにゆえ私だけ」
「魔術兵だからですえ」
歩兵の捕虜は邪魔だから取らんだけである。鬼どもを舐めるなということである。
「そえ! 博士は、王妃殿下に顔が利きましょう? どうか、お口添えを!」
「それは無理ですえ。王妃殿下は、利のない話には見向きもされませぬ」
「ああ、そんな・・・このようなところで、時間を無駄に」
「生きておれば、研究は続けられますえ」博士は筆と墨を差し入れた。「ここは、戦場より安全ですに」
「キャンプ発見じゃ!」
「よし。私が行こう」
三男と鬼神、いつものやりとり。
「・・・奴ら、いつまで続ける気なのだ?」次男がぼやく。「勝ち目がないと、わからんのか?」
「勝てぬと知ったからこその、へばり待ちよ」と大将の長男。「こちらが疲労し、崩れるのを期待しておる」
「父上をへばらせるのが狙いか」
「いかにも」
「ふふん」鬼神は笑った。「奴ら、やっぱり私を猿と思うておるようだのう」
鬼神。
断じて、猿ではない。尋常の生きものではないんである。
「イライラはする。だが、それだけのことだ!」
鬼神、出撃。
敵キャンプを急襲。勝利。武器を奪い、ヨロイを引っ剥がし、食料を奪って、追い散らす。
そうする間に次のキャンプ発見。急襲。追い散らす・・・。
来る日も来る日も、鬼神は出撃した。
昼も夜も。晴れの日も雨の日も。
敵軍。
へばった。
なんせ、敵は人間である。しかもずーっとキャンプである。
虫には刺されるわ、風呂には入れんわ、トイレもないわで、環境は劣悪である。
「身体がかゆい」「頭がかゆい」「へびに噛まれた。死ぬる」「げほげほ」「咳すな。うつる」「隊長、1人倒れましたえ」「またか」
しかも任務は放火のような薄汚い工作ばかり。略奪のチャンスもない。
「火付けはもう嫌やえ」「まさに。女神さまに顔向けできぬ」「割に合わぬ。給金もっとくれ」
士気、見る見るうちに低下してゆく。
「私の兄、鬼神に殴られたらしい。絶対勝てんと言うとった」「私もそう思うえ」「勝ち目ないに、上の人間は阿呆やえ」
歩兵。本業農夫。里心(さとごころ)つく。
「田んぼがなつかしい」「かえるの声がなつかしい」「とっとと帰って、魚でも釣ったほうがマシやえ」
士気が落ちればトラブル連発──と、相場は決まっておる。
「出歩くな! 敵に見つかるに」「なにえ。うるさいのう」「なにえ、やるか!」「なぐるえ」「泣かすえ」けんかをする。
「もういややえ。うち帰るう」「待て」「止めても無駄やえ」「私も帰るに、ちょっとだけ待って」「うん」脱走をする。
「あれ? ここはどこ?」迷子になる。
「あれ? かぶと、どっかやってもうた」落とし物をする。
「あ、かぶとあった」「おい、なんか飛んでおる」「なにえ」「いかん。敵のアレ」たこに見つかる。
「あ! こな場所で、火ぃつけなえ」「ばか。油に引火」「にげろー」「隊長、失火しましたえ」「またか!」火事を出す。
鬼神がへばるのを待つはずだった緑の軍が、先にへばってしもうた。
やがて。
農繁期。農業が忙しくなる時期、到来。
歩兵、さようならの時期である。
「終わった終わった」「さあて、畑を耕すべし」「やはり本業が心に良し」「うむ。今回の戦はつまらんかった」
緑の軍は、戦にやぶれたのであった。
◆ 14、エスロ博士、むかしをかたる ◆
「なんで俺らが、ばいしょうをせねばならん!」
「そうじゃ! そうじゃ! 理不尽じゃ!」
──戦もひと段落。
家族会議の、食堂にて。
テーブルにはいつも呑んどるボリュームたっぷりのスープ。お茶。甘いお菓子。
鬼神一家。エスロ博士。空飛ぶ台の一族4台。エスロ台、鬼神台、壱号、弐号である。
巨人の王は「新たな開発が忙しい」と言うて、不在であった。
代わりというわけではないが、鬼神の四男が同席しておる。
その四男が、発言をした。
「兄者。鬼神台は父上の生命を救ったのです。手柄を褒めるところではありませんか?」
「弟よ、よくぞ言うた!」次男が拍手した。「そうだ。戦功を褒めるべきところよ」
話題となっとるのは、鬼神台の一件。ようやく交渉が合意に達したんである。
『巨人の国は、エスロ博士の愛国心を傷つけたことを謝罪する。
高潔なエスロ博士の希望に従い、捕虜の魔術兵を解放することで、賠償とする』
つまりは、「捕虜解放するから、話は終わりね」である。
緑。もはや敗戦確定とあって、タダで捕虜返還と聞いて飛びついたようであった。
「鬼神台は勇敢であった。私も、称賛をする」
大将やっとった長男が認めた。
「この合意は鬼神台を責めとるんではない。博士の愛国心を傷つけたこと、賠償したまで」
「そういうことじゃないわ! 空飛ぶ台は生きもんじゃ。主人を守って何が悪いかっちゅうことじゃ!」
「そうだそうだ! それに、ばいしょうというて、得をしたのは緑ばかりだ。博士は一文も儲けておらん!」
「うむ・・・まあな」
三男と次男がすごい勢いで怒っとる。長男劣勢である。
すると。
ぶわっさ。博士の隣に控えとるエスロ台が、羽ばたきの音で注意を引いた。
博士にこつんと頭突きをする。
「・・・ええと、交渉も終わりましたし、私も本音を申し上げてよろしいかに?」
「おお! ぜひ聞きたいところじゃ」と三男。「ええじゃろ? 兄者よ」
「もちろんですぞ、博士」と長男。
「では」
博士、しばらく考える。
「・・・我が孫とも思う鬼神台が、祖国との戦闘に出たことは、たしかに、複雑ではありましたに」
ぶわっさ・・・。鬼神台がしょげた。
「そやに、私がいちばんに思うたのは──ばかめ! 若いときの私か、おまえは! と」
ぶわっさ?
エスロ博士。鬼神台に抱きついた!
「ようやった! この、若造め!」
ぶわっさ! 鬼神台がはしゃいだ。
ぶわっさぶわっさ! エスロ台がとがめた。『あぶないから動くな』とか注意をしたようである。鬼神台、トゲトゲなので。
「それは・・・開発者として、彼の性能を褒めておられる?」長男が質問をした。
「いいえ。鬼神台という1人の若者の行動に、痛快な気分になったのですえ」
博士。
はしゃいだあと、テーブルにもどり、スープをちびちび呑む。
このスープ、博士も好物なんだそうである。胃にも優しいしと言うておった。
「博士も、飛び出したことがおありなんか?」と三男。
「はい。
あれは、我が国がまだ『国』とは名乗っておらなかった頃のこと。
ドラゴン退治で、私は飛び出し、あばらを折られてしもうた」
「なんじゃと? 博士が?」
「はい。
敵は、黒い水のドラゴン。うなぎのごとく細長く、悪知恵もよう回る奴でした。
水をあやつって渦となし、人を捕らえて丸呑みにするという、水竜ですに。
我が氏族の長が、その渦に囚われた。
あわてて飛び出した私はドラゴンの尻尾に巻かれ、あばら、ぽっきり。
これはもう、死んだ、と思いましたに」
「それでどうなったんじゃ?」
「指揮をしておった荒風寺院(あらかぜじいん)の族長が、私たちを助けてくれましたのえ。
魔弾を一斉に撃ち込み、ドラゴンをへばらせた。ドラゴンは逃げ去りましたえ。
あと1秒遅ければ、私は背骨を折られ、もはやこの世に居らなかったことでしょう」
「ほっほう」
「荒風寺院というのは、御国の首都の名ですね」と目がひとつしかない王妃。
「まさに。古い太陽の寺院でして。
そこに住み着いた部族が都とし、その名を部族の名ともしたのですえ」
「ドラゴン退治か」鬼神は楽しそうにした。「参加したかったわい」
「鬼神さまが居られれば、私のあばらも折れずにすみましたに」博士も笑った。
「魔弾とは、父上も喰らった、あれか」と次男。
「たぶんそうだ。あれはまったく変な呪文だ。ドラゴンもびっくりしたろう」と鬼神。
「魔弾には、急激な疲労をもたらす効果もあります。力抜け、足萎えるのですえ。
それで私は助かったわけですが、えらい怒られましたに」
「勝ったのに、博士は怒られたんですか」
「なぜ飛び出す! 弓兵の準備もできておらんのに!
おかげでドラゴンを取り逃がしたわ!
この若造め! ようやった! ──と、わけのわからぬ怒られ方をしました」
「面白い指揮官ですな」と長男。
「その指揮官とは、どんな御方だったのです?」と王妃。
「先代の荒風の部族長にして、英雄魔術師と呼ばれた御方ですえ。
これがとにかく恐ろしいおっさんでして、私はいまでも頭が上がりませぬ。
いまは学長などというて、静かにしておられますが」
「まあ。学長閣下でしたか」
エスロ博士の昔話に、みんななごむ。
お茶を呑んで一息ついたところで、話が変わった。
「ところでだ」と長男。「命令違反の罰がまだだった。倉庫の掃除を命じる」
ぶわっさ・・・。鬼神台がしょげた。
「いや、おまえではない。鬼神台よ」
ぶわっさ?
「おまえは父上の相棒だろう? 兵でない。私の命令なんぞ、聞かんでよい。
今後とも父上を助けてくれ」
ぶわっさ! 鬼神台は元気になった。
「よかったのう」と三男。
「貴様ぞ、たこ偵察隊長。勝手に通信しおって」
「ええ? わしかい! 母上は?」
「母上は兵でない」
「父上は?」
「命令違反には関係ない」
「ほじゃ、わし1人じゃないか! 無理じゃわ! どんだけある思とん(おもとん)じゃ!」
倉庫掃除。巨人の倉庫の、掃除である。とてつもない重労働である。
仕方ないから、三男、このために新発明をしたわい。お掃除人形というものを造ったんじゃ。
したら、そいつが、じじ上の持ち物を壊してしもた。それでえらい怒られてしもうたんじゃ。
三男、ずいぶんへこんだんじゃぞ。まったく、ひどい罰もあったもんじゃ。
◆ 15、戦争終了 ◆
「奴ら、結局、降服をせなんだのう」
鬼神。
目がひとつしかない妻と2人、お茶を呑む。
敵が完全に退却したのを確認して、久しぶりにのんびりしとるんである。
「賠償を取り損ねたわい」
「約束をさせたところで、あの国にはもう支払い能力がありませんわ」
「借金をしとるらしいのう。私には、いまいちわからんのだが」
「それはこういうことですわ──」
緑の魔術の国。
軍を動かすため、借金をしておった。
「巨人の国に勝てば、地下の巨大な建築物、我が物となる。その価値、1領地相当という」
「巨人は優秀な労働者と聞く。武力をもって制した者には忠実に従うという。その価値、1部族を上回るとか」
「空飛ぶ乗り物の技術、あらゆる分野において、その価値、計り知れぬ」
・・・などと、皮算用(かわざんよう)。
勝てば儲かるのだというて、戦に突入した。
だが、負け。
借金、返せん。
となって、長老会議、荒れた。
「敗戦の責任、荒風寺院の部族にこそあり! 戦を主導した責任を取られよ!」
「くぼみの地で無様にも全滅したる騎兵、火付けの大罪を犯した指揮、いずれも月見ヶ原(つきみがはら)の過失なり!」
「なにを、裏切り者の荒風め! 貴殿らの派閥に所属するエスロなる裏切り者、その首ここへ晒しおれ!」
「無様な薄のろ馬乗りごときが、愛国者たる魔術博士への侮辱は、荒風への侮辱やに!」
「愛国者が聞いてあきれるえ! 空飛ぶ乗り物の技術、敵軍に売り渡したること、裏切りと言うよりほかなし!」
・・・と、いった感じで、国の中核をなす2部族が衝突。
この亀裂は深刻であった。
なにしろ、この2大部族は、かつて敵同士だったからである。
荒風寺院の部族。
国を建てるまでに、数々の怪物、敵対部族を打ち倒してきた。
その最後にして最大の戦いが『月見ヶ原の戦い』だったんである。
平原で待ち構える月見ヶ原騎兵団。
真っ正面から突っ込む、荒風寺院の魔術兵団。
弓に落とされながらも接近を果たした魔術兵、『ぬかるみ』の呪文で地面を泥沼にする。
騎兵団は泥を蹴って進もうとするが、そこに荒風の歩兵が突撃。乱戦となる。
泥沼での激戦の末、月見ヶ原騎兵団が降参したんである。
この戦いは、正々堂々としたものであった。
当時はいずれの部族も先代族長であったが、2人が互いの武勇を褒めたたえ、親友となったほどである。
こうして2大部族は打ち解け、めでたく部族連合国家『緑の魔術の国』が成立した。
──が、しかし。
両部族の明暗、むしろ建国後に大きく分かれる。
荒風寺院の部族は、借金などの金融経済にも明るく、都市運営に成功して伸びてゆく。
だが月見ヶ原は遊牧と騎兵にこだわり、経済的には失敗をする。どんどん萎んでしまう。
さらに、つい最近のこと。
月見ヶ原の先代族長が、平原を馬で走っておって落馬し、首を折って即死してしもうた。
過去の因縁、敗戦、借金問題と来てからの、2大部族をつなぐパイプの切断である。
もうだめですね。
「かくなる上は、総動員をしてでも、彼の山(かのやま)を燃やすべし! それ以外、打開策はなし!」
「なんと!? 火付けは、前線指揮官の暴走ではなかったのか!? 月見ヶ原よ、気が触れたか!」
「借金部族は引っ込んでおれ! 邪魔をするなら、打ち破る!」
「きちがいめ! これ以上の暴挙、見過ごせぬ! 馬乗りが魔術兵団を破れるというなら、やってみよ!」
2大部族の関係は急速に悪化。泥沼の内戦へと突入していく。
くぼみの地の戦い。あの、たった1日の戦闘だけを、歴史に残して。
ハイエルフと鬼の初めての戦争は、うやむやのうちに終了したのであった。
「──ということです」
「そうか。ま、賠償なんぞ、どうでもええか。
これでまた、あの小さな氏族のところに、あいさつに行けるというものだ」
小さな氏族。
正しくは『灰沼(はいぬま)の氏族』である。
鬼神。ときどき遠くから見て、生き延びておるのは確認しとった。
「あれから、子供がなんとか育ったようでな。少し明るい雰囲気になっとったぞ。
ついじーっと見ておったら、見つかってしもうてのう。ニヤリと笑われてしもうたわい」
「まあ、あなた。それでは、のぞいたお詫びを持っていかなくては」
「うむ」
「ふつうに話せるようになって、よかったですね」
「まったくじゃ」鬼神はお茶を呑んだ。「国滅びて、人間ありだ」