六腕三眼、鬼の神   作:min(みならい)

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鬼どもの神、休日をたのしむ

◆ 1、鬼どもの神、さんぽする ◆

 

「やれ、いい気分だわい!」

 鬼どもの神、さんぽをする。

「やらねばならんことをやって、ブラブラする。じつに、気分のええことだ」

 赤く大きな六腕を、ブラブラする。

 戦には勝ったし。被害もないし。敵に回ったアロウ殿には、やり返したし。

「1人でブラブラしとったころは、こんなに爽快なことはなかった。

 心とは不思議なもんだ。1人のほうが気軽なのに、もの足りんのだからな」

 鬼神。

 いろんなことを考えながら歩いて来たが、ふと、立ち止まる。

「あ、そうだ。たまには、森の中を歩いてみるか。点検じゃ!」

 そう思い立ち、森に入った。

 が。

「だめだこりゃ」

 すぐに、うんざりする。

 手入れのされておらん森である。木は密生し、傾き、倒れ、六腕の巨体がしょっちゅう引っ掛かる。

 まあこれは、赤き国王の服のトゲがすぱーっと切り払ってくれるから、大した問題ではないが。

 野生の森である。倒れた木が腐って盛り上がり、鬼神のごとき巨大なものが踏むとグジャッと崩れてめり込む。そんなとこを登ったり下ったり穴に落ちたり這い上がったりせねばならん。

 まあこれも、まさか鬼神が死ぬっちゅうことはないから、大した問題ではないが。

 大した問題ではないが。

「めんどくさいわ!」

 爽快感がない! せっかくの休日だというのに!

「森の点検は、またこんどにしよう。今日は、やめじゃ」

 鬼神は向きを変え、森から出ようとした。そのとき。

 葉ずれの音のような、かすかな音が、頭上でしたかと思うと。

 ──丸太のごとき大蛇が、上から降ってきた!

 

◆ 2、知恵なき怪物、ふたたび ◆

 

「おっと、危ない」

 鬼神は危険を察知し、飛びのいた。

 ビターン!

 木の上から落ちてきた大蛇は、地面に激突。だがひるむことなく、するすると素早く這って下草に潜り込む。

 腐った木々の織りなす起伏をびっくりするほど素早く這い走る。

 その背中には、コウモリのごとき翼があった。

「見覚えのある怪物だのう。たしか、すみれが『つばさへび』と言うておった」

 丸太ほどもある、へび。

 三角形をした頭に、2本のツノ。ギラギラと光る目。背には翼。

 下草の中を素早く走るその胴体に、さざ波がごとくうねるウロコ。

「・・・。」

 鬼神は半目になり、全周の気配を抜かりなく探る。

 考えず、しゃべらず、動きもせず、ただ、立つ。

 静寂。

 のち、怪物飛来!

 太い身体で地面を打って、翼を開いて滑空してくる!

 ビターン! 鬼神にしっぽ打ちつけて、グリングリンと絡みつく!

 巨大な胴が、鬼神をギュウギュウ締め上げてくる!

 螺旋(らせん)を描いたその頂点、キバ剥く顎が、鬼神の喉に喰らいつかんとす!

 がし。

 鬼神。

 つばさへびの首を、キャッチした。

 でっかい手で、つばさへびの喉元を、がっちりと、鷲掴みにしたのであった。

「よし」

 胴体を大蛇に巻き取られたまま、満足げにうなずく。

「できたぞ。無心(むしん)の掴み取りじゃ」

 怪物の目を覗き込む。

 つばさへびはしゃべれん。しゅーしゅー舌を出し、苦しんでおる。

「アロウ殿がな。『弓を撃つときは、なーんも考えておらん』と言うとったののでな。

 それで、私も試してみたいと思うておったのだ。

 なーんも考えんと、戦うということをだ。

 知恵なき怪物よ。おまえは、私のちょうどいい練習相手となったわけだ」

 つばさへび。

 ギリギリと鬼神を締め上げてくる。

 だが、たかだか尋常の大蛇ごときが、鬼神の胴体をどうこうできるはずもない。

 喉を掴まれた時点で、詰み。ゲームオーバーだったんである。

 鬼神、力を込める。つばさへび死亡。

「さーて、また、かば焼きにするか。

 ──あ、いや、待てよ。ちょうどええから、小さな氏族への詫びの品にしようわい」

 

◆ 3、鬼どもの神、休日をたのしむ ◆

 

「やあ。かえるの女神の沼の氏族よ。ひさしぶり」

「これは鬼神さ・・・ま・・・!?」「うわあ! おろち(大蛇)」「うわあ! 終わりへび!?」

 鬼神は、ハイエルフの小さな村へやってきた。

 本当に小さな村である。草木葺きの小屋が5軒あるっきり。

 工房のお山から見て、くぼみの地のちょうど反対側に位置する、『灰沼の氏族』の村であった。

「いやあ、今日は失礼を詫び(わび)に来たのだ。

 このあたりをウロチョロしたとき、つい、この村を覗いてしもうた。失礼をした」

 

 それは、緑の魔術の国と戦をしておった最中のこと。

 鬼神は偵察でときどきこのへんに来ておった。

 そうして、来るたびにこの村をチラチラと覗いておったんである。

 

「詫びなど」「あ、手ぇ振ったの、私ですに」「鬼神さまの足跡、すぐわかりましたえ」

 彼ら、灰沼のハイエルフは、狩人。鬼神のごとき巨人の足跡なんぞは、お見通しであった。

「いやいや。それでだ。お詫びに、この、つばさへび。半分こしようではないか」

「なんと?」「いや、わざわざそんな」「そんなものすごいもの、もらえませぬ」

「あれ。へびは喰わんか?」

「いや喰いますえ」「かえるみたいな味で、うまい」「終わりへびは、珍味ですえ」

「おわりへび?」

「はい」狩人は深刻そうな顔をした。「こやつが現れるのは、この世の終わるとき。ゆえに『終わりへび』というのですえ」

「なに!? 本当か?」鬼神びっくり。「つばさへびだと思うておったわい」

「はい。ふつうはそう呼びますに。私どもの氏族が、世界の終わりを告げるへびと、言い伝えておる次第」

「なんと・・・そんな、ものすごい怪物だったのか?」

 鬼神は手の中で死んでおる、ツノのあるへびを見つめた。

「なにはともあれ、」と狩人ども。「蒸し焼きにすれば、おいしく食べれますえ」

「そうか。じゃあ、喰うてくれい。さ、どうぞ」

「なんと、ありがとうございます」ハイエルフの男ども、つばさへびを受け取り、つぶれる。「うわあ」「重い」「つぶれるう」

「ありゃ? これはすまんことをした。私が運ぼう」

 

 狩人どもが、お礼に、つばさへびを捌いて(さばいて)くれるというので、作業所である水場へ移動。

 鬼神がつばさへびを担いで歩く。

 村を通り抜ける。家の中から、子供がボケーッとこっちを見ておる。母親が慌てて出てきた。

 鬼神、怖がらせんとこうと思い、ニカッと笑った。子供泣く。鬼神ショック。母親笑う。

 水場につく。水量わずかな、ごくごく細いみぞみたいな小川であった。

 ハイエルフの狩人ども、3人がかりで大蛇を捌き始めた。

 鬼神も手伝った。皮がかなり強靱なので、人間の力では切るのが大変なんである。なので鬼神が切れ目を入れてやった。あとは、作業に合わせて大蛇を支え、ゴロゴロ転がしたりした。

「すごい量ですに」「綺麗なお肉やえ」「美味そうえ」

「うむ。むかーし、かば焼きにして喰ったがな。美味かったわい」

「こな大物、いかにして捕らえなさるのです?」「首を締めたようですに?」「罠ですかに?」

「手で掴んだのじゃ。無心の掴み取りじゃ」

「なんと」「さすが」「とうてい、真似れぬ」

 肉を抱え、笑いながら村にもどる。

 男どもの楽しそうな雰囲気を見て、女子供も広場に出てきた。

 広場というても、共用の焚き火スペースに過ぎぬ。それも、深い森の中に苦労して切り拓いたなけなしの土地である。

「少々、煙が出ますえ。こちら、風上へどうぞ」

「なーに、これは巨人の服だから、直火に掛けたって平気なぐらいだ」と、鬼神は自慢したが、

「奥さまに怒られませんかに?」と、狩人に訊かれて、

「あ、怒られるわ」と、風上に逃げて、笑いを誘った。

「そなたらは煙く(けむく)ないのか?」

「むろん煙いですえ。しかし、虫よけにもなるので、ガマンしまする」

 狩人ども。

 ちょっと離れたところにある、石組みの暖炉みたいなもんから、火種を取ってきた。

 焚き火スタート。

 使うのは、地面を掘った2つのくぼみ。その一方だけに炭と枯れ木を組む。そして点火。

「こっちの穴は使わんのか?」

「使いませぬ。そっちは空気取りの穴ですに」

 覗いてみると、空っぽの穴の底の方に、トンネルがある。焚き火の穴につながっておる。「ははあ、なるほど」

 火に大きな石をいくつも放り込んでおいて、材料の準備。

 大きな葉っぱに、つばさへびの肉を乗せる。トゲトゲした香りのいい葉っぱをばらまく。キノコ、アク抜きしたどんぐり、野イチゴなど、散りばめる。酒を垂らして、葉をたたむ。材料をしっかり包み込んだ。

 石が温まった。

 空気取りの穴にフタをする。火が弱まった。煙が立ち昇る。

「私が初めてこの村に来たときに見たのは、この煙か」

「もうずいぶん前のことですに」

「そうだのう」

 熱々に焼けた石の上に土をかぶせ、葉っぱで包んだ材料を置く。その上からまた土をかぶせて、保温をする。

 蒸し焼きスタートである。

「こんな感じですに」

「楽しみだのう」

 腹を空かせて待つことしばし。

 地面から、湯気がもやもやと立ち昇る。なんともいえん、爽やかな匂いの湯気である。

「ええ香りだわい」

「トゲ草の香り」「かえる沼にいっぱい生えとった」「ここでも見つけ、故郷の味が出せるようになったのですえ」

「それはよかったのう」

 

 爽やかな香りに、肉の焼ける美味そうな匂いが混ざりだす。

「ああ。こないに肉があると、遠出の病になってまう」狩人の1人が笑った。

「とおでのやまい?」

「むやみに遠出してまう病ですえ」

「ほう?」

「かかると落ち着かず、ふらふらし、ついには家出してしもうたりするのですえ」

「なんと」

「貧乏人が金を持つと、かかる」「戦士、狩人、スカルド(弾唱詩人)がようかかる」「若いときに放浪した者はあぶない」

「それは・・・私も、かかるんじゃないか?」

 鬼神。心配をする。

 貧乏人から国王になった。力士(戦士みたいなもんである)。若いときに放浪した。──見事に当てはまっておる。

「かかったら、どうやって治すのじゃ?」

「とんとわかりませぬ」「気が済むまで遠出すれば、治りますえ」「それ、10年ほどかかるに」

「10年もかかるのか。そりゃ、困った病じゃ」

「まさに。嫁に逃げられる」「子供も、大人になってまう」「家に帰って、あんた誰? 言われる」

「そりゃたまらん」

「そういえば、氷天部族のアロウ隊長が、遠出病とか」

「氷天の弓撃ちの、あのアロウ殿のことか?」

「いかにも」「氷天の弓狂い」「鬼神さまにとっ捕まった、あのアロウですえ」

「私が捕まえたのも知っとったか」

「はい。見ておりました」

「え?」

「緑に『怪物退治え、金やるから来い』と言われ」「行ってみたらば、戦」「鬼神さまが見えて、魂消(たまげ)ましたえ」

 なんと。

 灰沼の狩人ども。くぼみの地の戦いに、参戦しておったようである。

 アロウ殿と同じではないかと一瞬鬼神は思ったが、全然ちがう。

 彼らは緑の魔術の国民である。敵陣に居っても、鬼神が文句言う筋合いではない。宣戦布告したの、鬼神だし。

「そうか・・・全然気付かんかったのう」

「なあに、無理もありませぬえ」「我ら、腰抜かしてへたり込んどったし」「隠れるのだけは、得意やし」

 狩人どもはけらけら笑った。

 

 狩人どもが土をかき出し、葉っぱ包みを取り出した。女子供も呼ばれて出てくる。

 子供が目を輝かせておるのを見て、鬼神もうれしくなった。

 みんなで食事。

 鬼神も相伴(しょうばん)にあずかった。狩人らが酒を出してくれたので、酒もちょっとだけ呑んだ。

「肉うまい」「酒うまい」「キノコうまい」「うまい。じつにうまいのう」

 さっき泣いた子が鬼神の横で肉を喰うておる。

 鬼神、そーっと様子をうかがう。

 見た目の歳からして、鬼神が初めて来たときにはまだ生まれとらんかった子である。

 子、肉を喰うて耳をふにゃふにゃと動かしておる。うまいものを喰うと耳が動くのはハイエルフ共通のクセである。

 子、こっちを見た。歯の抜けた顔でボケーッと見てくる。

「うまいのう」鬼神は話しかけて、肉を食べた。

「・・・うまいに」子はぼそっと答えて、肉を食べた。

 

 鬼神、すっかりいい気分となって、家路につく。

 ぶーん・・・。

 空飛ぶ音が、近付いてきた。

 八本足の竹トンボ──『たこ』であった。

<なんじゃ、父上。なんの肉じゃ?>

 たこから三男の声がした。伝声機能である。

「おお、息子よ。見張りご苦労さん。これは、つばさへびの肉じゃ」

<なんじゃ? つばさへび?>

「ちょうどええから、母上に、これ、どうしたもんか、訊いてくれ」

<わかった>

 連絡を受けて、目がひとつしかない妻が出てくる。

 肉を入れるためであろう、大きな袋とたらいを持ってきておる。

「あら、あなた。御機嫌のようですね」

「そうなのだ。怪物を返り討ちにしたんで、小さな氏族のところにお詫びに持ってったのだ。

 そしたら、酒を振る舞われてしまってのう」

「それはいい休日でしたね」

「まったくじゃ!」

 

 まったくのこと。

 鬼神は、楽しい気分で、この休日を終えたのであった。

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