◆ 1、巨人の王、招待する ◆
「形になった」
「・・・なんです? 義父上。やぶからぼうに」
鬼神。
目がひとつしかない妻と長男と3人で、作業をしておった。戦後処理である。賠償要求だとか、今後の交渉だとか。
そこに入って来た、巨人の王。あいさつもせんと、言いたいことを言い出した。
「発明じゃ」と巨人の王。「招待したい」
「・・・ああ、なんか、新しい発明をすると言うとった、あれですか?」
「そうじゃ。来い、陛下」
相変わらず敬語の使い方がなっとらん御方である。
「いま、戦のかたづけをしとるのだ。うんざりするほど、手紙を書かねばいかんのだ。
それだから、明日か明後日まで待ってくださらんか」
すると巨人の王、イライラし始めた。地震発生。部屋がグラグラする。
「ええい、やめんか。手紙がグチャグチャになるだろうが」
鬼神は筆をバシンと置いて立ち上がった。
「子供かまったく! しょうがない。見てやるから、持って来られよ」
「不可能じゃ」と巨人の王。「大きすぎて」
「部屋に入らんぐらい、でかいのか?」
「でかい」
作業を長男に任せ、鬼神夫妻は巨人の王についてった。
途中、エスロ博士と三男にも声を掛ける。
2人もなんか作業しており、初めは渋ったが、「発明じゃ」の一言で目の色が変わった。
「ついに、あれが誕生したのですね!」
「ああ、あれか! もちろん行くわい!」
2人の反応を見て、鬼神。「なんじゃ。知っとるのか?」
「知らん。じゃが、空飛ぶ生きものじゃろ?」
「むろんじゃ」と巨人の王。
「なにがむろんじゃ。説明もせんでからに」
ぞろぞろ。
鬼神一行、巨人の王についてゆく。
表玄関──大きな扉から、外に出る。
表。草が伸び、ちょっとボウボウと荒れた感じになっておる。目がひとつしかない妻がフウとため息をつく。
「えらい草が伸びたのう」と鬼神。
「しばらく、手入れできませんでしたから」
目がひとつしかない妻は目立つ雑草を踏みつけてぺちゃんこにした。
「表は、石畳にしたほうがええかものう」
「そうですね」
「適任じゃ」と巨人の王。
「あん?」
「建築が得意じゃ」
「言葉をはしょるんじゃないわ!」鬼神、イライラする。「空飛ぶ台に建築をやらせるというのか? 無理だろう。手もないのにから」
「台ではない」
「は?」
「じじ上。巨人しゃべりじゃ、話がわからんわい」三男が口を出した。「ちゃんと説明をせよ」
しかし巨人の王、ちゃんと説明はせぬ。
「見ればわかる」と言うだけであった。「見ねばわからぬ」
森の手前で、立ち止まる。
懐から、真っ黒な玉を取り出す。
「新しい会話玉じゃ。持ってゆくがよい」
「ふむ」
鬼神は受け取り、ペチペチと叩いた。いい感触である。
「叩くんじゃないわ!」巨人の王が即座にキレた。「孫や。おまえが持て」
「了解じゃ。父上、よこせ」
「なんなのだ。叩いたらいかんのなら、最初にそう言わんか」
「いちいちそんなこと言わんわい! 叩くな、ばかめ!」
ひとしきり地震起こる。
のち、巨人の王。地面に横になった。「寝る」
「おい! 紹介をするんじゃないのか」
「眠い」巨人の王、あくび。「この先、地下研究室じゃ。名付けを頼む」
つっけんどんすぎである。
後で聞いたところによると、巨人の王、不眠不休で最後の仕上げをやった直後だったという。
本当に疲れて、眠たく、頭が回らんかったんだそうである。つっけんどんなのは、地である。巨人はしゃべるのがあんまり得意でない。ふだんはがんばってしゃべっとる巨人の王であるが、眠いと地が出るというわけであった。
「森の中の地下研究室にゆけばよいのですね?」
目がひとつしかない王妃が、言葉足らずの父を補った。
「そこにゆけば、その者が次の指示をできるのですね? そして、私たちは名を付けてやればよいのですね?」
「そうじゃ。以上」
巨人の王は肘枕ついて寝てしもうた。
ぐごご・・・・・・・・・ずごご・・・・・・・・・。寝息で大地、微震動。
「なんじゃまったく。こんなところで寝るな。へびに噛まれるぞ」
鬼神はあきれた。
「しょうがない。私が先をゆく。最近は、へびなどが出るゆえ、みな、気をつけよ」
「了解じゃ」と三男。
「生命探索をします」とエスロ博士。
「なにか出たら、踏みつぶしますわ」と目がひとつしかない妻。
「地下研究室か」
「父が小さかったころに、使っていたそうですが、」
鬼どもの神、森をゆく。
六腕でもって、枝を払い、下草を蹴散らし、岩や切り株をヒョイとつまみ上げては放り投げる。
あっちゅう間に林道ができてゆく。国王陛下のインスタント林道である。
「・・・使っていたそうですが、中に入れなくなったので、封印したと聞いています」
「もったいないことだのう。なにかに使えばよいのに」
鬼神。
しゃべりながら、六腕それぞれを動かして、林道を拓く。じつに天然自然なる動作である。
この前、つばさへびを『無心の掴み取り』して以来、六腕の連携に開眼したんである。いわば、無心の開拓である。
「裏口の洞窟だって、そうだ。たしかに、役には立つ。だが、これは必要なのか? という感じだ」
「造るのが楽しいんじゃ」と三男。「あとのことは、あとのことじゃ」
「わかります」とエスロ博士。「毒へび、右肩方向」
「そんなもんかのう。──おっと、危ない」
鬼神は小さなへびを掴み取り、ポイと森に投げ返した。
「森の整備もせんといかん。しかし、手が回らんのう・・・」
そうして、森を切り拓いて進んだ、その先に。
黒い神殿が、出現した。
◆ 2、黒い神殿 ◆
「なんじゃここは」
黒い神殿。
森の中の、小さな広場に、なんとものっぺりした黒い空間ができておる。
真っ黒な床。真っ黒な柱。以上である。
天井はない。床と柱だけである。
柱は、八角柱。人間の背丈よりちょい高いぐらい。広場中央に、正八角を描くように8本。そこから放射状に、8方向に3本ずつ同じ柱が並んでおる。つごう、32本である。
黒い床も正八角形に敷きつめられておる。その広さ、巨人の部屋ぐらいはあろうか。
「地下研究室は、ここなのですが・・・」と目がひとつしかない妻。
「生命の反応がいたしますえ」とエスロ博士。
「どこじゃ」
「ここ」博士、床を指差す。「この床、全体。生きもののようですえ」
「なんだと・・・?」
鬼神、しゃがみ込む。
「あなた。叩くつもりなら、おやめになったほうがよろしいですわ」
「む。そうか」鬼神、機先を制されるの図。
「すべすべしておるぞ。見たことない床材じゃ。しかも・・・」
三男が床を撫でる。
水準器を取り出して、床に当てた。これは、ぴしーっとした定規のような木枠に水の入ったビンがはめ込まれたものである。ビンの中身は水と空気が半々ぐらいで、水の傾きによって水平が判定できるという道具である。
「・・・やっぱりじゃ。この床、水平が取れておる」
「なんじゃ、すいへいとは」
「傾いとらんということじゃ。地面を水平にならすのは、たたごとではないんじゃ」
「ははあ」
「継ぎ目が2系統ありますに」とエスロ博士。「溶接された継ぎ目と、遊びのある組み合わせ継ぎ目」
「溶接じゃと! いったい、誰じゃ? こんな高度な建設をしたのは」
三男はぐるぐる見回す。
だが、黒い神殿の周囲には森があるのみ。資材置き場もなければ、作業員が仕事をした痕跡もない。
「こんなものを見逃しておったとは・・・偵察隊、懲罰もんじゃ」
三男ショック。
たこ偵察隊は、戦が終わっても活動を続けておる。この黒い神殿(?)に気付かんかったのは失態である。
「なあ、おまえ。地下研究室は、ここで間違いないんだな?」
「はい、あなた。あのあたりに入り口があったはずです」
目がひとつしかない妻。
黒い神殿の中央を指差した。
「地下に降りる縦穴ですわ。危ないので、石で封印してありました。しかし、いまはそれが見えませんわ」
「では私が行ってみよう。穴があったというなら、万が一があるかも知れん。みなはここで待っておれ」
「空に上がりましょうか」とエスロ博士。
「いや、博士に万が一があっては困る。飛ぶのはよいが、2人のそばに居ってくださらんか」
「かしこまりました」
博士、さっと呪文を唱え、宙にふわっと浮く。緑の魔術の国の魔術師が得意とする、飛行の魔術である。
「では行く」
鬼神。
そーっと、すり足を伸ばして、黒い床板に踏み出した。
一歩。また一歩。問題なし。三歩目からはふつうに歩く。
鬼神の体重で、黒い床はわずかにたわむ。だが安定しておる。なんというか、いい感触である。
なんなく黒い神殿の中央にたどり着く。
近付いて見たらば、神殿中央には、正八角形のみぞが存在した。
みぞは、幅1尺(約30cm)。角にはそれぞれ柱が立っておる。神殿の外から見た32本の柱の、中心の8本である。
鬼神、みぞを覗く。
真っ暗である。鬼神でも、底は見通せんかった。
「えらい深いのう。あぶないみぞだ。この柱は、もしかして『みぞ注意』の柱か?」
不思議なことに、中央の八角形の床は、宙に浮いとるような構造であった。
床の下を覗き込んでも、柱も梁(はり)も見えん。支えがないんである。
「どうやって支えとるのだ? まさか、落とし穴か?」
鬼神。
みぞに区切られた中央の床を、そっと押してみる。
ふよん。
床、あっちへ動く。
ゴツン。
床、向こう側にぶつかる。
「なんと!? この八角の床、宙に浮いておる!」
「父上!」三男が叫んできた。「どうしたんじゃ。説明をせよ。1人で遊ぶんじゃないわ!」
「うるさいわい! あぶない床だから、確認をしとるのだ」
言うておいて、今度は引き寄せてみる。
ふよん。ゴツン。
引っ張られた床はこっちに来て、ぶつかった。
「不思議な手応えじゃ。空飛ぶ台みたいだのう」鬼神、1人で遊ぶ。「むむむ。面白いのう」
「父上ぇ!」真後ろで三男怒鳴る。
「うおっ、びっくりした。いつの間に」
「びっくりしたじゃないわ。1人で遊びおってからに」
「待てと言うただろうが」
「いつまでも待てんわ! 見せよ。わしにも見せよ」
三男、待ち切れんかったようである。床にへばりついて調べ始めた。
「やれやれ」
鬼神は後ろを見た。
目がひとつしかない妻は、ちゃんと神殿の外で待っておる。彼女の性格からすれば当然である。が、それにしても、あんまりこっちに来たそうな雰囲気ではない。もしかしたら、地面が土や石でないのが嫌なのかもしれん。
博士は見るからにウズウズしておる。
「博士、ちょっとここへ来てくれい」かわいそうなので、呼ぶ。
「はい!」飛んできた。まるで子供である。
「この床だが、空中に浮いとるようなのだ」
「ほほう! これはもしや!」博士、なにやら呪文を唱える。「したり! 空飛ぶ台と、同じ方式ですえ!」
「ということはじゃ、」三男。「これは、じじ上の手になるもんなのか?」
そのとき。
八角の床、前触れもなく、沈み込む!
「うおっ」
三男、手をついとったため、落っこちそうになった。鬼神が助ける。
「やはり落とし穴か!」
「・・・しかし、空飛ぶ床ですに? 落とし穴にしては、大仰(おおぎょう)すぎますえ」
神殿中央の、八角の床。
音もなく垂直に下降して、暗闇に消える。鬼神の目には、そいつが地中深くで止まったのが見えた。
そして、その地下深いところで、壁の穴から、なにかがガショーンガショーンと床に乗り込むのが。
八角の床。浮上開始。
得体の知れぬ、ガショーンガショーンいう、なにかを乗せて。
その、得体の知れぬなにか。
ぐいっと傾き、上を見上げてきた!
ギョロリと。ひとつしかない目が、鬼神を睨んでくる!
「化け物だ!」
鬼神は警告した。
「上がってくるぞ。2人は、王妃のとこまで下がるのだ!」
床に乗って上がって来たのは、目がひとつしかない虫のような物体であった。
◆ 3、目がひとつしかない虫 ◆
それは、八角柱なボディをしておった。
そいつの身体部位は、八角柱ボディと、6本の足だけであった。
そいつの6本足は、その先端、恐ろしくもするどい鉤爪(かぎづめ)になっておった。
それはからくりの物体であった。どう見ても、生きものではなかった。
なのに、目が。
ギョロリ。
ひとつしかない目が、鬼神を睨んできおる。
そいつの高さは、人間の腰ぐらいしかない。その低位置から、ギョロリ。鬼神を睨んできおる。
「得体の知れん奴!」鬼神はかまえた。「何者だ。攻撃してくるならば、容赦はせんぞ!」
すると。
目がひとつしかない、からくりの虫。
がしょーん・・・。
一歩、下がった。
がしょーん・・・。
もう一歩、下がった。
よいしょ。
幅1尺のみぞを、越えた。
鬼神の対岸に下りた形である。
無言の睨み合い。
──からの、虫、おじぎ。
「なんじゃ?」
虫、いったん身体を戻してからの、再度、おじぎ。
「敵意はないと言いたいのか?」
虫、みたび、おじぎ。
そして、ギョロリ。鬼神を睨んできおる。
「なんじゃ、そうか」緊張解ける。「おまえ、頭のてっぺんに、くぼみがあるのう?」
「玉を置くんじゃないか?」真後ろで三男しゃべる。
「うおっ、びっくりした。またか、息子よ」鬼神は思わず振り向いた。「あっちに行けと言うただろうが」
「行ったわい。安全そうじゃから、戻ってきたんじゃ」
三男はそう言うと、黒い玉を取り出した。
「会話玉のくぼみじゃろ」スタスタと虫に近付く。「はめてみるわい」
「待て待て。危険かも知れん。私がやる」
「逆に危険じゃ。わしがやる」
「なんでじゃ」
「父上じゃ、壊すじゃろ」
「壊さんわ!」
虫。
おとなしく、おじぎ。頭のてっぺんを、三男に差し出した。
三男。
さっき巨人の王から預かった会話玉を、そのくぼみへ。
ぴったり。
黒い玉の表面に、キラキラと緑の光、流れる。
そして。
<・・・初めまして。国王陛下。三男殿>
会話玉から、美しくもぎこちない声が響いてきた。
「虫がしゃべったぞ!」
「綺麗な声じゃな」
<ありがとうございます>
その声。
なんとも言えぬ、妙なる(たえなる)声であった。だが口調がぎこちない。
<私は、虫ではありません。
私は、空飛ぶ生きものの末子(まっし)。最新世代です>
「おおお!」
エスロ博士がぴょーんと空中に飛び上がった。興奮して飛行魔術の制御がおかしくなったらしい。
「か、会話!!! 空飛ぶ生きものが、ついに、会話!!!!!」
<はい。この会話玉を通じ、人間と会話する能力を与えられております。私の会話は、皆さんに通じていますか?>
「通じておりますえ! とっても! 素晴らしい! とても! ああ!」
<光栄です。エスロ博士。博士の御名前は、エスロ台たちから聞かされております>
「なんと! おお、なんと!」
虫(?)と、エスロ博士。
ものすごい勢いでしゃべり出した。
鬼神と三男、置いてきぼりである。「・・・盛り上がっとるのう」「父上。お邪魔をするな」
<案内が行き届かず、困惑させてしまった。このこと、申し訳ございません>
「なんの! ところで、まことに失礼ながら、あなた、生きものではありませんに?」
<いいえ。私は空飛ぶ生きものです>
「失礼しました。あなたではなく、この。いま、会話玉が接続されている子のことですえ」
<でしたら、はい。現在会話玉が接続されている『建築ユニット』は、生きものではありません>
「あなたは通信中なわけですに。では、本体は? あなたの本体はいずこ?」
<はい。通信中です>
妙なる声は答えた。
<私は、皆さまの足元に居ります>
「足元・・・」
エスロ博士、すとっと床に降り、四つん這いになり、黒い床を手で撫でた。
「これが? この黒い床材からなる、神殿のごときものが?」
<はい。現在皆さまがいらっしゃるのは、私の天板の上です>
「・・・ちょ、ちょっと待て!」三男が叫んだ。「じゃあ、この神殿。造ったのは、そなたか?」
<はい>
「うおお!」三男も四つん這いになった。「じじ上が『建築が得意じゃ』と言うたのは、そなたのことか!」
<光栄です。お見苦しくありませんでしたでしょうか?>
「ばかめ! 偉業じゃ! 造られたものが、ものを造るとは!」
「美しい! 素晴らしいですえ! 黒く、つややかで、機能的で」
2人、大興奮である。
鬼神もびっくりしたが、最初に我に返った。
妻を振り向き、おいでおいでと、手招きする。
目がひとつしかない妻、微妙な表情で恐る恐るやって来た。やはり、この床が気に喰わんかったらしい。
その姿を見て、鬼神、気付く。「あ、この虫のひとつ目、巨人のひとつ目の真似だったのか」
「あなた。どうやらこれは、お味方のしわざだったようですね」
「うむ。そうらしい」
鬼神はため息をついた。
「紹介とは、この子だったわけだ。たしかに、部屋には持って来れんわな」
「父上のせいで、話が回りくどいことになりました」
「まったくじゃ!」
「ああ、空飛ぶ台と話せる日が来るとは!」
「どうやって調音しとるんじゃ? つまり、声をじゃ! わしに教えてくれ!」
「私も! 私も聞きたいことがありますえ! 目に見えず手にも触れぬ空間について!」
<はい。私も光栄です。はい。会話玉の調整法はお教えできると思います。はい。博士に新しい見地を提供できると思います>
ものすごい勢いで質問と解答が続く。
しかし、肝心なことを2人とも忘れておる。
とうとう、目がひとつしかない妻が割り込んだ。
「それで、あなたの御名前は、なんというのです?」
<名前はまだありません>
妙なる声は答えた。
<皆様に付けて頂くようにと、言われております>