六腕三眼、鬼の神   作:min(みならい)

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ダークエルフ、ルーン(3) 三眼の神、なる

◆ 8、まぼろしのまどわし、おどろく ◆

 

「さて、幻の惑わしを呼び出すわけだが──相棒よ」

 鬼神。

 そう言うて、相棒を手招いた。

「木の下に入ったほうがいいぞ。ごっつい雨になるからのう」

 ぶわっさ。

 ガンメタリック・かぶとがに・鬼神台。

 お月さんのごとき、でっかい頭を、よいしょよいしょと木の下に入れる。

 鬼神は相棒をかばう感じで、少し外側に立った。

 湖のほうを向く。

 前回、『幻の惑わし』とやり合った岸辺である。

 湖に突き出した小さな岬みたいなところ。木がわんさか生えており、赤いアルフェの実もあちこちになっておる。

 鬼神は実をもいだ。六腕のうち4つの手に、赤い実を乗せる。

「雨降っとるあいだは、なんもできんのでな。実でも喰わせてもらうわい」

 ぶわっさ。ガンメタ鬼神台、『お好きに』といった返事。

「よし。では始めるぞ」

 鬼神。

 空いた2つの手で、ジャブジャブの黒玉を出す。

 ぺちぺち! 勢い良く、黒玉をたたく。

 

 どざあああ!!!

 

 湖がひっくり返ったんか?! っちゅう勢いで、雨が降り出した!

 あたり、真っ暗となる!

 空には黒雲──だがその黒い雲の姿も、分厚い土砂降りのため、視認できぬ!

 水! 水! 水! 轟音! 地面からもうもうと上がる、泥と森の匂い!

 

「なんじゃこれは! この前より、ひどいぞ!」

 鬼神、おどろく。その声も、自分でもよう聞こえんほどである!

「相棒、大丈夫か!?」

 ブ ワ ッ サ 。

 相棒の声が、遠い。雨の音が、うるさすぎて!

 どばーん!

 どこか近くで、木がぶっ倒れる音がした。

 鬼神、手に持ったアルフェの実をポケットにしまう。

「やれ。喰うどころじゃないわい!」

 

 雨がやむ。

 周囲は、ひどいありさまであった。

 森が、林ぐらいにまで、間伐(かんばつ)されてしまっておる。

 若木と老木は倒れてしもうた。へし折れたり引っこ抜けたりして、あるいは行方不明となり、あるいは濁流に沈んでおる。

 生き残った成木も、枝折れ葉千切れ、ぐんにゃりしておる。

 足元、ぐっちゃぐちゃ。

 激流に削られた凹みに、じゃぶじゃぶと水が流れて、即席の泥川となっておる。

「無事か?」

 ぶわっさ。

 ガンメタ鬼神台、冷静に返事をする。

 だばー。ボディから、濁った水を流しながら。

「言わんでも相殺したか。さすがよな」

 鬼神と相棒。

 『力』のルーンでもって、叩きつける雨を相殺した。けがひとつ、なし。

 とはいえ、2人ともずぶ濡れ。鬼神はひざ近くまで水に漬かっておる。

「たしかに力ある宝だが、使いづらいわ!

 ──おっと、虹が出たぞ」

 

 陽光のもどった湖に、にじむ光の幻が現れた。

 どこから来たのかわからず、どこへゆくのかもわからぬ、虹の橋。

 その、どこかわからぬはずの、虹のたもとに。

 銀髪のハイエルフの女がゆらゆらゆらと現れる。

 鬼神とけんかになった、あの女。『幻の惑わし』である。

「さて、来てやったえ」

 女。

 虹の橋にすんなりと座って、こっちを睨んで(にらんで)きた。

「なにを隠れておる? 2対1で襲いかかるつもりかに?」

「まさかということじゃ!」

 鬼神、のっしのっしと岸辺に出てゆく。

 女、その姿を見て、

「なにえ! そなた、その姿!」

 たまげて虹の橋からすべり落ちた。

「は?」

「目。目ぇ。そなたの目」

「目?」

 鬼神は首をひねり、自分の顔をぺたぺたと触った。

 何の気なしに、額をぺちんと叩きそうになる。

「おっと、危ない」自分で避けた。「なんじゃ? あれ? 見え方がおかしいぞ」

「・・・へんなやつ。自分で気付いておらんに?」

「うむ。どうなっとるのか、わからぬ」

 鬼神は湖に近づき、水面に自分の姿を映そうとした。

 しかし水はまだ濁っておる。そのうえ、枝だの草だの、ごみだらけ。

「なんも、見えぬ」

「しかたのないやつ。ほれ、かがみ」

 女が、手鏡を貸してくれた。

 銀色の、小さい、まあるい鏡である。

「あいすまぬ」

 鬼神は鏡を見た。そして。

「なんと! わしの、この姿!」

 自分の顔を見て、のけ反った。足元で泥水がばちゃばちゃと音を立て、黒いどじょうが慌てて逃げた。

「目が──三眼にふえておる!」

 

 そう。

 生まれつきの目がふたつ。そして新たに、額の中央。ギョロリと目ひとつ。合わせて三眼。

 その自然なこと、まるで生まれついての三眼神。

 これが前回、鬼神の身に起こったこと。

 

 六腕三眼!

 鬼神の、いまに知られる、その御姿(みすがた)!

 ここに成った(なった)のである!

 

◆ 9、三眼の神、なる ◆

 

「なにをしたら、そない気色悪い(きしょくわるい)姿になるのえ?」

「なにぃ~?」鬼神ちょっと怒る。「おまえは、悪口を言わんと、生きておれんのか?」

 それから鏡を見直して、ちょっと意見を修正した。

「・・・ま、ちょっぴり、恐い顔ではあるがのう」

「どうやったのえ?」

「わからぬ。・・・あいや、わかる。ありがとう」鬼神、鏡を返した。

「どういたしまして」女、受け取る。「ほんで?」

「これはだな。私の妻が、巨人の目を貸してくれたのだ。第三の眼としてな」

「・・・巨人の目いうんは、貸し借りできるのか?」

「できたのだ」

「そんなことはないと思うえ」

 

 みなさんも、「そんなことあるはずないわ!」と思われたことでしょうね。

 そうでしょうそうでしょう。それが常識というものだ。

 わたくし、この目がふえたということ、説明はせぬ。というか、できん。

 ただこう言うだけです。鬼神は、力で倒せぬ相手と出会い、心から生まれ変わったのだ、と。

 

「ないと言われても、できたもんはできたのだ。

 かしこい妻が、かしこい眼を貸してくれたのだ! そうにちがいない!」

「また、妻」女は半目になった。「けだものの・・・」

「その歌はさせぬ」鬼神はかまえた。「今日こそ、おまえを捕まえてみせる」

「できるものなら。して、そこの黒い丸いものはなにえ?」

 女はガンメタ鬼神台を指差した。

「わしの相棒じゃ。相棒は、見るだけじゃ。攻撃はせぬ」

「ふーん?」

 女はヒョイと虹の橋に腰掛けた(さっきびっくりしてすべり落ちましたからね。座り直したのです)。

「ま、いつでも来るがよい。赤猿よ」

 

 第二戦、開始である!

 

◆ 10、第二戦 ◆

 

「妻を侮辱した幻の惑わしよ。今日こそ一発当ててくれるぞ」

「なにえ、巨怪めが。当て得るものなら、当ててみよ」

 鬼神、ジャブを放つ。

 ハイエルフの女はぱっと割れ、ばらばらになって消える。

 手応えはまったくない。やがて女は、ゆらゆらゆらと、元の姿にもどる。

「ふむ」

「ふふふ。いくら速く撃とうが、私に当たりはせぬえ」

「いいや、当ててみせる」

 鬼神、軽いジャブをくり返す。

 結果同じ。手応えなし。

 なのに鬼神はジャブを撃ち続ける。ときどき、上空をチラッと眺めておる。

 女も不審に思ったか。上を見た。

「・・・あの、かぶとがにのごときもの、何をしておるのえ」

「相棒は、観戦じゃ」鬼神、ジャブを撃ちつつ。「誓って、攻撃はせぬ。しんぱいむようじゃ」

 ガンメタ鬼神台。

 空に浮かんで、フラフラと左右に鼻面を向けておる。

 そして、すっ・・・と飛んで位置を変え、また停止して左右にフラフラする。

 まるで獲物の匂いを探す、いぬのごとし。

 やがてその鼻面が、ぴたっと一方向を向いて、止まった。

 すっ・・・と飛んで、森の上空へ。

 ぶわっさ!

 鬼神に合図して、止まった。

「・・・む!?」湖上の女、真上を見上げる。「さては、『生命探索』!?」

「ばれたようだのう?」鬼神、ニヤリとした。

「手出しはせぬと約束したに」

「はて? 攻撃せんとは言うたが、『生命探索』をせんとは言うとらんなあ!」

「卑怯え!」

 女、虹の橋から飛び降り、水面を走り出す。

 その姿は、湖の向こう岸へ向かって、水面を走ってゆくように見える。

 だが、ガンメタ鬼神台は森の奥へ向かって追跡をする。鬼神もそっちへ走った。

「おっと! 逃げたってむだだぞ。相棒より早く走るなんぞは、神であってもできんことだ!」

 女は立ち止まった。

「・・・なるほど? 空飛ぶ、魔術の鼻もつ猟犬、ちゅうわけやに」

 ガンメタ鬼神台、追いついたか。

 森の上空で逆立ちしたみたいな姿勢となり、『ここですぞ』とばかり、上下にピコーンピコーン動いておる。

「油断したようやえ。魔術の可能性を失念するとは」

「あきらめたか? なら、あやまれ」

「いやーえ」今度は、女がニヤリとした。「人間の魔術ごときで、私を捉え得ると思われては、困る」

「む?」

「──『いんぺい』のルーン! 私を魔術の探索から隠せ!」

 耳慣れぬルーンの名を唱えた女。ふたたび逃げ始める。

 ぶわっさ???

 ガンメタ鬼神台がびっくりしておる。

 逆立ちの姿勢を解き、ぐるぐる回り始める。 

 まるで、狂った方位磁石のごとし! ぐるぐる回るばっかりで、方向が定められぬ!

 ぶわっさぶわっさ! 鬼神に、『見失いましたぞ』との、報告をしてきた。

「魔術が利かんのか?」

 ぶわっさ!

「いったい、なんのルーンじゃ? ──いや、それより、このまま逃がしては、ふりだしだ」

 鬼神、くやしがる。

 女、湖上をトテテテテと逃げてゆく。で、立ち止まり、上気した顔をこちらに向ける。

 太陽を背にして、キラキラ輝く明るい瞳が、こちらを見つめてくる。

「どえ? まだなにか、手があるか?」

「ある」

 鬼神は眼を閉じ、考えた。

 初めに、三眼すべてを閉じて、考えた。

 次に、第三眼だけを開けて(まだうまく開けんかったので、指でまぶたを支えた)、考えた。

 そして。

 かっと三眼すべてを開く。

 人指し指を空に立て、相棒に呼びかける。

「──相棒! もどれ」

 ぶわっさ? ガンメタ鬼神台、もどってくる。鬼神の人指し指に、ぴたっと止まる。

 その姿。まるで、葦(あし)の先に止まる、とんぼ。

 鬼神、指を左右に動かす。

 相棒、くっついて左右に揺れる。

「・・・何をしておる?」

 女、不思議そうにガンメタ鬼神台を見る。

 鬼神はその女の両目を、じーっと見つめた。

「なにえ? なんか言いなえ。私の術を破る方法、わかったのか?」

「わからぬ。だが、わかった」

 そして、不意にダッシュした!

「え?」

 ぶわっさ?

 女も、ガンメタ鬼神台も、不意を突かれる。

 鬼神めったに見せぬ俊足(しゅんそく)! 猛然と、森にダッシュ!

 そして、ぱっ! と、手を突き出した!

「きゃあ!」

 

 ぽす。

 

 アルフェの実。

 空中にて、止まる。

 と同時に。湖上に立つ女。突然、アルフェの実を受け止めた。

 

「幻の惑わし、破ったり!」

 

◆ 11、まぼろしのまどわし、つかまえる ◆

 

「あなや」

 幻の惑わし──女は、術を解いた。

 湖上にあった姿は消滅。

 そして、鬼神の眼前。

 空中で止まったアルフェの実。そこから生えてくるかのごとく、ゆらゆらゆらと、女の姿が現れる。

 移動したわけではない。女の本当の居場所が、ここだったんである。

「やはり、そこであったか」

 鬼神。

 女の居場所を見抜いて、アルフェの実をポイと投げたのであった。

「・・・いったい、どうやって?」

 女はアルフェの実を両手で抱いて、ぽけーとしておる。

 こうして向かい合うと、じつに小さく、華奢な姿である。

 輝く銀髪。明るい金の瞳。手に持ったるは赤いアルフェの実。

「負けを認めるな? 私と妻への侮辱は、取り下げてくれるのだな?」

「うむ。約束え。侮辱は取り消し、二度とそなたらを中傷はせぬ。あとで、ちゃんと、詫びもする。

 ──そやに、なぜ? なぜ、私の居場所がわかったに?」

「この目のおかげじゃ」

 鬼神は、新たに開いた第三眼を指差した。

「かしこい妻のかしこい目が、私を助けてくれたのだ」

「・・・ふん」

 女はぷいっとそっぽを向いた。銀髪がさらさら流れ、鬼神の鼻をくすぐった。

「妻、妻、妻と。なんの説明にもなっておらぬ」

「ふん。自慢の妻だからな」

 鬼神威張った。だが、説明もする。

「この第三の目はな、すんごくよく見えるのだ。遠くのもの、小さいものでも、くっきりと見える。

 それでおまえを見て、気がついたのだ。

 向きがおかしい、とな」

「向き?」

 女はふたたびこっちを向いた。

 不思議そうに鬼神を見てくる顔は、本当に美しく、可愛らしい。

 

「・・・うむ。相棒を見つめる、そなたの目の向きだ。

 さっき、私が相棒を呼び戻したときのな。

 相棒が、とんぼのごとく私の指にくっついて、揺れたろう?」

「うむ」

「おまえはそれを、目で追った」

「そやに。何をしとるのかと思うて」

「その目の向きから、おまえの位置を割り出したのだ」

「なんと? 目の角度から、私の位置を逆算した?」

「そうだ」

「神わざのように聞こえるえ」

「神だからな」

 

 鬼神の答えでは説明になっとらんので、もう少し説明しましょう。

 まず1点。

 人間の目は左右に2つある。これで一点を見つめたならば、左右の目はその一点を向く。

 このとき、2つの目の向きを正確に読み取れば、三角形を見ることができる。2つの目と注視点が作る三角形だ。

 三角形がわかれば距離がわかる。ガンメタ鬼神台と女の両目の距離が。

 もう1点。

 鬼神は、ガンメタ鬼神台を揺らした。女はそれを目で追いかけた。

 だが不思議なことに、正面に居るはずの女の目は、左右反対に動いておったのだ。

 まるで、鏡に映った像のように──女が、本当は鬼神の真後ろに居るかのようにだ!

 この2点をもって、幻の術、破れたり! というわけなのだ。

 

「人の両目で三角測量とは・・・。いみじや、巨人の目」

「は? さんかくそくりょうとは、なんじゃ?」

「ぷ」女は笑った。「あほう」

「おい。侮辱はやめる約束だぞ。

 それでだ。こちらも、いろいろ訊きたいことがあるのだ」

「なにえ」

「『いんぺい』のルーンとは、なんじゃ?」

「ああ。あれは、『隠蔽』のルーン。私のお気に入りのルーンえ。

 思うがままに、物事を隠すことができる。どんなものからも」

「魔術からもか」

「そえ。神の目であっても」

「すごいルーンだな。

 なるほどのう。ルーンの所有者とはな。どおりで、手強いわけだ」

 鬼神、ため息をつく。

「もうひとつだ。あの幻の術は、なんだ? 魔術か? ルーンか?」

「あれは、みかがみ(水鏡)の術。水と光で幻を作るわざ」

 女はゆらゆらゆらと消えた。

「こうして姿を消すこともできる。『隠蔽』のルーンほど完璧ではないが」

「たしかに。よく見れば、ごくわずかにゆらゆらしておるのう」

 女はゆらゆらゆらと現れた。

「見事じゃ」

「阿呆に褒められても、嬉しうないえ」

「おい! 侮辱するなと言うのにから。約束がちがうだろうが」

「阿呆は阿呆え。中傷せぬとは言うたが、事実を言わぬとは言うておらぬえ?」

「くそ。おまえだって、まぬけのくせに」

「阿呆にまぬけ言われたえ!」

「まぬけじゃ。おまえは最初、太陽を背にしておったろう?

 なのに、顔は太陽の光を浴びておったぞ。まぬけめが」

「ちっ。太陽」女は舌打ちした。「姉上は、いちいち私の邪魔をなさる」

「なんと?」

「なんと? なんとも。ひとりごと。顔には光、そのほ(その方)が綺麗に?」

 女はしなを作った。

 鬼神はフンと鼻を鳴らす。

「なにを言うておる。おまえはジャブジャブより馬鹿だな」

「なにえ。あほ。ばか。らんぼうもの。

 そなたなぞ、前回私を殺したと勘違いして、ひー! とか泣いておった男のくせに」

「う、うるさいわ!」

 女はけらけらけらと爽やかに笑い、「アルフェ、いただき」、アルフェの実をちょっとかじった。

 そしてかじりかけの実を、投げ返してくる。「ご馳走さま」

「行儀の悪いやつ」言いつつ、鬼神もその実をかじる。「うまい。勝利のあとの、この酸っぱさ」

 

 女の目がキラリと光った。

 ぶわっさ。

 黙って見とったガンメタ鬼神台。ここで口を出す。

「なんじゃ? ・・・ああ、そうか。紹介しとらんかったな。

 幻の惑わしよ、これは私の相棒、鬼神台じゃ」

 ぶわっさ。・・・ぶわっさぶわっさ。

「うむ。初めまして。うわさは──ハイエルフの歌やら何やらで、聞いておる。

 そやに、真っ赤な四角い箱と言われたり、黒くてつやつやと言われたりで、正体はわからなんだ」

「四角いのは、むかしの姿じゃ。

 相棒はな、戦でけがをし、死ぬほどの目に遭うたのだ。

 だが、見事生まれ変わった! それがこの姿よ」

 ぶわっさぶわっさ! ぶわっさ!

「そうか。綺麗な御姿やに」

「そうだろう。お月さんみたいで、綺麗だろう」

「ふふふ。そやに」

「良かったら、少し乗っていくか」

「ええのか?」

「ええぞ。なあ、相棒」

 ・・・ぶわっさ。あれ? 相棒の反応が鈍い。

「なんか嫌そうやが?」

「嫌なのか?」

 ぶわっさぶわっさ。ぶわっさ、ぶわっさ。

「嫌ではないだと」鬼神が翻訳する。「なんか考えとったのか?」

 ぶわっさ。

「ふうん?」

 

「相棒はかしこいからな。私とは考えの合わんこともあるのだ。

 ──私を落っことしたりとかな!」

「ははは。乗り手を落としてなんとする。暴れ馬やに」

 ぶわっさ・・・。相棒ちょっとひるむ。

「仲直りのしるしということで、乗せてやりたいのだ。相棒。頼めんか?」

 ぶわっさ、ぶわっさ。

「あ、でも、足、汚れておるに」

「洗うか」

 

 豪雨でぐちゃぐちゃの森を走り回ったため、2人とも、足、泥まみれ。

 湖でばちゃばちゃと足を洗った。

 濁っておった湖も、もうだいぶ綺麗になってきておる。

「ジャブジャブが喜んでおるえ」

「は? なんでじゃ」

「あやつは、水のエレメントたるウミ=ドラゴン。

 水が多ければ多いほど、またその水の勢い盛んなるほど、喜ぶ」

「泥水が好きなのか。きたない奴だ」

「ものを溶かすのは水の性質やに。天然自然なるものを、悪く言いなえ」

 

 足を拭く。タオルは鬼神の服のポケットに入っとった。

 2人、裸足でガンメタ鬼神台に乗る。

「すべすべてして心地良いえ」

「手すりをしっかり握っておれ。落っこちたらいかんからのう」

「私は落っこちたりはせぬ」女は鬼神を振り向き、ほほえんだ。「しかし、万が一はあるに。支えてたもう」

「う・・・む」

 ぶわっさ・・・。

 

 ガンメタ鬼神台、浮かぶ。

 すっ・・・と、なめらかに力強く、一本の筆痕のごとく加速。

 雨上がりの湖上を、波よりも遥かにゆるやかに上下しながら、飛んでゆく。

「いとをかし」女はきゃっきゃと爽やかに笑った。「鬼神台殿、そなた、素晴らしえ」

 ぶわっさ。

「おお、わかるか! そうなのだ。空飛ぶ台どもは、素晴らしいのだ」

 鬼神ご機嫌である。

 じつは女の髪が風になびいてビシバシ当たるので『邪魔だな』と思っとったのだが、帳消しでご機嫌である。

「あら、ごめんに? 髪が」女は笑って・・・

 鬼神にもたれかかってきた。

「おい。私は、妻のある身で、」

「知っておる知っておる。髪避け。髪避けしておるだけえ」

「む・・・」

 ぶわっさ・・・。

 

 いちゃいちゃとして、湖上を遊覧飛行した2人。と、ガンメタ鬼神台。

 雨上がりの空と同じぐらい爽やかな気分になって、岸辺に降りた。

「それでは、これでな」

「待ちなえ」

「待たぬ」

「話したいことがあるに」

「私にはもうない」

「そっちになくとも、こっちにはあるえ」

「しつこい女だな。いったいなんだ」

 見ると、女、涙を浮かべておる。

「おい、なんだ。泣くな」

「そなたの妻を侮辱したこと、あやまる。

 そやに、嫉妬してしもうたのえ」

「しっと?」

「そなたは凛々しく(りりしく)、いかつく、力強き勇者。歌でもさんざん聞いておる。

 初めて会うたときには、これがあの鬼神かと、うれしかった」

「うそをつけ」

「ほんとえ。

 そやに、そなたは私など眼中にない様子。妻の話ばかりしおる。それで、つい、嫉妬。

 あやまる。ごめんなさい・・・」

 女、泣きだす。

「やめんか。おい。侮辱をやめてくれれば、それでよいのだ」

 ぶわっさ・・・。

「なんだ。相棒。おまえもそんな冷たいことを言わず、慰めてやってくれ」

 ぶわっさぶわっさ。

 相棒ドライに拒否。あっちへ逃げて水面にばしゃーんと着水。『私は湖の黒鳥に過ぎませぬ』みたいな態度取り出した。

「くそ。頼りにならんやつ」

「ごめんなさい・・・」

「もうええというのに。

 あー、私も悪かった。母になろうという者に、きつく当たってしもうた」

「母」

「おまえはハイエルフだから、歳はわからんがな。しかし、いつかは母になるわけだろう?」

「・・・。」

 女は真顔になった。

 すかさず鬼神は逃げようとする。「ではな」

「待ちゃれ」

「まだ何かあるのか」

「いえ。湿っぽい話はなし」女はほほえむ。「ささやかながら、食べ物と寝床をご用意いたしたい」

「いらぬ」

「そう言いなえ。

 じつは、私もそれなりの身分ある身。

 一方的にお許し頂いては、立場がない。一族が恥をかくのえ。

 どうか、私どもに恥をかかせたまうな。仲直りの宴、お受け頂きたい」

「うたげか・・・」

「お召し物もずぶ濡れやに」

「たしかに、雨には濡れたが・・・」

「うちにいらっしゃれば、暖炉もありますえ。あたたかいえ」

「暖炉・・・ぬう・・・」

「お酒なども、少々。アルフェの実の酒。しゅわしゅわして、うまいえ」

「アルフェの実の酒か・・・」

 鬼神、だいぶぐらぐらしてきた。

 ぶわっさ。

 相棒、注意をするが・・・。

「鬼神台さまにも、私のゆかりの者が助けてもろうたと聞く。

 ルーンと名乗るダークエルフの娘やが」

 ぶわっさ!? ぶわっさ! ルーン嬢の名を出されて、一発で陥落する。

「うん? そなた、ルーンと関わりがあるのか?」

「うむ。詳しい話は、宴にて」

「むむ・・・」

「どうか。このままでは、私の胸が申し訳なさで、つらいに」

 

 ・・・などと言うておりますがね。

 これは、じつは、悪いスカルドが使う手口なのだ。

 『仲直りをしたい』とか『お詫びの品です』とか、しおらしいことを言うて、相手を釣り上げる。

 自分のふところに誘い込んで、誑かす(たぶらかす)──心を惑わす、わざなのだ。

 みなさんも、お気をつけなされよ。特に王様とか神様とかやっておられる御方は、注意が必要ですぞ!

 

「・・・仕方ないのう。そこまで言うなら、招待を受けよう」

 

 鬼神。

 注意が足りなんだ。

 まんまと誘いに乗ってしもうた。

 女からすれば、まさに『万に一つの負けもなし』の体勢である。

 さてさて。どうなりますことやら? ──そのお話は、また次回。

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