◆ 8、まぼろしのまどわし、おどろく ◆
「さて、幻の惑わしを呼び出すわけだが──相棒よ」
鬼神。
そう言うて、相棒を手招いた。
「木の下に入ったほうがいいぞ。ごっつい雨になるからのう」
ぶわっさ。
ガンメタリック・かぶとがに・鬼神台。
お月さんのごとき、でっかい頭を、よいしょよいしょと木の下に入れる。
鬼神は相棒をかばう感じで、少し外側に立った。
湖のほうを向く。
前回、『幻の惑わし』とやり合った岸辺である。
湖に突き出した小さな岬みたいなところ。木がわんさか生えており、赤いアルフェの実もあちこちになっておる。
鬼神は実をもいだ。六腕のうち4つの手に、赤い実を乗せる。
「雨降っとるあいだは、なんもできんのでな。実でも喰わせてもらうわい」
ぶわっさ。ガンメタ鬼神台、『お好きに』といった返事。
「よし。では始めるぞ」
鬼神。
空いた2つの手で、ジャブジャブの黒玉を出す。
ぺちぺち! 勢い良く、黒玉をたたく。
どざあああ!!!
湖がひっくり返ったんか?! っちゅう勢いで、雨が降り出した!
あたり、真っ暗となる!
空には黒雲──だがその黒い雲の姿も、分厚い土砂降りのため、視認できぬ!
水! 水! 水! 轟音! 地面からもうもうと上がる、泥と森の匂い!
「なんじゃこれは! この前より、ひどいぞ!」
鬼神、おどろく。その声も、自分でもよう聞こえんほどである!
「相棒、大丈夫か!?」
ブ ワ ッ サ 。
相棒の声が、遠い。雨の音が、うるさすぎて!
どばーん!
どこか近くで、木がぶっ倒れる音がした。
鬼神、手に持ったアルフェの実をポケットにしまう。
「やれ。喰うどころじゃないわい!」
雨がやむ。
周囲は、ひどいありさまであった。
森が、林ぐらいにまで、間伐(かんばつ)されてしまっておる。
若木と老木は倒れてしもうた。へし折れたり引っこ抜けたりして、あるいは行方不明となり、あるいは濁流に沈んでおる。
生き残った成木も、枝折れ葉千切れ、ぐんにゃりしておる。
足元、ぐっちゃぐちゃ。
激流に削られた凹みに、じゃぶじゃぶと水が流れて、即席の泥川となっておる。
「無事か?」
ぶわっさ。
ガンメタ鬼神台、冷静に返事をする。
だばー。ボディから、濁った水を流しながら。
「言わんでも相殺したか。さすがよな」
鬼神と相棒。
『力』のルーンでもって、叩きつける雨を相殺した。けがひとつ、なし。
とはいえ、2人ともずぶ濡れ。鬼神はひざ近くまで水に漬かっておる。
「たしかに力ある宝だが、使いづらいわ!
──おっと、虹が出たぞ」
陽光のもどった湖に、にじむ光の幻が現れた。
どこから来たのかわからず、どこへゆくのかもわからぬ、虹の橋。
その、どこかわからぬはずの、虹のたもとに。
銀髪のハイエルフの女がゆらゆらゆらと現れる。
鬼神とけんかになった、あの女。『幻の惑わし』である。
「さて、来てやったえ」
女。
虹の橋にすんなりと座って、こっちを睨んで(にらんで)きた。
「なにを隠れておる? 2対1で襲いかかるつもりかに?」
「まさかということじゃ!」
鬼神、のっしのっしと岸辺に出てゆく。
女、その姿を見て、
「なにえ! そなた、その姿!」
たまげて虹の橋からすべり落ちた。
「は?」
「目。目ぇ。そなたの目」
「目?」
鬼神は首をひねり、自分の顔をぺたぺたと触った。
何の気なしに、額をぺちんと叩きそうになる。
「おっと、危ない」自分で避けた。「なんじゃ? あれ? 見え方がおかしいぞ」
「・・・へんなやつ。自分で気付いておらんに?」
「うむ。どうなっとるのか、わからぬ」
鬼神は湖に近づき、水面に自分の姿を映そうとした。
しかし水はまだ濁っておる。そのうえ、枝だの草だの、ごみだらけ。
「なんも、見えぬ」
「しかたのないやつ。ほれ、かがみ」
女が、手鏡を貸してくれた。
銀色の、小さい、まあるい鏡である。
「あいすまぬ」
鬼神は鏡を見た。そして。
「なんと! わしの、この姿!」
自分の顔を見て、のけ反った。足元で泥水がばちゃばちゃと音を立て、黒いどじょうが慌てて逃げた。
「目が──三眼にふえておる!」
そう。
生まれつきの目がふたつ。そして新たに、額の中央。ギョロリと目ひとつ。合わせて三眼。
その自然なこと、まるで生まれついての三眼神。
これが前回、鬼神の身に起こったこと。
六腕三眼!
鬼神の、いまに知られる、その御姿(みすがた)!
ここに成った(なった)のである!
◆ 9、三眼の神、なる ◆
「なにをしたら、そない気色悪い(きしょくわるい)姿になるのえ?」
「なにぃ~?」鬼神ちょっと怒る。「おまえは、悪口を言わんと、生きておれんのか?」
それから鏡を見直して、ちょっと意見を修正した。
「・・・ま、ちょっぴり、恐い顔ではあるがのう」
「どうやったのえ?」
「わからぬ。・・・あいや、わかる。ありがとう」鬼神、鏡を返した。
「どういたしまして」女、受け取る。「ほんで?」
「これはだな。私の妻が、巨人の目を貸してくれたのだ。第三の眼としてな」
「・・・巨人の目いうんは、貸し借りできるのか?」
「できたのだ」
「そんなことはないと思うえ」
みなさんも、「そんなことあるはずないわ!」と思われたことでしょうね。
そうでしょうそうでしょう。それが常識というものだ。
わたくし、この目がふえたということ、説明はせぬ。というか、できん。
ただこう言うだけです。鬼神は、力で倒せぬ相手と出会い、心から生まれ変わったのだ、と。
「ないと言われても、できたもんはできたのだ。
かしこい妻が、かしこい眼を貸してくれたのだ! そうにちがいない!」
「また、妻」女は半目になった。「けだものの・・・」
「その歌はさせぬ」鬼神はかまえた。「今日こそ、おまえを捕まえてみせる」
「できるものなら。して、そこの黒い丸いものはなにえ?」
女はガンメタ鬼神台を指差した。
「わしの相棒じゃ。相棒は、見るだけじゃ。攻撃はせぬ」
「ふーん?」
女はヒョイと虹の橋に腰掛けた(さっきびっくりしてすべり落ちましたからね。座り直したのです)。
「ま、いつでも来るがよい。赤猿よ」
第二戦、開始である!
◆ 10、第二戦 ◆
「妻を侮辱した幻の惑わしよ。今日こそ一発当ててくれるぞ」
「なにえ、巨怪めが。当て得るものなら、当ててみよ」
鬼神、ジャブを放つ。
ハイエルフの女はぱっと割れ、ばらばらになって消える。
手応えはまったくない。やがて女は、ゆらゆらゆらと、元の姿にもどる。
「ふむ」
「ふふふ。いくら速く撃とうが、私に当たりはせぬえ」
「いいや、当ててみせる」
鬼神、軽いジャブをくり返す。
結果同じ。手応えなし。
なのに鬼神はジャブを撃ち続ける。ときどき、上空をチラッと眺めておる。
女も不審に思ったか。上を見た。
「・・・あの、かぶとがにのごときもの、何をしておるのえ」
「相棒は、観戦じゃ」鬼神、ジャブを撃ちつつ。「誓って、攻撃はせぬ。しんぱいむようじゃ」
ガンメタ鬼神台。
空に浮かんで、フラフラと左右に鼻面を向けておる。
そして、すっ・・・と飛んで位置を変え、また停止して左右にフラフラする。
まるで獲物の匂いを探す、いぬのごとし。
やがてその鼻面が、ぴたっと一方向を向いて、止まった。
すっ・・・と飛んで、森の上空へ。
ぶわっさ!
鬼神に合図して、止まった。
「・・・む!?」湖上の女、真上を見上げる。「さては、『生命探索』!?」
「ばれたようだのう?」鬼神、ニヤリとした。
「手出しはせぬと約束したに」
「はて? 攻撃せんとは言うたが、『生命探索』をせんとは言うとらんなあ!」
「卑怯え!」
女、虹の橋から飛び降り、水面を走り出す。
その姿は、湖の向こう岸へ向かって、水面を走ってゆくように見える。
だが、ガンメタ鬼神台は森の奥へ向かって追跡をする。鬼神もそっちへ走った。
「おっと! 逃げたってむだだぞ。相棒より早く走るなんぞは、神であってもできんことだ!」
女は立ち止まった。
「・・・なるほど? 空飛ぶ、魔術の鼻もつ猟犬、ちゅうわけやに」
ガンメタ鬼神台、追いついたか。
森の上空で逆立ちしたみたいな姿勢となり、『ここですぞ』とばかり、上下にピコーンピコーン動いておる。
「油断したようやえ。魔術の可能性を失念するとは」
「あきらめたか? なら、あやまれ」
「いやーえ」今度は、女がニヤリとした。「人間の魔術ごときで、私を捉え得ると思われては、困る」
「む?」
「──『いんぺい』のルーン! 私を魔術の探索から隠せ!」
耳慣れぬルーンの名を唱えた女。ふたたび逃げ始める。
ぶわっさ???
ガンメタ鬼神台がびっくりしておる。
逆立ちの姿勢を解き、ぐるぐる回り始める。
まるで、狂った方位磁石のごとし! ぐるぐる回るばっかりで、方向が定められぬ!
ぶわっさぶわっさ! 鬼神に、『見失いましたぞ』との、報告をしてきた。
「魔術が利かんのか?」
ぶわっさ!
「いったい、なんのルーンじゃ? ──いや、それより、このまま逃がしては、ふりだしだ」
鬼神、くやしがる。
女、湖上をトテテテテと逃げてゆく。で、立ち止まり、上気した顔をこちらに向ける。
太陽を背にして、キラキラ輝く明るい瞳が、こちらを見つめてくる。
「どえ? まだなにか、手があるか?」
「ある」
鬼神は眼を閉じ、考えた。
初めに、三眼すべてを閉じて、考えた。
次に、第三眼だけを開けて(まだうまく開けんかったので、指でまぶたを支えた)、考えた。
そして。
かっと三眼すべてを開く。
人指し指を空に立て、相棒に呼びかける。
「──相棒! もどれ」
ぶわっさ? ガンメタ鬼神台、もどってくる。鬼神の人指し指に、ぴたっと止まる。
その姿。まるで、葦(あし)の先に止まる、とんぼ。
鬼神、指を左右に動かす。
相棒、くっついて左右に揺れる。
「・・・何をしておる?」
女、不思議そうにガンメタ鬼神台を見る。
鬼神はその女の両目を、じーっと見つめた。
「なにえ? なんか言いなえ。私の術を破る方法、わかったのか?」
「わからぬ。だが、わかった」
そして、不意にダッシュした!
「え?」
ぶわっさ?
女も、ガンメタ鬼神台も、不意を突かれる。
鬼神めったに見せぬ俊足(しゅんそく)! 猛然と、森にダッシュ!
そして、ぱっ! と、手を突き出した!
「きゃあ!」
ぽす。
アルフェの実。
空中にて、止まる。
と同時に。湖上に立つ女。突然、アルフェの実を受け止めた。
「幻の惑わし、破ったり!」
◆ 11、まぼろしのまどわし、つかまえる ◆
「あなや」
幻の惑わし──女は、術を解いた。
湖上にあった姿は消滅。
そして、鬼神の眼前。
空中で止まったアルフェの実。そこから生えてくるかのごとく、ゆらゆらゆらと、女の姿が現れる。
移動したわけではない。女の本当の居場所が、ここだったんである。
「やはり、そこであったか」
鬼神。
女の居場所を見抜いて、アルフェの実をポイと投げたのであった。
「・・・いったい、どうやって?」
女はアルフェの実を両手で抱いて、ぽけーとしておる。
こうして向かい合うと、じつに小さく、華奢な姿である。
輝く銀髪。明るい金の瞳。手に持ったるは赤いアルフェの実。
「負けを認めるな? 私と妻への侮辱は、取り下げてくれるのだな?」
「うむ。約束え。侮辱は取り消し、二度とそなたらを中傷はせぬ。あとで、ちゃんと、詫びもする。
──そやに、なぜ? なぜ、私の居場所がわかったに?」
「この目のおかげじゃ」
鬼神は、新たに開いた第三眼を指差した。
「かしこい妻のかしこい目が、私を助けてくれたのだ」
「・・・ふん」
女はぷいっとそっぽを向いた。銀髪がさらさら流れ、鬼神の鼻をくすぐった。
「妻、妻、妻と。なんの説明にもなっておらぬ」
「ふん。自慢の妻だからな」
鬼神威張った。だが、説明もする。
「この第三の目はな、すんごくよく見えるのだ。遠くのもの、小さいものでも、くっきりと見える。
それでおまえを見て、気がついたのだ。
向きがおかしい、とな」
「向き?」
女はふたたびこっちを向いた。
不思議そうに鬼神を見てくる顔は、本当に美しく、可愛らしい。
「・・・うむ。相棒を見つめる、そなたの目の向きだ。
さっき、私が相棒を呼び戻したときのな。
相棒が、とんぼのごとく私の指にくっついて、揺れたろう?」
「うむ」
「おまえはそれを、目で追った」
「そやに。何をしとるのかと思うて」
「その目の向きから、おまえの位置を割り出したのだ」
「なんと? 目の角度から、私の位置を逆算した?」
「そうだ」
「神わざのように聞こえるえ」
「神だからな」
鬼神の答えでは説明になっとらんので、もう少し説明しましょう。
まず1点。
人間の目は左右に2つある。これで一点を見つめたならば、左右の目はその一点を向く。
このとき、2つの目の向きを正確に読み取れば、三角形を見ることができる。2つの目と注視点が作る三角形だ。
三角形がわかれば距離がわかる。ガンメタ鬼神台と女の両目の距離が。
もう1点。
鬼神は、ガンメタ鬼神台を揺らした。女はそれを目で追いかけた。
だが不思議なことに、正面に居るはずの女の目は、左右反対に動いておったのだ。
まるで、鏡に映った像のように──女が、本当は鬼神の真後ろに居るかのようにだ!
この2点をもって、幻の術、破れたり! というわけなのだ。
「人の両目で三角測量とは・・・。いみじや、巨人の目」
「は? さんかくそくりょうとは、なんじゃ?」
「ぷ」女は笑った。「あほう」
「おい。侮辱はやめる約束だぞ。
それでだ。こちらも、いろいろ訊きたいことがあるのだ」
「なにえ」
「『いんぺい』のルーンとは、なんじゃ?」
「ああ。あれは、『隠蔽』のルーン。私のお気に入りのルーンえ。
思うがままに、物事を隠すことができる。どんなものからも」
「魔術からもか」
「そえ。神の目であっても」
「すごいルーンだな。
なるほどのう。ルーンの所有者とはな。どおりで、手強いわけだ」
鬼神、ため息をつく。
「もうひとつだ。あの幻の術は、なんだ? 魔術か? ルーンか?」
「あれは、みかがみ(水鏡)の術。水と光で幻を作るわざ」
女はゆらゆらゆらと消えた。
「こうして姿を消すこともできる。『隠蔽』のルーンほど完璧ではないが」
「たしかに。よく見れば、ごくわずかにゆらゆらしておるのう」
女はゆらゆらゆらと現れた。
「見事じゃ」
「阿呆に褒められても、嬉しうないえ」
「おい! 侮辱するなと言うのにから。約束がちがうだろうが」
「阿呆は阿呆え。中傷せぬとは言うたが、事実を言わぬとは言うておらぬえ?」
「くそ。おまえだって、まぬけのくせに」
「阿呆にまぬけ言われたえ!」
「まぬけじゃ。おまえは最初、太陽を背にしておったろう?
なのに、顔は太陽の光を浴びておったぞ。まぬけめが」
「ちっ。太陽」女は舌打ちした。「姉上は、いちいち私の邪魔をなさる」
「なんと?」
「なんと? なんとも。ひとりごと。顔には光、そのほ(その方)が綺麗に?」
女はしなを作った。
鬼神はフンと鼻を鳴らす。
「なにを言うておる。おまえはジャブジャブより馬鹿だな」
「なにえ。あほ。ばか。らんぼうもの。
そなたなぞ、前回私を殺したと勘違いして、ひー! とか泣いておった男のくせに」
「う、うるさいわ!」
女はけらけらけらと爽やかに笑い、「アルフェ、いただき」、アルフェの実をちょっとかじった。
そしてかじりかけの実を、投げ返してくる。「ご馳走さま」
「行儀の悪いやつ」言いつつ、鬼神もその実をかじる。「うまい。勝利のあとの、この酸っぱさ」
女の目がキラリと光った。
ぶわっさ。
黙って見とったガンメタ鬼神台。ここで口を出す。
「なんじゃ? ・・・ああ、そうか。紹介しとらんかったな。
幻の惑わしよ、これは私の相棒、鬼神台じゃ」
ぶわっさ。・・・ぶわっさぶわっさ。
「うむ。初めまして。うわさは──ハイエルフの歌やら何やらで、聞いておる。
そやに、真っ赤な四角い箱と言われたり、黒くてつやつやと言われたりで、正体はわからなんだ」
「四角いのは、むかしの姿じゃ。
相棒はな、戦でけがをし、死ぬほどの目に遭うたのだ。
だが、見事生まれ変わった! それがこの姿よ」
ぶわっさぶわっさ! ぶわっさ!
「そうか。綺麗な御姿やに」
「そうだろう。お月さんみたいで、綺麗だろう」
「ふふふ。そやに」
「良かったら、少し乗っていくか」
「ええのか?」
「ええぞ。なあ、相棒」
・・・ぶわっさ。あれ? 相棒の反応が鈍い。
「なんか嫌そうやが?」
「嫌なのか?」
ぶわっさぶわっさ。ぶわっさ、ぶわっさ。
「嫌ではないだと」鬼神が翻訳する。「なんか考えとったのか?」
ぶわっさ。
「ふうん?」
「相棒はかしこいからな。私とは考えの合わんこともあるのだ。
──私を落っことしたりとかな!」
「ははは。乗り手を落としてなんとする。暴れ馬やに」
ぶわっさ・・・。相棒ちょっとひるむ。
「仲直りのしるしということで、乗せてやりたいのだ。相棒。頼めんか?」
ぶわっさ、ぶわっさ。
「あ、でも、足、汚れておるに」
「洗うか」
豪雨でぐちゃぐちゃの森を走り回ったため、2人とも、足、泥まみれ。
湖でばちゃばちゃと足を洗った。
濁っておった湖も、もうだいぶ綺麗になってきておる。
「ジャブジャブが喜んでおるえ」
「は? なんでじゃ」
「あやつは、水のエレメントたるウミ=ドラゴン。
水が多ければ多いほど、またその水の勢い盛んなるほど、喜ぶ」
「泥水が好きなのか。きたない奴だ」
「ものを溶かすのは水の性質やに。天然自然なるものを、悪く言いなえ」
足を拭く。タオルは鬼神の服のポケットに入っとった。
2人、裸足でガンメタ鬼神台に乗る。
「すべすべてして心地良いえ」
「手すりをしっかり握っておれ。落っこちたらいかんからのう」
「私は落っこちたりはせぬ」女は鬼神を振り向き、ほほえんだ。「しかし、万が一はあるに。支えてたもう」
「う・・・む」
ぶわっさ・・・。
ガンメタ鬼神台、浮かぶ。
すっ・・・と、なめらかに力強く、一本の筆痕のごとく加速。
雨上がりの湖上を、波よりも遥かにゆるやかに上下しながら、飛んでゆく。
「いとをかし」女はきゃっきゃと爽やかに笑った。「鬼神台殿、そなた、素晴らしえ」
ぶわっさ。
「おお、わかるか! そうなのだ。空飛ぶ台どもは、素晴らしいのだ」
鬼神ご機嫌である。
じつは女の髪が風になびいてビシバシ当たるので『邪魔だな』と思っとったのだが、帳消しでご機嫌である。
「あら、ごめんに? 髪が」女は笑って・・・
鬼神にもたれかかってきた。
「おい。私は、妻のある身で、」
「知っておる知っておる。髪避け。髪避けしておるだけえ」
「む・・・」
ぶわっさ・・・。
いちゃいちゃとして、湖上を遊覧飛行した2人。と、ガンメタ鬼神台。
雨上がりの空と同じぐらい爽やかな気分になって、岸辺に降りた。
「それでは、これでな」
「待ちなえ」
「待たぬ」
「話したいことがあるに」
「私にはもうない」
「そっちになくとも、こっちにはあるえ」
「しつこい女だな。いったいなんだ」
見ると、女、涙を浮かべておる。
「おい、なんだ。泣くな」
「そなたの妻を侮辱したこと、あやまる。
そやに、嫉妬してしもうたのえ」
「しっと?」
「そなたは凛々しく(りりしく)、いかつく、力強き勇者。歌でもさんざん聞いておる。
初めて会うたときには、これがあの鬼神かと、うれしかった」
「うそをつけ」
「ほんとえ。
そやに、そなたは私など眼中にない様子。妻の話ばかりしおる。それで、つい、嫉妬。
あやまる。ごめんなさい・・・」
女、泣きだす。
「やめんか。おい。侮辱をやめてくれれば、それでよいのだ」
ぶわっさ・・・。
「なんだ。相棒。おまえもそんな冷たいことを言わず、慰めてやってくれ」
ぶわっさぶわっさ。
相棒ドライに拒否。あっちへ逃げて水面にばしゃーんと着水。『私は湖の黒鳥に過ぎませぬ』みたいな態度取り出した。
「くそ。頼りにならんやつ」
「ごめんなさい・・・」
「もうええというのに。
あー、私も悪かった。母になろうという者に、きつく当たってしもうた」
「母」
「おまえはハイエルフだから、歳はわからんがな。しかし、いつかは母になるわけだろう?」
「・・・。」
女は真顔になった。
すかさず鬼神は逃げようとする。「ではな」
「待ちゃれ」
「まだ何かあるのか」
「いえ。湿っぽい話はなし」女はほほえむ。「ささやかながら、食べ物と寝床をご用意いたしたい」
「いらぬ」
「そう言いなえ。
じつは、私もそれなりの身分ある身。
一方的にお許し頂いては、立場がない。一族が恥をかくのえ。
どうか、私どもに恥をかかせたまうな。仲直りの宴、お受け頂きたい」
「うたげか・・・」
「お召し物もずぶ濡れやに」
「たしかに、雨には濡れたが・・・」
「うちにいらっしゃれば、暖炉もありますえ。あたたかいえ」
「暖炉・・・ぬう・・・」
「お酒なども、少々。アルフェの実の酒。しゅわしゅわして、うまいえ」
「アルフェの実の酒か・・・」
鬼神、だいぶぐらぐらしてきた。
ぶわっさ。
相棒、注意をするが・・・。
「鬼神台さまにも、私のゆかりの者が助けてもろうたと聞く。
ルーンと名乗るダークエルフの娘やが」
ぶわっさ!? ぶわっさ! ルーン嬢の名を出されて、一発で陥落する。
「うん? そなた、ルーンと関わりがあるのか?」
「うむ。詳しい話は、宴にて」
「むむ・・・」
「どうか。このままでは、私の胸が申し訳なさで、つらいに」
・・・などと言うておりますがね。
これは、じつは、悪いスカルドが使う手口なのだ。
『仲直りをしたい』とか『お詫びの品です』とか、しおらしいことを言うて、相手を釣り上げる。
自分のふところに誘い込んで、誑かす(たぶらかす)──心を惑わす、わざなのだ。
みなさんも、お気をつけなされよ。特に王様とか神様とかやっておられる御方は、注意が必要ですぞ!
「・・・仕方ないのう。そこまで言うなら、招待を受けよう」
鬼神。
注意が足りなんだ。
まんまと誘いに乗ってしもうた。
女からすれば、まさに『万に一つの負けもなし』の体勢である。
さてさて。どうなりますことやら? ──そのお話は、また次回。