◆ 25、お月さん、でかける ◆
「さて、新月やに、私は会談にゆくえ」と、月の女神。
「はーい」と娘ども。「行ってらっしゃいませ」と巫女ども。
「どこへ行くのじゃ?」
鬼神はたずねた。
月の女神は歩きかけたところで振り向く。いつもながら、優雅なるポーズである。
「そやから、会談」
「だから、どこで」
「あっちで、姉上と」
月の女神は洞窟の壁の一方を指した。
「なに! 姉上がいらっしゃったのか」鬼神は姿勢を正した。「では、私もあいさつせねば」
「・・・。」
月の女神はため息をついた。
「娘や」
「はい」と長女。
「そこな阿呆に説明しておやり」
「はい」
「ではに」
お月さん、さっさといなくなった。
「なんじゃ!」
鬼神、憤慨(ふんがい)する。
「母上は有名な女神ですからに」
長女はほほえんだ。母そっくりである。淡い金色の髪は、母の銀髪とはちがうけれども。
「父上も当然知っておられると思っておったのでしょう」
「むむ」
「いまの、母上、ショックだったにちがいありませぬ」
「澄ましておったが」
「母上は口下手やに」三女が口を挟む。「ショック受けたら黙るタイプやえ」
「お月が、口下手???」
「めっちゃ口下手ですえ」「自分のことは説明なさらぬ御方」「そやに」
「む・・・」
長女、あらためて、説明をする。
「母上は、月の女神。
月の姉といえば、太陽の女神さまをおいて他になし」
「太陽の女神・・・ハイエルフの女神さまか」
「はい。新月が何回か巡るごとに、定例でお話をなさるそうですえ」
「なんで新月なのじゃ?」
「太陽があっち、地球がこっちに来るからやえ。・・・と、言うておられましたえ」
「わからんが」
「私にもわかりませぬえ」長女笑う。
「なんで私が行っちゃいかんのだろうな? あいさつに行くべきと思うのだが」
娘どもはきゃっきゃと笑うた。
「溶けてなくなってしまいますえ!」と三女。「太陽に近付いたら」
「なんと。おそろしや」
「そやに、水星か金星あたりの適当な場所でお話をなさる由(よし)」
「壮大すぎてわからんわ」
鬼神はあきれた。
数日して、月の女神がもどってきた。
鬼神と娘どもに迎えられると、女神は花のようにほほえんで、おいしそうに水を呑んだ。
「先日はすまんかったのう。そなたの家族のこと、ちゃんと聞いておいたぞ」
「阿呆」
「すまん、すまん。このとおり」
鬼神がお月さんのご機嫌をとるあいだ、娘どもは席を外した。ニヤニヤ笑いながらである。
長女と次女は、「いよいよ地球に降りるえ!」と意気込んで、旅の準備をした。
月に残る予定であった三女は、2人の手伝いをしたり、海で泳いだりと気ままに過ごしておる。
月の女神は微妙な表情をしておったが、もう2人を止めようとはせなんだ。
さらに数日後。
月の女神と鬼神、娘ども3人、そして鬼神の相棒であるガンメタリック・かぶとがに・鬼神台。
いよいよ出発の日を迎え、月面にならんでおった。
◆ 26、鬼の娘、地上にたつ ◆
月面。
場所はいつもの、月の女神の地下宮殿のそば。
空気の泡(月の女神が造った)の中である。なので、呼吸はできる。
眼下には、青い月の海が広がっておる。
地平線には、輝く地球が浮かんでおる。太陽は反対の方向だが、もう沈んでおる。
寒い。
吐く息が白い。鬼神にとっては新鮮な経験である。
太陽が沈んでから、もうだいぶ時間が経っておる。だから、空気はとても冷え込んでおった。
そういうわけだから、お月さんと3人の娘は、あったかい外套を着込んでおった。
・・・あ、鬼神はいつもの姿ですよ。暑さ寒さは、平気な御方ですからね。
で。
「それでは、月の道を下ろす」
月の女神が宣言した。
真っ白でもこもこしたフードの中に、綺麗な顔がすっぽり包み込まれておる。
胸元に、妙雅のオクトラがほとんど埋まったような形で入っておる。
長女と次女、無言でうなずく。こちらもフードの中である。
「寒いゆえ、とっとと造って、話は中でしようえ」
月の女神、唱える。
「延びよ、延びよ。
月の道よ、かしこへ延びよ。月と地球を疾く(とく)結べ」
夜が、うっすらと明るくなった。
淡い白いにじむような光が、ふわーっと舞い上がって、大きな大きな束となり、地球に降り注ぐ。
それは、じーっと見ておると自分まで一緒に落ちていきそうな錯覚がする光景であった。
「道に入ろう。寒い寒い」
「よしよし」
寒がる月の女神を鬼神は大きな腕で抱き寄せ、金色の月の道に入った。
すると、凍てつく冷気が一気にやわらぎ、身体がほぐれる。
「あああー」娘どもがふるえておる。「寒かったえ!」
「うむ。そやに、ふだんはこの時期には降りぬのやが、」
月の女神も、鬼神の腕の中で自分の腕をさすりながら言うた。
「そなたらは地球に慣れておらぬゆえ、地球が昼のほうがええやろと思うてに。
待つ気があれば、半月とか四半月とか待てばええのやが」
「待てませぬ!」長女が叫んだ。「おお寒っ。ぶるぶる」
「はいはい」
月の女神、ため息をつく。
「もう一度、注意をするえ。
万が一にも、月の道を外れてはならぬ。外れたら、死ぬえ」
「はい」「はい」
「特にそこの阿呆、飛んだり跳ねたりせぬように」
「わかったわい」鬼神、ふくれる。「もうこりごりじゃ」
「地球が近付いたら、月の道はもちろん、鬼神台殿からも離れてはならぬ。
落っこちたら、これまた死んでしまうえ」
「はい」「はい」
「無事地上に降りたならば、アルフェロンの巫女が面倒を見てくれることになっておる。
神殿で地上の情勢を学ぶように。また体調を整えること。それから、旅をすべし」
「はい」「はい」
「気をつけてゆきなえ」
月の女神は鬼神に背中をくっつけた。六腕を布団みたいに自分に巻き付け、ぎゅっと握る。
「・・・では、乗るか。相棒、頼んだぞ」
ぶわっさ。
鬼神は、長女次女を鬼神台に乗せた。
自分も乗ろうとする。・・・が、なんか、月の女神が腕を掴んだままである。
「妙雅にも話をさせてやりたかったが、残念だったな」
「うむ」
月の女神の胸元の、小っちゃい妙雅(オクトラです!)は沈黙しておる。通信途絶状態なんである。
「では、そろそろ行くぞ」
「うむ」
「・・・手を放してくれんと、行きようがないのだが」
月の女神。
のろーりと鬼神を振り向き、抱き着いてきた。「私も行く・・・」
それで結局、みんなで行くことになった。
急遽(きゅうきょ)、鬼神が月の宮殿へ走り、巫女に連絡をする。
「あらまあ!」巫女笑う。「わかりました。ほんなら、宮殿はまた私らが見ておきますので、どうぞごゆっくり」
「よろしくたのむ。ではな」
鬼神、駆け戻る。
気温は下がり続け、月の海に氷が少し張っておる。こんな気温なので、鬼神が走ったわけであるが。
「やれ、お月さんの気まぐれのおかげで、ひと苦労じゃ」
もどってみると。
ガンメタ鬼神台の上、長女・次女・三女・月の女神(とオクトラ)で、いっぱいである。
人間ならばあと1人か2人は乗れるであろうが、鬼神が乗ったら長女が弾き出されそうである。
娘ども、お月さん、なにを意気投合したのかきゃっきゃと笑うておる。鬼神に目もくれぬ。
「・・・。」
鬼神は、相棒のしっぽに捕まった。
「ええぞ。出してくれ」
ぶわっさ・・・?
相棒、戸惑うものの、しっぽに鬼神をぶら下げたまま飛び上がる。
いまにも折れそうだが、折れぬ。
それというのは、相棒が『力』のルーンを張ってくれたため。鬼神の体重を相殺してくれとるからである。
「まったく、なんというルーンの使い方じゃ」鬼神はぼやいた。「私は、おまけか」
月の女神と3人の娘を乗せ、しっぽに六腕三眼の神ぶら下げて、ガンメタ鬼神台は黄金の道を飛ぶ。
もはやその飛行に危なげはなし。ガンメタ鬼神台は、里帰りで地球と往復したこと、ありますのでね。
ぐんぐん地球へ近付いてゆく。
風もなく音もないのに、もんのすごい速さでぶっ飛んでゆく。
そうこうするうち、妙雅と通信が繋がった。
3人娘と妙雅がしゃべり出して、さらに騒々しくなる。
だんだん妙雅の受け答えが速くなってきたなと思うておったら、もう、アルフェロン湖の上空であった。
ガンメタ鬼神台が減速をし、月の道の終点で静止する。
そして、ゆっくりと黄金の道を抜け出した。
ごおお。
ぐおおおおお。
風の音! びっくりするほど、でっかい!
「そうだ。これが、地球の空だったな」
鬼神。
手すっぽ抜け、くるくる回って落っこちながら、うなずいたのであった。
◆ 27、娘ども、へばる ◆
「ちちうえぇー!」「父上、父上」「死んでしもたんかに?!」
娘どもが見下ろしてくる。
鬼神、ぱっちり目を開けた。
今回は、地面に仰向けに埋まっておった。
「まただわ」がばり。起き上がる。「そろそろ、落っこちるのはやめにしたいところじゃ」
「生きておる!」娘どもがびっくりする。
「そやに、大丈夫やと言うたやろ」
お月さんが歩いてきて、鬼神の頭から土を払った。
「土の上であれば、この御方は大丈夫え。水ん中やと、死ぬかも知らんけれども」
「やれやれだ。心配かけたのう」
鬼神、すっくと立ち上がる。
ところが。
反対に、娘ども、へたり込んだ。
「きもちわるい」と長女。
次女は真っ青な顔をして、声も出せぬ様子。
いちばん元気な三女も、頭を抱え、膝をついておる。
「どうした? もう大丈夫だぞ」
鬼神はそう言うが、娘ども、立ち上がれぬ。
「地球酔いやに」と月の女神。
<重力がちがいますからね・・・>妙雅が心配そうにする。
ぶわっさ・・・? ガンメタ鬼神台も心配そうである。
「おえー・・・」長女苦しそう。
「じゅうりょく」
鬼神、ガンメタ鬼神台に娘どもを寝かせた。
お月さん、娘どもの側に座る。
「話はあとえ。神殿へゆこう」
神殿へ飛ぶ。
アルフェロン湖のほとり、山中の洞窟神殿。鬼神が月の女神と契った、あの神殿である。
鬼神は相棒の胴体の下にぶら下がって飛んだ。しっぽ掴むとすっぽ抜けることを学習したんである。六腕三眼、ぶら下がり神である。
ぶら下がっとるだけですることないので、鬼神、台の上のお月さんと話をする。
「私は大丈夫なのにのう」
「雲の上から落っこちて死なぬ奴と一緒にすな」
「おまえは大丈夫か?」
「私は死なぬ。月と人のある限り」
「おお。女神さまの御令嬢」「なんとめでたい」「寝てはる。御病気やろか」
ダークエルフどもが、ざわざわする。
神殿。ガンメタ鬼神台は静かに浮遊して、女神の御座所へと上がった。
巫女たちが、娘どもを寝室に入れてくれた。治療のできる者もやってきた。
待つことしばし。
治療師が出てきて、うなずいた。
「大丈夫です。しばらく安静にしておれば──」
「はー、しんどかった」三女がスタスタ歩いて出てきた。
「おい。安静にしとらんか」
「大丈夫大丈夫」三女は鬼神の側に座った。「お腹空いたん」
鬼神は「こいつは本当に鬼だな」と思うた。しかし口には出さなんだ。代わりにこう言うた。
「元気な子じゃ!」
「それがとりえやえ」
治療師が三女の脈を取ったり熱を見たりして、笑ってうなずき、下がってった。
「ごはんにしよか」
月の女神が巫女を見る。巫女、ぷるんとうなずく。鬼神にも黙礼をして、奥へ下がった。
「やはり、ここの巫女は慣れておるのう」
「乳しか見とらぬくせに」「父上のすけべ」
「うっ」
「2人が回復したら、丘の街へゆくえ。ちと、用事があるに」
「丘の街・・・というと、ルーンの居る街か?」
鬼神は相棒を見る。相棒うなずく。
「そえ」
「どんな用事じゃ?」
「野暮用え。ま、この近くで、もっとも大きな人間の街ということやに。この子らの事始めにもふさわしかろう」
「ふーん」
「そなたは里帰りはせぬのか?」月の女神、鬼神の顔をうかがう。
「里帰り?」
鬼神きょとんとする。鬼神の頭に浮かんどるのは、人間が1人も居らぬ赤い大地である。
「いやもう、あんななんもないところ、帰る理由もないぞ。
弟どもは、べつに私が居らんでもなんともなかろうし」
「ふうん」
「そっちやのうて・・・」三女がなにか言いたそうにするが、月の女神に睨まれて、黙った。
「それより娘どもが心配じゃ」
「親馬鹿」
「ばかじゃないわ!」
「お食事、ご用意できました」
巫女がスープ持ってきてくれた。きのこのスープである。
ぶわっさ。
ガンメタ鬼神台、おじぎして、巫女と一緒に出ていった。おでこにオクトラくっつけて。
オクトラはもうふつうに飛べるはずである。だが神殿入ってからはずっとガンメタ鬼神台にくっついたまんま、声も出さぬ。さぼっとるのか。いや、目立ちたくないから装備品のフリをしておるのかも知れぬ。
「おいしい」三女食欲旺盛。呑み干す。鬼神より早いぐらい。
「お代わりいたしましょうか」
「うん」三女お椀突き出す。「地球の食べ物、おいしいですに」
「それはなによりです」
巫女出てゆく。
「・・・そやに、父上の心配も、的外れとは言えぬ」と月の女神。「地球には悪い者もいっぱい居るゆえ」
「月の巫女に恐ろしい話をいっぱい聞かされましたえ」と三女。
「へびとかドラゴンとか居るからのう」と鬼神。
「そういう意味ではないえ」「父上の戦馬鹿」
「いやいや。おまえたち。
戦は、国と人の一大事だぞ。
戦を防がずして、国はなし。国なくして、人はなしだ」
「急にかしこなったえ」
「うるさいわい」
「きのこと木の実の焼いたんです」
巫女が焼き料理持ってきてくれた。言うまでもなくきのこ。が、小さな木の実が添えられてある。
「おや? 珍しいもんがついとるのう」
「ハイエルフに頂きました。避難民にっちゅうて」と巫女。「滋養強壮によいとのことです」
「みなには行き渡っておるか?」と月の女神。
「はい。お言いつけ通りに」
「よろしい。頂きます」
巫女下がる。
「・・・お月さんよ。ここの料理は、もしかして、あれか」
「どれえ」
「あれだ。みなと同じものを食うとるのか? ダークエルフ。避難民とかと」
「そえ」
こりこり。月の女神、きのこをかじる。
「なんでじゃ? 理由があるのだろう?」
「私はダークエルフの守護神とされておる」
「うむ」
「みなが食うのに困っておるとき、ひとり贅沢な飯を食うのは、守護者ではない。どろぼうえ」
「なるほど!」鬼神、膝を叩く。
「まあ料理人は特別やに、贅沢ではあるのやが」
「おいしい」三女うなずく。
「戦といえばだ。最近このあたりでは、戦はないのか?」
「ないみたいやに。いまはみな、湖に船浮かべるので夢中との由」
「ふね」
「水に浮かぶ乗りものえ。でっかい皿みたいなもん。人や穀物を乗せて運ぶ」
「ははあ・・・」
鬼神、想像する。
相棒のガンメタ鬼神台が、ざぶーんと水に飛び込んで、ぷかぷか浮かぶ姿を。
「・・・泳ぐ空飛ぶ台みたいなもんか?」
「泳ぐ空飛ぶ台www」三女がけたけた笑うた。
「鬼神台殿はこの世ならぬ性能ゆえ、比較にならぬえ。
そやに、船も、車とは桁違いに荷を積めるゆえ、便利なものと聞く」
「そうか」
こりこり。
鬼神は木の実を噛んだ。苦みがある。身体に良さそうな。
「──すると、近いうちに、また戦になるな」
「なんで?」と三女。
「ものが運べるからだ」
「ものが運べたら、戦になるん?」
「ものを運べるとは、大軍勢を運べるということだからな。
じゃあやるかと、そういう国が、必ず出てくる。いつかな」
「お互い手控えたらええのに」
「残念ながら、先に殴ったほうが圧倒的に有利なのでな。
手控えるというて、相手に不意討ちをされては、不利になってしまう。
そうして負けたら、いかに優しく美しいものであっても、この世に居らなくなってしまうのだ」
「えー?」三女、不満。「この世は、造りがおかしいに」
「そうかもな。私が造ったんじゃないがのう」
「ふーん・・・」
三女。
うなずいた。
「ならば、私は優しく美しく強い女になるえ」
三女の決意、ほどなくして試されることとなる。
鬼神と月の女神は、一家揃って戦争に巻き込まれる羽目となるのである。
そのお話は、また次回。