◆ 28、娘ども、名を授かる ◆
「暇やえ!」
長女が、文句言い出した。
「ずるい。三の妹だけ、元気やの」
「ずるい言われてもに」
三女、肩をすくめる。
ここは湖の月の神殿。地球に降りてきた3姉妹が寝かされておる部屋である。
長女、立ち上がり・・・「うえー。頭痛い。あかん。気持ち悪い」ベットにもどる。
にゅっ。
戸口から、大きな赤い頭がのぞいた。
「なんじゃ? 姉妹げんかか?」鬼神であった。「安静にしとらんといかんぞ」
「暇!」と長女。
「ははあ」鬼神、部屋に入ってくる。「ならば、なんか食うか?」
「お腹は減っておりませぬ。たいくつなのですえ」
「そうか」
鬼神うなずいて、長女のベットのそば、床の上に、胡座をかく。
左には上半身だけ起こした長女。右には、ぐったりと寝たままの次女である。
「まあな。もう何日も、寝たまんまだものな」
次女はまだ静かな性質だが、長女は三女と同じように活発で、動くのが好きである。
相当イライラしとるんであろう。
「なんか面白いもんがあればよいのだが」
「巫女に聞いてくるえ」三女、寝室を出てった。
「ち。逃げよった」
「ふふふ・・・そやに」
次女、力なく笑う。彼女は頭起こすのもつらく、完全に寝たきりである。
「・・・こんなんやったら、世に出るとか、夢のまた夢やに」
「いまは、しんぼうえ」
長女、手を伸ばして、次女の髪を撫でた。
「寝ておれば、やがて治るて言うておられたに。治ったら、すぐにでも出て行くえ」
「うん」
「そなたらは、早すぎじゃ」
鬼神は苦笑した。
「育つのもめっちゃ早かったが、かしこくなるのも、旅立つのも、何もかも早すぎじゃ」
「そえ?」
「そうだ。だから、いらいらも、人間よりつらいのかもしれんな」
「暇やもん」長女はふくれた。「とりあえず、お父ちゃん、話し相手になって」
一刻(2時間)ほどのち。
「聞いてきたえ!」三女もどってきた。「お面劇」
「なにえ。おめんげき」
「お面してクルクルする劇やえ。ちょっとやってみるに。見るぐらいならできるかに?」
「うん。私は」と長女。
「寝たままで良ければ・・・」と次女。
「ほな用意してくるえ!」
三女出てった。
「忙しいやつ」「まったくじゃ」
ベットの長女、あきれる。鬼神も笑うた。
次女はうとうとしとったが、三女がうるさいので目を覚まし、水を飲んだ。
待つことしばし。
白い服着た娘が、後ろ向きで入ってきた。
金色のまあるい仮面で頭を完全に隠しておる。のっぺらぼーの、金箔張った、まあるい仮面である。
「・・・なにえ」長女びびる。「気持ち悪」
「のびよー。のびよー」
のっぺらぼー仮面、しゃべった。三女の声である。
「なにもんじゃ?」と鬼神。
「草木よ、のびよー。幹よ太れー。根よ張れー。葉よ繁れー」
三女、なんか唱える。棒読みなのは才能の限界であろう。
すると、追加で2人、緑色のもしゃもしゃした仮面が入ってきた。
やはり後ろ向きである。服は三女のと同じ、白い服であった。たぶんダークエルフの巫女であろう。
ただ、仮面がちがう。緑色の、もしゃもしゃした、雑草みたいな感じの仮面なんである。
2人は鬼神らにお尻向けてしゃがみ込んだ。それから、
「にょろにょろ。にょろにょろ」
口で言いながら、伸び上がった。頭を左右に振り出した。
もしゃもしゃした緑色のが、もっしゃもっしゃ揺れた。
「なにえ」長女笑いだす。「変な劇」
「・・・あなのっぺらぼー、お日さまやないかに?」と次女。
「夏、終わり!」三女が宣言した。「冬来るえー。冬来るえー」
三女、くるりとこっち向いた。
すると、なんと!
三女の顔は、白骨であった!
「ひっ」次女びびる。
「お面やに」長女は冷静である。
「わかっとるに。そやに、びびるやろ?」
「びびらぬ」
「もう。姉者は」
「服が真っ黒になっておる」
鬼神が感心した。
三女、変わったのは、面だけではなかった。
服が真っ黒に転じたんである。
さっき見せとった背中側は真っ白だったのに、お腹側は、真っ黒なんである。表裏白黒の服であった。
カタカタカタ。
白骨が笑うた。上下に揺らすと歯が鳴るように作ってあるらしい。
「草木よしぼめー。枯れ果てよー」カタカタカタ。「みな死に絶えよー。種になれー」
「あなや。死神」次女が寒そうにする。
「我はー、白骨の神さまー」三女が棒読みで教えてくれた。「冥界の神なりー」
「なんとも、不吉な劇だのう」
三女、カタカタ言いながら上下に動く。
「しぼめー、しぼめー、くだれー、くだれー、冥界へー。みーんな死んで、種になれー」
すると。
もしゃもしゃした緑色の2人、ばさっと、こっち向いた。
これまた、真っ黒な服である。
そして仮面は、でっかい茶色い葉っぱとなった。
2人は、しおしお・・・としゃがみ込み、「かさかさ」と言うて、小さくなった。
「枯れてしもうた・・・」と次女。
「冬が来たみたいやに」
「はあ。季節の劇っちゅうことか」
小さく丸くうずくまる、枯れ葉の2人。
「これで終わりか?」
鬼神が言うと、2人、黒い袖に包まれた手を頭上に差し伸べた。
黒い袖から、茶色い手が出てきた。やはり中身はダークエルフの巫女のようである。
その綺麗な手に、木の実が乗っておる。
「かさかさ。種でございます」
かさかさ言いながらベットに近づき、長女と次女に木の実を差し出した。
「種ができた!」次女が手を叩く。
「終わり」
三女が告げて、お面を脱いだ。
「あっけな!」長女吹き出す。
「そな急に終わったらあかんえ」次女も笑うた。「余韻。余韻!」
「これ暑いねんもん」
三女、ぱたぱたと顔をあおぐ。
「とりあえずのお試しに、いちばん短いやつ習うてきたのえ」
「もっと長いのもあるに?」と次女。
「うん」
「知りたいわあ」
「いくらでも、お教えいたします」
お面を脱いだダークエルフの巫女が申し出た。
「ぜひ。・・・寝たままで、ごめんなさい」
「いえいえ」
「そのお面で、他の話もするのかに?」と長女。
「いいえ、お嬢さま。
このお面劇は、正式には『新月満月の劇』言いまして、お月さまの満ち欠けにちなんだもの。
満ち欠けがテーマであれば、どんな話でもええんです。お面もいろんなもんを作って楽しみます。
大人向けの長いの、恋愛とか、戦とかがテーマのもんもあります」
「ふーん・・・」
「知りたい!」次女は勢い込んで、咳しだした。「げほげほ」
と、そんなして、長女と次女が退屈を癒やしたところに。
月の女神が、優雅な姿を現わした。
「これは女神さま」巫女ども、おじぎ。
「かまわぬ。頭を上げよ。娘たちの相手、ありがとうに」
「もったいないお言葉」
巫女どもは女神にねぎらわれ、退場。
「なにえ、母上。なんか用かに?」と仮面抱えた三女が訊いた。
「うむ」
月の女神は、次女のベットに腰掛けた。
鬼神のすぐそばに綺麗な足を伸ばし、寝たままの次女の髪を撫でつつ、話をする。
「そなたらも、まもなく世に出ることになるやろ」
「起きれたら、すぐにでも」と長女。
「治りますかに・・・?」不安そうな次女。
「もちろんえ」
お月さんはうなずいた。
「そなたらは、ここな鬼神の武威を受け、月の神が生み出した子。
やわ(柔)にはできておらぬ。すぐに治る」
「早う治ってほしいえ。暇。暇」
「よしよし」鬼神が長女の肩をぽんぽんと叩き、寝かしつけた。
「さて、それでえ」
月の女神、3人の娘どもを見る。
「その日に備えて、授けものがあるのえ」
「なに? なんかくれるん?」三女が喜ぶ。
「そなたらに、仮名を授ける」
娘ども、「おお」と感嘆した。
が、鬼神は首をひねった。
「かめい?」
「仮の名え」
「なんじゃそれは」
「ふつうですえ」と長女。「ダークエルフでは、仮名なのは」
「そうなのか?」
「そなたの知っておるルーン、あれも、仮名と思うえ」
「なんだと?」
鬼神おどろく。
湖のドラゴンから救ってやった、ダークエルフのルーン嬢。
鬼神はてっきり、『ルーン』というのが本当の名前だとばかり思っておったのだ。
「あれは・・・うその名だったのか!」
「声がでかい。病人の部屋え」お月さん、とがめる。「うそではない。仮の名え」
「あいすまぬ。いや、だが、本当の名は隠しとるわけだろう?」
「そえ」
「じゃあやっぱり、うそだろう」
「ちがうえ。くるくる変えたりはせぬ。ただ、世間にはその仮名で通すだけ」
「なんでそんなことをする。本当の名を言えばよかろう。鬼神とか、月の女神とか」
「ダークエルフは、真実はおのずと見出されるものと考えておる」
「あん?」
「真実とは、人の手でどうこうできるものではない」
「よくわからんが」
「たとえば。そなたは、鬼神やろ? 誰がなんと言おうと、鬼神やに」
「うむ。そうだが」
「たとばの話として、私が『そなたは鬼神ではない』などとわめいたところで、それは変化せぬ」
「おまえは実際そんなことをわめいたが、私は鬼神だものな」
「蒸し返しな。誰に否定されても揺るがぬというたとええ」
「おまえには認めてほしいけれどもな」
「認めたに。いちいち混ぜ返すのはやめよ。話がわやくちゃになるに」
娘ども、ニヤニヤし始める。「また始まった」「母上は」「父上はこれやから」
「おだまり。──つまり、そういうことえ」
「いや、わからんのだが・・・」
ここ、ダークエルフと会ったことがない方には、ちょっとわかりにくいかも知れませんね。
いまではめっきり少なくなってしもうたダークエルフですから、会う機会もない。『大切な真実は口にせぬもの』という、ダークエルフ独特の価値観にも、触れる機会がなくなってしもうておりますからね。
隠し事の多い種族なのです。ダークエルフは。
自分の真の名なんてのは、その最たる例です。下手すると、死ぬまで誰にも教えんなどということがあるそうです。
それ、真の名つける意味あるんか? とも思うのですが、とにかくそういう風習があるのだ。
なんでそんな風習ができたのか? それはわからない。ハイエルフの研究によれば──
『裏切りが横行した時代があり、うかつに名を名乗らない風習ができた』
『月の女神がなにかと物事を隠す御方なので、その影響』
『皆が同じような仮名を名乗ることで、外部の人間に特定されにくくしている』
──などと、諸説あるようですが、本当のところはわからんのです。
当のダークエルフがまことの理由を知っておるかどうかすらわからん。なんせ、真実は隠してしまう種族ですからね。
「そなたにわからんでも、ダークエルフにとっては、これが同胞のしるしなのえ。
そこは理解してたもう」
「ふむ・・・」
「父上は、」長女が、若干びびりつつ訊いてきた。「父上は、仮名、お気に召さんのかに?」
「あいや。そうではない。母上のことは信用しておるしのう」
鬼神あわてて打ち消した。
「うそはいかんというだけじゃ」
「うそではない。仮名」
会話、千日手(せんにちて)の様相を呈す。
が、このへんで、次女がへろへろになってきた。起こしとった頭が、まくらに沈み込む。
それに気付いて、鬼神とお月さん、言い合いをやめた。
「あいわかった。
なによりもだ。おまえたちは、納得しとるわけだろう?」
「・・・はい」次女はへろへろである。「みんな、そうやと思うてましたえ」
「はい。まあ・・・」長女は少し歯切れが悪い。「父上は?」
「いや、私にはわからんが。
しかし、ま、母上がおまえたちに悪いことをするはずがない」
「当然え」
三女だけ、けろっとした顔をしておる。
「おまえも納得しとるんだな?」
「当たり前やと思うてましたに」
「当たり前か」
「お面みたいなもんですえ」
三女。
お面をかぶる。カタカタカタ。白骨の神の歯を鳴らす。
「世に出るにあたって、お面をもらう。そういうもんと思うておりますえ」
「ははあ・・・お面か。なるほど」
鬼神、そう言われてみると「それもありかもな」という方向に、考えが動いた。
「あいわかった。ならばその仮面、祝福しよう」
「祝福するほどでもないのえ。仮やし」
「なんなのだ! 合わせづらいわ! ダークエルフは!」
こうして3人の娘ども、仮名を授かることと、あいなった。
「一の姉者。そなたは、ルシーナとお名乗り。そなたは輝かしい姿をしておるゆえ」
「はい」と長女。
「二の姉者。そなたは、ハルモニアー。竪琴でとてもよく調和した音を出すゆえに」
「はい。ありがとうございます」と次女。
「三の妹よ。そなたは、イリス。虹の御名をお借りするがよい」
「なにゆえ、虹なのです?」
「なんとならば、そなたは父上に似ておる。そして、母と父上と出会うた場所が、虹のたもとゆえ」
「きゃー」「きゃー」「きゃー」娘ども、騒ぐ。
「私も虹がよかった」長女のルシーナが文句言う。
「だめ。あかん。あげへん」三女のイリス、仮面を押さえる。
「それは白骨の神さまやに」次女のハルモニアー、綺麗な声で笑う。
「ふだんから仮名を名乗り、仮名で呼び合い、慣れておくように」
「はーい」
さて。こうして3人の娘どもは、社会に出る準備を着々と進めた。
仮名をもろうて気分が上向きになったためか、長女と次女は、間もなく立ち上がれるぐらいに回復した。
「・・・さすがは、女神さまの御令嬢ですな。巫女ならもっと時間がかかるところや」
と、治療師も笑って運動の許可をくれた。
長女のルシーナ。
さっそく三女のイリスと取っ組み合いをし、床にこけて、たんこぶをつくった。
「何をしておる」鬼神あきれる。
「身体を、慣らしておるのですえ。ぜぇぜぇ」とルシーナ。「身体が、重うて、練習を、せねば」
「ほんまに、重たい。はぁはぁ」イリスも激しく息切れしておる。「たんれんが、必要やえ。はぁはぁ」
ルシーナとイリスは毎日取っ組み合いをし、巫女たちにびっくりされた。
次女のハルモニアーも、鍛練を始めた。
背負い袋に水筒をいくつも詰め込んで、階段を昇り始めたんである。
「おい。大丈夫なのか?」鬼神はびっくりした。「病み上がりなのにから」
「姉上と・・・ルシーナ姉上と、さんぽしてみたら・・・ついてけませなんだ」
ハルモニアーは汗を拭いながら答えた。
「このままでは、置いてきぼりを・・・喰らうてしまいます・・・」
「だが、無理をしては」
「これで・・・無理ならば・・・世を渡るのも無理と、覚悟して・・・やっておりますのえ・・・」
「なんと!」
鬼神は思わず、「じゃあ『力』のルーンを・・・」と言いそうになった。
そして、あわてて言葉を呑み込む。
「いかんいかん。そんな、子供の努力を、こけにしては」
「・・・がんばれよ」
「はい」
ハルモニアーはやり遂げた。
出発の日にはしっかり歩けるようになってみせた。
そればかりか、続く人生においても、姉よりも妹よりも長い旅路を歩いてみせたんである。
そんなこんなして、湖の神殿での、ひと月が過ぎた。
「そろそろ、立つとしよう」
月の女神が、食事のときに言い出した。
「あまり月を空けっぱなしにもできぬゆえ・・・」
「では帰るか?」
鬼神、いらんことを言う。
月の女神、ごっつい恨みがましい目で鬼神を睨んできよる。
「わかったわかった。すまんすまん。そんな目で見るのはやめよ」
娘どもに否や(いなや)はない。その日のうちに荷物をまとめた。
すぐに、出発の朝がやってくる。
肌寒い朝であった。ま、月の夜ほどではないが。
3人の娘どもは、羊毛のフードつきマントをもらって、着込んでおる。これはハイエルフの防寒具である。ダークエルフは洞窟に住まうため、防寒具は全然売れぬ。よって作る者が居らぬ。それだから、ハイエルフから買うとるわけである。
月の女神も同じようなフードつきマント。ただし娘らとちがい、絹ぐもの糸で飾りつけがされてある。巫女どもの献上品である。飾りは、月の姿や月にまつわるルーンをデザイン化したもの。複雑すぎて鬼神にはようわからぬ。
鬼神はもちろん、いつものごとくの薄着である。ただし、ダークエルフが六腕神の着物をこしらえてくれたので、ちゃあんと腕6本、ぜーんぶ袖に入っておる。ルーン嬢を助けたときみたいな、余った腕4本を外に放り出したような状態ではないのだ。
ガンメタリック・かぶとがに・鬼神台も、今朝は一緒である。
彼はこのひと月、巨人の国に帰っとったらしい。だが今朝に合わせて戻ってきてくれた。
小っちゃい妙雅みたいな黒い飛行物体(オクトラです!)も一緒である。
彼女(?)は里帰りせず、ずーっと鬼神のそばをうろちょろしておった。正直、鬼神はイライラした。したが、こいつが居らなんだらガンメタ鬼神台と連絡がつかぬ。だからがまんした。妙雅からしたら、親切でやっとるのにがまんとは! っちゅうところであるが。いや実際そんな感じでけんかもしたが。どうもこの2人、しゃべるとけんかになる感じである。
で。
「私も途中まではついてゆくが、この手紙、ここでそなたらに託しておく」
月の女神は、2通の手紙を娘どもに持たせた。
「湖の巫女が書いてくれた手紙え。
こちらは、丘の街の領主殿への手紙。湖の神殿からのお礼の品と共に渡すように。
こちらはダークエルフのとりまとめ役、ルーン嬢への手紙。そしてこれが援助の品々。
手紙と品を取り違えぬように。また、差出人は私ではなく湖の神殿の巫女の長え。これも間違わぬように」
「はい」と、輝く肌の長女、ルシーナ。
「では、つばさを広げ、飛び立つとしよう」
娘どもは、巫女どもと別れを惜しんだ。
湖の神殿から丘の街までは、歩けば2~3日の距離である。
巫女どもとは、生きてふたたび会えるかどうか、もはやわからぬ──
えっ? そんな、おおげさな!
・・・などと思われたあなたは、都会の子供にちがいない。
あなたは、歩く先がどこも舗装され、そこかしこに店があるような、そんな国で生まれ育ったのでしょう?
ですが、ここは、ちがうのです。
この当時、湖の神殿から丘の街への道のりは、自然そのままであったのです。
道なんぞ存在せぬ。凸凹し、見通しは悪く、岩も木の根も剥き出しで、倒木だって腐るがままだ。
店なんぞ、どこにもないから、食料も飲み水も夜露を防ぐ寝具も、全部自分で背負って歩かねばならぬ。
2~3日、山野を歩くというのは、掛け値なしに、命がけの旅であったのです。
ガンメタ鬼神台のような、力強い味方が居ってくれるんでなければね。
──なんせダークエルフは、病に弱い。巫女とて例外ではない。いつ病に倒れて死ぬかわからぬ。
それだから、別れは真摯な(しんしな)ものであった。
特に次女ハルモニアーと、彼女に『新月満月の劇』を教えてくれた巫女どもは、涙を浮かべて抱き合った。
そんな光景を見て、鬼神。
「やっぱり私は、人間ではないのだな」
「なにえ。突然」お月さんほほえむ。
「いや・・・私はやっぱり、神なんだなあと思うてのう。
だって、旅路で行き倒れる心配なんぞ、したことないものな」
「もちろん、そなたは神やえ。私のお仲間」
ぶわっさ。
ガンメタ鬼神台、力強いはばたきの音を立てる。
3人の娘と月の女神を、その背に乗せて。
湖の神殿の巫女どもに、見送られて。
ガンメタリックの三日月巨体、なめらかに、青い空へと舞い上がった。
・・・え? 鬼神はどこかって?
それはほら、あれだ。六腕三眼、ぶら下がりの神である。
乗るスペースがないので、相棒の下にぶら下がってついていきましたとも。
◆ 29、アシども、およぐ ◆
「──私は、街のそばまではついてゆくが、街には入らぬ」
「はい」
お月さんと、娘ども。
鬼神の頭の上のほうで打ち合わせしておる。
「そやに、街へ入るところからは、すべて自分でやること。
常に人の目を意識して、丁寧に油断なく行動するよう」
「はい」
鬼神も、その話に加わった。
「私も、街の外で待つことにするわい」
「え? 父上も?」不安そうな、三女イリスの声。
「そうじゃ」鬼神大きめの声で返す。「私が人間の街に入ると、外交だなんだとなるのでな。湖の岸で、ぶらぶらしとくわい」
<私ときしにぃは、どう分担しますかね?>
月の女神の胸元に入っとる、妙雅のオクトラが言い出した。
ぶぶわっさ、ぶわっさ。ぶわっさ、ぶわっさ。
ガンメタリック・かぶとがに・鬼神台。なんか申し出てきよるが、何言うとるかわからぬ。
「相棒よ。もしかして、あれか。娘どもを守ってやろうっちゅうのか?」
ぶわっさ。
「やったー! 歩かんですむ」イリスよろこぶ。
ぶわっさぶわっさ。
「え? アカンの?」
「丘の街は、空飛んだらアカンはずやえ」とお月さん。
ぶわっさ!
「あ、聞いた気がします」と次女のハルモニアー。「飛行制限法・・・飛行魔術等制限法やったかな? なんかそんなんがあって、いちいち領主さまに許可もらわねば何もできぬと」
「そえ。そして、飛行免許のごときは大変面倒な手続きが必要ゆえ、実質、飛べるのは街の魔術兵だけとなる」
「ええー・・・めんどくさ」イリス、文句言う。「鬼神台殿であちこち飛び回ろう思うたに」
鬼神は笑った。
「そういうのは、巨人の国に行けば好きなだけできるぞ」
「私が行って大丈夫かに?」
「・・・わからん」
鬼神ひるむ。頭上から月の女神の怒りの気配、伝わってくる。いらんことを言うたと、後悔した。
「ま、まあ、あれだ。湖。湖まで下りて来ればよいのだ。私も一緒に飛ぶからのう」
「そやに」イリス、天気を読んだ。話を切り換える。「父上が居れば、ドラゴンの心配もないに」
「うむそうじゃ。あの、ウミ=ジャブジャブという、悪賢いドラゴンだって──
うん? あれはなんだ?」
鬼神。
よう見える目で、異変を見つけた。
眼下、アルフェロン湖。なにやら、不自然に波立っておる。
「さかなかな? えらい巨大な群れが、泳いどるようだが」
「も少し、近付いてみるか?」
「うむ。調べたほうがいいという気がするわい。相棒、たのむ」
ぶわっさ。
ガンメタ鬼神台、高度を保ったまま、波立つ湖面のほうへ。
近付くと、それは巨大な──水面近くを泳ぐ、大きな影の、群れであった。
もんのすごい群れである。
「おいおい。5町(およそ半km)は続いておるぞ! あの群れ」
<大きいですね>妙雅も真剣な声である。<さかなではありませんよ。手足がある>
水面のすぐ下を、長~い影が泳いでおる。1尋(人間の身長ほど)を超えるほど、大きな影である。
それが──無数にばしゃばしゃばしゃばしゃと、水面近くを泳いでおる!
<1間あたり2匹弱として、1町四方で7千匹。幅半町、長さ5町と見て、1万7千から8千>
ぶわっさ。ガンメタ鬼神台も同意の声。見積もりが同程度だったらしい。
「軍団規模ではないか!」
さらに近付く。
高度は十分に取ってあるが、水面下の軍団もこちらに気付き、頭を上げてきた。
ばしゃばしゃばしゃ・・・。
一斉に首を上げ、こちらを見上げてきおる。
その、つら。
小さいドラゴンのような、ツノある三角形の、へび面である。
「ひぃ・・・!」
次女ハルモニアー、びびる。当然の反応である。
1万を超える、へびだか小さいドラゴンだかに、一斉に睨まれた。びびって当然である。が。
「うわ、恐っ」イリスは面白がっておる。「なんか投げつけたら、怒るかに?」
「わにかに?」ルシーナも平気である。「本で見た。『わに』いう、平たいドラゴンみたいなやつ」
「いや、あれは、とかげ」
月の女神が結論した。
「ドラゴンが『アシ』と呼ぶやつ。二本足で歩くとかげやえ。長じると、ドラゴンに変態する場合がある」
「あ、あれ全部、ドラゴンに・・・!?」次女のハルモニアーが悲鳴を上げる。
「全部ではない。変態するのはごく一部やえ。
しかし、アシの段階でも、人間を狩って喰うたりはする」
「やはり戦か。いや、狩りと言うべきかな。
いったい、誰が号令したら、こんなに集まるのだ?」
「このあたりで、これだけの数のタマ産む女王ドラゴンと言えば──」
と、月の女神。
「ジャブジャブをおいて、居らぬ」
◆ 30、丘の街、戦にのぞむ ◆
「緊急警報! アシの大軍接近中! 緊急警報、緊急警報え!」
ハイエルフの空飛ぶ魔術師が、大きな窓から飛び込んで来た。
その声を聞くやいなや、窓を見張っておった兵士が飛び跳ね、鐘に飛びつき、乱打する。
ガン、ガン、ガン、ガン、ガン・・・丘の街に、警鐘が鳴り響いた。
ここは、丘の街。
鬼神たちがいままさに向かっておる街である。
その丘の街の、警備兵詰め所、ベランダ室。空飛ぶ魔術師どもが出入りする、大きなベランダつき待機室であった。
飛び込んできたのは、ハイエルフの空飛ぶ魔術兵。青いレザーアーマーを着た軍の魔術師である。
奥の扉が開いて、青いレザーアーマーに白いタスキした男が入ってきた。
白いタスキは隊長のしるし。そしてこの隊長。なんと、以前、ガンメタ鬼神台の泥棒騒ぎのときに応対してくれた、あの隊長であった。
「報告をせよ」
「は! 湖の監視隊より、緊急警報。
アシの大軍、丘の川へ侵入。この街へ向けて遡上(そじょう)中。
数、およそ2万。敵影水中につき、およその数字。ただし、1万を下ることはなし」
「了解。そなたは司令官室へ直行せよ。
陸上警備隊、陸軍武装で待機。
空中警備隊当番班! 出撃準備」
「は! 陸上警備隊、陸軍武装で待機します」
「は! 空中警備隊、1!」「2!」
「よろしい。我ら空警当番班は水門に向かう。敵の接近を監視。接近されたら、そのまま初期防衛に当たる。
敵は大軍との由(よし)。魔弾ではなく、大呪文の詠唱を命じる可能性がある。心せよ」
「は!」
「空警出撃! 我に続け」
空飛ぶ隊長は言うが早いか、ベランダを蹴って空に舞い上がった。2人の部下が後に続く。
街の屋根からさほど離れておらぬ低空を、真っ直ぐに飛ぶ。
警鐘鳴り響く市街から、人々が見上げてくる。避難民らしきダークエルフどもの姿もあった。
水門まではあっちゅう間であった。というのも、水門とはアルフェロン湖への排水門であって、警備兵詰め所はアルフェロン湖を睨んで造られておったからである。
丘の街は、背後はやや険しい岩山、正面は湖へと下るなだらかな斜面になっておる。
背後の丘には大軍が登るほどのスペースはないので、自然、警備は正面中心となっておるわけである。
水門。
石造りの大きなアーチ門である。
川幅がなかなか広いため、門も川に合わせて、でかい。
そのアーチ門に、これまた大きくてごっついクレーンが左右に設置されておる。2台のクレーンは門の内側に突き出す感じになっており、このクレーンに、ぶっとい丸太を縦横に組んだ格子が、吊られておった。
クレーンを操作することで、丸太組みの格子を上げ下げできるというわけである。
アーチの下を流れて出てゆくのは、丘の街を流れてきた川である。生活排水だの、ごみだのがごちゃ混ぜとなった、いわば開放式の下水。その下水が、アーチの下をくぐって、街の外へ出てゆく。そしてアルフェロン湖まで流れてゆくのである。
ふだん、この水門の格子は上げっ放しになっておる。でないと色んなものが引っ掛かり、衛生上よろしくないからである。
しかし、いまは。
この水門を目指して、アシの大軍が遡上して来おるとなると──
水門に着いた空中警備隊。
すでに血相変えて武器握っとる水門の番兵らに迎えられた。
「隊長殿!」
「うむ。かの緊急警報は、アシ軍団接近中によるものやえ。
格子下ろし、準備! 残る番兵は、水門防衛の配置につけ。
空警当番班2名、川を下って敵を発見せよ。ただし、半里先で止まること」
「は!」番兵ども、走り回る。
「行って参りますえ」空中警備隊の2人しか居らん部下、飛び立つ。
「格子下ろし、準備よーし」「格子下、人間なーし。障害物なーし」「前後見張りよーし」
「格子、下ろせ!」
「格子、下ろします」
ガラガラガラガラ・・・と丸太の格子が下りてきて・・・、
どっぱーん! 流れる川に、ぶっ刺さった。
じつに重々しい音がした。なにしろ、1本1本が大人でも持てぬほどの丸太である。それが縦横に組み合わさっとるんだから、重さはとんでもないことになる。ずしーんと、水門全体に震動が広がるほどであった。
これで、水路は格子によって閉ざされた。
とはいえ水は流れ続けておる。本当は、川をせき止め、干上がらせたいところである。というのは、アシどもは川に潜れるが、ハイエルフは泳ぐの苦手だからである。水に落ちると溺れてしまう者が多い。兵士ですらそうである。
しかし、せき止めは不可能であった。傾斜地である丘の街に、川の水を貯めておくようなスペースの余裕はない。
「格子下ろし、完了」「格子上端、しるし位置にあり」「格子下端、川底接触を確認」
「よろしい。クレーンをロックせよ」
「左クレーン、ロック完了」「右クレーン、ロック完了」
「よし」
隊長は落ち着いた態度となり、門の内側にある狭い通路(手すりもなんもない。ただの剥き出しの段差に過ぎぬ)に立った。この通路に立つと、頭だけ門の上に出して向こうを見れるんである。
隊長の隣に、番兵の長も上がってきた。こちらは魔術師ではない。ブロンズの胸当てした陸軍兵である。
「アシの大軍ですか?」と番兵長。「では、ドラゴンも来ますかに」
「ドラゴンの発見報告はない。アシは1万から2万。正確な数はまだわからぬ」
「万・・・軍人100人も居らぬこの街に、万のアシですか」
「うむ」
「目的は、我らの肉ですかに」
「そやろに。しかし、そうは行かぬ」
「むろん。返り討ちですえ」番兵は笑うた。「とかげステーキにしてくれまする」
「では私はアルフェの酒振りかける役をやるえ」
「うちの実家で造っておるのをお持ちいたしますえ」
2人が軽口を叩くうちに、街の中心の方から、がっちゃがっちゃとヨロイの音が響いてきた。
お日さま色したブロンズ・アーマーに身を包んだ歩兵どもが、水門の防衛のため、こちらへ向かってくる音である。
ほぼ同時に、見張りに出した空飛ぶ魔術師の1人がもどってきた。
「隊長! 水面下に多数の影を発見! 水門まで四半里(1km弱)。遡上中」
「よろしい。司令官に伝令」
空中警備隊の隊長、1人、水門の上に立つ。
この丘の街に、空飛ぶ魔術兵は9人しか居らぬ。ただし、うち1人は司令官で、出撃はせぬ。出撃できるのは隊長2人+隊員6人の最大8人。それも3交代制である。なので、即座に3人出撃できたのは士気が高い証拠と言えた。
それにしても3人である。
1人はいま司令官への伝令に飛んだ。もう1人はまだ前方で監視中である。なので、もはや隊長しか居らん状態である。
空飛ぶ魔術兵は貴重な戦力だが、同時に最速の伝令でもあり斥候でもあるため、このように何でもかんでもやらされるのが常であった。
「うちにも、空飛ぶ戦車があればに」隊長はつぶやいた。
水門の上に立って、待つ。
背後では、ブロンズアーマーと長槍と盾で武装したハイエルフ歩兵が、川の左右にそれぞれ列を作ろうとしておった。人数は左右それぞれ8人ずつ。合計16人。これでも、動かせるやつは全部ここへ突っ込んだぐらいの人数である。
やがて前方から、もう1人の監視員が飛んで戻ってきた。敵は間近に迫ってきたようである。
戦は、まずはこの水門から、幕を開けるようであった。