◆ 39、ルーン嬢、剣をふる ◆
ルーン嬢。
ダークエルフ外人兵の列の中で、攻撃命令を聞いた。
先頭をゆくハイエルフ正規兵たちの、「わー!」「わー!」という喚声が聞こえた。
しかし、前の様子は全然見えん。
同胞のダークエルフ外人兵は、みな男である。ルーン嬢より背が高い。なので、前が見えんのである。
頼りになるのは、まあるいガンメタリックの巨体だけ。
上空、3尋(5.4m)ほどの高さに浮かんでおるガンメタ鬼神台。その姿は、戦場のどこからでもよく見えた。向きもわかりやすいから、全体がどっちに進むのかもすぐにわかる。
圧倒的な機動力を持つガンメタ鬼神台であるが、いまはじーっとしておる。『祈願』役のハナ司祭と、人形師ボレアスを乗せておるためである。「ホンマは動きたいんやろなあ」と思うと、ちょっとおかしかった。
──そのガンメタ鬼神台が前進し始めたので、ああ、そっちに行くんだとわかり、ルーン嬢も前進をした。
下り坂を、一歩、また一歩。戦場へ。
足がもつれそうになる。
正門までのわずか1町で、もう、息切れしてしまう。
門の手前で、移動が止まった。
わーわーいう声、武器で打ち合う音が、聞こえた。
門を出てすぐのところで、味方前衛が敵と押し合いになっとるらしい。
「攻撃! 攻撃!」フォームラー隊長が、頭上で怒鳴っておる。「とかげどもを蹴散らせ! 魔術兵、招集マナで『蛇魔弾』!」
「こ、こ、攻撃・・・!」
ルーン嬢。
小声で復唱する。
その声、ガッタガタに震えておる。
右手に握ったオレンジ色の長剣“グレイス”も、がくがくしておる。
・・・と。その剣のグレイスが、しゃべった。
「ルーン。攻撃はせんでもよい」
「え? ──は?」
「盾、左頬っぺた」
「え?」
「盾、左頬っぺたに、かまえ」
「た、盾、かまえ」
外人兵に支給される木の盾(義勇兵と同じやつ)を、ぐっとかまえた。
「はい。剣、右頬っぺた、まっすぐ立て」
「右頬っぺた、まっすぐ」
しゃべるオレンジ色の剣を、まっすぐ立てた。
顔の両脇を、盾と剣が守る形となった。その合間にルーン嬢の美貌がちょっとのぞく感じ。ボクシングみたいなかまえである。
「よし」と剣。「乱戦になるやろから、剣は、振ってはならぬ」
「・・・味方に当たるから?」
「そのとおり。迫る敵のみ、撫でるだけでよし。
他ならぬこのグレイスがそなたの剣なれば、それで十分え」
「う、うん」
頭上のフォームラー隊長が、正門の上を飛び越えて、外へ出てった。
ルーン嬢にとって軍旗のごとき存在であるガンメタ鬼神台も、悠然と外へ出てった。
ルーンにはなにがなんやらわからんかったが、このとき、フォームラー隊長が突破口を切り開いたのである。
隊長は、土石人形2体を引き連れておる。隊長が移動すると土石人形も動くようになっておる。
敵の真上へ突っ込んで、土石人形を誘導。アシどもを蹴散らしたんである。
これで正規兵が前進するスペースができた。
代償として、隊長は投げ槍の嵐に見舞われた。これは『ステップ』の呪文で上方へテレポートして、かわした。
どっ! ・・・と、列が前方へ──坂道を転げ落ちるように、ほどけた。
「わー!」「わー!」「わー!」
「わああああ!」
ルーン嬢も大声でわめきながら、仲間と一緒に坂道を駆け下りた。
自分でも意識せんうちにわーわー叫びながら、窮屈なかまえのまま、走った。
隊列は前後に伸びた。隙間ができた。アシどもの姿がちらちらと見えた。
正門攻撃隊は、土石人形を先端にして、舞い降りるはやぶさのごとく、アシどもに突っ込んだ。
激突!
どがんどがんぼきんがきん! 武器と身体が、激突した!
「蛇魔弾!」「蛇魔弾!」「蛇魔弾!」──魔術兵の詠唱。
ルーン嬢の、長い耳。
かぶとの内側に収まったその耳に、戦場の騒音が殺到。
ぐわんぐわんと鳴り響いて、もう、なにがなにやらわからぬ。
乱戦の海におぼれるがごとし。
自分の立っとる位置も、向いとる方向も、わからんようになってしもうた。
ルーン嬢は、上空を見た。
まあるいガンメタリックの巨体。その向きを確認した。
「盾かまえ。盾かまえ」剣が耳元でしゃべった。「剣振るな。敵が来たら、撫でるだけ」
「盾かまえ。剣振るな。敵が来たら──」
右に、空白!
ドラゴンヘッド、にゅっと割り込んできた!
低い姿勢! アシのきらめくウロコ! そして、槍!
「──撫でる、だけ!」
ルーン嬢、右脇をぐっと締め、竹槍をきわどくかわし、肘で右外へ押しやった!
お返し! ストレートパンチ打つがごとくして、剣持つ拳を、そのまま突き出した!
ずんばらり!
アシ、もんのすごい深手! ぶっ倒れた!
恐るべき切れ味! この世の剣とは思えぬ一撃であった!
「はっ、はっ」ルーン嬢、息切れする。
「左右を見よ。仲間なら、肩を並べよ。敵なら、一歩下がれ」
「さ、左右」両隣は、同胞のダークエルフであった。「よし」
仲間が前へ出た。
ルーン嬢も、前に出た。
左右、いずれも男。ルーン嬢より歩幅が大きい。ルーン嬢は、半歩余分に歩かねばならぬ。合わせづらい!
しゃー! しゃー! しゃー!
アシどもが、猛烈に威嚇してきた。
ダークエルフ外人兵ども。ひるまず前に出る者と、びびって足がすくむ者で、歩調が乱れた。
列が、ジグザグに乱れた。
ルーン嬢、前に出過ぎた! アシどもの真ん前に、うっかり突出! ジグザグの頂点になってしもうた!
「あっ・・・!」
前にアシ。右にアシ。左にアシ。
3人のアシに、狙われてしもうた──
このとき、ルーン嬢の立っておったのは、もっとも敵の多い右側面であった。
アシども。
正門へ侵攻してくるときに、街道の右手を流れる小川を使ったのである。その小川から上陸して来たので、大勢のアシが街道の右側に固まっておったのだ。
ダークエルフ外人兵は、運悪く、そこの担当に当たったのである。
もちろん、上空から支援攻撃をしておる魔術兵は、このこと把握をしておった。空警の2人の隊長のうち、ワラント隊長を右翼に貼り付けてあった。だが、右側面はそれでも劣勢だったんである。
──3本の槍が、ほとんど同時に、ルーン嬢に襲いかかる!
受け切れぬ! ルーン嬢、どうしたらええかわからぬ! ぎゅっと目をつぶり、硬直してしまう!
左手の盾に衝撃!
右の乳房の下あたりにも衝撃!
「ぐえっ!」
ルーン嬢、かえるみたいにうめいて、ノックバック!
反射的に右腕で胴体をかばい、背中を丸めてしもうた!
「かまえ! ルーン、かまえ!」剣が叫んだ。「頭下げな! 起こせ! 頭起こせ!」
「痛い痛い痛い!」
ルーン嬢、泣きながら前を見る。
左右から同胞が攻撃。援護をしてくれておる。
だが正面のアシは残念ながらフリー。ふたたび、槍で突いてくる。
ルーン、右脇をかばった腕が、上げれぬ! 痛くて!
くの字になった身体を、起こすことができぬ!
まっすぐ伸びてくる槍を、何もできずに、見るだけ!
「蛇魔弾!」
そのアシの右肩に、黒い蛇が噛みついた。
ワラント隊長の蛇魔弾!
アシ卒倒し、ルーン嬢は九死に一生!
「かまえ! かまえ!」グレイスが耳元で叫ぶ。「頭起こせ! やられるえ!」
「ぐううー・・・」ルーン嬢、涙こぼしつつ、頭を起こした。「痛い。死ぬー。息できへん・・・」
「あほう! ただの打ち身え! ヨロイは抜けておらぬ!
かまえ! かまえ! ほら次来るえ!」
新たなアシ。
槍を突き込んでくる。
「うぐうう。こんのっ・・・」
やけくそになったルーン嬢、両手で突き飛ばすみたいな、粗雑アタック。
運良く盾が槍をそらし、剣がちょろっとアシに触れた。
オレンジ色に輝く“グレイス”の刀身が、ほとんど勝手に、アシをぶった斬った。
「大丈夫かルーンちゃん!」左のダークエルフが訊いてきた。
「だ・・・大丈夫。おっちゃん、ありがとう」涙目でルーン。
「ホンマ、よう切れる剣やな!」右のダークエルフも言うてきた。「魔剣か!」
「お兄さん、ありがとう」
「私はおっちゃんでそっちは兄ちゃんかい!」「そら俺の方が若いですもん」
ダークエルフども、冗談飛ばしつつ、棍棒振り回す。
「失礼な坊主やに」グレイスが小声でぼやいた。「このグレイスをつかまえて、魔剣やと」
「は、はは」
ルーン嬢、やっと息を吸えるようになり、盾かまえ、剣立てた。
なんとか危機を脱したルーン嬢であったが──アシどもは、限りなくひしめいておった。
◆ 40、正門攻撃隊、かつ ◆
ダークエルフ外人兵、奮戦す。
1人倒れ2人倒れ、その穴を左右の仲間が埋めて、戦う。
列が乱れ、上空から『蛇魔弾』の援護をもらって、並び直す。
牙剥くアシの猛攻に晒されながら、薄い陣形で必死に時間を稼いだ。
どう見ても終わらん戦いに、泣きそうになりながら、耐えた。
やがて。
その粘りが報われる瞬間がやってきた。
どしーん、どしーん──
それは、魔術の人形!
身の丈10尺。土石人形!
空飛ぶフォームラー隊長を追尾して、ダークエルフの援護にやって来た!
隊長、いつの間にやら、『銀貨の盾』まみれ。
ぐるんぐるん飛び回る銀の盾、まるで繭(まゆ)のごとし!
その鉄壁の守りに任せて、隊長は、乱戦の真上を飛んできたのであった!
ダークエルフども、盛り上がった!
「うおお!」「でっかいの来たで!」「土石なんとかいうの来た!」
土石人形。
どしーん、どしーん・・・。戦場を闊歩する。
魔術兵が『蛇魔弾』撃つと、その相手目掛けて、パンチする。
どがあああん!
もんのすごい音。アシども、空中を吹っ飛んでった!
「ええぞ、土石なんちゃら!」「ごっついパンチや!」「はりねずみやないか! 不死身か!」
土石人形。
槍衾(やりぶすま)。まるで、はりねずみのごとし。
全身にアシの竹槍突き刺さり、もうなんかそういう生きものみたいになってしまっておる。
それでも、動き続ける。フォームラー隊長の後ろを、黙々とついてゆく。
どしーん、どしーん。
不死身!
アシども、なす術なし! くるりと背向け、逃げ散らんとす。
だが密集陣形。そう簡単には退却できん。味方にぶつかり、あるいは転び、あるいは互いの槍で傷つけ合ってしまう。
大混乱。アシどもの陣形、どんどん崩れてゆく。
「きしにぃ号、停止!
マナ貯め! マナ貯め!」
フォームラー隊長が命令を変えた。
ガンメタ鬼神台を停止させて、魔術兵に周囲を固めさせた。
「歩兵! きしにぃ号中心に、円陣! 怪我人は中! 正規兵は外!」
隊長は怒鳴りながら、円を描いて飛び回る。円陣を指定しとるんである。
アシども、危機を察したか。ガンメタ鬼神台へ、投げ槍が集中!
ルシーナ、イリス、魔術兵ども、必死の防御! 槍の嵐を、盾で左右にかき分ける!
きらきらきらきらと、目にも眩い光が、ガンメタ鬼神台に集まってゆく。
「ワラント隊長! やまた弾行くえ!」
「了解!」
2人の隊長、同時に詠唱に入る。
「魔、魔、魔、魔、八岐弾──
薙ぎ倒せ! 八岐蛇魔弾(やまたじゃまだん)!」
2人の空警隊長から、真っ黒な大蛇が立ち上る。
人間よりもずっと太い、実体なき、影大蛇(かげおろち)。
天をつき、崩れ落ちたかと思うと、その首ほどけ、無数の蛇へと分岐!
密集状態のアシどもに、激流がごとく、襲いかかる!
まるで、八岐大蛇(やまたのおろち)!
無数の首持つ、影の蛇弾!
その弾数、百を下ることはなし!
アシども、阿鼻叫喚! ばったばった倒れ、生き延びた者は一目散に逃げてゆく!
勝負あったり! ──では、あったのだが。
最前列のアシ。わずか10人足らずが、このとき、決死の行動に出た。
逃げ切れぬと見て、反転し、突っ込んできたんである!
ハイエルフ正規兵は意表を突かれた。円周の突破を許してしまう。
抜けた先、特攻を浴びるのは──またしても、ダークエルフ外人兵!
ルーン嬢あやうし!
「棘(とげ)立て、守れ──『茨の城』!」
にょきにょき!
ぶっとい茨の生け垣が、突然、生えてきた!
アシ特攻兵、茨に突っ込む! ズタボロ!
ハイエルフ正規兵、動きの止まったアシを打つ! 哀れアシ、身動きできず打たれて死亡!
「人形師殿、よい守りでしたえ!」
銀色の盾に包まれ、顔もほとんど見えんフォームラー隊長が評価した。
ボレアス、おじぎ。
いまの『茨の城』は、彼の呪文であった。
ガンメタ鬼神台の上で『祈願』しておったボレアス。
アシ特攻兵の動きにいち早く反応し、祝詞を中断、ダークエルフどもを守ったんである。
「しかし、招集マナを使ってしもうた」
「かまいませぬ」と隊長。「・・・うむ。やはり御身は、荒風の」
「うむ?」
「いえ」
フォームラー隊長、アシどもが逃げ散るのを確認。宣言した。
「諸君、ようやった! 正門は取り返したえ!」
正門攻撃隊、勝つ。
見事アシを駆逐し、正門を守ったのであった。
ひとしきり歓声上げてから、負傷者を市内へ下げる。
補給員が手押し車でやってきて、重傷者を乗せ、ガラガラと坂道を上ってった。
軽傷者は、ハナ司祭や駆けつけた治療師どもに、その場で手当てをしてもらう。
離脱した負傷兵は、ダークエルフ外人兵を中心に、12名。死者はなし。
入れ替わりに、後発の義勇兵が1班72名、参加。
これで、正門攻撃隊は次のようになった。
空警、2班6名。フォームラー隊長、ワラント隊長を含む。
ハイエルフ正規兵、16名。
弓持つ狩人の義勇兵、12名。
第一次選抜義勇兵、48名。きしにぃ号、ルーン嬢含む。
第二次選抜義勇兵、72名。
フォームラー隊長、正門出て左の方向へ、ゆっくりと浮遊してゆく。
どしーん・・・どしーん・・・。
土石人形2体(はりねずみ状態)が、追尾してゆく。
隊長。
振り向いた。
「諸君! 水門は、いまだ、とかげどもに圧迫されておる」
「・・・。」
攻撃部隊は命令を待った。
人数が増えた時点で、みな察しておったんである。
戦闘は、まだ続くのだと。
「丘の街を守る精鋭兵諸君に、いまいちどの奮戦を求める!
──水門に向かい、敵の側面を突くのえ!」
「おお・・・」「おお」「おお!」
「我らの側面攻撃に合わせ、水門からも味方が突撃をする。
交差突撃でもって、とかげどもを、叩きつぶす。
これは、決戦である!」
「おお!」「おおお!」
「では出発!
正規兵、我に続け!
義勇兵、第二次班、左翼へ! 先発班は、右翼へ!」
ルーン嬢。
美貌にしたたる汗を拭いながら、歩きだした。
戦闘の前半で受けた槍は、グレイスの言葉どおり、打ち身であった。
出血、なし、骨折、なし。
──休憩、なし。
ルーンは戦士ではない。キノコ農家の娘である。
この世界では、ナイフや小剣ぐらいなら誰でも触っておる。女なら、守り刀もふつうに差しておる。
だがしかし。
歩兵となって、戦場で揉みくちゃにされるなど、想定外もいいところ。
それも、自分の祖国でなく、外国で、外人兵になって。
言いたいことは、いっぱいあった。
「・・・。」
汗をぽたぽた垂らしながら、茶のダークエルフの娘は、歩きだした。
同じように汗だく泥まみれのダークエルフどもと一緒に。
上空を見る。
ガンメタリックのまあるい巨体。
悠然と飛ぶその姿。汗もかいておらず(かかんが)、泥に汚れてもおらぬ。
それはまるで、空に浮かぶ星々のように、永遠不変に感じられた。
ルーン嬢。ちょっとだけ、顔を歪めた。
すると。
ガンメタ鬼神台の最前列に乗っとるルシーナ。
輝く白い肌のルシーナが、ひょいと顔を出して、こっちを見てきた。
ルシーナ。うなずいた。
ルーン嬢。うなずき返した。
何のうなずきであったのか? それは、ルシーナにもルーン嬢にも、わからぬ。
だが、わかった。キノコ農家の娘ルーンは、輝く肌のルシーナに、相通じるものを感じたのであった。
「・・・くそ」ルーン嬢。荒くれ戦士のようにぼやく。「ほんま・・・くそやわ」
水門が見えてきた。
「突撃! 突撃!」隊長の怒鳴り声が響く。「とかげを蹴散らせ! 勝利をもたらせ!」
「わー!」「わー!」「わー!」
正門攻撃隊。
水門前広場にひしめくアシ軍団に、真横から、突っ込んだ。
空警魔術兵、『魔弾』の一斉砲撃。
紫の爆発。ハイエルフ正規兵、煙の中へ、突撃。
左翼。これが初戦の後発義勇兵。水門にへばりついたアシを攻撃。
右翼。疲労も深いルーン嬢ら先発義勇兵。水門前広場に群がるアシどもを攻撃。
またしても、右翼のルーン嬢らに、敵の大多数が回ってきよる。
「くそお!」ルーン嬢はわめいた。「うわあああ! やったるわああああ!」
突撃は、成功した。
水門前広場にひしめくアシを、真っ二つに断ち割った。
だが、一気に前進したので、やはり隊列は長く、薄くなっておった。
ばたばたと左翼の味方が倒れていくのを、ルーン嬢は背中で感じた。
水門前に孤立したアシどもが、必死で抵抗してきたということもある。また、これが初戦の後発義勇兵は、動きが硬かったということもある。それで、かなりの負傷者が出て、左翼は崩れかけた。
フォームラー隊長、土石人形を率いて、左翼へ回る。
すると正面と右翼が手薄となる。
ダークエルフ外人兵、また苦しい戦いをする羽目になる。
「盾かまえ。剣振るな。敵が来たら、撫でるだけ・・・」
ルーン嬢は死んだような目をしてぶつぶつ呟きながら槍を払い、剣で敵を撫でた。
だが、いくら突き飛ばしても、撫で斬っても、アシどもの数はまったく減らんようであった・・・。
◆ 41、イリス、おっこちる ◆
「キリないえ!」
投げ槍を素手で引っ掴んだイリスがぼやく。
ぶうん! 投げ返す。はずれ。アシ、その投げ槍を拾い、投げ返してくる。キャッチボール状態。
「あーもう!」
イリス。
気が短くて、負けず嫌い。状況に任せてじっとしとるのが、大嫌い。
そういうところ、本当に父の鬼神にそっくりな娘であった。
イライラする。
もうそろそろ、終わりにならんのか?
なんか変化は起こらんか?
と、きょろきょろする。
それで、怪我の功名。真っ先に空の異変に気付くことにはなったのだが。
「あ! ルシ姉、あれ見てあれ!」
「ん?」
「でっかいのが飛んでおる!」
青空に、くっきりと黒く、巨大な飛行物体あり。
9本の巨大な塔を、細い通路で連結したがごとき、空中浮遊塔!
徐々に、こちらへ接近して来おる。
「あれなんやろ?」
目を輝かせるイリス。
油断しすぎ。乱戦の最中だというのに。
投げ槍2本。命中コースで、飛んでくる。
1本は『銀貨の盾』がオートガード。しかし、もう1本。
イリス、盾を完全に下ろしてしまっており、受けが間に合わん。
慌てて身をよじって、避ける。回避はできた。が、バランスが崩れてしもうた。
「あふぇ?」
変な声上げつつ。
ガンメタ鬼神台の手すりを、ぐるんと乗り越えて。
イリス、落っこちる。
3尋の高さから。
アシどもの、ど真ん中に!
どでーん! 赤い革ヨロイも窮屈そうな長身が、大の字となった!
ルシーナ、凍りつく。
「え? は? ちょ、イリス、阿呆」
思わず下を覗き込み、自分まで落っこちそうになる。
そのベルトを、ボレアスが引っ掴んだ。
「ぐえ」
「私が行きますえ」
ボレアス、『祈願』を中断。
ガンメタ鬼神台の手すりに、ひょいと跳び上がる。少年みたいな身体にたがわぬ、猿のごとき身軽さ。
「え? でも」
「盾かまえ! 司祭さまを守られよ!」ボレアス怒鳴る。
「あ、はい」
「ワラント隊長に状況報告!」
「はい!」
「よろしい。では後ほど」
ボレアス、にこっと笑って、飛び降りる。
2尋落ちてから「浮遊! 蛇魔弾!」──イリスを狙っておったアシの1人を、仕留める。
ふわ~~~ん。『浮遊』呪文の効果で、イリスをまたぐがごとく、軟着陸。
3人のアシを、1人で相手どる!
アシどもの、攻撃!
竹槍1! 『銀貨の盾』1でオートガード!
竹槍2!! 『銀貨の盾』2でオートガード!
竹槍3!!! ボレアス、腰の小剣抜くが早いか、バチンと槍を叩き払う。パリィ(受け流し)!
ノーダメであった。
「つよ」とルシーナ。「──ワラント隊長! 報告!」
「なんですかに」
「きしにぃ号、2名落下しましたえ」
「は?」
「あと、あれ」指差す。「なんかでっかいの、飛んで来ましたえ」
「──は!?」
ワラント隊長、空に浮かぶ黒い塔を確認。たまげる。
魔術兵にも混乱広がる。
「なにえ。空飛ぶ塔」「迫って来おる」「まさか、アシどもの増援か?」「ありえぬ。あな技術、あるはずもなし」
「誰か! あれがわかる者は居るか?」
「わかりませぬ」
ルシーナ。
本当は、あれが何か、知っとるんである。
実物見るのは初めてだが、話には聞いたことある。というか、当の本人と何回もしゃべっておる。
しかし、イリスが落っこちて、気が動転しとったか? 『わからん』と答えてしもうた。
ぶわっさ!? ぶわっさぶわっさ! ガンメタ鬼神台が騒ぎ出した。
「え? なにえ」とルシーナ。「きしにぃ、なんか知っておるのか?」
ぶわっさ。
・・・ぶわっさぶわっさ! ぶわっさっさ!
ガンメタ鬼神台、もどかしそうである。
「えー・・・? えっと、もしかして、あれ、味方?」
ぶわっさ!
「隊長。あれ味方や言うてますえ」
「は?」
そんなこといきなり言われても、ワラント隊長も困る。
隊長はガンメタ鬼神台のこと、特になんも説明受けとらんのである。
事前に説明せんからこんなことになる。なんでも秘密にするダークエルフの悪い面である。
「隊長! でっかいのから、小型の飛車2台、分離。接近中!」
魔術兵が報告した。
小さなものが2つ、びゅーんと、でっかい黒いのから飛んで来たんである。
1つは、四角い箱みたいな奴である。ハイエルフの男がうつ伏せに乗っておる。
もう1つは──
「・・・赤色鬼神台?」とルシーナ。
ぶぶわっさ! ガンメタ鬼神台、『なんでじゃ!』っちゅう反応。
いや、しかし、実際。
それは、鬼神台みたいな形しとるんである。
まあるい巨体。三日月かぶとに、剣のごときしっぽ。
赤い色して、サイズもひと回り小さいが──それ以外は、ガンメタ鬼神台そっくりである。
その赤色鬼神台に乗っておるのは、赤い肌したツノある巨人。ただし、鬼神とくらべるとだいぶ小さい。
それと、2匹の盾持ついぬであった。
「いぬ?」とルシーナ。
「鬼と、コボルドかに?」とワラント隊長。
まさに。
鬼1人、コボルド2人。
鬼は、赤きトゲトゲの服を着ており、どうやら身分が高そうである。コボルドは従者か。
その鬼が、白無地の旗を、ばっと広げた。
「使者の旗ですに」と魔術兵。
「なにが使者え。そんな場合か」とワラント隊長。「無視! 戦闘継続!」
ところが。
空飛ぶ2台のうち、小っちゃいほう。
クリーム色した、四角い空飛ぶ台。
ハイエルフの男1人を乗せて、一直線に突っ込んで来おった!
「あ、突っ込んで来よる」とルシーナ。
「な!? ──止まれ! そこな飛車、止まりなさい!!」ワラント隊長叫ぶ。「戦場に入るな! 迎撃しますえ!」
「味方ですえ!」
四角いのにへばりつくハイエルフの男。黒髪を風になびかせ、叫び返す。
「味方です! 助太刀いたしまする!」
「問答無用!」ワラント隊長、魔術兵1人の肩叩き、命じる「迎撃せよ! 殺してかまわぬ!」
「は!」
魔術兵、迎撃に向かう。が。
「包み込め。『闇』のルーン!」
そのハイエルフの声がして。
あたり一帯、真っ暗となった!
「学長! 助太刀いたしまする!」
「ぬあ? その声は──エスロか!」
「いかにも。お嬢さんを、こちらへ!」
「阿呆! おまえ、どの面下げて出て来おった!」
なんか闇の中でボレアスと男が言い争う声がする。
敵味方ともに大混乱。あっちこっちで悲鳴が上がる。
「なにえ、これ」「見えぬ」「目が!」「お母ちゃーん」
「この闇やめんか! 味方の邪魔え!」
「いったん出したら解除できませぬ」
「どあほう! 不器用! 粗忽者(そこつもの)!」
しばらくして。
大迷惑な闇、すっと去った。
真ん丸の闇の球が、黒い塔のほうへと逃げてゆく。
ルシーナは、イリスを真っ先に確認した。
居らん。
イリスが居ったところには、ボレアスが1人立っとるだけである。
「・・・イリス?」
ルシーナが呆然としておると──
「飛翔!」
呪文唱えて、ボレアスが空中に浮かび上がって来た。
本職の空警顔負けの動きで、なめらかにガンメタ鬼神台に舞いもどる。
「ええいまったく! あの阿呆めが!」
「おっちゃん」
ルシーナが不安そうに言うと、ボレアスは急に猫かぶり、優しくなった。
「大丈夫ですえ。イリスお嬢さんは、私の弟子が救助いたしました」
「弟子?」
「うむ。阿呆弟子やが。すぐに、市内へ運ぶとのことです」
見ると、闇球は、赤色鬼神台の使者(?)と合流。
で、闇球が離れたかと思うと、赤色鬼神台にイリスが寝かされておった。
「負傷者を! 保護しました!」鬼が大声で怒鳴ってくる。「市内への、着陸を、認められたし!」
ぶわっさ! ぶわっさ! ガンメタ鬼神台が強くなんかを進言してくる。
「信用しろって?」
ぶわっさ!
「あれ、きしにぃの弟かなんか?」
ぶわっさ!
「はあ・・・」ルシーナ、ちんぷんかんぷんながら、報告する。「ワラント隊長。あれ、きしにぃ号の親戚ですえ」
「きしにぃ号の親戚???」
「妹を保護してもらいましたに、市内に入れてやってもらえませんかに?」
「──どうした!」
フォームラー隊長が左翼から叫んでくる。
「鬼の、使者が、市内着陸を求めておりまする! 負傷兵を保護したとのこと!」とワラント隊長。
「ふむ?」
フォームラー隊長。
なぜかボレアスの顔を見る。そしてうなずく。納得したらしい。
「飛車1台のみ許可! 魔術兵に誘導させよ!」
「了解」
空警隊員を1人割いて(さいて)、赤色鬼神台を案内させる。
わざわざ貴重な隊員の手を使うのは、法律が馬鹿だからである。
負傷兵の救助のためであっても、無免許で市内を飛んだら犯罪者となってしまう。それではあんまりなので、「空警隊員が市内に緊急避難させた」という建前を作るのだが、そのせいで隊員が一緒に飛ばねばならんようになる。阿呆な話である。ハイエルフの悪い面であった。
ま、ともあれ。
イリスは、赤色鬼神台によって、市内へ救急搬送されたのであった。
「・・・あ、」
イリスが搬送されたのを見届けて、やっとルシーナの頭が回転しだした。
「妙雅か。あれ」
ぶわっさ・・・。ガンメタ鬼神台、『やっとわかったか・・・』との、ため息。
そう。
青空にくっきりと黒く浮かぶ、連結塔。
それは、もちろん、妙雅の本来の姿に他ならなかった。
<あれとはなんですあれとは! 冷たいじゃないですか、一の姫>
空から声が降ってきた。
ぶーん・・・。
飛んできたのは、小っちゃい妙雅みたいなやつ。オクトラであった。
<生まれたときから仲良くしてたのに。
私の本体はこういうのですよと、お話しもしたじゃないですか>
「うん。ごめん妙雅」
ルシーナ、オクトラをキャッチ。抱き寄せる。
「こっちが本体な気がしておったのえ」
空警、複雑な表情。『また無免許のが飛んできおった・・・』という顔をする。
フォームラー隊長、なんも言わんと背中向け、指揮にもどる。もう見なかったことにするらしい。
「妙雅。いま、取り込み中なのえ」
<はい。それで来たのです。
姫に万が一があっては、私が父上に叩き壊されかねませんのでね。
──ですが、どうやら、大丈夫のようですね>
「え?」
ハイエルフどもの、わーっという喚声が上がった。
◆ 42、アシ戦争、しゅうけつ ◆
「わー!」「わー!」「わー!」
水門前。
市内から味方本隊が出て来て、水門前に孤立したアシ部隊を壊滅させるところであった。
・・・出て来たというても、水門を開いたわけではない。
ハイエルフはかなづちなので、水路は移動できん。それに水門は、ボレアスの土石人形3体でふさいだままになっておる。動かすには改めて呪文かけて命令せねばならん。
それだから、水門からの突撃は、3つの迂回ルートで行われた。
迂回路1。あらかじめ城壁を回り込んで、水門の左手(正門攻撃隊と挟撃になる位置)で待機した。これが本隊である。
迂回路2。水門からロープ使って飛び降りた。ロープは水路の左右に8本ずつで、一度に降りれるのは16人である。
迂回路3。水門脇の小さな通用門を開けて出て来た。こちらは一度に1人しか出て来れん。
フォームラーの正門攻撃隊が側面突撃をしたのを確認して、これら迂回ルートの突撃が実行されたわけである。
タイミングは、ちょっとズレた。ロープで飛び降りた16人なんぞは、やられそうになったりもした。
だが、結果として、突撃は大成功であった!
水門前に孤立したアシどもは、あっちゅう間に全滅したんである。
さらに、フォームラー隊の後を追いかけるように、正門からも義勇兵が続々と援軍にやって来る。
これは精鋭ではない。近接戦をさせるには不安のある部隊である。だが、数だけはわんさか居った。千を軽く超えるほど。
丘の街の軍勢。
一斉に「わー!!!」と大声を張り上げた。それは、地面が揺れるほどの大声であった。
アシどもは、逃げだした。
ウミ=ジャブジャブの野望を背負い、丘の街を蹂躙するはずであった、1万7千余のとかげ兵。
数百人の死者を出し、ドラゴンシャーマンを失って、敗退。
ハイエルフを狩ることもできず、街を手に入れることもできず・・・。
竹槍投げ捨て、川へ飛び込み、スイースイースイイーと泳いで、逃げてった。
ウミ=ジャブジャブの野望、まったく果たすことができぬまま、逃走とあいなったのである。
ハイエルフどもが大歓声上げて抱き合うなか。
「逃がしたか」
フォームラー隊長は、歯を噛みしめた。
ワラント隊長もそばに寄ってきて、首を振った。
「ああなってしもうては、追いつけませぬ」
「うむ・・・。ご覧あれ、ワラント殿。奴ら、笑うておりますえ」
川を下るアシども。
ときどき、くるんと裏返って背泳ぎになり、口をぱかっと開いておる。
笑っとるのか? 怒っとるのか? はたまた、息継ぎをしとるだけなのか?
それはわからぬ。
だが隊長らには、それが『また来るぞ』との、狩人の執念深い表情のように思われた。
「この丘の川が、奴らの狩場となってしまいますに・・・」
「うむ・・・」
暗い予想を語り合った、そのとき。
どっかーん! 水しぶき、立ち上る。
「なにえ」
「川が爆発しましたに」
どっかーん! また水しぶき。
くるくるくる。小さな影が、空の彼方へ飛んでゆく。
「・・・攻撃かに?」
「・・・すっ飛んでっとるの、アシのように見えますに」
どっかーん! 水しぶき。
くるくるくる。アシども、空の彼方へ飛んでゆく。
どっかーん! くるくるくる・・・。
爆発。空飛ぶアシ。
怪奇現象、近付いてくる。
「いったいなにえ?」「なんじゃあれは?」と、みなが不思議がる中・・・。
ぶわっさ・・・。
という声がした。
フォームラー隊長、鋭く聞きつけて、振り向く。「きしにぃ号、なにか御存知で?」
ガンメタ鬼神台、ぶわっさ、ぶわっさ・・・とあいまいな音を立てる。
どっかーん! くるくるくる・・・。
川をさかのぼってくる、爆発。
何十回もくり返し。
とうとう、川に逃げたアシは、すべて吹っ飛ばされた。
慌てふためいて森へ逃げ込むアシも見えたが、その数は、半分よりずっと少なくなっておった。
いったい、誰がこんなことを?
ざぶーん、ざぶーん・・・。
爆発途切れ、真っ白に泡立っておった川が、鎮まってゆく。
その川。ひとり、立っておったのは。
六腕三眼。赤い猿のごとき、鬼の神であった。
その神。
びっしょ濡れで、こっちを見た。
ニカッと笑って。
消えた。
「き・・・消えた!?」
丘の街の者ども。ぽかーんとする。
「あなや」「笑って消えたえ」「笑い鬼」「透明鬼」「不可思議なり」「亡霊のごとし」
──と、このようにして。
アシ戦争は、終結したのであった。