六腕三眼、鬼の神   作:min(みならい)

50 / 93
ルーンとルシーナ

◆ 1、ルーン隊長、荷物をはこぶ ◆

 

 ごごごごご・・・

 地鳴りがした。

 ダークエルフども、手を止め、口を閉ざし、身構える。

 かすかな揺れが、音の後から伝わってきた。

 ごご・・・ご・・・・・・。

 地鳴りは鎮まった。

 ダークエルフども、ふたたび手を動かす。

 石の柱を積み上げて、柱と柱を梁でつなぐ。

 壁を削り、漆喰(しっくい)でなめらかに整える。

 破片を拾い、砂をはらい、細かいほこりは水で流す。

「部長。通路の壁塗り、もうすぐ手ぇ空きますで。あとは乾燥待ちや」

 1人の男が、洞窟の闇から出てきた。服に漆喰がついておる。

 羊皮紙になんかメモしとったおっさん、顔を上げる。

 2人とも、茶色の肌したダークエルフである。明かりのない洞窟を、難なく歩き回る。

「そうか。お疲れさん!

 ほな、仮置き場の掃除手伝うたって。今日荷物来るのに、まだやっとんねや」

「わっかりました。ちょっと、お茶してからでよろしい?」

「もちろん。芋団子そこにあるから。1人1つずつな」

「はーい。ひー、ふー、みー・・・」

 芋団子を取る男。ハンカチに団子包みつつ、無駄話をする。

「・・・うちの若いの、えらい張り切っとるんですわ。てきぱき仕事しよんねん」

「下心見え見えやないか」おっさん笑う。「隊長来るから、ええとこ見せよういうねやろ」

「そうですわ。ルーンお嬢さんが毎日来てくれたら・・・あ、ルシーナさまでも、もちろん」

「ぜいたくやのう。わっはっは」

 

 噂されとる2人。

 ダークエルフのルーン嬢と、鬼と月の娘ルシーナ。

 荷馬車隊を率いて、森の中を歩いておった。

 森の小道。ゆるい上り坂。土むき出しの、荒れ放題。雨で削れて、みぞだらけ。

 ごろん。

 ルシーナが、大きな石をひとつ、茂みの中へ蹴り転がした。

「歩きづらいに・・・」

「うん。こっから先は、ずーっと岩場なんよ」

「荷馬車、大丈夫かに?」

「もってほしいわあ」ルーン嬢が荷馬車を振り向く。「馬も車もね」

 馬1頭で引く小さな荷馬車が、3台。

 ぐらんぐらん揺れ、積荷、がたんごとん鳴り続けておる。

 荷馬車隊のメンバーは──

 

 先頭、ルーン嬢。

 武器は神剣“グレイス”。左手に盾。茶色の革かぶと、胸当て。フードつきマント。

 マントには、絹ぐもの糸で銀色の三日月が描かれておる。これは、彼女が隊長という目印であった。

 次列、ルシーナ。

 武器は木の杖と盾。ヨロイはルーン嬢と同じ。マントは無地で、隊長より地味。

 木の杖は武器というより、歩くのにラクだから使っとるだけに見える。

 3列目、ダークエルフの青年2人。

 武器は小剣と盾。ヨロイはハイエルフの青銅製。かぶとも胸当ても黄金色である。

 4~6列目、荷馬車3台。

 1頭引きの小さな荷馬車で、ハイエルフの男が御者をしておる。道が狭いため、1台でもギリギリである。

 7列目、ダークエルフの男3人。

 装備は前衛のダークエルフと同じ。この3人は外人兵経験者である。なので、隊長から遠い後衛を任されておる。

 8列目。赤い肌した背の高い娘が1人。種族はなんだかわからん。

 装備は同じ。青銅の胸当てが、ちょっと窮屈そうである。

 

 ──という具合であった。

「隊長ー、隊列伸びておるえー」赤い肌した娘が声を上げた。

「了解!」ルーン嬢が叫び返し、ちょっと歩調をゆるめる。「イリスはー、大丈夫ぅー? 頭ぁー」

 赤い肌した娘。

 イリスであった。

 鬼と月の三女。ルシーナの妹。

 アシ戦争で、ガンメタ鬼神台から落っこちて気絶した、あのイリスである。

「あほちゃうでー」とイリス。

「ちゃうわ! 落っこちた怪我は大丈夫ー? 言うてんねん」

「ああー! そんなん、もう、忘れとったー」

 どうやら平気のようであった。

「・・・ふざけておる」木の杖つきながら、ルシーナ。

「ええよ」とルーン嬢。「イリスちゃん、いざとなったら強いしね」

「たまーに抜けたことするのが恐いのえ」

「お姉ちゃんやねえ」

「うんにゃ。放っておるえ」

 がたごと。がたごと。

「・・・道も整備したいに」とルシーナ。

「洞窟が一段落したらね」

「外交もせなアカンに」

「洞窟が一段落したらね」

「洞窟次第やに」

「そやで」ルーン嬢は笑った。「ダークエルフはねえ、なにごとも洞窟次第なんよ」

 フィーチクチク! フィーチクチク! 鳥の声がした。

「・・・。」

 会話が止まる。

 盾と小剣で武装したダークエルフども、黙ーって歩く。

 ぶん、ぶん、ぶおん! 突然、石が飛んできた。

 ルーン嬢、ルシーナ、ダークエルフ2人、急いで盾かざす。 

 がこん、ぼすっ、どさどさ。

 石1、ルシーナの盾に当たる。ノーダメ。

 石2、ルーン嬢のお腹をかすめるが、革ヨロイもあってノーダメ。

 石3・4、草むらに飛び込む。ハズレ。ノーダメ。

 続いて!

 ヒューマンの男が、道の前後に飛び出してきた!

 荷馬車の前方に、5人! 後方に、5人!

「ぶっ殺すぞおおお! 荷物、置いてけえ!」

 

 ──山賊の襲撃であった!

 

「戦闘準備!」ルーン嬢、剣を抜く。

「おう!」ダークエルフども、小剣を抜く。

 ルシーナは杖でドンと地面を撃って、叫んだ。

「我ら、月の加護ある、アルスの民!

 手出しするなら、生命はないえ!」

「黙れエルフ!」「金置いてけ!」「荷物置いてけえ!」「女! おまえは残れ!」

 山賊ども。全員、ヒューマンの男。

 背が高く、肉付きもよい。 

 だが装備は貧弱である。武器は竹槍と棍棒。ヨロイなんぞ着ておらず、麻のシャツにフンドシ一丁である。

 正面の1人だけが、金属の穂先した槍を持ち、盾かまえ、青銅のかぶと、革の胸当てをしておる。

 そいつが、怒鳴る!

「金出せえええ! エルフどもぉ!」

 坂道駆け下り、ルーン嬢に突っ込んで来よる!

「グレーーーイス!」

 ルーン嬢、剣の名を叫んで、迎え撃つ!

 神剣“グレイス”、無言のまま、黄金に輝く。

 黄金の剣かざすダークエルフの乙女。その姿が、ゆらっ・・・と、ブレた。

 山賊、「え?」と一瞬迷い、ルーン嬢の姿を追いかけて、槍で突く。

 ぱっ。

 ルーン嬢の姿、散り散りになって消える。手応え、まったくなし。

「は???」

 その一瞬が命取り。

 ずんばらり。山賊、ぶった斬られ、死亡。

「え・・・」残りの山賊ども、ひるむ。

「見たか! 月神の加護、ここにあり!

 次は! おまえが! こうなる番やえ!」

 ルシーナ。

 ビシッと山賊を指差して、怒鳴った!

 山賊おびえる。足止まる。そこへダークエルフの若者2人が駆け上った。

「隊長に手ェ出しよってワレェ!」「アルス! アルス!」

「・・・ま、魔法剣士だあ!」「勝てねえええ」

 山賊どもは、にげだした!

 前方クリアである!

 後方は?

「おらあああ! 金出s──ぐえ」「てめっこのっデカ女っぐえ」「なっ、こいつ強ぐえ」

 最後尾を守るイリス!

 正面に金的キック! 右の脳天に剣の柄でハンマーパンチ! 左に盾で裏拳ビンタ!

 一瞬で3人ノックアウトである!

 さらに残る2人に向かって、「わあ!!!!!」

 声はちょっと可愛いが、その音量! 鼓膜やぶれるほどうるさい!

 山賊2人、よろけ、足もつれる。

 そこにダークエルフ戦士、駆け下りて、盾ごと体当たり!

 ブッ倒れる山賊!

 殴る蹴るダークエルフ戦士! ぼこぼこにする!

「山姥だあ!」「勝てねえ」

 山賊どもは、にげだした!

「やまんばちゃうもん」

 イリス、ふくれつつ、自分が倒した3人の武器を蹴り飛ばす。

 3人の山賊、やがて息を吹き返すが、武器なく、イリスとダークエルフ戦士に囲まれておる。

「ゆ、ゆるして・・・」「ごめんなさい」「いたい、いたい」泣きながら逃げてった。

 後方もクリアである!

 

 ・・・だが、ルーン隊長率いる戦士ども、気はゆるめない。

 円陣となって荷馬車を守り、盾かざし、四方八方を睨み付ける。

 やがて。

 フィーフィー。フィーフィー。鳥がさえずる。

 護衛隊、それを聞いて、武器を下ろした。

 がさっ。

 ハイエルフの女。茂みの中から、出現。

「ルーン隊長。敵、逃げました」

「了解。はあ、はあ。上出来」ルーン嬢、息切れしておる。「引き続き、お願いします」

「了解。引き続き、斥候します」

 がさがさ・・・かさ・・・。

 ハイエルフの女、茂みに消える。

「ええ斥候やに」とルシーナ。

「うん。はあ、はあ」ルーン嬢はまだ息切れしておる。「さすが、隊長の推薦だけあるわ」

「フォームラー隊長、『私より軍歴長いですえ』て言うてたからに」

 しゃべっておるあいだに、ダークエルフの男どもが死んだ山賊を埋める。

 スコップ出して穴掘り、奪えるもんは全部剥ぎ取って、穴へ。木灰まいてから、土をかぶせる。

「ルーン隊長! 今回は、かぶとが残りましたで」

「賊ごときが、ぜいたくに金属のかぶとしおって。没収や」

「うん。みんな、ようやった」

 ルーン嬢、強張った笑い浮かべ、御者に訊く。

「・・・積めます?」

「適当に突っ込んでくだされ」と御者。「お強いですな、ルーンさま」

「は・・・はは・・・。ありがとう」

「この子らも、落ち着いておりますに」ルシーナが荷馬を褒めた。「腹の据わった馬やえ」

「おお。わかりますか? お目が高い!

 こやつは、『月見ヶ原』の戦馬の血が混ざっておりましてに。

 そこらの賊なんぞ噛み殺しますのえ。大食らいなのが玉にキズやが。わっはっは」

「頼もしいえ」

 ぶひひん。荷馬がおっさんくさい鳴き声出す。

 ルーンはかぶと脱いで汗拭い、荷物積み込んだのを確認して「では出発!」と号令出した。

 がたごと。ぐらんぐらん。荷馬車隊はふたたび進み始めた。

 開発中の洞窟に、資材と食料を届けるために。

 

◆ 2、洞窟開発 ◆

 

 アシ戦争のあった『丘の街』から、岩山へ。

 荷馬車と共にてくてく歩くこと、1刻(2時間)以上。

 

 無人の岩山にぽっかりと口を開けた、天然の岩窟が見えてきた。

 ルーン嬢、首元の鎖を引っ張って短い葦笛(あしぶえ)を出した。それを、吹く。

 フィー~~~。ふぬけた音がした。

 フィーフィー。フィーフィー。鳥のさえずりが返ってきた。

「よし。行きましょう」

 最後の坂道はやや急であった。荷馬車の3台目が難儀して、イリスとダークエルフの男2人が押す羽目になる。

 登り切ると、岩窟の前の小さな平地に出る。つい最近刈り取られた雑草が、まだそこらに倒れておる。

 岩窟の暗闇から、わらわらとダークエルフが出て来た。

「おお、ルーンちゃん来た」「ルシーナさまがいらっしゃった」「ありがたや」

 荷馬車隊。ルーンとルシーナ。

 汗とほこりにまみれた男どもに、迎えられる。

「お待たせしましたー」とルーン嬢。「マンション建築、どないですか?」

「みな元気ですで」と、洞窟開発部長。「今日は、隊長と月のお姫さん来るいうて、張り切ってますわ」

 わはは。男ども、恥ずかしそうに笑う。

 

 ここは、洞窟マンションの建築現場。

 滅亡した地下都市アルスの生き残りが、新たな住まいを定めようとする現場であった。

 

「隊長、タオルですで」「ルシーナさま、お水どうぞ!」「ここ綺麗ですで。座ってください」

 ルーン嬢とルシーナ、女神が降臨したがごとき扱い。

 しかしルーン嬢、それを押しとどめた。

「ありがとう。休憩は、もうちょい後でもらいます。

 ──入り口警戒! 荷下ろし終わるまで、油断するな」

「了解!」

 ダークエルフの男ども、そしてイリス。返事して三日月の陣形になり、荷馬車を守る。

 ルシーナは、その輪には加わらぬ。ルーン隊長の左後ろで、隊長と反対の方向を警戒する。

 ルーン嬢は陣形を確認し、部長と話を再開した。

「手紙読みました。開発できそうて聞いて、ホッとしましたわ」

「ほんまですわ。ここアカンかったら・・・ねえ」

「そやん・・・。みなさんにかかってます。がんばってください」

 洞窟の男ども、ぐっとあご引いてうなずいた。

「で、隊長。荷下ろし、いつでもOKですで」

「──ほな、お願いします」

「わっかりました。おまえら、やわいもん(柔らかいもの)から仮置き場や! 丁寧にやれよ」

「おいーっす」

 男ども、取りかかる。

 荷馬車から、食料だの水瓶(みずがめ)だの、下ろしてゆく。

 干し肉、獣脂、丸めた毛布や布束、つるはし、シャベル、山賊の戦利品、麦の入った袋、塩の入った壺・・・。

 えっちらおっちら、真っ暗闇の中へと運び込み、岩壁にくり抜かれた『仮置き場』──横穴へ収めるんである。

「お、これ酒や!」「え、マジで」「アルフェ酒や、しかも」「ホンマかいな!」

「あ、それ、丘の街からの差し入れです」

「隊長ホンマですか?」「やったー」「ここでアルフェ酒呑める思わんかったわ!」「ほんまや」「隊長、呑みましょ!」

「あはは、仕事中はアカン」

「こら! 隊長誘惑すんなおまえ。ほんまにー。とっとと運べぃ」

「へーい」

 御者のハイエルフたちは、馬を外し、雨水をもらって呑ませておる。

 ぶふふん。おっさんくさい荷馬も、水呑んで休憩である。

「部長。荷下ろし終わりっすわ」

「よっしゃ! ほな、見張りに立て。護衛隊はお疲れや」

「へいへい」

 ダークエルフの作業員ども、身の丈ぐらいの木の棒持って、荷馬車の周囲に立つ。

「隊長。どうぞ、休んでください」

「ありがとう。──護衛隊、休憩!」

 

「つかれたー!」

 イリス。

 洞窟に入って、座り、青銅のかぶとを脱ぐ。青銅の胸当ての留め紐ほどき、頭から抜く。

 ヨロイの下に着ておるモコモコした服、汗びっしょり。金属のヨロイは重く、通気性も悪いので、どうしてもこうなる。

 ダークエルフの戦士たちもそこらへんに座り、イリスと同じようにヨロイ外し、汗を拭く。

 いっぽう、ルーン嬢はまだ立ったまま。装備も解かぬ。

 首に下げとる葦笛を吹く。

 フィーフィーフィー~~~。

 フィー、フィー、フィー。鳥が答える。

 がさっ。茂みの中から、ハイエルフの女、出現。「はい隊長。お呼びですか」

「お疲れさま。休憩してください」

「了解。休憩します」

 斥候の女ハイエルフが休憩に入る。

 彼女はヨロイなし。革のチョッキのボタンを外し、頭に巻いた布をほどくだけ。

 髪がほどけて耳にかかる。耳、ぱたぱたっと動いて髪をよける。エルフの耳はよく動くので、髪はねのけるぐらいできるんである。

 ルーン隊長、ここでやっと座った。革かぶとを脱ぐ。耳ぱたぱたっとする。

 隊長が座ったのを見て、ルシーナも座った。

「隊長お疲れ。ヨロイはずす?」

「ううん、大丈夫。ルシーナは?」

「私もこのままでえええ」

 2人は革ヨロイ。金属ヨロイより疲労は少ない。むしろ着脱が面倒なので、胸当ては着けたまま休憩。

「さっきはありがとう」とルーン。

「ほん?」と芋団子食うルシーナ。「・・・ああ、さっきの戦闘の」

「そう。どうしても足が止まってまうんよ。また怒られるわ」

 ルーン嬢、剣の鞘に手をやる。

 しゃべる神剣“グレイス”。いまは黙っとるが、この剣、ダメ出し始めるとごっつい厳しいんである。

「そやに、強うなっとかんと、ルーンの身が危ないえ」

「はい・・・」

「アルス再建のためやえ」

「はい・・・」

 ルシーナの激励、どうやら逆効果。ルーン隊長、へこたれ気味であった。

「ルシ姉。団子あまってへん?」食いしん坊がやって来た。

「イリスちゃん、これ食べる?」ルーン嬢が差し出そうとする。

「ありがとー」

「アカン。隊長はちゃんと食べ」ルシーナが止めた。

「えー」

「私のあげるに、こっち食べ」

「ありがとー」

 イリス、団子取ってフラフラと出てゆく。

「・・・この洞窟を、調べに来ておったのやに」ルシーナ、話題変える。「あの、アシ戦争の日」

「うん。そうよ。ほんで、帰りにアシに襲われてん。ルシーナたちが、きしにぃさまと来てくれたときね」

「飛んできて良かったえ」

「ほんまよ。始める前から死ぬとこやったわ」

 

 2人は洞窟の高い崖を見上げた。

 あたかも合掌する手のごとき、細々と高く伸びた空間である。

 天井は、ぴったり合わせた指先のように凸凹しておる。

 左右の壁は、手のひらのようになめらかな崖面であった。

 この壁面に横穴を掘って、集合住居──洞窟マンションにするわけである。

 

「7階建てぐらい、取れるかに?」

「そのぐらい発展したらええねえ・・・」

「難しそう?」

「掘ってみたら水が出たり、やわかったりっちゅうこともあるからね。

 でも、期待はできるんちゃうかな。・・・やっと、第一歩やわ」

 ルーン嬢、少し元気になる。

 それを見て、ルシーナもほほえんだ。

 

◆ 3、神竜のうわさ ◆

 

 イリス。芋団子食いながら歩く。

 ダークエルフども、だーれもイリスに声かけてくれぬ。

 人なつっこいイリス、ちょっとショックである。

 話し相手求めて、外へ。

 外では、ハイエルフの御者どもが、帰りの荷を選んでおった。

「お、これは水晶。積みで」「これはいらぬえ」「この粘土・・・積みで」「石灰岩か・・・保留ですに」

 などと言うて荷を選び、値段交渉して、買う。

 彼らはただの御者ではなかった。行商人だったんである。

 これなら話し相手になってくれるかも? と、イリス。フラフラ近付く。

 そんなときであった。

 

 ごごごごご・・・

 

 また、地鳴りが響いてきたのは。

 ダークエルフどもは一斉に口を閉ざし、身構える。

 女斥候は洞窟の天井をジロッと見、黙々と団子を噛む。

 ハイエルフの御者3人は、しゃべり出した。

「地震かに?」「最近多いですに・・・」

「これは竜震ですえ。西方で、だいぶ被害が出ておる由」

「りゅうしん?」イリス、話に加わる。

「そうですえ。お嬢さん。

 竜震とは、名の通り、竜が震動を引き起こすものを言いまする」

「これ竜が揺らしておるん?」

「いかにも。

 西方に巨大な竜あり。その名も『神竜(じんりゅう)』と称す。

 その図体、山脈のごとし。鎌首もたげれば、入道雲のごとし。かかる巨竜ですえ」

「そんなでかいん? 見たことないけど」

「神竜はたいへんなまけものの竜でして、いったん眠ると千年は起きぬのです。

 ここ千年は、ずーっと西方で寝ておりますゆえ、この地方で見ることはありませなんだ」

「ずっと寝ておるのに、地震起こすん?」

「神竜、とてつもなくでっかいゆえ、寝返りひとつで大地震となるのですえ」

「迷惑な竜やね・・・」

「ほんまにな」

 荷の売買メモしとる洞窟開発部長、ぼそっと一言。恨み、こもっておる。

 ハイエルフの御者2人は、『竜震』説に反論をする。

「地震は、地震の王が起こすものですえ」「したり。西方の者ども、地震の王と混同しておるにちがいなし」

「いえいえ、お二人さん。

 この私、西方にて、この目でしかと見ましたのえ。

 地平線まで伸びたる巨大竜が、身じろぎ、地震起こる、まさにそのさまをですえ」

「なんと」「奇想天外なり」

「誰か退治せえへんの?」

「はい。いまお話に出ました、地震の王が、むかーし、神竜をやっつけたとか」

「やっつけたん?」

「そうですえ。

 なんでも、地震の王ご自慢の宮殿を、神竜がうっかり蹴り飛ばし、粉々にしてしもうた。

 怒った地震の王、ハンマーで神竜の頭をぶっ叩いた。

 神竜、死んだ。ところが、蘇ってきたのです」

「よみがえった? どうやって?」

「『天』のルーンによってです」

「てんのルーン?」

「この世の天頂に立つ、というはたらきのルーンですえ。

 自分が知っておるものならば、どんなものでも上回ることができるといいます」

「それで、なんで蘇れるん」

「神竜は死にました。死というものを、知ったわけですえ。

 知ったからには、『天』のルーンによって上回ることができる。

 神竜は、死の上に立った。もう二度と、死ぬことはない!」

「ええ・・・?」

「──と、西方では伝えられておりまする」

「恐ろしいに。そな化け物、こっち来たら、どないしたらええん?」

「どないしようもありませぬ」ハイエルフは笑った。「こっち来んなと、祈るよりほか、なし」

 

「ほな、そろそろ帰り支度しましょうか!」

 ルーン嬢が出て来た。

「護衛隊、整列! 斥候、お願いします」

「了解」「は! 斥候、出発します」

 ルシーナも出て来た。荷馬に「がんばり」と声をかける。

 ぶひひん。荷馬、おっさんくさい鳴き声を上げた。

 

◆ 4、ルーンとルシーナ ◆

 

 夕方。

 丘の街にたどり着いた荷馬車隊、解散。

 ルーン嬢、御者たち、護衛隊員たちに、今日のぶんの契約金を払う。

 御者たちはニコニコして荷馬車引いて去った。このあと帰りの荷物もさばけるのだから、ご機嫌である。

 丘の街は、活気があった。アシ戦争に勝利して以来、景気がよいのだ。

 だが・・・。

 帰宅するダークエルフの護衛隊員たちの寝床は、いまだに、避難民テントであった。

 ルーンはため息をつく。ルシーナがその肩をぽんと叩いた。

 ルーン嬢、ルシーナ、イリス、同じ宿にもどる。

「よ、隊長! お帰りなさい」と宿の主人。「お食事もできてますが、先にお湯にしますか?」

「はい。お願いします」

 ルーン嬢が銅貨を主人に渡して、薪を受け取る。

 イリスが薪を受け取ろうとすると、ルーン嬢の剣がしゃべった。「薪はルーンが持ちなえ」

「はい・・・」

「そなた今日は歩いただけえ。修行が足らぬ。後で少し素振り──」

「わかったて」

 ルーン嬢、不機嫌になりつつも、言われた通りに薪を持って、宿の奥へ。

「・・・グレ姉は厳しいに」イリスが肩をすくめた。

「ルーンには強くなってもらわねば困る」とルシーナ。「・・・けど、かわいそうな気もするに」

「私、エール(麦酒)おごったろ」

 

 1階奥、4人部屋へ。

「お帰り! お疲れさま」

 白い絹ぐもの服を優雅に着こなしたハルモニアーが、ドアを開け、3人を迎え入れた。

 部屋の中央に、真っ黒な鋳鉄のストーブがある。すでに火が起こしてある。ハルモニアーの気配りであった。

 イリスが、両手に桶持って入って来た。井戸水である。ハルモニアーがストーブの上に大鍋を置く。イリス、そこへ水を注ぐ。

 ルシーナがたらいを引っ張りだしてくる。

 3人、順番に服脱いでたらいに入り、温めた井戸水で肌を洗い、ハルモニアーが出してくれたシーツにくるまった。

 ルーン嬢、ばたりとベットに倒れた。シーツはだけ、つやつやの肌が見える。

「こりゃ!」剣のグレイスが怒る。「私の手入れをせよ。食事をせよ」

「もう無理・・・」

「無理でもやれ。寝ながらでよいから、仕事だけはせよ」

「グレイスきらい・・・」

「嫌いでもよい。仕事だけはせよ」

「くそう・・・」

 だんだん口悪くなりながら、ふらふらと起きたルーン嬢。

 グレイスを鞘から抜いて、うつらうつらしながら、オレンジ色の刃を布で拭きはじめる。

 いつ手切ってもおかしくない寝ぼけっぷり。ルシーナとハルモニアー、はらはらしながら見守る。

「ふー、さっぱりしたー!」マイペースなイリス。かっちりした服を着、「食事取ってくるー」と出てゆく。

「あ、私も行く」ハルモニアーが一緒に出てった。

「あ・・・」ルシーナ出遅れる。

 ルーン嬢、半ば居眠り状態で、剣をストーブにかざして乾燥させ、高価な鉱物油を塗り、化粧で使うような白い粉をはたく。

 今日着けておった鞘を分解。留め金外し、ぱかっと割り、内部洗浄。壁に立てかけて乾かす。予備の鞘を取って留め金をカパッとはめ、グレイスを納める。パジャマの上から、あらためて腰に装備した。

「よし」グレイス、満足げである。「お疲れさま。食べてよし」

「もう・・・いらん・・・」

「ならぬ。食事は飛ばしたぶんだけ弱ぁなる。食え」

「いらん・・・私は、弱くてええの・・・人斬るの、いやや・・・」

 ルーン嬢、ベットに倒れた。鞘を上にして、左手で柄押さえて。すっかり剣士らしくなっておる。

「強うなったら、人斬らんで済むえ」とルシーナ。

「うそいらんねん・・・」

「うそちゃうえ。女王になれば、自分では斬らんで済むに」

「ルシーナのあほ。そんなん、ならへんもん・・・」

「すでになっておる。洞窟の女王」ルシーナは強引である。「ゆくゆくは、新アルスの女王になる予定」

「はあ・・・?」

 ルーン嬢、起き上がった。美しい顔に髪がかかり、非常にぼけーっとした感じになっておる。

「なに勝手に・・・予定とか言うて・・・」

 こんこん。ノックの音。「ごはんですよー」ハルモニアーの声。

 ルシーナがドア開けた。両手で鍋持ったハルモニアーが入ってきた。

 ストーブに置く。フタを取る。肉と野菜の香りが広がった。

「ふわあ・・・」ルーン嬢の顔がとろける。

「疲れとるでしょう言うて、シチューにしてくれたのえ」

 ハルモニアー、おたまで鍋をかき混ぜ、じつにええ感じの音と香りを立てる。

 食事はいらんとぐずっておったルーン嬢がぱっちり目を覚ますほど。ナイス演出である。

 つづいて、イリスがジョッキとでっかいパンの乗ったお盆持って入ってきた。

 固い丸い黒いパン、ハルモニアーが切る。イリスに、でっかいかたまりをポンと渡す。残りは薄くスライス。

 ハルモニアー、シチューをよそって、テーブルをセット。

 食事開始である!

「いただきまーす!」

「いただきまーす。・・・今日は、どうやった?」

「私、3人ぶっ飛ばしたえ。バリバリ」

 イリス。固いパン、バリバリかじりながら言う。

 ルシーナはスライスしたパンをシチューに沈めながら、こう答えた。

「山賊が出たのえ。被害はなし。斥候のひとが優秀であったゆえ」

「フォームラー隊長が紹介してくれた人やったかに?」

「そえ」

「バリバリ。・・・鳥の真似して、ぴーちくちく! いうたら『危ない』って決めたん。それで、不意討ち防げた」

「山賊増えておるとは聞いたけど、貧しい人間が多いのかに?」

 ルーン嬢の手が止まった。

「ちゃうえ。ただの悪人やった。バリバリ」

「イリスの言うとおりえ。食い詰めた感じもなし。人を傷つけるのにためらいもなし。あれは、悪人」

「山賊より、神竜のほうが恐いえ。バリバリ」

「は? なんの話え」とルシーナ。

 イリス、行商人に聞いた神竜のうわさを、めっちゃおおげさにした。

「こわ。・・・それ、おおげさにしておるに?」

「してへん。バリバリ」

「してる」とハルモニアー。「お姉ちゃん、本で知ってるえ。──けど、どうしようもないのは、ほんまらしいに」

「うむ。あれは・・・」剣のグレイスがぼやいた。「『天』のルーンは、おえん。理不尽え」

「こっち来たらどないしよう? バリバリ」

「そやに・・・神にでも祈るか。

 そなたらの父たる鬼神さま、母なる月の女神さまに、知恵を求めてはどうかに?」

「そうする。バリバリ」イリスうなずく。首ひねる。「父上にそんな知恵あるかな」

「ふわー・・・ふ」

 ルーン嬢あくびをし、斜めになる。

 ルシーナ、その肩を押し戻してまっすぐにしてやり、話をもどす。

「山賊の件は、斥候が報告しておると思うえ。どうせあの女、諜報も兼ねておるやろし」

「またルシ姉はそういうこと言う」

「当然の推測え」

「丘の街とは・・・けんかしとうない・・・」とルーン嬢。

「うむ。けんかはせぬ。

 そやに、頼り切っては、頭を押さえられる。

 ゆえに私は、巨人の国と連絡を取るべきと考えておる」

「巨人の国? 湖の神殿やないに?」

「湖のほうは私が出しゃばるまでもない──し、食料や資材は期待できぬ。

 巨人の国は、私らしかコネがない」

「ルン姉がおねだりしたら、きしにぃデレデレになるえ。バリバリ」

「ごほっ」ルーン嬢がむせた。

「まあそうやが」ルシーナ笑う。「きしにぃは、この交渉には使えぬ」

「なんで?」

「なんでと言うて、父上が家出男やからやえ」

「ぶ」今度はハルモニアーが吹いた。「ひどい」

「事実え。私らはなんとも思うておらぬが、巨人は面子を潰されておる」

 ルシーナ、エールに手を伸ばす。

 焦げ茶色した、甘くて苦い、麦の酒である。

 イリスも、ルーン嬢に「隊長おつかれ。私のおごり」とエールを差し出す。ルーン嬢よろこぶ。

「ほな、誰に頼むん? ごくごく」とイリス。

「ゴクリ、ゴクリ。・・・妙雅」

「なるほどに。妙雅なら、負い目ないものに」

「うむ。次に会うとき、頭下げて、頼んでみる。

 ルーンの顔見せは、すでに済ませてあるし」

「ルシ姉、やる気や。ごくごく」

「やる気やえ。ゴクリ、ゴクリ」

「・・・そこまで考えとったん?」とルーン嬢。「このまえ・・・ボナス閣下と、一緒に行ったとき」

「うむ。なんとなくやが、絵は描いておった」

「うええ・・・」

「頼もしい参謀やに」とグレイス。「叔母上に似ておる。末は大臣かに?」

「私は、魔術の博士になりたいのですえ。グレイスの姉者」

 ルシーナは目を輝かせて答えた。

「母上のわざ、ダークエルフの魔術に、ハイエルフのルーン魔術。

 これらを修め、新たな流派を立ち上げる。それが私の夢ですえ。

 そのためには、ある程度の地位が必要。

 ルーンには、私の女王になってもらう」

「あっぱれ。邁進(まいしん)すべし」

「邁進しますえ」

「なんで私なん・・・」ルーン嬢が文句言う。「イリスが女王なったらええねん」

「ふぇ?」

「イリス強いもん。イリス女王になり? 私、手伝うから・・・」

「この子はアカンえ」とハルモニアー。

「なんで・・・?」

「イリスは、上にあげたら、落っこちる」

 みんな笑う。

 ルーン嬢、イリスにおごってもろうたエールを呑み、ばたんきゅー。

 食事はお開きとなり、三姉妹もベットに入るのであった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。