◆ 1、ルーン隊長、荷物をはこぶ ◆
ごごごごご・・・
地鳴りがした。
ダークエルフども、手を止め、口を閉ざし、身構える。
かすかな揺れが、音の後から伝わってきた。
ごご・・・ご・・・・・・。
地鳴りは鎮まった。
ダークエルフども、ふたたび手を動かす。
石の柱を積み上げて、柱と柱を梁でつなぐ。
壁を削り、漆喰(しっくい)でなめらかに整える。
破片を拾い、砂をはらい、細かいほこりは水で流す。
「部長。通路の壁塗り、もうすぐ手ぇ空きますで。あとは乾燥待ちや」
1人の男が、洞窟の闇から出てきた。服に漆喰がついておる。
羊皮紙になんかメモしとったおっさん、顔を上げる。
2人とも、茶色の肌したダークエルフである。明かりのない洞窟を、難なく歩き回る。
「そうか。お疲れさん!
ほな、仮置き場の掃除手伝うたって。今日荷物来るのに、まだやっとんねや」
「わっかりました。ちょっと、お茶してからでよろしい?」
「もちろん。芋団子そこにあるから。1人1つずつな」
「はーい。ひー、ふー、みー・・・」
芋団子を取る男。ハンカチに団子包みつつ、無駄話をする。
「・・・うちの若いの、えらい張り切っとるんですわ。てきぱき仕事しよんねん」
「下心見え見えやないか」おっさん笑う。「隊長来るから、ええとこ見せよういうねやろ」
「そうですわ。ルーンお嬢さんが毎日来てくれたら・・・あ、ルシーナさまでも、もちろん」
「ぜいたくやのう。わっはっは」
噂されとる2人。
ダークエルフのルーン嬢と、鬼と月の娘ルシーナ。
荷馬車隊を率いて、森の中を歩いておった。
森の小道。ゆるい上り坂。土むき出しの、荒れ放題。雨で削れて、みぞだらけ。
ごろん。
ルシーナが、大きな石をひとつ、茂みの中へ蹴り転がした。
「歩きづらいに・・・」
「うん。こっから先は、ずーっと岩場なんよ」
「荷馬車、大丈夫かに?」
「もってほしいわあ」ルーン嬢が荷馬車を振り向く。「馬も車もね」
馬1頭で引く小さな荷馬車が、3台。
ぐらんぐらん揺れ、積荷、がたんごとん鳴り続けておる。
荷馬車隊のメンバーは──
先頭、ルーン嬢。
武器は神剣“グレイス”。左手に盾。茶色の革かぶと、胸当て。フードつきマント。
マントには、絹ぐもの糸で銀色の三日月が描かれておる。これは、彼女が隊長という目印であった。
次列、ルシーナ。
武器は木の杖と盾。ヨロイはルーン嬢と同じ。マントは無地で、隊長より地味。
木の杖は武器というより、歩くのにラクだから使っとるだけに見える。
3列目、ダークエルフの青年2人。
武器は小剣と盾。ヨロイはハイエルフの青銅製。かぶとも胸当ても黄金色である。
4~6列目、荷馬車3台。
1頭引きの小さな荷馬車で、ハイエルフの男が御者をしておる。道が狭いため、1台でもギリギリである。
7列目、ダークエルフの男3人。
装備は前衛のダークエルフと同じ。この3人は外人兵経験者である。なので、隊長から遠い後衛を任されておる。
8列目。赤い肌した背の高い娘が1人。種族はなんだかわからん。
装備は同じ。青銅の胸当てが、ちょっと窮屈そうである。
──という具合であった。
「隊長ー、隊列伸びておるえー」赤い肌した娘が声を上げた。
「了解!」ルーン嬢が叫び返し、ちょっと歩調をゆるめる。「イリスはー、大丈夫ぅー? 頭ぁー」
赤い肌した娘。
イリスであった。
鬼と月の三女。ルシーナの妹。
アシ戦争で、ガンメタ鬼神台から落っこちて気絶した、あのイリスである。
「あほちゃうでー」とイリス。
「ちゃうわ! 落っこちた怪我は大丈夫ー? 言うてんねん」
「ああー! そんなん、もう、忘れとったー」
どうやら平気のようであった。
「・・・ふざけておる」木の杖つきながら、ルシーナ。
「ええよ」とルーン嬢。「イリスちゃん、いざとなったら強いしね」
「たまーに抜けたことするのが恐いのえ」
「お姉ちゃんやねえ」
「うんにゃ。放っておるえ」
がたごと。がたごと。
「・・・道も整備したいに」とルシーナ。
「洞窟が一段落したらね」
「外交もせなアカンに」
「洞窟が一段落したらね」
「洞窟次第やに」
「そやで」ルーン嬢は笑った。「ダークエルフはねえ、なにごとも洞窟次第なんよ」
フィーチクチク! フィーチクチク! 鳥の声がした。
「・・・。」
会話が止まる。
盾と小剣で武装したダークエルフども、黙ーって歩く。
ぶん、ぶん、ぶおん! 突然、石が飛んできた。
ルーン嬢、ルシーナ、ダークエルフ2人、急いで盾かざす。
がこん、ぼすっ、どさどさ。
石1、ルシーナの盾に当たる。ノーダメ。
石2、ルーン嬢のお腹をかすめるが、革ヨロイもあってノーダメ。
石3・4、草むらに飛び込む。ハズレ。ノーダメ。
続いて!
ヒューマンの男が、道の前後に飛び出してきた!
荷馬車の前方に、5人! 後方に、5人!
「ぶっ殺すぞおおお! 荷物、置いてけえ!」
──山賊の襲撃であった!
「戦闘準備!」ルーン嬢、剣を抜く。
「おう!」ダークエルフども、小剣を抜く。
ルシーナは杖でドンと地面を撃って、叫んだ。
「我ら、月の加護ある、アルスの民!
手出しするなら、生命はないえ!」
「黙れエルフ!」「金置いてけ!」「荷物置いてけえ!」「女! おまえは残れ!」
山賊ども。全員、ヒューマンの男。
背が高く、肉付きもよい。
だが装備は貧弱である。武器は竹槍と棍棒。ヨロイなんぞ着ておらず、麻のシャツにフンドシ一丁である。
正面の1人だけが、金属の穂先した槍を持ち、盾かまえ、青銅のかぶと、革の胸当てをしておる。
そいつが、怒鳴る!
「金出せえええ! エルフどもぉ!」
坂道駆け下り、ルーン嬢に突っ込んで来よる!
「グレーーーイス!」
ルーン嬢、剣の名を叫んで、迎え撃つ!
神剣“グレイス”、無言のまま、黄金に輝く。
黄金の剣かざすダークエルフの乙女。その姿が、ゆらっ・・・と、ブレた。
山賊、「え?」と一瞬迷い、ルーン嬢の姿を追いかけて、槍で突く。
ぱっ。
ルーン嬢の姿、散り散りになって消える。手応え、まったくなし。
「は???」
その一瞬が命取り。
ずんばらり。山賊、ぶった斬られ、死亡。
「え・・・」残りの山賊ども、ひるむ。
「見たか! 月神の加護、ここにあり!
次は! おまえが! こうなる番やえ!」
ルシーナ。
ビシッと山賊を指差して、怒鳴った!
山賊おびえる。足止まる。そこへダークエルフの若者2人が駆け上った。
「隊長に手ェ出しよってワレェ!」「アルス! アルス!」
「・・・ま、魔法剣士だあ!」「勝てねえええ」
山賊どもは、にげだした!
前方クリアである!
後方は?
「おらあああ! 金出s──ぐえ」「てめっこのっデカ女っぐえ」「なっ、こいつ強ぐえ」
最後尾を守るイリス!
正面に金的キック! 右の脳天に剣の柄でハンマーパンチ! 左に盾で裏拳ビンタ!
一瞬で3人ノックアウトである!
さらに残る2人に向かって、「わあ!!!!!」
声はちょっと可愛いが、その音量! 鼓膜やぶれるほどうるさい!
山賊2人、よろけ、足もつれる。
そこにダークエルフ戦士、駆け下りて、盾ごと体当たり!
ブッ倒れる山賊!
殴る蹴るダークエルフ戦士! ぼこぼこにする!
「山姥だあ!」「勝てねえ」
山賊どもは、にげだした!
「やまんばちゃうもん」
イリス、ふくれつつ、自分が倒した3人の武器を蹴り飛ばす。
3人の山賊、やがて息を吹き返すが、武器なく、イリスとダークエルフ戦士に囲まれておる。
「ゆ、ゆるして・・・」「ごめんなさい」「いたい、いたい」泣きながら逃げてった。
後方もクリアである!
・・・だが、ルーン隊長率いる戦士ども、気はゆるめない。
円陣となって荷馬車を守り、盾かざし、四方八方を睨み付ける。
やがて。
フィーフィー。フィーフィー。鳥がさえずる。
護衛隊、それを聞いて、武器を下ろした。
がさっ。
ハイエルフの女。茂みの中から、出現。
「ルーン隊長。敵、逃げました」
「了解。はあ、はあ。上出来」ルーン嬢、息切れしておる。「引き続き、お願いします」
「了解。引き続き、斥候します」
がさがさ・・・かさ・・・。
ハイエルフの女、茂みに消える。
「ええ斥候やに」とルシーナ。
「うん。はあ、はあ」ルーン嬢はまだ息切れしておる。「さすが、隊長の推薦だけあるわ」
「フォームラー隊長、『私より軍歴長いですえ』て言うてたからに」
しゃべっておるあいだに、ダークエルフの男どもが死んだ山賊を埋める。
スコップ出して穴掘り、奪えるもんは全部剥ぎ取って、穴へ。木灰まいてから、土をかぶせる。
「ルーン隊長! 今回は、かぶとが残りましたで」
「賊ごときが、ぜいたくに金属のかぶとしおって。没収や」
「うん。みんな、ようやった」
ルーン嬢、強張った笑い浮かべ、御者に訊く。
「・・・積めます?」
「適当に突っ込んでくだされ」と御者。「お強いですな、ルーンさま」
「は・・・はは・・・。ありがとう」
「この子らも、落ち着いておりますに」ルシーナが荷馬を褒めた。「腹の据わった馬やえ」
「おお。わかりますか? お目が高い!
こやつは、『月見ヶ原』の戦馬の血が混ざっておりましてに。
そこらの賊なんぞ噛み殺しますのえ。大食らいなのが玉にキズやが。わっはっは」
「頼もしいえ」
ぶひひん。荷馬がおっさんくさい鳴き声出す。
ルーンはかぶと脱いで汗拭い、荷物積み込んだのを確認して「では出発!」と号令出した。
がたごと。ぐらんぐらん。荷馬車隊はふたたび進み始めた。
開発中の洞窟に、資材と食料を届けるために。
◆ 2、洞窟開発 ◆
アシ戦争のあった『丘の街』から、岩山へ。
荷馬車と共にてくてく歩くこと、1刻(2時間)以上。
無人の岩山にぽっかりと口を開けた、天然の岩窟が見えてきた。
ルーン嬢、首元の鎖を引っ張って短い葦笛(あしぶえ)を出した。それを、吹く。
フィー~~~。ふぬけた音がした。
フィーフィー。フィーフィー。鳥のさえずりが返ってきた。
「よし。行きましょう」
最後の坂道はやや急であった。荷馬車の3台目が難儀して、イリスとダークエルフの男2人が押す羽目になる。
登り切ると、岩窟の前の小さな平地に出る。つい最近刈り取られた雑草が、まだそこらに倒れておる。
岩窟の暗闇から、わらわらとダークエルフが出て来た。
「おお、ルーンちゃん来た」「ルシーナさまがいらっしゃった」「ありがたや」
荷馬車隊。ルーンとルシーナ。
汗とほこりにまみれた男どもに、迎えられる。
「お待たせしましたー」とルーン嬢。「マンション建築、どないですか?」
「みな元気ですで」と、洞窟開発部長。「今日は、隊長と月のお姫さん来るいうて、張り切ってますわ」
わはは。男ども、恥ずかしそうに笑う。
ここは、洞窟マンションの建築現場。
滅亡した地下都市アルスの生き残りが、新たな住まいを定めようとする現場であった。
「隊長、タオルですで」「ルシーナさま、お水どうぞ!」「ここ綺麗ですで。座ってください」
ルーン嬢とルシーナ、女神が降臨したがごとき扱い。
しかしルーン嬢、それを押しとどめた。
「ありがとう。休憩は、もうちょい後でもらいます。
──入り口警戒! 荷下ろし終わるまで、油断するな」
「了解!」
ダークエルフの男ども、そしてイリス。返事して三日月の陣形になり、荷馬車を守る。
ルシーナは、その輪には加わらぬ。ルーン隊長の左後ろで、隊長と反対の方向を警戒する。
ルーン嬢は陣形を確認し、部長と話を再開した。
「手紙読みました。開発できそうて聞いて、ホッとしましたわ」
「ほんまですわ。ここアカンかったら・・・ねえ」
「そやん・・・。みなさんにかかってます。がんばってください」
洞窟の男ども、ぐっとあご引いてうなずいた。
「で、隊長。荷下ろし、いつでもOKですで」
「──ほな、お願いします」
「わっかりました。おまえら、やわいもん(柔らかいもの)から仮置き場や! 丁寧にやれよ」
「おいーっす」
男ども、取りかかる。
荷馬車から、食料だの水瓶(みずがめ)だの、下ろしてゆく。
干し肉、獣脂、丸めた毛布や布束、つるはし、シャベル、山賊の戦利品、麦の入った袋、塩の入った壺・・・。
えっちらおっちら、真っ暗闇の中へと運び込み、岩壁にくり抜かれた『仮置き場』──横穴へ収めるんである。
「お、これ酒や!」「え、マジで」「アルフェ酒や、しかも」「ホンマかいな!」
「あ、それ、丘の街からの差し入れです」
「隊長ホンマですか?」「やったー」「ここでアルフェ酒呑める思わんかったわ!」「ほんまや」「隊長、呑みましょ!」
「あはは、仕事中はアカン」
「こら! 隊長誘惑すんなおまえ。ほんまにー。とっとと運べぃ」
「へーい」
御者のハイエルフたちは、馬を外し、雨水をもらって呑ませておる。
ぶふふん。おっさんくさい荷馬も、水呑んで休憩である。
「部長。荷下ろし終わりっすわ」
「よっしゃ! ほな、見張りに立て。護衛隊はお疲れや」
「へいへい」
ダークエルフの作業員ども、身の丈ぐらいの木の棒持って、荷馬車の周囲に立つ。
「隊長。どうぞ、休んでください」
「ありがとう。──護衛隊、休憩!」
「つかれたー!」
イリス。
洞窟に入って、座り、青銅のかぶとを脱ぐ。青銅の胸当ての留め紐ほどき、頭から抜く。
ヨロイの下に着ておるモコモコした服、汗びっしょり。金属のヨロイは重く、通気性も悪いので、どうしてもこうなる。
ダークエルフの戦士たちもそこらへんに座り、イリスと同じようにヨロイ外し、汗を拭く。
いっぽう、ルーン嬢はまだ立ったまま。装備も解かぬ。
首に下げとる葦笛を吹く。
フィーフィーフィー~~~。
フィー、フィー、フィー。鳥が答える。
がさっ。茂みの中から、ハイエルフの女、出現。「はい隊長。お呼びですか」
「お疲れさま。休憩してください」
「了解。休憩します」
斥候の女ハイエルフが休憩に入る。
彼女はヨロイなし。革のチョッキのボタンを外し、頭に巻いた布をほどくだけ。
髪がほどけて耳にかかる。耳、ぱたぱたっと動いて髪をよける。エルフの耳はよく動くので、髪はねのけるぐらいできるんである。
ルーン隊長、ここでやっと座った。革かぶとを脱ぐ。耳ぱたぱたっとする。
隊長が座ったのを見て、ルシーナも座った。
「隊長お疲れ。ヨロイはずす?」
「ううん、大丈夫。ルシーナは?」
「私もこのままでえええ」
2人は革ヨロイ。金属ヨロイより疲労は少ない。むしろ着脱が面倒なので、胸当ては着けたまま休憩。
「さっきはありがとう」とルーン。
「ほん?」と芋団子食うルシーナ。「・・・ああ、さっきの戦闘の」
「そう。どうしても足が止まってまうんよ。また怒られるわ」
ルーン嬢、剣の鞘に手をやる。
しゃべる神剣“グレイス”。いまは黙っとるが、この剣、ダメ出し始めるとごっつい厳しいんである。
「そやに、強うなっとかんと、ルーンの身が危ないえ」
「はい・・・」
「アルス再建のためやえ」
「はい・・・」
ルシーナの激励、どうやら逆効果。ルーン隊長、へこたれ気味であった。
「ルシ姉。団子あまってへん?」食いしん坊がやって来た。
「イリスちゃん、これ食べる?」ルーン嬢が差し出そうとする。
「ありがとー」
「アカン。隊長はちゃんと食べ」ルシーナが止めた。
「えー」
「私のあげるに、こっち食べ」
「ありがとー」
イリス、団子取ってフラフラと出てゆく。
「・・・この洞窟を、調べに来ておったのやに」ルシーナ、話題変える。「あの、アシ戦争の日」
「うん。そうよ。ほんで、帰りにアシに襲われてん。ルシーナたちが、きしにぃさまと来てくれたときね」
「飛んできて良かったえ」
「ほんまよ。始める前から死ぬとこやったわ」
2人は洞窟の高い崖を見上げた。
あたかも合掌する手のごとき、細々と高く伸びた空間である。
天井は、ぴったり合わせた指先のように凸凹しておる。
左右の壁は、手のひらのようになめらかな崖面であった。
この壁面に横穴を掘って、集合住居──洞窟マンションにするわけである。
「7階建てぐらい、取れるかに?」
「そのぐらい発展したらええねえ・・・」
「難しそう?」
「掘ってみたら水が出たり、やわかったりっちゅうこともあるからね。
でも、期待はできるんちゃうかな。・・・やっと、第一歩やわ」
ルーン嬢、少し元気になる。
それを見て、ルシーナもほほえんだ。
◆ 3、神竜のうわさ ◆
イリス。芋団子食いながら歩く。
ダークエルフども、だーれもイリスに声かけてくれぬ。
人なつっこいイリス、ちょっとショックである。
話し相手求めて、外へ。
外では、ハイエルフの御者どもが、帰りの荷を選んでおった。
「お、これは水晶。積みで」「これはいらぬえ」「この粘土・・・積みで」「石灰岩か・・・保留ですに」
などと言うて荷を選び、値段交渉して、買う。
彼らはただの御者ではなかった。行商人だったんである。
これなら話し相手になってくれるかも? と、イリス。フラフラ近付く。
そんなときであった。
ごごごごご・・・
また、地鳴りが響いてきたのは。
ダークエルフどもは一斉に口を閉ざし、身構える。
女斥候は洞窟の天井をジロッと見、黙々と団子を噛む。
ハイエルフの御者3人は、しゃべり出した。
「地震かに?」「最近多いですに・・・」
「これは竜震ですえ。西方で、だいぶ被害が出ておる由」
「りゅうしん?」イリス、話に加わる。
「そうですえ。お嬢さん。
竜震とは、名の通り、竜が震動を引き起こすものを言いまする」
「これ竜が揺らしておるん?」
「いかにも。
西方に巨大な竜あり。その名も『神竜(じんりゅう)』と称す。
その図体、山脈のごとし。鎌首もたげれば、入道雲のごとし。かかる巨竜ですえ」
「そんなでかいん? 見たことないけど」
「神竜はたいへんなまけものの竜でして、いったん眠ると千年は起きぬのです。
ここ千年は、ずーっと西方で寝ておりますゆえ、この地方で見ることはありませなんだ」
「ずっと寝ておるのに、地震起こすん?」
「神竜、とてつもなくでっかいゆえ、寝返りひとつで大地震となるのですえ」
「迷惑な竜やね・・・」
「ほんまにな」
荷の売買メモしとる洞窟開発部長、ぼそっと一言。恨み、こもっておる。
ハイエルフの御者2人は、『竜震』説に反論をする。
「地震は、地震の王が起こすものですえ」「したり。西方の者ども、地震の王と混同しておるにちがいなし」
「いえいえ、お二人さん。
この私、西方にて、この目でしかと見ましたのえ。
地平線まで伸びたる巨大竜が、身じろぎ、地震起こる、まさにそのさまをですえ」
「なんと」「奇想天外なり」
「誰か退治せえへんの?」
「はい。いまお話に出ました、地震の王が、むかーし、神竜をやっつけたとか」
「やっつけたん?」
「そうですえ。
なんでも、地震の王ご自慢の宮殿を、神竜がうっかり蹴り飛ばし、粉々にしてしもうた。
怒った地震の王、ハンマーで神竜の頭をぶっ叩いた。
神竜、死んだ。ところが、蘇ってきたのです」
「よみがえった? どうやって?」
「『天』のルーンによってです」
「てんのルーン?」
「この世の天頂に立つ、というはたらきのルーンですえ。
自分が知っておるものならば、どんなものでも上回ることができるといいます」
「それで、なんで蘇れるん」
「神竜は死にました。死というものを、知ったわけですえ。
知ったからには、『天』のルーンによって上回ることができる。
神竜は、死の上に立った。もう二度と、死ぬことはない!」
「ええ・・・?」
「──と、西方では伝えられておりまする」
「恐ろしいに。そな化け物、こっち来たら、どないしたらええん?」
「どないしようもありませぬ」ハイエルフは笑った。「こっち来んなと、祈るよりほか、なし」
「ほな、そろそろ帰り支度しましょうか!」
ルーン嬢が出て来た。
「護衛隊、整列! 斥候、お願いします」
「了解」「は! 斥候、出発します」
ルシーナも出て来た。荷馬に「がんばり」と声をかける。
ぶひひん。荷馬、おっさんくさい鳴き声を上げた。
◆ 4、ルーンとルシーナ ◆
夕方。
丘の街にたどり着いた荷馬車隊、解散。
ルーン嬢、御者たち、護衛隊員たちに、今日のぶんの契約金を払う。
御者たちはニコニコして荷馬車引いて去った。このあと帰りの荷物もさばけるのだから、ご機嫌である。
丘の街は、活気があった。アシ戦争に勝利して以来、景気がよいのだ。
だが・・・。
帰宅するダークエルフの護衛隊員たちの寝床は、いまだに、避難民テントであった。
ルーンはため息をつく。ルシーナがその肩をぽんと叩いた。
ルーン嬢、ルシーナ、イリス、同じ宿にもどる。
「よ、隊長! お帰りなさい」と宿の主人。「お食事もできてますが、先にお湯にしますか?」
「はい。お願いします」
ルーン嬢が銅貨を主人に渡して、薪を受け取る。
イリスが薪を受け取ろうとすると、ルーン嬢の剣がしゃべった。「薪はルーンが持ちなえ」
「はい・・・」
「そなた今日は歩いただけえ。修行が足らぬ。後で少し素振り──」
「わかったて」
ルーン嬢、不機嫌になりつつも、言われた通りに薪を持って、宿の奥へ。
「・・・グレ姉は厳しいに」イリスが肩をすくめた。
「ルーンには強くなってもらわねば困る」とルシーナ。「・・・けど、かわいそうな気もするに」
「私、エール(麦酒)おごったろ」
1階奥、4人部屋へ。
「お帰り! お疲れさま」
白い絹ぐもの服を優雅に着こなしたハルモニアーが、ドアを開け、3人を迎え入れた。
部屋の中央に、真っ黒な鋳鉄のストーブがある。すでに火が起こしてある。ハルモニアーの気配りであった。
イリスが、両手に桶持って入って来た。井戸水である。ハルモニアーがストーブの上に大鍋を置く。イリス、そこへ水を注ぐ。
ルシーナがたらいを引っ張りだしてくる。
3人、順番に服脱いでたらいに入り、温めた井戸水で肌を洗い、ハルモニアーが出してくれたシーツにくるまった。
ルーン嬢、ばたりとベットに倒れた。シーツはだけ、つやつやの肌が見える。
「こりゃ!」剣のグレイスが怒る。「私の手入れをせよ。食事をせよ」
「もう無理・・・」
「無理でもやれ。寝ながらでよいから、仕事だけはせよ」
「グレイスきらい・・・」
「嫌いでもよい。仕事だけはせよ」
「くそう・・・」
だんだん口悪くなりながら、ふらふらと起きたルーン嬢。
グレイスを鞘から抜いて、うつらうつらしながら、オレンジ色の刃を布で拭きはじめる。
いつ手切ってもおかしくない寝ぼけっぷり。ルシーナとハルモニアー、はらはらしながら見守る。
「ふー、さっぱりしたー!」マイペースなイリス。かっちりした服を着、「食事取ってくるー」と出てゆく。
「あ、私も行く」ハルモニアーが一緒に出てった。
「あ・・・」ルシーナ出遅れる。
ルーン嬢、半ば居眠り状態で、剣をストーブにかざして乾燥させ、高価な鉱物油を塗り、化粧で使うような白い粉をはたく。
今日着けておった鞘を分解。留め金外し、ぱかっと割り、内部洗浄。壁に立てかけて乾かす。予備の鞘を取って留め金をカパッとはめ、グレイスを納める。パジャマの上から、あらためて腰に装備した。
「よし」グレイス、満足げである。「お疲れさま。食べてよし」
「もう・・・いらん・・・」
「ならぬ。食事は飛ばしたぶんだけ弱ぁなる。食え」
「いらん・・・私は、弱くてええの・・・人斬るの、いやや・・・」
ルーン嬢、ベットに倒れた。鞘を上にして、左手で柄押さえて。すっかり剣士らしくなっておる。
「強うなったら、人斬らんで済むえ」とルシーナ。
「うそいらんねん・・・」
「うそちゃうえ。女王になれば、自分では斬らんで済むに」
「ルシーナのあほ。そんなん、ならへんもん・・・」
「すでになっておる。洞窟の女王」ルシーナは強引である。「ゆくゆくは、新アルスの女王になる予定」
「はあ・・・?」
ルーン嬢、起き上がった。美しい顔に髪がかかり、非常にぼけーっとした感じになっておる。
「なに勝手に・・・予定とか言うて・・・」
こんこん。ノックの音。「ごはんですよー」ハルモニアーの声。
ルシーナがドア開けた。両手で鍋持ったハルモニアーが入ってきた。
ストーブに置く。フタを取る。肉と野菜の香りが広がった。
「ふわあ・・・」ルーン嬢の顔がとろける。
「疲れとるでしょう言うて、シチューにしてくれたのえ」
ハルモニアー、おたまで鍋をかき混ぜ、じつにええ感じの音と香りを立てる。
食事はいらんとぐずっておったルーン嬢がぱっちり目を覚ますほど。ナイス演出である。
つづいて、イリスがジョッキとでっかいパンの乗ったお盆持って入ってきた。
固い丸い黒いパン、ハルモニアーが切る。イリスに、でっかいかたまりをポンと渡す。残りは薄くスライス。
ハルモニアー、シチューをよそって、テーブルをセット。
食事開始である!
「いただきまーす!」
「いただきまーす。・・・今日は、どうやった?」
「私、3人ぶっ飛ばしたえ。バリバリ」
イリス。固いパン、バリバリかじりながら言う。
ルシーナはスライスしたパンをシチューに沈めながら、こう答えた。
「山賊が出たのえ。被害はなし。斥候のひとが優秀であったゆえ」
「フォームラー隊長が紹介してくれた人やったかに?」
「そえ」
「バリバリ。・・・鳥の真似して、ぴーちくちく! いうたら『危ない』って決めたん。それで、不意討ち防げた」
「山賊増えておるとは聞いたけど、貧しい人間が多いのかに?」
ルーン嬢の手が止まった。
「ちゃうえ。ただの悪人やった。バリバリ」
「イリスの言うとおりえ。食い詰めた感じもなし。人を傷つけるのにためらいもなし。あれは、悪人」
「山賊より、神竜のほうが恐いえ。バリバリ」
「は? なんの話え」とルシーナ。
イリス、行商人に聞いた神竜のうわさを、めっちゃおおげさにした。
「こわ。・・・それ、おおげさにしておるに?」
「してへん。バリバリ」
「してる」とハルモニアー。「お姉ちゃん、本で知ってるえ。──けど、どうしようもないのは、ほんまらしいに」
「うむ。あれは・・・」剣のグレイスがぼやいた。「『天』のルーンは、おえん。理不尽え」
「こっち来たらどないしよう? バリバリ」
「そやに・・・神にでも祈るか。
そなたらの父たる鬼神さま、母なる月の女神さまに、知恵を求めてはどうかに?」
「そうする。バリバリ」イリスうなずく。首ひねる。「父上にそんな知恵あるかな」
「ふわー・・・ふ」
ルーン嬢あくびをし、斜めになる。
ルシーナ、その肩を押し戻してまっすぐにしてやり、話をもどす。
「山賊の件は、斥候が報告しておると思うえ。どうせあの女、諜報も兼ねておるやろし」
「またルシ姉はそういうこと言う」
「当然の推測え」
「丘の街とは・・・けんかしとうない・・・」とルーン嬢。
「うむ。けんかはせぬ。
そやに、頼り切っては、頭を押さえられる。
ゆえに私は、巨人の国と連絡を取るべきと考えておる」
「巨人の国? 湖の神殿やないに?」
「湖のほうは私が出しゃばるまでもない──し、食料や資材は期待できぬ。
巨人の国は、私らしかコネがない」
「ルン姉がおねだりしたら、きしにぃデレデレになるえ。バリバリ」
「ごほっ」ルーン嬢がむせた。
「まあそうやが」ルシーナ笑う。「きしにぃは、この交渉には使えぬ」
「なんで?」
「なんでと言うて、父上が家出男やからやえ」
「ぶ」今度はハルモニアーが吹いた。「ひどい」
「事実え。私らはなんとも思うておらぬが、巨人は面子を潰されておる」
ルシーナ、エールに手を伸ばす。
焦げ茶色した、甘くて苦い、麦の酒である。
イリスも、ルーン嬢に「隊長おつかれ。私のおごり」とエールを差し出す。ルーン嬢よろこぶ。
「ほな、誰に頼むん? ごくごく」とイリス。
「ゴクリ、ゴクリ。・・・妙雅」
「なるほどに。妙雅なら、負い目ないものに」
「うむ。次に会うとき、頭下げて、頼んでみる。
ルーンの顔見せは、すでに済ませてあるし」
「ルシ姉、やる気や。ごくごく」
「やる気やえ。ゴクリ、ゴクリ」
「・・・そこまで考えとったん?」とルーン嬢。「このまえ・・・ボナス閣下と、一緒に行ったとき」
「うむ。なんとなくやが、絵は描いておった」
「うええ・・・」
「頼もしい参謀やに」とグレイス。「叔母上に似ておる。末は大臣かに?」
「私は、魔術の博士になりたいのですえ。グレイスの姉者」
ルシーナは目を輝かせて答えた。
「母上のわざ、ダークエルフの魔術に、ハイエルフのルーン魔術。
これらを修め、新たな流派を立ち上げる。それが私の夢ですえ。
そのためには、ある程度の地位が必要。
ルーンには、私の女王になってもらう」
「あっぱれ。邁進(まいしん)すべし」
「邁進しますえ」
「なんで私なん・・・」ルーン嬢が文句言う。「イリスが女王なったらええねん」
「ふぇ?」
「イリス強いもん。イリス女王になり? 私、手伝うから・・・」
「この子はアカンえ」とハルモニアー。
「なんで・・・?」
「イリスは、上にあげたら、落っこちる」
みんな笑う。
ルーン嬢、イリスにおごってもろうたエールを呑み、ばたんきゅー。
食事はお開きとなり、三姉妹もベットに入るのであった。