六腕三眼、鬼の神   作:min(みならい)

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ハルモニアー、世にいづる

◆ 1、ハルモニアー、酒場でうたう ◆

 

「はぁ・・・久しぶりやわ、酒なんか呑むん」

「ほんまやな」

 くたびれたダークエルフのおっさんども、テーブルにうつむく。

 ここは、丘の街、裏通りにある、古ぼけた酒場。

 『銀(しろがね)酒場』といい、昔からダークエルフが中心の店である。

「ここもさびれたのう・・・」

「アルスのあれからは寂しくなる一方や」

 ダークエルフども、不景気な顔して、ちびちびと酒を飲む。

「ようさん(仰山)避難してきたから、ちっとはにぎやかになるか思うたんやが・・・」

「しゃあないわ。みな、仕事ないねんから。酒呑む余裕なんかあらへん」

「そやな・・・わしらも、仕事分けたる余裕はないしのう」

 そんな不景気なテーブルの隣に、若いダークエルフの男どもが座った。

「どうも」あいさつしてくる。

「・・・お、護衛隊の兄ちゃんか?」不景気なおっさんがちょっと笑顔になった。「おつかれさん。今日も仕事か?」

「今日は訓練だけですわ」

「隊長が『たまには呑んでおいで』いうて、お金くれましてん」

「ほんまか! 隊長いうたら、あれか。あの・・・綺麗な姉ちゃん。キノコ農家の」

「・・・ルーン隊長です」

「ああそうそう。ルーンちゃん。そうかー。ええ隊長やなあ。気が利くやないか」

「ええ」

「そうかそうか・・・ルーンちゃんか・・・」

 不景気なおっさん、ちょっといやらしい顔になる。

「兄ちゃんら、誰か手ぇ出したんか? ルーンちゃんに」

「いえ」護衛隊の若いの、やや険しい顔になる。「隊長に手ぇ出すのは、互いに禁止にしとるんですわ」

「なんや若いのに。手ぇ出したったらええがな」

「いえ」

 護衛隊は不景気なおっさんから目そらし、酒を呑み出した。

 しかし、おっさん、まだなんか絡んできそうな気配である。

 そのとき。

 

 ♪しろがねみぐしの しろきみて

  ながなはみつき あがちょうし

  かしこみ かしこみて

 

 酒場に歌が流れてきた。

 ダークエルフども、「お?」と顔を上げ、そっちを見る。

 白い肌したエルフの娘が、竪琴を波打つように爪弾き、歌っておる。

「誰や?」「わからん」

「ハイエルフ?」「この宿にか?」「ルシーナさま・・・ではないか」「ちゃうちゃう。ちょっと似とるけどな」

 

 ♪ひかりとやみの ふたごをやどし

  つきのめがみの よをめくらまし

  みえぬとこよの みまほしうとて

 

 しゃらーん・・・。

 竪琴鳴らして曲を終え、娘、おじぎ。

 ダークエルフども、とりあえず拍手。護衛隊の1人が銀貨投げた。

 ちゃりーん。

 お碗に、コイン入る。

 床に置いてある、大きなお碗。おひねり入れ、であった。

「ありがとうございます」と娘。

「月の讃歌かー。ひさしぶりに聞いたわあ」

 ダークエルフのおっちゃんも銀貨出す。

 お碗に投げず、娘に近付いて、手渡しした。そのついでに、娘の手を握る。

「お姉ちゃん、見いへん顔やなあ? 名前はなんて言うん?」

「ハルモニアーと名乗っておりまする」

「へえ? ダークエルフの名前やん」

「はい。母がこちら側ですので」

「へー、ほんまかあ」

「これからときどき歌わせてもらうと思います。みなさま、よろしゅう」

 ハルモニアーはするっと手を抜き、銀貨の入ったお碗を拾った。

 小さなステージ。

 酒場の隅っこに造ってある、スカルド(弾唱詩人)用の狭い台である。

 この小さな台が、ハルモニアー──鬼神と月神の次女の、初めてのステージであった。

「綺麗な声やな」「うん。ええ声しとる」「美人やし」

 護衛隊は飯食いながらハルモニアーを見ておる。

「なんかモヤモヤしとる」と1人が言うと、

「それや」別な1人が手を叩いた。「それがルシーナさまっぽいんや」

「あー、言われてみれば」

 ハルモニアー。

 おっとりした美貌に、もやーっと明るい光が輪っかみたいにまとわりついておる。

 薄曇りの夜の、お月さんみたいな感じ。

 ルシーナを見慣れとる護衛隊は、そこに共通点を感じたのであった。

「ほな、ルシーナさまの身内か・・・」「女神さまか・・・」「どおりで歌上手いはずや・・・」

 護衛隊、やや声を潜める。

 一方、おっさん。まだハルモニアーに話しかけておる。

「歌だけなん? 夜のほうはやってへんの?」

 ハルモニアーが立ち去ろうとするのに、微妙に邪魔な位置に立って話を続ける。

「私は、歌だけですに」ハルモニアーは愛想笑いした。「旅の詩人でございまする」

「そうかー。大変やろ? 旅言うても、女ひとりじゃ・・・」

「いえ」

 ハルモニアー、顔が強張る。

 そこに。

「ハル姉ー。歌、終わったん?」

 おっさんよりも背の高い、赤い肌した娘が割り込んできた。

「おっと! なんや?」

 おっさんフラつく。その腕を、赤い肌の娘がさっと掴む。

「おっちゃん大丈夫?」

「お、おう。・・・あんた誰や? 見いへん顔やな」

「うち、イリス」

 にこっと笑う。鋭い牙、キラッと光る。

 ダークエルフのおっさん、ちょっとびびる。

「あれ?」護衛隊の1人が声出した。「イリスさまやないですか」

「こんばんはー」

「こんばんは」「どうも」「珍しいですね、酒場来はるん」

「・・・なんや。知り合いか」とおっちゃん。

 護衛隊、顔見合せ、ニヤッと笑うた。

「お父さん。恐れ多いですで」

「あん?」

「月の女神の御令嬢ですよ。最近、月から降りて来られましてん」

「え? マジで?」

「マジですって」「湖の神殿に降りていらっしゃった」「やっぱわかってへんかったんや」

「え・・・そ、そうなん? し、知らんかった・・・あ、いえ、知りませんでした」

「よろしゅうー」とイリス。

「は、はい」おっさん後じさる。「あの、そちらのスカルドさまも・・・?」

「ハルモニアーです。鬼と月の次女です。

  詩 人 と し て やっていきますので、どうぞよろしゅう」

「は・・・ははあー!」おっちゃんひざまずく。「ど、どうか、先ほどのことは、お許しを」

「覚えて頂けるなら、ゆるします」

「決して忘れません」

「はい。ほな、これにて」

 ハルモニアー、背の高いイリスに守られるようにして、酒場を抜け出す。

 出る前に、酒に酔ったダークエルフどもの感想がちょっと聞こえた。

「いやー、女神さまやったんか」「どおりでやな」「声綺麗かったもんな」

「死ぬか思うた・・・」「手当たり次第に声かけるからやw」「笑うなおまえ・・・」「笑うわこんなもんwww」

 ハルモニアー、店の出口で足を止め、長いエルフの耳をそっちに向ける。

「歌だけなんかな? 話はやりはらへんのやろか」

「隊長の話とかしてくれたら・・・」

「あ、それ俺も聞きたい」

「──ハル姉?」

「あ、うん」

 入り口近くの客が、寒そうな顔してこっち睨んでおる。イリスが酒場のドア開けて待っとるので。

 ハルモニアーは竪琴を抱え直して、酒場から表へ出た。

 

 日はとっくに暮れ、丘の街は冷たく冴えるような夜である。

 ちらり、ほらりと、白いものが舞っておる。

「雪や」とイリス。

「うん」とハルモニアー。「もう冬やに。おお寒っ」

 きぬぐものマントをかき合わせて歩くハルモニアー。

 イリスは肘までしかないシャツに革のチョッキだが、平気な顔であった。この子は寒さに強い。

 大通りに出て、ゆるい坂を上り、下宿しておる宿までもどる。

 石畳の道は、もう、うっすらと雪をかぶっておった。

 ブーツの足跡残して、宿へ入る。

 宿の1階。小さな食堂である。

「ただいまー!」とイリス。

「あ、お帰り」

 テーブルの1つに座っておったダークエルフの美女が、イリスに応えた。

 ルーンお嬢さんである。ぴしっとした白いシャツに黒い革のチョッキを着ており、とても凛々しく見える。

「ハル姉、お疲れさま。座る?」とルーン嬢。

「ありがとう」

 ハルモニアー、ルーン嬢の隣に座る。イリスはルーン嬢の向かい側に座った。

「どうやった? 初めてのステージ」

「まあまあ。おひねりもちょっともらえた」

「良かったねえ」

「終わったあと、絡まれておったに」とイリス。「ダークエルフのおっちゃんに」

「・・・。」ルーン嬢、立ち上がる。「誰やそいつ。私、ちょっと行ってシメてくる」

「ええのえ」ハルモニアー笑った。「私のこと知らんかったみたいやし、謝ってくれたに」

「ほんまに大丈夫?」

「大丈夫。スープ冷めますえ? 隊長」

「あ、はい」

 ルーン嬢、座る。食べかけのスープつつく。

 宿の主人がやって来た。「お帰りなさい。食事の前に、あったかいスープいかがですか?」

「頂きます」「私もー」

「はいはい。イリスさまは大盛りで?」

「うん」

 すぐにスープが出て来た。イリスは丼で。

 湯気立つ野菜と芋のスープである。ヤギの乳が入れてあるようで、独特の匂いがする。

 スプーンですくって口に入れると、まずはしょっぱく、次にじんわりと芋の甘みが広がり、野菜と肉のうまみが広がる。

 たぶん、ヤギの骨つき肉のダシであろう。今日の晩ごはんはヤギ肉料理っちゅうわけである。

「うまー」イリス満足げ。「ヤギ肉好き」

「おいしいに。・・・隊長のほうはどうやったん?」

「うん。まあ、山賊の報告しただけやからね」

 

◆ 2、ルーン嬢、情勢をかたる ◆

 

「詰め所に行ってね。口で説明して、相手が書き取ったものに目ぇ通して、サインして、終わり。

 ちょっと時間かかったけど、大したことなかったわ。報告はね」

 ルーン嬢。

 警備兵詰め所に行っとったらしい。

 ぴしっとした姿をしとったのは、そのためであった。

「──ま、『商人さんは守りました』ってだけやからね」

「商人さん」

「うん。御者してくれた人らね。

 あの人ら、この街の人やから。警備兵は事件調査せなアカンわけ」

「なるほど」

「あとは、私らダークエルフへの念押しやね。

 『あの山道は丘の街のものですからね?』っていう」

「なんでそんな念押しするんかに?」

「ルシーナが国造る気満々なん、向こうにバレとんねん」

「・・・警戒されておるのかに? 領土を取られるのやないかと?」

「そう」

「ルシ姉、入れ込んでおるからに・・・。

 というか、ルシ姉も行っておったのやに」

「うん。『我は侍女なり』言うて、くっついてきた」

「侍女」

「ホンマに言うたんよ?

 ほんでその侍女様がキレよんねん。

 『オマエらの領土やと? ほんなら山賊撃退の謝礼寄越さんかい!』いうてね」

「ほんまにそんな言い方したのかに?」

「ごめんハル姉。いまちょっと誇張した」

「もう」

「ま、それで、ルシーナが謝礼金と情報もぎ取ってくれてね」

「情報てどんなのかに?」

「山賊の身元。あいつらね、アルフェロン湖の漁村から来たらしいわ」

「漁村? 漁師ってこと?」とイリス。

「うん。斥候の人が足跡追跡して、確認したて」

「・・・そう言えば、槍使うておったに」イリス思い出す。

「そやん」ルーン嬢、憂鬱(ゆううつ)そうにうなずく。

「漁師が、なんで山賊するん? 魚とればええのに」

「ちゃうねんイリス」

「なにがちゃうん?」

「いま、アルフェロン湖はね、船がいーっぱい行き来しとるんよ。

 アシ戦争で、ドラゴンの縄張り、せまなった(狭くなった)やん? それでね」

「?」

「つまり、その船がね・・・、あ、エールください」

「はーい」

「うちも!」「あ、私も」

「はいはいー」

「・・・その船がね、いろんなもん持って来るんよ。もちろん、食料もね」

 ルーン嬢。

 代金を支払い、エールをもらう。

「あー!」イリス納得。「武器やヨロイ強奪して、食べもんと交換!」

「そやん」

 ルーン嬢、ため息。

「青銅の胸甲なんかね、1着渡せば、小麦1年分とかもらえるんやって。

 『ヒューマンの国が戦略的に集めておるようですに』・・・って話やった」

「戦の用意かな?」

「さあ? まあ『戦略的に』っちゅうんやから、隊長はそう推測しとるんやろね」

「そっかあー。それでかあー。ごくごく」

 イリス、エール呑む。

「ごはんいっぱい食べてそうな顔して、なんで山賊するんかと思うたに」

「そか。逆やったわけやに」

 ハルモニアーもあいづち打つ。

「食べれるのに山賊する──ではなく、山賊しておるから、腹一杯食べれる」

「そやん」

 ルーン嬢、エール呑む。

 で、茶色の肌した凛々しい美貌、ハルモニアーにぴしっと向ける。

「──そやからね。アカンで? ハル姉」

「え? わたし?」

「ヒューマンの村はアカンで」

「ん?」

「歌いに行ったりしそうやん? アカンでって」

「あ、そういうことか」

 ハルモニアーはほほえんだ。

「ようわかったに? ルーン。

 たしかに、私は、世界中回って、歌ってみたいと思うておるえ」

「アカンで」とルーン嬢。

「危ないに」とイリス。

「大丈夫。行くときは、ちゃんと相談する。

 それに、まだまだ先の話え。今日も、修行が足らぬと思い知ったに」

「ほんならええけど」

 ハルモニアーは穏やかなほほえみを浮かべて、ルーン嬢を見た。

「ルーン隊長」

「ん?」

「私の修行のため、折入ってご相談があります」

「え、なに? 急に」

「隊長の武勇伝を、歌にしたいのですえ」

「は?」

 

◆ 3、ハルモニアー、取材する ◆

 

「差し支えないところだけで結構ですに。ぜひ」ハルモニアー、迫る。「ぜひに」

「え、ちょ、待って?」ルーン嬢あわてる。「歌にする? 私を? ありえん。いやや」

「あー」とイリス。「ええと思うに」

「なんッ・・・もよくない」

「隊員のひとに訊かれたに。『隊長て、休みの日、何してはるんですかね?』て」

「なんもしてへん・・・!」ルーン隊長、両手で顔おおう。「酒呑んでつぶれてる」

「そんなん、もちろん、秘密にしますに。

 ね? 英雄の口伝(くでん)はスカルドの本領ですに。

 隊長の名声も高まります。仕事もスムーズになりますえ? ぜひ」

「ちょ、待って。ハル姉がこわい。目が本気や」

 ルーン嬢立ち上がろうとする。

 がし。

 その肩を、白い手が押さえた。

「賛成やえ」

「うわ出たルシーナ」とルーン嬢。

「なにえ。その言いよう」

 三姉妹の長女、輝く肌のルシーナ、登場であった。

「私からもお願いしますえ。三日月の姫」

「姫! そら人ちがいですわ。うち農家の娘やし?

 手ぇ離してルシーナ侍女陛下。うち今日はもう寝んねん」

「そうおっしゃらず。可愛い妹の門出に、どうか御協力あれ」

 ルシーナ、おじぎ。

 おじぎはするが、手はルーン嬢の肩押さえつけたままである。

「こんな頼み方ある? うち、有名になりたないねん。ほんまに」

「女王になられる御方がなにをおっしゃいます」

「そっちこそなにおっしゃいますやわホンマにもー・・・アホちゃう? 女王女王て」

「あほちゃうえ。エールお願いします。2つ」

「はいはーい」

 ルシーナは座った。ルーンの隣。ハルモニアーの向かいである。

「まあ、真面目な話。

 何かネタになるような話、妹に聞かせてやってたもう。

 エールおごるに。おねがい」

「う・・・」

「うそでもええに」

「うそはアカンえ」とハルモニアー。

「はい、エールです」

「ありがとう」

 ルシーナ、エール受け取り、代金払う。

 1杯はルーンにおごり、もう1杯は自分で呑む。

「もらうけど。いただきます。でも、いややねん・・・」とルーン嬢。「恐いねん」

「それはわかるが、」

 恐いもの知らずのルシーナ、口でだけ理解を示す。

「──わかるが、どっちみち誰かに歌にされるえ?」

「なんでよ」

「注目されておる。オレンジの剣持つダークエルフの女丈夫と」

「うちそんな目立ってへん。きしにぃのほうが目立ってる」

「きしにぃ初めてこの街来たとき、誰乗せて来た?」

「・・・うち」ルーンうなだれる。

 ルシーナ、『ほれ見ろ』っちゅう顔して、エール呑む。

「ゴクリ、ゴクリ。

 ──ルーン。そなたはすでに、英雄物語の主人公になってしもうておる」

「うう・・・」

「どうせなら、ハルにやらしたほうがマシやに? ん?」

「そんなん・・・言いくるめやん」

「言いくるめやない。情報戦略え。

 後手に回るべからず。先手打って、良きウワサ、広めるべし」

「賛成やえ」

 剣がしゃべった。

 ルーンの腰の長剣。神剣グレイスである。

「このグレイスも、ルシーナも、そなたをひいきにしておる。

 いまさらコソコソしても、『神々のお気に入り』との嫉妬、まぬがれぬ。

 堂々と名乗りを上げ、私に手を出せば女神が怒るぞと、教えてやるが優雅なり」

「我が意を得たりですえ。グレイスの姉者」

「すぐそうやって結託するー!」

「さて、グレ姉も賛成してくれたことやし、」

 ルシーナ、強引である。

「『月の姫と神剣グレイス』ということで、ひとつお話を頼みますえ」

「え?」とグレイス。「待ちなえ。私の名を出されるのは困る」

「なにえグレ姉。打ち合わせとちがうに」

「打ち合わせて!」

「いやその、本名はちょっと・・・母上に怒られるやも知れず・・・」

「怒られるとは、なにをですかに?」

「いや・・・このグレイス、落っこちて以来、実家に連絡、しておらぬ。

 そやに、旅先でブイブイ言わし、名を上げた日には・・・。

 『なにを調子に乗っておる』と怒られること、まちがいなし」

「うちのおっ父みたいやに」とイリス。

「ちょっと待って」とルーン嬢。「それ、私まで怒られるんちゃう?」

「それはない。そなたは私の生命の恩人。母上がそなたに怒ることはない」

「そうなん」

「たぶん」

「たぶんて」

 ルーン嬢、2杯目のエールを呑み進める。

「このグレイスも、ひと柱の神なれば。

 どこに居って誰を助けるかは、私の自由。一点の曇りもなし。

 母上も、そこはわかってくださる」

「そっか」とルーン嬢。「うん。よし。わかった」

「わかってくれたに」とグレイス。

「うん! グレイスの話したげるわ。ハル姉、どんっどん広めたって!」

「なんもわかっておらぬ」

「わかってますうー。生命の恩人がー、しゃべると決めたんですうー。一点の曇りもありませーん!」

「酔っぱらっておる」とルシーナ。「いつになく強引やえ」

「お姉に似てきたに」とイリス。

「は? 誰姉言うたいま」

「ルシ姉」

「表出ろ」

「グレイスはねえ、岩に突き刺さって『たすけてー』って泣いとったんよ。それを私が引き抜いてあげたん」

「泣いてはおらぬ」

「姉者。このイリス、優しく強い女を目指しておりまする」

「それがなにえ」

「泣いとったやん。『ああ! 待って! 行かんといて! こんなところで埋もれとうない!』いうて」

「泣いてはおらぬ。いちじるしい捏造なり」

「このイリス、か弱い姉者を冷たい雪の上に投げ飛ばすなど、できませぬ」

「なにえ、下克上。今日こそわからしてやるゆえ、とっとと表出よ」

 わやくちゃである。

 宿の主人。見かねたのか、声をかけてきた。

「みなさま、お食事、できましたえ。お部屋に運びましょうか?」

「あ、はい! お願いします」ハルモニアーが立ち上がる。「ルーン。部屋で続き聞かせて。ぜひ!」

「はいはーい」ルーン嬢立ち上がる。ふらつく。「ふあー?」

「イリス」とハルモニアー。

「はーい」イリス、ルーンを支える。

「おまえは表出よ。ルーンはわたs──」

「ルシ姉は、大丈夫? 酔ってないに?」

「大丈夫に決まっておる!」

「さすがルシ姉。頼りになるわあ。食事運んで」

「あ、はい」

 

◆ 4、ハルモニアー、世にいづる ◆

 

 ちゃりんちゃりーん。

 お碗に、コイン入る。

「ありがとうございます」

 ハルモニアー、おじぎ。

「みなさまのおかげで、またここでお会いできました。

 今日はですねえ、前回より長めのお時間を頂いとるんですけど・・・

 もしよかったら、ダークエルフに人気の、あの御方の話、どないです?」

「うん?」「あの御方?」「誰やろ?」

「茶のダークエルフの、綺麗な綺麗なお嬢さん。

 生まれは、地下都市アルスは郊外の、広い広いキノコ農場」

「アルスの・・・農場?」「・・・隊長か?」「あ、そや。隊長農家の出やもんな」

「淡い金の瞳して、輝く秘密の剣持って。

 ついた仮名は『三日月(ルーン)の姫』」

「やっぱ隊長や!」「ええぞー!」「ルーン隊長ー!」

「そやん。

 みなさんの、ルーン隊長!

 わたし、隊長の秘密の話、聞いてきました。

 今夜、ここだけで、こっそりお話しいたします・・・」

 

 あの夜から1週間。

 ハルモニアー、先週と同じ酒場にて、2度目のステージであった。

 

「姉者がんばっておる。ごくごく」

「しゃべりもダークエルフ風やに。ゴクリ、ゴクリ」

 ステージから遠いところで、イリスとルシーナ、酒を飲む。

「ゴクリ、ゴクリ。・・・なかなか受けておるに」

「ごくごく。・・・うん。先週より盛り上がっておるえ」

 

──

 『三日月隊長と秘密の剣』

 

 茶のダークエルフの、綺麗な綺麗なお嬢さん。

 月の色したその瞳、ついた仮名は『三日月(ルーン)の姫』。

 生まれは地下都市アルスは郊外の、広い広いキノコ洞。

 でもある日、遥か西の竜震(りゅうしん)が、この地に悲劇をもたらした。

 ・・・

 地下をさまようルーン嬢。助けを求める声を聞く。

 「どうか、助けて。私を抜いて。

  抜いて助けてくださるならば、

  あなたのお伴になりましょう」

 いまにも崩れんとする支洞。その暗闇に、あったもの。

 なんと霊妙! オレンジ色した、そのつるぎ!

 岩に刺さっておりながら、刃こぼれひとつしておらぬ!

 ・・・

 ルーンを睨む、黒おろち!

 其(そ)はウミ、女王、名はジャブジャブ!

 三日月の姫を見下ろして、尊大! こうは宣うた(のたまうた)。

 「今日はとてもいい日です。

  おいしいエルフが食べれるのだから。

  さあさあ、ご馳走、こちらへおいで!」

 ・・・

 六腕神とジャブジャブの、人外奇想の大激戦!

 天にのがれた鬼神台、つばめがごとく舞い戻り!

 オレンジに輝く剣一閃!

 鬼神をたすく三日月の、勇気の一太刀、ここにあり!

 ・・・

 秘密の剣は、去らんとす。

 「私はそなたに秘密にし、隠してきたこと多くあり。

  実直ならぬ秘密の剣。仲間と呼ぶに値せぬ」

 三日月の姫、彼女の柄に手をそえて。

 「真実は、おのずと明らかになるもんよ。

  隠され、踏まれ、忘れられることになってもね。

  いつか光に明かされて、この世に戻って来れるんよ。

  それが月の教えやから。

  一緒にいきましょ、秘密の剣よ」

──

 

「わー」「わー」「わー」「隊長ぉー」「ルーン隊長ー」

 

「・・・。」

「なにえ。もうつぶれたのかに?」

「話しかけんといて・・・」

 テーブルに突っ伏した『三日月の姫』。

 長い耳真っ赤にして、テーブルで頭ごりごりする。

「ハル姉は味方や思うとったのにー・・・」

「ルシ姉の妹やし。ごくごく」

「表出ろ」

 

「──ということで。

 最近は、ほかの酒場からも『うちでもやりませんか』て、声かけてもらえるようになりました!」

 宿の部屋。

 ストーブがしゅんしゅんお湯沸かす、冬の昼下がり。

 壁際の明るい場所にあるテーブルで、ハルモニアーはお祈りをする。

 テーブルには、『力』のルーンを刻んだ石版と、月長石(げっちょうせき)の女神像。

 そして、湯気立つお茶である。

「・・・そうですに。同業者の妨害みたいなものも、ちらほらと。

 大丈夫ですえ。

 私には、父上と母上の名があります。

 イリスはお伴してくれますし、ダークエルフも味方してくれます。

 いざというときのため、走って逃げる訓練も、しておりますのえ?」

 ハルモニアー。

 にっこり。ほほえんだ。

「まだまだ駆け出しですが。

 世に出づるとはこういうことかと、実感する毎日ですえ。

 父上、ありがとう。お元気で。

 ──それでは、今日はこのへんで。次回もお楽しみに~!」

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