六腕三眼、鬼の神   作:min(みならい)

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お猿さんと、ポタージュ(1) ポタージュ、しゅつげんす

◆ 1、ふたたび戦の話をすることについて ◆

 

 ・・・さて、お話ししてきた、この3章。

 『月のうみ』の物語も、そろそろ、おしまい。

 鬼神がダークエルフと出会い、月の女神と出会い、三姉妹が生まれた。

 長女ルシーナ、次女ハルモニアー、人の世に出で(いで)、活躍する。

 あとは、三女のイリス。彼女のことが、最後のお話となります。

 

 ──ですがその前に、ふたたび戦の話をしなくてはならない。

 

 この戦は、重大なものではありませんでした。

 ハイエルフの歴史書でも、1ページも使われておらん。

 それだのにわざわざお話しするというのには、もちろん理由がある。

 『アルフェロン同盟』の初めての戦であったこと。

 そして、三女イリスの将来が、この戦の中で定まったこと──という、理由がね。

 

◆ 2、鬼神、イリスの祈りをきく ◆

 

「ふわーあ。本を読むのは、つかれるわい」

 鬼神、あくびする。

 本。

 『神竜とその眷属(けんぞく)』という題名の、ハイエルフの本である。

 ぱたん。

 その本、閉じる。

 鬼神、ごろんと横になる。

「どれ、ちょっと、昼寝でもするか」

 

 ここは、月の宮殿。

 月の大地に、ありんこの巣のように広がる洞窟である。

 鬼神はその宮殿に、いちばん大きな客間を借りて、いそうろうしておった。

 『客間』というても、お月さんのこと。ほとんどは、神である。

 その神々の客間の中でも、最上級の部屋で。

 ごろり。鬼神、横になった。

 ぐー。ぐー。寝た。

 

「ちちうえー。聞こえますかー?」

「む? イリスか」

 鬼神、起きる。

 すぐそこに、イリスの姿があった。

 椅子に座り、手合わせ、目閉じて祈っておる。

「お祈りだな? なんじゃ、なんじゃ」

「あ、父上」

 イリス、目を開ける。ほっとした顔する。

「お話があるのですえ」

「うむ。ええぞ。言うてみなさい」

「えーと・・・」

 イリス。

 自分から話があると言うておいて、ためらう。

 鬼神は「あれ? イリスにしては歯切れが悪いな」と思うた。思うたが、黙って待つ。

「そのうー・・・。

 あ、そえ。ついさっき、ルシ姉から聞いたのですが。

 また戦になるらしですえ」

「戦だと? おまえたちの暮らしとる街でか?」

「そうですえ」

「そりゃいかんな」

 鬼神、目が覚めた。

 『戦』と聞くと、目冴え、頭冴えるのが鬼神である。

 くっきりぱっちり、きりっとしっかり、やる気になった。

「よし聞こう! いったい、どこの誰じゃ? 相手は」

「ヒューマンの国言うてましたえ」

「ヒューマンか・・・」

「湖の向こうに国ができたん。

 しばらく前から、武器やヨロイを集めとったのですえ。

 それが、いよいよ周辺に攻めて出て来たて、ルシ姉言うてましたえ。

 湖のこっち側の岸辺の村は、もうすでに、その国のものになっておる由」

「湖の岸辺に、村だと? そんなもん、あったかのう?」

「父上が居ったころは、なかったかも知れませんに」

 イリス。

 ちょこちょこと近付いてきて(イリスは背高いが、鬼神からすればちょこちょこして見えるんである)、座った。

「いまは、岸辺に、いーっぱいヒューマンの村がありますのえ」

「時が過ぎるのは、早いもんだな」

「ルシ姉、しばらく前から『戦になる』言うて、忙しそうにしておったに。

 今日は急に暇そうにしておるから、どないしたん? て訊いたら『始まるえ、イリス』て」

「すっかり参謀だのう」

「うん・・・」

 イリスは微妙な表情をした。

 それで、鬼神はぴんと来た。「ははあ。かつやくだな」と。

「ハルも活躍しとるそうだな」

「・・・・・・うん」

 鬼神はイリスの背中に手をやった。「おまえは、どうだ?」

「・・・・・・・・・べつに」

 いつも明るいイリスがうつむいておる。

 その時点で『べつに』なはずがないのは一目瞭然(いちもくりょうぜん)。

 だが、鬼神。「ふーん、そうか」と受け流した。

「まあ、あれだ。イリスよ」

「どれえ?」

「あれだ。そのうち、なんかあるわい」

「なんかて何え?」

「きっかけだ」

「きっかけ」

「ちょっとおまえの心にピンと来るような、そんななんかだ」

「そんなのあるんかに」

「ある。そういうときは、あるのだ」

「そうかに・・・」

「まあ、いらいらはするだろうがな。

 もっとなんか、やらせてくれ!

 私にはもっと、なんかできるぞ! などと」

「・・・父上も、そんなんなるん?」

「いまなっとる」

 イリスは笑うた。「自分の話なん?」

「そうだな。私の話でもある」

「なにえ。私の話しとるのに」

「いやいや、イリスよ。人生っちゅうのはな、意外と似とるもんなのだ」

「えー? 父上と私が似とるはずないえ。父上、強いもん」

「それがな、そうでもないのだ。

 なんでといって、まわりは一緒なのだから」

「?」

「おまえと私がちがっても、生きとるのは同じ世界だろう?

 だから、似たような、なんか、そんなことがあるわけだ」

「あー・・・」

 イリスはぼんやりとうなずいた。

 ちょっと遠くを見て、憂鬱そうに(ゆううつそうに)する。

 その表情は──イリスも鬼神も気付かんかったが──鬼神の若いころに、そっくりであった。

「・・・そやに」

 イリス、立ち上がる。

「ほな、父上、またに」

「あ、ちょっと待て」鬼神呼び止める。「敵の国には、なんか呼び名はあるのか? 『なんとかの国』みたいなのだ」

「あ、言うてませんでしたに」

 イリス。

 こう答えた。

「『猿の神の湖の帝国』て、言うてましたえ」

 

「・・・さるのかみのみずうみのていこく」

 鬼神は目を覚まし、起き上がった。

 覗き込んでおった女と、あやうく顔ぶつけそうになる。

「うおっ」鬼神よける。

「あぶなっ」女のけぞる。美しい銀髪、ふわ~ん。

「またかいな」鬼神、ちょっとあきれる。

「なにえ。私が悪いみたいに」

 お月さん、怒る。

 綺麗な銀髪をくりくりねじる。

「見たらアカンのかに」

「いや、私は無駄に力があるからな。万が一にも、ということだ」

「ふん」

 鬼神はお月さんの背中を撫でた。

 お月さん、機嫌直る。

 穏やかな表情して、なんか耳をかたむける。

「お月さんや。いま、イリスに祈られたのだが」

「うむ。私にも、なんか言うて来ておる。

 ──戦か」 

「うむ」

「やーれやれ。戦せな、生きておれんのかに? 人間は」

「しょうがないことなのだ。けものですら、縄張り争いをするのだから、」

 鬼神、立ち上がる。

「・・・だから、けものよりかしこい人間は、けものよりひどく争うのだ」

「降りるつもりやに?」

「うむ」

「手出しするのかに?」

「いや。万が一のためにだ」

「万が一とは、なにえ?」

「ヒューマンが、ハイエルフに挑む。珍しいことだろう?」

「そやに」

「なんかあったんではないか? 『勝てる』となるような、きっかけがだ」

「なるほど?」

 お月さんも、立ち上がる。

「──そういうことなら、私の力が必要そうやに?」

「うむ。来てくれるか」

「行くとしよう」

 

◆ 3、イリス、護衛をする ◆

 

 イリス。

 冬の朝。丘の街にて。

 護衛をする。冷え込んだ大通りに、白い息を吐きながら。

 イリスの隣に、小柄なダークエルフの戦士。この2人が先頭である。

 要人は、5人。

 まずは、我らがルーン隊長。

 黒と白のキリッとした男装で、じつに絵になる姿である。腰にはもちろん、神剣“グレイス”。

 そして、『事務局長』というダークエルフの女。滅亡した地下都市アルスの、議会重鎮の娘らしい。ピンクの肌した若い女であったが、いまはフードとマントで全身すっぽり覆っており、顔も見えぬ状態である。

 ルシーナとハルモニアー。

 ルシーナは、参謀。絹ぐもの綺麗なシャツとタイツ、温かい毛皮のコート。男装まではいかんが、中性的な装い。ちょっと肩で風切って歩くくせがあり、そのへんが男っぽいのだが、顔は『美人』としか言いようがない。『絶世』とつけてもよい。

 ハルモニアーは、もちろん、スカルドである。

 

 ・・・あ、この場合のスカルドとは『生きた議事録』という意味です。音楽家ではなくてね。

 主人に付き従い、主人が交わした会話、約束した内容を暗記するのが仕事なのだ。

 弁論官・補佐官といった役職も兼ねており、議論に参加することもある。

 スカルドがこうした高い地位にあるのは、ダークエルフ・ハイエルフ社会の特徴だ。

 月の女神の影響ですね。お月さんは、スカルドでもありますからね。

 

 スカルドの衣装は、きらびやか。ひらひら飾りのついた絹ぐものシャツに、太腿にフィットするタイツ。夜の雲のようにうっすら輝くケープという艶姿──なのだが、毛皮のコートをしっかり身体に巻き付け、雪うさぎみたいにふんわり丸くなっておって、よくわからん。可愛いが、色気があるとは言えん。ハルモニアー、寒がりなんである。

 姉妹の後ろに、ダークエルフの月の巫女。

 『湖の神殿』の巫女長の名代(みょうだい)。まあ、外務大臣みたいなもんである。

 名はトリフェーラ。この巫女、イリスたち三姉妹が地球に降りてきたときに、世話してくれた人である。イリスが『お面劇』をやったときにも、一緒にお面をかぶってくれた。

 巫女長名代、トリフェーラ。茶色の肌に、絹ぐもの薄絹を重ね、首元だけ銀色の毛皮のマフラー。たぶん寒いはずだが、平気な顔をしておる。というのも、観客が大勢居ったからである。

 

「なにえ。ダークエルフ」「アルスの方々らしいえ」「ほう、あの避難民の」「外人兵の方々」

 道の両脇に、ハイエルフ、ぞろぞろ。

 すでに朝市は出ておる時間。人が増える頃合いであった。

「綺麗なお姉さんやに」「立派になったに」「あんたなに見惚れておるのえ!」「見惚れておらぬ。見惚れておらぬ」

 大人気である。

 かつて、ルーン隊長がこの街に来た日には『なんだこいつ?』という目で見られたものだが。

 アシ戦争でもダークエルフは奮戦した、その影響もあろう。

 ハルモニアーの功績──スカルドの宣伝効果もあったろう。

「三日月の姫」「おお、あの歌の」「三日月姫ー!」「ルーン隊長ー!」「きゃー」「きゃー」「きゃー」

「あれが秘密の剣」「あなや!」「どないしたのえ?」「『生命探索』してみよ」「・・・なんと! 生命あるつるぎ!」

 ルーン隊長、大人気である。

 そして、ルシーナとハルモニアーも。

「もやもや光っておる」「神々しい御方なり」「ルシーナさまでは?」「誰え。ルシーナさま」「月の御令嬢」「なるほど、女神さま」

「お隣は?」「白うさぎのごとし」「可愛らし」「酒場で見たことある」「鬼神のスカルド!」「あー、あのハルモニアー!」

 評判、上々であった。

 が・・・

「先頭は誰え?」「わからぬ」「なんと赤い顔。鬼のごとし」「アシ戦争で見た」「知っておるのか」「いや知らぬ」

 ・・・イリスは、姉2人とはちがうようであった。

 

◆ 4、衛兵、私語やめる ◆

 

 こちら、領主の館。

 衛兵、門守る。

 1隊8人。正装し、びしーっと立って、門守る。

 そこに、ハイエルフの野次馬引き連れて、美しきダークエルフの一団がやって来た。

 整列。

 ハルモニアー、前へ。玲瓏たる(れいろうたる)声で、訪問のあいさつ。

「新生アルス。

 三日月の姫、ルーン隊長。

 議会代表、フローリア事務局長。

 湖の神殿。

 月の巫女長名代、トリフェーラ。

 『アルフェロン同盟』の呼びかけに応じて、参りましたえ!」

「は! ルーン閣下! フローリア閣下! トリフェーラ閣下!

 承ってございまする! どうぞ、お通りください!」

 衛兵。

 正門を開き、ダークエルフの一団を通す。

 ルーン隊長。通り抜けるとき、衛兵の2人にちらっと目をやって、うなずいた。

 衛兵2人、びしーっと敬礼する。

 門閉じる。

「・・・おい」

 ルーンと目礼交わした衛兵、他の衛兵につつかれる。

「そなたら、いまの何え」

「何がえ」

「三日月の姫にあいさつされたに。何え。言え」

「なんでもなし。昔ちょっと関わっただけやえ」

 衛兵2人。

 彼らは、ルーン嬢に惚れておる、あの門番2人組であった。

 ルーン嬢がこの街にやって来た日には、たまたま正門に居って、受け付けをした。

 アシ戦争の日には、ルーン嬢を助けんと水門から飛び降り足くじいた。

 休日にルーン嬢を口説いて、1回だけ一緒に食事したこともある。ダークエルフの恐いお兄さんも一緒であったが。いま、イリスの隣で先頭歩いとった男も居った気がする。

 そんな2人も、水門の戦いで昇進。いまやこうして領主の館も担当する身分。

「・・・我らの昇進を、祝ってくださったのやと思うえ」

「あなや。三日月の姫。なんと気の利く御方」

「聞きたければ後で話すゆえ、私語はやめるべし」

「ごもっとも」

 衛兵、私語やめ、びしーっと立って警備にもどる。

 そこに、ぬーっと、ハイエルフの軍人が現れた。

 青いレザーアーマーに、白いタスキしておる。

「空中警備隊長フォームラー。領主閣下の御命令により、参上した」

「は! フォームラー隊長! 承ってございまする!

 どうぞお通りください!」

 衛兵。門開ける。

 隊長。通る。例の衛兵2人をちらっと見て。ニヤッと笑って、うなずいた。

「・・・おい。いまの何え」

「昔、しごかれた」2人の衛兵、門を閉める。「『私語すな』言うて」

「なんと。話の種の多い奴なり」

 衛兵、私語やめ、びしーっと立って警備にもどる。

 次に現れたのは。

 なんと!

 真っ赤な肌した、大男の一団!

 でかい!

 身の丈、10尺! ハイエルフが肩車しても負ける!

 太陽を背にして歩いてくるその影、なんと長~く、こちらへ伸びてくることか!

 その赤き服の、なんとトゲトゲしきことか! 刃を生やしたがごとく、音もまた、がしゃんがしゃんと勇ましい!

 赤い大男、3人。その足元にウロチョロと、犬のごとき姿した兵士、6人!

 いったい何事!

 野次馬どもも、「あなや」「巨人」などとどよめく!

 犬のごとき兵、ささっと走り出して、おじぎ!

「巨人の国、国王陛下、近衛隊長、外務大臣!

 『アルフェロン同盟』のため、訪問でござる!」

 

 それは、なんと!

 鬼神のあとを継いだ、巨人の国の、王さま御一行!

 すなわち、鬼神の息子ども! 鬼どもの、3人であった! あとコボルド兵!

 

「は! う、承ってございまする! 巨人の国王陛下!

 どうぞ、お通りください!」

 衛兵。

 ちょっと声震わせつつ、門開く。

 すると、いちばんとげとげしき赤い服の大男、うなずいてこう言った。

「寒い中、御苦労さん。では、入らせて頂く」

 衛兵、びしーっと敬礼。

 鬼ども、コボルド兵、堂々と中へ入ってゆく。

 衛兵ども、門閉める。

 びしーっと立って、警備にもどった。

 

 この日。丘の街の領主の館に、4つの陣営が集まった。

 『丘の街』のハイエルフ。

 『新生アルス』と、『湖の神殿』のダークエルフ。

 『巨人の国』の鬼ども、コボルドども。

 4陣営は、同盟を組んだ。

 

 『アルフェロン同盟』。

 

 偉大な湖の名を冠した、この同盟。

 初めは、湖の水運を守るための同盟であった。

 それが『猿の神の湖の帝国』と戦う軍事同盟ともなり、果ては、大いなる災いに立ち向かう同盟ともなるのである。

 

◆ 5、なぞのとりおんな ◆

 

 午後。

 イリス。六尺棒持ち、見張り番。

 場所は、お宿の1階。

 イリスたちが下宿してきた、あのストーブつきの部屋の前である。

 ダークエルフの女どもが出入りして、荷物を運び出しておる。イリスは、荷物をくすねる不届き者が居らんか、外部から入り込む不審者が居らんか、目を光らせる役であった。

 ルーンと姉たちと過ごしてきた、楽しい思い出の部屋。

 荷物が、どんどん運び出されてゆく。

 見る見るうちに、空っぽに。

 テーブルが1つ、残るのみとなった。

 イリス、テーブルを見つめる。

「片づいたようやに」

 ルシーナがやって来た。

「父上、母上。ちと、引っ越しますえ」

 テーブルの上の、石版と女神像。

 鬼神と月神にお祈りするために飾っておった、2人の象徴。

 ルシーナはそれを、綺麗な布でくるんで、大切に胸元に抱いた。

「姉者・・・」

「ほな行こか」

 ルシーナ出て行く。イリス、ついてゆく。

 廊下を抜けて、食堂へ。

 4人で食事をし、スープ呑み、酒呑んだりした、小さな食堂。

 ルーンとハルモニアー、宿の主人と奥さんが、向かい合っておった。

「イリス、入り口をたのむえ」

「うん」

 イリス、宿の入り口へ。六尺棒立て、入り口を通せんぼ。

「・・・こちら、下宿契約の打ち切りの、違約金です」

 ルーンの声が聞こえた。

「いえそんな、隊長。結構ですえ。こちらも助かりましたに」

「お納めください。アルス再興の門出、助けて頂いた御方に、損させるわけに行きませんもん」

「そうですか。では、ありがたく」

「それと、これは私たち4人からの、個人的な御礼です」

 ルーンが渡したもの。

 4人で一緒に書いた御礼の色紙と、金一封である。

「かたじけない」宿の主人、ちょっと涙声。「立派になられましたに。アルス再興、我らも応援しておりまする」

「ありがとうございます。街来たときは、ほんま不安でした。このお宿のおかげで・・・」

 ルーンと主人夫妻、抱き合う。

 別れを済ませ、3人が出て来た。イリスも外へ出る。

 宿の周囲のハイエルフどもが、わらわらとルーン隊長に近づき、話しかけてくる。

 ダークエルフの戦士たちが輪を作り、近づきすぎないよう盾になり、ルーン隊長を守った。

 

 ごろごろごろ。

 通りを近付いてくる車輪の音がした。

 ハイエルフどもが「おお」とざわめく。道開ける。

 

 ぶわっさ。

 

 ガンメタリックの巨体、そこにあり。

 ガンメタ鬼神台。ガンメタリック・かぶとがに・鬼神台!

 なんでか、突然の登場であった!

 鼻面に、黒い筒9本くっつけておる。

「きしにぃ来ましたえ、隊長」ルシーナがわざと大きな声で言う。「時間も押しておりますに・・・」

「うん。

 ・・・みなさん、ありがとう。丘の街に繁栄あれ」

 ハイエルフが「わー」「三日月の姫ー」と歓声上げ、拍手してくれる中、3人はガンメタ鬼神台に乗る。

「イリス」ルーンが呼んできた。「何してんの?」

「え? うち・・・護衛やし」

「何言うてんの。ほら」

 ルーンが手伸ばしてくる。

 引っ張られて、イリスはガンメタ鬼神台の最後尾に乗った。

「どないしたのえ?」とルシーナ。

「どうもしてへん」とイリス。「護衛やから歩こかな思うただけ。ごめんに」

「・・・うん」

 

 ごろごろ。

 ガンメタ鬼神台、通りをゆく。

 ごろごろっちゅうのは、ずっと車輪使っとるから。飛んだら免許法違反とかいうので捕まるせいである。

「久しぶりやに、きしにぃ」とハルモニアー。「元気にしとった?」

 ぶわっさ!

「ずっと月に居ったん? 具合悪うない?」

 ぶわっさ。ぶわっさぶわっさ。ぶわっさ・・・ぶわっさ、ぶわっさ。

「わからぬ」

 とルシーナ。

 身乗り出し、手伸ばす。ガンメタ鬼神台の鼻先にくっついとった、9本の黒い筒みたいなやつ、取る。

「妙雅、解説してたもう」

<はいはい>

 妙雅の声。

 9本の筒みたいなやつ。正体は、オクトラであった。

 こやつは「飛ぶな」と言われても飛ぶ以外できんので、ガンメタ鬼神台にくっついとったわけである。

<降りてきたのは数日前。

 みなさんが下宿を引き払うというので、送迎しようと思った。

 調子は完璧ですぞ。いつでも戦えますぞ。──だそうです>

「ええ?」ルーン隊長、笑う。「きしにぃ、そんな感じなん?」

 ぶわっさぶわっさ!

「ちがう言うてるで? 妙雅」

<きしにぃはねぇ・・・>妙雅、ねっとりした声出した。<ルーン隊長の前ではかっこつけますのでねぇ・・・>

 ぶわっさぶわっさぶわっさぶわっさ!

 笑う3人と妙雅。

 イリスは空見上げ、冬の晴れ渡った青に、気持ちを飛ばす。

 そして、異物を発見した。

 空飛んどる、鳥が1羽。

 大鷲よりも大きなつばさ、女の頭、2本足、長いしっぽ。

 街の向こう側の空から、こっちへ近付いてくる。街の上空に入って来よる。

 ──女の顔?

「変なん飛んでおる」イリス、指差す。「こっち近付いておるえ」

 

 その鳥(?)。

 可愛らしい娘の顔して、こっちをじーっと見下ろしておる。

 そう。

 可愛らしい顔しとるんである。人間の娘みたいな。

 鳥なのに。

 身体つきもなんか、人間っぽい。

 羽毛生えとるし、くじゃくみたいな、長~いしっぽもあるが・・・。

 

「フラフラしておるえ」

 鳥(?)、なんか、ヨレヨレしておる。

 敵意はなさそうであるが・・・敵意なくとも、この街に、空飛ぶ自由はない。

 青いレザーアーマーの魔術兵が3名。

 地上から、鳥(?)に向かって急上昇するのが見えた。

「そこな飛行者、止まりなさい!」命じる声が聞こえた。

 鳥(?)はびっくりして振り向き、バランス崩し、それから、あわてて逃げようとする。

 魔術兵、そんな簡単に振り切られはせぬ。「止まりゃ」「止まらねば撃つ」と警告しつつ、追いかけてゆく。

 鳥(?)、なんか叫ぶ。

 ぱっ。

 突然、その姿、どこにも居らんようになった。

「消えた」

「水鏡?」とルーン。

「いやちがう」とルシーナ。「魔術兵も戸惑っておる」

 見上げる空。空警隊員がきょろきょろし、途方に暮れておる。

「・・・あ、そうか」とルーン。「水鏡は、『生命探索』は誤魔化せんのやったね」

 魔術兵は飛び回るが、発見できんかったらしい。引き揚げた。

「なんやろ」とルーン隊長。

「わからぬ」とルシーナ。

 しばらく警戒したが、何も起こらぬ。

 謎のまま、一行はふたたび進み出した。

「鳥女」イリス、首ひねる。「何しに来たんやろ」

 

◆ 6、新生アルス ◆

 

「新生アルスの第一歩に、乾杯!」

「かんぱーい」

 夜。

 石造りの部屋に、乾杯の音、響く。

 古いテーブルに盛られた肉料理に、ダークエルフどもの手が伸びる。

 山羊、ぶた、にわとり、ひつじに、馬。さまざまなけものや鳥の肉が焼かれ、ええ感じに冷まされたもの(ダークエルフは熱い食事が苦手なんである)。手でつまめる骨つき肉や、お椀に入ったスープ。

 ダークエルフの大切な文化である、きのこ料理も並んでおる。

 拍手が起きた。

 ハルモニアーが、『湖の神殿』の巫女トリフェーラを連れて演壇に上がったのである。

 竪琴鳴らすハルモニアー。ゆらゆらと舞うトリフェーラ。

 宴の始まりであった。

 

「ルーン隊長。これまでの貢献、本当にお疲れさんでした」

「フローリア局長。ありがとうございます」

 ルーン隊長と、ピンク色の肌したダークエルフの女が、輪の中心で話しておる。

 ピンクのは、今朝、フードとマントで全身すっぽり覆っとった女である。

 薄い薄い色した肌は、ルーン隊長とは別の種族のよう。見るからに華奢で、病弱そうである。

 彼女の周囲には、同じようにピンクの肌したダークエルフが並び、ルーン隊長を睨んでおる。

 そんなルーンの背後に、すすーっとルシーナが接近。会話の中に入ってゆく。

 

「──ピンクの奴らは、いっつもああなんや」

「あ、カバリオ隊長」

 イリスのそばに、小柄なダークエルフの男がやって来た。

 今朝、イリスと一緒に先頭歩いとった護衛の戦士である。小柄だが、アルス時代から警備兵やっとった男である。

 地上でも、外人兵の頃からルーン隊長と一緒に戦ってきた。

 そうした功績で、今回、隊長になったんである。

 カバリオ隊長。なんでか、パーティー会場の隅っこへ。

 イリスのそばへ、すたすたと歩いてやって来たんであった。

「おっす。イリス」

「おっす。隊長」イリス、相手を真似る。

「なんかそれ、慣れへんわ・・・」カバリオ、肉かじる。

「それ?」

「隊長言われるん」

「隊長やに。昇格おめでとう」

「うむう。ま、ありがとう」

 2人、乾杯する。

「ほんで、どないしたん? 隊長」

「・・・どないもこないも、見ろや。あのピンク」

「事務局長?」

「とその取り巻きや」カバリオは酒を一口呑む。「一回も戦わんかったくせに、急に出て来よった」

「うん」

「独立認められた途端や。そのうち牛耳ろうとしだすで」

 

 独立。

 『新生アルス』という都市国家の、独立である。

 丘の街の領主が、正式に「あなたがたは都市国家です」と、独立承認してくれたんである。

 領土すら、持っておらんのに。アルス避難民にあるのは、難民キャンプと、開発中の洞窟マンションだけなのに・・・。

 

「ルシ姉言うとった」とイリス。「同盟組んだら独立認められる。そしたら、色々寄って来るて」

「ああ」カバリオ隊長、ちょっと笑う。「ルシーナさまは・・・あれやな。うん」

「なにえ」

「いやいやいや。ごっついなあって。作戦、大当たりやん」

「そやに」

「『アルフェロン同盟』で独立て、最初聞いたとき、わけわからんかったもんな」

「ハイエルフはなんでも多数決やから、票欲しがるらしいに」

 

 そう。

 ハイエルフは、多数決が好きである。

 アルフェロン同盟でも、多数決が採用された。

 そうなると、自分に近い票が1票でも多い方が有利である。

 アルスを独立の陣営と認めれば、1票入る──これが、独立承認の背景であった。

 

「ほんま切れもん(者)や。ルシーナさまは」

「そやに」

「俺は、あほや」

「なに落ち込んでおるのえ」

「事実や。ルシーナさまにくらべたら、おまえ・・・。

 ピンクの奴らなんか、いまごろ出て来て何やホンマ」

「ピンクの人らに恨みあるん? カバリオ」

「いや、ない」カバリオ、肉かじる。「気に喰わんだけや。口だけ出す奴、好かん」

「そか」

「イリスは平気なんか? おまえ、戦功あるのに。しかも女神やのに」

「女神なんかな」とイリス。「うちは・・・なんかわからんわ」

「わからんて・・・」

 カバリオ、愚痴引っ込め、イリスをじっと見定める。

「・・・イリス。おまえは、俺らの戦友や。

 みんな感謝しとんねん。おまえに助けられた言うてな。隊長かて、そうやろ」

「ありがとう」イリスほほえむ。「カバリオも隊長やで」

「・・・俺ん中では、ルーンが隊長なんや。たぶん、ずっとそうや」

 カバリオ、食べた肉の骨、ぷらんぷらんする。

 そして、ダークエルフの輪の中へもどっていった。

 

 ・・・ぶわっさ。

「なに? きしにぃ」

 ガンメタ鬼神台、向きを変え、廊下のほうへちょっと移動する。

 止まってこっち見る。

 ぶわっさ。

「ついて来いって?」

 ぶわっさ。

 イリス、ついていく。

 衛兵の守る扉を抜け、廊下へ。

 廊下を歩いて、玄関へ。

 外は、満天の星空であった。イリスの母の姿は、いまは、夜空にはない。

 

◆ 7、ポタージュ、しゅつげんす ◆

 

 そこは、丘の街の郊外。城壁の外にある、狭い開拓地域。

 古い石造りの城館である。

 元はハイエルフの豪商の家である。丘陵地の開拓のために建てたらしい。

 しかし開拓は失敗、豪商は病で死に、空き屋に。アシ戦争もあって、価値、下がりっぱなしに(城壁の外ですからね)。

 それをルシーナが目敏く見つけ、購入した。

 資金はルーンと三姉妹が工面した。ルーンとルシーナは丘の街に頭下げ、借金した。イリスも貯金を出した。

 やっとこさ購入したところで、ピンクのダークエルフたちが「一部を負担してやろう」などと言うてきた。

 ルシーナが対応したのでイリスは知らんのだが、おそらく、金を出させる代わり、フローリアという女を受け入れたのであろう。

 

 ぶわっさ。

「なに?」

 ガンメタ鬼神台、ふわ~んと宙に浮かんだ。

 イリスが首ひねると、ぐいーんと宙を飛んで、ぐるっと回って、もどって来る。

「・・・あ、そっか。ここ街の中やないから、空飛んでもええわけやに?」

 ぶわっさ、ぶわっさ。

 イリス、ほほえんで、ガンメタ鬼神台に乗る。

「ええよ」

 ぶわっさぶわっさ。

 ガンメタ鬼神台、動かぬ。

「なに?」

 なんか、ぶわっさ、ぶわっさと指示をし、動こうとせぬ。

「えーと・・・しっかり掴まれて?」

 ぶわっさ。

「この前落ちたからかに? ふだんそんなこと言わへんのに・・・」

 イリス首かしげつつ、言われた通りにしっかり手すり持つ。

 ぶわっさ。

 ガンメタ鬼神台、ぐいっ・・・! と力強く、浮かび上がる。

 なめらかに、加速する。

 書の達人の走らせる筆のごとく──加速する!

 速い! もんのすごく!

「はやっ」

 イリスおどろき、立っておった姿勢をあらため、屈んだ。

 立っておると余計な風が当たり、ガンメタ鬼神台の姿勢がわずかに乱れてしまう。

 屈んで風防の中に収まってやれば、それはなくなる。そして──

 

 ひゅおおおぉぉぉ・・・ん・・・!!!

 

 ──風を斬る音が、澄んだ、鋭い音になってゆく。

「はやい」

 イリス、つぶやく。

 夜空をぶっ飛ばすガンメタ鬼神台。

 これまでイリスが経験したことのないスピード。

 あっちゅう間に、アルフェロン湖上に出る。

 

 うぉん・・・・・・・・・!

 

 森から湖上へ出た瞬間、音がまた少し変わった。

 ふと、イリスはなんも聞こえなくなったような気がした。

 風切り音が意識から消え、夜気の冷たさもどうでもよくなり、湖がずーっと向こうまで見渡せた。

 湖にかすかな波を立てながら、ガンメタリックのかぶとがには、ぶっ飛ばす。

 斜めになり、大きくカーブしはじめ、どんどん横倒しに──ほとんど真横になって、Uターンする。

 イリスは、静かな湖面の上を、自分1人で飛んでおるような気がした。

 岬をかすめる。

 あそこはたしか、父母が出会った岬だったはず。

 イリスという仮名を頂く由来となった、虹の、そのたもとの岬である。

 丘の街へもどる。

 見る見るうちに館に迫る。

 そして。

 恐ろしいほどの、ブレーキ・・・・・・・・・!

 力の強いイリスが、本気で手を突っ張り、足を突っ張らんといかんほど。

 イリスは、自分自身の体重を意識した。その体重を支える屈強な身体を、意識した。

 気付くと身体は温まり、ぽかぽかしておった。指先はかじかむぐらい冷たいのに。

 地面に降りる。ちょっと足がフラフラした。

<イリス。お帰りなさい>

 オクトラが待っておった。

「ただいま・・・」

<ふっふっふ。さすがに、びっくりしたようですね?>

 なんでか、妙雅、自慢げである。

<おじちゃんモードでしたからねえ、兄者>

「おじちゃんモード」

<イリスの父上が1人で乗ってるときの速度ですよ>

「おっ父の速度・・・」

 イリス、ガンメタ鬼神台を見る。

 ぺたん、ぺたん。ガンメタ鬼神台、しっぽで地面を叩く。

<さて>と妙雅。<姉者がたが探しておられますよ。一応、大丈夫とは伝えておきましたけどね>

「あ、うん。ありがと。もどるえ」

 イリスはちょっとすっきりして、ダークエルフどもの宴会にもどろうとした。

 が、そのとき。

 

 どさ。

<ぐえっ>

 

 オクトラの上に、鳥(?)出現。そのままオクトラもろとも、地面に落ちた。

「え?」

<ぎゃあ! ぎゃあ! こわれる!>

 イリス、足を伸ばし、ちょんと鳥(?)をつつく。

 ごろり。

 鳥(?)、仰向けとなる。

 イリス、オクトラ、ガンメタ鬼神台。

 地面に転がった鳥(?)囲み、油断なく、観察する。

 大鷲よりも大きなつばさ。くじゃくのごとく長いしっぽ。人間のごとき形した身体。

 そして、可愛らしい娘の顔。

「・・・あ、鳥女」

 ぱち。

 鳥女、目を開ける。

 イリスと目が合うた。

「ぴぃーーーっ!」鳥女、叫ぶ。「なに? なに? だれ?」

「うち、イリス」とイリス。「そっちはなに?」

 鳥女。

 起き上がろうとして、へにゃっとこけた。「・・・お腹へった」

「お腹へったん?」とイリス。

「うん」

「なんか食べる?」

「お肉」

「お肉食べれるん? 焼いたんでもええん?」

 鳥女、首かしげる。「焼いたんで燃えーん?」

「持ってきてみる。待っとき」

 イリスはそう言うて、中に入りかけた。

 で、止まる。振り向く。

「・・・で、あんた誰?」

 鳥女。

 こう答えた。

「ポタージュ」

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