◆ 8、イリスと、ポタージュ ◆
ポタージュ。
つばさのある、娘。
手はつばさ。足は人間。顔も人間。
温かそうな羽毛に包まれ、青いドレスに白い襟巻きしたみたい。はだかなのだが。
髪の毛も羽毛になっており、びっくりすると、フワッと逆立つ。
尾羽もある。くじゃくみたいに長く、扇みたいにたたんだり広げたりできるようである。
背はイリスよりだいぶ小っちゃい。ハイエルフよりすこし小っちゃいぐらいか。
つばさは1尋(ひろ)を優に超える。つまり、ハイエルフが寝そべったよりでかい。
・・・と、ここまで説明いたしますと、「それはハーピーでは?」とおっしゃる方も居られるかもしれない。
たしかに、『ハーピー』として知られる伝説の鳥女と、似た部分はありますね。
イリスもそう思うた。それだから、訊いてみたのだ。
「ポタージュって、ハーピー?」とイリス。
「ポタージュは、ポタージュ」とポタージュ。
「種族は、ハーピー?」
「しゅぞく?」ポタージュ、首かしげる。「わかんない」
「そうなん。お父とお母はだあれ?」
「おっ父は、高い湖のナウマーズ」
「なうまーず」
「ナウマーズ。高い湖のヌシ。こーんな口して、なんでも、ぺろん。ひげも、とても、長ぁーい」
ポタージュ、つばさをファサーと広げて見せた。
「こーんな口して。・・・もっと、でかい」
「でっかいお父さんやに」
「うん。でかい」
胸を張って、ほほえむポタージュ。
それから、へにゃっと伏せる。
「お腹へった・・・」
「お肉持ってくるから、待っとって」
「おにく・・・」
イリスは、ガンメタ鬼神台と妙雅のオクトラをその場に残し、館にもどった。
館では、ダークエルフどもが宴の真っ最中である。
「どないしよ・・・」
イリス、困る。
姉たちを見るが、声かけれる状態ではない。
ルシーナはルーンと共にピンクのダークエルフに囲まれ、にこやかに利権を争っておる。
ハルモニアーは竪琴に白い指をすべらせ、演奏中。
周り見ると、カバリオ隊長と目が合うた。
カバリオ隊長。またイリスのとこにやって来てくれた。
「イリス。こっち来て一緒に呑まへんか?」
「あ、隊長」イリスほっとする。「外に、変な子が来ておるのえ」
「なんやと? ほな行こか」
「なんやこいつ!?」
「ぴぃーーーっ!?」
ポタージュ、飛び上がる。
ひとっ飛びで3尋ぐらい飛びすさった。
「なに? なに? だれ!?」
「誰ておまえ、そんなんこっちのセリフじゃ。ひっく」
カバリオ隊長、しゃっくり。
顔には出しとらんが、かなり驚いたようである。
「・・・あ、こいつアレちゃうか? 昼に、街のうえ飛んどったやろ?」
「そうらしいねん」とイリス。「ポタージュ? これ、カバリオ隊長」
「かばりおたいちょー?」
「カバリオでええぞ」
「かばりおでえーぞ?」
「カバリオ」と隊長。「『小っちゃい馬』いう意味や。身体小っちゃいからな。こんなあだ名つけられてもたんや」
「んーん?」ポタージュ、首ひねる。「小っちゃくないよ?」
「そうか?」たしかに、彼女よりは隊長のが背が高い。「そらありがとう」
「この子、ポタージュ言うらしいねん」
「ポタージュか」
「ポタージュ!」鳥娘、胸張る。すぐ切なそうにする。「おにく・・・」
「はい、どうぞ」
「お肉!」
ポタージュ、鼻突き出し、目輝かせ、口半開きにし、首伸ばしてきた。
皿に盛られた肉を眺め、イリスを見、カバリオ隊長を見、後ろのほうにおるガンメタ鬼神台を見る。
「もしかして、手で持たれへんのかな。置いた方がええ?」
「おいたほーがえー?」
「持てる?」
「持てるー」
ポタージュは右のつばさ伸ばし、くいっと折り曲げた。
人間で言うところの親指の付け根にあたる部分で、くるっと、丸め込むがごとくして、骨つき肉を取る。
「食べていい?」
「どうぞ」とイリス。
「いただきまーす・・・」
はぐはぐはぐ。
ポタージュ、噛み付き、引きちぎり、肉食べる。
「???」不思議そうな顔する。「にがい・・・」
「苦い?」とイリス。
「塩がアカンのちゃうか?」とカバリオ隊長。「いぬやねこは、塩ついた肉アカンぞ」
「じゃあ、味あんまりついてへんやつ。これはどう?」
はぐはぐはぐ。
「うん・・・」微妙な顔。
「お嬢ちゃん、果物は食わへんのか?」
「食べるよ・・・」
「はい。アルフェの実」
カバリオ隊長、イリスに赤い実わたす。
「あるふぇ?」
ポタージュ、首かしげる。左のつばさで、アルフェの実受け取る。
ぼと。つばさすべり、実落ちる。
「落ちた・・・」悲しそうにする。
「切ったげよか」
イリス、ちょっと離れてから、ナイフ抜く。ポタージュびびる。
イリス、アルフェの実を服でゴシゴシ拭いてから、手のひらの上で二ツ切りに。さらに四ツ切りに。イリスは手のひら大きく刃物の扱いも上手である。手品みたいに、スパスパとアルフェの実、八ツ切りとなった。
1つ口に入れて、かじる。シャクシャク。
「はい」残りを出す。「アルフェの実」
「あるふぇのみー・・・」
シャクシャク。ポタージュ、実を食べる。
「アルフェの実!」
もひとつ。シャクシャク。もひとつ。シャクシャク。
「んんー!」笑顔になる。「おいしい!」
「ほな、お代わり取って来たるわ」
カバリオ隊長が離れた。
「お肉は口に合わへんかった?」とイリス。
「うん・・・」
「そっか」
イリス、ガンメタ鬼神台に腰掛けて、冷え始めた肉を自分が食べる。
ポタージュ、イリスの手が届かんぐらいの距離で、左右に動く。右足をすっ・・・と右へ出して、そっちに動く。しばらくすると左足をすっ・・・と左に出して、そっちに動くんである。結果、同じような位置で左右にダンスするみたいになっておる。それになんの意味があるのか、それはイリスにはわからなんだ。
「もぐもぐ」イリス、食べながら訊く。「ポタージュ、なんでここ来たん?」
「お腹減ったから」
「急に出て来たんは、どないしてやったん?」
「・・・ひみつ」
「秘密? そっか。ここ来る前は、何しておったのえ?」
「飛んでた」
要領を得ない会話である。
しかし、イリスは特に気にせぬ。
「ふーん」と受けて、話をつづける。「街の上飛んでおったに? あれは、なんで?」
「それ」
ポタージュ。
ガンメタ鬼神台をつばさで指した。
「お父ちゃんみたい。だれ? って思って、見てた」
「へえー。ポタージュのお父ちゃん、こんな感じなん?」
「もっとでっかいよ」
「ごっついでっかいお父ちゃんやに」
「うん」
「イリスのおっ父もでっかいよ。鬼神ていうねん」
「きしんてゆーねん?」
「腕6本あって、目ぇ3つあんねん」
「めーみっつあんねん?」
イリス、いちいち訊き返されるのに慣れてきた。
どうやら、ポタージュ。意味を知りたくて訊き返しとるわけではないらしいのだ。
相手の声を真似するのが、クセのようなんである。
ものまね。いや、声まね。それが好きなようなんである。
<声まね、上手いですね>
イリスの頭上をただようオクトラがしゃべった。
<イリスそっくりですよ>
「そうかに?」
「だれ? だれ? なに?」ポタージュびびる。
「これ、妙雅」
<オクトラです>
「おぉくとっらでーす?」
「ほんまや。妙雅そっくりやに」
<似てませんよ。私そんなじゃないですよ>
「わたっしそんなじゃないでっすーよ?」
「こっちは『きしにぃ』。私のおっ父の相棒」
ぶわっさ。
ガンメタ鬼神台、音出す。
ポタージュ、首をすっと伸ばす。ぴょこんと頭の羽毛が立つ。
「つばさの音したよ?」
「きしにぃはね、つばさの音でしゃべんねん」
ポタージュ、ガンメタ鬼神台をぐるぐる回る。
「・・・つばさないよ?」
「ないけど、空飛べんねん」
「!」ポタージュ、びっくりする。「きしにぃ、ルーン持ってる?」
ぶわっさぶわっさ・・・ぶわっさ、ぶわっさ。
「えーとね」イリスは考える。「うちのおっ父が分けたんが、あるんやったかに?」
ぶわっさ。
「おっ父と一緒!」
「ポタージュのおっ父も、ルーン持っておるん?」
「うん! きしにぃ、湖のヌシ?」
ぶわっさぶわっさ。
「ちゃうえ。きしにぃは、空飛ぶ台の勇者」
「そらとぶだいーのゆーしゃ?」
ガンメタ鬼神台。ぺたん、ぺたんと、しっぽ上下する。
ポタージュ。右に、左に、その場ダンスする。
ガンメタ鬼神台。ポタージュに合わせ、首振る。座っとるイリスもゆらゆらする。
「きしにーい?」
ぶわっさ。
ポタージュ、首をにゅーっと伸ばし、ガンメタ鬼神台に近付いて来た。
「乗っていーい?」
ぶわっさ。
「ええって。ここどうぞ」
「ぴぃー、ちゅちゅちゅ!」
ポタージュ、綺麗な声でそう鳴くと、ひょいと飛んで、イリスの隣に乗った。
つばさ、ばさばさっとする。イリスの髪、ちょっとはたかれる。
つばさ、たたむ。
フワーとふくらみ、満足そうにふーっと息をつくポタージュ。
カバリオ隊長が戻ってきた。
ポタージュ、びびる。ガンメタ鬼神台から降りてあっちに離れる。
隊長、イリスにかご渡す。アルフェの実が3つ入っておる。
「イリス、任した。俺は中に連絡回しとく」
「うん」
隊長去る。
「アルフェの実?」
「切ったげるね」
イリス。ナイフふたたび手に取って、手のひらでスパスパ。手品切り。
ポタージュ。まだか、まだかと、左右にダンスして待ち、うれしそうに甘酸っぱい実を食べた。
結局ポタージュ、アルフェの実を全部平らげて、飛んでった。
どこに飛んでったのかはわからん。まあ、どっかに塒(ねぐら)があるんであろう。
で、翌朝。
イリスが散歩しとると、耳の後ろで、ばさばさっ! とつばさはためく音がした。危うく武器抜いて反応しそうになる。
ポタージュであった。
可愛らしい娘の顔して、カニみたいに左右にダンスして、こちらを見てきおる。
「おはよう。ポタージュ」
「おはよー。イーリスー♪」
綺麗な声で、イリスの仮名を歌い上げよる。
イリスはよい気分になった。
「アルフェの実あるえ」懐から取り出す。「食べる?」
「アールフェの実ぃー♪」
「切ったげるね」
イリス。手品切りして、アルフェの実を八ツにする。
ポタージュ。羽毛がイリスにふわふわするぐらい寄ってきて、うれしそうに実を食べた。
こうして仲良くなった、ある日のこと。
ポタージュは、自分の生い立ちの話をしてくれた。
それはこんな話であった・・・
◆ 9、ポタージュの、おいたち ◆
──
『ポタージュ、高き湖の鳥女』
西方に、『竜ヶ峰(りゅうがみね)』という山あり。
いと高きその峰、雲かかり、白き雪かむるその中に、『高き湖』あり。
大いなる口したナウマーズ。この『高き湖』のヌシなり。
ある夜、雲に月光かがやいて、光の精霊、あらわれる。
「なんと綺麗な雲なりや! 交わらずには居られんぞ」
ナウマーズ、よろこび飛び跳ね、かがやく雲と交わった。
雲はたまごを産み落とし、ナウマーズの元に残していった。
生まれた、たまご。雲のごとし。
あっちへふわふわ、こっちへふわふわ。風の吹くまま、飛んでゆく。
「こりゃあ、困った。困ったわい」ナウマーズは、困り果てた。
そんなとき、やって来た男あり。
ひょろひょろした旅人。ナウマーズを見て、こう持ちかけた。
「やあ、『高き湖』のヌシどの。御身に頼みがあるのだが。
私をかくまってもらえまいか? ちょっと追われているのでね」
「おぬし、これ見てわからんか? いま、人を助けるどこじゃない」
「私をかくまってくれたなら、たまご、落ち着かせて見せるとも」
「そう言うならば、やってみよ。わしの口に、隠れてな」
そこに今度は、つばさへび!
白いつばさ持つへびが、大空いっぱい、飛んで来る。
冷たい蛇眼で、ギロリ、ギロリ。なにやらものを探しておる。
ナウマーズは、なんも言わなんだ。口に旅人を含んだままで。
「助けてくれて、ありがとう。約束どおり、これをあげよう」
旅人、差し出す。目に見えず、手にも触れぬ、お宝を。
「『空間』のルーン。ものごとを、自由に動かせるルーンさ」
ナウマーズ。半信半疑で、やってみた。
「『空間』のルーン。たまごよ、岸辺に落ち着け」
すると、なんとしたことか!
タマゴは岸辺に落ち着いて、ぴたっと留まってくれたではないか。
「おお! これで安心じゃ。礼を言うぞ、ありがとう。
して、そなた一体、何者じゃ?」
「私は旅人、名はレガー。ちょっと追われているだけさ」
ナウマーズとかがやく雲の、子供たち。
たまごから孵った(かえった)その子らは、つばさ持つおなごであった。
エサねだり、ぴょんぴょん跳び、つばさ広げて飛び立った。
ある日、おそろしい竜震で、何もかもが壊れるまでは。
ナウマーズの幸せは、なくなった。おそろしい竜震によって。
峰たおれ、岩は裂け、『高き湖』は干上がった。
「ああ、もうだめじゃ。おしまいじゃ。娘どもよ、逃げるがよい」
空へ飛び立ち、逃げる子ら。
しかし、1人は、逃げなんだ。最後に生まれた、その子だけは。
「おっ父。一緒に逃げようよ。おっ父、一緒に空飛ぼう?」
「ポタージュ。わしは、飛べんのじゃ。おまえだけでも、逃げるがよい」
そうして言い合いするうちに、高き湖は、崩れ落ちた。
真っ二つに裂けてゆく、暗き地割れのその底へ、みんな呑まれてしもうたのだ。
落っこちていってしもうたのだ。ナウマーズと、ポタージュも。
「おお。おお。なんとしたこと。この子を巻き添えにしてはならぬ」
ナウマーズはあせったが、ポタージュ、しがみついて、離れない。
「なんとかせねば。なんとしてでも、この子は生かしてやらねばならぬ」
そうして彼は、思い出す。自分にルーンのあったこと!
「『空間』のルーン! わしらを、安全なところへ落ち着かせよ!」
叫んだ瞬間! 効果てきめん!
父と娘は姿消え、遥か下界へ、運ばれた。
ぼちゃんと水に落っこちて、見回してみれば、湖の中。
見渡す限りの黒い水。温かきその水は、豊かににごって、さかながいっぱい。
その名も偉大なアルフェロン。
偉大なルーンの力によって、父娘は運ばれて来たのであった。
アルフェロン湖に暮らす日々。やがて、時がやって来た。
「ポタージュよ。わしを助けた末っ子よ。
そなたにふさわしい贈り物をやろう」
ナウマーズ、差し出す。目に見えず、手にも触れない、お宝を。
ポタージュ、受け取る。2人を救った、お宝を。
『空間』のルーン!
高き湖のポタージュは、こうしてルーンを授かった。
──
「・・・ポタージュ、ルーンもろたん?」イリスおどろく。
「うん」ポタージュ、うなずく。
「秘密て言うてたん、『空間』のルーンのことやったんやに」
「うん。好きなとこ、行けるよ」
ポタージュ。
トテトテトテ・・・と離れてから、こう唱えた。
「『空間』のルーン! ポタージュを、イリスの横に落ち着けよー」
ぱっ。ポタージュ消える。
ばさっ!
ポタージュ、出現す。イリスの隣に。
「あなや!」イリスおどろく。「へえー! すごいに」
「すごいよ」
ポタージュはにこにこした。
「イリスも、やってみる?」
「ええのかに?」
「ええのかにー?」
ポタージュはにこにこして、つばさでイリスの肩に触れた。
「『空間』のルーン! ポタージュとイリス、綺麗なところへ、飛んでけー」
ぱっ。2人消える。
ばさっ! 2人、出現する。
雲の上であった。
「え?」
イリス、落っこちる。
あっちゅう間に雲突き抜け、下界へ。
眼下に広がるは、アルフェロン湖。
雲の高さから見渡す巨大湖。
ポタージュにとって、いちばん綺麗な光景──ということであったろうか?
たしかに、絶景ではあった・・・。
「『空間』のルーン! イリスを、さっきのとこに、落ち着けよー!」
ポタージュの叫び声がした。
ぱっ。イリス消える。
どてっ。地面にこけた。
さっきのとこであった。
ちょっと間があって、ばさっ! ポタージュ、出現す。
「イリス。ごめんなさい」
「ちょっと、危ないルーンやに」
こんな失敗もあったけれども。
ポタージュは、やがて、このルーンでイリスを助けることになる。
それは、このあとしばらくして。『猿の神の湖の帝国』との、戦でのことであった。
◆ 10、犬の女神団、せまる ◆
その冬の、ある日。
『猿の神の湖の帝国』を名乗る使者が、『丘の街』に現れた。
「偉大なる『猿の神の湖の帝国』より、臣民たるべきエルフどもに申す。
我が国の川の利用には、税金が発生する。速やかに税を納めること」
「何を言うておる? そなた、気ちがいか?」
丘の街の領主は首をかしげた。
ところが、使者は本気であった。
『猿の帝王』の印の入った文書をかかげ、こう言うてきたんである。
「支払いを拒否するなら、脱税である。責任者の出頭を命じる」
「ど阿呆! ばか猿! 山賊どもの寄せ集め!」
丘の街の領主。
キレた。
「その首飛ばされたくなくば、いますぐ我が国から去ぬる(いぬる)がよい!
古(いにしえ)の種族を侮るな(あなどるな)と、おまえたち山賊の頭に伝えよ!」
戦の始まりであった。
「た、隊長! コボルド、コボルドが──千人以上!」
洞窟に響く兵士の声。
立ち上がるダークエルフども。
「ほんまか? ちゃんと数えたか?」
カバリオ隊長。
立ち上がり、青銅のかぶとかぶりつつ、歩き出す。
「ほんまです!」報告してきた、若いダークエルフ。隊長の後ろについてゆく。「数は・・・はっきりはしませんが!」
「そうか。わかった。
イリス。おまえら。装備してついて来い」
「はーい」「は!」「は!」
「そっちは、柵、用意せえ。入り口ふさぐ。乱杭(らんくい)のやつやぞ」
「は! 乱杭の柵、入り口へ運びます」
カバリオ隊長、イリス、ダークエルフども。
ゆるやかな下りをすたすた歩く。
真っ暗闇だが、誰もつまずいたりはせぬ。
青銅のヨロイがかすかに音立てる。イリスたちは青銅装備である。報告してきた若いのだけは、革ヨロイだが。
洞窟の出口へ。
夕暮れの弱い光が差し込んでおる。
「盾かまえ」とカバリオ隊長。
がしゃっ。全員、一斉に盾をかまえる。イリスも。
「イリス、右」
「はい」
隊長が出口の左の壁に。イリスが右の壁に。それぞれ身を隠し、外をうかがう。
夕焼けの空。
アルフェロン湖までつづく深い森。
出口すぐそばの岩に、白い雪がうっすらと積もっておる。
雪とねずみ色の岩。白と灰色は、そのまま眼下へ広がり、森に消えるあたりまでまだら模様がつづいておる。
その模様を踏みしめて。
ハッ、ハッ、ハッ。
けだものが、迫って来ておる。
舌垂らし、キラリ、キラリと目輝かせ、斜面を登ってくる、いぬ。
びっしりと。
岩肌が見えなくなるぐらい、びっしりと。
コボルド兵どもが、迫って来ておった。
「猿の軍かに?」とイリス。
「そやろな」とカバリオ。「コボルドは洞窟好きやからな。このマンション、取りに来たんやろ」
──イリスたちが居るのは、洞窟マンション。
以前、ルーン隊長と一緒に荷馬車を連れてやって来た、あの洞窟マンションである。
開発は順調であった。
部屋となる横穴がいくつも掘られ、井戸が掘られ、下水溝も整備された。
開発部員たちに、試験を兼ねて部屋が割り振られ、「寝心地よし」と確認もされた。
春にはこちらに移れると、アルス避難民、よろこんだ。
そんなタイミングで、戦争。
司令官ルーンと、参謀ルシーナ。
悩んだ。
『丘の街』から、主力を離すことはできぬ。だが、もしも、洞窟マンションが襲われたら・・・
「・・・こっち来て、当たりやったに」とイリス。
「おう。イリス。ほんま助かるわ。
──あ、天空大臣閣下? やったか? もな」
<お褒めにあずかり、光栄です。カバリオ隊長>
イリスの頭上の暗闇から、妙雅の声。
<イリスさまとは、生まれたころからのお付き合い。
このオクトラ。通信のみですが、お役に立って見せますとも>
オクトラ。
『同盟国・巨人の国からの通信支援』という位置づけ。
まあ、同盟関係なく仲良しなのだが、今回は形式も整えたっちゅうわけである。
「助かるえ。妙雅」とイリス。
<どういたしまして>
「姉者らのほうは、どうかに?」
<まだです。斥候より『敵軍、川沿いに移動中』との報。しかし、交戦はまだ、なし>
「巨人の国にも、コボルドは居るんやったか?」と隊長。
<はい。
ですが、大丈夫です。
表にいるのは、よそのいぬ>
「そうか」
<うちは、いぬのしつけ、厳しいですからね。仲間に牙むいたりはしませんよ>
「ほな、遠慮はいらんな」
「そやに」
イリス。
表情を引き締め、篭手(こて)の紐を締め直す。
「・・・ヨロイ買うといて、良かったえ」
青銅の篭手(こて)と、すね当て。イリスが個人的に買い足した装備である。
「俺も買うといたら良かったわ・・・」イリスの後ろのダークエルフ兵が応じた。
「急に品切れになったもんな」別なダークエルフ兵。
「そやねん。売り切れるような値段やないのにな」
「ヒューマンに流れとんちゃうか」
「大将来るぞ」カバリオ隊長が注意をうながした。
大きな影が、岩山を登って来る。
巨大な、いぬ。ただし、二足歩行。コボルドと同じように。
のっしのっし。のっしのっし。大きなお腹を揺らして、群れの先頭に出て来おる。
巨大コボルド。
ふんぞり返って、告げてきた。
「そこな洞窟に、ひそむ者ども。
武器を捨て、ヨロイ脱ぎ、洞窟を明け渡しなさい。
さすれば、生命ばかりは見逃してやりまする」
「ふむ」
カバリオ隊長、ゆっくりと出口に姿を現わした。
「コボルドの大将よ!
時間は、どんぐらい、もらえるんや?」
「あげませぬ」
「んな阿呆な。歩いて出ることも出来へんがぃ。
一刻(2時間)くれたら・・・」
「では、百数えるあいだだけ、待ちまする」
「そら短いわ。もうちょっと何とかならへん?」
「なりませぬ。百」
「しゃあないなぁ。百やな? はいはい、わかったわ」
カバリオ隊長、引っ込む。
笑う。
「お上品な奴や。戦、慣れてへんな、あいつ」
「柵、間に合いそうやに」とイリス。
「そういうことや」
<コボルドはちょっと頭硬いですからね・・・>
「あと、50ですよ」
──などと、ふんぞり返る、巨大コボルド。
その間に。
柵、到着。
先とがらせた、細丸太。ずらりと、外に向けて、並べられた。
「あっ!」
巨大コボルド、気付く。
「ダークエルフども! だましましたね!」
「だましてへんわ! 人聞き悪いやないですか、コボルドの大将」
とカバリオ隊長。
「百待ってくれる言うから、準備しただけのことや」
「ひきょうもの!」
「じゃかましゃ!(やかましいわ!) 野良犬が」
「のらいぬ!? ぐうう! この私を、誰と心得る!」
「知らんがな」
「ううう、ワンワン!」
巨大コボルド。
きばを白く光らせて、こういうふうに怒鳴ってきた。
「我は、おおかみ。
我は、コボルドどもの太母(たいぼ)。
犬の女神! それが、我が名にございまする!」
なんと。
敵は『犬の女神』の軍団のようである。
「なんやと?」「神やと?」「まじで?」
ダークエルフ兵、おどろく。
「言われてみれば、でかいけれども」「神の相手せなアカンのか」「大事(おおごと)になってきよった」
「なにびびっとんじゃ」
と、カバリオ隊長。
「こっちにも女神さま居るやろ。イリス」
「は?」とイリス。
みな、イリス見る。
「あ、そやな」「言われてみれば、女神やったわ」「イリスたのむで」「また団子分けたるから」「団子の女神さま」
「・・・あほ」イリス、笑う。
「ええい! 49、48、47、46、45──」
『犬の女神』と自称した、巨大コボルド。
まじめな性格なのか。だまされたとわかっても、数えておる。めっちゃ早くなっとるが。
ダークエルフは、柵に岩乗せて補強。予備の槍を壁に立てかけ。鉛弾(丘の街のアレ)の箱まで持って来た。
準備万端である。
巨大コボルド、歯ぎしりする。
「うーっ! 37、36、35、34・・・」
まじめであった。
「──3、2、1、なし!
コボルドどもよ!
偉大なる、おおかみの末裔(まつえい)よ!
すすめ! ころせ! ひきょうものから、うばいとれ!
ダークエルフをみなごろし、良きあなぐらを、我にささげよ!」
わおーん!
コボルド兵ども。日の沈んだ空に、ほえる。
巨大コボルド、手にした大槍を、イリスたちに向けてきた。
「せんとうかいし!」