◆ 11、コボルドども、おしいらんとす ◆
カバリオ隊長と、イリス。
ダークエルフの洞窟マンション(建設中)にて。
『犬の女神』の、コボルド部隊を、迎え撃つ。
「すすめ! すすめ!」犬の女神が、吠え猛る。
小さい木の盾、頭にかざし、コボルド槍兵、突撃してくる。
「わんわん!」「わんわん!」「わんわんわん!」
コボルドども。
武装は、粗末であった。
木の盾は、薄い板切れを別な板切れで釘打ちに留めただけ。平らに持つのも苦労する、雑な作り。
槍も、青銅の穂先かぶっとるのは、わずか10分の1ぐらい。
黒くとがった木の槍がほとんどであった。
・・・あ、黒いのは、火で焼いて固くする工夫ですからね。色を塗っとるわけではありませんよ。
ヨロイといえば革切れを身体に縛りつけておるのみ。ほんの数人が青銅のかぶとを宵闇に光らせておるだけである。
しかし、数だけはわんさか居る。
見える範囲だけでも、百以上なのは間違いない。
守るダークエルフ。
武装は充実しておるが、人数が足らぬ。
青銅ヨロイした重装兵は、たったの12人。その他は新兵や荷物運びの軽装兵ばかりである。
主力メンバーは『丘の街』に守りの陣を引いておって、洞窟マンションにこれ以上の兵は割けんのだ。
イリスをこちらへ回したのは、ルーン司令とルシーナ参謀の、苦肉の策である。
──というわけで。
コボルドども、初めっから勝ったつもりで、調子づいておった。
「押せ押せわんわん!」「勝利だわんわん!」「奪うぞわんわん!」
洞窟マンション入り口に殺到してきたコボルド。
わーっと、乱杭の柵に取りつく。
「今夜の、おうち!」「おいらの、おへや!」「かかあにやるぞ」「こづくりするぞ」
勝手なことをわめきながら。
小さい背丈をさらに小さくして、四つん這いに近い姿勢で、タックル。
ダークエルフの洞窟マンションに。コボルドども、押し入らんとす。
グイグイグイグイ。柵を押す。
ずりずり、ずりずり。柵、ズレはじめる。
どかん!
イリス、柵蹴る。
蹴りもどす。コボルドごと、ズズン! と。
「わふっ!?」「ぎゃん!」「ぎゃおん!」
コボルドども。
はじけ飛ぶ。
悲鳴上げ、洞窟入り口から、ばらばらと扇に散らばって逃げる。
「ぎゃうん! ぎゃうん!」「怪力女、ここにあり!」「山姥でござる! 山姥でござる!」
「やまんばちゃうわ」イリス怒る。
「わんわん! うろたえるのではありません!」
犬の女神、どやしつける。
「おんおん! もどって来るのではありません!
わんっ! すすめ! すすむのです! わんわんわん!」
「わうーん・・・」
コボルドども、眉根を寄せ上げ、(´・ω・`)こんな顔になってからに、命令どおり再突撃して来よる。
イリスも(´・ω・`)こんな顔して、柵蹴りもどす。
しばらく、押しくらまんじゅうみたいなやりとり、続く。
「手ぬるい!」
犬の女神、キレる。
「槍で突きなさい。ころせ! ころすのです!」
◆ 12、生命のルーン ◆
「わんわん!」
コボルドども、槍で突いてくる。
が、腰が引けておる。しかも乱杭の柵の向こう側からなので、届く距離が知れておる。
イリスとカバリオ隊長、盾でコボルドの槍を押しのけて、逆に突き返した。
ぶすり。ぶすり。
「ぎゃん!」「ぎゃいん!」
コボルドども、鼻面突かれ、あるいは脇腹突かれ、悲鳴を上げて逃げてゆく。
犬の女神のところへ駆け戻り、『やられました!』っちゅう感じで傷を見せる。
女神はどうしたか。
「おお。よしよし。いま治して上げますからね。ぺろぺろ」
コボルドどもの傷口を舐めてやり・・・
「『生命』のルーン! 傷よ、ふさがれ。よくなーれ」
なんと!
そう唱えたかと思うと、コボルドどもの傷は、またたく間にふさがったではないか!
「さあ、もう大丈夫ですよ。さっさと行って、戦いなさい」
「わんわん!」
直ったコボルドども、性懲りもなく(しょうこりもなく)突撃してくる。
「わんわん!」「我ら、無敵でござる!」「『生命』のルーン!」「『生命』のルーン!」
「もどって来よったえ」とイリス。
「あれはなんや。傷治しとるんか?」とカバリオ隊長。
<『生命』のルーンとか言ってますね。ちょっと専門家に訊いてみます>
「あ、ついでにや!」
コボルドの槍をしのぎつつ、カバリオ隊長。
「司令官に、伝わっとるかどうか、わかりますか? 天空大臣閣下」
<はい。こちらの状況は、もう伝わっております。
対応、協議中です。
ルーン司令官は『敵軍の一部を壊滅させるチャンスだ』と主張しています。
丘の街は『陽動だ。主力を動かすことはできない』としております。
巨人の国は態度を保留しています>
「ハイエルフ会議やないか!」
<どういうことです?>
「『助けてくれ!』言うたら『意見が割れている』って返ってくんねん」
<ははあ>
妙雅はそう答え、それから、
<・・・あ、専門家と替わりますね。エスロ博士です>
「はいな!」
<替わりました。巨人の国の魔術師、エスロですえ。
『生命』のルーンは、犬の女神が所有するルーン。
主なわざは、子を産みふやすこと、生命を保つこと、生命を見分けること。
それから、変身のわざもあると伝えられておりまする>
「変身のわざ?」
<はい。コボルドを、おおかみにする>
◆ 13、おおかみ兵あらわる ◆
「槍兵、もどれ!」
犬の女神の命令。
「おおかみ兵、前へ!」
「あおーん!」「あおんあおん!」「わんわん!」
森の中から。
あおん、あおんと叫びながら。
出て来たのは──素っ裸のコボルドどもであった。
「一緒やに」とイリス。
「・・・どこがおおかみなんや?」と隊長。
「わからへん」
素っ裸、素手、ヨロイも着とらんコボルドども。
5、6、7・・・10人か。犬の女神の周囲に、集まった。
「よろしい。おまえたち。出番がやってきたのです。吠えなさい」
「あおーん!」「あおんあおん!」「わんわん!」
「血を、解き放て! 眠る力を、呼び覚ませ!」
犬の女神、唱える。
「『生命』のルーン! 『先祖にかえる』!
コボルドどもよ、おおかみになーれ!」
アオーーーン!
めきめきめき! ごりごりごり!
いかついおっさんが拳ごきごきいわすような音立てて、10人のコボルド、でっかくなってゆく!
背が伸びる! 毛が伸びる! 鼻面伸びて、凶悪な顔になる!
丸くて黒かった目が、白目の多い三白眼になる!
口がギューッと長くなり、ギラリと白い牙かがやく!
トスッ。
二足歩行から、四つ足に!
黒い、四つ足の、馬のごとく大きな、けだものに──
──おおかみになって、駆け上って来た!
「なんやと!?」
「おおかみや」
<・・・なるほど。うわさは本当でしたか>
おおかみ兵。
あっちゅう間に洞窟入り口までの坂道を駆け抜けて。
ガウウウウ!
吠え猛りながら、飛び掛かってきた!
その迫力。コボルドどもとは比較にならぬ。
その跳躍力。コボルドどころか、人間の背丈よりも高く跳ねる!
乱杭柵を一気に飛び越して、イリスの頭に飛び掛かってきた!
「せりゃ!」
イリス、あわてない。
盾パンチ。
おおかみ兵1、ぶん殴られて、吹っ飛ぶ。
おおかみ兵2、1の巻き添え喰らって柵の上に落ち、もんどり打って向こうへ落下。
おおかみ兵3、イリスに飛びつくも、逆に抱えられ、ブン回され、放り投げられる。3尋も吹っ飛んだ挙句、見守るコボルドどものど真ん中へずでんどうと落下。コボルド巻き込み、ゴロゴロ転がる。雪だるまがごとし! 徐々に被害者を殖やしつつ転がり落ちて、犬の女神にどかーん! ぶつかって、ぼてんぼてんとそこらに転がった。
だが。
おおかみ兵4、投げた直後のイリスの右腕に、喰らいつく!
おおかみ兵5、カバリオ隊長に飛び掛かり、押し倒す!
おおかみ兵6、イリスの脇を駆け抜けて、2列目のダークエルフ兵に頭突き! 押し倒し、のしかかり、噛みつかんとする!
洞窟入り口の守備が、乱れた!
「いまぞ、好機にございまする!
槍兵、おおかみ兵を支援せよ!
おせ、おせ、おすのです!」
犬の女神が命令。
コボルド槍兵、ふたたび「わんわん!」と詰め寄せて来る。
「隊長!」「イリス!」「通すな! 食い止めろ!」
ダークエルフども、狭い洞窟入り口を必死に防衛。
イリスは右腕におおかみ兵4噛みつかせたまま、後列に噛みつく6の頭を、盾で殴った。6、ふらりとする。イリス、そのしっぽを盾持つ側の手で、むんずと握った。
「ぎゃん!」しっぽ掴まれ、悲鳴上げる6。
「ここは、あんたらの、おうちと、ちゃうねん!」
イリス!
おおかみ兵6を、ぶっこ抜きに、ぶん投げた!
しっぽ投げである!
おおかみ兵6、経験したことのない痛みに泣き叫びながら宙を飛ぶ。落下する。槍兵にぶち当たる。ごろごろごろ。雪だるまならぬ、いぬだるま。ふたたび発生。雪崩と落ちてゆく。
「どろぼう、山賊は、お断りや、ねん!」
イリス。つづいて、カバリオ隊長に噛みつく5の脇腹蹴り上げる。5、壁にぶつかり、跳ね返ってくる。その跳ね返ってきたのを、もう一回蹴る。ボレーシュート! 5、目を回して吹っ飛び、槍兵巻き込み、いぬだるまとなる。
イリス。
おおかみ兵4を睨む。
「グルルルル!」
4、うなる。イリスの右腕にぶら下がったままで! ものすごい咬筋力(こうきんりょく)!
4、四つ足の爪でキックしてきおる! 青銅のヨロイ、ガッチンガッチン凹んでゆく! ものすごいキック力!
「フシャーーー!」
イリス。牙むいて、ねこみたいにうなり返した!
腕振って、盾捨てる。空いた拳で、ボディブロー!
密着状態から、ボディ! ボディ! ボディ!
「ぎゃん!」
身をよじる4を壁に押しつけ、とどめのボディ!
苦悶のあまり、噛み付きゆるむ! イリス、右腕引き抜いて、4の頭を両手で掴む!
「いぬも、おおかみも、お断り、や!」
乱杭柵の向こうへ、ぶん投げる!
首投げ!
おおかみ兵4、これまた、いぬだるま起こして、転がり落ちてゆく!
おおかみ兵7、仲間の負けっぷりにちょっと腰引けたところに、いぬだるま! なんもせんまま落ちてゆく!
おおかみ兵8、いぬだるま回避! どうしようか、悩む!
おおかみ兵9、逃げ出した!
おおかみ兵10、犬の女神の顔色うかがい、悩んでから、突っ込んで来る!
「フシャーーー!!!」
イリスの、ねこシャウト! 10、逃げ出した!
入り口クリア!
イリス、おおかみ兵を撃退である!
「イリス! 大丈夫か」「手見せぇ、手ぇ!」「包帯持って来い!」
ダークエルフどもがイリスを取り囲む。
「はぁはぁ。大丈夫やえ。ヨロイ、抜けてへん」
イリス、さすがに汗かいておる。
右手、イリスが自分で買うた、真新しい青銅のこて。べっこべこに凹んでおる。
「ええから外せ。骨確認せなアカン」「打ち傷あるやろ」「内側は大丈夫なんか?」
男ども、大騒ぎである。
「大丈夫やに」
言いつつ、イリス、こて外し、見てもらう。
外すときちょっと顔歪める。さすがに無傷ではないようである。
イリス、湿布薬を包帯で巻き付け、治療してもらう。
コボルドどもは、女神の回りまで後退し、『どうしましょう・・・』っちゅう感じで見上げておる。
犬の女神はイライラしておるが、次の命令も出しあぐねておる。
「・・・大臣閣下」
カバリオ隊長。
ちょっと引っ込んだところへ、オクトラを手招きした。
<なんです? 隊長>
「・・・イリスさまの友だちのよしみで、助けてくれへんか?」ひそひそ。
<・・・イリスさまのためなら、喜んで>
「おお、ほんまですか」
<それで、確認なのですが。
ここはイリスさまご所有のマンションでしたでしょうか?>
「いや。アルスの領地ですわ」
<そうでしたね。失礼いたしました>
「・・・まあ、そやわな」カバリオ隊長、イリスを見る。「時間稼ぐしかないか・・・」
「ええい! 歯がゆい! なんと、手強いおんなが居ったもの!」
犬の女神。
大槍を杖がごとくズシンズシンと地面に立てて、近付いてきた。
でっかい身体。でっかい腹に、ふさふさの毛。
前足に持った大槍でイライラと地面を突きながら、言うてきた。
「そこな、赤い肌した女。
なぜ、抵抗するのです」
「なぜて」
「私は、女神なのです。えらいのですよ」
犬の女神。
攻めるに難し(かたし)と見て、イリスに問答を仕掛けてきおった。
◆ 14、イリス、もんどうす ◆
「女神やったら、偉いん?」
イリス、問答す。
「そうですよ。神は、偉いのです。
なんで、おまえは神に抵抗をするのです?」
「なんでと言うて、ここ、うちらの土地やからやえ」
右手に包帯したイリス。
柵に足かけたまんま、いつもの柔らかい口調で答える。
「ここ、『新生アルス』のみんなが苦労して手に入れた領地やに。
ルーン隊長やカバリオ隊長が下見して、工事のおっちゃんが建設したん。
武器振りかざした山賊がどろぼうに来たら、防ぐん、あたりまえやん」
「さんぞく! どろぼう!? 女神に向かって!」
「女神でも、山賊したら、山賊や」
「わ、わ、わ・・・わん!」
犬の女神、激怒する。
「よくも! よくも! 神に向かって! 人間のくせに!」
「山賊する神より、家建てるおっちゃんのほうが、ずーっと偉いのえ」
「ぐうううう!
も・・・、もはや、許すことはできませぬ!
神に逆らう愚女! 山姥! 死ぬ前に、名乗るがよい!」
「おいこら、野良犬ゥ!」
カバリオ隊長が飛び出して来た。
「黙って聞いとったらなんじゃコラァ!」
「わんわん! また、の、のらいぬと!」
「野良犬やろがぃ。首輪もせんと人の住処に入り込んで、わんわんわんわん叫びおって!
女神女神て、おまー、自分がこの御方より上のつもりか!」
「わん? 当然にござります。神は人間より強いのですから」
「ド阿呆! まぬけ犬!」
「ぬぐううう! ぼっ、暴言は、ほどほどになさいませ」
「じゃかましゃ! ここに居られる御令嬢を、どなたと心得る!」
「し、知りませぬ。ですから、名乗れと、申しておりまする」
「名乗れやと? 頭が高いんじゃ!」
カバリオ隊長、威張る。
「ここにおわすは、誰あろう!
夜空に輝くあの土地の、白い白い宮殿のお生まれ。
高貴な血筋は母方の、赤い肌は父方の、立派な血をば引いたもの!」
「わぅ・・・?」
「え、ちょっと」イリス、隊長の肩に手置く。「ちょっと隊長」
「あいやお嬢、もうこれ以上、御身が口利く必要などありませんで!
こんな野良犬、俺が相手したら十分や!
ええか! 野良犬神!」
「の、のらいぬではないと・・・!!」
「聞いておどろけ! ここにおわすは!
月の女神の愛娘。赤き六腕神の血を引くもの。
その名も高き、女神イぃーリスさまじゃ!」
「えっ・・・!?」犬の女神おどろく。
「えー・・・」イリスひきつる。
コボルドども。
「なんの話でござる?」キョロキョロ。「月の女神?」「赤き神の血?」「そんなもったかき?」
「そ、そんな・・・そんなばかな。そんなばかな」
犬の女神、うろたえる。
「お月さまの? あ・・・あの、ハイエルフを滅ぼすという、鬼神の?
う、嘘でしょう? 嘘でございましょう?」
「嘘やあるか。阿呆! この御方のお顔、鬼神さまにそっくりじゃ!」
「そ、そんな・・・」
「・・・隊長、おっ父見たことあったっけ?」
「・・・ええから任しとけ。お父(おとん)には『すんません』言うといてくれ」
「おお! おお!
わ、私は、大変なことをしてしまいました。
お月さまに噛みつくなど。暴れ者の戦の神に、恨まれるのですか?
どうしましょう。どういたしましょう」
「どや! わかったんなら、頭が高い!
ひざまずいて許しを乞え!」
「きゅ・・・きゅーん・・・」
犬の女神、腰引ける。
耳垂れ、しっぽ丸まる。
しかしそこで、まだ粘った。
かろうじて、こう言い返してきた。
「しょ・・・証拠は?
そうです。証拠は?
証拠はあるのですか?」
「阿呆め! まだ疑うか!
よっしゃ! ほんならそこで待っとけ!」
「はあ・・・」
犬の女神。
半信半疑ながら、『待て』と言われて、素直に待つ。
「・・・隊長。証拠言われても、なんもないに」イリスがささやく。
「・・・なんか考えろ。それっぽいの」と隊長。
「・・・無理やえ。そな、急に」
「・・・まあ無理ならええわ」
「・・・ええんかい」
「・・・アカンならアカンでしゃあない。次の手打つだけや」
と言うておきながら、隊長。イリスの肩に手置いた。
「そやけどな、イリス」
「なに?」
「おまえは神さまの娘や。俺らを助けてくれた、女神さまや」
イリスは考えた。
一瞬、父に祈ろうか? と思う。
父に祈り、『力』のルーンでも貸してもらえば・・・と。
そして、打ち消した。
それではアカン。
そんな気がしたんである。
直観であった。父譲りの直観である。
ではどうするか? 自分には、何があるのか?
ルシーナの知恵でもない。ハルモニアーの歌でもない。自分には、なにが?
「・・・ほな、一騎討ちしてみる?」
イリス。
そう切り出した。
「一騎討ち・・・?」と犬の女神。「この私と?」
「そう」
イリス、乱杭の柵に手をついて、ぽーん・・・と軽く、飛び越える。
その軽々と飛ぶ姿。先ほどの、おおかみ兵にも劣らぬ。
「うち、ほんまに鬼神の娘、月の娘やねん。
ほんで、おっ父に似とるとこいうたら、この身体やから」
イリス。
ぱあん! 手のひらを、顔の前で打ち合わせた。
「──かかっといで。犬の女神さま。
うちが鬼神の娘にふさわしいかどうか。
直接、確かめてみ?」
◆ 15、イリスの、いっきうち ◆
「わぅん・・・?」
犬の女神、とまどう。
彼女は、巨大コボルドである。
背丈はイリスより高く、腹ふくよかである。
体重ならば、イリスの何倍もあるであろう。
背高きイリスも、犬の女神の前では、スマートで可愛らしい小娘にすぎぬ。
加えて、牙。
太く、硬く、鋭い、いぬの牙がある。
そんな犬の女神と。素手で、けんかするつもりなのか?
「・・・あなたは、馬鹿なのですか?」
「ばかちゃうで」
「大きさの差を、考えなさい。
重さの差を、考えなさい。
武器もなしに、この私に敵うと思うてお──」
「一騎討ちするん? 逃げるん? どっち?」
イリス。
犬の女神の言葉をあっさり切り捨てる。
両手を広げる。ほほえむ。
「逃げるんやったら、逃がしたってもええで?
百、数えたげよか?」
「ぬ・・・ぬううう!」
踏み出すイリス。
取り囲むコボルド槍兵。
「フーーーッ!」イリス威嚇。
コボルド兵、わーっと逃げる。
逃げて、犬の女神の周囲に集まる。して、女神を見上げる。
『女神さま』『戦わないんですか?』との、黒いつぶらな目で。
犬の女神。
こうなっては、逃げられぬ。
「ぬ・・・う・・・わん! わんわん!」
大槍投げ捨て、牙むいた。
「鬼神さまの娘とやら。本当か嘘かは、わかりませんが。
生命知らずの娘ということは、わかりました!
死んでも知りませんよ?」
イリス、無視。
また一歩踏み出す。
「本当に知りませんからね?
いまなら降参も認めて差し上げますよ?
あ・・・あとから、文句をお言いではありませんよ。
鬼神さまが復讐に来るとか。月の女神さまに呪われるとか。そんなのはなしですよ。
いいですね? 恨みっこなしで──」
「フーーーッ!!!」
「わ、わんわん! うーーーっ!」
コボルド兵ども、逃げ散る。期せずして、円えがく。
円の中央。
イリスと、犬の女神。
睨み合い。
「フー」「うー」と唸りながら、ぐるぐる回る。
イリスは、長い足で、軽やかに。
犬の女神は、でっかいお腹揺らし、その場を動かずに。
背後をうかがうイリス。
そうはさせまいと、どたどた回る犬の女神。
して、突然!
イリスが、タックル!
犬の女神の左後ろ足めがけ、矢のように低く突き刺さった!
女神、反応遅れる!
イリス、足首取った! 腕で締め上げ、関節をきめる!
「ぎゃんっ!」
犬の女神、大声で吠え、後ろ足キック! すかさず噛みつき!
だがイリス、キックに逆らわず飛びのいて、噛みつきを回避。
ふたたび、睨み合い。
イリス、犬の女神の右手側へ回る。犬の女神、身体を開いて対応す。
イリス、犬の女神の左手側へ回る。犬の女神、四つん這いとなって、牙をむき、威嚇。
「・・・効いとんな」
と、カバリオ隊長。
洞窟入り口で観戦中である。
<効いてますか>
「効いてますわ」
<あの一瞬で、関節にダメージを与えた>
「イリス怪力やからね。あれダークエルフやったら骨折か脱臼や。
相手が油断しとるうちに穴開けとこ、いうわけやね」
<あな>
「堤防の穴や。
あとは時間かけて、自然に崩れるのを待つわけや」
<ははあ>
「ルシーナ仕込みやな」
<ルシーナさま>
「えげつない御方やんか。
イリスと姉妹げんか──すもうするとき、色々やってくるらしいねん。
力で勝たれへん相手にどうするか。勉強になった言うとったわ」
<イリスさまからそういう愚痴を聞かされた>
「・・・いや、愚痴やない。思い出話やね。
要はルシーナさまとの鍛練の成果っちゅうこっちゃ」
<しかし、そもそもなんですがね>
「うん?」
<なんで、武器を捨てたんでしょう。槍のほうが有利では>
「イリスはすもうのが強いんや」
カバリオ隊長、笑う。
「あいつが鬼神さまから引き継いだん、たぶん、すもうのわざや」
イリス。
四つん這いになった犬の女神の左手側に回りつづける。
犬の女神、回転が遅れる。
イリスは側面に回り込む。が、仕掛けはせぬ。
犬の女神が正対するまで、待った。
「うーーーっ・・・」
「ふーーー」
睨み合う。
イリス、ゆっくり近付く。
犬の女神、顔を起こし、前足を前に出す。
組み合う。
イリス、巨大な女神の胸元に頭をつけた。
女神、喉元にイリスの頭が来るのを嫌がって、頭を右手の側へ避ける。
すもう。
まさに、すもうであった。
<相手を待ちました>
「うむ。力比べしましょう、いうことやね」
<足を傷つけておいて、力比べ>
「その組み立てがルシーナ流なわけや」
<ルシーナさま完全に悪者ですね>
「言わんといてや?」
がっぷり組んだ女2人(片一方は、いぬですが)。
まず、イリスが仕掛けた。
犬の女神の左足側へ投げを打ってみる。
犬の女神、逆らうかと思いきや、そうはせず、流れのままに身体を傾け、イリスに体重を預けてきた。押しつぶし!
イリス、さっと腕を抜いて投げを中断、組み直す。
ざざっ・・・! イリスの足元に、土煙上がる。
一瞬のうちに、イリスの組み手、元にもどっておった。投げの手から、がっぷり組む手に。
じつは、イリスは連続して2発の投げを打ったのである。
犬の女神の左足側へ投げたあと、押しつぶしに来た女神をうっちゃろうとした。
だが、女神は身体の軸をぴたりとイリスにかぶせ、うっちゃりをもつぶしてきた!
ゆえにイリスは素早く投げをあきらめ、リセット。土煙は、このときの土煙だったんである。
イリスの電光石火のわざ。
それについてくる犬の女神。
無言。一瞬。双方、鋭いすもうのわざであった。
今度は犬の女神が攻めたてる。
体重を乗せて前に出て、イリスの上体を起こす。のけ反らそうとしてくる。
イリス。なんと、犬の女神の腹を抱き、持ち上げた。
ふわっ・・・と、女神の巨体が宙に浮く。
女神、イリスの腹に後ろ足を当てた。
後ろ足キックの体勢! さっき、おおかみ兵4がイリスの青銅のヨロイをべこべこにしたわんこキック!
イリスあやうし!
イリス、みたび、投げをあきらめる。女神をどすんと落とした。蹴り、封印さる。
ふたたび、がっぷり組んだ状態にもどった。
「フーッ、フーッ」
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」
2人とも息切らしておる。イリスは、だらだらと汗流しておる。右腕の包帯も、ほどけておった。
<イリスさま、苦しそうですが>
「いや、そうでもない」
<汗がすごいですが。犬の女神は平気な顔してますよ>
「そうでもない。
平気て言うけど閣下、いぬは汗かかへんがな」
<それはそうですが・・・疲労が汗となって出ているような>
「汗は弱点やない。逆や。汗かかんほうが弱点なんや」
拮抗(きっこう)がつづく。
イリスが投げようとすれば、犬の女神が体重で潰す。
犬の女神がのしかかろうとすれば、イリスが投げ落とそうとする。
ぼたぼたぼた。イリスの汗、冷たい岩肌に染み込む。
人間サイズのイリス。
怪物サイズの犬の女神。
ふつうに考えて、イリスのほうが消耗激しいはずである。
しかし・・・
イリスが、ぴくっと、身体を動かした。
犬の女神、即座に反応する。
2人の身体は静止する。
イリス、また身体を動かした。
犬の女神、反応。
静止。
イリス、がっと前に出た。
──瞬間!
「ギャン!」
犬の女神、悲鳴を上げた!
みずから地面に転がった!
どおーん・・・!
岩肌に巨体倒れ、地響きする。
女神。転がるように逃げ、3本足の跛行(はこう)となって、立ち上がった。
もはや2本足で立とうとはせぬ──いや、できんのである。
犬の女神。
左後ろ足を、完全に殺されてしもうたのであった。
<いつのまに?>
「いまの組み合いのあいだにや」
<動いてないように見えましたが・・・?>
「そう見えて、踏ん張らせとったんや。
投げるぞ、投げるぞって何回も脅しかけてな。
踏ん張らな投げられる。
そやけど、踏ん張ったら、足に負担が来るっちゅうわけや」
<二択ということですか>
「そや。敵の体重を利用した二択や」
<隊長、イリスの持ち手に詳しいですね?>
「さんざん投げ飛ばされたからのう。訓練で」
だらりと舌垂らし、ハァハァ息を荒げる犬の女神。
イリスは、汗だくながら、落ち着いておる。
「降参かに?」
「だ、誰が、ハッ、ハッ、ハッ・・・。
『生命』のル──」
「ルーンはナシ!」イリス、飛び掛かった!
「ハフッ!?」犬の女神、迎撃!
さすがは、いぬ。反射神経抜群!
目にも止まらぬ、対空噛み付き!
その速さ、人間の比ではない!
イリスの右腕──包帯ほどけ、腫れの見える腕に、喰らいついた!
ごりっ!
「あがっ・・・!」
「そこ狙うて来ると思うたえ」
悲鳴を上げたのは──犬の女神のほうであった!
イリス。
右腕を、噛まれた──いや、噛ませたのだ!
みずから犬の女神の口に右手を突っ込み──奥の奥まで突っ込んで、ラリアット!
犬の女神の右噛み合わせに、曲げた肘を叩き込んだ!
犬の女神、「あがっ」となる!
イリス。
口に突っ込んだ右肘を支点に、ぐるりんこ! ダイナミックに回転!
犬の女神の後頭部に舞い上がる!
バックを取った! 犬の女神の両耳を、引っ掴んだ!
「ギャイン!」
犬の女神、ブルンブルン頭を振るう。
イリス、まるで暴れ馬を乗りこなすがごとく、平然と、女神の首にまたがっておる。
太腿で女神の肩甲骨のすぐ上あたりをがっしりと挟み込んで、完全騎乗!
掴んだ耳をギューッと引っ張り、女神に悲鳴を上げさせる!
犬の女神、すんごい形相となる。
目吊り上がり、よだれ垂らし、口半開き、ゼェゼェ息して、ふるえる。
女神、地面に転がった。狂ったように、背中を岩にこすりつけた。
だが、イリスは。
いつの間にやら、女神の喉元に回り込んでおった!
その身のこなしは魔術のごとし!
へびが獲物に巻きつくがごとし!
仰向けとなった犬の女神の、喉にマウント!
両手で下顎をとらまえて、もはや首振ることすらできんようにした!
犬の女神、見る見る動きが弱まってゆく。へなへなと、足で宙をかくだけとなる・・・。
<隊長。これは>
「言うたやろ? 汗かかんのは弱点やて」
カバリオ隊長、得意げ。
「汗かかへん動物はな。身体冷やすんが苦手なんや。
ましてあの巨体や。熱は貯まりやすいやろからなあ」
<あ、はい。
私の訊きたいのはそこじゃなくてですね>
「ちゃうんかい。どこやねん」
<トドメ刺せそうに見えるのに、刺さないんだなと思いましてね>
「ああ。
なんでやろな?」
カバリオ隊長、首ひねる。
オクトラ、傾く。
「もしかして、あのいぬ、気に入ったんかのう」
「降参しぃ」とイリス。
「くぅん・・・」
犬の女神。
可愛らしく鳴いて、白目剥いたギョロ目でイリスを見てくる。
「私の・・・子供たちは・・・どうなりましょう?」
「決めるんは隊長え。そやに、ひどいことにはさせぬ」
「うう・・・きゅーん・・・」
犬の女神。
ぽろぽろ、涙をこぼす。
「こうさん・・・いたします・・・。
私、犬の女神は・・・女神イリスさまの、ほりょになりまする・・・」
「よろしい」
イリスの、一騎討ち。
見事、勝利とあいなった!
犬の女神。
よたよたと起き上がり、伏せの姿勢となり、イリスに頭下げた。
イリス、女神の頭に、手、置く。
周囲を見回す。コボルド兵ども、女神と同じように地面に伏せた。
「おとなしゅうするなら、怪我、治療してもえええ」
「それでは・・・」
犬の女神、おそるおそる、鼻突き出した。
イリスの右腕を、ぺろぺろぺろぺろ。
舐める。
「『生命』のルーン。打ち身よ、治れ。よくなーれ」
「・・・。」
イリス、右腕見る。
青銅のこての上から噛まれ、腫れ上がって熱持っとった右腕。
綺麗に治って、いつもの赤い肌の色にもどっておる。
「すごいルーンやに」犬の女神の首筋を撫でる。「自分も治しなえ」
「よろしいのですか。捕虜ですのに・・・」
「ゆるす」イリスはほほえんだ。「犬の女神さま、まじめやし」
「ありがとうございます。『生命』のルーン・・・」
傷を癒やした、犬の女神。
伏せの姿勢にもどり、イリスを見つめる。
イリスは女神を見つめ、なんかちょっと考え、懐に手入れた。
「お団子食べる?」