◆ 21、黒猿 ◆
どおん! どおん! どおーん!
わー! わー! わー!
轟音。喚声。悲鳴。
『丘の街』正門の、でっかいアーチに、打ち寄せる。
・・・その、正門上にて。
「どっから出したん? その剣」
「さあなァ?」
2人の武将が、睨み合っておった。
こなた、茶のダークエルフの女。
茶色の肌した美人剣士である。山羊の革張った盾かまえ、青銅のヨロイも輝かしく、朝の山風に白い絹ぐものマントひるがえす。
その姿の凛々しいこと! まるで、物語から抜け出たかのごとし。
『三日月の姫』と歌われ、人気が出るのも、納得!
そう! あのルーン嬢。
いまや『新生アルス軍』司令官!
オレンジに光る剣、右頬にかまえ、淡い金色の瞳が照り映えておる。
かなた、ヒューマンの男武将。
ぼっさぼさの髪に、ドロドロに汚れた革のヨロイ。かぶとだけ、青銅。しかしこれもドロッドロ。
背高く、腕長く、眼光するどく、まがまがし。まるで、黒き猿のごとし。
黒猿の武将!
盾は持たず、代わりに剣を2本持っておる。
その、2本の剣──
「訊くのは、そこじゃねーだろァ?」
「ん?」
「こう訊くところじゃねーか?
『どうしてグレイスが、2本も』って」
「・・・!?」
──そう。
黒猿の武将のかまえる、二刀。
それは、ルーン司令官の神剣“グレイス”に、瓜二つだったんである!
オレンジの煌き(きらめき)も、流れるがごとき優雅な刀身も、柄拵え(つかごしらえ)も、風格までもが・・・。
「へっへっへ、やっぱ、そうかァ。
神剣“グレイス”ってわけだァ!
で、あんたは『三日月の姫』、ルーンお嬢さんだな」
「下調べは済んどるっちゅうわけやね」
ルーン司令官は、冷や汗垂らしつつ、敵を睨んだ。
敵の矢が、びょおおお、びょおおお・・・と、嵐のような音を立て、頭上を飛び越してゆく。
敵の足音が、ど、お、お、お・・・と、怒濤のごとく、足元を抜けてゆく。
「防げ! 防げ!」「敵を通すな」「押しとどめよ!」
ハイエルフ歩兵が叫び交わしておる。
その声には、ルーン司令官の知り合いの兵士2人も含まれておった。
「なにくそ。一歩も通さぬ! ぐえー!」「これでもくらえ! ぐわー」
2人の悲鳴も、争乱の中に消えてゆく。
またルーンの背後でも、知り合いの声がしておった。
「守れ! 守れ! ルーンを守れ!」
鈴打ち鳴らすがごとき、女の美声。ダークエルフ兵を、鼓舞する。
「守れ! 守れ! アルスの希望!
我らの女王を、守り抜け!」
「うおおお」「やったらああ」男どもの吠え声。「ぼけくそ死ねおらあ」「あほんだらぁ」「去ね(いね)こらあ」
「・・・おまえ、女王なのか?」
黒猿。
首ひねり、ルーンに訊いてきた。
「ちゃう。司令官」ルーン、ちょっと赤くなる。「──で、その剣、どっから出したん?」
「それァ、秘密だ」黒猿、笑う。「『秘密の剣』ってわけさァ、三日月の姫」
「・・・いったい、何が目当てで、こんな無謀な戦を」
「無謀っておめー、負けかけてる側のセリフかよ?
戦の目的なんざァ、決まってんじゃねーか。
土地、飯、金、女だよ」
「そんなん、山賊と一緒やんか」
「はっ! エルフはこれだからなァ! すーぐ綺麗ごと抜かしやがる」
「綺麗ごとやないわ!
同胞がひどい目に遭うの、見たない(見たくない)。
だから、相手にもそんな目は見せんようにする。それだけのことやん。
なにが綺麗ごとよ!」
「む!」
黒猿の武将。
意外にも、素直な顔をした。
「それァ、そうだな。
自分の群れが、飢えたり凍えたりすんのは、見たくねえ。
それァ、そうだ」
「・・・あんた、どういう人なん? 名乗り聞いてへんけど」
「おう? この俺さまに、名乗れってか。
なーんも調べてねーのか? おまえら。
ま、いいぜ。名乗ってやらァ」
黒猿。
いったん二刀の切っ先下ろし、すーっと背伸ばし、見下ろすがごとく、言うて来た。
「俺は、猿」
「さる?」
「おう。『猿』と呼ばれてんだ。
で、身分だがな。
帝王だ」
「は?」
「帝王だ」
黒猿の武将。
汚れた革のヨロイの胸張って、言い放った。
「俺さまこそ、『猿の神の湖の帝国』の帝王!
ヒューマンどもを率いる、王さまってわけよ!」
◆ 22、黒猿の、ていおう ◆
「・・・あんた、総大将やったん?」
「おう。そうは見えねえか?」
「あ、いえ。失礼しました」
ルーン司令官も、いったん神剣“グレイス”の切っ先を下ろした。
「うちは、ルーンと名乗るもの。
『新生アルス軍』の司令官をやっとります」
「生まれはキノコ農家だってな? エルフにしちゃ、柔軟だよなァ」
「侮るんなら、好きにしたらええんちゃう?」
ルーン司令官。
グレイスの切っ先を、上げた。
黒猿の武将。
応じて、二刀をかまえた。
「ばかにしたわけじゃねーぜ?」
じり、じり。
2人のつま先、動き始める。
「ルーン司令官。あんたにチャンスをやろう」
「チャンス」
「その神剣を、俺さまに献上し、『降参します』って宣言しな。
したら、あんたも、その塔ン中でがんばってる仲間も、生命は助けてやろう」
「それ、陛下のお決まりの手順なん?」
「あァ?」
「洞窟マンションでも、それ、言うたらしいやん?
犬の女神さまが」
「・・・ああ」
黒猿の帝王、鼻面をかいた。
「あの女神さまァ、俺の真似しやがるからよ」
「こっちの答えも一緒です。
山賊おことわり。いぬ、おことわり。さるも、おことわりですわ、陛下」
「・・・女は斬りたくねーんだがなァ」
「いきますで!」
陽光のごとく切り裂く、神剣“グレイス”!
迎え撃つは瓜二つのオレンジ剣、余裕のパリィ(打ち払い)!
がきん!
此方彼方、瓜二つの剣、がっちり噛み合い、鍔迫り合い(つばぜりあい)!
黒猿の帝王、のしかかる! ルーン司令官、力比べを嫌って、素早く後退!
「ありえぬ!」
神剣“グレイス”、しゃべった。
「こやつの剣。我が『断つ』のルーン、相殺しおった・・・!」
「パチモン(にせもの)じゃねーこたァ、わかったろ?」
と、黒猿の帝王。
「さ、降服しな。万が一当たっちまったら、綺麗なお顔も台無しだ」
「おことわりや! っちゅうてます」
「・・・俺に勝てると思ってんのか?」
「陛下が、めっちゃ手加減してらっしゃることは、私にもわかります。
そやけど、うち、あきらめへん」
「なんでだァ?」
「仲間が居るから」
「・・・仲間?」
黒猿の武将は、戦場を見渡した──
正門は、陥落寸前である。孤立し、包囲されておる。
水門は、陥落。まだ防衛部隊が粘っておるが、ヒューマン兵が市内にじわじわと入ってきておる。そのヒューマン兵が、市内のあちこちに張り巡らされたバリケードに迫り、ハイエルフ義勇兵と戦闘を開始しておる。
第三の門。『森の門』と呼ばれる通用門であるが、ここだけは健在であった。『巨人の国』が防衛しており、攻撃も受けておらぬ。
まったくもって健在の巨人軍。しかし、動く様子はなし。
──といったありさま。
黒猿の帝王、首ひねる。「誰が頼りになるってんだ?」
「・・・それでも、うちは、あきらめへん」
ルーン司令官。
ふたたびグレイスかまえ、斬り込んだ。
◆ 23、巨人の国の、じじょう ◆
同じころ。
第三の門、『森の門』の上空にて。
「陛下! なんで、戦わんのでござるか!?」
コボルド兵。
きゃんきゃんきゃんきゃんと、わめき立てる。
「陛下! 正門を助けにゆくでござる!」「そうでござる!」「ゆくでござる!」
空飛ぶ台に乗ったコボルドである。
コボルド飛行兵である。
2人1組で搭乗しておるのは、楕円形の小型空飛ぶ台である。かぶとがに型よりだいぶ小さく、風防となるかぶとはあるが、大砲はついておらん。代わりに風防の内側に大きめのスペースがあって、そこに弾薬が積んであった。
手で投げ落として地上を爆撃する、けむりだまである。
コボルドども。わーっと隊列崩し、中央の赤いかぶとがに型飛行台を取り囲む。
「いまゆくでござる!」「すぐゆくでござる!」「死ねと命じてくだされでござる!」
「ならん」
赤鬼が、答えた。
コボルド飛行台に囲まれ、たった1台、巨大な赤いかぶとがに飛行台。
とげとげしきかぶとに、大砲。
そして誇らしげな『壱』の文字。
これなるは、ガンメタ鬼神台の兄弟の1人。『壱号(いちごう)』である。
その壱号にすっくと立ち、コボルドどもに話をするのは──
巨人の国の、第三代国王。
鬼神の長男。
鬼どもの元(はじめ)となった者。
元鬼(げんき)。
赤鬼の国王陛下、その御方であった。
「この場を動くことは、ならん」
「なんででござるか! 殿!」
コボルドども、いきり立つ。
飛行帽をぺしっと投げつける。強く投げすぎ、いくつか地面へ落ちてった。コボルド、おっちょこちょい。興奮するとつまらんミスをしでかす。
「卑怯でござる!」「惰弱でござる!」「死ねと命じてくだされ!」
「ならん。
頼まれても居らんのに手出しをしては、エルフの誇りを傷つける。
それに、不用意に動いては、逃げたかのごとく見られかねん。
義勇兵どもが、動揺する」
「・・・。」
コボルドども、地上を見る。
ハイエルフの義勇兵、うじゃうじゃと門の内側に密集して、こちらを見上げておる。
ひそひそささやきかわすエルフどもの声が、耳のよいコボルドにはちょっと聞こえた。
「・・・巨人ども、逃げる相談では?」「水門落ちたと聞いたえ」「あなや」「巨人逃げたら、私も逃げるえ」「私も」
「・・・。」
コボルドども、赤鬼国王陛下を見る。
「最後に、」と赤鬼陛下。「我らの兵種の問題だ」
「へいしゅのもんだい」
「我ら、『落雷隊』。空高くより、雷の落ちるがごとく、広範囲に攻撃をばらまく部隊である。
精密攻撃はできぬ。随伴のお弟子隊も、精密攻撃を苦手とする」
赤鬼国王が示した方向に、巨人どもがぬーっと立っておる。
巨人のお弟子隊。鍛冶師見習いである。なんだかんだと雑用に駆り出される。
とても大きく、強いが、人間と一緒に戦うのはむずかしい。味方を踏んづけ、蹴散らしてしまう。
「──かかる我らが、正門の乱戦に駆けつけて、なんとする?」
「かみなり落とすでござる!」「落雷でござる!」「蹴散らすでござる!」
「ばかめ! 味方が巻き添えになるだろうが」
「あっ・・・」
コボルドども、しゅんとなった。鎮まる。
ただ、先頭の1台だけは隊列にもどらず、赤鬼国王を見上げてきよる。
「どうした。隊長よ」
「・・・殿」コボルド飛行隊長、控え目にこう言うた。「死んだら、それまでにござる」
「む?」
「我らがこうしておるあいだにも、味方には、被害が。
拙者、歯がゆいでござる・・・」
「むう」
赤鬼国王、唸る。
しかし、それでも、いまは、動こうとせなんだ。
◆ 24、ルーン司令官、黒猿とたたかう ◆
「しつっこい奴だなァ! 本気で反撃すんぞ?」
「・・・!」
ルーン司令官。
黒猿と戦う。
絹ぐものマントひるがえし、美貌に汗光らせながら、粘り強く戦う。
首筋を狙って、グレイスで打つ!
敵、二刀を交差。バッテンにしてガード(受け止め)! そのままねじってくる。ディザーム(武器落とし)!
ルーン、グレイスを下へ払ってディザームを流す。
その動きの中で、長い足を、前へ。
鋭く前に伸ばす蹴り! つばめの低空を飛ぶがごとし!
金的蹴り!
クリティカルヒット!
「おぐっは!!!」
黒猿の帝王、飛び上がり、すっ転ぶ! 悶絶!
「おっ・・・おま・・・! お、女が、き、金的・・・」
「生きるか死ぬかじゃ! なんでもやったるわ!」
ルーン司令官、ぶった斬る!
黒猿、悶絶しながら転がって逃げる!
神剣“グレイス”、敵には当たらず、足元の石材をぶった斬る!
どっ・・・があ!!!
石材まっぷたつ!
アーチに穴生じ、ガラガラガラ・・・と、連鎖的にその列が崩れる!
城門のアーチ門は分厚いゆえ、全部が崩れはせぬが・・・ぽっかりと、穴ができてしもうた!
「あわわ」
ルーン、真っ青!
「斬りすぎえ!」グレイス怒る!「ひざより下には振るなと、何度も何度も!」
「チャンスやったもん!」
「・・・げっほ、げほ。そ、そうかァ。その手があったぜ」
黒猿の帝王。
ヨロヨロと起き上がり、剣振りかざした!
「これなら、おまえを斬らずに済む!」
すぱ。
城壁を、ぶった斬った!
それはまさに、神剣の切れ味!
刃の触れたる石材は綺麗に二つに!
すぱ。すぱ。すぱり。
どっがあああ! がらがらがらがら! ごんがらんごんがらん!
正門アーチ、ぜーんぶ、崩れ落ちてゆく!
アーチを構成する石材崩れ、木材露呈し、それも崩れ、土煙立てて内側へ崩壊!
かろうじて飛びのいたルーン司令官!
味方の守る城門塔へ退避!
左右の塔をつないでおったアーチ門、全壊!
防衛塔の屋上出口から先、わずか2間を残して、 もはや行き来はできんようになってしもうた!
「ルーン!」
塔の中から、輝く肌の女が飛び出してきた。
ルシーナである。さすがに、仰天しておった。
ルーン、半分腰抜けたみたいになりつつ、返答する。「う、うちは・・・無事やぇ」
「そ、そうか。
そやに、いまん(いまの)、何え!? 弩砲か? 弩砲がこっち流れて来たんかに!」
「ちゃう」ルーン、汗ぬぐう。「相手の・・・剣」
「は?」
ぶわさ。
その相手が、飛んで来た。
わずか2間しかない、アーチの残り! その切れっ端に、見事着地!
崩れたアーチの向こう側から──3間以上(約5メートル半)を、飛び越して!
ずしゃあ!
ルーンの目の前に、着地! 即、ジャンプ!
ぶおん!
ルーンの一撃、またしても空を斬る!
バック宙した、黒猿の帝王! 穴を飛び越し、城壁の残骸のてっぺんに立って、ニタリと笑った。
「あなや。なんたる回避力」ルシーナ、つぶやく。「ましら(猿)のごとし」
その黒猿が、ルシーナを見て、硬直した。
「・・・おお、なんと!
お嬢さん! 名はなんと申される?」
「なにえ。いきなり」
「俺さまは、猿の帝王。
あんたは? あんたの名を聞かせてくれ」
「なにゆえ、名乗らねばならぬ」
「ほれた」
「は?」
「惚れた! 結婚してくれ!」
「ことわる」
「なら、力ずくで連れてってやるァ!」
黒猿の帝王。
ルシーナめがけて、飛びついてきた!
ルーン、剣振る! 対空迎撃!
黒猿、剣振る! 対地パリィ!
がきーん! ルーンの剣、弾かれる!
がばり。黒猿、輝く肌のルシーナを抱きすくめる!
ぱっ。ルシーナ、散り散りとなる!
ごき。「痛ェ!」猿の帝王、石材の柱に鼻ぶつけ、悲鳴!
「このド阿呆。さかり狂うたお猿めが」
ゆらゆらゆら。
ルシーナ、ルーンの背後に現れる。
幻生み出す『水鏡(みかがみ)』の術であった!
「私には、人生の目標あり。
このルーンを女王に仕立て、国富ませ、もって私も得をする。
その途上で薄汚い猿に孕まされるなど、ありえぬ。ここでルーンに斬られて死ね」
「またそないして(そんな風にして)全部に私を噛まそうとする・・・」
「うう。くそ・・・」
黒猿の帝王。
鼻血だらだら。鼻面押さえて後ろに下がる。
「俺さまだって、そうだぜ・・・。
国を富ませ、子を増やし、ヒューマンどもに楽しい人生をくれてやる・・・。
ついでに俺さまも得をするのさ。どうだ。俺と一緒にやろーぜ?」
「慮外(りょがい)なり。我を侮るな」
「んじゃ、しょうがねー」
黒猿の帝王。
二刀を、ふたたび、振り上げた!
「あんま遊んでられねーし、終わりにすんぞァ!」
宙返り。
城壁から飛び降りつつ、二刀を振るう。
ぶおん、ぶおん、ぶおん。
すぱすぱ、すぱり。
ダークエルフ兵の立て籠もる、防衛塔の外壁が──
野菜刻むがごとく、バラッバラとなる!
分厚い石材が、組み込まれた木材が、流し込まれて固まった漆喰(しっくい)が。
なんと理不尽! バラッバラとなってしもうた!
どお、お、お、お、お・・・・・・・・・ん・・・!
壁の一面が崩れるのに釣られて、ルーンの立っておったわずかなスペースも、崩れた!
「え」ルーン司令官、空中へ!
3尋の高さから!
石材と木材ガラガラ転がる、ガレ場のごとき崩落現場へ──真っ逆さま!
青銅のヨロイがあっても、助かる見込み、低いと言わざるを得ぬ!
「ルーン!」ルシーナ手を伸ばすも、届かぬ!
あやうしルーン司令官!
まさにそのとき!
「ルン姉!」
飛び込んで来たのは、赤きかぶとがにのごとき、巨大な飛行物体!
伸びるは赤き女の手! しなやかながら、力強い!
ルーンのマントを、引っ掴む!
「おぐえ!」
首掴まれた、ねこのごとし!
ぶらーんとなって、首締まる!
「あ」赤い手、慌てて離す!
ルーン落っこちる! がっしゃあ!
青銅のヨロイ、石にぶつかり音立てる!
赤きすらりとした女、飛び降りた。抱き起こす。
「ごめん。ルン姉。大丈夫?」
「げっほ。げほっ・・・」
大丈夫であった。
ルーン、喉のあたりを押さえつつ、起き上がる。
盾は派手にへっこんでおるが、グレイスはしっかり握っておる。
「げほっ。イリス?」
「うん。うち」
石材ゴロゴロ転がる中に、ルーン支えてすらりと立つ、赤き背高き女戦士。
赤き鬼娘、屈強なるすもうの名手、イリス!
ただいま到着であった!
◆ 25、イリスとルーン、黒猿とたたかう ◆
「まーた、女かァ」
黒猿の帝王。
門の外から(もう門は崩れてしまいましたがね)、瓦礫の上へ、ぴょーんと飛び乗ってきた。
頭を傲然と(ごうぜんと)もたげる。
背を伸ばしたので、イリスより背高いのがわかった。
「エルフは女混ぜて来るからなァ・・・
で、赤いお嬢さんよ。ただもん(ただ者)じゃあるめー? 名乗ってみな」
「うち、イリス。
おっちゃん、鼻血出てるえ」
「あ? おう。ちょっとぶつけてな。
イリス。『虹』かァ。
もしかして、月の三姉妹の末っ子か」
「うん」
「はっはーん? ってこたァ・・・」
黒猿の帝王、ニヤリとし、上を見上げた。
ルシーナ、さっと引っ込む。
「あの可愛い娘ちゃんは、ルシーナさまか!」
「姉者を『可愛い』いう男、初めて見たえ」
「もらって行くぜ」
「あげへんで」
黒猿、崩落した城壁をするするっとよじ登る。
イリス、ひょいとかがんで石材の破片掴み、ブン投げる。
ずごん!
黒猿の目の前に着弾! 黒猿あわてて飛びのく。
「あっぶ!」
「ルシ姉手ェ出すなら、うち倒してから行き」
「じゃ、そうすっかァ」
「りくにぃ、ありがとう。巨人軍にもどってええよ」
ぶわっさ。
空飛ぶ台の陸号、上空へ退避。
そのかぶとの中から、ぽろーん。黒い飛行物体、落ちて来る。
<私はルシーナさまのそばにいますね>
「あ、うん」
<おざなり!>
睨み合う、イリスと黒猿。
左右防衛塔のあいだ。瓦礫となったアーチの残骸の中。
徐々に高くなる陽光の、濃い影の落ちるところ。
イリス。
両手、ぎゅっと握って、進み出る。
「・・・おいおいおい、待て待て待て! この剣相手に、素手っておめー!
手が飛んでっちまうぜー?」
「そやに」
イリス、ひょいとかがみ、木材掴む。
ぐおーん・・・。振りかざす。
「ほな、これで行くえ」
振り下ろす。
木材スマッシュ!
「うっほ!?」
黒猿、飛びのく間もなく、覚悟決め──
「──なむァ!!!」
ぶった斬る!
頭上に迫る、木材を!
右のオレンジ剣で! 左のオレンジ剣で!
ばっかあん! 木材、3つになる! そのまま落ちて来る2番目の部分を、黒猿、二刀でブロック(せき止め)!
ルーンが踏み込んだ! まだ空中にある木材ごと、グレイスでぶった斬る!
がきぃん!
木材は真っ二つ! だが!
「来ると思ったぜー!」
黒猿、盲受けにて、見事にグレイスをブロック!
反撃!
ルーンは痛恨のミス!
反射的に、山羊革の盾でブロックしてしもうた!
そんなもんで止まるはずなし! 盾、すっぱり! そのまま、刃は肩口に──
「ルーン!?」
グレイス、悲鳴上げる。
くるり・・・。
回転して、ルーンは石材の上に倒れた。
青銅のヨロイを鳴らして転がり、受け身取って・・・立ち上がった。
「あ痛ったたた!」
盾、投げ捨てる。
「ルン姉!」イリスが駆けつけ、ルーンをかばう。
「・・・大丈夫。切れてへん」
腕、ちゃんとついておった。
青銅の胸当ての肩に付属しとる革ベルト。肩を守る、すだれみたいなパーツ。それに剣の痕がついておる。
しかし、石材をすぱっと斬る剣が、なんで革ベルト程度で止まったのか?
「・・・いま、とっさに、抜いたのやが」とグレイス。
「『断つ』のルーンを止めたっちゅう意味?」
「うむ。ひっとなって、思わず止めただけなのやが・・・」
「グレイスが『断つ』やめたら、相手の剣も、なまったってこと?」
ルーンとグレイス。そしてイリス。目を見交わし、敵を見る。
「秘密だっつってんだろォ?」
黒猿の帝王。
ニヤリと笑って、踏み込んで来た。
イリスめがけ、右の剣を振る。の直後、ルーンに牽制の左突き。
イリスは回避。一歩踏み込む。
ルーンはグレイスを両手持ちにして、パリィ、打ち払って、これも一歩踏み込む。
うまく挟み込んだ!
が、黒猿。ぴょーんとジャンプ。おっそろしい跳躍力。3間あっちまで飛びのいた。
「・・・ほんま、猿みたいな御方やに」しゃがむイリス。なんか拾う。
「まーな。『猿』ってのは、あだなじゃねーかんな」
「さるなん?」
「猿だぜー?」
黒猿。ジャンプ。
壁蹴り、舞い上がり、宙返り!
2人の頭上から、ルーンに剣、振り下ろ──さんとする顔面に、小さな石がぶち当たった。
イリスの手投げ弾。いま拾った小石であった!
甘くなった攻撃を、ルーンがグレイスで迎撃。
ごきん。
鈍い音。
「──やはりそうえ」グレイスが言うた。「相手の剣、明らかに、なまっておる」
「ほな、ずっと止めといてもろたほうが安全やね」
「うむ・・・不本意やが、『断つ』のルーン、一時封印するえ」
「どっちみち、まともに喰らうたら、やられるやろけどね」
「そやに」とイリス。「ルーンのうても(ルーンがなくても)、ええ剣やもんに」
大将戦はつづく。
その間に。
ルシーナ、半壊した防衛塔にて、ダークエルフ兵と共に戦い続ける。
たまに『水鏡』の術などで味方を支援しつつ、通信の回復を急ぐ。
まず、向かいの防衛塔のハイエルフらと怒鳴り交わし、領主の意向を確認。
「正門は、渡さぬ!」と領主。「死守あるのみ!」
「水門は落ちた由! いかに?」
ハイエルフの領主、みずから剣振りながら、こう叫んできた。
「我が軍の空警、そして太陽神殿の方々が、必ず逆転してくださる!
そやに、弩砲! あれを、なんとかできませぬか?
空警には、弩砲が、脅威なれば!」
「了解!
──こちらアルス軍、参謀ルシーナ。陛下、直言お許しを」
<なにかな。ルシーナ閣下>
赤鬼国王、元鬼の声。
「正門、苦戦中なれど、意気盛ん。防衛はお任せあれ」
<ほう? 援軍はいらんと>
「はい」
<人外の猛将ありと聞いたが、それもやるか?>
ここでルシーナはひそひそ声をやめ、次の一言だけ、大きな声でしゃべった。
「我らの女王と、三姉妹最強のイリスが、やりまする」
<・・・そうか!>
通信先の元鬼の声に、変化があった。
「そやに、陛下。
領主閣下より『弩砲なんとかならんか?』の要請あるも、我らに、その余力なく」
<了解。弩砲は、我らが粉砕する。正門防衛に集中されたし>
「・・・最強のイリス」
ルシーナの一言は、イリスにも聞こえておった。
「ルシ姉、私を一人前扱いしてくれとったんやに」
「当たり前やん。はぁ、はぁ」ルーン、息切れしつつ、応じる。「自分、どんだけ強い思うてんの」
「わからへん」
イリスはルーンを見て、ほほえんだ。
「自分ではわからへん。そやに、ちょっと、試してみる」
そして、黒猿めがけて、突っ込んだ。
イリスの背後、『森の門』上空では、巨人軍が動き始めた。
国王はそのまま、巨人のお弟子隊が歩き出したのだ。
潮の流れは、変わりつつあった。
◆ 26、イリス、かつ ◆
「いくえ! お猿さま!」
「おう、来いやァ! お虹ちゃん!」
イリス突っ込む。
オレンジの刃恐れず突っ込んで、黒猿の手元にチョップ! ほぼ同時に、黒猿の前すね刈るローキック!
チョップに気取られた黒猿、ローキック喰らって顔ゆがめる! 反撃の柄当て! 柄尻の部分で打撃する、当たると意外に痛いやつ!
イリス、青銅のこてでガード! しかし続けてもう一刀の柄撃ち! こちらは鎖骨近くに喰らって、ノックバック!
距離開き、振り出しにもどる。
イリス、小石いくつか拾ってガリッと握り込み、投げるフリ! フェイント! 敵の反応を誘っておいて、斜めにすべるように突っ込む! 敵の左側面へ! して、またチョップ──と見せかけて、パッと手開く! 砂煙、舞う!
握りつぶした小石が砂となり煙となって、黒猿の目を襲う!
「ふん!」
黒猿、ぴょーんとジャンプ。距離開き、振り出し。
イリス、悔しそうな顔する。
「ルン姉。ごめん。倒すんは、無理かも」
「ええんよ」とルーン。「1人で勝たんでも」
「・・・!]
イリスは、前かがみになっとった背を、すっと伸ばした。
周囲を広く眺め渡す。
戦場の様子が、突然、すーっとイリスの中に入り込んできた。
頭上を飛びゆくコボルド落雷隊。ずしーん、ずしーんと走ってゆく巨人。
水門のほうにかすかに見えるマナの輝きは、太陽神殿の『祈願』であろう。
イリス、空を見た。
飛行兵が飛びすぎたあとの青い空に、青い点がひとつ、舞っておった。
イリス、うなずく。
「もっかい行くえ」イリス、また小石拾う。今度は2つ。
「同じ手は、喰わねーぜ?」
黒猿の帝王。
余裕の表情で、二刀をかまえた。
そのときである。
「わんっ!?」
犬の鳴き声、響きわたる。
「くせものっくせものでっす。であえっであえぇーわんわんわっ!」
「んッ!?」
黒猿の帝王、びっくりして、振り向く。
「こら、おいぬ! おまえ、また命令無視してついて来・・・?」
振り向いた視界に、いぬは、なし。
ただ、着地する青い鳥──鳥女が居っただけであった。
「・・・なんだおまえ」
「うちのともだち」
「ぬッ!?」
突進してきたイリス。
手を振る。また砂煙!
黒猿、ぴょーんとジャンプ。イリスも鳥女もルーンも居らぬ方向へ!
だが。
「──うん。そっちやろに」
イリス、もう一度、手振る。
するどく飛ぶ、石つぶて! 黒猿の眉間にビシリと命中!
「うぐっ」
イリス、2つ拾った石を、1つは潰して砂煙とし、もう1つはそのまま持っとったんである。隠し弾である。
そして!
神速のダッシュ!
着地寸前の黒猿の首、捕まえた!
己が身体ごと、きりもみ回転! 首巻き取って、石畳に叩きつける!
黒猿、頭を痛打! 人間だったら死ぬレベル! さすがにぶっ倒れた!
回転して立ち上がるイリス。
素早く相手をチェック。
黒猿も立ち上がる。しかし、目は虚ろ。棒立ちである。
──おや? 剣がない。
黒猿の手に、グレイスそっくりの二刀がない。地面にもない。
オレンジ二刀、突如、消失である!
「・・・どこ行ったんかに?」
「わからへん」
「イーリースーぅ。だいじょーぶ?」
ばさ、ばさ、ばさ。
青い鳥女。
イリスのそばに寄ってくる。
「うん。ありがとうポタージュ! めっちゃ似ておったに」
「ぴぃ、ちゅちゅちゅ!」
なんと、先ほどの、犬の女神そっくりの叫び声。
ポタージュによる、声のものまねだったのである!
◆ 27、ポタージュの、すけだち ◆
「・・・あァ?」
黒猿の帝王、はっとしたように、周囲を見回す。
それから、イリスの位置に気付いた。
「ああ、そっちか」
「大丈夫?」とイリス。「意識飛んでおったに。安静にしたほうがえええ。降参しぃ」
「するかァ!」
黒猿、叫び返すが、ちょっとフラッとし、頭押さえる。
やはり無意識に立ち上がっとったようである。熟練の戦士には、そういうことがある。
「よりによって、この俺さまが、ものまねにやられるとはな!」
「剣どこやったん?」
「ん? ああ。そっか。消えちまったか」
黒猿の帝王。
ルーンが右手に持ったままのグレイスを見て、ニヤリと笑う。
両手を上げて、こう唱えた。
「──『ものまね』のルーン。神剣よ、我が両手にあれ」
すると。
オレンジ剣。
神剣“グレイス”そっくりの二刀、ふたたびその手に、出現したのであった!
「・・・また出て来よったえ」うんざりするイリス。
「さっきと一緒や!」とルーン。「正門に攻めてきたとき、いまみたいに、ぱっと剣出してん」
「ま、そういうこった」
黒猿の帝王。
「さて、手加減してどうにかなる相手でもなさそうだ。
行くぞァ!」
黒猿、猛然とダッシュ。
前進しつつ、二刀をくり出して来よる!
いままでに見せとらんかった、本気の斬りである!
イリス、一撃は弾き、次は避け、三つ目は飛びのくが、さらに四撃目が来る!
ごぃぃぃ・・・ん!
「ちっ!」
かろうじて。
本当にかろうじて、建物の壁によって、剣は止まった。
イリス。二撃目を避けるとき、手近な建物の方へ逃げとったんである。
まさにギリギリの回避、その真っ最中に、イリス、反撃。張り手! 黒猿の鼻先をバシッとかすめる。
「浅い、浅い!」
「・・・!」
『断つ』のルーンの切れ味、やはり停止しておる。
刃当たった建物が健在であるからして、明らかである。
しかしである!
ルーンの切れ味なくとも、グレイスはやはり、神剣!
そのそっくりさんも、恐るべき切れ味! そして、耐久性!
イリスは青銅のこてで剣を払い、石壁に当ててやったが、曲がりもせぬ! 欠けもせぬ!
伸びるがごとく突き、撫でるがごとく斬るその一撃一撃が、すべて必殺!
どうにもならず、路地に逃げ込むイリス!
追う黒猿!
壁を利用し、剣のスイング方向を限定するイリス!
壁を蹴ってジャンプし、宙返りし、イリスを惑わす黒猿!
髪斬られ、袖斬られ、青銅のこてガコンガコン凹まされてゆくイリス!
圧倒的に、不利!
「さすが・・・正門を抜いた・・・武将やに!」
「おう! 光栄!」
まさに!
正門前の戦いを単騎で決したという、人外の猛将──猿の神わざ!
イリスあやうし!
と、そこに!
「ルシ姉! グレイス消して!」
鈴の鳴り響くがごとく、路地に伝わる女の声!
「なにえ。消すとは」
「水鏡! グレイスを、消して!」
通りの向こうでそんな声がしたかと思うと。
ぱっ。
黒猿の二刀が、また、消え失せた。
「ぬァ!?」
「やっぱり、そえ!」
路地の入り口。
三姉妹の次女、スカルドのハルモニアー。
びしっと黒猿を指差して、言い放った。
「手品のタネ、見切ったり。『ものまね』のルーン!」
「おおっと?」
黒猿。
前後を見た。
前にイリス。後ろに、イリスの仲間たち。
ルーンと、指差してくるハルモニアーと、首ひねっておるルシーナ。と、建物の影、死界へ飛び去るポタージュ。
おや?
ルーンの手に、グレイスがない。
「なんでグレイス隠したらあれ消えるのえ?」
とルシーナ。
どうやら、彼女が『水鏡』で隠したようである。
「あれは『ものまね』のグレイスやったに」
ハルモニアー。
伝承を司るスカルドらしく、説明する。
「本物なくば、ものまねは成り立たぬが道理。
そして、彼の御方は『ものまね』のルーンの所有者──
猿の神と、お見受けいたしまする!」
「はっはっは! そのとーり!」
黒猿の帝王。
ぴょーんと跳び上がったかと思うと、建物の壁にしがみついた。
するするするっと、垂直な壁よじ登り、屋上まで上がってしもうた。
「俺さまこそは、猿の神!
ヒューマンの生みの親、コボルドの父。
『ものまね』のルーンの所有者なり!」
なんと、黒猿。
神さまの1人。ヒューマンの祖先神たる、猿の神さまだという。
で、その神さま。
わっはっはと笑っておったが、やがて首筋押さえ、痛そうにしだした。
鼻血がダラーと、ふたたび流れ始める。
「あー・・・、やべー・・・、あれ? 止まったと思ったのになァ」
「当てたからに、ハァハァ」
さしものイリスも息切れである。
「・・・さっきの張り手か! あれ、鼻血狙いかァ!」
「そえ。それに、走らせたし。
走らせたら、ハァハァ、たいていの傷、悪化する、ハァハァ」
「かしこいな、おまえ」
猿の神、感心する。
「よっしゃ! 今回は、俺の負けだ!
だが覚えてろよ、エルフと女神ども! 絶対ェ侵略してやっから!
また来るぜ、ルシーナちゃん!」
「来な(くな)。去ね。くたばれ」
「ウキキッ!
『ものまね』のルーン! 赤い魔術の飛車を、ここへ!」
猿の神の頭上に、赤きかぶとがに型の空飛ぶ台が、出現した。
鮮やかにして深みあるカラーリング。おでこの大砲。
誇らしき『壱』の文字!
なんと!
赤鬼国王専用機、『壱号』までもが、ものまねされてしもうた!
「なんでもありやに」
「ルシ姉、水鏡」
「届かぬ」
「じゃーな!」
猿の神、ものまね壱号に飛び乗る。
イリス叫ぶ。「歩いて帰って来れんとこまで、飛んでってまえ!」
「わっはっは! 負け惜しみは、みっともないぜー?」
高笑いする、猿の神の頭上に。
ばさっ。
ポタージュ、出現す。
わっし。
猿の神の頭、足で、わしづかみ、
「『空間』のルーン! 歩いてっ帰っ来れんっとこまで、飛んで手前ー!」
ぱっ。
猿の神、消えた。
猿の神 vs アルス軍の女ども(とポタージュ)!
戦闘終了である!