◆ 36、戦の、そのご ◆
アルフェロン同盟は、戦に勝った。
丘の街は、門を2つ破壊されるという大きな被害を出しながらも、防衛に成功。
祝勝会は後に回し、雪の舞う中、ぶっ壊された門の修理を急ぐ。
巨人の国は、引き揚げた。巨人のお弟子さん3人を残して。
お弟子3人。門の残骸ヒョイヒョイつまみ、綺麗にして「任務完了」と言うて、帰った。
ルーン司令官率いる新生アルスは、『国』の再建設。
洞窟マンションの完成を急ぎ、アルスの国民に安らかな眠りを取り戻すのだ。
で、負けたほうは?
『猿の神の湖の帝国』は、どうなったのか?
これが、さんざんなありさまであったらしいのだ。
丘の街を襲った軍団はばらばらとなり、行方不明をたくさん出した。
雪が舞い、夜ともなれば霜が降りる時期の行方不明。たくさん亡くなったことであろう。
また、なんとか生き延びて、拠点まで帰り着いた者も・・・
「なんで?」「なんで、灰に?」
「我らの、水軍基地。たった一日で、なんで、廃墟に?」
・・・燃え尽きた拠点を見て、愕然とした。
アルフェロン湖のほとりに築かれた、水軍の基地。
まあ、基地と言うても、港と倉庫と宿泊所があるだけですが。
無骨な集落だが、あったかい飯とベットだけは、用意してもらえる。
そう思うて、兵士どもは逃げて来たのだ。
その基地が。
灰塵(かいじん)と帰して、雪に埋もれておった。
「空から、かみなりが・・・」
ヨロヨロと現れた、基地の守備兵が、泣きながら説明する。
「丸っこい、空飛ぶ円盤が、雲ン中から降りて来てよぉ・・・。
ぼーん、ぼーんって、かみなり落として・・・。
ビカッって光って、煙がもくもく、火が上がり・・・。
俺たちゃ、何もできずに、ただ、ただ・・・おお!」
「そいつぁ・・・巨人の国だ!」
逃げてきた者どもの、1人。
弩砲船の班長が叫んだ。
「巨人の国の、空飛ぶ円盤だ!
俺らの弩砲船も、そいつにやられたんだ」
「きょ・・・巨人も、空を飛ぶのか。エルフだけじゃなくて」
「ああ! エルフなんぞに、戦ァ仕掛けたのが、馬鹿だった!」
「おいてめー、いらんこと言うな。大将にぶん殴られるぞ」
兵士ども。
見回す。
「そういえば、大将はどこだ?」
「え?」と、基地の守備兵。「基地には帰って来てねーぜ」
「なんだって」
兵士ども。
焼け跡を探し、港に残った船を探し、あっちこっちを探し回った。
『帝王』──猿の神の居場所を、探しつづけた。
「い・・・いねえ」
「どこにも、いねえ」
ヒューマンども。
雪の中で身を寄せ合い、呆然とする。
「大将・・・いったい、どこに居られるんで・・・?」
◆ 37、猿の神の、そのご ◆
猿の神は、いったい、どうしておったのか?
それは、こんな話となって、伝わっております・・・
──
『猿の神、南の島にひとりぼっち』
猿の神。女神イリスに、飛ばされて。
気がついたらば、森の中。
「なんだ? こいつァ? いったいどこだ?」
高い木の上、するすると、登って、周りを見たならば。
あにはからんや! この場所は! 海に浮かぶ、無人の孤島!
お猿さん、驚き、がっくり、納得す。
「なるほど、なるほど・・・こいつァ、歩いちゃ帰れねえ」
何千日もの、島暮らし。嘆きの日々の、その果てに。
猿の神。沖にひとつの小舟を見た!
釣り人乗ったる、釣り小舟! 千載一遇の機会なり!
「しめた! 『ものまね』のルーン! あの舟を、ここへ!」
お猿さん。得意のルーンで、舟をまね、
そいつに飛び乗り、漕ぎだした!
「おうい、おうい、そこの舟! 助けるがよい、この俺を!」
「おや? 君は、何者だね?」
ひょろひょろとした、釣り人は、お猿を眺めて、そう言うた。
「はん! 耳ィかっぽじって、聞きやがれ!」
「この俺さまは、猿の神! ヒューマンの祖にして、湖の帝王!
『ものまね』のルーンの所有者さァ!
わかったら、俺を陸まで、案内しろ!
好きなお宝、くれてやる!」
すると釣り人、バシン! と釣り竿叩きつけ、
「私には、きらいなものが、ふたつある。
天の女神の御剣(みつるぎ)と、愚かな王の命令だ」
「話のわからぬ、ばかなやつ!
頭に来たぞ、殺してやる!」
と叫ぶや、電光石火!
お猿さんは、飛び掛かった!
「おっと、危ない」
釣り人は、ひらりと避けて、ばしゃーんと。
海に飛び込み、ぶくぶくもぐる!
なんと、なんとも! 釣り人は!
さかなの姿に、化けよった!
すいすいすいー、すいすいと、
泳いで逃げてゆくではないか!
「なんだと!? さかなに、なっただと!」
猿の神。びっくり仰天!
口をぽかーん、腕だらり。おさかな見つめ、不思議がる。
「いやいや、待て待て。
他人にできる、ことならば!
この俺さまに、真似のできぬはずはなし!
『ものまね』のルーン! 俺さまよ、あの姿になーれ!」
お猿さん、こちらもさかなに、ばしゃーんと。
海に飛び込み、ぶくぶくもぐる!
すいすいすいー、すいすいと、丁々発止の、おさかなレース!
「なかなかやるな。では、こうだ」
釣り人、ふたたび、化けよった。
なんと! こんどは、くじらになった!
大口開けて、お猿さんをば、呑み込まんとす!
「喰われてたまるか、『ものまね』のルーン!」
お猿さんも、くじらとなった!
くじらとくじらの、大激突! 海を割っての、たたかいだ!
頭をごっつん、尾びれでばしーん!
大激戦を、くり広げ。いつまで経っても、勝負がつかぬ。
釣り人、あきれて、こう言うた。
「きりがない。君が負けたと認めるならば、陸に案内してやろう」
「本当か? 本当ならば、認めるぞ。
俺の負けだ! 着いたらば、宝もたっぷり、くれてやる!」
「よーし、負けを認めたな? それじゃ、宝は頂くよ」
釣り人と、お猿さんとは、くじらのまんま、
ざんぶらがんぶら、海をゆく。
やがて、陸地が、見えてきた。
大きな河口が、見えてきた。
「あれなる河は、アルフェの大河。
さかのぼったら、アルフェロン。あんたの故郷に、着くわけさ」
「やれ助かった! 礼を言う!」
「礼はいらんよ。宝でいいさ」
「もちろんさァ。国まで来いよ。いやと言うほど、くれてやらァ!」
「いいや。とっくのむかしに、もらったよ。
それじゃ、これで、さよならだ」
釣り人くじら、そう言うと。
海の彼方へ、泳ぎ去った。
お猿さんを、浜辺に残して。
「なんもやっては、おらんのに。宝はもらった、などと言う」
お猿さん。不思議がるが、すぐ忘れた。
「まあいい! この、故郷の大地に、立てたのだから!
どんな宝であろうとも、引き換えにくれてやろうとも!」
お猿さんは、帰国した。
湖の国の都にもどり、正門行って、呼ばわった。
「──おおい、ヒューマン! 息子ども! この俺さまが、帰ったぞ!」
「俺さま? 誰だ? みじめな、馬鹿の、蛮人め!」
「はっ! 馬鹿は、どっちだか。
『ものまね』のルーン!
そいつの武器を、俺さまの手に!」
ところが!
『ものまね』のルーン、はたらかぬ。
ちっともさっぱり、効きはせぬ。
「ありゃァ? なんでだ? どうしてだ?
『ものまね』のルーン、はたらかねー!」
ヒューマンどもは、大笑い。
「『ものまね』のルーン? そいつァ、レガーさまの持ち物さ」
「なんだって? レガーさんたァ、一体、誰だ?」
「盗っ人の、ルーン盗みの、神さまさ。
まぬけで野蛮なお猿から、『ものまね』のルーンを盗んだそうだ」
「・・・ああ! そうか、そう言えば!
あの釣り人め、言ったっけ!
『とっくのむかしに、もらったよ』と!
俺さまの、ルーンをそっくり、盗んだわけかァ!」
地団駄踏んだが、あとの祭り。
お猿さん、ルーンを持たぬ神さまに、なってしもたというわけじゃ。
──
お猿さん。このとき、信者もずいぶん盗まれた。
ヒューマンども。猿の神が帰って来んからというて、他の神々に乗り換えたのだ。
犬の女神、太陽の女神、光の女神に、剣の女神。
果ては、ルーンを盗んだ盗賊の神まで。
ヒューマンの、色んな神を信じる文化は、このころ始まったことだとか。
◆ 38、イリス、兄者にあう ◆
戦のあと、しばらくして。
正門と水門の応急修理が終わったころ。
巨人の国の外交使節が、『丘の街』にやって来た。
目的は、先の戦いにおける戦功について。それと、延期されとった祝勝会である。
もちろんルーン司令官とルシーナ参謀もこれに加わって、「イリスに大いなる戦功あり」と、主張をした。
主立った戦功は、こんな感じに評価された。
・敵水軍基地の破壊・・・巨人の国、武鬼(ぶっきー)近衛隊長。新生アルス軍、ルシーナ参謀。
・敵弩砲船の破壊・・・巨人の国、武鬼近衛隊長。丘の街、フォームラー空中警備隊長。
・猿の神の撃退・・・新生アルス軍、ルーン司令官。同、女神イリス。イリスのお伴、ポタージュ。
そして、祝勝会が開かれた。
主な戦功に名を上げられたイリスは、もちろん参加。
アルス軍のダークエルフたちが徹夜して白銀のマント縫ってくれた。それを着て。
ルーン司令官と並んで、褒美の目録を受け取った。
・・・え? なんで目録かって?
そりゃあ、あなた。領土なんて、ポンと手渡せるもんじゃないでしょう?
そうなのだ。
イリスは、猿の神を撃退した褒美に、領土をちょっとばかりもろうたのだ。
なんと、女神イリスさま。人間の世界で、領土持ちというわけである。
ま、ただの未開の森ですけれどもね。住んでおるのは、へびぐらいだ。
「領土なんて、どないしたらええのかに?」
と、イリス。
すると、ルシーナが唇を寄せてささやいてきた。
「適当な人間を代官に選び、丸投げすればよい。私もそうする」
「ほな、カバリオ隊長」
「ああ」ルシーナ笑う。「奴、嫌がりそうやが」
「隊長放っとくとどっかで死にそうやに。縛りつけておこう思うて」
「なにえ。おかん(お母)」
ルシーナはけらけらと笑うた。
ちなみにポタージュも領地をもらうことになったが、本人、来ておらぬ。
イリスが招いて、一応近くまでは来たのだが、逃げたんである。
空警の隊員の青いレザーアーマー見たとたん、
「『空間』のルーン! あいつら居らんところへ、ポタージュを落ち着けよ!」
ぱっ。
・・・と消えたっちゅうわけである。
ルシーナが訊いてくる。
「結局、あれはなにえ。ポタージュ。人か、鳥か」
「うちらと一緒やに」
「一緒」
「人なんか神なんか、わからぬ」
「なるほどに」
姉妹が談笑しとるところへ、ルーン司令官がやって来る。「あいさつ行こか」
ハルモニアーもやって来た。ルーンお付きのスカルドがすっかり板についておる。
4人。いずれ劣らぬ美女。
歩くと、パーティー会場の人目を思いっきり引いた。
中でも目立っておるのは、イリスである。でっかいので。
次がルーン。とにかくこの娘は男装するとかっこいい。背高い。姿勢いい。凛々しい。ハイエルフの女どもが歓声上げておる。
そしてハルモニアー。『可愛い』と『妖艶』のあいだを行ったり来たりする感じで、男どもがのぼせておる。
・・・なんでか知らんが、今日は全然目立っとらんのがルシーナ。いちばんの美人のはずが、なんか、くすんでおる。
「姉者、なにしておるん?」とイリス。
「なにてなにえ」
「なんかおかしいえ」
「あなや。失礼なり」
「わかっておるくせに」
「うむ」ルシーナ、にやり。「どえ? 研鑚(けんさん)の成果」
「あの神さまみたいな光、隠せるようになったん?」とルーン。
「うむ。神威(しんい)な」
言われてみれば。
ルシーナの仮名の元ともなった、輝くような美貌。今日はちっとも輝いておらぬ。
ハルモニアーにはもやーっと輝かしい光がまとわりついておるが、ルシーナにそれがないんである。
「なくなったん?」イリス、心配する。
「なくなってはおらぬ。むしろ、隠すのに苦労しておる」
「なんで?」
「それはもちろん、女王より目立tt」「はいそこまで。もうよし」ルーン、すかさずカットである。
丘の街の領主にあいさつをし、戦功の礼を述べ、また総大将としての見事な指揮を讃える。
同じように、巨人の国の礼鬼(れいぎ)外務大臣ともあいさつ。
武鬼(ぶっきー)近衛隊長から、「後で話さんか」と言われ、ルシーナが「よろこんで」と応じる。
合間に有象無象から褒めたたえられ、いやみを言われ、笑って受け流す。
ハルモニアーがスカルドらしく話題を操作してくれるので、イリスたちは楽ができた。
「イリスさま」
「あ、カバリオ隊長」
茶のダークエルフのカバリオ隊長。礼装着て、イリスに深々と礼をする。
この男、戦いになると「野良犬め」などと敵を罵倒するが、堅苦しい場面では堅苦しく振る舞える、頭のええ男である。
「ポタージュさまから、伝言が」
「なんて?」
「『ごめん。いや』」
「うちからも『ごめんね』言うて、アルフェの実、贈ってあげてほしいねん」
「かしこまりました」
「あと、たいちょー、うちの領地の代官よろしく」
「・・・は?」
やがてパーティー終わり、それぞれの控え室へ。
控え室で、しばしだらける。お茶呑んだり化粧直したり「さて次は女王」「もうええって」といつものネタをやったりしたあと、ルーンとハルモニアーが立ち上がり、出て行った。
残ったルシーナが、イリスを誘う。
「武鬼兄者んとこ行くえ」
「うん。ハル姉は?」
「ルーンと2人で丘の街。そのあと、ピンクの事務局長」
「そか」
イリス、ルシーナと共に、巨人の国の控え室へ。
新生アルスもそうだが、巨人の国の控え室も、領主の館の客間である。
丘の街のような小さい街にしては十分に豪華な客間である──が、赤鬼が2人座っとると、おもちゃの部屋みたいに見えた。
「おお! イリス!」
でっかい赤鬼兄弟の中でも、飛び抜けてでっかい赤鬼。
鬼神そっくりな顔して、鬼神そっくりなうるさい声で、イリスを出迎えてきた。
「顔を見るのは──同盟結成の会議以来か?」
「武鬼兄者。お話しするのは初めてですに」
「そうだな。元気そうだのう!」
「そうですに」
イリス笑う。
「あのときはもやもやしておったに。いまは、さっぱりしておりますえ」
「おお! そうか!」
武鬼、母違いの妹の肩をばんばん叩く。
男兄弟育ちらしい乱暴な態度だが、ちゃんと加減はしておる。武鬼、こう見えて結構ハイエルフの女どもと遊んでおり、女が怪我したり怯えたりせんような加減はうまいんである。この点は鬼神とはちがうところであった。
「いや、本当にびっくりしたぞ!
猿の神をやっつけるとはな!
ルシーナも俺も、基地攻撃で活躍したつもりだったのにのう。
すっかり消し飛んでしもうたわ! 大活躍じゃ!」
「まったくですえ。けらけら」ルシーナ笑う。
「ポタージュとハル姉のおかげですえ」
とイリス。ルシーナ、脇腹つつく。
「・・・あとルシ姉」
「わっはっは」
武鬼閣下、ご機嫌である。
しばしそんな感じで豪快な会話がつづく。
が、お茶を呑んだタイミングで、武鬼は神妙になった。
「──しかし、我らは、失敗もした」
「失敗?」
「楽勝だと思い込み、油断をした。
そのせいで、正門でも水門でも、大きな被害が出てしもうた」
「油断?」
「弩砲のこと。猿の神のことだ。
あの2つは、完全に手抜かりであった。
そのため、ダークエルフに被害が出たと聞いておる」
「はい。我が軍では、ルーン司令官直属の精鋭兵が、2人」とルシーナ。
・・・この時代、兵士と兵士の斬り合いで、『即死』などということはまず起こらんかった。
何回も斬られた末に失血死することはあった。また傷が化膿して(かのうして)死ぬこともあった。
しかし、失血や化膿は、太陽の女神のわざで、治せるのだ。
太陽の司祭がいれば、助かるのだ。
神剣“グレイス”のような、例外を除いては。
ものまねグレイス。
猿の神が『ものまね』のルーンで生み出した、オレンジの二刀。
斬られた者たちは、即死であった。
「・・・我らには、油断があった」と武鬼。「指揮官には、あってはならんことだ」
「そなたの勘を生かしておればと、私も、悔やんだ」とルシーナ。
「・・・。」
イリスは口を閉じて、しばし、考えた。
死んだ2人とは、洞窟マンションの建設のとき、一緒に護衛をした。
ルーン隊とカバリオ隊は仲が良かったから、よく訓練もしたし、呑みにも行った。
ハルモニアーの駆け出し時代、酒場に応援に来てくれた奴らでもある。
そんな2人が、この世に居らぬ者となってしもうた。
イリスとは裏腹に。名もない兵士のまま。
イリスは口を開いた。
「やったのは、兄者でも姉者でもない。猿の神やえ」
「うむ・・・」
「うち、思うに。
戦になったらば、こうなるのはやむなしえ。
知り合いが死ぬ。友人が死ぬ。恋人が死ぬ。親子が死ぬ。
そやに、避けれるものなら、避けるべし。
避け得ぬならば、」
イリス。
がしっ! と、拳を打ち合わせた。
「力もて、勝つべし! 死を、減らすべし!」
沈黙。
ルシーナ、ふーんと鼻高々となった。「どえ」
「なるほどのう!」
「兄者」
ここで、礼鬼が動いた。
いままで黙っとった赤鬼外務大臣、起動である。
「団子でも出しますか?」
「おう、それがええわい!」
「お団子?」団子好きのイリス、反応する。
「おう。ハイエルフの麦団子に、なんか色々詰めたもんだ。でかいぞ」
武鬼。
『うまいぞ』ではなく『でかいぞ』と自慢する。
礼鬼の説明はもう少し丁寧であった。
イリスの握り拳ぐらいあるバカでかい団子を出しながら、
「巨人風麦団子です。
ハイエルフ風の3倍ぐらい直径がありまして。
肉と野菜のソースが、たっぷり入ってます」
「わあ!」
イリス、わっしと握って、かぶりつく。
ちょっと手にくっつく麦の部分は、あっさり、もっちもち。
がぶりと噛みつきゃ、じゅるり! 飛び出す肉野菜ソース。こってり、ピリリ、濃ゆ~い味。
粘つく麦を、水けたっぷりの根菜がほぐす。
挽き肉に混ざった軟骨の、コリコリした歯ごたえに、柔らか~い麦がつるつる絡む。
「おいしい!」
「わっはっは、そうか! くっくっく。母上に言うたら、どんな顔するかのう?」
「えー・・・」礼鬼が微妙な顔をする。
「それ、その顔だ! そういう顔をするにちがいないわ。わはは」
イリス、がぶがぶ噛みついて、平らげる。
ルシーナは手をさまよわせておる。「・・・切ってもよろしいかに?」
「ああ、もちろん! ナイフと串はこちらに。
エスロ博士なんかは、切った上に、スープをかけて食べたりなさいますよ」
「もぐもぐ。
・・・ん、なるほど、これはうまい」
「そうかそうか。口に合うか。
女神さまだというから、なんか特別なもん食うかと思うておったわい」
「父上は一緒ですからに」
「ふはは。それもそうだのう」
武鬼も団子をわしづかみ、がぶっと食べた。
「父上なあ」ぼやく。「まったく! のこのこ出て来たら、一発ぶん殴ってやったのだが」
武鬼。
ギロッと窓の外を睨む。
鬼神の姿はない。戦のときなら覗いておったかも知れんが、いまはない。
まあ居ったとしても『隠蔽』のルーンでコソコソと隠れておるだろうけれども。
・・・あれ? なんか鬼神、すごく情けないですね。
「やはり、怒っておられるのですかに? 巨人の国では」
「怒っておる」と武鬼。
「あきらめました」と礼鬼。
「おまえ! そんなんだから! 外交の責任者として!」
「はあ。兄者。いいですか?
父上が出て行かなければ、妹たちは、この世に居らんのですよ?
武鬼兄者は、そのほうがいいとおっしゃるのですか」
「ぬ!?」
「私は、いまこの世界のほうが良いと思いますなあ。
妹たち、可愛いじゃないですか。とんでもなく優秀だし」
「この・・・おまえ! 卑怯者! 自分だけ売り込みおって!」
「外交の責任者ですからね」
「くそう!」
やかましい兄弟である。
「・・・母上は、やはり、お怒りですかに?」
「・・・・・・・・・うむ」武鬼、顔が暗くなる。「ものすごく」
「私らが顔を出したならば・・・」
「いかんいかん!」
「それはいけません」
武鬼と礼鬼が一致した。
「俺らは男だから、おまえたちに優しくできるのだ」
「母があなた方に会うたら、お月さまへの恨み、噴き出すにちがいない」
「絶対にいかんぞ。・・・ああ恐ろしい。鳥肌立ったわ」
「母は巨人ですからね。怒ると、何をするやら」
「何もせんときの方が恐いわ。あのババア」
「ババアは言い過ぎですぞ、兄者」
ルシーナとイリス、顔を見合わせる。
イリスは2つ目の団子をもっちゃもっちゃ噛みながら考え、呑み込んで、こう言うた。
「茨の道みたいやに」
◆ 39、イリス、力くらべする ◆
「ところで、イリスはどのぐらい強いのだ?」
武鬼が変なことを言い出した。
「兄者・・・いけませんぞ」
「なにがいかんのだ」
「ここで手合わせなんかしては。館が壊れますぞ」
「わかっとるわい。話のついでだ」
「話のついで級のことじゃありませんぞ。英雄同士の手合わせは」
「ま、」
ルシーナが鼻高々に言うた。
「我ら三姉妹で最強。アルス軍においても最強。丘の街においても、最強と考えますえ」
「ルシ姉、言い過ぎえ。空警には手も足も出んに」
「ほう! 空さえ飛べれば、空警にも勝てるか!」
「うーん・・・『蛇魔弾』は手強いですに」
「おう! わかっとるのう!」武鬼、大喜びである。「あれはなんせ、鬼神台がやられる呪文だからな」
「きしにぃが?」
「うむ。昔な。まだ、四角い台だったころにな」
武鬼。
鬼神台が若かったころ、空中戦で『蛇魔弾』にぶっ壊された話をして聞かせる
(このお話では、2章の『空飛ぶルーン魔術師(後)』でのことですね)。
「弓があったら、どないでしたかに?」
イリスと武鬼、盛り上がる。
『空警を倒すとしたら』という、丘の街には聞かせられん話題で。
「弓ではな。『銀貨の盾』で完封されるだろう」
「では、網?」
「そうだな。網なら。しかし、届かんのう」
「おでこ大砲で撃ち出せませんかに?」
「おう。鬼神台系の大砲なら、口径もあるしのう・・・弟に言うてみるか」
その話題を。
礼鬼がさえぎった。
「──兄者。もう、あまり、時間が」
「なぬ!?」
武鬼、『そんな!?』という顔する。
こういう表情わかりやすいとこ、じつに鬼神そっくりである。
「まだ、手合わせもしとらんのに!」
「手合わせはどっちみちだめです」
「残念ですえ」とイリス。「兄者に手ほどき願いたかったに」
「おお! そう言うてくれるか。いつかそのうち、ぜひやろう」
「喜んでやりますえ」
「手ほどきと言えば、ルシーナは、術が得意とか?」と礼鬼。
「はい。色々と研鑚しておりまする。いつか流派を開き、生徒を取るのが夢ですえ」
「そのときには、ぜひ、我らにも学ばせて頂きたい」
「月の術を?」
「まあ、色々と難題はありますが・・・」
礼鬼はまた微妙な顔をした。
「我ら、巨人の国は、いくつかの問題を抱えております。
ひとつは、我ら兄弟に妻が居らず、子も居らぬという一大問題」
「存亡の秋(そんぼうのとき)だわな」
「武鬼にぃは、落ち着いておられますに?」とルシーナ。
「焦って捕れるもんでもないからな。
ハイエルフはずいぶん口説いたが・・・奴らは、ダメだ。
永遠の春の、ほんの一日、我らと遊んでみたという調子でな」
「そですに。奴ら、そういうところありますえ」
ルシーナ。ハイエルフには辛辣である。
「ダークエルフはいかがですかに?」
「母上が怒り狂いますね」と礼鬼。「それがなければ、巨人の国はダークエルフ向きだと思うのですが」
「地下の王国ですもんに」
「そうです。
問題のもうひとつは、術師の不在ですね」
「なぜ術師が?」
「出産、収穫、怪我や病気の治療・・・ほか、色々なことで。
ダークエルフだと、治療師、キノコ農家、月の巫女が分担しているようですね」
「キノコ農家っちゅうたら、」とイリス。「ルーンがそやったに」
「秘伝のわざで、自由自在にキノコを繁殖させるとか。ま、うわさですが」
「知らんかった・・・」
イリス、びっくりである。
ルシーナを見る。なんか目そらされた。
「姉者、知っておったに?」
「いくらかは」
「なんで教えてくれへんかったん?」イリス、ショックである。
「ルーンが、めっちゃ渋い茶呑まされたみたいな顔したに」
「え? ルン姉、怒ったんや。なんで?」
「私がカッとなり、無理にほじくり返したゆえ」
「・・・なんでそなことしたん?」
「『ルシーナは知らんでええ』など言うて、そっぽ向きよったのえ。あいつ。
この私が頭を下げて、参謀としてアルスの生活を知りたいと、お願いしたに。
なんでもかんでも秘密にしおって!」
「あー・・・」イリス納得である。
「ダークエルフは秘密主義ですからね」
礼鬼がまとめた。
「ま、そういう、社会のサポートをしてくれる知識階級がね。
巨人には、いらんかったので」
「いらんかった?」とイリス。
「巨人はお産で死ぬこともないし、病気もしないのです」
「へー」
「でも、鬼はちがいますからね」
「俺らの子供は、俺らより弱いかも知れんからのう」
「なるほどに・・・」
「エスロ博士じゃアカンの?」とイリス。
「研究がお忙しいので。ルーン魔術師は、出産や治療は専門外ですし」
「わかりました!」
ルシーナは膝を打った。
「私が弟子を取れるようになった日には、よろこんで相談に乗りまする。
それまでは『湖の神殿』に頼み、治療の窓口を作ってもらうということでいかが?」
「おお、助かります! 条件は、あらためて話しましょう」
ルシーナと礼鬼、がっしり握手。
「イリス。俺らもそのうち手合わせをするぞ」
「やりますえ」
イリスと武鬼。がっしり握手。
・・・と。
イリス。
テーブルを見て、いらんこと言うた。
「腕ずもうなら、できますに?」
「時間がないというのにから・・・」礼鬼が愚痴を言う。
「ええから合図をせよ!」
「やれやれ。
いいですか?
よーい・・・はじめ!」
イリスと、武鬼。
腕ずもう開始である。
体格で言えば、話にならぬ。
イリスは女にしては背が高いけれども、まあ、人間の範疇である。
武鬼は身長と言えば10尺でイリスの2倍ほどもあり、胴の太さ腕の太さなんかは2倍では利かぬ。
だのにから。
「む・・・む・・・!?」
武鬼が、驚いておる。
初めは加減をしておったのだ。
下手に体重を掛けては、イリスが怪我をするかも知れん。そう思って、腕の力だけで相手をした。
びくともせぬ。
「もう少し行けますえ」と涼しい顔で言うて来おる。
「おまえ、どれだけ力があるのだ?」
「自分ではわからへん」
「私とハルを合わせたよりは強いですえ」とルシーナ。
「それじゃわからんのう・・・」
武鬼、次第に力を入れてゆく。
「痛かったら言えよ」
「はい。もう少し行けますえ」
「むむ・・・・・・・・・痛かったら、言えよ?」
「もう少し行けますえ」
ミシッ。
「そ、そこまで!」礼鬼が止めた。「引き分け! やめ! やめ!」
「なんで止める」と武鬼。
「テーブルが『痛い』と言うておりましたえ」とルシーナ。
「む」
武鬼、テーブルの下覗く。
「足がめげとる」
「ええ!?」礼鬼あわてる。
「ハイエルフのもんは、やわくて(軟弱で)いかん」
武鬼、立ち上がった。
イリスの肩に手を置き、にっこり。
「強いのう。うちに欲しいわい」
「うちに?」
「うむ。おまえほど巨人の国にふさわしい女傑、この世に居らんわ」
「却下ですえ!」ルシーナあわてる。「イリスはだめ!」
「ふっふっふ。まあ、そうだろうのう」
イリスとルシーナは、こうして兄者との面会を終え、部屋にもどった。
この面会こそ、イリスの未来の定まった瞬間であった。
イリスにも、世に出づるときがやって来たんである。
だがイリスは、このときは誰にもそれを言わなんだ。
「・・・。」
「どうしたのえ?」
「うん」
イリスはただ、にっこり笑って、こう言うたんである。
「楽しいなあと思うて」