◆ 4、ルーンとルシーナ、けんかする ◆
先日、ハルモニアーが倒れてびっくりさせられたイリス。
今日は、ルーンとルシーナのけんかで、びっくりさせられる羽目となる。
延期になった領地視察。
どうするのか? を、カバリオ隊長らと話し合っとったところに。
「イリスさま。伝言です。ハルモニアーさまから」
「はーい」
イリス、紙切れを渡される。
走り書き。なのに綺麗なハイエルフ文字。ひと目でわかる、二の姉の筆跡。
『ルーンとルシーナ、けんか。できれば来て』
「ええ・・・?」
イリス、またかいなと思いつつ、呼ばれた部屋へ向かう。
仮庁舎1階、奥のほう。石造りの頑丈な部屋である。
「そやから、それがアカンっちゅうとんねん!」
「なにがアカンのえ! 悪い虫は駆除すべし!」
声が洩れておる。
ノック。
声、収まる。
「イリスやけど。えっと、ちょっと相談が」
「はーい」
ドアを開けてくれたのは、ハルモニアーであった。
イリス、ぼそぼそっと、「・・・うち、入ってええの?」
ハルモニアー。目配せ。
「うん。うん。なるほど! ・・・任しなえ。
──司令官。イリスが、領内の犯罪の処理のことで相談したいって」
「え」
「ええよ。入って」
「お邪魔します」イリス入る。
「なにえ。犯罪。誰も居らぬ森やに」とルシーナ。
「うん。いまは居らんけど」
そんな突っ込みされても困る。
イリスも知らん話なんであるから。
「火付けされたりしたら、恐いもんに」とハルモニアー。
「あ、うん」
「殺せ」
「そやからそういうのアカンっちゅうとんねん!」ルーンがまた怒り出した。
「アカンくないえ! 敵には厳正に対処すべし!」ルシーナもキレ返しよる。
イリス。
およその状況、把握である。
「もしかして、姉者らも、犯罪の話?」
「・・・いや」ルシーナが、いのししみたいに鼻息を吹く。「犯罪というか、身内の敵」
「なんで怒鳴り合っておるん?」
「怒鳴っておらぬ。ルーンがわからんことを言うから」
「わからんのはあんたや」
「そなたえ!」
「あんたじゃ!」
「えっと、」
イリス、割って入る。
「うち、考えてんけど。火付けやったっけ?
そういうことされたら、刑はやらなアカンと思うねん」
「それ見よ」ルシーナが得意がる。「妹はわかっておる。2対1」
「あんたもか!」ルーンが怒り出す。「あんたもか、イリス」
「ルン姉どしたん?」
「どうしたもこうしたもないわ! もう!」
イリス、首をかしげる。
けんかの原因は、犯罪とか、間者(かんじゃ)とかへの対処であろう。
ルシーナが厳正な対処を主張し、ルーンが待ったをかけたのだ。
それはわかった。
しかし。
どっちかというと我慢強いルーンが、語気も鋭くキレておるのがわからぬ。
なんでルーンが?
それはわからぬ。
わからんが、この方向で進めばええらしい。
二の姉のハルモニアーが、机の下で『そのまま進め』のサインしとるからである。
イリス。話を続ける。
「えー・・・それでやねんけど。相談しよっかなって」
「なにをえ」
「間違うたらアカンなーとか」
「なにえ。間違う」とルシーナ。
「犯人取り違えるってこと?」とルーン。
「そうそう」
「阿呆。間違うな」
「そやに、ルシ姉」
ハルモニアーがイリスの味方をしてくれた。
「ハイエルフの国でも、ようあるらしいえ。間違い」
「阿呆やえ」ルシーナ毒吐く。
「ほら、エスロ博士なんかも。
いま『巨人の国の魔術師』と名乗っておられるに。
それも、誤審のせい。国を出ざるを得んようになったとか」
「らしいね」ルーンが乗った。「多数決の裁判で」
「そやん。ハイエルフは、裁判でも多数決。
その多数がみーんな間違いをした。
結果、ハイエルフは、人材を取り逃がすことになったのえ」
「ふむ」
「・・・うちが言いたいんも、それよ。ルシーナ」
ルーンが、お茶を呑んでから口を開いた。
「あんたなんでも1人で決めて実行するやん。
それやと、歯止めが利かへん。間違いの修正ができへんっちゅう話やねん」
「そうは言うがに。
集団でわちゃわちゃ話しておったら、決まるものも決まりはせぬ。
責任もあいまいとなり、ピンクどものようなことになる──
『えっ? ハルモニアーさまが屋根裏部屋に?
ホンマですか? 誰がそんな、ひどいことを?
えっ? いえいえ! 私どもは決して、そのような!
ただ、書類でいっぱいやと、質問にお答えしたまででございまして!』
──あなクソ文官! 粛清して見せしめとすべし!」
「だからそれじゃアカンっちゅうとんねん。ホンマにもー・・・」
ルーンとルシーナ、睨み合う。
しかし、先ほどまでの勢いはない。
イリスが部屋に入ったことで、空気、やわらいだ。
「うち、」
そのイリス。
一拍置いてから、言い出した。
「名指しで領土くれたん、狙いもあるかなー思うねん」
「なにえ。狙い」
「やらしい狙い」
「なにえ。やらしい」
「うちらが領土持つと、ピンクの人ら、焦るやん?」
「うむ」
「うちら同士も意識するに。誰が上、自分は下とかって」
「うむ」
「そやに、アルス、バラバラにする効果、あると思うねん」
イリスたちが戦功の褒美にもろうた領地。
位置関係、ごく簡単に書けば・・・
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ルーン領
イリス領 洞窟マンション ルシーナ領
丘の街
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・・・こんな感じであった。
「うむ」「そやね」
ルシーナとルーン、同時にうなずく。
2人でしゃべり出す。
「ルーンの領地が遠すぎる。これは明白に嫌がらせと言うてよい」
「ルシーナんとこも反対側やもんね。1人だけ」
「うむ。洞窟マンションを私とイリスに挟ませ、ルーン領を孤立させる」
「けどね、ルシーナ。ハイエルフの大王は、諸侯に領地を世話するもんなんよ。それが甲斐性なん」
「うむ。敵意で領地くれたとは思わぬ。そやに、領地ひとつひとつが、政治のコマ」
「そらそうやわね」
2人うなずく。茶を呑む。
「うちら、子分ってこと?」とイリス。
「子分ではない。『諸侯』にカウントされたと言うべきやえ」
「貴族ってこと?」
「いや。丘の街には、世襲の貴族、存在せぬ。
まあ世襲したとしても、口出しはされまいが」
「子供居らんけどに」
「作ればよい」
「そやに」
・・・まあ、この領地のお話ですがね。じつは、覚えて頂く必要はないのだ。
なんでといって、このお話は、神さまのお話。
六腕三眼、鬼の神。
鬼神の人生(?)のお話だからです。
それにくらべたら、人間の領地なんぞ、儚い(はかない)話に過ぎぬ。
ま、その儚い世界に鬼神の娘どもが生きたので、こうしてお話ししておるのですがね。
「・・・ま、分断効果は、あった思うわ」
ルーンが机をトントンと叩いた。
「事務局長、イラッと来てるもん。めっちゃイヤミ言われた」
「私も言われたえ。思うつぼやに。ボンクラめが」
「うち、言われてへん」
「イリスが恐いんちゃう?」
「うち、恐ぁないえ」
「フローリア局長はね、ネチネチしとるけど、怒鳴られたらビクッてなんねん」
「うち、怒鳴らへんもん。姉者のほうが怒鳴っておる」
「怒鳴っておらぬ!」
ルシーナ怒鳴る。
「ま、丘の街の狙いは、イリスとルーンの言う通りやと思うえ。
自国の甲斐性を示す。盟主、王であると、暗に示す。
ついでにアルスを分断できれば、なおよし」
「茶とピンクは仲悪いからね・・・」
ルーンがため息をつく。
ダークエルフの抱える亀裂の話を、ちょっと口にした。
◆ 5、茶とピンクのはなし ◆
「どうしてもね。茶は表、ピンクは裏みたいになんねん」
「おもて」
「光刺す地上のことね。
うちら茶ぁのんは、真夏はしんどいけど、春・秋なら大丈夫。
ピンクは冬でもちょっと厳しいねん。日光」
「亡者(もうじゃ)などと悪口叩く奴も居るようやに」
「それ絶ッ・・・対に、言うたらアカンよ」
「うむ。不当な侮辱と思うておる」
「そう言えば」とイリス。「フレイミニア隊長も難儀して(なんぎして)おったに」
イリス、思い出す。
『猿の神の湖の帝国』との戦争のとき。
戦況急変で、イリスとダークエルフ兵2人、陸号(りくごう)に乗って、飛んで来た。
フレイミニア隊長が迎えに出て、正門へ案内してくれたときのことである。
その彼女が、冬の日光で肌やけどして痛そうにするわ、日差し浴びると目細めてフラフラするわで。
「あんな隊長いらんわ!」と、イリスの所属するカバリオ隊に、密かな罵倒を浴びておるのだが・・・
「あの御方は、がんばっておる」
「うん。向こうが押しつけて来たんやけど、悪くない人材よ」
・・・2人の評価は、悪くないようであった。
「あれ?」
「どないした」
「いや、べつに」
「イリスは、どう思うておる?」
「うち?」
「いまやそなたも、アルス派の諸侯の1人。意向は無視できぬ」
「えー? そんなあー!」イリス、にやける。「うち、困るえー」
「建前え」
「・・・なんや」
「そっか。イリスも昇格せなアカンやん」
「うむ。ひとまず単に『領主』とし、兵士ではなくすればよかろう」
「え? うち、カバリオ隊抜けなアカン?」
「そらそうえ」
「領主がヒラの隊員じゃアカンでしょ。イリスは体験入隊っちゅうレベルでもないし」
「そっか・・・」
イリス、がっくりする。
カバリオ隊長。口は悪いが、ダークエルフ兵がイリスを遠巻きにしとる頃から、声かけ、目かけてくれた。
いまや女神にして領主のイリスであるが、彼のことはいまだに隊長と思うておった。口は悪いが。
「隊長のこと、うち、ずっと隊長と思うておるに」
「おー! カバリオ隊長聞いたら喜ぶで、それ」
「あ、アカン、ルン姉」
「なにが?」
「これ、カバリオ隊長のまね」
「え?」
「ほっほう。カバリオが、ずっと隊長と思うておる? 誰をかに?」
「ルン姉」
「え」ルーン司令官、ぎくしゃくする。「あ、あの人のほうが、軍歴長いのに」
「──で、結局どないえ? イリス」
「なんの話やったっけ」
「フレイミニア隊長」
「ああ。
別に、うちは。
・・・イラッとしたけど」
「やはり」ルシーナうなずく。「カバリオ隊で悪評あるのは耳に入っておる」
「悪評っていうか。
日の当たるとこ出たら、足遅うなるのは、アカンえ」
「ちゃうねんイリス」
ルーンが手を上げた。
「ホンマはね。夜に交代してもらう予定やったんよ」
「夜勤担当やったん?」
「そうよ。でも、あの人はちゃんと軍服着てね。
日の当たる窓のとこで、開戦、見届けてくれたらしいんよ」
「そやったんや」
「そやから、伝令もスムーズに通ったん」
「そえ。一般兵では、誰何(すいか)で手間取る恐れもあった」
「フレイミニア隊長なら、丘の街にもちゃんと面通ししてあったもんね」
「そうなんや」
イリス、評価を改める。
「ほな、カバリオ隊の仲間にも言うとくわ」
「私らが言うたとは言いなえ」とルシーナ。
「アカンの?」
「恩は着せてはならぬ。相手が自然に感じるように仕向けるのえ」
「仕向けるて」
「──ま、ほんでね、」
ルーン。
茶を呑み、話をもどす。
「茶のダークエルフとピンクのダークエルフはね。
それこそ、カバリオ隊長とフレイミニア隊長みたいに、ぎくしゃくすんねん。
ハイエルフも、それは承知。戦になれば、分断工作をする。
うちらは、茶とピンク分断されたらアカンっちゅうこと」
「それはわかる。ゆえに、大目に見ておる」
「大目に見て粛清なん?」
「大目に見ておるに、つけ上がってわがままを抜かす。
あまつさえ、ハルを攻撃! 粛清するよりなし」
「あー・・・」
イリス。
これですべて理解である。
「それで、さっき怒鳴り合っておったんやに」
「怒鳴っておらぬ!」
ルシーナ怒鳴る。
「廊下まで響いておったえ」
「うるさいえ。怒鳴ってはおらぬ!」
・・・これはですね。
ルシーナ本人は『怒鳴っておらぬ』と本当に思っておるのだ。
なんでそんなことになるのか? これには、単純な理由があったのです。
「姉者も、兄者みたいやに」
イリス笑う。
「は?」
「いや、姉者も父上の娘やなーと思うて」
「は???」
「声でかいん、武鬼(ぶっきー)兄者みたいやに」
「・・・ああ」ルシーナも笑う。「たしかに、あの兄者は、父上みたいやに」
そう。地声(じごえ)。
地声でかい人は、ちょっと語気強めただけで、怒鳴っとるみたいになってしまう。
本人にそんなつもりなくとも、周囲、びびる。
これ、まさに鬼神がちょっとイラッとしたときに起こることだ。
──ルシーナ、見た目は綺麗だが、やっぱり鬼神の娘。ということであったのです。
「うちも最初はびっくりしたで」とルーン。「ごっつい押し強い姉ちゃんやなー思うて」
「なにえ・・・」
「ルン姉は、声まろやかやに」とハルモニアー。
「ふふ。ありがとう。洞窟は、反響するからね。
これでも、うち、声デカいほうよ。キノコ農家やからね。住んどるとこが大洞窟やったから」
「それでか!?」とルシーナ。
「そうよ」
「そうか。ピンクどもが私におびえるのは、声のせい!」
「いやそれはちゃうで」
「ちゃうんか」
「粛清するとか言うからやん」
◆ 6、ルシーナとルーン、なかなおりする ◆
「ルシ姉、ピンク殺すん?」とイリス。
「阿呆!
粛清と言うたは、文官クビにするとの意味え」
「それでもアカンて」
「しかし、では、どうする?」
ルシーナ。
真面目な、穏やかな顔になった。
静かな声で──母親である月の女神そっくりの声で、こう言うた。
「そなたを女王にするのは、人を殺させるためではない。人を否定させるためではないのえ。
同胞を救いたい、何とかしたい、何でもやったるわ! ──との気持ち。
それに、惚れたからやえ」
「惚れた惚れた言うな。ありがとう」
「え? あ、いや・・・うん。
そやに、ええと、誰かが裁断をすべしと思うて」
「うちが言いたいんはね。
やらなアカンときは、うちらがやる。それはもう、ええんよ。昔はグズったけどね。
けど、やる人間と、やれと決める人間が同じではアカンのちゃう? てことよ。
──イリスも、それが言いたかったんやろ?」
「え? あ、うん」
イリス、挙動不審となる。
「ちゃうんかいな」ルーンにバレる。「ははーん・・・ハル姉の入れ知恵か」
「・・・うん」
「ルーン。兼任がアカンという話やったのかに?」
「そう」
「なるほど」
2人、茶呑む。
「──アルスでは、評議会が全部やっておったと聞くに?」
「・・・。」
「こら、秘密にすな。しゃべれ」
「いや秘密にするっちゅうか・・・説明しづらいねん。うち子供やったし。
まあ・・・そやね。
親が『評議会に怒鳴り込んで来る』とか言うとったのは、何回か聞いたことあるわ」
「評議会が、有力者の直談判を受けておったっちゅうことかに?」
「うん。商人、治療師、巫女、キノコ農家やね」
「ぐちゃっとせんか?」
「誰が何を提案して誰が決定したんか、誰にもわからへん・・・みたいになっとった気ぃするわ」
「そやろに」
「フローリア局長に聞くほうがええと思うけど」
「うむ。関係改善も必要やに、話はする。するが、秘密にすな。しゃべれ」
「しゃべってるやんか。
──あ、でも、もうそろそろ訓練行かな」
「ああ、そな時間かに。ほな行くえ」
「あんたも来んの?」
「先の戦いで、訓練不足を痛感した。話も終わっておらぬ。そなたを鍛えながら話をする」
「よっしゃ。しゃべれんぐらい運動させたるわ」
「できるものならば」
ルーンとルシーナ、仲直りしたようである。
「イリスも来る?」
「うん」
3人、出て行く。
後に残ったハルモニアー。
ふーとため息ついて、侍女を呼ぶ。
控え室から、侍女3人出てくる。
「片付けましょか。そなたは司令官の訓練見に行く?」
「はい! ほな、すみません、お先に失礼します!」
飛び出してったのは、ルシーナの侍女(まだ小娘)であった。
ばたーん! ドア、音を立てる。
「あの子はほんまに・・・」
ルーンの侍女(おばちゃん)が首を振る。
ハルモニアーの侍女(若い女)は、明るく笑った。
「あはは。あの子、司令官大好きやからね。
──それにしても、お嬢さま。ええ感じで収まりましたね?」
アルスの『侍女』。
文字通り、主人に侍う(さぶらう)女。主人の会話に口突っ込むのも、アリ。むしろ、仕事のうち、という慣習である。
「そやに。伝言して正解やったえ」
「ほんまですわ。ナイス伝言ですわ」「イリスさまがいらっしゃると、なごみますもんねえ」
「イリス効果やえ」
侍女ども、笑う。
すっかり女主人が板についた、若きスカルド、ハルモニアーであった。
◆ 7、ガンメタ鬼神台、アルスをほうもんす ◆
ぶわっさ。
久しぶりに聞く、渋い羽ばたきの音。
「きしにぃ! 久しぶりやに」
イリス喜ぶ。
雪蹴散らして駆け寄って、がばー!
ガンメタリックの巨大なボディに抱きついた。
深みのある砲金色した、巨大かぶとがに。『空飛ぶ台』の、一族きっての勇者。鬼神専用機。
ガンメタリック・かぶとがに・鬼神台──アルスを訪問す。であった。
白い雪の積もった森に、ガンメタリックのボディがよく映える。
雪の白色がボディに映り込み、なんとも言えん綺麗さ。
「冷たー! いつからこっち来ておったん?」
ぶわっさ・・・。
<1週間前でしたかね? 地球に降りてきたのは>
ガンメタ鬼神台のおでこにくっついとる黒い物体から、妙なる声がした。
9本の筒を束ねたみたいな、へんてこな物体。
オクトラであった。
妙なる声の主は、妙雅(みょうが)。空飛ぶ一族の女王。空飛ぶ母艦。
本体はでっかいが、姉妹の前にはよく小っちゃいオクトラを派遣してくる。小っちゃい妙雅である。
<そのまま月へ帰ろうとしやがったのでね。
私が命令して、こちらへお邪魔させました>
「えー・・・? 冷た・・・」
ぶわっさぶわっさ! ガンメタ鬼神台、言い訳する。
ルシーナとハルモニアーも近付いてきた。2人ともしっかり外套を着込んでおる。
「きしにぃ。妙雅。ええとこに来てくれましたえ」
「ほんまやえ」
ハルモニアーは毛糸の帽子かぶっておる。白いぼんぼんのついた、可愛いデザイン。
「この雪の中、歩いて行くとなったら、イリスはともかくルシ姉はへたれるとこやったえ」
「へたれはせぬ。そなたこそ」
「私はへたらぬえ。遠慮するもん」
<お久しぶりです。ずっと、おそばでしゃべっていたいんですけどねえ>
「お互い、忙しい身やからに。うれしいことやが」
<たしかに>
最後にルーンが、ざっしゅざっしゅと雪を踏みながらやって来た。
ちょっとうつむいておると思っておったら、目を上げてガンメタ鬼神台を見つめる顔、紅潮しておる。
「・・・お久しぶりです。女王陛下。鬼神台殿」
<お邪魔しております。司令官閣下>
ぶわっさ。
「・・・。」
「さて、さっさと出発すべし!」
ルシーナがでかい声出した。
森の中から、空へ舞い上がる。
木々の向こうに、丘の街が見えた。アルスの仮庁舎の屋根も、ちらっと見える。
今回は非公式・個人的な協力っちゅうことで、コソコソした感じの出発となった。侍女たちもお留守番である。
「やれやれ」とルシーナ。「役職がつくと、あれこれ配慮せねばならぬ。疲れる」
「そやに」とハルモニアー。「私も、遠征がちょっと待ち遠しいえ」
<遠征なさるんですか?>
「うん。
遠ーい土地に住んでおる、別の国のダークエルフにね。
新生アルスのこと、それと、うちら姉妹のこと、伝えておかなアカンに」
「ハルが団長やえ。ハルモニアー遠征団」
<それは大役ですね!>
「ほんまに。言われただけで、緊張するえ」
「同行したがる奴が多くて、人選に困っておる」
ごおう。
真冬の風が吹きつけてきた。
「寒っ!」とルシーナ。「座ろう座ろう。寒い寒い」
ごそごそと、風防の内側に潜り込むようにして座る。
空飛ぶのは便利だが、寒風浴びるのは、つらい。それはもう、地べた歩いておっては想像もつかんぐらい、つらいんである。
<風防の内側に内燃魔懐炉がございます。どうぞ>
「なにえ。ないねんまかいろ」
<小型暖房具です。文字通り、懐に炉を。
けむりだまで使われておる発火材料をですね。長時間かけて、発熱させる>
「これかに?」
ルシーナ、銀色のたまごみたいなもんを取り上げる。
白い両手にいっぱいになるぐらいの、銀のたまご。
<そうですそうです。
うちの技師連中とエスロ博士が、遊びがてらに試作したものでして>
「どないするのえ?」
<手で持った状態で『内燃魔懐炉よ、あたたまれ』と唱えます>
「すると、燃えるのかに?」
<内部でね。小さな燃焼がね。
表面はちょうどいいぐらい、湯たんぽぐらいになる設計で。
ですが念のため、何かでくるんでください。なんせ、試作品ですから>
「ふむ。ではこれで」
ルシーナ、マフラー引っ張りだして、ぐるぐるくるむ。
こうして座り込んでごそごそしとるあいだ、万が一にも落っこちたりせんよう、ルーンと最後尾のイリスがみんなを守っておる。
しかし、ルーンはめっちゃつらそうに目を細め、イリスに風防の中へ押し込まれてしもうた。風が冷たすぎたようである。
イリスも目はほとんど開けておらず、襟に顎うずめ、防御姿勢取っておる。それほどの厳しさなんである。
「では行くえ。内燃魔懐炉よ、あたたまれ!」
ルシーナとハルモニアー。
たまご転がす母鳥がごとく、銀色のたまご、手でぺたぺたし、変化を待つ。
「・・・むむ?」
「あ、ちょっとあったまってきたに? ほら、ルーン」
「うわホンマや。あったか!」
ルーン、マフラー越しに頬ずりする。
次、イリスが頬っぺたにくっつけてもらい(イリスは両手は手すり握ってふさがっておるので)、「ホンマや」と喜ぶ。
最後に、ハルモニアーがぎゅーっと胸に抱き締める。
「妙雅、これ、買われへんかに? 遠征に持って行きたいのやが」
<伝えておきましょう。冬に出発なさるのですか?>
「冬の終わり。寒うなる日もあると思うに。海にも出る予定やし」
<冬の海ですか? ちょっと心配ですね。
私がアルス所属でしたら、申し出ましたのに>
「じつは、妙雅。そなたに打診しようかなと思うておった」
<同行を?>
「オクトラを1機。受けて頂ければ、これほど安心なことはない」
<そうでしょうとも!>
「うちからもお願いします。陛下」とルーン。
<妙雅で結構ですよ。
きしにぃのことも、『きしにぃ』に戻してやってください。ショック受けてますよ>
「え? ホンマに?」
ぶわっさ・・・。
「ごめんなさい。きしにぃ」
ぶわっさ!
<・・・正式な返答は、我が国王に確認してからになりますが。
あ、非公式なほうがよろしいですか?>
「いいえ、妙雅さま。
期間長いですし、正式にお願いしますわ。
もちろん、友好国として一緒に出席して頂いても結構です。歓迎します」
<ほほう。交渉がお上手ですねえ>
「書類は後ほど。ルシーナさまから」
「書類書かすときだけルシーナ『さま』つけよる」ルシーナ文句言う。
<あはは。・・・あれ? 私も?>
「あ、見えてきたえ」
イリスが、両手はしっかり手すり握ったまま、顎で前方を示した。
「うちの領地」
前方の森に、三日月と虹の意匠の旗がひるがえっておった。
◆ 8、未開の領地 ◆
「・・・降りるとこないに」
<ありませんねえ>
旗の上空に留まる、ガンメタ鬼神台。
降りるスペースがないんである。
「なんという難所」ルシーナあきれる。「ようこんな場所によじ登ったもんやえ」
イリス領の旗が立っとるのは、岩と土の盛り上がりのてっぺん。
人間1人立つスペースもないようなとこ。
「あの人、身軽やからね」ルーンが褒める。
「猿の話はすな」
「してへんがな。カバリオ隊長やん」
ぶわっさ、ぶわっさ?
<イリス領主閣下。木、ぶっ倒してもいいか? と、きしにぃが>
「そやに。ほな、そこの枯れた木、倒してもらえる?」
白々と枯れ果てて、虚(うろ)にもひび割れが走り、骸(むくろ)といった風情の大木。
ガンメタ鬼神台、みなを乗せたまんま、その枯れ木に乗っかると。
・・・ぶわっさ?
「うん。やってまえ!」
ばきばきばき!
『力』のルーンでもって、枯れ木を圧砕!
巨人の、砂の城を踏みつぶすがごとし!
枯れ木、砕け散った!
イリス。
ひらりと飛び降りた。
「ええ感じやに!」
革の手袋して、砕けた木を、がっしと掴む。
ポイ。ポイ。
横へ投げて、片付ける。
「焚き木になりそうえ。後で取りに来よ」
小石は蹴っ飛ばし、大きな石は引っこ抜いて、地面の穴を即席で埋める。
ミニ飛行場、造成完了である!
ガンメタ鬼神台そこに着地。みな、降りる。
「・・・森やに」とルシーナ。
「うん」とイリス。
まさに。
ただの、森。
密生した木々に、白い屋根のごとく雪積もる。
あまりに密生しておるせいで、地面にはほとんど雪が落ちておらぬ。
しかし。
「ハル姉危ないえ」
たまーに・・・
ドサドサドサァ!
・・・人間をぺちゃんこにする勢いで、雪が落ちて来よる。
「ひぃ!?」
イリスに抱き寄せられたハルモニアー、びびって妹にしがみつく。
「地面には積もってへんけど、上に積もっておるようやに」
「危ない。汚い」ルシーナが文句言う。「凹凸激し。歩きづらし」
「手入れしてへん森って、大変やね」とルーン。「想像よりずっと悪いわ。きっつい」
イリスが先行。
雪の積もった凸部をヒョイと飛び越え、凍りついた凹部にスタッと着地。残りのメンバーをサポート。
「そなた、そないに運動できるに、なんで落っこちたんかに」とルシーナ。
「アシ戦争のとき? あれは、うちも子供やったに」
ぶわっさ・・・。頭上でガンメタ鬼神台が苦い声。
「きしにぃのせいやないえ」
イリスの先導で苦労して進み、大きな岩の陰へ。
「ふう。やれやれ」
ルシーナたちは軽く息切れ。
距離としてはちょっとなのだが、なんせ、凹凸と雪と氷のコンボはしんどい。
岩陰に、焚き火の跡がある。革のシートで包まれた荷物が置いてある。
「これやと思うえ」
イリス。
革のシートめくる。
中から、焚き木を引っ張り出した。
「うん。よく乾いておる」
火つける。
ぱちぱちぱち・・・火がともる。
「お湯沸かそか。お水持って来たに」
ハルモニアーが外套をいったん脱いで、外套の内側に背負っておった荷物出す。
小さいやかん。水筒から、お水。
「雪溶かしたんじゃアカンの?」とルーン。
「汚いから、アカンえ」とハルモニアー。
「こんな綺麗のに」
「見た目はに。呑んだら、ホコリいーっぱい呑むことになるえ」
「ええ・・・知らんかった」
やかんを火にかけるハルモニアー。ちなみに金属の棒を3本組んでそれに吊っておる。手際がよい。
その姿を見ながら、ルーン司令官。思い出す。
「鬼神さまに助けられたときも、こんな感じやったなぁ・・・」
「それ、ジャブジャブのとき?」ハルモニアーが喰いついた。
「うんそう。
助けられたあとにね、焚き火してん。
したっていうか、うちは何もしてへんけど。濡れて震えとっただけで。
みんなのお父さんがね。わざわざ火起こしてくれて。アルフェの実焼いてくれてん。
あれめっちゃおいしかったわ・・・」
「実あるえ」
イリスがベルトポーチから小さいアルフェの実をいくつか出した。
ルシーナ、眉上げる。
「それは、あれ用ではないのか?」
「あれてなにえ」イリスが睨む。
「あれ」
ルシーナ、空を指す。
ひらりひらり。青い鳥女が、寒空を舞っておった。
「あ、ポタージュ」
◆ 9、ポタージュ、やきアルフェをしる ◆
「イ~~リス~♪」
「ポタージュー! 降りられへんの?」
「降りれるよー」
青いつばさしたポタージュ。唱える。
「『空間』のルーン! ポタージュを、イリスの後ろに落ち着けよー」
ぱっ。
ポタージュ消える。
ばさっ。
イリスの背後に出現す。
──ルシーナからいちばん遠い位置に、である。
「・・・。」
ポタージュとルシーナ、睨み合う。ほぼ同時に目そらす。
「アルフェの実、焼こう思うねんけど。焼かんほうがええ?」
「夜行をもう寝んけどー?」
「1個残して焼いてみるに」
「・・・?」ポタージュ、首かしげる。
イリスが串取り出す。アルフェの実ぶっ刺す。
「!?」ショック受けた顔する。
さらにそれを火にかざす。
「ええ!」声上げる。「アルフェの実! 焼くの!?」
「焼いたらあったかいえ」
「ぴぃー!?」
どうやらポタージュ、アルフェの実が焼かれることにショックを受けたようである
「焼いたら、甘くなるのえ」ハルモニアーが説明した。「あったかくなって、食べやすいえ」
「食べやすい・・・」
「お肉とかも、焼いたり煮たりしたら、おいしいえ」
「焼いたお肉、きらい・・・」ポタージュ半目になる。「にがい・・・」
前回、『湖の神殿』に招かれ、人間のパーティーは経験済みのポタージュ。
人間が料理で火使うことは知っておる。それは何とも思うておらん。しかしながら!
大好物、アルフェの実までも、人間たちはあんな苦くしてしまうのか!?
──という、ショックの表情の、ポタージュであったが。
「はい。焼きアルフェ」
「やきあるふぇ・・・」
イリス、ふーふーして冷まし、小さく切り分けて唇の下に当てて温度確認してから、串に刺し直して出して、あげた。
ポタージュ、しょんぼりしつつ、一応、かじってみる。
「・・・?」
「どう?」
はぐはぐはぐ。かじるポタージュ。
「!!?」
ねこが熱いもの口にしたときみたいに、あぐあぐあぐ! と口開いてぶるぶるふるえたあと。
はぐはぐはぐ。あぐあぐあぐ! はぐはぐはぐ・・・と、悶えつつ、一気にかじり切った。
「どない?」
「ふわっとする!」
「熱くない?」
「お腹あつい!」
「大丈夫かな。冷ましたつもりやねんけど」
「・・・・・・・・・大丈夫!」
ポタージュ、焼きアルフェを知るの巻であった。
「おなべのなかみー、アルフェの実ぃ~♪
おーさけかたてに、やきアルフェ~♪」
ポタージュ。
すっかり御満足。
変な歌、うたいだす。
「なにえ。あの歌」
「うちが作ってん」とイリス。「歌詞ちゃうけど」
「替え歌か」
「うん。ポタージュ、聞いた歌、みな替え歌にしよんねん」
「元の歌も大差なさそうやが」
「そなことないえ」
「どな歌え」
「えー・・・?
おなべのなかみー、やぎミルクー。
おーさけかたてに、ごっくごくー。・・・て歌やえ」
「へたくそ。駄作なり」
「・・・ルシ姉は、口開く前に人の気持ち思いやったほうがええと思うえ」
「へたくそはへたくそ。駄作は駄作やに。
月の女神の娘として、目を覆うばかりのセンスのなさ。あさまし。いたまし」
「いいすぎやえ」
イリス、反撃する。
「ルン姉取られたからて、イライラしすぎやに」
「しておらぬ。ひま過ぎるに、そなたに絡んでおるだけえ」
ルーンを取られたとはどういうことか?
それはこういうことであった。
ガンメタ鬼神台とルーン。温かい焚き火からちょっと離れ、寒空に浮かんどるんである。
2人きりで。
・・・いや、ルーンの腰に神剣“グレイス”が居るから、3人か。
オクトラは遠慮してこっちに残っておる。ハルモニアーに抱っこされて、黙ーっておる。
「ルシ姉とイリスのけんかも、久しぶりやに」とハルモニアー。お茶呑みつつ。「月のころは、いっつもやっとったに」
「月は人居らな過ぎえ。けんかするよりほか、どうしようもなかった」
「ハル姉と泳ごうとしたら溺れさせてしもうたに。あれ反省して」
「あー・・・そういうこともあったに」
「・・・ハル姉、大丈夫なん? 船」
「遠征? うん。最近、訓練しておるに。
まだ泳ぐまでは行かぬけれども。顔、水につけて、目開けて、息止める練習」
「そっか」
「ハルは、身体は私とほぼ同じ。泳げんことはないはずえ」
「うん。そう信じてがんばるえ」
三姉妹、ひさびさにのんびりする。
イリス、さっき粉砕された枯れ木に、手斧喰い込ませる。斧の背、こぶしでゴン。木、パカリ。領主閣下、薪割りするの図。
ルシーナは寝不足なのか、火のそばでぼーっとして、ときどきカクッとなっておる。
ハルモニアーは姉がコケたりせんよう、密着して座っておる。ついでに姉を暖房具として使っておる。さっきのたまご、『内燃魔懐炉』は空に居るルーンに貸したので、こっちにはない。
じーっと座って姉にくっついて、何もしておらんように見えるが、じつは、これ、仕事中なんである。
頭の中で物語を書いて、それをそのまま暗記するという、神わざみたいな仕事である。・・・ま、女神なんですがね。
ちなみに、ポタージュはどっか行ってしもた。あの娘は雲みたいなもんで、いつの間にか居らんようになる。
さて、そうしておると。
ルーンとガンメタ鬼神台が、やがて、ふわーっと降りてきた。
「ごめん。お待たせ」
「ふぁ!?」
ルシーナが飛び上がる。
「寝とったん? ごめんね」
「うあ? いやかまわぬ。なにえ」
「みんなに最初に伝えとこう思うねんけど、」
ルーンは改まって言うと、腰の神剣“グレイス”をゆっくり引き抜いて、冬の日差しに照らした。
オレンジの刀身、陽に輝く。
「・・・グレイスさま、お日さまのところにお帰ししよう思うねん」
◆ 10、ルーン、けついする ◆
「え?」とイリス。「グレ姉、帰してしまうん?」
「うん。もともと、太陽の女神さまの剣やから。
今日、きしにぃと話して、決意したわ」
「なんで? けんかしたん?」
「してへん」「しておらぬ」
ルーンとグレイス、口を揃えて否定である。
「いつかお日さまに奉還(ほうかん)せなアカンかったんよ」
「物扱いをすな」
「せえへんよ、そんなん。けど、歩いて帰る気も、ないねやろ?」
「できぬ。気ぃあるかないかの問題ではない。
私は空は飛べぬ。天には戻れぬつもりでおった」
「うん。
ま、そういうことでね。きしにぃに月まで連れてってもらおうって」
「月からはどないするん?」
「月までたどり着いたならば、叔母上にすがることもできる」とグレイス。
「あ、そっか」
イリス。
うなずいてから、首ひねる。
「・・・あれ? ほな、母上に来てもろうたら」
「アカンって!」とルーン。「そんな畏れ多い(おそれおおい)! うち死んでまう!」
「あ、そうなるんかに」
イリスたちの母は、月の女神。
月の女神は、ダークエルフの守護神である。
ルーンが自分の都合(まあグレイスの都合だが)で、守護神を呼び付けたりしたならば・・・。
イリスは軽い気持ちであったが、ルーンにとっては死の罠みたいな提案であった。あぶないあぶない。
沈黙。
会話、途切れる。
ルシーナが凍りついたようになって、何もしゃべらんのが原因である。
「・・・グレ姉は、帰らなアカンのかに?」とハルモニアー。
グレイス。
わかりにくい返答をした。
「私は、私が選んだ持ち手の意志に従う。
持ち手の意志に逆らうとき。それは、持ち手を見捨てるときに他ならぬ」
「ふうん・・・」
ハルモニアーはこれでわかったようである。
うながすように姉を見る。
しかしルシーナ。声が出ぬ。
「・・・。」
「どしたん? 姉者」イリスが肩をぽんぽんとした。
「・・・何と言うてよいやら、わからぬ」
ルシーナは首を振った。
のそっ、と、立ち上がる。
「ひとまず、領地を巡ろう。私は・・・夜にでも、話をさせてもらいたい」
「反対されるかと思うとってんけど」ルーンが肩を落とした。
「そうする理由はいくらでもあるが、」
ルシーナはため息をついた。
「・・・アカン。まとまらぬ。時間を無駄に使うてしまいそうやえ。出発しよう」
「ほな、鞘に戻しなえ」とグレイス。「寒いえ」
「うん」
鞘に納められるグレイスの刀身は、影になり、暗かった。
ガンメタ鬼神台に乗った一行。
日が暮れる前に、残る領地を視察する。
「あ、うちの領主の旗あったわ」とルーン。
「これまた手強そうな地形やに」とルシーナ。
「下手に降りたら、何も見えへんね。凹凸激しすぎや。空から見れてよかったわ」
「降りぬのか?」
「降りぬのえ」ルーンが口まねした。「旗よし。賊なし。距離把握。問題なしや。次行こ」
・・・こうして、空から領地を偵察した1日。
たった1日を、ルーンとルシーナはしっかりものにした。
新生アルスの再建に、十分にこの情報を生かしたんである。
──ただ、イリスは、その再建を見届けることはなかった。
女神イリスは、『月の道』を昇ってしもうたからである。
神剣“グレイス”と共に。
そのお話は、また次回。