六腕三眼、鬼の神   作:min(みならい)

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冬の日々(2) ルーンとルシーナ、けんかする

◆ 4、ルーンとルシーナ、けんかする ◆

 

 先日、ハルモニアーが倒れてびっくりさせられたイリス。

 今日は、ルーンとルシーナのけんかで、びっくりさせられる羽目となる。

 

 延期になった領地視察。

 

 どうするのか? を、カバリオ隊長らと話し合っとったところに。

「イリスさま。伝言です。ハルモニアーさまから」

「はーい」

 イリス、紙切れを渡される。

 走り書き。なのに綺麗なハイエルフ文字。ひと目でわかる、二の姉の筆跡。

 

『ルーンとルシーナ、けんか。できれば来て』

 

「ええ・・・?」

 イリス、またかいなと思いつつ、呼ばれた部屋へ向かう。

 仮庁舎1階、奥のほう。石造りの頑丈な部屋である。

「そやから、それがアカンっちゅうとんねん!」

「なにがアカンのえ! 悪い虫は駆除すべし!」

 声が洩れておる。

 ノック。

 声、収まる。

「イリスやけど。えっと、ちょっと相談が」

「はーい」

 ドアを開けてくれたのは、ハルモニアーであった。

 イリス、ぼそぼそっと、「・・・うち、入ってええの?」

 ハルモニアー。目配せ。

「うん。うん。なるほど! ・・・任しなえ。

 ──司令官。イリスが、領内の犯罪の処理のことで相談したいって」

「え」

「ええよ。入って」

「お邪魔します」イリス入る。

「なにえ。犯罪。誰も居らぬ森やに」とルシーナ。

「うん。いまは居らんけど」

 そんな突っ込みされても困る。

 イリスも知らん話なんであるから。

「火付けされたりしたら、恐いもんに」とハルモニアー。

「あ、うん」

「殺せ」

「そやからそういうのアカンっちゅうとんねん!」ルーンがまた怒り出した。

「アカンくないえ! 敵には厳正に対処すべし!」ルシーナもキレ返しよる。

 イリス。

 およその状況、把握である。

「もしかして、姉者らも、犯罪の話?」

「・・・いや」ルシーナが、いのししみたいに鼻息を吹く。「犯罪というか、身内の敵」

「なんで怒鳴り合っておるん?」

「怒鳴っておらぬ。ルーンがわからんことを言うから」

「わからんのはあんたや」

「そなたえ!」

「あんたじゃ!」

「えっと、」

 イリス、割って入る。

「うち、考えてんけど。火付けやったっけ?

 そういうことされたら、刑はやらなアカンと思うねん」

「それ見よ」ルシーナが得意がる。「妹はわかっておる。2対1」

「あんたもか!」ルーンが怒り出す。「あんたもか、イリス」

「ルン姉どしたん?」

「どうしたもこうしたもないわ! もう!」

 イリス、首をかしげる。

 けんかの原因は、犯罪とか、間者(かんじゃ)とかへの対処であろう。

 ルシーナが厳正な対処を主張し、ルーンが待ったをかけたのだ。

 それはわかった。

 しかし。

 どっちかというと我慢強いルーンが、語気も鋭くキレておるのがわからぬ。

 なんでルーンが?

 それはわからぬ。

 わからんが、この方向で進めばええらしい。

 二の姉のハルモニアーが、机の下で『そのまま進め』のサインしとるからである。

 イリス。話を続ける。

「えー・・・それでやねんけど。相談しよっかなって」

「なにをえ」

「間違うたらアカンなーとか」

「なにえ。間違う」とルシーナ。

「犯人取り違えるってこと?」とルーン。

「そうそう」

「阿呆。間違うな」

「そやに、ルシ姉」

 ハルモニアーがイリスの味方をしてくれた。

「ハイエルフの国でも、ようあるらしいえ。間違い」

「阿呆やえ」ルシーナ毒吐く。

「ほら、エスロ博士なんかも。

 いま『巨人の国の魔術師』と名乗っておられるに。

 それも、誤審のせい。国を出ざるを得んようになったとか」

「らしいね」ルーンが乗った。「多数決の裁判で」

「そやん。ハイエルフは、裁判でも多数決。

 その多数がみーんな間違いをした。

 結果、ハイエルフは、人材を取り逃がすことになったのえ」

「ふむ」

「・・・うちが言いたいんも、それよ。ルシーナ」

 ルーンが、お茶を呑んでから口を開いた。

「あんたなんでも1人で決めて実行するやん。

 それやと、歯止めが利かへん。間違いの修正ができへんっちゅう話やねん」

「そうは言うがに。

 集団でわちゃわちゃ話しておったら、決まるものも決まりはせぬ。

 責任もあいまいとなり、ピンクどものようなことになる──

 

 『えっ? ハルモニアーさまが屋根裏部屋に?

  ホンマですか? 誰がそんな、ひどいことを?

  えっ? いえいえ! 私どもは決して、そのような!

  ただ、書類でいっぱいやと、質問にお答えしたまででございまして!』

 

 ──あなクソ文官! 粛清して見せしめとすべし!」

「だからそれじゃアカンっちゅうとんねん。ホンマにもー・・・」

 ルーンとルシーナ、睨み合う。

 しかし、先ほどまでの勢いはない。

 イリスが部屋に入ったことで、空気、やわらいだ。

「うち、」

 そのイリス。

 一拍置いてから、言い出した。

「名指しで領土くれたん、狙いもあるかなー思うねん」

「なにえ。狙い」

「やらしい狙い」

「なにえ。やらしい」

「うちらが領土持つと、ピンクの人ら、焦るやん?」

「うむ」

「うちら同士も意識するに。誰が上、自分は下とかって」

「うむ」

「そやに、アルス、バラバラにする効果、あると思うねん」

 

 イリスたちが戦功の褒美にもろうた領地。

 位置関係、ごく簡単に書けば・・・

 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ルーン領

  イリス領 洞窟マンション ルシーナ領

 

         丘の街

 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ・・・こんな感じであった。

 

「うむ」「そやね」

 ルシーナとルーン、同時にうなずく。

 2人でしゃべり出す。

「ルーンの領地が遠すぎる。これは明白に嫌がらせと言うてよい」

「ルシーナんとこも反対側やもんね。1人だけ」

「うむ。洞窟マンションを私とイリスに挟ませ、ルーン領を孤立させる」

「けどね、ルシーナ。ハイエルフの大王は、諸侯に領地を世話するもんなんよ。それが甲斐性なん」

「うむ。敵意で領地くれたとは思わぬ。そやに、領地ひとつひとつが、政治のコマ」

「そらそうやわね」

 2人うなずく。茶を呑む。

「うちら、子分ってこと?」とイリス。

「子分ではない。『諸侯』にカウントされたと言うべきやえ」

「貴族ってこと?」

「いや。丘の街には、世襲の貴族、存在せぬ。

 まあ世襲したとしても、口出しはされまいが」

「子供居らんけどに」

「作ればよい」

「そやに」

 

 ・・・まあ、この領地のお話ですがね。じつは、覚えて頂く必要はないのだ。

 なんでといって、このお話は、神さまのお話。

 六腕三眼、鬼の神。

 鬼神の人生(?)のお話だからです。

 それにくらべたら、人間の領地なんぞ、儚い(はかない)話に過ぎぬ。

 ま、その儚い世界に鬼神の娘どもが生きたので、こうしてお話ししておるのですがね。

 

「・・・ま、分断効果は、あった思うわ」

 ルーンが机をトントンと叩いた。

「事務局長、イラッと来てるもん。めっちゃイヤミ言われた」

「私も言われたえ。思うつぼやに。ボンクラめが」

「うち、言われてへん」

「イリスが恐いんちゃう?」

「うち、恐ぁないえ」

「フローリア局長はね、ネチネチしとるけど、怒鳴られたらビクッてなんねん」

「うち、怒鳴らへんもん。姉者のほうが怒鳴っておる」

「怒鳴っておらぬ!」

 ルシーナ怒鳴る。

「ま、丘の街の狙いは、イリスとルーンの言う通りやと思うえ。

 自国の甲斐性を示す。盟主、王であると、暗に示す。

 ついでにアルスを分断できれば、なおよし」

「茶とピンクは仲悪いからね・・・」

 ルーンがため息をつく。

 ダークエルフの抱える亀裂の話を、ちょっと口にした。

 

◆ 5、茶とピンクのはなし ◆

 

「どうしてもね。茶は表、ピンクは裏みたいになんねん」

「おもて」

「光刺す地上のことね。

 うちら茶ぁのんは、真夏はしんどいけど、春・秋なら大丈夫。

 ピンクは冬でもちょっと厳しいねん。日光」

「亡者(もうじゃ)などと悪口叩く奴も居るようやに」

「それ絶ッ・・・対に、言うたらアカンよ」

「うむ。不当な侮辱と思うておる」

「そう言えば」とイリス。「フレイミニア隊長も難儀して(なんぎして)おったに」

 

 イリス、思い出す。

 『猿の神の湖の帝国』との戦争のとき。

 戦況急変で、イリスとダークエルフ兵2人、陸号(りくごう)に乗って、飛んで来た。

 フレイミニア隊長が迎えに出て、正門へ案内してくれたときのことである。

 その彼女が、冬の日光で肌やけどして痛そうにするわ、日差し浴びると目細めてフラフラするわで。

「あんな隊長いらんわ!」と、イリスの所属するカバリオ隊に、密かな罵倒を浴びておるのだが・・・

 

「あの御方は、がんばっておる」

「うん。向こうが押しつけて来たんやけど、悪くない人材よ」

 ・・・2人の評価は、悪くないようであった。

「あれ?」

「どないした」

「いや、べつに」

「イリスは、どう思うておる?」

「うち?」

「いまやそなたも、アルス派の諸侯の1人。意向は無視できぬ」

「えー? そんなあー!」イリス、にやける。「うち、困るえー」

「建前え」

「・・・なんや」

「そっか。イリスも昇格せなアカンやん」

「うむ。ひとまず単に『領主』とし、兵士ではなくすればよかろう」

「え? うち、カバリオ隊抜けなアカン?」

「そらそうえ」

「領主がヒラの隊員じゃアカンでしょ。イリスは体験入隊っちゅうレベルでもないし」

「そっか・・・」

 

 イリス、がっくりする。

 カバリオ隊長。口は悪いが、ダークエルフ兵がイリスを遠巻きにしとる頃から、声かけ、目かけてくれた。

 いまや女神にして領主のイリスであるが、彼のことはいまだに隊長と思うておった。口は悪いが。

 

「隊長のこと、うち、ずっと隊長と思うておるに」

「おー! カバリオ隊長聞いたら喜ぶで、それ」

「あ、アカン、ルン姉」

「なにが?」

「これ、カバリオ隊長のまね」

「え?」

「ほっほう。カバリオが、ずっと隊長と思うておる? 誰をかに?」

「ルン姉」

「え」ルーン司令官、ぎくしゃくする。「あ、あの人のほうが、軍歴長いのに」

「──で、結局どないえ? イリス」

「なんの話やったっけ」

「フレイミニア隊長」

「ああ。

 別に、うちは。

 ・・・イラッとしたけど」

「やはり」ルシーナうなずく。「カバリオ隊で悪評あるのは耳に入っておる」

「悪評っていうか。

 日の当たるとこ出たら、足遅うなるのは、アカンえ」

「ちゃうねんイリス」

 ルーンが手を上げた。

「ホンマはね。夜に交代してもらう予定やったんよ」

「夜勤担当やったん?」

「そうよ。でも、あの人はちゃんと軍服着てね。

 日の当たる窓のとこで、開戦、見届けてくれたらしいんよ」

「そやったんや」

「そやから、伝令もスムーズに通ったん」

「そえ。一般兵では、誰何(すいか)で手間取る恐れもあった」

「フレイミニア隊長なら、丘の街にもちゃんと面通ししてあったもんね」

「そうなんや」

 イリス、評価を改める。

「ほな、カバリオ隊の仲間にも言うとくわ」

「私らが言うたとは言いなえ」とルシーナ。

「アカンの?」

「恩は着せてはならぬ。相手が自然に感じるように仕向けるのえ」

「仕向けるて」

「──ま、ほんでね、」

 ルーン。

 茶を呑み、話をもどす。

「茶のダークエルフとピンクのダークエルフはね。

 それこそ、カバリオ隊長とフレイミニア隊長みたいに、ぎくしゃくすんねん。

 ハイエルフも、それは承知。戦になれば、分断工作をする。

 うちらは、茶とピンク分断されたらアカンっちゅうこと」

「それはわかる。ゆえに、大目に見ておる」

「大目に見て粛清なん?」

「大目に見ておるに、つけ上がってわがままを抜かす。

 あまつさえ、ハルを攻撃! 粛清するよりなし」

「あー・・・」

 イリス。

 これですべて理解である。

「それで、さっき怒鳴り合っておったんやに」

「怒鳴っておらぬ!」

 ルシーナ怒鳴る。

「廊下まで響いておったえ」

「うるさいえ。怒鳴ってはおらぬ!」

 

 ・・・これはですね。

 ルシーナ本人は『怒鳴っておらぬ』と本当に思っておるのだ。

 なんでそんなことになるのか? これには、単純な理由があったのです。

 

「姉者も、兄者みたいやに」

 イリス笑う。

「は?」

「いや、姉者も父上の娘やなーと思うて」

「は???」

「声でかいん、武鬼(ぶっきー)兄者みたいやに」

「・・・ああ」ルシーナも笑う。「たしかに、あの兄者は、父上みたいやに」

 

 そう。地声(じごえ)。

 地声でかい人は、ちょっと語気強めただけで、怒鳴っとるみたいになってしまう。

 本人にそんなつもりなくとも、周囲、びびる。

 これ、まさに鬼神がちょっとイラッとしたときに起こることだ。

 ──ルシーナ、見た目は綺麗だが、やっぱり鬼神の娘。ということであったのです。

 

「うちも最初はびっくりしたで」とルーン。「ごっつい押し強い姉ちゃんやなー思うて」

「なにえ・・・」

「ルン姉は、声まろやかやに」とハルモニアー。

「ふふ。ありがとう。洞窟は、反響するからね。

 これでも、うち、声デカいほうよ。キノコ農家やからね。住んどるとこが大洞窟やったから」

「それでか!?」とルシーナ。

「そうよ」

「そうか。ピンクどもが私におびえるのは、声のせい!」

「いやそれはちゃうで」

「ちゃうんか」

「粛清するとか言うからやん」

 

◆ 6、ルシーナとルーン、なかなおりする ◆

 

「ルシ姉、ピンク殺すん?」とイリス。

「阿呆!

 粛清と言うたは、文官クビにするとの意味え」

「それでもアカンて」

「しかし、では、どうする?」

 ルシーナ。

 真面目な、穏やかな顔になった。

 静かな声で──母親である月の女神そっくりの声で、こう言うた。

「そなたを女王にするのは、人を殺させるためではない。人を否定させるためではないのえ。

 同胞を救いたい、何とかしたい、何でもやったるわ! ──との気持ち。

 それに、惚れたからやえ」

「惚れた惚れた言うな。ありがとう」

「え? あ、いや・・・うん。

 そやに、ええと、誰かが裁断をすべしと思うて」

「うちが言いたいんはね。

 やらなアカンときは、うちらがやる。それはもう、ええんよ。昔はグズったけどね。

 けど、やる人間と、やれと決める人間が同じではアカンのちゃう? てことよ。

 ──イリスも、それが言いたかったんやろ?」

「え? あ、うん」

 イリス、挙動不審となる。

「ちゃうんかいな」ルーンにバレる。「ははーん・・・ハル姉の入れ知恵か」

「・・・うん」

「ルーン。兼任がアカンという話やったのかに?」

「そう」

「なるほど」

 2人、茶呑む。

「──アルスでは、評議会が全部やっておったと聞くに?」

「・・・。」

「こら、秘密にすな。しゃべれ」

「いや秘密にするっちゅうか・・・説明しづらいねん。うち子供やったし。

 まあ・・・そやね。

 親が『評議会に怒鳴り込んで来る』とか言うとったのは、何回か聞いたことあるわ」

「評議会が、有力者の直談判を受けておったっちゅうことかに?」

「うん。商人、治療師、巫女、キノコ農家やね」

「ぐちゃっとせんか?」

「誰が何を提案して誰が決定したんか、誰にもわからへん・・・みたいになっとった気ぃするわ」

「そやろに」

「フローリア局長に聞くほうがええと思うけど」

「うむ。関係改善も必要やに、話はする。するが、秘密にすな。しゃべれ」

「しゃべってるやんか。

 ──あ、でも、もうそろそろ訓練行かな」

「ああ、そな時間かに。ほな行くえ」

「あんたも来んの?」

「先の戦いで、訓練不足を痛感した。話も終わっておらぬ。そなたを鍛えながら話をする」

「よっしゃ。しゃべれんぐらい運動させたるわ」

「できるものならば」

 ルーンとルシーナ、仲直りしたようである。

「イリスも来る?」

「うん」

 3人、出て行く。

 後に残ったハルモニアー。

 ふーとため息ついて、侍女を呼ぶ。

 控え室から、侍女3人出てくる。

「片付けましょか。そなたは司令官の訓練見に行く?」

「はい! ほな、すみません、お先に失礼します!」

 飛び出してったのは、ルシーナの侍女(まだ小娘)であった。

 ばたーん! ドア、音を立てる。

「あの子はほんまに・・・」

 ルーンの侍女(おばちゃん)が首を振る。

 ハルモニアーの侍女(若い女)は、明るく笑った。

「あはは。あの子、司令官大好きやからね。

 ──それにしても、お嬢さま。ええ感じで収まりましたね?」

 アルスの『侍女』。

 文字通り、主人に侍う(さぶらう)女。主人の会話に口突っ込むのも、アリ。むしろ、仕事のうち、という慣習である。

「そやに。伝言して正解やったえ」

「ほんまですわ。ナイス伝言ですわ」「イリスさまがいらっしゃると、なごみますもんねえ」

「イリス効果やえ」

 侍女ども、笑う。

 すっかり女主人が板についた、若きスカルド、ハルモニアーであった。

 

◆ 7、ガンメタ鬼神台、アルスをほうもんす ◆

 

 ぶわっさ。

 久しぶりに聞く、渋い羽ばたきの音。

「きしにぃ! 久しぶりやに」

 イリス喜ぶ。

 雪蹴散らして駆け寄って、がばー!

 ガンメタリックの巨大なボディに抱きついた。

 深みのある砲金色した、巨大かぶとがに。『空飛ぶ台』の、一族きっての勇者。鬼神専用機。

 ガンメタリック・かぶとがに・鬼神台──アルスを訪問す。であった。

 白い雪の積もった森に、ガンメタリックのボディがよく映える。

 雪の白色がボディに映り込み、なんとも言えん綺麗さ。

「冷たー! いつからこっち来ておったん?」

 ぶわっさ・・・。

<1週間前でしたかね? 地球に降りてきたのは>

 ガンメタ鬼神台のおでこにくっついとる黒い物体から、妙なる声がした。

 9本の筒を束ねたみたいな、へんてこな物体。

 オクトラであった。

 妙なる声の主は、妙雅(みょうが)。空飛ぶ一族の女王。空飛ぶ母艦。

 本体はでっかいが、姉妹の前にはよく小っちゃいオクトラを派遣してくる。小っちゃい妙雅である。

<そのまま月へ帰ろうとしやがったのでね。

 私が命令して、こちらへお邪魔させました>

「えー・・・? 冷た・・・」

 ぶわっさぶわっさ! ガンメタ鬼神台、言い訳する。

 ルシーナとハルモニアーも近付いてきた。2人ともしっかり外套を着込んでおる。

「きしにぃ。妙雅。ええとこに来てくれましたえ」

「ほんまやえ」

 ハルモニアーは毛糸の帽子かぶっておる。白いぼんぼんのついた、可愛いデザイン。

「この雪の中、歩いて行くとなったら、イリスはともかくルシ姉はへたれるとこやったえ」

「へたれはせぬ。そなたこそ」

「私はへたらぬえ。遠慮するもん」

<お久しぶりです。ずっと、おそばでしゃべっていたいんですけどねえ>

「お互い、忙しい身やからに。うれしいことやが」

<たしかに>

 最後にルーンが、ざっしゅざっしゅと雪を踏みながらやって来た。

 ちょっとうつむいておると思っておったら、目を上げてガンメタ鬼神台を見つめる顔、紅潮しておる。

「・・・お久しぶりです。女王陛下。鬼神台殿」

<お邪魔しております。司令官閣下>

 ぶわっさ。

「・・・。」

「さて、さっさと出発すべし!」

 ルシーナがでかい声出した。

 

 森の中から、空へ舞い上がる。

 木々の向こうに、丘の街が見えた。アルスの仮庁舎の屋根も、ちらっと見える。

 今回は非公式・個人的な協力っちゅうことで、コソコソした感じの出発となった。侍女たちもお留守番である。

「やれやれ」とルシーナ。「役職がつくと、あれこれ配慮せねばならぬ。疲れる」

「そやに」とハルモニアー。「私も、遠征がちょっと待ち遠しいえ」

<遠征なさるんですか?>

「うん。

 遠ーい土地に住んでおる、別の国のダークエルフにね。

 新生アルスのこと、それと、うちら姉妹のこと、伝えておかなアカンに」

「ハルが団長やえ。ハルモニアー遠征団」

<それは大役ですね!>

「ほんまに。言われただけで、緊張するえ」

「同行したがる奴が多くて、人選に困っておる」

 ごおう。

 真冬の風が吹きつけてきた。

「寒っ!」とルシーナ。「座ろう座ろう。寒い寒い」

 ごそごそと、風防の内側に潜り込むようにして座る。

 空飛ぶのは便利だが、寒風浴びるのは、つらい。それはもう、地べた歩いておっては想像もつかんぐらい、つらいんである。

<風防の内側に内燃魔懐炉がございます。どうぞ>

「なにえ。ないねんまかいろ」

<小型暖房具です。文字通り、懐に炉を。

 けむりだまで使われておる発火材料をですね。長時間かけて、発熱させる>

「これかに?」

 ルシーナ、銀色のたまごみたいなもんを取り上げる。

 白い両手にいっぱいになるぐらいの、銀のたまご。

<そうですそうです。

 うちの技師連中とエスロ博士が、遊びがてらに試作したものでして>

「どないするのえ?」

<手で持った状態で『内燃魔懐炉よ、あたたまれ』と唱えます>

「すると、燃えるのかに?」

<内部でね。小さな燃焼がね。

 表面はちょうどいいぐらい、湯たんぽぐらいになる設計で。

 ですが念のため、何かでくるんでください。なんせ、試作品ですから>

「ふむ。ではこれで」

 ルシーナ、マフラー引っ張りだして、ぐるぐるくるむ。

 こうして座り込んでごそごそしとるあいだ、万が一にも落っこちたりせんよう、ルーンと最後尾のイリスがみんなを守っておる。

 しかし、ルーンはめっちゃつらそうに目を細め、イリスに風防の中へ押し込まれてしもうた。風が冷たすぎたようである。

 イリスも目はほとんど開けておらず、襟に顎うずめ、防御姿勢取っておる。それほどの厳しさなんである。

「では行くえ。内燃魔懐炉よ、あたたまれ!」

 ルシーナとハルモニアー。

 たまご転がす母鳥がごとく、銀色のたまご、手でぺたぺたし、変化を待つ。

「・・・むむ?」

「あ、ちょっとあったまってきたに? ほら、ルーン」

「うわホンマや。あったか!」

 ルーン、マフラー越しに頬ずりする。

 次、イリスが頬っぺたにくっつけてもらい(イリスは両手は手すり握ってふさがっておるので)、「ホンマや」と喜ぶ。

 最後に、ハルモニアーがぎゅーっと胸に抱き締める。

「妙雅、これ、買われへんかに? 遠征に持って行きたいのやが」

<伝えておきましょう。冬に出発なさるのですか?>

「冬の終わり。寒うなる日もあると思うに。海にも出る予定やし」

<冬の海ですか? ちょっと心配ですね。

 私がアルス所属でしたら、申し出ましたのに>

「じつは、妙雅。そなたに打診しようかなと思うておった」

<同行を?>

「オクトラを1機。受けて頂ければ、これほど安心なことはない」

<そうでしょうとも!>

「うちからもお願いします。陛下」とルーン。

<妙雅で結構ですよ。

 きしにぃのことも、『きしにぃ』に戻してやってください。ショック受けてますよ>

「え? ホンマに?」

 ぶわっさ・・・。

「ごめんなさい。きしにぃ」

 ぶわっさ!

<・・・正式な返答は、我が国王に確認してからになりますが。

 あ、非公式なほうがよろしいですか?>

「いいえ、妙雅さま。

 期間長いですし、正式にお願いしますわ。

 もちろん、友好国として一緒に出席して頂いても結構です。歓迎します」

<ほほう。交渉がお上手ですねえ>

「書類は後ほど。ルシーナさまから」

「書類書かすときだけルシーナ『さま』つけよる」ルシーナ文句言う。

<あはは。・・・あれ? 私も?>

「あ、見えてきたえ」

 イリスが、両手はしっかり手すり握ったまま、顎で前方を示した。

「うちの領地」

 

 前方の森に、三日月と虹の意匠の旗がひるがえっておった。

 

◆ 8、未開の領地 ◆

 

「・・・降りるとこないに」

<ありませんねえ>

 旗の上空に留まる、ガンメタ鬼神台。

 降りるスペースがないんである。

「なんという難所」ルシーナあきれる。「ようこんな場所によじ登ったもんやえ」

 イリス領の旗が立っとるのは、岩と土の盛り上がりのてっぺん。

 人間1人立つスペースもないようなとこ。

「あの人、身軽やからね」ルーンが褒める。

「猿の話はすな」

「してへんがな。カバリオ隊長やん」

 ぶわっさ、ぶわっさ?

<イリス領主閣下。木、ぶっ倒してもいいか? と、きしにぃが>

「そやに。ほな、そこの枯れた木、倒してもらえる?」

 白々と枯れ果てて、虚(うろ)にもひび割れが走り、骸(むくろ)といった風情の大木。

 ガンメタ鬼神台、みなを乗せたまんま、その枯れ木に乗っかると。

 ・・・ぶわっさ?

「うん。やってまえ!」

 

 ばきばきばき!

 

 『力』のルーンでもって、枯れ木を圧砕!

 巨人の、砂の城を踏みつぶすがごとし!

 枯れ木、砕け散った!

 イリス。

 ひらりと飛び降りた。

「ええ感じやに!」

 革の手袋して、砕けた木を、がっしと掴む。

 ポイ。ポイ。

 横へ投げて、片付ける。

「焚き木になりそうえ。後で取りに来よ」

 小石は蹴っ飛ばし、大きな石は引っこ抜いて、地面の穴を即席で埋める。

 ミニ飛行場、造成完了である!

 ガンメタ鬼神台そこに着地。みな、降りる。

 

「・・・森やに」とルシーナ。

「うん」とイリス。

 まさに。

 ただの、森。

 密生した木々に、白い屋根のごとく雪積もる。

 あまりに密生しておるせいで、地面にはほとんど雪が落ちておらぬ。

 しかし。

「ハル姉危ないえ」

 たまーに・・・

 

 ドサドサドサァ!

 

 ・・・人間をぺちゃんこにする勢いで、雪が落ちて来よる。

「ひぃ!?」

 イリスに抱き寄せられたハルモニアー、びびって妹にしがみつく。

「地面には積もってへんけど、上に積もっておるようやに」

「危ない。汚い」ルシーナが文句言う。「凹凸激し。歩きづらし」

「手入れしてへん森って、大変やね」とルーン。「想像よりずっと悪いわ。きっつい」

 イリスが先行。

 雪の積もった凸部をヒョイと飛び越え、凍りついた凹部にスタッと着地。残りのメンバーをサポート。

「そなた、そないに運動できるに、なんで落っこちたんかに」とルシーナ。

「アシ戦争のとき? あれは、うちも子供やったに」

 ぶわっさ・・・。頭上でガンメタ鬼神台が苦い声。

「きしにぃのせいやないえ」

 イリスの先導で苦労して進み、大きな岩の陰へ。

「ふう。やれやれ」

 ルシーナたちは軽く息切れ。

 距離としてはちょっとなのだが、なんせ、凹凸と雪と氷のコンボはしんどい。

 岩陰に、焚き火の跡がある。革のシートで包まれた荷物が置いてある。

「これやと思うえ」

 イリス。

 革のシートめくる。

 中から、焚き木を引っ張り出した。

「うん。よく乾いておる」

 火つける。

 ぱちぱちぱち・・・火がともる。

「お湯沸かそか。お水持って来たに」

 ハルモニアーが外套をいったん脱いで、外套の内側に背負っておった荷物出す。

 小さいやかん。水筒から、お水。

「雪溶かしたんじゃアカンの?」とルーン。

「汚いから、アカンえ」とハルモニアー。

「こんな綺麗のに」

「見た目はに。呑んだら、ホコリいーっぱい呑むことになるえ」

「ええ・・・知らんかった」

 やかんを火にかけるハルモニアー。ちなみに金属の棒を3本組んでそれに吊っておる。手際がよい。

 その姿を見ながら、ルーン司令官。思い出す。

「鬼神さまに助けられたときも、こんな感じやったなぁ・・・」

「それ、ジャブジャブのとき?」ハルモニアーが喰いついた。

「うんそう。

 助けられたあとにね、焚き火してん。

 したっていうか、うちは何もしてへんけど。濡れて震えとっただけで。

 みんなのお父さんがね。わざわざ火起こしてくれて。アルフェの実焼いてくれてん。

 あれめっちゃおいしかったわ・・・」

「実あるえ」

 イリスがベルトポーチから小さいアルフェの実をいくつか出した。

 ルシーナ、眉上げる。

「それは、あれ用ではないのか?」

「あれてなにえ」イリスが睨む。

「あれ」

 ルシーナ、空を指す。

 ひらりひらり。青い鳥女が、寒空を舞っておった。

「あ、ポタージュ」

 

◆ 9、ポタージュ、やきアルフェをしる ◆

 

「イ~~リス~♪」

「ポタージュー! 降りられへんの?」

「降りれるよー」

 青いつばさしたポタージュ。唱える。

「『空間』のルーン! ポタージュを、イリスの後ろに落ち着けよー」

 ぱっ。

 ポタージュ消える。

 ばさっ。

 イリスの背後に出現す。

 ──ルシーナからいちばん遠い位置に、である。

「・・・。」

 ポタージュとルシーナ、睨み合う。ほぼ同時に目そらす。

「アルフェの実、焼こう思うねんけど。焼かんほうがええ?」

「夜行をもう寝んけどー?」

「1個残して焼いてみるに」

「・・・?」ポタージュ、首かしげる。

 イリスが串取り出す。アルフェの実ぶっ刺す。

「!?」ショック受けた顔する。

 さらにそれを火にかざす。

「ええ!」声上げる。「アルフェの実! 焼くの!?」

「焼いたらあったかいえ」

「ぴぃー!?」

 どうやらポタージュ、アルフェの実が焼かれることにショックを受けたようである

「焼いたら、甘くなるのえ」ハルモニアーが説明した。「あったかくなって、食べやすいえ」

「食べやすい・・・」

「お肉とかも、焼いたり煮たりしたら、おいしいえ」

「焼いたお肉、きらい・・・」ポタージュ半目になる。「にがい・・・」

 前回、『湖の神殿』に招かれ、人間のパーティーは経験済みのポタージュ。

 人間が料理で火使うことは知っておる。それは何とも思うておらん。しかしながら!

 大好物、アルフェの実までも、人間たちはあんな苦くしてしまうのか!?

 ──という、ショックの表情の、ポタージュであったが。

「はい。焼きアルフェ」

「やきあるふぇ・・・」

 イリス、ふーふーして冷まし、小さく切り分けて唇の下に当てて温度確認してから、串に刺し直して出して、あげた。

 ポタージュ、しょんぼりしつつ、一応、かじってみる。

「・・・?」

「どう?」

 はぐはぐはぐ。かじるポタージュ。

「!!?」

 ねこが熱いもの口にしたときみたいに、あぐあぐあぐ! と口開いてぶるぶるふるえたあと。

 はぐはぐはぐ。あぐあぐあぐ! はぐはぐはぐ・・・と、悶えつつ、一気にかじり切った。

「どない?」

「ふわっとする!」

「熱くない?」

「お腹あつい!」

「大丈夫かな。冷ましたつもりやねんけど」

「・・・・・・・・・大丈夫!」

 

 ポタージュ、焼きアルフェを知るの巻であった。

 

「おなべのなかみー、アルフェの実ぃ~♪

 おーさけかたてに、やきアルフェ~♪」

 ポタージュ。

 すっかり御満足。

 変な歌、うたいだす。

「なにえ。あの歌」

「うちが作ってん」とイリス。「歌詞ちゃうけど」

「替え歌か」

「うん。ポタージュ、聞いた歌、みな替え歌にしよんねん」

「元の歌も大差なさそうやが」

「そなことないえ」

「どな歌え」

「えー・・・?

 おなべのなかみー、やぎミルクー。

 おーさけかたてに、ごっくごくー。・・・て歌やえ」

「へたくそ。駄作なり」

「・・・ルシ姉は、口開く前に人の気持ち思いやったほうがええと思うえ」

「へたくそはへたくそ。駄作は駄作やに。

 月の女神の娘として、目を覆うばかりのセンスのなさ。あさまし。いたまし」

「いいすぎやえ」

 イリス、反撃する。

「ルン姉取られたからて、イライラしすぎやに」

「しておらぬ。ひま過ぎるに、そなたに絡んでおるだけえ」

 

 ルーンを取られたとはどういうことか?

 それはこういうことであった。

 ガンメタ鬼神台とルーン。温かい焚き火からちょっと離れ、寒空に浮かんどるんである。

 2人きりで。

 ・・・いや、ルーンの腰に神剣“グレイス”が居るから、3人か。

 オクトラは遠慮してこっちに残っておる。ハルモニアーに抱っこされて、黙ーっておる。

 

「ルシ姉とイリスのけんかも、久しぶりやに」とハルモニアー。お茶呑みつつ。「月のころは、いっつもやっとったに」

「月は人居らな過ぎえ。けんかするよりほか、どうしようもなかった」

「ハル姉と泳ごうとしたら溺れさせてしもうたに。あれ反省して」

「あー・・・そういうこともあったに」

「・・・ハル姉、大丈夫なん? 船」

「遠征? うん。最近、訓練しておるに。

 まだ泳ぐまでは行かぬけれども。顔、水につけて、目開けて、息止める練習」

「そっか」

「ハルは、身体は私とほぼ同じ。泳げんことはないはずえ」

「うん。そう信じてがんばるえ」

 

 三姉妹、ひさびさにのんびりする。

 イリス、さっき粉砕された枯れ木に、手斧喰い込ませる。斧の背、こぶしでゴン。木、パカリ。領主閣下、薪割りするの図。

 ルシーナは寝不足なのか、火のそばでぼーっとして、ときどきカクッとなっておる。

 ハルモニアーは姉がコケたりせんよう、密着して座っておる。ついでに姉を暖房具として使っておる。さっきのたまご、『内燃魔懐炉』は空に居るルーンに貸したので、こっちにはない。

 じーっと座って姉にくっついて、何もしておらんように見えるが、じつは、これ、仕事中なんである。

 頭の中で物語を書いて、それをそのまま暗記するという、神わざみたいな仕事である。・・・ま、女神なんですがね。

 ちなみに、ポタージュはどっか行ってしもた。あの娘は雲みたいなもんで、いつの間にか居らんようになる。

 

 さて、そうしておると。

 ルーンとガンメタ鬼神台が、やがて、ふわーっと降りてきた。

 

「ごめん。お待たせ」

「ふぁ!?」

 ルシーナが飛び上がる。

「寝とったん? ごめんね」

「うあ? いやかまわぬ。なにえ」

「みんなに最初に伝えとこう思うねんけど、」

 ルーンは改まって言うと、腰の神剣“グレイス”をゆっくり引き抜いて、冬の日差しに照らした。

 オレンジの刀身、陽に輝く。

「・・・グレイスさま、お日さまのところにお帰ししよう思うねん」

 

◆ 10、ルーン、けついする ◆

 

「え?」とイリス。「グレ姉、帰してしまうん?」

「うん。もともと、太陽の女神さまの剣やから。

 今日、きしにぃと話して、決意したわ」

「なんで? けんかしたん?」

「してへん」「しておらぬ」

 ルーンとグレイス、口を揃えて否定である。

「いつかお日さまに奉還(ほうかん)せなアカンかったんよ」

「物扱いをすな」

「せえへんよ、そんなん。けど、歩いて帰る気も、ないねやろ?」

「できぬ。気ぃあるかないかの問題ではない。

 私は空は飛べぬ。天には戻れぬつもりでおった」

「うん。

 ま、そういうことでね。きしにぃに月まで連れてってもらおうって」

「月からはどないするん?」

「月までたどり着いたならば、叔母上にすがることもできる」とグレイス。

「あ、そっか」

 イリス。

 うなずいてから、首ひねる。

「・・・あれ? ほな、母上に来てもろうたら」

「アカンって!」とルーン。「そんな畏れ多い(おそれおおい)! うち死んでまう!」

「あ、そうなるんかに」

 

 イリスたちの母は、月の女神。

 月の女神は、ダークエルフの守護神である。

 ルーンが自分の都合(まあグレイスの都合だが)で、守護神を呼び付けたりしたならば・・・。

 イリスは軽い気持ちであったが、ルーンにとっては死の罠みたいな提案であった。あぶないあぶない。

 

 沈黙。

 会話、途切れる。

 ルシーナが凍りついたようになって、何もしゃべらんのが原因である。

「・・・グレ姉は、帰らなアカンのかに?」とハルモニアー。

 グレイス。

 わかりにくい返答をした。

「私は、私が選んだ持ち手の意志に従う。

 持ち手の意志に逆らうとき。それは、持ち手を見捨てるときに他ならぬ」

「ふうん・・・」

 ハルモニアーはこれでわかったようである。

 うながすように姉を見る。

 しかしルシーナ。声が出ぬ。

「・・・。」

「どしたん? 姉者」イリスが肩をぽんぽんとした。

「・・・何と言うてよいやら、わからぬ」

 ルシーナは首を振った。

 のそっ、と、立ち上がる。

「ひとまず、領地を巡ろう。私は・・・夜にでも、話をさせてもらいたい」

「反対されるかと思うとってんけど」ルーンが肩を落とした。

「そうする理由はいくらでもあるが、」

 ルシーナはため息をついた。

「・・・アカン。まとまらぬ。時間を無駄に使うてしまいそうやえ。出発しよう」

「ほな、鞘に戻しなえ」とグレイス。「寒いえ」

「うん」

 鞘に納められるグレイスの刀身は、影になり、暗かった。

 

 ガンメタ鬼神台に乗った一行。

 日が暮れる前に、残る領地を視察する。

 

「あ、うちの領主の旗あったわ」とルーン。

「これまた手強そうな地形やに」とルシーナ。

「下手に降りたら、何も見えへんね。凹凸激しすぎや。空から見れてよかったわ」

「降りぬのか?」

「降りぬのえ」ルーンが口まねした。「旗よし。賊なし。距離把握。問題なしや。次行こ」

 

 ・・・こうして、空から領地を偵察した1日。

 たった1日を、ルーンとルシーナはしっかりものにした。

 新生アルスの再建に、十分にこの情報を生かしたんである。

 

 ──ただ、イリスは、その再建を見届けることはなかった。

 女神イリスは、『月の道』を昇ってしもうたからである。

 神剣“グレイス”と共に。

 

 そのお話は、また次回。

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