六腕三眼、鬼の神   作:min(みならい)

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鬼神、たよりする

◆ 1、鬼神、イリスになじられる ◆

 

 さて。今回のお話で、この3章も、おしまいです。

 鬼神の「ちょっとさんぽしてくる」から始まった、家出と浮気の章。それも、おしまいだ。

 

 ・・・それにしても。

 鬼神。結局、家には帰りませんでしたね。巨人の国に。

「ちょっと、さんぽに行ってくる」

 と言うて家を出たっきり、もう何年も帰っておらん。

 こんなことで、ええんでしょうかに?

 このお話の、主人公としてです。

 いいえ。

 そんなわけがない。

 鬼神は、自分の不始末に、けじめをつけねばならなんだのです・・・

 

「父上。まじめな話がありますえ」

「む?」

「そこへ座ってください」

 イリス。

 なんか妙に厳しい口調で、そう言うてきた。

 鬼神。

「はい」

 と、きのこの上に座った。

 座る用のきのこである。

 丸く、大きく、ふわふわとして、心地よい。

 しかし、その心地よさが、いまは逆に、たよりない。

 鬼神の目の前に、イリスが立つ。

 イリス。鬼神と月の女神の三姉妹の、末の娘。

 じつに堂々とした姿である。

 赤い肌をし、輝く黄色の目をし、その澄んだ目でもって、鬼神を見上げて来おる。

 ──きのこに座っておる鬼神より、イリスの方が背が低いので、下から見上げて来るわけです。

 で。

 イリス。

 ぐっと引き結んだ唇を開いた。

「父上」

「な、なんじゃ?」

「鬼の兄者から聞いた話なのですが。

 父上、巨人の国に、一度もたよりをしておらぬとか?」

「うっ!」

 その話か! と、鬼神は心の中で悲鳴を上げた。

 

「ついに、このときが来てしもうた!」

 鬼神。

 きのこに座り、黙ったまんま、心の中で、取り乱す。

「ああ! よりによって、愛娘に!

 行き当たりばったりな私の人生を、おこられる日が来てしもうた!

 あわわ。どうしよう。どうしたらええのだ・・・!?」

 

 鬼神、きょろきょろと左右を見た。

 言い訳がましく、大きな手をばたばたとした。

「そ、それはな。ちがうのだ。イリス。つまり、あれだ、」

「いま、しょうもない言い訳したら。

 父上のこと、一生軽蔑しますえ」

「な!?」

 鬼神、ショック!

 きょろきょろするのをやめ、イリスを見た。

 愛しい娘の目である。

 あっちゅう間に大人になってしもうた、月の娘。

 ──あっちゅう間に、楽しい思い出をたくさんくれた、愛しい娘の、綺麗な目である。

「ぬ・・・う・・・!」

 鬼神。

 がっくり。

 しょげた。

 素直に、答えた。

「・・・しておらん」

「聞こえませぬ」

「たよりは、しておらん。一度もじゃ。

 まったくもって・・・おまえの聞いたとおりじゃ」

「・・・。」

 イリス、ちょっと表情をやわらかくした。

 首を傾け、こう訊いてきた。

「礼鬼(れいぎ)兄者には、会うたと聞きましたえ」

「ああ。そうだな。妙雅の上で、会うたのう」

「そのときに、伝言とかは? 取り持ちを頼んだり」

「・・・いや」鬼神は力なく首を振った。「なんも、せなんだ」

 

 ・・・言われてみれば、あのとき、ちょっと頼むぐらいのこと、できたのだ。

 礼鬼も、言ってくれたではないか。

「たまには手紙ぐらい書くんですぞ!」と。

 なんであの忠告に従わんかったんだろうな?

 鬼神。

 いまさらのように、考えてみた。

 そうしたところ、答えらしきものに、気が付いた。

 

「私は・・・帰りたくないのだ」

「巨人の国に?」

「うむ」

「巨人のこと、嫌っておられるのですかに?」

「いや。巨人どものことは、大好きじゃ。

 馬が合うし・・・私を怪物扱いせず、仲間にしてくれた。

 とても感謝しておる」

「ほな、奥さん?」

「いやいや。かしこい娘、よき妻、つよき母だと思うておる」

「何かが嫌で家出したわけでは、ないのかに?」

「うむ。

 自分の気持ちというものは、自分ではわからんものだが・・・。

 誰かが嫌いだとか、許せないとか、そんな気持ちは、全然ないのだ」

「そか」

 イリス、うなずく。

「ほな、なんで家出したのですかに?」

「わからぬ」

「わからんのに、家出したんですかに?」

「そうじゃ。なんでかわからぬ。

 だが、あそこにはいたくないという気持ち。

 外を歩くと、ぱーっと目の前が明るくなるような、そんな気持ちがしたのだ。

 それで、私はその気持ちに従ったのであった・・・」

「・・・。」

 イリスは首をひねっておる。

 どうやら、彼女には共感できんようである。

「家の中に居ったら、気持ちが暗くなるん?」

「いいや。

 家の中に居ったときは、なんも思わなんだ。

 外に出たとき、初めて、ひらめくがごとく、ぱーっと来たのじゃ。

 それで気が付いたのだ。

 私は、もっと、世の中をほっつき歩きたかった。

 もっともっと、色んな者どもと出会い、交わりたかったのだ! ・・・とな」

「ふーん・・・」

「相棒にも、どやされたがな。

 『何をしとる? とっとと帰らんか!』みたいな感じでな」

「きしにぃに?」

「うむ」

「きしにぃ、そな怒ることあるんや」

「あるぞ。そりゃあもう、ばうんばうん弾んで、めっちゃ怒鳴ってきおったわ。

 ぶわっさぶわっさぶわっさ! っちゅうてな」

「へえー!」

 イリス、笑う。

 彼女が笑うと、部屋がぱーっと明るくなる感じがした。

 ちょうど、鬼神が家出したときみたいに。

 鬼神は、とてもしゃべりやすくなった。

「それでな。

 うるさいわ! すもうで勝負じゃ! となってな。

 奴も成長しておって、私はあやうくやられるところであった。

 だが私も意地だ。なんとか引き分けた。

 それで、『お互い、命令はせんようにしよう』と、約束をしたのだ。

 相棒はずーっとその約束を守って、なんも言わず、お伴をしてくれておるのだ」

「そやったんや。

 うち、きしにぃが何も言わんの、優しいからかと思うとった」

「ちがうぞ。

 あいつは優しい男だが、ここぞのときには厳しく言うてくれるのだ」

「立派な相棒ですに」

「まさにということじゃ」

「なるほど、わかりましたえ。

 はあ・・・そうかに・・・」

 イリスは、ため息をついた。

 

「ああ」

 鬼神。

 心の中で、覚悟を決めた。

「いよいよ、娘におこられる。

 全部しゃべってしもうたし、『なんていい加減な』と思われたにちがいない・・・」

 娘の目が見れず、うつむく。

「ああ。

 父上、父上、おっ父と、慕ってくれた娘から。

 だらしない男と、見下されることになろうとは。

 ああ! つらいことだ!

 義父上に殴られ、ぺちゃんこに踏みつぶされるより、つらいぞ!」

 

 ・・・ところが。

 イリス。

 怒るようではない。

 むしろ、静かな表情となった。

 ぽふ。

 鬼神のとなりに、座ってきた。

「・・・なんでですかに?」

「うん?」

「なんで、一度もたよりをせず、そのまんまにしたのです?

 きしにぃには言いたいことを言うて、けんかもしたに?

 なんで、巨人とはけんかせなんだのです?」

「なんでといって・・・」鬼神は手をわきわきさせた。「・・・後ろめたいからじゃ」

「なにが後ろめたいのですかに?」

「巨人は私を認めてくれたし・・・」鬼神は斜めに傾いた。「巨人の国は、妻の国だからのう」

「・・・。」

 イリスはしばらく黙ってから、こう訊いた。

「母上や、うちら姉妹の生まれたことが、後ろめたいのですかに?」

「いいや!

 それは、ちがうぞ!」

 鬼神はしゃきっとした。

「おまえたちのことは、本当に可愛いと思っておる。

 生まれてきて良かったと思うておるし、そんな、後ろめたいなどと・・・」

 鬼神。

 となりに座っとる娘を眺める。

 背の高いイリスであるが、鬼神から見れば、可愛い可愛い、小っちゃい娘である。

「本当はな。

 みーんな、仲良くしてくれたらなあと、思っておるのだ」

「みーんな?」

「おまえたち、息子ども。

 お月さん、巨人。ハイエルフ、ダークエルフ、ヒューマン・・・。

 みんなじゃ」

「ほっほー」

 イリス。

 ほほえんだ。

「ほな、父上!」

「なんじゃ?」

「お手紙書いたらええねん」

「てがみ?」

「おたよりするのですえ」

「たよりか」

 鬼神は考えた。

「そうだな・・・しかし、いまさら何を言うたものか・・・」

「いま、私に言うたこと、そのまま書いたらええに」

「そ・・・そうかのう?」

「うん。それでええと思うえ。

 ほんで、書いたら、うち、それ持って行く」

「ん?」

 鬼神、首をひねる。

「持って行く? おまえが?」

「うん」

「巨人の国まで?」

「うん」

「いやいや、危ないからやめておけ!」

「やめへん。

 うち、考えあんねん」

「どんな考えじゃ?」

「えっとねぇ」

 イリス。

 立ち上がった。

 晴々と笑うて、こう、宣言した!

「うち、巨人の国に、嫁入りするつもりでおんねん」

 

◆ 2、イリスの、よめいりけいかく ◆

 

「だめじゃだめじゃだめじゃ!」

 鬼神!

 ぐわあ!

 立ち上がって、イリスを睨むみたいになった!

 いや睨むのはまずい! あわてて座り直した!

 でもやっぱり落ち着かん! また立ち上がった!

「よめいりだと!

 なんじゃいきなり! 絶対だめじゃ! だめだめだめ!」

「なんでですかに?」

「なんでもかんでも、だめじゃ!」

「うち、嫁に行ったらアカンのですかに?」

「アカンことはない! めでたいことじゃ!

 だがだめじゃ!」

「わけわからんに」

「・・・なにをやかましくしておる?」

 部屋の入り口に、ひょいと。

 ハイエルフの女が、顔を突っ込んで来た。

 さらり。綺麗な銀の髪が、小川のように流れ落ちる。

 月の女神であった。

「巫女がびびっておるに」

 

 鬼神があんまり大声で騒いだので、月の宮殿に声が響き渡ったようである。

 ふだんは女しか居らん宮殿に、鬼神のごとき巨漢の大声が響けば、そりゃあ、巫女たちはびびるわけです。

 

「む! すまぬ!」

 鬼神。

 あやまるが、すぐにまたわけのわからんこと、わめき出す。

「いやしかしだな。

 もう、ほんとにだ!

 聞いてくれ、お月さんや」

「なにえ」

「イリスが嫁に行くと言い出したのだ!」

「へえ!」

「な? だめだろう? そんなことは!」

「なにがアカンのえ」

「アカンとは言うとらん」

「言うたに」

「言うとらん」

「ほな、『嫁に行ってよし』という話かに?」

「だめに決まっておる!」

「わけがわからぬ」

 月の女神、けらけらと笑い出した。

「イリス」

「なーに? おっ母」

「おっ父は、そなたを嫁にやりとうないらしいえ?」

「なんや」イリスもけらけら笑いだした。「そういう意味かぁー」

「そういう意味もこういう意味も・・・だめじゃ! だめだめ! だめだめだめ!」

「取り乱しすぎやえ」

 月の女神、部屋に入って来た。

 鬼神の背中をぱしぱし叩く。

「びっくりしすぎえ。そな錯乱しなえ。

 嫁入りの話ぐらい、年頃になれば、出て当然やに?」

「だが!」

「ほな、なーんも言わんと、ある日突然、イリスが出て行くほうがええんかに?」

「いやじゃ!」

「そやろ?」

「そうだが、しかしだな・・・、だめなんじゃ!」

「まったく・・・。

 落ち着きのない男やに?

 神なら神らしく、もっと悠然と(ゆうぜんと)、人の話を聞いてやりなえ」

「しかし!」

「はいはい」

 月の女神、鬼神をあやしつつ。

「──で、イリス。相手はどこのどなたえ?」

「あ、まだ、相手は居らへんねん。

 あの国に嫁入りしたいなーってだけ」

「ふむふむ。して、どの国え? 言うてみよ」

「巨人の国」

 という、イリスの答えを聞いて。

 

「アカンえ! アカンアカンアカン!」

 

 月の女神、錯乱するのであった。

 

◆ 3、鬼神、娘にいなされる ◆

 

 しばし時間を置いて。

 夕食の席。

「・・・。」

「・・・。」

「・・・。」

 ひさしぶりの、親子での食事である。

 食卓は、豪華ではない。

 地下都市アルスが滅びて以来、月の女神は、豪華な食事はしておらぬ。

 ただ、白い透き通るような団子が、たっぷり用意されておった。

 これ、なんと、月の女神がみずから丸めた団子なんである。

 そんな、つつましいながらも気持ちのこもった食事を前に。

 両親。

 月の女神と、鬼神。

 口が動かぬ。

「はあ・・・」

 うつむき、ため息つき、料理の皿をつつき回しておるばかり。

「だめじゃ。だめじゃ・・・」

「よりによって、あの国やと・・・?」

 2人して、おんなじことをつぶやいておる。

 やれやれまったく。落ち着きのないことだ。

 神なら神らしく、もっと悠然と、イリスの話を聞いてやって頂きたいものですね。

 

「うち、正直に言うて、」

 イリスが口を開いた。

 料理には手つけておらん。両親を待っとったんである。

 待っとっても両親が一向に口をつけんので、話を再開したわけである。

「この嫁入りの話が、むずかしいのは、わかっておるに。

 ホンマのこと言うと。

 むずかしい話になるってわかっとったから、帰って来て、直接話しよう思うてん」

「・・・。」

 月の女神。

 ('A`)こーんな恨めしそーうな顔してからに、こう言い出した。

「・・・イリス。

 そなた、この母のこと、嫌いなんかに?」

「そなわけないに。おっ母のこと、うち、大好き」

「そやに・・・。

 わかっておるに?

 私が、巨人とは仲良くできぬ理由」

「父上取られたくないから」

 イリス、ずばり。

 月の女神、そっぽ向く。

「取られたりはせぬ。

 この御月(みつき)、巨人の小娘ごとき、恋敵とはせぬ」

「げほげほ」鬼神がむせた。「や、やめんか。そんな、悪く言うようなことは」

「なにえ。そなた、どっちの味方え?」

「どっちの味方って、そんなおまえ、どっちも私にとっては大事な──あいた!」

 ごすっ。

 テーブルの下で、イリスが鬼神の脛を蹴っ飛ばした。

「・・・。」イリス、鬼神を睨む。

 鬼神。目だけで月の女神とイリスを見比べる。

「えー、おほん。つまりだな」言い直した。「お月さんや。私はだな、おまえのことを、とーっても、s」

「誤魔化すな。答えよ」

「誤魔化しとらんわ! いま答えとるじゃろうが!

 私はな、おまえのことを、とても素晴らしい女神だと思うておる。

 この世でいちばん素敵な女神じゃとな」

「ふん」

「・・・それで、現に、私はいま、ここに居るわけだろう?

 つまり、私がいまおまえさんの味方であることは、明々白々(めいめいはくはく)というわけじゃ」

「いまは」

 月の女神、鬼神にも('A`)こんな顔する。

「そのうち裏切る気か?」

「なんでじゃ! 昔は巨人の味方だったが、との意味じゃ!

 いちいちすねるんじゃないわ。まったくもう」

「すねてはおらぬ」

「・・・まあ、あれだ。

 おまえさんが巨人をどう思おうと、それはおまえさんの自由だが。

 私にとっては、恩のある種族なのだ。私の前では、悪く言わんでやってくれ」

「巨人を見捨てた家出男が、口でだけ綺麗なことを抜かしおる」

「う、うるさいわ!」

 月の女神はつーんとする。

 しかし、御機嫌は直ったようである。

「──話をもどそう。イリスや」

「はい、母上」

「巨人の国は、アカンえ。他に候補は居らぬのか?」

「母上。

 このイリス、色々考えて、『鬼の兄者を選ぶ』との結論をしましたのえ。

 我ながら候補は選べる立場やと思いますが、他の候補に、これより良い未来はありませぬ」

「そやに・・・。

 まず、そなたが害される恐れがあるえ。

 そなたは私の娘。私は巨人の敵となっておるに」

「兄者らを味方につけて、懐柔する(かいじゅうする)つもりですえ」

「おや?」

 月の女神。

 ちょっと背を伸ばして、イリスを見つめる。

「成長したに? イリス」

「成長しましたえ」

「よろしい。では次。

 兄者との結婚、これが、よろしゅうないことなのは、わかっておるはず」

 

 兄弟姉妹や親子のように、血の近い関係での結婚は、よろしくないとされておる。

 このこと、現代に生きる我々には、まあ、常識ですね。

 鬼神の時代にも、ハイエルフ社会では『よろしくない』が常識でした。遺伝の病が出やすいという認識は、すでにあったようです。・・・まあ、ハイエルフは老化しないので、婚姻関係は厳しく制限せんとぐちゃぐちゃになるという事情もあったようですが。

 

「はい」とイリス。「そやに、巨人の国、このままやと未来がありませぬ」

「・・・なに?」

 これには鬼神がびっくりである。

「巨人の国があぶないのか? いったい、何があったのだ?」

「何もありませぬ」

「は?」

「巨人の国には、嫁がありませぬ。

 嫁なき国に、子供なし。

 子供なき国に、未来はなし。──というわけですえ」

「む・・・!?」

「この私に、救えと言うんかに?」と月神。

「いいえ。

 母上はダークエルフの守護者やに。

 巨人の国のことは、巨人と鬼がどうにかする問題ですえ」

「ならば、なぜ?」

「うちも半分、鬼やし。

 それに──」

 イリスは手を伸ばし、鬼神の肩をぽんぽんとした。

「父上、このこと、放ってはおけぬはず。

 そやに、母上。

 今後、うちらは、どないなりますかに?」

「・・・。」

 月神、じつに優雅なしぐさで、片方の眉を上げた。

 イリス、言葉を重ねる。

「巨人の国に滅びが迫る。

 父上は、放っておけんようになり、飛び出して行ってしまわれる。

 私や姉者らはダークエルフなりハイエルフなりと結婚をする。

 ──母上は、どないなさるおつもりですかに?」

「ち」

 月の女神、舌打ちした。

 そして、ほほえむ。

「イリスのしゃべりとは思えぬ。ルシーナに知恵を借りたのかに?」

「いいえ」

 イリス、にっこり笑う。

「全部、うちが1人で考えたに。

 ルシ姉ならどう言うかなー? て、考えてはみたけど」

「食事のときは、ルシーナモードはやめよ」月の女神、お腹をさする。「・・・消化に悪いえ」

「はーい」

「そうだったのか・・・」

 鬼神。

 口を開いた。

「イリス。そなた、巨人の国のことまで、考えてくれておったのか」

「考えてへん」

「え?」

「うちが考えておるのは、うちのこと。この家のことやえ。

 月の一家のことを、うちは大切にするつもりでおる」

「むむ? しかし、巨人の国の未来をどうにかするっちゅう話ではないのか?」

「父上、にぶいえ」

「この人はにぶいのえ。戦のこと以外は」

「なんじゃ!」

「鬼が滅ぶかも知れんとなったら、父上、出て行きますに?」

「そりゃあな。息子どもの危機となったらのう」

「父上居らんようになったら、母上、さびしがる」

「さびしがったりはせぬ」月神、そっぽ向く。

「・・・ああ。そういうことか」

「さびしがったりはせんと言うに」

「はいはい。わかったわかった。よしよし」

「なにえ」

「なるほど。それで、私に『たよりをしろ』と・・・。

 私はてっきり、家出を責められるんかと思うたわ」

「なんで責めるん? うち、父上の家出から生まれた子やに」

「そんな言い方するんじゃないわ。愛の結晶じゃ」

「はーい」

 イリス、ちょっと照れる。

 で、ニヤリとする。

「──父上は、巨人の国に行ったらアカンえ。

 行くのは、うちだけ」

「ぬ・・・ぬぬう・・・!」

「イリス。その言い方はよろしゅうないえ」と月神。

「アカン?」

「父上は、聞かん坊。

 命令されると、逆らう御方。

 『帰ったらアカン』などと言えば、『うるさい!』と言うて、帰ってまう」

「あー、そっかあ」

「おい! 本人を前にして、なんちゅう言い種(いいぐさ)じゃ!」

「母上は、父上操るの、うまいもんに」

「うむ。鬼使いを自負しておる」

「おにつかいだと! わしは、けものか何かか!」

 憤慨する(ふんがいする)鬼神を見て、母娘、けらけら笑う。

 

 かくして、会話は一段落。

 イリスの気持ちは両親に伝わった。

 鬼神がたよりすること、月の女神も、受け入れたのであった。

 

「・・・食べよう。冷めてしまうに」と月神。

「はーい」

「おう、そうじゃそうじゃ。

 イリス。この団子はな。母上が作ってくれたのだ。甘くて、うまいぞ」

「わーい。いただきまーす!」

 にこにこして団子食べるイリス。

 そんな可愛い娘を見て、月の女神。

「イリスは、やはり、知恵のはたらく娘やったに」

「うむ」

 鬼神もうなずいた。

「すっかり、してやられたわい。

 なんか、義父上の気持ちが、わかった気がするぞ」

「巨人の王の気持ち?」

「うむ。

 私に負けたくせに、妙にさっぱりしておったのだ。

 あの気持ちが、いまとなって、この鬼神にもわかったようだわい」

 

◆ 4、鬼神、たよりする ◆

 

 鬼神は、手紙を書いた。

 その内容は、だいたい、イリスとしゃべった内容そのまんまであった。

 巨人に感謝しておること。

 突然の家出、悪いと思っておること。

 特に、目がひとつしかない妻には、本当に申し訳ない気持ちだということ。

 しかし、外に出て、とても晴々とした気持ちになり、もっと広い世界で活躍したいと思った。

 そうした結果、月の女神と恋仲になり、娘ができたこと。──などである。

 

 イリスは、しばらく月に滞在した。

 月の海でまた泳いだりした。アルフェロンが冬でも、月には関係ないんである。

 また、巨人の国への訪問について、母なる月神や、お伴してくれるガンメタ鬼神台と、じっくり話し合った。

 地球に降りてから身に着けたすもうのわざを、鬼神やガンメタ鬼神台に披露したりもした。

 

 そのあいだ、他の者どもはどうしておったのか?

 ガンメタ鬼神台とか、神剣“グレイス”とかだ。

 

 ガンメタ鬼神台は、主に、イリスと一緒に過ごした。

 どういう手順で巨人の国に入り、誰としゃべるか? などの、打ち合わせ。今回、妙雅のオクトラが来とらんため、ぶわっさ言葉がイリスに通じず、苦労もしたが、そのぶん2人の連携は強まった。

 あとは、バトルロイヤルすもうなど。イリス、ガンメタ鬼神台、鬼神の3人での、乱れすもうだ。掴む投げる殴る蹴るは当然として、走る泳ぐ潜る石投げる空飛ぶなど、月を狭しのおおあばれだ。

 ・・・え? すもうで空飛ぶのかって? いまさらですぞ。鬼神のとこのすもうは、何でもありだ。ガンメタ鬼神台は空飛べるんだから、当然、空中戦もあり、というわけだ。

 

 神剣“グレイス”は、太陽の女神の御許(みもと)にもどった。

 月の女神が、姉上である太陽とお会いになられる際、一緒に連れてったんである。

「母上が、グレイスの姉者連れてったえ」

「そうか。あの女神とは、全然しゃべらんかったのう。悪いことをしたかな」

「グレイスの姉者、機嫌悪いと全然しゃべらんし、かまへんと思うえ」

「無口なのか」

「無口なのですえ。

 ──ホンマは、残りたかったんちゃうかに」

「地球にか?」

「うん。ルン姉のとこに」

「だったら、残れば良かったろうにな」

「ルン姉が『帰す』て決めたに。

 グレ姉は、『持ち手に従う』て、悔しそうにしとったえ」

「ルーンお嬢さんは、なんでそう決めたんだろうな」

「さあ」

「あんな強い剣なのだ。手元に置いておけば良かろうに」

「強い剣やからこそ、帰したんやないかに。ルン姉、そういう人やし」

 

 楽しい里帰りの時間は、あっちゅう間に過ぎていった。

 

「もうそろそろ帰らな、ハル姉の出発に間に合わんようになるに」

 ある日、イリスがそう言い出した。

 月の女神はとても残念がり、いじいじと、さびしそうにした。

 鬼神もがっくりし、ため息をつきながら娘を見つめた。

「そなさびしそうにせんとって。また、いつか、帰ってくるに」

「そうできればよいが・・・」

 月の女神。

 悩ましげに言うた。

「ああ。そなたらに『月の道』の通し方を教えておけばよかったに」

「覚えたらできるもんなん?」

「いや。

 そなたやハルでは、まず、マナが足りぬ。

 ルシーナでも、1人では難しかろう」

「太陽の司祭に手伝ってもろうたら、できるんかに?」

「なぜ太陽の司祭に手伝わす。月の巫女にやらせよ」

「はーい。──友だちやねん。ハナ司祭さま」

「そうか、そうか」

 

 イリス。

 ガンメタ鬼神台に、またしてもてんこ盛りにお土産積み込む。

 ・・・ちなみに中身は、月の石とか、月の巫女が織った絹布とかである。

 あとは、月の女神が手ずから織った絹布のハンカチ。これは4枚だけ。イリスたち三姉妹と、ルーン司令官のぶんである。

「・・・ほな、行きますえ」

 イリス。

 父母に抱き着く。

 帰月したときは父に『待った』したイリスであったが、今回はぎゅーっと抱き着く。

「しっかりやってくれ。成功を期待しておる」

「うん」

 

 ガンメタ鬼神台は浮かび上がり、輝く月の道に入る。

 手を振るイリスを乗せて、地球へと降りてった。

 鬼神と、月の女神。

 黙ーって、くっついて、娘を見送る。

 どちらともなく、ため息。

「・・・もどるか」

「そやに」

 戻ろうとしたところで。

「ん?」

 鬼神が、その異変に気付いた。

「なんじゃ? あれは」

 

 夜の地球。

 月から見れば小さな小さな黒い玉に過ぎぬ、その表面に。

 恐ろしい雲が、ゆら、ゆら・・・と、巻き起こるのを。

 鬼神の鋭い目は、見つけたのであった。

 

「なあ。お月さんよ。あの雲──見えるか?」

 鬼神は指差した。

 小さな黒い玉でしかない地球。

 目の良い者でなければ、到底見分けられんであろう、その表面に・・・

 不吉な模様が・・・

 指輪のような。目玉のような・・・

 丸い模様が、広がってゆくのだ・・・。

「あれは。

 おかしいのではないか?

 ここから見えるほどの大きさというのは。

 アルフェロン湖より、よっぽど大きいことになるが・・・」

 鬼神。

 戦の勘が、ざわめきだす。

「おい。これは、イリスを呼び戻したほうがよさそうだ。

 ──ああ! だめじゃ!

 妙雅が居らんと、相棒を呼び戻すことができぬ!

 どうする? なんか方法はないのか、お月さんや」

 と、月の女神を見ると。

 月神は。

「いかん。あれは、」

 美しい顔を真っ白にして、ふるえながら、こう言うた。

 

「あれは、神竜(じんりゅう)」

 

 こうして。

 イリスが地球に降りていった、まさにその時。

 大いなる災いが、人間世界に降りかかったのであった。

 

 その災いのこと。

 初めはつらく、最後には救われる、鬼神の探索の旅については。

 

 4章『死の探索』にて。

 お話し、いたしましょう。

 

 では、また。

 

 

 

(3章 月のうみ 終わり)

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