六腕三眼、鬼の神   作:min(みならい)

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◆ ここまで、ここから ◆

 六腕三眼、鬼の神(りくわんさんがん、おにのかみ)。
 これは、オーガの神である、鬼神(きしん)のお話です。

 1章で、『力』のルーンを授かった。
 2章では、『鬼神』の名、六人の息子を授かった。
 ところが3章で、大事な奥さん裏切って、浮気をしてしまいよった!

 綺麗な綺麗な、お月さん。可愛い可愛い、娘たち。
 浮かれて過ごす、家出男の、鬼神ではあった。
 しかし。
 その3章の、最後において。
「あれは、神竜(じんりゅう)」
 ──恐ろしい異変が、地球に兆す(きざす)のでありました。

 ここから、すなわち、4章は。

 大いなる災い。
 愛する者が、この世に居らぬ者となる。
 悲しみ、苦しみ、萎む(しぼむ)鬼神。あてもない探索の旅に出る。
 その探索が、終わるとき。 
 この物語も、おしまいとなる。

 ・・・え? くじけてクヨクヨする鬼神なんぞ、見たくないって?
 そうですね。そこは私も懸念する(けねんする)ところです。
 ですがたぶん、大丈夫。
 なんでといって・・・・・・・・・いや、いまは、明かせませぬ。
 ただ、こう申しておきましょう──

『身構えることはありません。
 酒でも呑みながら、楽しく聞いて頂ければ結構』

 ──とね。

 それでは、お話しいたしましょう。
 最終章、「死の探索」。


4章 死の探索
災いの前(1) 火竜バロウモ、鬼神にこたえる


◆ 1、鬼神、らっかする ◆

 

「ぬう! 道が切れとる」

 鬼神。

 複雑な顔をした。

 月から、地球まで。

 輝く『月の道』をたどって、走って来たのだが・・・。

 その道が。

 切れておる。

「そうか。

 『待てと言うに!』と、やかましく言うと思うたら。

 こういうわけであったか。うーむ・・・」

 眼下、アルフェロン湖。

 偉大なる巨大湖。夜明けを前に、静かに眠っておる。

 冷たい冷たい冬風が、雲を切れ切れに飛ばしてゆく。それで、湖が見えたり隠れたりする。

 鬼神。

 雲よりも高いとこに居るんである。

 『月の道』が、雲より高いとこで、終わっとるせいである。

「・・・ええい。やむを得ん。

 そーれ!!!

 無策のジャンプ!!!」

 

 ぴょーん。

 

 鬼神、跳んだ。

 『月の道』から、飛び出して。

 ぐるーん・・・。制御不能に回転しつつ、雲の下へと、落下するのであった。

 

 ──さて、その、雲の下。

 アルフェロン湖の岸辺では。

 ひとつの事件が、持ち上がっておった。

 

 水のドラゴンと、火のドラゴンが、一触即発になっとったんである。

 

 かたや、水のドラゴン。

 水辺に黒々とそびえ立つ。

 鉤爪ついた前足と、こうもりのごときつばさをかまえ。

 しゃー、しゃー、舌を出す。じゃぶ、じゃぶ、波立てる。

 黒水竜。

 その名もみなさん御存知の、ウミ=ジャブジャブ!

 ずるがしこくも臆病な、アルフェロンの女王竜!

 

 かたや、火のドラゴン。

 赤い炎をメンラメラ、その全身から噴き上げる!

 生きながらにして、火炎に巻かれる巨塔のごとし!

 輝く瞳で、ジャブジャブを睨んで!

 燃ゆるドラゴン!

 赤き火竜!

 その名はいまだ世に知れぬ、新たなドラゴン、ここにあり!

 

「──バロロロロ!」

 その、名も知れぬ赤火竜。

 もんのすごい吠え声もらして、火を吐いた。

 炎は砂浜に垂れ落ちて、じゅう! ちりちり! 砂を焼く。

 なんと、その砂! またたく間に溶け合って、ガラスになってしもうておる!

「ジャブジャブ!

 くじらのごとき、でぶ竜め!

 我らが太母(たいぼ)を、裏切ったな!」

「はてさて?

 一体、なんのことやら?」

 のらり、くらり。黒水竜、左右にくねる。

 ざぶーん、ざぶーん。あまりに巨大なその身体。くねっただけで、波が立つ。

「この私。

 ウミ=ジャブジャブは、あなたなんかとは、ちがうのです。

 かしこい竜なのです、このジャブジャブは。

 なんといっても、『力』のルーン。

 盗まれた、あのルーンを見つけたのは。

 ほかならぬこの私。ウミ=ジャブジャブの、手柄なのですから」

「おのれの手柄を吹聴する(ふいちょうする)!

 そうして太母に取り入りながら、裏では人間と手を結ぶ!

 貴様のやりそうなことだ! たましい暗き、邪水竜めが!」

 

 水と火の、巨大なドラゴン。

 双竜、一歩も退きはせぬ。

 交わす言葉、吐く息は、だんだん厳しくなってゆく。

 

「おやおや! この私、ウミ=ドラゴンたる私を前にして!

 放浪の、独身の、タマ産みもせぬこわっぱが!

 お嬢ちゃんが、頭が高い!

 かしこまりなさい。

 鼻も曲がる臭いやつ。硫黄の毒吐くシルバーイーター(銀喰らい)!」

「我はこうべ(頭)を垂れることなし!

 火は燃え上がる! 立ちのぼるものなれば!」

「ほほほ。

 たき火のごとき、お嬢ちゃん!

 エレメントたる力もなく、知恵すら持たぬ、お馬鹿ちゃん。

 勝てると思っておいでですか。このアルフェロンの女王に!

 ほほほほほ!」

「だまれ!」

「さあさあ、いまなら許してあげますよ。

 あなたのごとき馬鹿竜も、やがてはウミになるのです。

 我らドラゴンの世界を支える、ひと柱とはなるのですから」

「この世に2柱のウミはいらぬ!

 ジャブジャブ! 貴様は、ここで殺す!」

 

 双竜、カッ! と、牙を剥いた!

 いまぞ、まさに、激突のとき!

 

 ひゅ~~~ん。

 ──空から、なんか落っこちてきた。

 どっっぱあああああん!!!

 

「・・・は?」

 双竜。

 おどろき、のけぞり、湖に突き刺さった、そいつを見る。

 

 ざばあああ・・・!

 落っこちてきた、なんか。

 水の中から、這い上がってきた。

 全身、泥まみれ。どろっどろ!

 6本生えた手でもって、その泥を払っておる。

「腕の多いやつ」と赤火竜。「怪物か?」

「ひい!」と、ウミ=ジャブジャブ。「き、き、き、」

「やれやれ・・・」

 ざぶ、ざぶ、ざぶ。

 6本腕のどろどろ怪物。

 顔の泥を、湖水で洗った。

「・・・慣れてしもうたわ。

 こんな登場の仕方にのう」

「き、き、き・・・鬼神!!!」

 

 鬼神が。

 双竜のあいだに、立ち上がったのであった。

 

◆ 2、鬼神、双竜をせいす ◆

 

「ひえええ!」

 ウミ=ジャブジャブ。

 ざっぶーーーん!!! 跳び上がって、横倒しになった。

 ざんぶらがんぶら、どんぶらごんぶら! 岸辺に、津波、押し寄せる。

「うん?

 なんじゃ、おまえか。

 久しぶりだのう、ウミ=ジャブジャブよ。

 しっぽの具合は、どうじゃ?」

「ひい!」

「何をグネグネしておるのだ」

 どうやら、ジャブジャブ。

 おどろきと恐怖で、身体がうまく動かんらしい。

 雨後のみみずがごとく、荒波立ててのたくっておる。

「そう慌てるな。

 おまえを殴りに来たんではないのだ。

 ──で。

 そっちの燃えておるのは、一体、なんじゃ?」

 鬼神。

 赤い火竜を、見上げるようにした。

 夜空を焦がす、その巨体。メンラメンラと燃えておる。

「おまえ、熱くないのか?

 そんな、全身、火ダルマで」

「鬼神だと?」

「ん? おう。いかにも!」

 鬼神。

 がば! 六腕かまえる。

 カッ! 三眼開く。

「六腕三眼、鬼の神とは、私のことだ!」

「『力』のルーン、貴様、持っておるのだな?」

「おう。持っておるとも!」

「よこせ!」

「なんと?」

「それをよこせ! 『力』のルーンを!」

「・・・ほほう」

 鬼神。

 ニヤリと笑うた。

「久しぶりだのう。私に、そんな口を利くやつは」

「バロロロロ・・・。

 よこさぬのならば、ここで死ね!」

 赤火竜。

 ドロドロドロ! と、猛火を吐いた。

「おっと、危ない」

 鬼神は火を避けた(よけた)。

 じゅううう!

 猛炎が、湯気噴き上げて、砂溶かし、ガラスの浜辺を造り出す。

「むむ! やりおる」鬼神、感心である。「これは、喰らうとまずそうだ」

「バロロロロ・・・。

 やはり。レガーから、わざをもらっておるな」

「うん? なんのことだ?」

 首をひねる鬼神。

「──ジャブジャブよ」

 赤火竜は、そんな鬼神を無視をして、ウミ=ジャブジャブに呼びかけた。

「なんです? チョロ火のお嬢ちゃん。雨を知らぬ焚き火竜よ」

「一時同盟を提案する」

「なんですって?」

「目の前に居る、この盗っ人を倒すまで。

 同盟し、味方となって戦うことを、提案する」

「・・・なるほど、なるほど」

 ジャブジャブ。

 ようやく落ち着いたか。「よっこいしょ」と、鎌首もたげ直した。

「面白い提案です」

「おい」鬼神が口を挟んだ。「ジャブジャブ。おまえ、私との約束を違える気か?」

「なんの約束です?」

「人間を襲わんと約束した」

「ええ。その通りです。

 この私、ウミ=ジャブジャブは、人間を襲いません。

 人間がどうしようもなく困っているときには、力を貸します。

 これは、あなたと約束をしたところです」

 ジャブジャブ、ニターッと笑う。

「しかしあなたは、人間ではありませんね?」

「ぬ!」

「やはり手を組んだのだな」と赤火竜。

「些事(さじ)は置きなさい。同盟の申し出、考えてあげますから」

 ざぶ、ざぶ・・・。黒水竜、ウミ=ジャブジャブ。鬼神の背後に回り込む。

 メンラ、メラ・・・。赤き火竜、鬼神の正面に立ちふさがる。

 湖から。

 砂浜から。

 岸辺に立つ鬼神を、挟み撃つ形である。

「ほーう?」

 鬼神、ニヤニヤする。

「よかろう。受けて立ってやる。

 ──だが、その前にだ。

 名があるならば、名乗るがよい。

 メラメラ燃える、熱そうなドラゴンよ」

「バロウモ」

 火竜は答えた。

「我が名はバロウモ! 火のエレメントたる竜!」

「よかろう。バロウモ。

 そして、ずるがしこい、ウミ=ジャブジャブよ。

 かかってくるがよい!」

 鬼神が、そう言うた瞬間。

「ボロロロロ!!!」

 火竜。

 炎のブレスを吐きかけてきた!

「おっと、危ない」

 鬼神。

 ばしゃーんと湖に潜って、ブレスを避けた。

「バロロロロ!」

 赤き火竜、バロウモ。

 首めぐらして、鬼神を追いかける。

 じゅごおおおお! 湖面、あっちゅう間に、沸騰! 蒸発してゆく!

「うわっ熱っちゃちゃちゃちゃ!」

 鬼神、飛び跳ねる!

 水面跳ねる、小ざかなのごとし!

 沸騰する湖面から、右へ、左へ、逃げ回る!

「おまえを盾にしてくれるわ!」

 ジャブジャブの後ろに逃げ込もうとする!

 竜どもは、同盟を組んだようだ。味方を盾にすれば、火を吐くのをやめるだろう──との、考えであったが。

「好都合!」

 火竜バロウモ。

 火を吐くのを、やめようとせぬ!

「溶けてしまえ! ジャブジャブもろとも!!!」

 なんと!

 ウミ=ジャブジャブもろとも、鬼神を亡き者にせんとす!

 『鬼神に当たらんでも、ジャブジャブに当たればいいや』との勢い!

 あやうし! ウミ=ジャブジャブ! まあ死んでも誰も困らんが!

「ほほほ。そう来ると思っていましたよ。

 死ぬのはあなたです──

 『ジャブジャブの黒き奔流』!!!」

 がぱ。

 ウミ=ジャブジャブ。

 真っ黒な口を開き、砲弾のごとき黒水を、吐き出した!

 

 どっっっ・・・がああああああ!!!!!

 

 なんだかわからん轟音!

 巨大な岩石のごとき、真っ黒の水のかたまりが、砂を溶かす火炎のブレスと衝突した!

 激突! 爆散! 水蒸気!

 はじけ散った火炎のブレスが、また湖面を沸騰させる!

「うおおおお! 熱っっっっっっついわ!!!」

 鬼神、水面から、ジャブジャブの首に、ジャンプ!

 ましら(猿)がごとく、よじ登る!

「ひい!」ジャブジャブ恐怖!「やめて! 私にさわらないでください!」

「うるさい! 熱湯なのだ! スープになってしまうわ!」

 大騒ぎしながら、2人は岸辺でばっしゃんばっしゃん暴れ回った。

「だいたい、おまえたち、同盟したんじゃないのか!」

「提案はした」とバロウモ。

「考えると言いました」とジャブジャブ。「締結は、まだです」

 同盟、まだだった!

 提案し、検討したが、締結はしとらんという理屈!

「ええい、ずるがしこい竜どもめ!

 ──あっ」

 つるん。

 鬼神の手がすべり、ジャブジャブの頭から落っこちる。

 ざぶん! 「熱っっっつ!!!」お尻押さえて飛び跳ねる。

 どて。砂浜に逃げ上がり、こける。

「もらった! ボロロロロロロロ!!!」

 猛火炎が鬼神を追撃!

「うわあ! 危ない」

 鬼神、横っ飛びで避ける!

 砂浜、ガラスになる!

「そんな余裕があるのですか?

 『ジャブジャブの黒き奔流』!!!」

 ジャブジャブ、すかさず一発!

 鬼神──ではなく、横向いた、バロウモの頭に!

 ごばああ!

 黒き砲弾! 火竜のどたま(頭)に、ぶち当たった!

「ぐぬう!」

 ぐらりとよろめく、小山のごとき竜!

 もはや誰が誰と戦っとるんかわからん!

「しめた! いまのうち!」

 鬼神、立ち上がる。

 懐から、綺麗な黒い玉を出す!

「ジャブジャブよ!

 そなたの宝玉、みたび、使わせてもらうとしようぞ!」

 その黒玉!

 黒水竜ジャブジャブが、おえーと口から吐き出した、汚いけれども綺麗な玉!

 雨降らしの黒玉!

「そーれ!

 雨よ降れ!」

 

 ばちーん!

 

 猛烈な勢いで、ぶっ叩いた!

 

 どっがあああああん!!!!!

 

 猛烈な雨──いや、滝!

 空から、滝が、降ってきた!

 鬼神、水竜ジャブジャブ、火竜バロウモ! 全員、地面に叩き伏せられる!

「ぬおお! 『力』のルーン!」

「ぐぎゃあ! つぶれる! 強く叩きすぎです!」

「ぐあああああ!」

 アルフェロンの岸辺!

 人間ならぬ、偉大なるものども!

 叩きつける黒滝に、大騒ぎである!

「バララララ!」

 いちばん苦しんでおるのは、火竜、バロウモであった!

「やめよ! この雨を──やめよ!」

 絶叫!

 湯気立ちのぼらせて、どたんばたんと砂浜でもがく!

 その身体を包んでおった火、消え失せ、じゅうじゅう煙を上げるのみとなる!

「もろた!」

 『力』のルーンを極めた神。

 滝の中で、軽々と、ハイジャンプ!

 火竜の首に飛びついて、もがく前足逆手に取って、砂に頭を押さえ込む!

「とったり! 火竜バロウモ!」

 

 ・・・やがて、雨は弱まった。

 滝は、豪雨に。豪雨は、雨に。

 ざぶーん、ざぶーん・・・。一時は荒れ狂った湖も、ガラスの浜辺を優しく洗うのみとなる。

 

 岸辺に打ち寄せる波に乗って。

 黒い竜が、鬼神の背後に這い上がって来た。

「・・・。」

 ・・・がぱ。口を開く。

「──そうはいかんぞ、ジャブジャブ」

「ひっ!?」

 ガラスの弾。

 鬼神の手が、かまえておる。

 溶け固まった砂──ガラスの固まりを、拾ってあったのだ。

 ジャブジャブがなんかしたら、投げつけるために。つまり、手投げ弾である。

「私はおまえを、二度見逃した。三度目はない。

 今度こそ、この世に居らぬ者にしてしまうぞ」

「し・・・しませんとも!

 私は、何も、あなたを害するようなことはしていないのですよ。

 ただちょっと・・・『できるかな?』と、考えてみただけです」

「考えるだけなら、好きにせよ。

 だが『ジャブジャブの黒き奔流』とか、言うんじゃないぞ。

 『ジャ』より先は、口にできんようにしてしまうぞ」

「・・・・・・・・・はい」

 

 鬼神、双竜を制す! であった。

 

◆ 3、神竜の、せんぺい ◆

 

「さて。それでだ。

 バロウモとやら」

「なんだ」

「おまえ、なんか言うことはあるか」

「私の負けだ。殺せ」

「性急なやつ。

 私は、いまのところ、おまえを殺すつもりはない。

 おまえはあんまり、うまそうでもないしな。ジャブジャブとちがって」

「私もおいしくありませんよ!」

「知ったことか。殺せ」

「勝った相手をみな殺しておったら、この世に誰も居らんようになるではないか。

 何か宝を差し出せ。さすれば、見逃してやろう」

「私は、いまだ放浪の身。

 宝など、ひとつも持っておらぬ」

「ほう?」

 鬼神はちょっと興味をひかれた。

 バロウモの言葉に、若き日の自分を重ねたんである。

「人間から奪ったりはせんのか」

「人間の宝など、私が近付いただけで燃え上がり、溶け果ててしまうわ」

「手下に集めさせたりはせんのか」

「放浪の竜に手下などおらぬ」

「さびしい人生だのう」

「バロウモよ」ジャブジャブが口を出した。「情報を差し出す手がありますよ」

「情報だと?」とバロウモ。

「あなたは、神竜に会って来たのでしょう?

 神竜のこと、鬼神には、宝と呼べる情報になるでしょう」

「神竜だと!?」

 鬼神、おどろく。

 そもそも地球に降りてきたのは、そのためなのだ。

 地球に広がる恐ろしい雲を見て、慌てて娘の後を追いかけて来たのだから。

 その恐ろしい雲は、神竜だと、月の女神が言うておったのだ。

「おいバロウモ!

 おまえ! いま神竜が何をしておるか、知っておるのか!」

「知っておる。先日会って、話をした」

「ならば、それを教えろ!」

「ことわる」

「なに!」

「このバロウモを、そこの、くっちゃべりのヘドロ竜などと一緒にするな」

「生意気を言うと、呑み込んでしまいますよ、バロウモ」

「ふん」

「情報を差し出し、ぶざまに生き延びなさい。

 それがお似合いです」

「馬鹿を言うな」

「ばかではありません。私は、かしこいのです。

 若き竜、バロウモよ。生き延びなさい。

 あなたも、貴重な存在なのですから」

「なに・・・?」

「アシの段階を抜け出し、ドラゴンとなるのは、万に1つ、億に1つ。

 あなたは、その奇跡のひと柱(はしら)。

 簡単に死んではいけません。ぶざまに生き延び、竜の柱となりなさい」

「・・・ふん。ババアめが」

 バロウモは力を抜いた。

「よかろう。

 鬼神よ。

 3つだけ、貴様の質問に答えてやる」

 

◆ 4、火竜バロウモ、鬼神にこたえる ◆

 

「けちけちするな」鬼神はごねた。「訊いたことには、全部答えよ」

「3つだ」

「せめて、20ぐらい質問させろ」

「3つだ」

「10でどうだ」

「3つだ」

「妥協をせよ」

「せぬ」

「生命が惜しくないのか」

「私は、私には、興味がないのだ」

「わっはっは!」

 鬼神。

 笑うた。

「この、頑固者め!

 よかろう。では3つだけ訊ねよう」

「しゃべりにくい。手を離せ」

「人間を襲わんと約束しろ」

「せぬ」

「神竜のことが収まるまででよい。人間に手出しをするな。ていせんじょうやくじゃ」

「停戦か・・・

 では、1年だ。

 1年間。このバロウモは、人間にも、人間の信じる神にも、手出しをせぬ」

「ていけつだぞ。『案を出しただけだ』とか言うなよ」

「言わぬ。いま言ったこと、約束する」

「よし」

 鬼神は、赤き火竜から手を離した。

「では、3つだけ訊ねるぞ。

 えーっとだな・・・」

「さっさとしろ。私は、腹が減った」

「うるさい。集中できんから、静かにしておれ。

 えーっと。

 ──よし。1つ目だ。

 神竜はいま、何をしておる?」

「飛び立とうとしておる」

「どういう意味だ」

「そのままの意味だ。比喩(ひゆ)ではない。

 神竜は、千年、地上で眠っておった。

 その目覚めの年。

 1年だけの、飛翔の年がきたのだ」

「ひしょうのとしだと」

「我らが太母は、千年眠るのです」とジャブジャブ。「そのあと目覚めて、1年だけ活動します。今年が、その年なのです」

「なんだと・・・。

 まるで巨人のように、長生きなのだな。

 変な雲が起こったのは、そのためか」

「そうです」とジャブジャブ。「神竜は大きいのです。つばさを広げただけで、恐ろしい嵐が起こるほど」

「そんなにでかいのか」

「それは2つ目の質問か?」

「いやちがう」

 鬼神は慌てて否定した。大きさなど、見ればわかることだ!

「──2つ目は、こうじゃ。

 神竜の弱点は何か?」

「知らぬ」

「それでは答えにならんぞ」

「知らぬのだ」

「我らが太母、神竜は、無敵ですよ」とジャブジャブ。「弱点など、ありません」

「それはちがう」バロウモが反発した。「一度は死んだのだ。殺すことはできるはず」

「そのときに、『天』のルーンで、死を克服したのです。ですから、弱点などないと言うべきです」

「殺すことはできんというのか?」

「いや、殺すことはできる。その方法は、私にはわからぬが」

「殺したところで、死を克服しているのですから。蘇ってきますよ」

「ふーむ・・・」

 鬼神は考えた。

 よーく考えて、最後の質問をした。

「──では、3つ目じゃ。

 神竜は、何をしようとしておる?」

「バロロロロ!」

 バロウモは、笑うた。

「なにがおかしい」

「我らが太母は、眠りのうちに、ルーンを盗まれた。

 そのルーンを、怒り狂って、探しておった。

 『力』のルーンを! その盗っ人をな!

 その当の本人が、神竜の目的を知らぬとは」

「む・・・」

「神竜は、尖兵を放っておった」

「せんぺい」

「分霊を兵として、世界中を探っておったのだ」

「わけみたまだと?

 神竜も、わけみたまができるのか!」

「できますとも」

 ジャブジャブが、ニターリと、いやらしい笑いを浮かべた。

「何度も会ったはずですよ。

 最近では、世界中にあのへびがいますからね」

「へび」

「白い、つばさもつ、小さなへび。

 森の中に隠れ、人間どもを偵察する・・・」

「つばさへびのことか!」

 

 つばさへび。

 つばさ持つ、白きおろち(大蛇)である。

 鬼神は何度も仕留めたことがある。かば焼きにして、食うたこともある。

 灰沼の氏族のハイエルフと、こんな話をした記憶もある──

 

『こやつが現れるのは、この世の終わるとき。ゆえに『終わりへび』というのですえ』

『なに!? 本当か? つばさへびだと思うておったわい』

『はい。ふつうはそう呼びますに。

 私どもの氏族が、世界の終わりを告げるへびと、言い伝えておる次第』

 

「──あれは、神竜のわけみたまであったのか!」

「そうですとも!」

 ジャブジャブ、うれしそう。

 鬼神がショック受けとるのが、快感なようである。

「おほん。

 もっとも、つばさへびは、馬鹿ですからね。

 『力』のルーンがあるのか、ないのか、判断するほどの、かしこさはない。

 はっきりさせたのは、この私なのです」

「なんだと?

 ──あっ! そうか!

 私が自分で言うたのであった!」

「そうです」

 ジャブジャブ、満面の笑みである。

 でかい口が横に裂けたようになって、じつに、へび顔である。

「あなたは、『力』のルーンを持っていると、自分で宣言した。

 私はそれを聞き、また、実際に戦って、確認をした。

 それで。

 お祈りして、神竜に奏上したというわけです!」

「おいのりしただと!?」

「神竜は、私たちの神さまですからね」

「そうか・・・そなたらは、神竜の信者というわけか」

「うふふ。うふふ。

 あなたが、おしゃべりなおかげで。

 かしこい私は、手柄を立てることができたというわけです!」

「ぬうう!」

「神竜の敵は、本来は、貴様ではなかった」

 と、火竜バロウモ。

「神竜をたった一度だけ殺した巨人。

 巨人の王。彼奴こそ、神竜の宿敵であった」

「なんと。義父上が・・・」

 

 鬼神。

 心の中で、考える。

「義父上がいつも『秘密』『秘密』と、教えてくれなんだのは・・・。

 神竜のことではなかったか?

 義父上は、神竜が目覚める時が近いのを、知っておったにちがいない。

 何千年も生きておると、言うておいでであったもの。

 『秘密』と言うておったのは・・・

 神竜と戦うための、秘密のわざ。秘密の策。秘密の発明。

 そういったものにちがいない。

 そうだ。きっと、そうだ」

 鬼神。

 さらに、考えて。

 激しく、動揺した。

「──ならば、なぜ!?

 なぜだ!? 義父上よ!

 なぜ、この私に、言うてくれなんだのだ。

 『一緒に戦ってくれ』と、たった一言、言うてくれれば良かったではないか!」

 

「・・・つまり、そういうことだ」

 火竜バロウモ。

 話を、締めくくる。

「鬼神よ。

 貴様は、『力』のルーンを得た。

 貴様は、巨人の王の義理の息子となった──」

 

 火竜の瞳が、鬼神を見た。

 

「──よって、貴様も、神竜の敵となったのだ!」

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